犬吠埼樹(憑依)は勇者である   作:夏目ユウリ

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前回八千文字以上とかなんとか言っといて今回一万字超えちゃいました。

……読みにくかったらすいません。

あとUA20000越え誠に感謝です。

※修正というか最初の方の樹と銀の会話のシーンに結構プラス加えました。そこを含めて再度物語をご確認くださればと思います。思っきし大事な心情描写書いてなかったことに気づいたんや…


襲来、その結末

『ただ–––然るべき時のために居さえすればそれで構わない。––––いいかね』

 

 

何が居さえすればだよ……居るだけで何もできないんじゃ意味ないじゃないか。

 

 

(やっぱり俺は、いらない人間なんだ)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「任せとけって!」

 

「えっ……」

 

意外にも、樹にさらなる声をかけたのは園子ではなく銀だった。

 

 

 

 

「なんか難しい事情が色々あるっぽいけどあたしにはそういうのはわかんないからさ」

 

「…………」

 

当然のことだ。銀は樹の事情をほとんど知らないのだから。樹にしたって何もそこを責めようとは思わない。

 

自分から自分のことを話したこともないのだから、当たり前だとそう思っている。

 

「だからさ、あたしに任せとけって!。上里さんの出る幕がないぐらい速攻で片付けてくるからさ!」

 

銀は樹の前に立ちつつ、にこやかにそう宣言する。

 

(そんなこと……できるのかよ…)

 

あの『バーテックス』とかいうバケモノがどれほどの強さかなんて想像もできないが、銀一人でどうこうなる相手とはどうにも思えないのだ。

 

銀だけじゃない。須美だって園子だって誰がいたってあんなでかい、常識では考えられないような生き物かどうかすらもわからないようなやつを倒せるとは思えない。

 

ましてはこれは勇者のお役目としての初戦闘なのだ。

 

あらかじめ情報を与えられ鍛錬を施されているからといって不安や恐れはきっとある。

 

なのに–––

 

 

「なんでそんなことが言えるんだよ…なんでそんな笑えるんだよ…」

 

上里樹という可愛らしい見た目の小さな少女からはとても想像できないような口調。

 

しかし銀は気にせず続ける。

 

「うーん、まああれだ。あたしはお姉ちゃんだからな」

 

銀はそう言いながら自分より少し背の低い樹の頭に優しく手を置いた。

 

「そして上里さんは本来年下の後輩だからな。年下の妹分のために年上が頑張るのは当たり前だろ?」

 

「……三ノ輪…さん」

 

「ほれほれ、だからもう泣くな。なっ?」

 

 

 

 

あ––––––––––––––––––

 

 

意味がわからない、理由がわからない。そう感じていた銀の笑顔が突然眩しいものに見えた。

 

 

そしてその眩しさが自らのとても懐かしいものを蘇らせてくれたのを感じ始めると、もう止まらなかった。

 

 

「みの……ゎ…ざぁん…」

 

 

すでに一部が壊れ始めていたダムがそのまま決壊していくように樹は大粒の涙を零し出した。

 

すすり泣きや声だけじゃない、大粒の涙。こんな涙はいつぶりだろう。

 

 

「どわぁ!?なんか余計に涙増えてない!?おぉよしよし、上里さんは何も悪くないんだからな、よしよし」

 

銀は慌ててさらに樹の頭を撫でる。今度は少しわしゃわしゃするように。

 

 

俺はこの時始めて、嬉しい時も人は涙を流すんだと知ったんだと思う。

 

これまで辛くて苦しくて悲しくて怖くて––––そんなことばっかりで、多くの負の感情を味わうたびに涙を流したり、その流す涙さえも最近は見失ったりしていた。

 

 

だからさっき俺は泣いたんだ。自分という存在のちっぽけさに嫌気がさして、周りの環境とか人間とか園子ちゃんに当たり散らしてしまう自分がたまらなく嫌で仕方なくて。

 

何度思ったかもう数えてもいないほど自分という存在が嫌になりそうで、涙を流して泣いていたんだ。

 

 

いるなんて思ってなかったんだ。

 

 

