さて、もしあなたがここまで読んでくださっているのならば、あなた様はあの口説いこと極まりないあらすじを読んでくださったということですので、かなりの物好きということになるかと思います。しかし、書かせていただいた私自身、これから先の本文もこのような口説いこと極まりない文章であると自覚しておりますので、あなた様がこの文章を読む際の注意点を数点、挙げさせていただきます。
・この文章は、私が劇場版幼女戦記を観覧した後、共に観覧してくださった戦友様と語り合った幼女戦記の考察に端を発するものであります。故に、この文章は完全なる見切り発車であることをご理解ください。
・また上記の理由から、この小説が次にいつ更新されるか、また本当に完結できるかは、ひとえに私の情熱次第であることをお許し下さい。
・さらに、この小説は上の戦友様との考察というを私なりに発表するという側面もありますので、あなた様のご期待に添えられない場合があることをご理解ください。
それでは、口説いことこの上ない前置きはこれにてとさせていただきます。どうぞ我が考察と、「大公女戦記」の世界をお楽しみください。とは言いましても、今回のお話はその導入の部分に過ぎないのですが。
帝国が強いと言われる所以は、如何なるところにあるのだろうか。
風光明媚な西方。元はフランソワ共和国、もとい今は帝国領の一角。そこで、身長1.4メートルそこそこの身体を深緑色の軍服で纏い、どうにかしてまとめあげたような金髪を僅かに揺らし、彼女の記憶にあるもう一人の自分が持っていた以前のそれとは違う、青色の色素によって彩られた碧眼を持った、将校に似つかわしくないことこの上ないその将校、上から僅かな休養の約束を与えられたその将校は、その将校にしては珍しく、またあろうことかぬるまになるまで放置したコーヒーの深淵を、まるで自らが忠誠を誓うとも誓いきれぬ祖国の深淵を見透かさんとばかりに、そんな問いに辿り着いていた。
ではその将校、名をターニャ・フォン・デグレチャフという彼女だが、何故そのような問いに辿り着いたのか。
一月程前のことだ。帝国が、隣の大国連邦との戦争に突入して久しく、その日もターニャは、自らの部隊を率い任務に就いていた。敵軍の重囲下に陥った友軍の救援と、その後の敵北部集団に対する反攻拠点の確保。その場所は、侵攻する連邦軍に対して帝国軍が圧迫を加えるためには、必ず手に入れなければならないであろう戦略要衝である。そう思っていたターニャは、麾下部隊の全力を以て、その都市に迫る共産主義者を撃退した。あとは味方の増援を待つのみ。そのはずであった。しかし何の因果か共産主義者は、猛烈にその都市に対して、強攻とも言える攻撃を行った。熾烈、いやその表現すらも可愛く思える、実に48時間に及ぶ激戦の末、帝国軍はこれを再び撃退した。
だが、ターニャはそこで目にしたもの、あるいは感じたものによって、己の積み上げてきた戦果が、実績が、極めて根本的な理由によって崩れ去ってしまうかもしれないという、至極真っ当な憶測に行き着いたのだ。そしてそれは、しばらくしないうちに、憶測から確信に変わった。その確信は、ターニャの持つ以前の自分の記憶から、この帝国に類似した国家が、これと似たような、いやほとんど同じような状況に追い込まれた時、果たしてどのような最後を辿ってしまったのか、という事実に依存する。
幸いにもターニャは天才だった。齢八にして士官学校を出、多大な戦果を挙げて帝国最高位たる銀翼突撃章の佩用を許され、愛国心に富み、幾度となく友軍を危機から救い、はたまた齢十数にして陸軍大学校を次席で卒業する程に。真っ当に評価すれば、ターニャは優秀な戦争屋であり、戦略家であり、それでいて戦術家なのだ。しかし不幸にもターニャは個人第一主義者であり、自由主義者であり、功利主義者であり、それでいて完璧主義者だった。もし自分に降りかかってくるものが火の粉ではなく隕石だとすれば、はっきり一言、「無理だ」と言う人物なのだ。言い換えれば彼女が「常人」だということだが、これをずっと「狂人」だと思い込んでいた中央の参謀将校達にとってみれば、それは許し難いことだろう。
