期末試験のテスト週間に突入した今日は土曜日。
テスト週間前のスタートダッシュは叶わなかったが、それはまあ想定の範囲内。
その遅れを取り返す為に今日は朝から夕方までみっちり風太郎の授業が入っていた。
そして奇跡的に全員参加。
風太郎嫌いの二乃も流石に期末試験を自力でどうにか出きるとは思ってなかったか、嫌な顔を隠すことこそしないがしっかり授業を受ける準備はしていた。
前回の中間試験は父を誤魔化し何とかなったものの、結果として不満だったのだろう。
風太郎のやる気がまるで違う。
その証拠に辞書と見間違う程の問題集を人数分用意してきた。
しかも全て手書きである。
いったいどれ程の労力をかけたのだろうか。
いくらこの家庭教師の給料が通常の六倍とはいえ、働きに見合ってないんじゃないだろうか。
これはもう俺達全員風太郎に足を向けて寝れないな。
一人足どころか風太郎の目の前でテーブルに伏して頭を向けてる奴がいるが。
それでいいのか長女。
他は他で二乃と三玖はこれから授業というのにテレビのチャンネル争い。
四葉、五月は貰った問題集に向き合ってはいるものの筆は進んでない。
相変わらず前途多難な光景である。
このままでは一向に始まらないので寝てる一花を起こし、そのまま二乃と三玖の仲裁に入る。
「ほら、もう風太郎が来てるんだからテレビは消そうな。どうしても観たいなら録画すればいいだろ」
リモコンを取り上げ、そのまま消す。
どちらも不満げな顔だが、流石に優先順位は弁えているのか大人しく従ってくれる。
お待たせ、と風太郎にアイコンタクト。
「よし、なら始めるぞ!」
昨日ああ言われた手前、これぐらいは協力しないとな。
風太郎には教える事に集中してもらいたいし。
二乃と三玖の口喧嘩を止めるぐらい安いものだ。
「それ私の消しゴム!返しなさい!」
「借りただけ」
「はいはい!消しゴムなら予備があるからこれ使いなって。三玖も借りる時は一言言う」
そう思っていたのだが。
「あ、それ私のジュース」
「借りるだけよ……って、マズッ!?」
「あーもうっ!喉渇いたなら言えば用意すっから!てかお返しだろうけどジュースは借りるもんじゃないから!」
普段より数割り増しで言い争ってるぞコイツら。
止めるこっちの身にもなれ。
ため息混じりにキッチンにて飲み物を用意し出す。
ここぞとばかりに全員頼んできたが、一人分が六、七人になったところで大して変わりは……いや、流石に変わるか。
グラスに飲み物を注いでると、この短時間でまた二乃と三玖の騒ぎ声が聞こえてくる。
そのせいか、風太郎と苦笑しながら話す一花の会話には俺が気付く事はなかった。
「アイツら、いつもああなのか?」
「んーそうだね。だいたい二人で言い争って六海が止めるってのがお約束の流れかな。というか私達が喧嘩になりそうになると止めるのは大抵六海だしね」
「それでいいのか長女……六海が喧嘩したらどうすんだよ」
「六海が喧嘩?昔はしたような気もするけど、ここ最近は覚えがないかな。ほら、あの子そういうのに敏感だから」
「風太郎までお喋りして何サボってんだよ。俺もサボったっていいんだぞ」
「ち、ちげーよ!ほら、再開するぞ!」
用意した飲み物を持ってきたついでに、風太郎さえサボり出しかと思い声をかける。
言われた風太郎は慌てた様子で全員に声をかけ直す。
「何の話してたんだ?」
「ん?六海は優しいねって話だよ」
「どうせ嘘だろ」
「あっ、ひどいっ!」
そんな感じで脱線に脱線を重ね、ようやく全員集中して与えられた課題に取り組みだした。
分からない点を風太郎に訊く等の会話を覗けばほぼ無言で取り組んでいる。
中野家では中々お目にかかれない光景である。
いくら六つ子の姉弟であっても流石に進捗状況まで一緒という事にはならず、一花に三玖、俺の三人は与えられた課題を終えお手製の問題集を。
少し遅れて二乃・五月がまもなく課題を終えようとしており、四葉が一番苦戦している。
「四葉、大丈夫?俺が教えられる範囲なら教えるからさ」
「ありがとー……だいじょーぶだいじょーぶ……」
そうは言うものの全く大丈夫ではなさそうだ。
というか眠そうである。