こんな風に自分のために『頑張るって』言ってくれる人が。『何も悪くない』って言ってくれる人が俺にはいなかったんだ。

 

お姉ちゃんと離れ離れになってしまってからいなかったんだ。もう自分の目の前にそんな相手が現れてくれるなんて、自分から言わなくても自分の存在を認めてくれる人がいるなんて思わなかった。

 

 

こんなにもわかりやすく直接心に感情に伝わって響き渡るなんて忘れていたから

 

 

嬉しい––––ただひたすらに嬉しかった。

 

 

誰かに言われなくてもこれが『悲しいから流れる涙』じゃなくて『嬉しいから流れる涙』ってわかったんだ。

 

 

 

第三者から見ればこんな些細なことで、もう思われるかもしれないし事実そうなんだろう。

 

しかし人間というのは時として自分でも思いもよらないような些細なことで救われることがある。

 

救われた本人も救った本人も気づかないうちに。

 

 

 

 

 

 

 

 

泣きやませようとしたはずの銀の行為でむしろ涙の粒の量が増えていく樹と慌てながらも優しくわしゃわしゃと頭を撫で続ける銀。第三者から見てみれば一体どんな状況なんだとと言わざるを得ない状況ではある。

 

でも、少なくとも今ここにいる少女たちはその光景を変なものだとは思わない。

 

そう、変だとは思っていない。–––変だとは。

 

「ミノさん、鷲尾さん。先、行くね」

 

樹と銀のやりとりの一部始終を眺めていた園子はそれだけ言って複数の矛先が浮いた状態の槍を手に一人飛び出していった。

 

その言葉には樹の名前は含まれてはいなかった。

 

「ちょ!ま、待ちなさい乃木さん!三ノ輪さん、上里さん私も行くわ。…上里さん無理はしちゃダメよ。それに、…私もお姉さんなんだしね」

 

最後に一言恥ずかしそうに付け足しながら須美も弓を手に園子の後を追う。

 

 

「園子ちゃん……鷲尾さん……」

 

一人飛び出していった園子、その後を追っていく須美を眺めつつ樹が名前を呼ぶ。

 

園子はかなりの勢いで飛び出していってしまったため表情が伺えなかったがどうあれ樹を気遣ってくれていたのだけはわかった。須美も同じく。

 

(みんな…すごいな……)

 

他人に対して常に感じてきた劣等感それに似たものをまた感じている。

 

でも不思議だ。

 

(あんま嫌なものじゃないな、これは…)

 

似て非なるもの。そんな表現があっていると思う。

 

 

「さて、じゃああたしも行くかな!」

 

撫で続けていた樹の頭からそっと手を離して背を向けつつ身の丈ほどもありそうな斧を二つ取り出す。

 

(なんでだろう、自分と変わらないぐらい小さな背中なのにすごく心強い––––)

 

「上里さんここを動かないでな。すぐに戻ってくるからさ!」

 

そして銀は園子と須美、倒すべき敵であるバーテックスの元へと跳躍しようとする。

 

「ま–––待ってっ…!」

 

 

とっさに飛び出していこうとする銀の勇者服の袖を掴んでしまった。

 

 

何してんだ、自分でもそう思う。

 

意味のないことだってわかってるし、むしろ邪魔をしてるだけってわかってる。

 

「い、行かないで…三ノ輪さん…」

 

でも止めることはできない。まだ残っているのだ。銀に優しく頭を撫でてもらった暖かさと感触が。

 

そしてその手が離れた時に、忘れていた、掻き消されていた怖さを思い出しそうになって。

 

人の暖かさを求めてしまう。優しさにまた触れたいと感じてしまう。

 

(情けないな、これでも中身は男なのに)

 

でもその情けない気持ちよりも銀の言葉と表情と背中にすがりたかった。

 

たとえ銀本人になんと思われようと構わないから。それが自分にとって悲しい事でも。

 

 

 

 

 

「銀––––」

 

「え……」

 

樹に勇者服の袖を掴まれた状態で振り返りつつ銀が微笑む。

 

「銀でいいよ。上里さん」

 

「–––だったら、私も樹で…いいよ」

 

この苗字、好きじゃないし。それだけは言えなかった。

 

 

