できる限り丁寧に書き進めたいけど、ぐだぐただらだら進めたくもない。
本当に塩梅が難しいです。ただ楽しくもあります。
でもやっぱり難しい。よろしくお願いします。
四国から瀬戸大橋を渡って北へ、各地で生存者や水質・地質の調査をしながら徒歩で北の大地——北海道を目指すという強行軍。
今日はその一日目だった。
誰もが生存者の存在に期待した。乃木さんも上里さんも土居さんも伊予島さんも高嶋さんも…そして私も。
だけど、瀬戸大橋のその先倉敷の景観は見る影もなく生存者は一人も確認できなかった。
次の神戸は広く二手に分かれて捜索を行い、私と乃木さんと上里さんの三人で町中を見回ったが……成果は何もなかった。目に映るのはゴーストタウンと化した街と我が物顔で跋扈するバーテックスの姿だけ。
そんな光景を一日見たせいか乃木さんの些細な言葉に苛立ってしまい、逆ギレに近い形で言い返してしまった。
『まだ全滅だと決まったわけじゃない』
彼女のそんな希望的観測に私の心はざわつき奥歯を噛み締めた。
乃木さんに悪気がないことはわかってる。私の気持ちを案じての言葉だったとわかってはいる。
でもその言葉はあまりにも気休めで、ぶつけようのない怒りを私はバーテックスどもにぶつけた。たかが数匹殺したところでこいつらは結界の外にはいくらでも蔓延っていてそれはたいして意味のない行動だけど、私はそうせずにはいられなかった。
『…行きましょう……生きてる人を探すんでしょう…?』
結局生存者は発見できなかった。ただの一人も。
そして今この時間、今日という日が終わりに近づく中私を除くみんなは水浴びをしている。
一日動いて体を洗いたくなるのは山々だが、この時期の夜の水に浸かるなんて寒くて仕方ないだろう。
しかしそんな寒さを吹き飛ばすようなはしゃぐ声は絶え間なく私の耳に届き、その中心にはやはり高嶋さんの存在が大きいのか彼女の声が人一倍大きく高く聞こえ続けている。
見張りを買って出てよかった。この空気の中に私は居れないし空気を悪くするに決まってる。
何より……あの人たちに私の傷ついた肌を見せたくない。
見られたくない…この醜い体を…特に高嶋さんには。
………樹さんはどう思うかしら。
「ぐんちゃん」
「っ…!高嶋さん…」
水から上がってそのままの姿の高嶋さんが私に呼びかけていた。滴る水も相まってとても寒そうだ。
「ごめんね、びっくりさせちゃった?」
高嶋さんはバスタオルで水を拭いてそのまま体に沿わせるように巻きつける。私は何故かそれを見ていられなくて目を逸らしてしまう。
「大丈夫。なんでもないの」
「ほんと?あ、そろそろ見張り交代するね」
「ええ…お願い」
「ぐんちゃんも水浴びしてきなよ!みんなと水かけ遊び楽しいよっ!」
「…いいえ。少し…疲れたから遠慮するわ…」
「そっかあ、でも体は洗っておいた方がいいと思うな。ちょっとでも綺麗にしておいた方がよく眠れると思うし」
「……そうね、そうするわ。ありがとう高嶋さん」
私は高嶋さんから離れ、他のみんなからも離れて一人水の中に身を浸す。
不思議と水の冷たさはあまり気にならなかった。ただ肌になんとなくそういう刺激があるような気がして条件反射として鳥肌が立つだけ。
体を髪を丁寧に洗う気力も湧かなくてひたすら体を水に沈め続ける。
みんなが楽しそうに遊ぶ声が聞こえないところまで離れたおかげでここは静かだ。私は静かなのが好きなはずだし一人でいいはずだからこれでいい。
明るい陽の光よりも夜の暗闇と静寂の方が私のような人間にはお似合いなのだから。
『………これお姉ちゃんがくれたものなんだ』
『千景ちゃんがやってる髪の手入れの仕方もう一度…教えて?』
『…えっと……隣を歩こうと思って………嫌かな』
『だ…だからね……今度は私が写真を撮って美佳ちゃんに見せてあげたいんだ』
「樹さん、花本さんに写真見せられたかしら…」
誰に聞くでもなく一人で呟く。当然帰ってくる言葉もない。
花本美佳さん……私の巫女。
樹さんの話だと私のことをすごく気にかけてくれているらしいけど、初めて会った時以来顔も合わせていないし言葉も交わしていない。
