アイズ「違います。好きになった人がたまたまショタだったんです」 作:鉤森
はいフレイヤ回です。甘さが皆無と思われます。次回を待って…。
ようやく…ようやく。かかりすぎた…そして迷走を繰り返し過ぎた…フレイヤ様が鬼ムズイ…アンリよりムズイ…。
多分構想的にはあと二話で完結…せめて今年中に終わらせろ私…。
それはそれとして、皆さまどうかお身体にお気をつけくださいませ。
『愛は求める心。そして恋は、夢見る心だ。』
かつての酒の席、たまさかに一夜を(性的な意味ではなく)共にした旅の作家は、私の零した悩みに対してそのように語った。
いやに酒精の強い酒を煽るその作家はどう見ても子供の姿をしていたが、それが何らかの呪いの賜物であることは見て取れた。なにより幼い美貌を
氷のようにも鏡のようにも思わせる瞳がこちらを捉え、残酷なほど冷たく私を見つめていた。
『恋は現実の前に折れ、現実は愛の前に歪み、愛は、恋の前では無力になる。それが真っ当な男女の関係というモノだ。人ならざる神の心だろうが、その気があるならば忘れんで憶えておくと良い。
しかし誰が想像できた?誰よりも多くを貪った愛の女神サマとやらが、その実で恋も知らん初心だったとはな!ああいやすまない、決して笑いはすまいさ。貴様のその真摯さ、イジらしさは俺をして笑うには忍びない。だが生憎だったな、容赦なくその内ネタにはさせて貰うとも。せいぜい後悔しながらその時を悶えて待つがいい、黒歴史提供を心より感謝する!!』
背後に控えたオッタルが何度その剣を抜こうとしたことか。珍しいことにこちらが制止して尚、あの子はその怒気を鎮めなかった。作家が翌日に立ち去るまでの間、愛らしいあの子の指先がずっと剣の柄へと伸びていたことをよく憶えている。
そう、忘れるはずもない。あの日は、生まれて初めて私が「恋」を知った翌日の夜の話なのだ。
即ち――
**************
「……フレイヤ!!」
やたらドスの利いた呼びかけに、浮ついていた意識が浮上させられる。急速に輪郭を帯びて色彩の入る視界、反比例して消えていく過去の情景を見送りながら、視線を声の主へとスライドさせる。
そこには朧げな店内の明かりに照らされた、見知った
「…ロキ?」
「おうウチや。…大丈夫か自分?見た感じわからんけど、そないぎょーさん呑んでたん?」
「呑んで…ああ、そう。そういえば呑み直しにきていたんだったわね。」
怪訝そうな声音で探る様に尋ねられ、ようやく思い出す。どうやら酒精が回りすぎていたのは事実らしく、情けないことに、掘り起こした記憶は朧げでひどく霞がかかっているのが理解できた。
私――フレイヤはあの『神の宴』の帰り、その脚を己がファミリアの
そこまで思い返して、ふと気になる事があった。言うまでもない、油断ならない狐か何かのようにこちらを伺うロキの存在だ。彼女はいつの間にこの店に来たのだろうか。あまり回らない頭ではあるが疑問を解消しようと口を開こうとするものの、図らずもその疑問は口にするまでもなく。他ならぬロキによって解消される。
「もしかして昨日の晩から呑んどったんか自分?」
「ああ、そう。夜が明けていたのね…。」
事実として、どうにも呑みすぎた。そして浸りすぎたらしい。フレイヤはその事実を理解し、そしてそのらしからぬ女々しさを省みて、思わず頭を抱えた。
一体そんな真似をしたのはいつぶりだろうか、それこそあの時以来ではないか?どちらにせよ…まずはこの霞んだ思考を何とかしなければならないと思い至り、カウンターの向こうに立つ、豊かな白髭をたくわえた壮年の
「貴方も付き合わせてごめんなさいね、マスター。でも最後にお水と、なにか果物を頂ける?」
「滅相もございませぬ。訪れたお客様に寄り添い尽くす事こそが我が誉れであり、誇りです。しかれどこの身を案じての労いの言葉は感謝と共に受け取りましょう。
畏まりました、麗しき
「ン、ならウチにもそれ頼むわ。しっかしイイ男やわぁマスター。なぁなぁ、「
「身に余る光栄ですな。しかしどうかご容赦を、智慧溢るる
「ちぇー、ツレへんなぁ。でもそこが素敵やで、マスター。ならもう一杯、なんか果物に合いそなの見繕ってや。」
「畏まりました。」
恭しく敬意を込めて、しかし厳格に一礼して
その実直な姿を眺めながら、
「ウチがここで自分に
「…聞くまでもないけど、あの二人の事かしら。」