掴んでいた銀の勇者服の袖から手を離しながらそれを少し後悔した。

 

 

「へへっ、またな樹」

 

 

そう言い残して今度こそ銀は跳躍していった。

 

すでに前線では園子と須美がバーテックスとの戦闘を開始している。

 

 

「––––––」

 

猛スピードで駆けていく銀の姿を樹は目で追う。

 

「銀ちゃん––––」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

戦闘は樹が心配そうに皆を見つけながらも続いていく。

 

 

 

 

 

「ごめん!遅れた!」

 

銀が前走力で前線に駆けつけ遠距離から弓矢で支援を行う須美に声をかける。

 

「ええ構わないわ。…それより」

 

「樹なら大丈夫だよ。あいつはそんなやわなやつじゃないって」

 

「そうかしら……根拠は?」

 

「勘だよ。勘。勇者の勘ってやつ」

 

「随分と適当ね。…私は心配だわ」

 

 

なぜか不安げな様子を見せることもなく答える銀と反対にとても不安そうな須美。もっとも先ほどの樹の様子ならばそれも仕方のないことではある。

 

「とにかく今はあいつを倒さないと、だろ?」

 

諭すように須美に目をやる銀。

 

「んじゃ行くかっ!」

 

そして須美の返答を聞くこともなく勢いよくバーテックスに向かっていく。

 

 

「もう、全く」

 

須美はため息を吐きつつ勇者の力によって自動で作られる新たな矢を用意して構える。

 

 

 

 

 

 

 

園子は一人武器である槍を手にバーテックスの注意を削ぐかのように全身を駆け巡って攻撃をしている。しかし決定打が与えられていない。

 

(硬いなあ……もうっ!!)

 

自分が狙われないようにするのはもちろんのこと、遠くで援護してくれる須美に狙いがいかないようにもしなければならず、戦況は停滞。

 

アクエリアスは左右に付いている水色の球から発射される激しい水流攻撃によって園子を狙い続ける。

 

 

それを落ち着いてかわしつつ次なる攻撃を加えようとした時

 

 

「園子ーー!助太刀に来たぞー!」

 

 

「ミノさん!、気をつけて!」

 

「へっ?……おわ!?なんだこれ!」

 

園子の忠告が一歩遅かった。

 

 

「っぐわあ……!!」

 

アクエリアスの中心部分の青色の形状の上に伸びている触覚のようなものから大量の水球が銀を襲い、かわしきれなかったいくつかの水球によって地面に弾き飛ばされてしまう。

 

 

「ミノさん!!」

 

着地をしつつ園子は銀が弾き飛ばされた方を見つつ叫ぶ。今のはなかなかの勢いがあった。

 

 

しかしバーテックスは手を休めることはなく再び攻撃を行う。

 

今度の狙いは銀に気を取られている園子だ。

 

もはやビームといっても差し支えない水流が園子に向けて発射される。

 

 

「っ!?ひゃあ!?」

 

水流をかわしきれず下の地面に勢いよく園子が落下する。

 

 

 

アクエリアスの次の狙いは須美だ。

 

 

「二人ともっ!」

 

自身に向けられる水球を丁寧にかわしながら走りつつ矢を放つ。

 

その一発がアクエリアスの体の一部を破壊した。

 

「やった!……あ!」

 

しかしその破壊した部分も即座に回復してしまう。

 

 

 

 

 

 

 

 

「園子ちゃん!銀ちゃん!鷲尾さん!」

 

 

須美よりもさらにバーテックスから遠く離れたところで苦戦を繰り広げる三人名を呼ぶ樹。

 

すでに銀のおかげ、かどうかはわからないが涙は止まっている。

 

 

銀の言葉を疑っているわけでもないし、園子のことも信じてるし、須美はあの中で一番お役目に対する意識が高い。

 

しかし銀が水球に弾き飛ばされ、園子は水流があわや直撃するところだった。

 

須美の矢もあれだけでは決定打には到底なり得ないでいる。

 

 

 

「っ……!本当になんなんだよあれ…!」

 

落ち着きを取り戻そうとしていた心がまたざわつき始めだした。

 

 

歯痒かった。今こうしてただ立っているだけの自分が。

 