が、ターニャの要求は受け入れられた。
ターニャは思った、「ゼートゥーア閣下もようやく、私の参謀将校としての価値を認めてくれたのだろう」と。参謀将校は、冷静な常人であることが求められるからだ。ターニャは目の前にいる三人の参謀将校、つまりは参謀本部作戦局附フォン・レルゲン大佐、作戦参謀次長フォン・ルーデルドルフ中将、そして戦務参謀次長フォン・ゼートゥーア中将の三人が、自らが待ち望んでいた後方での勤務を、遂に認めてくれたのだと歓喜した。
しかしそれは大きな間違いである。ゼートゥーアはじめ参謀将校達は、彼女を常人であると思った試しはなかった。ゼートゥーアは思った。「あのデグレチャフが悲鳴を上げるほどに、我々は厳しい状況に立たされているのか」と。そして同時に衝撃を覚えたゼートゥーアは、瞬時にしてその天才脳をフルに稼働させ、こうとも思った。「ならば此奴の力を借りてでも、我々は勝たねばならない」と。
かくして、ターニャはその力を、言うなれば自らの能力や知識を前線で形にするために、二ヶ月の休養を約束された。曰く、それは「戦技研究本部」。名目上は、ここでターニャが軍の編制や運用法を研究するという形だ。
そこで初めの間、ターニャは古今東西集められるだけの文献、資料、また自らの知識を寄せ集め、昼夜を徹してそれらと向き合った。それはまるで、ある種本物の研究者のような、そんな風に部下からは見えた。というのもターニャの部下たちは、軍人生活の中で前線にいたことしかなかったのである。当たり前のことだが、陸軍大学校を出た者などターニャの他にはおらず、中隊長達やその他少数の若年尉官達は士官学校卒ではあるが、むしろ叩き上げの下士官や特務士官の方が多かった。そんな彼らに軍事戦略など理解できるはずもなく、彼らにできることと言えば、死に物狂いでデスクに向かう上官の邪魔にならぬよう、せめてのほほんと休養を満喫することだった。実際、不意を知らずに来客の報を伝えに行ったヴァイス大尉は、「邪魔をするな!」と一喝、雪山での訓練に匹敵するほどの怒声で一蹴された。正に鎧袖一触であったのだ。
さて、その後ターニャは、僅か二週間足らずで積んでいた書を読み終わった、驚嘆すべき、また恐るべき魔導将校ターニャ・デグレチャフは、次なる作業に取り掛かった。それは思いついたことを文章に著し、形にして祖国に手向けることである。そこで彼女が最初に考案したのは、主に前線に於ける部隊編制の完全なる効率化、つまりは強力な突破力を持ち、あるいは敵軍を翻弄し、その限られた兵力で敵軍部隊を包囲下におけるほどの機動力を兼ね備えた部隊の創設である。
しかし、極めて多元的な思考から、その案はターニャ自身によって棄却せざるを得なくなった。つまり、そのような部隊を創設し、編成し、また前線で運用したとしても、それは戦線を突破し、一時的に軍を前進させるのみである、と。ターニャはその考えに精彩さを欠いていた。しかしそれは、今正に自分の祖国たらしめんとする帝国が相手とっている、共産主義者の軍隊から着想を得ることによって、解決された。つまるところ戦争は、いや近代総力戦は、戦略、作戦、戦術の三点を考慮せねばならないということである。やはり歴史上天才と呼ばれている人物は、そしてその人が見出した結論は、そう簡単に超えられるような代物ではないらしかった。ターニャは自らの考えを再構築する必要に迫られた。
