【完結】鶴が恩返ししないんだが   作:エタリオウ

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13. 始まりを告げた鳥

 人間、やむを得ず空を飛ばなければならない瞬間が、人生に一度くらいは訪れるものだ。

 

 鷺里さんの背に乗って、夜を駆けている。

 改めて口に出すと、なかなかどうかしている状況だった。

 

 冷たい風が頬を叩く。眼下には、すっかり灯りの落ちた住宅街が広がっていた。

 

 規則正しく並んだ屋根。ぽつぽつと灯る街灯。遠くを走る車のヘッドライトが、黒いアスファルトの上を細く滑っていく。

 いつも歩いている道が、まるで見知らぬ地図のように小さく見える。

 

 信号によく引っかかる曲がり角も、通るだけで犬に吠えられる家も、クビになった思い出のコンビニも。

 全部、手のひらに乗るくらい小さくて、なんだか、妙に感傷的になってしまう。

 

 いや、嘘だ。普通に怖い。

 風が頬を叩くたびに、魂が身体から離れようとする。

 

「さ、鷺里さんっ、ちょっと高度が高くないですかね!?」

「ご安心ください、佐鳥さん! そのまましっかり掴まっていてください!」

 

 言われなくても、僕は鷺里さんの羽毛に必死でしがみついていた。

 

 ふわふわだった。ぜひ寝具メーカーに紹介したいくらいの触り心地である。

 もっとも、原材料の入手方法を考えた瞬間、僕がものすごく最低な人間になるので、この商談は脳内で破棄した。

 

 鷺里さんは、巨大な灰白色の鳥の姿で夜空を切り裂いていた。

 

 青みを帯びた灰色の羽根の隙間から、淡い燐光がこぼれている。翼が一度羽ばたくたび、空気が波打った。

 

 それなのに、音は不思議と少ない。

 まるで世界そのものが、僕たちの飛行を見逃してくれているかのようだった。

 

「もうすぐです」

 

 鷺里さんの声が、風に混じって耳へ届いた。

 その視線の先。

 

 街外れの小高い山の中腹に、ぽつんと神社が見えた。

 

 昼間なら、古びた石段と赤い鳥居が目印になる。普段は近所の人くらいしか訪れない小さな神社だ。

 

 たしか小学生の頃、凰佳と夏祭りに来たことがある。

 僕は射的で一発も当てられなかったが、隣の凰佳は金魚すくいで根こそぎ乱獲していたっけ。

 金魚屋のおじさんの引きつった笑顔を、僕は今でも忘れない。

 

 そんな平和な思い出のある場所が、今はまるで別世界の入口みたいに見えた。

 山を覆う木々の隙間から、金色の火の粉が漏れている。

 

 鳥居の奥。

 境内の中心に、太陽の欠片みたいな光が揺らめいていた。

 

「……あれが、凰佳?」

「はい」

 

 鷺里さんの声がわずかに硬くなる。

 

「そして、黒羽美烏さんも、既に境内に」

 

 目を凝らすと、金色の炎の反対側に、夜よりも濃い黒が見えた。

 

 境内を覆う闇。

 それはただ暗いのではなく、光そのものを塗り潰していた。

 

 神社に並ぶ石灯籠の灯りも、御神木の葉に宿る月明かりも、その黒に触れた瞬間、すべて沈黙していく。

 

 鳳凰と八咫烏。

 神話級の鳥が二羽、よりにもよって近所の神社で向かい合っている。

 

 舞台装置としては満点だ。近隣住民としては零点だ。

 

「佐鳥さん、着地します!」

「はい! 初めてなので、できれば優しくお願い――」

 

 返事を終えるより早く、鷺里さんの身体がふわりと傾いた。

 

 内臓が置いていかれる。

 ジェットコースターで味わうあの嫌な浮遊感が、全身を駆け抜けた。

 

「ひゅっ」

 

 喉から変な音が出た。

 本当は、もう少し格好いい悲鳴を上げたかった。

 

 具体的には、男らしく「うおおおお!」とか言いたかった。

 

 でも、現実は「ひゅっ」だった。

 ままならないね。

 

 灰白色の翼が夜を切り、僕たちは神社の境内へ降り立った。

 