そう思いながらも恐怖を忘れられない自分が。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あーーどりゃっ!」

 

銀は弾き飛ばされてもなお体につきまとってきた水球の最期の一つをようやく斧で潰すことに成功した。

 

「はぁはぁ…あー!もうっ!」

 

息を切らしつつ双斧を構え直しアクエリアスを睨みつける。まだまだ戦意は落ちていない。

 

 

しかし今アクエリアスが狙っているのは銀ではなく、園子。

 

チャージでもし終わったのか水流攻撃を園子に向ける。

 

 

「乃木さん!」

 

「やばいっ!」

 

須美と銀は園子の元へと駆けつけようとするが

 

 

 

「はっ!?……」

 

 

遅かった。体勢を立て直すまもなく水流は園子に直撃。

 

 

 

 

 

「園子ちゃんっ!!」

 

樹の叫びはこの距離では誰にも届かない。

 

 

 

 

 

 

銀と須美も息を飲んだ。声に出さずとも共に背筋が冷たくなった。

 

 

 

あの勢いの水流をまともに受けていたら命がどうかはともかく大怪我は免れまい。

 

 

 

「これっ!盾になるんだったー!」

 

激しい水流が直撃しつつも園子はなんとか持ちこたえていた。

 

園子の持つ槍のいくつか浮いている矛先が展開しバリアのようなものを展開していた。

 

 

 

 

「よかった……」

 

樹は内心ホッとしつつも焦燥感を募りつつあった。

 

 

 

須美も息を吐きつつこの隙にと、アクエリアスを狙えるところに出て弓を構え直す。

 

すると弓の周辺に大きな菊の花弁が現れ、一枚一枚の花弁にエネルギーを灯していく。

 

一枚、また一枚と徐々にエネルギーが溜まっていく。

 

 

「早くっ!」

 

須美は時間を気にしている。園子がまだ水流を受けたままなのだ。

 

 

「これ、台風のすごいのみたいっーー!」

 

本人はいたって平気そうだがあの盾だって永遠に使えるはずもない。急がなければ。

 

 

「これ、なんとかしてくれ!」

 

銀も助けに行きたいところだが一定数出し続けられている水球に翻弄されて近づかずにいる。

 

 

「私がっ!」

 

 

溜まったエネルギーを込めた矢を放つ須美。

 

その矢は一直線にアクエリアスに向かっていくが、なんとあの水球が横に重なり須美の矢の勢いを殺してしまった。

 

「なっ!?そんな…!」

 

渾身の一撃が簡単に止められてしまい混乱が隠せない須美をアクエリアスは見逃さずに攻撃する。

 

 

「きゃ…きゃぁぁぁぁ!!」

 

 

水球の一つに弾かれ須美が落下する。

 

「鷲尾さん!わっ!ひやあぁぁ!?」

 

落下した須美に気を取られた園子も槍を持つバランスを崩してしまい、吹き飛ばされた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ああ……二人とも……!」

 

バーテックスは自信を攻撃してくる存在がいなくなったと知ると悠々と進行を再開する。

 

バーテックスが進行していく場所が美しい樹木が火山のマグマのように朽ちていく。樹海が荒らされ現実世界に干渉をしている証拠だ。

 

 

余裕が少しずつなくなってくる。

 

今はまだ現実に大きく影響が出てしまうほどではないが、それも時間の問題。

 

 

 

 

 

樹は力無く広げられていた腕を持ち上げ手のひらを見る。

 

 

か細くて、弱々しくて、これまで何も出来ずにいた手。

 

 

自分の無力を嘆き、それでも何も出来ずに逃げ出して、逃げ続けてきた自分。

 

対照的に同年代にもかかわらず逃げずに脅威に立ち向かっていく少女たち。

 

自らの端末を取り出す。画面中心には鳴子百合の花が。

 

 

樹はギュッと力一杯目を閉じた。

 

 

「逃げちゃダメだ。逃げちゃダメだ。逃げちゃダメだ。逃げちゃダメだ–––––」

 

自らを鼓舞するように、勇気付けるように唱える。

 

自分がこれまで逃げ続けてきた分今ぐらいそうじゃなくてありたいという願いと共に。

 

