「そういうことかよ……」
誤解があった事に気付いた上杉に改めて我が家の事情を説明した。
六つ子であること。
致命的な馬鹿なため、前の学校では落第寸前だったこと。
話を進めていくにつれ上杉の顔が蒼ざめていったのだが大丈夫だろうか。
「じゃあ姉は五月だけじゃなく、あの人を見透かしたような目のアイツも……」
「一花のことか?うん、姉だわ」
「やけに視線がキツい奴に、何を考えているのか分からん顔をした奴も……」
「二乃に三玖だろうな。姉だわ」
「散々付き纏わされた単純馬鹿なアイツも……」
「四葉。てか食堂にいた奴等全員姉だから」
「なんてことだ……なんてことだ……!」
膝から崩れ落ちる上杉。
既に姉達全員の顔を知っているとは。
しかも、悪口ではあるがそれぞれの特徴を割りと把握していて驚きだ。
ただそれは決して本人達の前では言わない方がいい。
あと、俺がその特徴だけで迷うことなく誰か言い当てたことも黙っておいてほしい。
「おかしいと思ったんだ。ただの家庭教師で相場の六倍の給料とか二人だとしても多すぎると」
俺に家庭教師の相場の給料はわからないが、あの父親はまたとんでもない金の使い方してるな。
ただ、六倍って時点で俺達姉弟の噂を耳にしていれば察することができたろうに。
そうでなくても、食堂で姉弟全員集まったときに顔をしっかり見ておけば六つ子とわかったろうに。
あまり周りに関心がないタイプなのだろうか。
「何か齟齬があったんなら無理して引き受ける必要はないぜ?父親には俺から話しとくし、正直六倍でも割りに合わない仕事っていうか」
「い、いや。それでも俺はやらなきゃならないんだ」
俺達全員の家庭教師なんて苦行はいつ九つ目の地獄と判断されてもおかしくないのに、上杉からは確固たる意思を感じる。
俺達に事情があるように上杉にも上杉の事情があるのだろう。
それに雇用関係は俺と上杉ではなく、あくまで父と上杉なので、そこの二人が了承している以上俺があれこれ言う話ではない。
「予定通りなら今日から家に来るんだろ?案内がてら今日は一緒に帰るか」
未だ重い表情をする上杉は一言感謝を述べて頷く。
姉達、特に五月には家庭教師が上杉と知らせるのは全員が家に帰ってからの方がいいだろう。
家庭教師の件に一人肯定的であった五月も、絶賛険悪ムードの上杉が相手と知ったら授業を受けるとは思えないし、それ以外の姉達も勉強には消極的だ。
多分最初は全員を集めて授業を開くことさえ難しいのではないだろうか。
「もうこんな時間か」
考え事をしていると時が過ぎるのはあっという間で、気付けば放課後になっていた。
一緒に帰る約束をしていたわけではないが、帰り道が同じである以上一緒に帰るのは当然と思っていた五月には渋い顔をされたが、なんとか別々に帰ることを納得してもらった。
おそらく他の姉妹達と帰っていることだろう。
上杉と並んで歩く。
まさか転校した翌日の放課後から姉以外の誰かと下校するとは思わなかった。
勉強ばかりらしい上杉とは話が合わないのではないかと懸念していたが、他愛のない話だろうと男同士であるからかそこそこ話せている。
上杉としては当然気になるのは俺達のことで、先程から上杉の問いに俺が返すといった形で会話が続いている。
「で、実際お前らの学力ってどんなもんなんだ。四葉って奴は0点の答案からなんとなく察してるが」
四葉ぁ……。
その話に思わず頭を抱えたくなるが、俺も恐らく他も似たり寄ったりだろう。
「……言うより実際に見てもらった方が早いだろ」
「それもそうか」
「ああ……で見えてきた。ほら、あそこが俺らん家」
歩いていると俺達の住むマンションが見えたので、指で示して教えるとまたしても愕然とした表情を見せる上杉。
意外と顔に出るタイプらしく、先程から話していても反応が面白い。
もう意味のない話になったが、意外と一花とも相性がいいかもしれない。
からかい相手としてだが。
「あれ、六海に優等生くん。もしかして遊びにきたの?」
「あー!上杉さんじゃないですか!」