既存の考えでは、恐らく帝国軍は作戦次元での勝利を量産するのみであろう。しかし、ロシアの大地と軍隊が幾多の軍隊にとって無限の消耗空間であったように、この世界における連邦のそれも等しくそうであろうことは、緒戦を戦ったターニャは疑う余地もなかった。だとすれば、戦略次元でコミュニスト共に勝利するにはどうすればよいのか。それには、軍事分野に於ける抜本的な改革もそうではあるが、もしも状況が帝国を許さないのであれば、真に国家の骨、つまりは帝国の政治分野を、それは正に紆余曲折を経てこの時代に辿り着き、紛う事なき強さを誇りつつも、世界情勢の前に暗黒の兆しを見せつつある伝統と歴史の帝国政府を、この手で内側からひっくり返さんとしなければならないだろう。
ターニャは、自らが参謀本部で、なんとも大きな口を叩いたものかと後悔した。そう、後悔だ。あのフォン・デグレチャフ魔導少佐が、後悔したのだ。それほどまでにこの戦争は、一筋縄ではいかないものだということであり、ターニャが確信を持っていたように、失敗すれば帝国は、ともすれば破滅の道を辿り、その歴史に幕を閉じなければならないかもしれない。ターニャが具申する以前から確信していたそれは、この時を以て、もはやそれが運命だというような錯覚を覚えさせるほどのものとなった。今やこの二ヶ月間は、帝国陸軍内で後方勤務をどうだという次元の話ではない。いつしかの存在Xが、今まさに自分に、生か、あるいは死かを迫っているような、そんな気さえした。
そこでターニャが考え着いたのが、帝国が現行の政治体制になり、いわゆる「強い帝国」としてその名を馳せるようになったのは何故か、ということであった。それをたどることによって、今の政府の強みを知り、また弱みを知ることに繋がるだろうと、ターニャは図らずともそう考えた。しかしターニャには、帝国の歴史を知るための有益な人材はいなかったし、できるならばそれを知る過程においても、政治に精通している人物との人脈を確保しておきたかった。時間は無いのだ。恐ろしく逼迫している。生き残るためには、果てしなく効率化を図る必要があるだろう。だがターニャには、これといって良い情報筋はなかった。参謀本部に繋がりがあると言っても、それは軍の意思決定機関であり、政治家が出入りする場所ではないのだ。しかもターニャは齢十数の少女、もとい幼女である。軍人になれたのは、少なからず軍が実力主義を導入していて、しかもターニャにただならぬ才能があったからなのだ。政治は、齢十数が立ち入りを許されるような場所では、決してないのである。
しかし、不幸にもターニャの体は十数の少女、いや幼女であった。ぬるまのコーヒーと格闘して、深い思慮に耽っていたターニャは、あろうことかそのカフェインの力に大敗した。なんたる屈辱であろう。たった2ヶ月、とどのつまり1500時間弱しか猶予が与えられていないにもかかわらず、ターニャはその3時間程を無に期してしまったのだ。二度目の自我であり、自制という行動には長けているはずであったが、やはり体は十数のそれでしかなかった。
「…あぁ、存在Xに災いあれ。」
しかし意識を奪還したとき、ターニャは細々とそう言う外なかった。いや、そうするだけの力しか残っていなかったのである。考えられる原因という原因は一つ。そう、徹夜である。部下の士官を、下士官を、兵を、誠にこの人は十数なのかと驚嘆せしめた、あのインパール作戦に匹敵するほどの無謀強攻のもたらした結果である。部屋には既に、南イルドアの獲れどきの柑橘類のような、鮮やかな橙の西陽が窓を通して入ってきている。だが、じきにそれも、淡いカクテルのような美しい夕空に変わるだろう。そうなれば、副官のセレブリャコーフ中尉が夕食の報せを持ってくることだろうから、いっそのことそれまで休んでおいて、夜中に作業を行うというのも一つの手である。が、それは如何にも不健康なことであるし、今もし再びこの眠気に屈服してしまえば、それこそ存在Xの狙い通りのように思えた。完璧主義者でもあるターニャにとって、この日は全く失敗であった。良き考えにたどり着いたはいいが、その考えを実行できる手段を全く保持していないことに気付き、なんとかそれを探そうとした結果、幼女には常であるお昼寝をしてしまうとは。