 

「逃げちゃダメだっ!」

 

 

同時に端末をタップした。

 

 

瞬間、端末から花弁が溢れて先の三人のように樹の体を包み込む。

 

 

樹は鳴子百合がモチーフ。

 

 

その姿は三人とは違いふわふわのスカートを着用しどこか賢者を思わせるゆったりとした装いである。

 

 

変身が完了した。

 

 

自分の変身後の姿が気にならなくもないが、今はそれどころではない。

 

「園子ちゃん…!銀ちゃん…!鷲尾さん……!」

 

 

戦い方も動き方も何もよくわからないが、感覚に任せて駆け出し、跳躍する。

 

「っす、すごい!」

 

自分でも驚くほどの人間離れした動き。

 

「これが–––勇者の力––」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

須美は考えていた。

 

自分の矢では威力が足りない。銀は威力はあるが近づけない。園子はどう扱えばいいのかわからない。

 

しかしそう考えている時間もない。

 

こうして思考している間にもアクエリアスは神樹様を目指し進行中なのだ。

 

「一体…どうしたら…」

 

須美は戦意を喪失しかけていた。そこを狙うかのようにアクエリアスは再び須美に向けて水球を放つ。

 

 

「危ないっ!」

 

銀が須美を押し倒し、間一髪須美がくらうことはなかった。

 

「動いてないと危な––」

 

須美に忠告しようとする銀を水球が襲った。それに顔に直接。

 

「三ノ輪さんっ!」

 

 

 

 

「銀ちゃんっ!!」

 

 

できる限りみんなに追いつこうと必死で跳躍を続けていたところで銀ちゃんがバーテックスの水球に捕まって呼吸ができなくなっているのを見つける。

 

 

「銀ちゃん!」

 

すぐに駆け寄って水球を引き剥がそうとする。

 

「なんだよこれっ…!ぶにょぶにょしやがって!」

 

しかし水球はすごい弾力性を持っておりどんなに引き剥がそうとしても潰そうとしてもぶにょぶにょするだけ。

 

(このままじゃ銀ちゃんが窒息死しちまうっ!)

 

 

 

「う、上里さん!?」

 

少し離れたところで鷲尾さんが驚きを隠せないでいる。気持ちはわかるけど……!

 

 

「鷲尾さん!手伝ってくれっ!」

 

今は一刻を争う自体だ。すでに銀ちゃんは水球の中でもがき苦しんでいる。

 

「わ、わかったわ…!」

 

鷲尾さんも今はそれどころではないとすぐに理解してくれ、銀ちゃんから水球を引き剥がそうとするのを手伝ってくれる。

 

 

「…っくそ!」

 

思わず汚い言葉が出てきてしまう。自覚はあるけど気にしてられない。

 

 

とにかく早くしないと銀ちゃんがこのまま苦しんで–––

 

「んあっ!!」

 

いたはずな銀ちゃんは突如目を見開いた。

 

「えっ…?」

 

「ぎっ銀ちゃん!」

 

そして一気に––––

 

 

「んぐっ…んぐっ…んぐっ…んぐっ…」

 

水球の水をすごい勢いで上を向きながらゴクゴクと飲み始めた。

 

 

「えーー……」

 

嘘でしょ…と言いたげな風に目を細める須美に対して

 

 

「すごい、銀ちゃん!」

 

樹はめちゃくちゃ感心していた。

 

 

「ミノさん大丈夫?」

 

意識が覚醒して駆けつけた園子が心配の声をかける。

 

「んぐっ…んぐっ………ぷはぁっ!」

 

かなりの量の水量だったと思うがついに全て飲み干してしまった。

 

「銀ちゃんカッコいい!」

 

「え?」

 

隣から須美の疑問の声が上がるが樹は気がつかない。

 

「というか…全部飲み干しちゃったのね…」

 

「はぁ…はぁ……っ神の力を得た勇者にとって水を飲み干すなど造作もないのだー!……気持ち悪い…」

 

飲み干した直後は大口を叩いた銀だったがすぐに口を押さえて本音を吐露する。あの量を一気に飲み干してしまったのだから無理もないが。

 

