色々と悩まされた林間学校も、終わってみればなんやかんやで楽しい思い出となった。
わずか数日のイベントを経て、俺達は何時も通りの日常に戻ったーーというわけにはいかず、生徒達は林間学校前とはまた別のざわめきを見せていた。
ある意味林間学校に並ぶ一大イベント。
期末試験である。
ついこないだ中間試験を終えたばかりだと思っていたが、月日が経つのは何とも早いのものである。
そんなことを考えながら期末試験前のテスト週間前日の学校までの道のり。
テスト週間前だろうと相も変わらず姉弟仲良くのんびり絶賛通学中である。
俺の左右に一花、三玖がいて、前方に二乃と五月が並んで歩いている。
四葉だけは何やら朝練があるとかで、一人早く出て行ったのだが、部活に入っていないのに何の朝練があるんだ。
というかテスト週間直前に朝練に参加し出すなよ。
前の二人は二人で放課後には映画を観に行く話をしてるし。
こないだ一花の出演する映画を観に行ったばかりなのだが、その時にでも気になる作品があったのかもしれない。
多分お気に入りの若手俳優が出るか、犬が死ぬ系の映画じゃないか。
……これは風太郎がまた苦労しそうだな。
アイツの事だから多分今日からやる気一杯だろうし。
姉弟全員揃わないと知った風太郎の落胆する姿が容易に想像でき、思わず苦笑してしまう。
「どうしたの六海」
「ん?」
「なんか笑ってたから」
隣を歩いていた三玖に見られていた様だ。
隣にいる一花も口には出さないが、視線で「なになに?」と訴えかけている。
特に面白い話ってわけでもないんだけど。
「やる気満々の風太郎に申し訳ないなって考えてただけだよ」
「フータローに?」
「あぁー……確かにフータロー君なら今日から気を引き締めていくぞ!とか言いそうだもんね」
「そうそう。だけど二乃がなあ……今回はどうやって素直に授業に参加してもらうか考えるだけで一苦労ーーって、な、なに?」
何を言いたいかすぐに察した一花が俺同様に苦笑する。
前回の試験同様、勉強+風太郎嫌いの二乃にその風太郎の授業を受けさせるのは一筋縄ではいかないだろう。
前回はその為にそれなりの対価を払ったし。
もうすっかり慣れた耳元のピアスに手をあてて話していると、二人がくすくすと笑っていることに気付いた。
「だって」
「ねえ?」
だから何だっていうんだ。
「六海がフータローにかなり協力的になったなって」
「いや、俺は最初から協力的だろお前らと違って」
「うっ!それを言われると痛いんだけど……でも、今までの六海なら自分からフータロー君に協力なんてしなかったじゃない?」
「……そうかな?」
「うん。私達からかフータロー自身から頼まれた時だけだったと思う」
言われてみればそんな気がする。
ただこれは経験則というか、前回同様風太郎が追い込まれて、それを見かねた姉達の誰かがフォローを頼む未来が目に見えたから今回は最初から行動しようとしてるだけで。
捲し立てる様に俺が二人にそう説明すると、またしても二人揃って笑い出す。
「……もう知らない」
「ほーら、拗ねない拗ねない」
「飴舐める?」
「何歳へのあやし方だよ!……もらうけどさ」
歩きながら器用に頭を撫でてくる一花に、抹茶味の飴をこれまた器用に口にいれてくる三玖。
これまた渋いチョイスを。らしいけど。
あと、別に拗ねたわけじゃないから。
「あー……でも、そうなると六海に頼むのは悪いかな?」
「ん、何かあるの?」
「実は今日の放課後に事務所の社長の娘さんを面倒を見る約束しちゃってるんだ。一人だと大変そうだから六海にもお願いしたかったんだけど」
「風太郎なら一人でも大丈夫だろ!それに勉強はテスト週間の明日からでいいよな!」
「「うわあ」」
許せ風太郎、また今度な。