噂をすればなんとやら。
ようやくマンションの敷地内に着き、エレベーターを待っていたところで一花と四葉がやってきた。
……ここまで来たなら話しても構わないか。
それにこの二人なら上杉が家庭教師だとしても嫌悪感を抱いたりはしないだろう。
そんなわけでエレベーターに乗っている間に二人に改めて自己紹介と事情を説明する。
「上杉さんが家庭教師だったんですか!楽しそうです!」
「んー……まあ、みんなが受けるなら受けよっかな」
「よし、良かったなセンセ。二人共大分好意的だ」
「片方はとてもそうは思えないんだが」
かなり好意的な反応だって。
少なくとも残り三人の反応を見たらそう思うだろう。
自宅のある30階まで上がり、部屋に入る。
隣からまたしても「おお……」と感嘆の声が聞こえるが、この家を見ても普通に感じてるあたり俺の庶民的感覚もだいぶ麻痺してきたのかもしれない。
見ると、どうやら三人は先に帰ってきている様だがリビングに姿は見えない。
恐らく各々の部屋にいるのだろう。
それすなわち籠城している三人を一人一人リビングに連れて来なければならないわけで。
「……とりあえず今日は自宅案内だけということで」
「なわけいくか!いいから部屋にいるっていうなら無理矢理にでも連れ出すぞ」
「部屋攻めには戦力差が足りないというか」
「こっちには四人いて相手は一部屋に一人だろう。四倍の戦力なら充分「あっ、私着替えるから部屋戻るね」…………」
「大将、戦力が減ったどころか敵軍が増えたぞ」
「何も言うな」
上杉軍、敗北濃厚である。
「とりあえず他のみんなを呼びにいきましょうよ。きっと協力してくれます!」
強がってはいるものの挫けかけていた上杉を四葉が明るく励ます。
「そういや何でお前ら二人は逃げないんだ」
2階に上がると上杉がそんな事を聞いてきた。
俺に関しては特に理由はないのだが。
「まあ金払っている以上授業受けないのは勿体ないしな」
「だって楽しそうじゃないですか!」
俺と四葉の答えに上杉はだいぶ感動したのか若干ながらMPを回復したようだ。
「六海、四葉。抱き締めていいか?」
「抱くなら四葉にしてくれ」
「私売られた!?」
とりあえず順番に部屋を攻めていくことになり、まずは四葉曰く一番可能性のある五月から。
……五月と上杉が出会う前なら確かに可能性はあったんだけどなあ。
「嫌です」
「あれー!?」
ほらな。
「六海。私が見てあげますから勉強なら私の部屋で一緒にやりましょう。この人から教わることは何もありません」
「お前からはもっとねえよ」
自分の学力を見てから言ってくれ。
俺を逆に引き込むことに失敗した五月の拒絶の意思は強く、無情にも扉は閉められてしまう。
「……六海がもう少し粘れば出てきてくれたんじゃないのか?」
「いやー俺的に受けたくないなら無理強いはさせたくないし?」
「ちっ。使えねえな」
「俺も受けなくていいんだぞてめえ」
「仲良く仲良く!」
気を取り直して次の部屋に向かう。
順番的に次は三玖か。
「三玖は私達の中で一番頭がいいんです。きっと上杉さんと気が合いますよ」
五十歩百歩だけどな。
部屋の中にすら入れてくれなかった五月とは違い、中に入れてくれた三玖。
和テイストな部屋のせいなのか何故か正座で上杉が三玖に家庭教師の件を伝えるが、予想通りの答えが返ってきた。
「嫌」
「よし次!」
お前ももう少し粘れや。
結果は変わらないだろうけど。
次は二乃……だが、二乃は部屋にすらいなかった。
というか部屋に向かう度に戦況が悪化していないかこれ。
「自信なくなってきた」
「大丈夫です!まだ一花が残ってます!」
「ちなみに四葉。朝確認したんだが、部屋がもうヤバい」
「…………」
「何その間!!」
恐る恐るノックをしたのだが反応がない。
どうやらあの姉は帰ってきて早々夢の中へ旅だったようだ。
一花が寝ているなら既にキャストオフしている可能性が高い。
また、下から甘い香りがしたので恐らく二乃がキッチンでお菓子でも作っているのだろう。