「銀ちゃん大丈夫か!?どっかおかしくなってないか!?」

 

「まず今の行動がおかしかったと思うのだけれど…」

 

「ミノさんすごーい、お味は?」

 

実に三者三様である。

 

「最初はサイダーで…途中でウーロン茶に変化した…」

 

「まずそうぉ〜…うえぇ〜」

 

「銀ちゃん、体の方は平気なのか?」

 

樹は未だに口元に手を当てている銀に駆け寄る。先ほどの銀と樹の立場が入れ替わったようだった。

 

「あはは…不味かったけど体は全然……ってあれ樹!?」

 

「うん……その…色々……ごめんな…」

 

「いや、それは別にいいんだけど……なんか口調が…?」

 

 

「そ、そんなことより!バーテックスッ!」

 

須美がハッと思い出しかように後ろを振り向く。

 

「あいつはヤバイな…」

 

切り替えたかのように銀もアクエリアスに視線を向ける。

 

「分け御霊の数がすごい…」

 

銀が瞬時に真剣な表情になるのを見て樹もまたバーテックスを見上げる。

 

 

(…やっぱり怖い……なんなんだよあのサイズ…)

 

こうして近くで見てみるとよりその大きさと異形な形状が際立って恐ろしく不気味に思える。

 

「出口が近いんだ…追撃をっ!」

 

「でも、効かなかったもんね」

 

とっさに飛び出そうとした須美と冷静に言葉を告げる銀。

 

先ほどの戦闘で三人はそれぞれ各個撃破されても足も出なかった。

 

「でも早くしないと奴が大橋から出てしまうわ!」

 

「出たら撃退できなくなるもんな…根性でもう一回…!」

 

そう––時間がない。すでにアクエリアスは四人よりも先に進み神樹の元へに着々と近づいている。

しかし須美にも銀にもめぼしい作戦や案は浮かんでこない。

 

 

(あんなのどうすればいいんだ…どうすれば…どうすれば…)

 

それは樹も同じくだった。先ほどの戦闘を客観的に眺めていたのだから案の一つでも出したいところなのになにも浮かんでこない。

 

(やっぱり俺は役立たずなのかっ…!くそっ…!)

 

内心で何度目かわからない悪態をつく。

 

「あ!ピッカーンと閃いた!」

 

「園子ちゃん…?」

 

この状況でなにを閃いたというのだろう。樹は不安げな視線を園子に送る。

 

その不安げな視線が伝わったのだろうか。

 

「安心してイッつん。自信、あるよ」

 

そんなことを堂々と言ってみせた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

作戦はこうだった。

 

まず須美が矢を放ちアクエリアスの注意を神樹からこちらに変える。そしてアクエリアスの水球や水流攻撃を園子の槍を盾状にして防ぎつつ前進。

 

しかし水球はともかく水流の攻撃は威力が凄まじく園子の槍の盾も危うい状態が続く。

 

先ほどの戦闘で盾ごと吹き飛ばされた園子の姿が樹の脳裏に蘇る。

 

(やっぱりこのままじゃ…)

 

そんな不安な気持ちに駆られる。

 

それに唯一の友達が苦しそうにしながら自分たちを守っているのだ。

 

勇者に変身したにもかかわらず結局なにもできていない自分が歯痒かった。

 

そしてまた目をそらす。

 

また逃げ出しそうになる。

 

また、向き合うのも立ち向かうのも嫌になりかける。

 

 

 

「樹っ!!」

 

ハッとした。そうだった。隣には銀ちゃんがいるんだった。

 

「勇者は根性だ!押し返すぞぉ!!」

 

 

「う、うん……!」

 

不安な心に再びなんとか喝を入れ直す。銀ちゃんのお陰でまだギリギリ持ちそうだ。

 

「おーえす!おーえす!ほら!樹と鷲尾さんもっ!」

 

「えっ?」

 

「わかった…!おーえす!おーえす!」

 

「わ、私も…!おーえす!おーえす!」

 

銀に言われて樹も、それにつられて須美も声を出す。

 

園子も盾で三人を必死に守りながらも自らも声を出す。

(イッつんは!私が守るっ!)