試験勉強は明日から頑張るから。
そう心で風太郎に謝り、俺は放課後に思いを馳せながら学校へ向かった。
そして放課後。
「本当にいたんだ……」
「あれ?来たんだ風太郎」
風太郎には学校で事情を説明したのだが、どうやら最後まで勉強から逃げたいが為の嘘と信じてもらえていなかった様だ。
まあ、今迄の行いを思い出せば当然といえば当然である。
一花と三玖にリビングまで案内された風太郎はげんなりとした様子で一花の事務所の社長の娘ーー菊ちゃんを見ていた。
「だ、だが子供は六海が面倒見てるんだろ。ならせめて一花と三玖だけでも」
「おいお前」
「あん?」
「お前もアタシが遊び相手になってやる」
「なんで上から目線なんだこのガキ」
「俺が暇で仕方ないから菊ちゃんには付き合って遊んでもらってるんだよねー。今はお絵かき中。ほら、風太郎も今は付き合え」
「……終わったら勉強してもらうからな」
上から目線で風太郎に声をかけた菊ちゃん。
先に会って挨拶した時に、小さいのに大分しっかりしている事に驚いたが、遊んでみれば中身は見た目通り小さな子供だった。
五月よりも絵心があり、このまま続けようと思ったが、人数が増えるなら別の遊びをするのもいいだろう。
「で、なんだ。人形遊びでもするのか」
「子供扱いすんな。人形遊びなんて時代遅れなんだよ」
「そーそー。今のトレンドはおままごとだろきっと」
「むっちゃんは分かってるな」
「何で子供のトレンドを把握してるんだ」
「というよりむっちゃんって呼ばれてるんだ……」
三人とも何故か俺を呆れた目で見てくるが、気にしたら敗けだ。
俺は菊ちゃんにおままごとの内容を訪ねる。
「アイツが私のパパ役。そこの二人は事務員。むっちゃんは私の妹役」
「い、いもっ!?き、菊ちゃん、弟の間違いじゃなくて?それにママ役がいないけど」
「むっちゃんは女の子なんだから妹でしょ?それにうちにママはいない」
「お、おおう。おお……」
「なんだあの六海の顔」
「あれは子供の悪意ない間違いを訂正するか悩んでる所にヘビーな話をぶちこまれてどっちからどう対応していいか分からなくなってる顔じゃないかな?」
「お、俺は」
「ん?」
「ーーーー妹だっ」
「言い切ったぞ」
「覚悟を決めた顔で言う台詞でもないけどね」
うるさい外野。
「らいはの時にも思ったが、アイツやけに子供好きじゃないか?まさかそっちの気があるんじゃないまろうな」
「んー、単純に子供好きだけだと思うよ?ほら、六つ子とはいえ六海は一番下じゃない?堂々とお兄さんぶれるのが嬉しいんだよきっと」
見事に図星を突かれてるが、ここで変に反応しても薮蛇にしかならなさそうなので俺はスルーして菊ちゃんと会話を続ける。
「むっちゃんがどうしてもって言うならママ役でもいいぞ」
「それは本当に話がややこしくなるからやめようか……!」
菊ちゃんがそう提案した瞬間、一花と三玖の目が鋭くなったのを俺は見逃さなかった。
お姉様方、おままごとの配役ぐらいでそんな神経を尖らせないでください。
例えもし俺がママ役になってもそれは遊びの中だけだから。
「二人はここの事務員さん。二人ともパパに惚れてる」
「「!!」」
配役が事情を知ってるとしか思えないものだが、あくまで偶然だろう。
偶然って怖い。
「菊ちゃん、新しいママ欲しくない?」
「社長、いつになったらご飯連れてってくれるの?」
配役を聞いた二人が直ぐ様風太郎に駆け寄り身体を寄せ付けアピールし出す。
二人とも何度も言うけどこれおままごとだからね?
しかも子供の前でするアピールじゃないからね?
「ママなんていらない。それにむっちゃんが認めないとアタシも認めないからな」
相手が子供という事を忘れて思わず余計な事をと突っ込みかけた。
そんなこと言ったら矛先が俺に……!