 僕が慌てて背中から降りると、淡い燐光が鷺里さんの身体を包んだ。

 巨大な鳥の輪郭がほどけ、次の瞬間には、雪模様の着物をまとったいつもの姿がそこに立っていた。

 

 境内は、ひどい有様だった。

 鳥居は半ば黒く焦げ、注連縄は熱で縮れ、石畳には焼け跡と黒い羽根が残っている。

 

 拝殿の鈴緒が小さく揺れ、賽銭箱まで、かたかたと震えていた。たぶん、恐怖で。

 

 神様も困っているだろうな。

 いや、ここで神様みたいなのが二羽争っているんだけど。

 

 僕たちが降り立ったのは、境内のちょうど真ん中あたりだった。

 

 背後には鳥居。

 前方には、拝殿へ続く短い石段。

 

 拝殿側には、金色の炎をまとった凰佳。

 そして鳥居側の参道寄りには、黒い羽を従えた美烏が立っている。

 

 つまり僕たちは、神話級の二羽が睨み合うど真ん中に、見事なまでに割り込んだわけである。

 鷺里さんとしては、このまま戦いを止めるつもりだったのだろう。

 着地点としては、最悪すぎる。

 

 そこでようやく、僕は反射的に境内の影を探した。

 位置情報共有アプリが示していたのは、夜鳥さんの居場所だ。

 

 なら、あの夜雀もどこかでこの惨状を見ているはずだった。

 けれど、闇はどこも同じ色に見える。彼女の姿はすぐには見つからなかった。

 

「来たんだ、ほーすけ」

 

 金色の炎の向こうから、凰佳の声がした。

 

 いつもの声だ。夕飯の献立を聞く時と同じ、甘くて、柔らかくて、耳によく馴染んだ幼馴染の声。

 だからこそ、怖かった。

 

 拝殿へ続く短い石段の上。小鳥遊凰佳が立っていた。

 

 桜色の髪は夜風に揺れ、琥珀色の瞳は爛々と輝いている。

 制服の裾が熱の揺らぎでふわりと持ち上がり、その背後には、巨大な炎の翼が広がっていた。

 

 一枚一枚の羽根が、金色の刃のようだった。

 

 美しい。悍ましい。

 およそ、この世のものではない。

 

 でも、間違いなく凰佳だった。

 

「心配したよ。そんな鳥に乗ってくるなんて、危ないでしょ?」

「今一番危ない人に言われると、説得力が違うね」

「ふふっ、相変わらずだね」

 

 凰佳は嬉しそうに笑った。

 その笑顔は、昔と変わらないように見えた。

 

 熱を出した日にお粥を作ってくれた時も、忘れ物を届けてくれた時も、学校帰りに隣を歩いてくれた時も、彼女はいつもこんなふうに笑っていた。

 優しくて、明るくて、少しだけ得意げで。

 

 でも今は、その笑顔の奥に、僕が見ないようにしていたものまで透けて見える気がした。

 

「佐鳥先輩」

 

 反対側から涼やかな声が響く。

 

 鳥居側の参道寄り。

 白衣に緋袴をまとった黒羽美烏が、静かに立っていた。

 

 今朝学校で見かけたセーラー服姿とは違う。

 神社の境内に立つ、巫女装束の無表情な少女。赤い瞳。夜に沈む黒髪。

 不思議と、よく似合っていた。

 

 彼女の周囲では、黒い羽がゆっくりと回っていた。

 それは舞っているというより、沈んでいるように見えた。空気の中を、夜の欠片が落ちていく。

 

 境内に落ちる影が、少しずつ濃くなっていた。

 凰佳の炎が照らしているはずなのに、美烏の足元だけは夜が深い。

 白い玉砂利まで、そこだけ墨を吸ったように黒ずんで見えた。

 

 美烏が、こちらへ向けて白い袖を差し出した。

 

「危険です。こちらへ」

「黒羽さんも大概危険側だけどね」

「私は先輩を害しません」

「僕の筆箱は被害にあったけど」

「あれは保存です」

「言い方を変えても、窃盗は窃盗なんだよ」

 

 美烏はわずかに首を傾げた。その仕草は、妙に可愛らしい。

 言っていることは完全にアウトなのに。

 