 

 

後ろでぎこちなくも声を出して自分を押してくれるもう一年の付き合いになる友達のためにも、園子は力を振り絞る。

 

そして徐々に、また徐々にアクエリアスに近づいていく。

 

ここからが作戦の最終段階だ。

 

 

合図は須美が出した。

 

「今っ!」

 

「「突撃ー!」」

 

銀と園子の声が重なる。

 

そして樹は

 

 

須美とともに、支援として残る。

 

自らの勇者としての力の使い方なんて知らないはずなのに、誰にも教えてもらったことなどないはずなのに。

 

頭の中がぐしゃぐしゃにかき回される感じがして––––直接誰かがその全てを教えてくれた。––––そんな気がした。

 

だから残ることを選んだ。

 

 

樹、須美。銀、園子の二組に分かれる。

 

「鷲尾さん!」

 

今度は園子の合図だ。

 

「狙いづらいっ…!」

 

須美が空中で体勢を崩しながらも数本の矢を空中で放ちいくつかの水球を潰した。

 

しかしまだ水球は残っている。これを残したままでは同じく空中に投げ出されておりなおかつさらに接近しなければならない銀と園子が危ない。

 

 

「こんのっーーーー!!」

 

右腕を前に突き出すようにして目一杯伸ばす。

 

樹の右腕には蔦が巻きついたようなわっか状の飾りが付いており、そこに付いている花からワイヤーを射出することができる。

 

 

四つの花から放たれた緑色のワイヤーはものすごい勢いで水球に向かっていきその一つ一つを絡め潰した。

 

 

これで道が開けた。

 

 

「ミノさんっ!振り回すよ!!」

 

 

「やっちゃえ!!」

 

 

「うんとこしょーーー!!」

 

 

 

「上里さんもう一度!」

 

「うん!」

 

須美と樹は同時に矢を、ワイヤーを放ちさらなる梅雨払い。

 

 

「銀ちゃんっ!!」

 

重力の法則に従い落下していく中樹が声を絞り出す。

 

 

「うおおおおおお!!!」

 

 

園子の手から離れた銀はもう一つの斧を取り出す。斧は銀の声に呼応するかのように急速にエネルギーを増していき炎を纏う。

 

落下の勢いを合わせ、一気に突っ込んでいった。

 

 

アクエリアスの体は全体が水で出来ており、ちょとやそっとの炎では消されてしまうだけ。

 

しかし銀の炎はそんなやわなものではない–––––

 

彼女自身の熱い心を込めた紅蓮の炎はアクエリアスの水色ボールを即座に蒸発させた。

 

 

しかしまだ、終わらない。

 

 

 

着地と共に間髪入れずに銀は思い切り跳躍してアクエリアスに向かう。

 

「行かせるかあああああっーーーー!!!」

 

 

銀の今度の狙いはアクエリアスの体の中心部。

 

目にも留まらぬ速さで乱撃を加えアクエリアスの下部の触覚のようなものが木っ端微塵に粉砕され、さらにもう片方の水色ボールも蒸発した。そのまま青色のゼリーのような部分にも乱撃を加える。

 

 

「おおおおおおっらっ!!!」

 

 

しかしこの部分が異様に硬い。これだけの乱撃を加えているにもかかわらず壊れる気配がない。

 

 

「銀ちゃん!!」

 

 

銀は青色のゼリー部分に跳ね返され地面に叩きつけられ、樹が叫ぶ。

 

 

「どうだあああっ!!」

 

銀が拳を天高く突き上げる。

 

アクエリアスは中心部のごく一部を残してほとんど崩壊している。

 

 

皆がようやく終わったと、そう思った。

 

辛くも初戦闘でなんとか勝利を挙げることができたと。

 

 

 

 

「そんな……!」

 

「まだ動けるなんて……」

 

 

須美と園子の悲痛な声が上がる。

 

銀はたしかにその猛烈な攻撃によりアクエリアスに多大なダメージを与えやつを追い込んだ。

 

そう、追い込みはした。しかしまだ足りなかった。

 

あともう一撃でもやつにダメージを加えることができれば神樹様の力によりアクエリアスを消してくれるはずだった。

 

