インフィニット・ストラトス 銀河は俺を呼んでいる 作:OLAP
クラス代表戦当日、ヴィシュヌは下馬評通り勝ち進んで行き、無事決勝戦を勝ち抜いた。
ヴィシュヌは運良く代表候補生のだれとも戦う事なく決勝に進む事ができた。
対戦相手は一組のクラス代表であるセシリア・オルコット、彼女は準決勝戦で四組の代表で日本の代表候補生である更識簪を打ち破り、決勝への駒を進めた。
「ヴィシュヌさん!頑張ってね、これに勝てば優勝よ!!」
「ヴィシュヌさんならきっとできるわ!!」
試合開始まで三十分を切ったというのに、ヴィシュヌの控室はクラスメイト達がたくさん詰めかけていた。
「ええ、勿論。ここまできたなら、勝ちます」
ヴィシュヌはクラスメイトの応援に明るい笑顔で答えた。
ヴィシュヌはそろそろ試合に向けて準備をしたいと思ってはいるが、クラスメイト達の善意を無碍にするわけにはいかない為に何も言えない。
「はいはい、みんなそろそろ出るぞ。ヴィシュヌも試合に向けて集中しないと行けねえからな」
だからそれを察した一夏はヴィシュヌが言いづらい事を代わりに話してくれた。
「ええー、もうちょっとだけ」
「駄々を捏ねてもダメだ。ほら、出ていくぞ」
一夏はクラスメイト達を出口まで誘導していく。クラスメイトは出て行く最後の最後までヴィシュヌに対して応援の言葉を述べていた。
最後の一人を部屋の外に出したところで、一夏は一息ついた。
「悪いな、試合開始前だっていうのに押しかけちまって」
まず述べたのは謝罪の言葉。
「いえ、気になさらないでください。皆さん善意でしてくださった事ですから」
「そうか、それならよかった…………んじゃあ俺も出ていくからよぉ、頑張れよ」
一夏もヴィシュヌの邪魔をしては悪いと思い、急いでこの部屋から立ち去ろうとする。
「──待ってください」
だがソレをヴィシュヌが止めた。
「どうした?」
「あの、少しお話をしませんか?緊張してしまってるので……そ、その、解したくて」
少しだけ赤面しながらヴィシュヌは一夏にお願いをした。
この部屋の中には自分と一夏の
二人だけ、狭い部屋の中に男女二人だけ。
男性が苦手なヴィシュヌではあるが、何故二人霧になるようなシチュエーションを自分で作ってしまったのか自分でもよくわかってはいない。
「おう、イイぜ」
一夏は扉近くに置かれてあった椅子に座った。彼としては早く出て行ってあげるのが彼女のためになると思っていたが、止められては仕方が無い。
「………あ、あの、試合前にこんな事を言うのは何ですが、私は彼女に勝てるでしょうか?」
彼女──セシリア・オルコットは強い。
入学試験の際に教員を量産機で倒した実力は伊達ではない。次期国家代表筆頭とイギリスで呼ばれている彼女の実力は各国の代表候補生の中でも上位に入るのは間違いない。
ヴィシュヌも実際に彼女と訓練を行ってその実力をマジマジと感じてしまっている。
セシリアの腕前はヴィシュヌよりも上、彼女自身がそう思ってしまっているのだ。
「………不安なのか?」
「ええ、彼女の実力は………こう正直に言いたくはないですが、私よりも上です。戦っても勝てるかどうか…………」
試合前だと言うのにヴィシュヌは凄く気持ちが落ちてしまっている。
このままでは気持ちの面でオルコットに負けてしまう。
「………自信がないのか?」
「ええ」
彼女は何度か脳内でオルコットとの戦闘をシミュレーションしてみたが、勝てるイメージが思い浮かばないまま毎回負けてしまっていた。
「ヴィシュヌ!!」
「は、はい!?」
一夏がいきなり大きな声を出したので、ヴィシュヌは思わず驚いて猫背気味になりかけていた背中をピンッとまっすぐ伸ばした。
「ほら、そうやって背中を伸ばして……仮に君の実力が彼女に負けていて、それなのに気持ちの面でも負けてたら、何も勝てないよ。だから自信を持って」
「…………」