授業前に何故か昨日今日参加している陸上部の活動のせいだろう。
いくら体力おばけの四葉とはいえ運動後のこの勉強量では眠くなるのも仕方ないか。
それでも眠気を堪えて課題に取り込むのは流石としか言えない。
「おい、二乃。課題は終わったのか。携帯弄ってるんじゃない」
「うるさいわね。ちょっと触ってるだけじゃない。それにもう終わったわ」
ふと目を離した拍子に今度は風太郎と二乃が揉めそうである。
定期的に誰かと揉めないと気がすまないのだろうかあの次女は。
「……ん?そこテスト範囲じゃないぞ」
「あれっぇ!?」
自信満々に風太郎に付き出したノートを慌てて見直す二乃。
みるみる顔が青ざめていく。
「やば……」
「ま、まあ今回の範囲じゃなくても無駄にはならないし!」
「二乃、やるなら真面目にやって」
「お、おい三玖」
直ぐ様フォローしようとしたが、先程までの口喧嘩のせいで喧嘩腰になっていた三玖から突き放すような厳しい言葉が放たれる。
言われた二乃は悔しそうに唇を噛みしめーー
「……っ。もうやってられないわ。部屋でやるから放っておいて!」
風太郎の作った問題集すら置いたまま部屋に戻ろうとする二乃。
非難混じりの目を向けると三玖も流石に言い過ぎと感じているのかバツが悪そうに視線を反らす。
「くっ……ワンセット無駄になっちまった」
今迄の経験からああなってしまった二乃に何を言っても無駄と判断した風太郎は諦めた様子で二乃の分の問題集を回収しようとする。
が、その前に俺は先に問題集を手に取り風太郎に言う。
「随分諦めが早くなったんじゃないか風太郎。初めの頃のしつこいぐらいの諦めの悪さはどうしたんだよ」
「だが……」
「皆でリベンジするんだろ?」
そう告げて俺は部屋に戻ろうとする二乃を引き止める為に声をかける。
「ほら、二乃も意地張んないで皆で風太郎に教わろうぜ。一人でやったってしょうがないだろ」
「ふん。あんたも随分絆されたものね」
「は?」
「いつの間にか名前で呼んじゃってさ。初めて仲のいい友達が出来てようやく姉離れかしら?」
「いや俺はそんなんじゃ……てか何の話をーー」
「ーー二乃」
出来る限りの優しい声音で話かけたのだが、今の二乃には意味がなかったらしい。
突き放すかの様な表情に加え、予想していなかった話の流れに思わず言葉が詰まってしまう。
二乃が何を言いたいのか理解出来ないが、背後から五月の冷たい言葉だけがやけに響いて聞こえた。
経験でわかる。
あれは俺の事でキレている時の声だ。
俺の事で怒ってくれるのは嬉しいが今は頼むから落ち着いてほしい。
二乃、三玖だけでなく五月まで険悪な雰囲気になったらそれこそ勉強どころじゃない。
それどころかかつてない姉弟喧嘩に発展してしまいそうだ。
それだけは避けなければならない。
仕方なしに俺は妥協案を出す。
「な、ならせめてこれぐらいは持ってってくれよ。あるとないとじゃ大分違うしさ」
「いらないわ」
「あっ」
「……二乃、拾って」
二乃の分の問題集を手渡そうと差し出したが、その手は二乃自身の手で振り払われてしまった。
そのまま問題集が床に散らばる。
先程の件で反省し、俺に任せてくれていた三玖も風太郎が苦労して作ってくれた物に対してのこの扱いは許せなかったのか静かに怒気を込めた声で再び二乃に言った。
「こんな紙切れがなんなの……!今日だって遅刻したしいい加減なのよ!それで教えてるつもりなら大間違いだわ!」
「二乃!」
「三玖!俺はいいからーー」
拾った一枚を破り捨てる二乃。
その瞬間、何人かの怒気が膨れ上がったのを感じた。
風太郎も感じたのだろう。
慌てた様子で三玖を止めようとする。
俺も止めなければ。
「えっ……」
静かに呟かれた一言は誰のものだったろうか。
或いは全員のだったかもしれない。
止めようとしたはずの俺の手は
「む、六海……」
二乃の頬を叩いていた。
「なにすんのよ六海……って、なんなのよその顔……!」
俺は、今、何をした?
「ほ、ほら!二人とも落ち着いて!」
「六海もそんなつもりじゃなかったんだよね?ね?」
二乃と俺の間を姉達が身体を割り込ませ、遮る。
「何で叩いたアンタがそんな泣きそうな顔してんのよっ!!」
叩いた?
