インフィニット・ストラトス 銀河は俺を呼んでいる 作:OLAP
──その日、僕は初めてあの人が泣いているのを見た。
あの時俺は歌を歌っていた。
目の前で泣いているあの人を見て、俺は笑顔でいて欲しいと思って歌を歌った。
なんの変哲もない、小学生でも知っている様な明るい歌だ。
彼女は泣きながら、俺を抱きしめてくれた。
悲しかったけど、俺は彼女のために歌った。
あの人の、心の底からの笑顔が見たかったからだ。
それから、俺は歌い続けてきた。
──そしてあの日、僕はあの人の二度目の涙を見た。
燃え盛る火焔の中。
血溜まりの中心にいる血まみれの俺を抱きかかえながら。
彼女は美しい顔に似つかわしくない、悲しみに満ちた涙を両目から零していた。
あの人には泣いて欲しくなかった。
だから俺は歌を歌った。
とあるライブハウス、ここは現在熱狂に渦巻いている。
時間はまだ夜も更けていない午後八時、店はオープンして一組目が演奏している。
だというのに店内は満員で、観客の盛り上がりはラスト一曲のような最高の盛り上がりを見せている。
その熱を作り上げているのはこのライブハウスで一番の人気を誇る男子中学生三人組のバンド。
彼らが出演する日のチケットは取るのが非常に難しい。
ギター兼メインボーカル、ベース兼サブボーカルそしてドラムの三人組。
元々はここに女の子一人を加えたメインボーカル二人の四人組バンドだったのだが、今年の三月に女の子が故国に帰ってしまったために現在は三人で演奏を行ってる。
このバンドの最大の特徴は何と言ってもギター兼メインボーカルの男の子のギターの演奏力と歌唱力だろう。
ギターの技術はハッキリ言って世界でも有数のモノだ。まだ十五歳だと言うのに、その腕前は熟練のギタリストのようだ。
そして歌唱力。
ハッキリ言って世界一だ。
メジャーデビューしているどんな歌手よりも彼の歌声は素晴らしいと思えてしまう。
彼の歌を聞くと、心が突き動かされるような感覚になってしまう。彼の歌を聞くためだけにこの店にくる人もいるそうだ。
彼の歌を一番楽しむにはライブが一番だ。CDなどでも勿論彼の歌は素晴らしいのだが、ライブを聞いたあとだと心の滾りが違うと感じてしまう。
今もこうしてライブを聞いているが、私の心は滾っている。
──黛渚子
「お疲れ様です」
演奏を終えた彼らはステージ裏の出演者控室に入ってくなり、彼らの後に演奏する先輩方に挨拶をした。
「おお一夏!相変わらず良い演奏だったぜ!」
一夏と呼ばれたギターを演奏していた男の子は先輩に軽く尻を叩かれた。
「ええ、先輩方の為に場を温めておきましたよ」
「馬鹿野郎、お前の場合は温めすぎてピーク過ぎさせることがあるだろうが」
「いえいえ、先輩たちならもっと盛り上げてくれると信じてますから」
「こんにゃろう」
互いに笑いながら、ハイタッチをした。先輩と呼ばれた男はステージに向かい、一夏は控え室の奥に入って行った。
「おう一夏、お疲れ様だ」
この店のマスターが一夏を出迎えてくれた。スキンヘッドの厳つい大男で、若い頃はブイブイ言わせてたらしいが、今となっては確認する手段がない。
因みに奥さんとの仲は良好だが頭が上がらないらしい。
「マスター、ありがとう」
「それはコッチのセリフさ。お前たちが演奏しにくる日はウチも
満員になるからな…………できれば毎日演奏してくれたら嬉しいんだがな」
一夏達のバンドが演奏するのは週に二日、金曜日と土曜日だけだ。
それ以外の日は学業に支障が出てしまう為に出演しないことになっている。
「高校卒業したら、毎日出れますよ」
「バーカ、その頃にはテメエらはメジャーデビューしてるさ」
「だといいんですけどね」
「してるさ」
マスターは店の奥に戻って行った。
一夏は控室に置かれてあるテーブルの近くにある椅子に座った。
「お疲れ、一夏」
「お疲れだな、一夏」
一夏のバンドのメンバーである五反田弾と御手洗一馬が既にテーブルを囲ってる。
「今回もいい演奏だったな、鈴の奴が抜けて一時期はどうなることかと思ってたけど………何とかなってるよな」
赤い髪とヘアバンドの少年が五反田弾、このバンドではベースとサブボーカルを担当している。
「何とかなってるのかな?鈴も……歌が上手いからね。その穴を埋めるのは一夏一人だと厳しいと思うよ」
メガネの少年、ドラムの御手洗数馬馬。
「いや、穴を埋める必要はない。鈴の奴はいつか必ず戻ってくる。それも、前よりも何倍も良い女になって戻ってくる……だから、な?」
一夏のその言葉に、二人は食べる手を止めて少しだけ微笑みながら無言で頷いた。
彼ら二人は一夏の事を信頼している。一夏がこんな事をいうと言う事は言葉にはできない第六感的な自信があるのだと知っている。
「それでよぉ、これから受験だけどどうするつもりなんだ?結局藍越学園に行くのか?」
あと数ヶ月もすれば高校入試が控えている中学三年の学園生活、それは彼らも例には漏れる事はない。