案の定二人が今度は俺に詰め寄る。
「六海ならママは私の方が向いてると思うよね?それにほら。三玖がママだと料理が……ね?」
「むっ。そういう一花がママになったら家がゴミ屋敷になる。それに料理はこれから覚える」
「…………この二人は事務員のままでいんじゃないかな菊お姉ちゃん」
「「六海っ!!」」
どないせいちゅうねん。
ただ二人の主張はその通りなので母親役を引き受けたいなら是非とも改善して頂きたい。
そして、それとは別に聞き捨てならない事があった。
「何で菊ちゃんはママがいらないの?」
「……だって寂しくないから。ママのせいでパパはとっても大変だった」
だからパパがいれば寂しくないと言い張る菊ちゃんだが、その顔は俯いており、寂しさを堪えて無理をしている様にしか見えない。
俺は、環境や状況こそ違えど他人事には思えなかった。
「そっか。菊ちゃん、パパが大好きなんだね」
「……うん」
「……俺ん家なんだけどさ、俺ん家は昔ママはいたけどパパがいなかったんだ」
「むっちゃん家も?」
「うん。それで寂しかったからさ、ママや姉さん達に凄い我が儘言ってた。だから菊ちゃんもさ、ママに我が儘言えない分沢山パパに我が儘言っていいんだよ。寂しいなら寂しいってさ 」
「でもそれだとパパに迷惑がかかる……」
「迷惑かけるのが子供の役目だって」
そう言って菊ちゃんの頭を撫でる。
抵抗する事なく手を受け入れた菊ちゃんの目には涙が溜まっていく。
「妹のくせに生意気……」
「あっ、そういえばそういう設定だったわ……こほん。姉弟……この場合は姉妹か。姉妹同士なら尚更我が儘言っていいんだよ」
俺は言いながら後ろで話を暖かい目で見守っていた2人を指を指す。
「見なって。弟に遠慮なしに我が儘言ってるおかげであんなにのびのび育ってるんだぞ」
「途中まで良い話だと思って聞いてたのに……!」
「オチに使われた……というより私は一花ほど我が儘じゃない」
「えー!そんなことないって!」
「あー!俺が悪かったからまた喧嘩すんなって!」
ここ最近やけに増えた一花と三玖の言い合いを慌てて止める。
言い合いには珍しい組み合わせで、これが相手が二乃なら珍しくもないのだが。
まあ、今回に関しては俺のせいだけど。
それにこの言い合いも嫌悪なものではなく、どことなく当事者二人も楽しんでる様にも感じるのでそこまで気にしなくてはいいだろう。
「ただいまー……って、あれ、可愛い女の子がいる?」
そうしている間に姉三人(キャスト)が帰ってきた。
菊ちゃんを見つけて目を輝かす四葉に対し、上杉を見つけて目を曇らす二乃。
実に対照的な二人である。
そのまま菊ちゃんにあまりの配役を告げられるが、姉達の名誉の為に配役は伏せておこう。
一つ言えるのは素晴らしい采配だとは思う。
「全員揃ったのはいいが、何時になったら勉強を始められるんだ……」
「はは…まあ、今日は諦めろって。明日から頑張るからさ」
「お前らの明日からって言葉ほど信じられない言葉はない」
仰る通りである。
「ったく、頼むぜ。アイツらをまとめるにはお前にしっかりしてもらわねーと」
「そこは自分で頑張ってくれよ」
「俺だけでアイツらが素直に従うと思うか?」
なんも言えねえ。
ただ風太郎なら俺がいなくても姉達をまとめられそうな気がする。
あくまで気がするだけで絶対とは言わないけど。
「んじゃあまあ、改めて今回も宜しく頼むよセンセ」
「ああ、リベンジマッチだ」
話が良い感じに終わろうとしたところで、風太郎と二人目の前の現実に目を向ける。
配役が気に入らなかった二乃が菊ちゃんの頬を引っ張っており、それを宥める四葉と五月。
また何かあったのか再び火花を散らす一花と三玖。
控え目に言ってカオスだった。
「明日からな」
「……言うな」