「あぁ主よ…この問題はどうすれば解決できましょうか……」
冗談混じりに、いや皮肉の念すら持って、目の前に広げてある羊皮紙よりも薄っぺらい祈りの言葉を、ターニャは口にした。こんなことで解決されるわけもないであろうことは明々白々だが、信心深き輩にとってしてみれば、これが正解なのだろう。
すると突然、デスクの上にそべっていた両腕が、右頬が、微弱ながらも揺れを感じた。
「ん…地震か?」
揺れは次第に大きくなる。もしも地震や、その類いの自然災害であるとするならば、この木造の戦技研究本部庁舎は、瞬く間に崩れ去るであろう。危機感を感じたターニャは咄嗟に、魔導師常勤装の服装規定で定められた制帽を被り、略式サーベルを手に取った。
「中尉!」
副官を呼ぶ。が、返事はない。そう、彼女は今、同じ駐屯地を衛戍地とする第145歩兵連隊の主計将校らと共に、夕食の支度をしているのだ。自力で脱出するしかない。そう感じたターニャは、例の如く「存在Xめ!」と吐き捨てつつ、急いで重要書類を纏める。しかし直後、危惧していた揺れは、明らかに自然災害のそれではないことに、ターニャは気付く。ともすれば、それは廊下を駆けている音。信じがたいが、敵コマンド部隊の襲撃か。そう思ったターニャは、書類を纏めていた体を起こし、手をサーベルの柄にかける。
そして、次の瞬間。
「バーーーーン!!!」
執務室の扉を無秩序に開け放つ音と、恐らくその擬音語が、同時にターニャの耳をつんざいた。負けじとターニャは、自らの態勢を崩さず立ち続ける。
さて、声の主は、無礼にも無秩序に扉を開け放ったその声の主は、なんと女性であった。おそらくターニャとは、数年の差であろう。齢十八と見えた。黒色の髪を肩のあたりでカールさせ、ハシバミ色の色素で彩られた瞳を持った彼女は、興味深げにターニャを見つめる。両者のにらみ合いは、しばらくの間続いた。数十秒程だった。しかし、先に口を開いた方が負けである、というような感覚はターニャと対峙する相手にはないらしく、それまで続いた沈黙、あるいはにらみ合いを楽しみ終えた、満喫しきったとでもいうような余裕で一言、「ふふっ」と微笑してみせた。そして幾ばくかの間髪を置いて、彼女は口を開く。
「貴女が、ターニャ・フォン・デグレチャフ少佐ですか?」
「いかにも。そう言われるそちらは…」
言いかけたターニャ。その時。
「少佐殿、こちらにおられましたか!」
声の主は、ヴァイス大尉である。ターニャは、特別寝起きの機嫌が悪いというわけではない。前のように一喝する理由もない。それ以上に、目の前の正体不明の女性のことを知る方が、先決である。
「ああ大尉。こちらは?」
誰でもいい、という風に、ターニャはすかさずヴァイス大尉にこの女性の素性を尋ねる。ヴァイス大尉は、そういえば、という風に背筋を正す。そう、この女性は少なくとも、帝国軍魔導大尉が背筋を正さねばならないほどの人物なのである。どこかの貴族のご令嬢か、はたまた高級将校の娘さんか、その辺だろうとターニャは予想した。
だが、当のヴァイス大尉から返ってきた答えは、ターニャの予想を良い意味で裏切る、ターニャの予想とは比べ物にならないような、思いもよらぬ人物の情報だった。
「はっ、このお方は、今は亡きルードルフ皇太子殿下の男系孫娘、マリア・アンナ・ヴィクトーリア・フォン・ハービヒツブルク大公女殿下であらせられます!」
さて、それでは最初のお話はこれまでとなります。もしもあなた様が本「大公女戦記」を気に入ってくださったのであれば、評価や感想等お待ちしております。
それでは、またいつか。