そんな相手をどうして気にするのか…私にはわからない。
私は花本さんに何か一つでもしてあげたことなどないのだ。優しくしたわけでも守ったわけでもましてや救ったわけでもない。
私のことなんて忘れてもおかしくないほど些細な接点しかないのにどうして…
「また会えれば少しは……」
わかるかもしれない、そう続けようとした言葉を心の中で飲み込んだ。
人のことを他人のことを、私のような人間がわかるなんて———そんなわけないのに。
翌日私たちは予定通り大阪に到着した。
時間をかけて調べに調べ、伊予島さんが駅の地下街への入口を見つけ全員でその中を捜索し人が生活していた痕跡を見つけそして…………死に絶えた大勢の人間の骸と一つの日記を見つけた。
書いたのは小学生の妹を持つ高校生の女性。時間の感覚を失わないために日記をつけることにしたそうだった。
七・三〇天災でバーテックスに襲われて以降姉妹で地下街に逃げ込み出入口にバリケードを作ったと書いてある。これにより一時の安寧を得たが同時に地下から出ることもできなくなった。どんなに閉塞感があったのだろうか。
父も母も失いたった一人の家族のための気丈な心構えが日記には記されていた。
食料の奪い合い、意見の対立、弱い者いじめ、化物から逃げた先で人間同士で争うことへの馬鹿馬鹿しさ虚しさが文字に表れている。
そしてその中でついに人が殺され、病死や衰弱死する人も後を絶たず死体は大きな噴水がある所に集められたと書いてある。
今私たちの目の前に広がる大量の骸がそうなのだろう。
二〇一五年 某日 著者の妹がわんわんと泣いたらしい。家に帰りたかったそうだ。普段はわがままの一つも言わないような良い子がとめどなく泣き続け、その泣き声に苛立った数人の大人に外に放り出すかこの場で殺すように怒鳴りつけられたと、筆舌に尽くしがたい情景が綴られ私は思わず顔を顰めた。
二〇一五年 某日 その日の食料は栄養補助食品二個とスナック菓子半袋。どう考えても足りていない。もう子供に優先的に食料を渡す余裕も失われていたのだろう。
その食糧問題についてリーダー格の大人たちが何時間も話し合いをしているが
弱っている人間を殺して食糧を節約すべきだという人
バリケードを解いて外に出るべきだと主張する人
と、意見が分かれ話し合いに決着はつかなかったと段々崩れて読みにくくなる文字を辛うじてそう読むことができた。
二〇一五年 某日 妹に元気がなく、呼びかけて返事はするけどずっとぼんやりしている。何かの病気かもしれない。でもどうすることもできない。病院に連れて行かないと。
ここら辺の内容からさらに文字が崩れて書き直すこともできなくなったのか文字の上から塗り潰したような跡が各所に散らばっている。
二〇一五年 某日 妹が返事をしない。どうしようどうしようどうしようどうしようどうしようどうしよう
二〇一五年 某日 ひどい争いが起こった。一部の人たちが食糧節約のためと老人と病人を殺し、殺した人たちも別の人たちに殺された。妹も殺された。私ももう死んでもいいかもしれない。
二〇一五年 某日 地上へ出ようと訴えていた人がバリケードを勝手に壊してしまった。化物が次々と入り込み防火シャッターはなんの役にも立たず簡単に突破された。あの化物たちはきっと人間がいつか自滅するのをわかってて放置したんだ。私は噴水のある死体置場にいる。最後は、妹と一緒に迎えようと思う。
日記の最後のページには著者のものと思わしき血がべっとりとこびりついていた。
その血は乾いて赤黒くなり時間の経過を否が応でも感じさせた。
強大な敵に立ち向かえず人間同士で争い奪いあった末に殺し殺された無力で醜く弱い人達。自分を失い心を失い人間の尊厳を失った人達。
危機が迫って追い詰められれば、四国の人々もきっと同じような結末を辿る。
でも私は…そうはならない。勇者の力が私にはある。
あんな惨めな死に方だけは絶対にしない。
敬われて大切にされて崇められて私がいなければ生きていくこともままならない人達に必要とされて最後まで勇者として生きていく。
絶対に…絶対に……絶対に……………っ!!