「ほーすけ」

 

 凰佳の声が低くなる。

 

「こっちにおいで。その子は駄目だよ。ほーすけから大切なものを盗っていく、悪いカラスなんだから」

 

 凰佳の背後で、炎の翼がゆっくりと広がった。

 

 石段の上から見下ろす彼女は、いつもの幼馴染のはずなのに、まるで神社そのものを焼き尽くすために顕現した太陽みたいだった。

 

 火の粉が、赤い鳥居の焦げた柱に触れる。

 

 じゅ、と小さな音がした。

 その音だけが、やけに生々しく耳に残る。

 

「先輩を苦しめるものを、私は取り除きます」

 

 美烏が静かに言い放つ。

 

 抑揚のない声。

 けれど、そこには一切の揺らぎがなかった。

 

「あなたも例外ではありません」

「へえ」

 

 凰佳が不敵に笑う。

 

「私が、ほーすけを苦しめてるって言うんだ?」

「はい」

 

 即答だった。

 

 空気が凍る。比喩ではない。

 その場を満たしていた熱が、ほんの一瞬だけ輪郭を失った。

 

 そして次の瞬間、燃えた。

 凰佳の背後に広がる炎の翼が、一気に膨れ上がる。

 

 金色の羽根が爆ぜ、夜空へ火の粉が巻き上がった。

 熱が頬を打つ。目の奥が乾く。

 

 それでも凰佳は、笑っていた。

 ただ、その笑顔の端が、ほんの少し歪んでいるように見えた。

 

「ふざけないで」

 

 低い声だった。なのに、顔だけは笑っている。

 そのちぐはぐさが、怒鳴られるよりずっと怖かった。

 

「ほーすけを一番近くで見てきたのは私だよ? ほーすけが何に傷ついて、何に怯えるか。どんな顔で壊れるのか。全部、全部、私は知ってる」

 

 その言葉に、胸の奥が重くなる。

 確かに凰佳は、いつだって僕の近くにいてくれた。

 

 僕が無理して笑っていた時も。

 制服の下の痣を誤魔化していた時も。

 両親が死んでから、夜眠れなくなった時も。

 

 彼女は近くにいた。近くにいてくれた。

 たぶん、近すぎたんだ。

 

「その知識を檻に使った時点で、あなたは不要です」

 

 美烏の声は、冷えていた。

 凰佳の業火の中でも、彼女だけは決して温まらない。

 

「不要なのはそっちでしょ。後から来たカラスのくせに」

「私は先輩の願いを聞き届けました」

「私はほーすけの人生を支えてきた」

「支配の間違いでは?」

「殺すね」

 

 会話のキャッチボールで、いきなりロケットランチャーを撃ち込まないでほしい。

 

 凰佳が片手を振る。

 その何気ない動作で、金色の炎が僕のすぐ脇を避けるようにうねり、美烏へ向かって押し寄せた。

 

 炎というより、巨大な火の鳥が襲いかかっていくかのようだった。

 夜を昼に変えるほどの光量。

 

 視界の端が金色に染まる。

 息を吸うだけで喉が焼けそうになる。

 

 僕は反射的に身を強張らせたが、その前に鷺里さんの背中が割り込んだ。

 

 雪模様の着物の袖を広げ、白鞘の刀を低く構えている。

 青白い炎が、刀身に沿って静かに走った。

 

「佐鳥さん。私の後ろへ」

「もう十分後ろにいます! 人生でここまで女性を盾にしたことないですっ!」

「それは何よりです」

 

 鷺里さんは微かに笑う。

 その笑みは穏やかなのに、背筋が伸びるほど凛としていた。

 

 金色の炎が迫る。

 だが、鷺里さんの刃が、音もなくそれを裂いた。

 

 炎が真っ二つに割れ、僕たちの左右を通り過ぎていく。

 

 切り裂かれた火の向こうで、美烏が動く。

 

 彼女の背後に、巨大な黒い鳥の影が浮かび上がった。

 三本の脚を持つ、太陽を導く黒い鳥。

 

 八咫烏。

 黒い羽の群れが、割れた炎の隙間を抜けて、石段の上の凰佳へ殺到する。

 