そう、俺が二乃を叩いたんだ。
手に残る感触が嫌でもその事実を伝えてくる。
その事実を再認識した俺は目に見えて顔を青ざめ、取り乱す。
「ちがっ、俺はそんな、だって、なんで」
「わかったわよ!そんなにアイツの事が私より大切になったんでしょ!それならそういいなさいよ!」
「っ!!」
「ちょっ!?六海!」
二乃にそう言われた瞬間、俺は何か口にする前に二乃を押し退けて階段を駆け上がる。
背後から俺を呼び止める声がするが、それを振り切り部屋に入る。
「六海!?ねえ、六海ってば!?」
何故、俺は二乃を叩いた?
二乃が風太郎の作った問題集を破った瞬間、頭で何か考える前に身体が勝手に動いていた。
今迄何度も姉弟間で喧嘩はしてきたが、手を出してしまったのは今回が初めてだ。
今回に限って何故俺は手を出してしまったのだ。
「ね?六海も謝ろ!そんなつもりじゃなかったんだよね!?上杉さんが一生懸命作ってくれた知ってるから怒っちゃっただけだよね!?」
風太郎……そうだ、風太郎だ。
あれは風太郎が寝る間を惜しんで作ってくれた物だ。
ならば俺はあの時風太郎の努力を無下にされた事に怒ったのだろう。
以前の俺なら間違っても叩くなんて真似はしなかった。
むしろ立場が孤立してしまう二乃のフォローに回っていただろう。
……二乃の言う通りだ。
俺の中でいつからか風太郎という存在が大きくなっていたんだ。
それこそ姉達と同じくらいーー或いはそれ以上に。
「だめだ」
それだけはあってはならない。
俺にとっての一番は家族ーー姉さん達でなければならないんだ。
母と、約束したのだから。
なら、どうすればいい。
どうすれば昔の様に家族を一番に、家族だけがいればいいと思えた自分に戻れる。
「あっ」
ふと部屋の鏡に映る自分自身が目に入る。
身内以外誰も見分けがつかなかった俺達。
幼い頃は今以上に見た目から口調まで似ていた。
あの頃は何をするにも、何処へ行くにも六人全員だった。
そして、母が生きていた頃。
それは暖かな思い出が一番残る頃だ。
ならその頃に戻ればいいんだ。
俺は使うことはないと思っていた物をクローゼットの奥から取り出し、身につける。
そのまま改めて鏡を見る。
「あはっ」
鏡に映るかつての自分が、酷く歪んだ顔で笑っていた。
side 六海 end
「……はあ」
上杉風太郎は教室に到着し、自分の席に腰を下ろした早々に一人深い溜め息を吐いた。
原因は語るまでもない。
昨日の件だ。
急変した事態に誰も付いていけずにいると、誰よりも直ぐに六海の後を追うであろう五月が動かないまま風太郎に言った。
『すみません。今日はこのまま帰って下さい』
『だが』
『今貴方に出来る事はありません』
そう言う五月の表情は風太郎自身を責めている様にも感じられ、素直に従う以外選択肢はなかった。
あれから事態はどうなったのだろうか。
これまで何度もあの六つ子の喧嘩は目にしてきたが、ここまで深刻な。加えて六海が誰かと言い争うのは初めて見た。
それは他の姉達も一緒だったのだろう。
誰もが戸惑いの表情を見せていた。
それこそ六海自身も。
「くそっ……頼むぜ」
風太郎にとって六つ子とのコミュニケーションを円滑に進めるにおいて六海は必要不可欠な存在だ。
同じ同性で六海自身が協力的というのが大きい。
最近では以前よりもマシになったが、それでもいるといないでは大きく変わる。
前回のリベンジをしようと意気込んだ途端にこれだ。
毎度毎度勉強以外の所で難関が多すぎる。
勿論最難関は六つ子の学力には変わりないが。
「おはよ」
「お、おはようございます」
一人悩み続けていると教室の入口から渦中の人物がやってきた様だ。
昨日のあの様子を見てなんて声をかけていいか分からない。
それどころか視線も向けられない風太郎である。
あれこれ考えると他のクラスの連中が少しざわめき始めた。
教室内の雰囲気が変わった事に気付いた風太郎はようやく顔をあげる。
「なっ」
顔をあげた瞬間、理由が分かった。
全員、ある一点、いや、一人を見ている。
かくいう風太郎も視界に入った瞬間目が離せなくなっている。
それもそのはず。
「おはよう、上杉」
記憶の中の少女が、かつての面影を残して風太郎の前に立っていた。
イッ,イッタイダレナンダー