「ISを動かすのに大切なのは心だよ。それを忘れないで…………それでも、もし君が自信を持てないというなら、俺が代わりに持つ。君はきっと彼女に勝てる。俺は信じてる。だって今まで一緒に練習してきたじゃないか……だから、自分を信じて。君のISはソレを望んでいるから」
一夏の言葉を聞き、ヴィシュヌは一度大きく深呼吸を行った。体の中に溜まっていた嫌な気を全て吐き出して、新しい良い気を体の中に取り込もうとしている。
そして深呼吸を終えた彼女は、不安に怯えていた目から自信に満ち溢れた目に変わっていた。
「すみません、不安になってました………そうですね、私も信じてみます。貴方が信じてくれた私を、絶対に勝ってみせます」
「…………緊張は解けたかな?」
「はい!もう大丈夫です」
その言葉を聞いた一夏はユックリと立ち上がった。
「そう言う事なら俺はもう出るぜ………校舎の屋上から応援してる」
「……アリーナでは見ていかないのですか?」
ヴィシュヌとしては自分が戦う姿を一夏に見て欲しかった。
「俺のISが歌を聞かせてくれと五月蝿くてね…………それに、大丈夫何だろ?今のヴィシュヌにはその子もいるから」
挑発的な笑みを一夏はヴィシュヌに向けた。
「………ええ!」
ヴィシュヌは一度だけ強く首肯を行い、一夏はソレを見て満足気に笑った。
「じゃあ問題ない。応援してるぜ」
手をヒラヒラと振りながら、一夏は控室から出て行った。
場所は変わってもう一つの控室、此方には一組のクラス代表であるセシリア・オルコットがいた。
この部屋は先ほどまで大勢のクラスメイト達で賑わっていたヴィシュヌの控室とは違って、セシリアしかこの部屋にはいなかった。
勿論クラスメイト達は応援に来たのだが、セシリアがこの部屋にいれる事を拒んだ。勿論来てくれた事に対する感謝の言葉は述べた。
電気を殆どつけていない薄暗い部屋の中で、セシリアは一人ベンチに座って瞑想を行っていた。
何一つ音がしない空間の中でセシリアは自分自身と向き合っていた。
これから戦うヴィシュヌとの実力差はある程度理解している。
十回戦えば八回から九回は自分が勝つのは間違いない。だがこの戦いで残りの一回と二回を引いてしまうかもしれない。
だからこそ入念な準備を行うのだ。
相手より実力が上だとかは関係がない。
芽はシッカリと摘むのだ。
『あんた、ピアノは弾くか?』
セシリアは不意に以前一夏に言われた言葉を思い出してしまった。
何故ソレを言われたのか、何故ソレを思ったのか、何故ソレに気づいたのか。
セシリアは様々な思う事があった。
「ピアノなんて………」
セシリアはベンチに座りながら、だれもいない、何も存在しない虚空に向けて言葉を呟いた。
『セシリアはピアノが上手ね。将来はピアニストかしら』
思い出してしまう。脳の奥底に、思い出さないように閉じ込めていた記憶が漏れ出て来てしまう。
『セシリアは将来美人になるだろうから、みんなから愛されるピアニストになるだろうな』
遠い昔の記憶だ。
今は亡き両親から言われた言葉を思い出してしまった。
セシリアはその昔将来を有望視される天才ピアニストだった。彼女が大人になれば間違いなく世界最高のピアニストになれる。そう言われ続けてきた。
しかし。
『強くならないと、強くなってこの家を守らなければ………私が、当主だから』
両親が死んだ時でさえ、セシリアは強く気高くあろうと涙を全て堪えた。
流れる筈の涙は彼女の瞳にとどまり、彼女の青色の瞳と混じり合い、青色の涙になった。
両親は今の自分を見たらなんと言うだろうか、セシリアはそんな事何度も何度も考え、そしてオルコットの家の為に押さえつけて来た。
「ええ、そうですわ。私は国家代表になって、その先に進まなければならない。オルコット家を守る為に……だから」
『私の両肩にはオルコット家に関わる全ての人の生活がかかっている。だからもっと強くならないと………だから』
あの日、決意した。
自分を変える為に、己が最も大切にしているモノを過去に置いてきた。
「『ピアノは弾かない』」
彼女は彼女が強くなる為に、両親との思い出を過去に置き去りにした。