……ただ………あの日記を書いた人は人間で…自分のままでいられたのだろうか。
大切な人と最後を迎えられた顔も知らないその人は、もしかしたら…幸せだったのかもしれない。
惨めで悲惨でどうしようもなく辛く苦しい終わり方だとしても最後に自分を必要としてくれて愛してくれた人が一緒なら、笑みが浮かんできたのかもしれない。
それは、なんだかすごく———羨ましい。
名古屋での光景もこれまで見てきた街と大差はなかったように最初は感じられた。
崩れた建物、瓦礫だらけの道路、放置された車両。
当然のように人の姿もそこにはなくこのまま次の街の捜索へ早々と移った方がいいと思っていたところで、土居さんが奇妙なモノを発見した。
名古屋駅周辺とその向こう側の地域全体が無数の巨大な卵状のものに覆われいる異様な光景。
生理的嫌悪感を催す不気味で気色の悪いそれは殻のようなものの中で確かに蠢いている。全員が即座にアレがなんなのかを察した。察せざるを得なかった。
伊予島さんはその場に崩れ落ちるように膝をつき、土居さんが彼女を支え怒りと悲しみの累積を言葉にする。
迷うことなく感情を放出し思いを吐き出すその姿は彼女を勇者たらしめる要因のように感じられた。
土居さんは卵状のモノといつのまにか辺りを取り囲んでいたバーテックスを切り札である精霊『輪入道』の力で轢殺、焼却していく。炎を纏った巨大旋刃盤の刃をチェンソーのように回転させるこの攻撃方は非常に有効な範囲攻撃だ。
現に取り囲んでいたバーテックスも孵化する前の卵も全て焼き尽くしてしまった。
その後、『丸亀城の戦い』の時のように巨大化した旋刃盤に全員で乗り込み名古屋をくまなく見て回ったが、やはり生存者は見つからなかった。
土居さんは乃木さんに繰り返し安易に切り札を使わないよう注意され、上里さんには体調の心配をされていた。私の目にも疲労の色が見えていたが土居さん自身は『平気』の一点張り。
仕方なく、私たちは次の目的地を目指し再び跳躍した。
かつて勇者『白鳥歌野』と巫女『藤森水都』が守っていた諏訪。他の街と同じように全てが破壊され、跡形もなくなっていると思われたその土地には彼女たちの鍬と種と畑が残されていた。
私たちは種を植え鍬で畑を綺麗に耕し、残った種と鍬は四国に持ち帰ることにした。
そんな矢先、上里さんに新しい神託が下った。
『四国が再び危機に晒される』
その神託により私たちは今後予定していた調査を即座に中止し、四国に急ぎ戻ることになった。
ただその日はもう日も暮れて動くに動けないため諏訪で一夜を明かし明日の朝一番に全速力でここを立つ。
それがリーダーである乃木さんが下した決断。
私も含め誰も異論を唱えることもなく、辛うじて残っている諏訪大社の社殿の一つで体を休める。
「っ………」
ただ、どうしても寝付けない。体に移動や探索の疲れは溜まっているはずなのになんど目を閉じても開いた時にまだ暗闇のままで、私はみんなを起こさないようそっと寝袋から起き上がった。
肌寒い夜風に打たれながらあの場所に向かう。
手にはこの遠征のために土居さんが人数分見繕ってくれたキャンプ用のランタンを持っている。これのおかげで暗闇の中でも迷わず歩くことができた。
白鳥歌野さんと藤森水都さんが残した畑。種は埋めたけど芽を出すのはずっと先で、そもそも私たちは明日の朝にここを離れるから畑を管理維持する人もいない。
だからこの畑から新しく作物ができることはもうない。
その事実がどうしようもなく胸を締め付ける。
白鳥さんの書いた乃木さん宛の手紙には絶望的でどうしようもない状況で『それでも』と希望を失わず乃木さんに願いを託し、バトンを繋いだ彼女の人としての強さが滲み出ていた。
たった一人で土地と人々を三年も守って……藤森さんの存在は白鳥さんにとって心の支えだったのかもしれないけど、純粋な戦力という意味では自分以外誰も頼ることができない。
心細くなかっただろうか、もう辞めてしまいたくなりはしなかったのだろうか。
どうして誰かのために、自分を犠牲にできたのだろう。
「千景さん」
振り向いて声のする方向に視線を向ける。
「上里さん…」
そこにいたのはいつも絶やさない柔和な笑みを浮かべた上里さん。彼女も手にランタンを持っていて、おかげで誰が歩いてきたのかすぐにわかった。
「ごめんなさい。驚かせてしまいましたね」
「…別にそんなことは。それより何してるの?こんな時間に」
「実は、あまり眠れなくて。そしたら千景さんが歩いていくのが見えたものですから」
そう言いながら上里さんは何故か私のすぐ隣に座った。わざわざ距離を取り直すのもおかしな話なので少し落ち着かないがそのまま私も動かないことにした。