一花のことは四葉に任せ、俺は上杉を連れてこのまま下のキッチンへ向かう。
「ちょっと六海。友達呼ぶなら先に言っておきなさいよ」
予想通りキッチンにいた二乃。
何故か三玖のジャージを着て。
俺からしたら何ともないが上杉や他人から見たら紛らわしい事この上無いだろう。
「ふーん。コイツが家庭教師ねえ……」
上杉の姿を一瞥しただけで調理に戻る二乃。
その動きは慣れたもので、見ているだけで今回のお菓子も美味しく出来上がると確信させる。
「クッキー?」
「そっ。もう出来上がるから座って待ってなさい」
「はいよ」
「お、おい」
「いいからいいから」
何か言いたげな上杉の背中を押し、キッチンから出る。
そして、そのままリビングに案内する。
……誰もいないリビングに。
「……ヨーシ、ソレジャアハジメルゾー」
「現実を見ろ。俺しかいないぞ」
上杉の目から光が消えた。
だがまあ、天はまだ上杉を見放してなかったのか、ほどなくして四葉が見事一花をリビングへと連れてくることに成功した。
そして焼き上がったクッキーを持って二乃もリビングに現れ、その甘い香りに誘われてか三玖までも下に下りてきた。
一気に参加率が上がった。
この光景に上杉の目に光が戻る。
…………テーブルに広げられているのが文房具ではなくお菓子なのは見ないことにしているのだろうか。
「よ、よし。五月はいないが始めよう。まずは実力を測るためにも小テストだ!」
「「「「いただきまーす」」」」
斬新なテスト開始の掛け声である。
俺と四葉以外わざわざ用意したであろう上杉の出したテスト問題に見向きもしない。
と言いつつも、俺も小腹が空いていたということもあり、テーブルのお菓子に手を伸ばす。
……美味い。二乃の奴またしても腕を上げたようだ。
「……おい、六海に四葉。お前らまで食い始めてどうする」
「上杉さん、ご心配なく。私はもう始めてます」
「俺も」
「よーし!名前しか書けてないがいいぞ!」
むしろ名前しか書けないのだが。
「上杉も食べろって。きっと食べたら皆も勉強始めてくれるさ」
「本当だろうな」
俺の言葉を信じたのか、それとももう諦めたのか座り直しクッキーを食べ始める上杉。
モリモリと食べるあたり、どうやら速攻食い尽くして勉強を始める作戦でいくようだ。
俺としてはどっちに転んでも構わないので、しばしの間中野家にモグモグタイムを楽しむ。
この間にも過ごし方は個性が出ており、一花と三玖はお菓子片手に楽しそうに喋っている。
四葉は律儀にも未だ問題とにらめっこしていて、二乃はどうやら飲み物を汲んでくれている。
その汲んだ飲み物を意外にも最初に上杉の元へ届けーー
「ばいばーい」
手をふった。
喉が乾いていたのか用意してもらった水を一気に飲み干した上杉は突然の二乃の行動を理解出来ずーーーーそのまま意識を手放した。
…………おい。
「ふんっ。家庭教師なんていらないのよ」
「二乃」
「なに?せっかく出来たお友達に薬盛って怒った?そもそも六海が勝手に家に上げるのがいけな「違う」……じゃあなによ」
「この状態の上杉どーすんだ」
「…………あっ」
周りの姉達を見る。
黙ってジッとこちらを見つめる一花と三玖に、脳が限界を越えたのか既に座ったまま船を漕いでいる四葉。
「お願いね、男の子」
ですよねー。
六海……部屋にいるときは鍵をかける。男の子だもの。
一花……あの汚さなのに部屋がいい香りで六海に不思議がられている。部屋は基本的に自由に出入りしてくれて構わない。
二乃……少女チックで可愛らしい部屋なのだが、一度六海にからかわれた事を少し気にしている。勿論その場で制裁。部屋にはなるべく入れたくない。
三玖……和テイストな部屋。一言あれば部屋に入るのは構わない。ただし自分は無言で六海の部屋に入る。
四葉……中野家清掃隊隊長なだけあり、一番綺麗に保たれている。扉が開けっ放しの事が多い。へや?何時でも来ていいよ!
五月……引っ越し段階で六海に一人部屋は早いと同部屋を主張していたが、当然の如く聞き入れてもらえなかった。部屋を隣にすることで落ち着いた。