インフィニット・ストラトス 銀河は俺を呼んでいる 作:OLAP
血が滾る
肉体が騒ぐ
魂が震える
音が燃える
「…………IS?」
ヴィシュヌは一夏が纏ったISに見ほれていた。
今までヴィシュヌが見てきたどのISとも違う、戦闘用になった現在のISとは違う。それすらも超越したISの完成系と言えば良いのだろうか。
「凄い」
焔のような美しい機体は神々しささえも感じられる。
炎の華とは、まさにこの機体に相応しい名前だと思う。
「……そのIS、何処が作ったんですか?」
ヴィシュヌはこれほどのISを作ったのは何処の会社なのか純粋に気になった。
「ん?束さんだよ」
「束さん?」
企業名が出てくるかと思ったらまさかの個人名が飛び出してきた。なぜここで個人名が出てくるのか彼女はよくわからなかったが、その名前から察した。
「そう束さん………ああ、篠ノ之束博士って言った方が良かったかな?」
篠ノ之束、ISの生みの親で現在国際指名手配中の世界最高の天災。
だから機体に見覚えがなかったのだ。今までの機体とは全く異なる印象なのは納得がいく。
このISを作り上げたのが本当に彼女だとすれば、この機体はどれほど貴重なのか計り知れない。彼女の持つ技術力は世間一般の最新技術の遥か先を進んでいると言われているから。
「貴方は、篠ノ之束博士と繋がっているのですか?」
そう言えば授業中もそんな事を言っていたとヴィシュヌは思い出した。
「んん、繋がっているという言い方は不自然かな。普通に友達だよ、この前も会って食事したし」
「………………」
ヴィシュヌはもう空いた口がふさがらなかった。世界中が血眼になって探している篠ノ之束と気軽に食事をしている。それが信じられなかった。
「………何とも思わないのですか?」
「何が?」
「篠ノ之博士と今も友好を持っているということです」
「………………ギャラクシーさんは勘違いしてるよ。束さんは束さんだよ。俺にとっては昔から………近所に住んでる発明家のお姉さんだよ」
少しだけ悲しげな口調で一夏は言った。世間の人間がいくら言おうと、彼にとって束は昔から変わっていないのだ。
『ゴメンね、いっくん。こんなことになって』
「………ちょっとしんみりしちゃったね。さぁ、はじめようか」
フワリと一夏の乗る炎華が数十センチメートル空中に浮かぶ。
ヴィシュヌも同じように浮かぶ。
「最初は何からする?」
「では、軽く飛行しましょう」
ヴィシュヌは一夏を試すように瞬時加速で上空に飛んだ。ヴィシュヌのISは格闘戦を主体とするために並のISよりも加速度は速く、一気に最高速度に到達する。
チラリと下を見れば一夏はまだ地面にいる。
少し意地悪をしてしまったかとヴィシュヌは思った。
だが次の瞬間には一夏が目の前を飛んでいた。それどころか自分を抜き去って行った。
今の一瞬で一夏は最高速度までもっていった。
「……なんて加速度、それに最高速度。この機体が一瞬で追い抜かれるなんて……………」
ヴィシュヌは全力で飛行しているはずなのに、全力を出しているように見えない一夏に追いつくことができない。
機体の性能差がありすぎる。
ドゥルガー・シンはタイの最新型のISであるはずなのだが、一夏の炎華はそれを遥かに凌駕している。
これがISの生みの親が作り上げたISなのかと彼女は戦慄する。
間違いなく炎華が世界最高の性能を持っているとヴィシュヌは確信した。
「…………下がるよ」
一夏はヴィシュヌに向けて無線で連絡を飛ばし、地面に向けて急降下を開始した。
落下する時も速度を緩めることはなく、地面付近でほぼ最高速度から一気に速度を零にして急停止を行った。
美しい、あまりにも美しい動きであった。
ヴィシュヌもゆっくりと速度を落としながら地面に着地した。
目の裏に焼きつく先ほどの一夏の動き、あれほどの緩急のある動きができればとヴィシュヌは思ってしまう。
「では、次は戦ってみましょう」
ヴィシュヌは構えをとった。
一夏は代表候補生や国家代表というわけではないが実力は明らかに並の国家代表を凌駕している。
そんなのは動きを見ればわかる。
この強さが一夏本人の実力か、それとも機体の性能か、もしくはその二つが合わさった結果なのかはヴィシュヌにはわからない。
だがこれだけは言える。
一夏はヴィシュヌよりも強い。
「…………ああ、申し訳ないんだけど…………俺は攻撃しないけどいいかな?ずっと攻撃を躱すだけ」
「?いいですけど、何故ですか?」
現在のISはボクシングのような格闘技のように戦うことがメインで設計されている。
それにこの学園にいる多くの生徒たちは競技者になるために日々努力している。
「戦いたくはないんだ。この子で」
なのに一夏は戦わないと言い出した。
「わかりました…………では、行きます!」
ドゥルガー・シンが突撃する。自慢の蹴り技のために接近する必要があるから、相手を間合いにいれるために動く。
一発目の蹴り、ハイキックが飛んでくる。蹴りを主体にしているだけあってその動きは非常に美しい。