 凰佳の翼が、それを迎え撃つように広がった。

 金色の熱と黒い夜が衝突した瞬間、境内全体が震えた。

 

 がらん、がらん。

 

 拝殿の鈴が、ひとりでに鳴る。

 清めの音のはずなのに、今は開戦の鐘みたいだった。

 

「うわぁ……」

 

 僕は思わず呟く。

 もう何というか、すごい。すごすぎて、語彙が小学生まで戻っている。

 

 神話級の鳥同士が、近所の神社で本気の殺し合いをしている。

 この現実をどう受け止めればいいのか分からない。

 

 あの、お賽銭入れたら鎮まったりしません?

 

 いや、無理だ。

 神頼みで解決するには、神様側がだいぶ暴れている。

 

 炎と黒羽がぶつかるたび、境内の影が形を変える。

 そのどこかに夜鳥さんがいるはずなのに、やはり見つからない。

 

「佐鳥くん」

「ひゃいっ」

 

 不意に、すぐ近くの木陰から声がした。

 振り向くと、夜鳥雀がいた。いつの間に。

 

 いや、夜雀だから闇に紛れていたのだろう。分かるような、分かりたくないような。

 

 彼女は拝殿脇の木陰に立ち、短いスカートの裾を夜風に揺らしながら、にこりと笑っていた。

 

「どう? すごいでしょ」

「……何が?」

「あの二羽をぶつけるの、けっこう苦労したんだよ」

「犯行声明を堂々と言わないでくれる?」

 

 夜鳥さんは悪びれもなく肩をすくめた。

 

「あの女は、ただ裏の顔を暴けば終わる相手じゃないよ。優しい幼馴染の顔を剥がしたところで、最後には力で押し切れる。だって鳳凰だもん」

 

 夜鳥さんの視線が、石段の上へ向く。

 金色の炎が、拝殿の屋根を照らしていた。

 

「だから、同じ高さまで届く相手が必要だった。小鳥遊凰佳の火に焼かれず、佐鳥くんの過去にも手を伸ばせる相手。黒羽美烏をぶつければ、あの女の鳥籠に穴を開けられると思った」

 

 鳥籠に穴を開ける、か。

 

 夜鳥さんは簡単に言ったけれど、そのために今、神社の石畳に黒い羽根が突き刺さり、鳥居は焦げ、拝殿の鈴は泣いている。

 

「……その結果、神社が更地になりかけてるけどね」

「そこはまあ、必要経費ってやつだよ」

「神社の人に怒られてきなさい」

「佐鳥くんも一緒に謝ってくれる?」

「巻き込むな」

 

 夜鳥さんはくすくす笑った。

 その笑い声は、境内を揺るがす爆音の中でも妙にはっきり聞こえる。

 

 けれどその瞳は笑っていなかった。

 

 彼女は、凰佳を見ている。美烏を見ている。

 

 そして、僕を見ている。

 

「でもね、佐鳥くん。これで分かったでしょ」

「何が」

「あの女が作った鳥籠は、優しさだけでできていたわけじゃない」

 

 夜鳥さんの声が、少しだけ低くなった。

 

「小鳥遊凰佳は、君を孤立させた。君が傷ついて、弱って、それで自分にだけ依存するように」

「……」

「君の罪悪感を利用した、って言うと少し違うね。あの女は、君の罪を裁きたかったわけじゃない。可哀想な佐鳥くんを、独り占めしたかっただけ」

 

 夜鳥さんの言葉は、妙に静かだった。ただ観測した事実を置くみたいに。

 

 裁くためじゃない。救うためでもない。

 ただ、自分だけのものにするため。

 

「それ、だいぶ最悪じゃない?」

「うん、最悪。でも、君の方もそれを受け入れちゃった。これは自分への罰なんだって、後から理由をつけて」

 

 胸の奥が、嫌な音を立てた気がした。

 

 凰佳のせい。

 そう言い切れたら、どれだけ楽だっただろう。

 

 でも違う。

 僕はどこかで、納得していた。

 

 孤立しても仕方ない。都合よく扱われても仕方ない。

 自分は、それだけのことを願った人間だから。

 