私と彼女のランタンが側に置かれて、優しい光が辺りを照らす。
「千景さんこそどうされたんです?」
「……私もあまり眠れなくて」
「そうでしたか。同じですね」
「……………」
上里さんと私が同じなんて……私たちは似ても似つかない人間なのに。
「今日も一日お疲れ様でした。移動に捜索に農作業まで」
畑を私と同じように眺めながら上里さんはポツリポツリと話し始める。どうやら寝床に戻る気はないらしい。
どうせ今戻っても眠れそうにない。私は上里さんの話に付き合うことにした。
「勇者の力があればこのくらいどうってことはないわ。大変なのは上里さんの方でしょう。勇者みたいな人を超えた力を持ってるわけじゃないんだから」
「移動するときは若葉ちゃんがしっかり抱き上げてくれてますから。全然へっちゃらです」
乃木さんの話をするとき、上里さんはいつも楽しそうで嬉しそうでどこか誇らしげに見える。二人は昔からの友人でいわゆる幼馴染というやつなのは知ってるが…にしたって仲がいいと思う。
友人という枠を超えた、家族のような———
「家族…」
「…千景さん?」
「っ…ごめんなさい。なんでもないわ……ないでもないの」
「でも——」
「ぃ、樹さん…どうしてるかしらね」
咄嗟に樹さんの名前をつい出してしまった。自分で言ってても話を無理やり逸らしたようにしか聞こえない。
「———そうですね。今頃は大社でお休み中でしょうか。それか安芸さんや花本さんとおしゃべり中かもしれません」
「……そうね。そうかもしれないわね」
やっぱり私と上里さんは全然似ていない。私は彼女みたいに人を気遣えるような人間じゃないからだ。
私は人を気にかけない。誰も私を気にかけない。
私はずっと一人だった。どこにいても何をしていても一人。
別にそれでよかった。私は、何をされても平気だから。
誰に何を言われてどんなことをされても、平気だから。
私は、一人だから。
「樹ちゃん、千景さんのことも色々話してると思いますよ」
「…そんなことないと思うけど」
「あら、お二人は随分仲良しになられたのでしょう?」
「なんでそう思うのよ……」
「ふふ、とぼけても無駄です。こないだ樹ちゃんと千景さんが一緒に散歩していたことは知ってるんですよ?しかも頭も撫でたとかなんとか」
「…事実無根よ。証拠もないでしょう」
「樹ちゃん本人からそう聞きました」
「……言うだけならなんとでも言えるわ」
「樹ちゃん嬉しかったみたいです。千景さんに頭を撫でられて」
「……………そう」
「やっぱり撫でたんですね」
「……悪いかしら」
「そんなことないです。樹ちゃんは千景さんに結構懐いてると思いますから」
上里さんはひたすら笑みを崩さない。乃木さんのことを話してる時も樹さんのことを話してる時もずっとずっと微笑み続けている。
「………桜、一緒に観に行けばよかったかしら…」
あの時、なんで私は樹さんから逃げてしまったのだろう。どうして背を向けてあの場を立ち去ってしまったのだろうか。
「今度みんなで観ましょうよ。安芸さんや花本さん、巫女の皆さんも一緒に」
「…花本さん……最初に会った時以来会ってないから何を話せばいいのか…」
「なんでもいいじゃないですか。千景さんの好きなゲームの話でもいいし花本さんの好きなものの話をしてもいいと思います。お互い勇者や巫女としてどんな日常を送ってるのか聞くのも面白いかもです」
「……そんな些細なことでいいのかしら」
「些細なことだから、いいんですよ」
「…ありがとう上里さん」
「いえいえ、どういたしまして」
なんというか………この人には敵わないなと思う。そもそも同じ土俵に立つこと自体無理な話かもしれない。
自分がどれだけちっぽけで未熟な人間なのか理解させられてしまう。
それも嫌な感情を持つことなく。でも嫌な感情を持たない自分に対して卑屈になってしまう部分もあるからしょうがない。
本当にしょうがない人間だ、私は。
「戻ったら樹さんに話さないと」
「………何をですか?」
「………………ナイショ」
ほぼぐんちゃん一人回でした。多くののわゆファンの方々にとってもそうだと思うのですがこの子はとてもいいですね。すごく魅力的でいいキャラです。
のわゆの重々しく厳しく、そして切ない物語の大きな要因になってくれている子だと思います。だからこそ少しでも魅力的に書いてあげたい。
また次回も、どうかお付き合いください。
そしていつの日か『乃木若葉は勇者である』完全版をアニメで見たいです。劇場版でもいいけど尺が足りない気がするのでやはりアニメで。
『勇者史外典』の内容も映像で……欲を言い出したらキリがないですね。