通称『鎮花の儀』により神樹館小学校六年生の勇者たちの初戦闘は終わりを告げるはずだった。

 

しかしあともう一歩、どこか、何かが足りなかった。

 

 

 

「くそっ…!んっ…!」

 

銀は自らの手で今度こそとどめを刺そうとするが、最後に跳ね返され地面に叩きつけられた衝撃がまだ体に残っており、頭がフラフラする。

 

起き上がろうにも自分の体がついてこない。

 

 

須美はただ傍観していることしかできない。

 

彼女は銀ほどの衝撃もおっていなしどちらかというと怪我も少ない。

 

しかし、今彼女がついていっていないのは心だ。

 

もう終わった、ようやく終わった、三ノ輪さんが決めてくれた。

 

その安心感に一度完全に張り詰めさせ続けていた心を解いてしまったのだ。

 

しかしまだ終わっていなかった。あれだけやっても敵は消えてくれない。

 

頼みの綱だった銀もすぐに動くことができず、どうすればいいのかわからない。

 

一種の思考停止状態に追い込まれていた。

 

 

 

 

そして園子は

 

 

いち早く

 

 

気づいていた。

 

 

 

 

「イッつん!?」

 

 

 

勇者たちの猛攻をなんとかしのいだアクエリアスは移動を再開し始めたタイミングだった。––––樹が動き出したのは。

 

 

ワイヤーを射出しアクエリアスの残された体の青色のゼリーのような部分全体に巻きつけそれを引き戻す勢いを利用して一気にアクエリアスの直上に。

 

その高さは先の銀の猛攻の時の跳躍よりもさらに上を行き、樹はワイヤーを即座に回収する。

 

 

法則に従い猛スピードで頭から落下する樹。

 

 

しかし異様なまでに、怖いまでにその顔に焦りや狼狽えの色はない。

 

むしろすべての色を持たない、何かに塗りつぶされてしまったかのようなものさえ感じる。

 

その瞳だけは––––紅くまるで血に染まったかのように輝いていた。

 

 

 

そしてこれは、樹の勇者システムを作り上げ組み込んだであろう大赦ですら予期せぬ使い方であろう。

 

 

樹はワイヤーを再び射出したと思ったら、それを即座に纏め一本の片手剣を創り上げた。

 

 

 

 

「ああああああああああーーーーー!!!!」

 

 

咆哮とも取れるレベルの唸り声のような声と共に樹はその創り上げた片手剣を振りかざす。

 

アクエリアスももちろん黙って見ているだけではない。

 

すぐさま大量の水球を樹に向け放出する。その数はこれまでに放出してきた水球の数を合わせたほどの多さ。

 

 

しかし、その全てをかわすあるいはワイヤーの片手剣で潰す。

 

 

 

 

「––––––––––––––!!!!」

 

 

 

凄まじい轟音が樹海を揺らしアクエリアス・バーテックスの体を切り裂いた。

 

 

本来であればある一定の以上のダメージしか今の勇者の力では与えることができず、倒しきることなど到底不可能なはず。

 

 

だからこそ神樹様による『鎮花の儀』がある。

 

 

しかしアクエリアス・バーテックスはそれを待たずして、眩い煌めきと七色の花弁を撒き散らしながら形状崩壊を遂げた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そのほんの数分にも満たない間の戦闘を園子、銀、須美は開いた口が塞がらない状態のまま見続けた。

 

 

 

「あれが勇者の…」

 

 

 

「本当の姿……?」

 

 

 

 

こうして––––勇者は三百年ぶりに襲来した『バーテックス』をしのいだ。

 

 

 

 

鎮花の儀を待たない『御霊』ごと破壊し尽くすという完全勝利によって。




勇者はバーテックスに勝った。だがそれはすべての始まりに過ぎなかった。新たにできた友達とひと時の安らぎを得ながらも再度襲撃してくるバーテックスを迎え撃つ勇者たち。しかしそこには連携不足が見うけられ……?

果たして人類の存亡を背負わされた少女四人––––あるいは少女三人と少年一人の運命やいかに。

次回『タイトル未定(ごめんね)』

さぁて次回もぉ!サービスサービスぅ!

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