 そうやって、凰佳の作った鳥籠に、自分で鍵をかけていた。

 

 最悪なのは凰佳だけじゃない。

 その檻を、罰の形として受け入れてしまった自分自身もだ。

 

「黒羽美烏は、その罪悪感を根っこから引き剥がそうとしている」

 

 夜鳥さんの視線が、参道側へ向く。

 

 美烏の黒い羽が、炎の中をまっすぐに切り裂いていた。

 

「小鳥遊凰佳は、君を独り占めしようとした。黒羽美烏は、苦しんでいる君から過去そのものを取り上げようとしている。方向は真逆だけど、どっちも佐鳥くんの意思は置き去りだね?」

「……君がそれ言う?」

 

 夜鳥さんは、少しだけ困ったように笑った。

 

「そこは、まあ」

「逃げたね」

「佐鳥くんに嫌われるようなことは、したくないからね」

 

 ずるい返しだった。

 でも、そのずるさが夜鳥さんらしかった。

 

「だからさ」

 

 夜鳥さんは、僕の袖を軽く摘まんだ。

 その指先が、ほんの少しだけ僕の手首に触れる。思ったよりも冷たかった。

 

「どうしたいのか。佐鳥くんが決めて」

 

 そこで、彼女の指先にわずかに力がこもる。

 

「私が、叶えてあげるから」

 

 まっすぐな瞳をしていた。

 

 その言葉に嘘はないのだろう。

 僕が望めば、夜鳥さんは本当に叶えるつもりだ。

 

 たとえば僕が、凰佳を退けたいと願えば。

 その願いを叶えるための第二の矢くらい、彼女はきっともう用意している。

 

 だから、僕は考えなければならない。

 

 凰佳をどうしたいのか。

 美烏をどうしたいのか。

 夜鳥さんの用意した答えではなく、僕自身の答えを。

 

 けれど、境内の戦いは待ってくれなかった。

 

「佐鳥さん!」

 

 鷺里さんが、炎を断ちながら言った。

 

「どうか、お下がりください。ここは私が制します……!」

 

 その声は、決して大きくなかった。

 けれど、不思議と境内の隅々まで届いた。

 

 金色の炎が揺らぐ。

 黒い羽が、空中でぴたりと動きを止める。

 

 さっきまで鳳凰と八咫烏だけのものだった場に、別の何かが入り込んでいた。

 

 凰佳の金色。

 美烏の黒。

 夜鳥さんの闇。

 

 そのどれとも違う、静かな気配。

 

 淡い光が、鷺里さんの足元から立ち上った。

 

 着物の雪模様が淡く光を帯びる。

 灰白色の羽が一枚、また一枚と宙に舞った。

 

「やはり、ただの『青鷺火』ではありませんね」

 

 美烏が、初めて明確に目を見開いた。

 凰佳の笑みも消える。

 

「へえ。そっちが本性なんだ」

 

 鷺里さんは、刀を構えたまま静かに息を吐いた。

 

「私は一度たりとも、青鷺火と名乗った覚えはありませんよ」

 

 彼女を包む光が、静かに広がっていく。

 

 背後に顕現したのは、ただの青鷺ではなかった。

 

 もっと大きい。もっと古い。

 鳥という種の、始まりに近い何か。

 

 青みを帯びた灰白色の翼が境内を覆う。

 羽の一枚一枚が、夜の底に沈まない淡い光を宿していた。

 

 燃えているのに、涼しい。眩しいのに、目に優しい。

 

 まるで、世界で最初に生まれた朝が、鳥の形をしてそこにいるみたいだった。

 

「貴方がたが私をどう呼ぼうと構いませんが――」

 

 鷺里さんの声が、境内に響く。

 

「佐鳥さんを護る者として、ここに正しく名乗りましょう」

 

 灰白色の羽が夜空を満たす。

 その中心で、一瞬だけ、黄金色の光が瞬いた。

 

「この世で最初に生まれた鳥。不死の霊鳥、ベンヌ。

 頭が高いですよ――小鳥たち」




次回最終回です!

一番好きなヒロインは?

  • 大鳥鷺里
  • 夜鳥雀
  • 小鳥遊凰佳
  • 黒羽美烏
  • 松井ぽっぽ
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