一夏の頭めがけて飛んできた蹴りを彼は上体を最低限逸らして躱す。
「……ふぅ」
今の動きだけで一夏に格闘戦の力もあるとヴィシュヌは判断した。
続けざまに行う蹴りの数々も一夏には簡単にかわされてしまう。その回避全てが一切の無駄がない。触れないギリギリの回避行動。
「ハッ!!」
ヴィシュヌは後ろ回し蹴りで一夏を蹴り飛ばそうとしたが、一夏は蹴りのタイミングに合わせてヴィシュヌの足裏と自身の足裏を合わせる。そして自身の足をバネにして、ヴィシュヌの蹴りを反動にしながら後方に飛び下がる。
「………クッ!」
自慢の蹴りがことごとく通用しない。
ならばとヴィシュヌは拡散弓クラスター・ボウを取り出して、一夏目掛けて放った。
放射状に広がり飛んでくる無数の矢、雨のように降り注ぐ矢を一夏はスラスターを使ってフィギュアスケートのような滑らかに地面の上を滑ってよける。
武装を次々と試していくがそれら全てが簡単に避けられる。
ヴィシュヌの中に焦りが生まれる。まさかここまで攻撃が当たらないとは一切思っていなかった。
当たる気配さえ感じられない。
明確な実力差を少しでも埋めようとするが、それをすればするほど実力が開いていっているような気がする。
「……………」
一夏はその動きを見ながら深く息を吐いた。
「ギャラクシーさん、落ち着いて。今の君の意識はISの意識と乖離してる。意識のない量産型ISだったら問題ないけど、君が使っているのは心のあるISだ」
オリジナルのISコアには意識がある。だからこそ搭乗者はコアの意識と心を繋げる必要がある。
「心を合わせて、そうすれば君は絶対に次の段階に進める。だから、その子の声を聞いてあげて」
一夏の諭すような声にヴィシュヌは我にかえった。焦りすぎてISの事を完全に忘れていた。強くなろうとしすぎていて独りよがりの行動を取りすぎていた。
「深呼吸して、その子の声を心で聞いてあげて……今は無理かもしれないけど、ギャラクシーさんならきっとできるよ」
「………貴方は、ISの声が聞こえているのですか?」
「うるさいくらいにはね」
ヴィシュヌの動きが止まり、戦闘の構えを解いた。そしてゆっくりと深呼吸を行った。
「終わり?」
一夏は尋ねた。今の彼女からは戦おうという意識が感じられなかった。
「………すいません、勝ってな事をしてしまって。ですが、わかったんです。やるべき事を」
晴れやかな顔で答えるヴィシュヌ。
「うん、それなら良かったよ」
ヴィシュヌは最近大いに悩んでいた。
その原因は実力の伸び悩みだ。
数ヶ月前からヴィシュヌは自分の前に存在している壁に気がついた。その壁を越える事ができれば自分はもっと強くなれる事を理解しているのだが、それがうまくはいかない。
壁を越えようとすればするほど、彼女の心の中で壁はより高くなって行った。
この学園にくればその壁を超えるヒントがあるかもしれないとヴィシュヌは考えていた。
その考えは当たった。
今日一夏の動きをみた時に、ヴィシュヌは壁を越えるにはこれだと思った。
だが違った。
彼女に本当に必要だったのはISと心を通わせる事、強くなろうとするあまり、ISの事を疎かにしてしいた。その事が彼女の壁を高くしていた。
「あの、ありがとうございました」
「いやぁ良いよ、気にしなくて」
一夏は炎華を収縮して、髪をかきあげる。あれほど激しく動いていたはずなのに、彼の息はちっとも荒れてはいない。
ヴィシュヌもISを解除する。ゆっくりと息を整えて、ISの待機形態である蝶タイを優しく撫でた。
「これからどうする、ギャラクシーさん」
「………あの、もしよろしければヴィシュヌと呼んでもらえませんか?」
「良いよ、じゃあ俺の事は一夏って呼んでよ。ヴィシュヌ」
「はい、一夏」
ヴィシュヌは好きな歌手に自分の名前を呼んでもらえて非常に心が踊っている。
「じゃあ、これからどうする?時間が時間だし、一緒にご飯を食べる?」
彼女にとっては非常に有難い誘いだ。
「良いのですか?」
「勿論、今日は一緒に飯を食べる人がいないからね。ヴィシュヌが良ければ、ね?」
「喜んで!!」
「じゃあまた後でね」
一夏は手をヒラヒラと振りながらシャワーを浴びるためにロッカールームに向かった。
「…………やった!」
思いがけない誘いにヴィシュヌはただただ嬉しかった。
中国のとある空港、そこの最高級ラウンジに一人の少女が飛行機の出発時刻を待っている。
「最悪ね、入学式に間に合わなかったわ」
少女はソファーに座りながら、イヤホンで音楽を聞いている。その近くに置かれてあるテーブルの上にはオレンジジュースがある。
イヤホンから流れてくる音楽は現在の世界で一番有名な男子高校生が歌っている歌だ。
「…………歌、別れる前よりもレベルが上がってるわね。生歌じゃなくても、ここまで心にくる歌を歌えるなんて……………これはアタシも負けてられないわね」
何年か前まで一緒に歌っていた男は何時の間にか世界で一番有名な男子高校生になってしまっていた。
「待ってなさい、一夏。アタシが行くわ」
炎華の本格的な活動は多分先になる。