「いや、藍越学園に行くのはやめておこう。彼処は就職には強いかもしれんが、どうも校則が厳しいようだ。バンドを続けるとしたらやめた方が良い。行くとすれば少し学力は上がるが──高校がいいと思う」
「確かに、そこなら良いね。大学進学するのにもちょうど良い。規則もゆるいし、生徒の自主性を尊重しているから、バンド活動はつづけやすいかもね」
「おいおいおい、一夏と数馬の二人はいいかもしれねえが俺は結構きついぜ。つーかそこ、ここら辺じゃ一番頭の良い学校じゃねえか!」
「まあ、そこは頑張れだ」
「そうだね、そうとしか言いようが無いよね」
「お前らなぁ」
三人の中で弾が一番学力が低い。一夏と数馬は学年五位以内から落ちた事はない。
数馬は見た目からして勉強ができそうだ。
しかし、一夏は学友からは音楽狂いと呼ばれているくらい楽器を弾いたり、歌を歌っている。
それなのに一夏の学力は高い。
「あ、いたいた!」
控え室の中に一人の女性が入って来た。彼女はこのライブハウスの関係者ではない。関係者以外控室には入れないのだが、彼女は特別だ。
「渚子さん、久しぶりですね」
「どうもー、三人とも」
三人に近づいて来たのは二十歳過ぎの一人の女性だった。
彼女の名前は黛渚子、とある出版会社に務めており、今現在はインディーズバンドをメインに取り扱った雑誌の編集者の一人だ。
彼女は現在、一夏達のバンドのライブに頻繁に来ている。彼女自身が一夏達のバンドを気に入っており、度々雑誌にコラムを載せる事がある。
「これから経費で焼肉食べにいかない?」
「「「行きます!!」」」
「え?渚子さん部署変わっちゃうんですか?」
「そうなのよ、来月からIS関係の雑誌の担当になるの。だから、貴方たちの取材はもうできないのよ」
「それは、ちょっと残念です。渚子さんが取材してくれたおかげで、人気も出てきましたから」
実際、数馬の言うように渚子が雑誌で一夏たちのバンドの事について書いてくれたので、彼らのファンは増えたのだ。
「私も残念よ、貴方たちの活躍を間近で見ていたかったから………でも、次の部署でも今と同じくらい頑張るつもりよ」
焼けた肉を一夏たちに配膳しながら、渚子はニコリと笑った。
彼女としては今の場所も楽しいが、次の場所もまた楽しみのようだ。
「また、いつでもライブに来てください。事前に言って貰えれば、席は確保しておきます」
一夏も渚子には恩を感じている。彼女のおかげで多くの人に自分の歌を聞いてもらえるようになったからだ。
「本当?じゃあ、お言葉に甘えさせてもらうわ」
渚子としてはそう言ってもらえるのは嬉しかった。
「それにしても、鈴ちゃんが抜けた時はどうなる事かと思ったけど………一夏くんが鈴ちゃんの分も頑張ってるわね」
鈴とは今年の三月まで一夏たちとバンドを一緒に組んでいた一人で、今は母国の中国に帰っている。
バンドを組んでいた時は一夏とのツインボーカルだったのだが、鈴が抜けた事で今は一夏一人がボーカルとして歌っている。
「鈴は必ず戻ってきますよ。だからソレまでは俺が頑張らないといけないんです。でないと、鈴の奴に顔向けできませんから」
「頑張ってるのね…………今日は食べ放題だから、じゃんじゃん食べてね」
「「「ありがとうございます!!」」」
「いやぁ、食った食った!!」
焼肉を食べて渚子と別れた帰りの夜道、一夏達はそれぞれの荷物を担ぎながら帰路についていた。
「これからどうする?明日は日曜日だから思いっきり休みだよ」
「まぁ、何時ものように一夏の家に泊まって……明日は何処かに出かけようぜ」
一夏は姉と二人家族なのだが、その姉が現在単身赴任に近い状況なので基本は家に一人で暮らしている。
そのため弾や数馬が泊まりにくる事が頻繁にある。そのため一夏の家には二人の替えの服がおかれていたりする。
「良いよなぁ?一夏」
弾は後ろに振り返って、彼らの少し後ろを歩いていた一夏に確認を取る。
「……一夏?」
だが一夏からの返答はなく、彼は満月が浮かぶ雲一つ無い美しい夜空をただひたすらに見つめていた。
「聞いてんのか?」
「………聞こえた」
星空を見上げながら一夏は誰に話すわけでもなくポツリと呟いた。
そして少し笑った後、一夏は視線を前に戻して前を歩いていた弾と数馬の二人を見た。
「二人とも、今の星空からの声が聞こえたか?」
「あ?何も聞こえないぞ」
「僕も聞こえなかったけど……」
ウキウキとしている一夏とは対象的に弾と数馬は何を言っているのかわからないといった様子で少し戸惑っている。
「……そうか、残念だ」
一夏は少し口を尖らせた。
「まぁ、いっか。今日は良い歌ができそうだ」
一夏は少し微笑んだ後、駆け足で走り出した。
直ぐに目の前にいた二人の間を抜きさる。
「ほら、さっさとウチに行くぞ」
走り去って行く一夏の背中を追いかけながら、二人はヤレヤレといいたげな表情を見せた。
音楽に関する知識は一切ない。
それなのや何故こんな音楽に関する知識が必要な小説を書こうと思ったのか、私自身の正気を疑ってある。
ただ書きたかった。