「まあ正解。まだ認めてへんけどアイズの恋人だとかいう白野と、フィンが絶賛してファイヤーしとるらしい姉の白夜。二人について、もちっとだけ聞いときたい。」
「その潔白、人間性については保証すると言ったハズよ。そしてそれ以上は自分の眼で確かめなさいとも。それ以上を語れというほどに貴女は無粋者だったのかしら?」
「ハンッ、散々色々食い漁ってきた自分が言うても響かんわ。まあ言うても?ウチかて別に自分の世にも珍しい失恋話を掘り下げに来たわけともちゃうよ。気にはなるけどな。」
鼻で笑うようにフレイヤの言い分を切り捨てたロキではあったが、すぐにその笑みを消した。糸目は薄くだが開かれ、グラスからまた一口酒を啜り、訝し気に見つめるフレイヤを余所に、その心情を吐露し始める。
「――別に
「…貴方…。」
「せやから自分の子供の選んだ相手なら、とりあえず信じたい。どんだけクソみたいな環境の中におったちゅうてもや。…ならどしたって、最後に確認するんはやっぱりウチや。ウチじゃなきゃアカンねや。だからもう、踏み入った話をしようとは思わん。」
「…そう。ごめんなさいね、ロキ。少し貴女を見くびっていたわ。それで?それならば貴女は私になにを聞きたいのかしら?」
フレイヤは態度を一変させ、ロキの言葉に耳を傾ける。ロキの言葉からは独占欲とは違う、成長した
もっとも、成長の兆しが
「聞きたい、というか。まあ確認や。」
「確認、ね。まあ、おおよそ理解はできるわ。貴女、あの子たちが得体のしれない存在じゃないかを危惧してるのね。器に満ちた水が澄んでいるかどうかではなく、その器にこそ異常はないのか…といった所かしら?」
フレイヤの言葉に、ロキは頷いてみせた。フレイヤはその疑問にため息を零すものの、無理もないかと納得してみせる。
あの神々さえも忌み避ける「アンリマユ・ファミリア」の厄ネタ三人に育てられて、真っ当に育ち切る
だからこそ。フレイヤはロキのその
「…ねえロキ。貴女は自分の子供たちの偉業が誰かにマネできる代物だと思うの?」
「……あ"?」
ともすれば、ロキの自慢の
敗れて尚、勝てぬと理解して尚も。
「偉業。容易に成し得ぬこと…誰もが成しえなかったこと。人々が称え、神々が惚れ込む孤高の
「彼らは冒険者ではない。英雄ではない。当然、特別なスキルだって持ち合わせない…ただの
「でも彼らは普通であっても平凡ではない、ソレを生涯で証明したわ。どんな汚泥の中でもその魂を曇らせなかった。どれだけの悪意が身を刻もうとも歩みを止めなかった。特別な事なんかない、彼らはただ「諦めなかった」だけ。どれだけ傷ついても立ち止まりそうになっても、後退だけはしなかった。しようとも思わなかった。」
「――――その鋼鉄の意志こそが、「
そこで一度、フレイヤは言葉を止めた。グラスに残った水を飲み干し、気圧されているロキにその眼差しを向けて言葉を紡いだ。
「私は白野を欲した。あんな綺麗な魂、一目見たら見惚れないわけがなかった。だから、そう。いつものように。いえ今まで以上に、私は白野へ愛を囁いた。彼を求めたの。何もかも満たしてあげたいと言ったわ、全てが欲しいと抱き締めた。」
「魅了は入っていたわ。彼の眼は私を捉えて離さなかった。脱力していたハズだった。でも、でも、でも――。」
「彼は、首を縦には振ってくれなかった。もう力なんか入らないハズの腕で、私を…愛を押しのけたの。」
**************
――俺は貴女のモノにはなれない。俺はまだ何も成し得ていない、何もやり遂げてはいない。
――冒険者にはなれなかった。だけど姉と二人で、この道を歩くんだと決めた。
――何もできないわけじゃないと足掻いて、選んだんだ。掴み取りたいって、思ったんだ。
――こんな俺を好きだと言ってくれる子がいたんだ。守りたいと、ジャガ丸くんをおいしいと言ってくれた子が。
――俺を、信じてくれた。俺が帰りを待っていると、信じてくれている。なら俺は、他の何を差し置いてもそれに応えたい。
――俺はもう、心に決めた人がいる。だから貴方には応えられない。ごめんなさい。
――でも、ありがとう。
**************
「…誰も出来なかっただけ。誰も抗えなかっただけ。最初の一人が
今も色褪せぬ、あの日の情景。彼の言葉。あの日、
こんなにも切ないのかと思った。こんなにも苦しいのかと思った。…こんなにも美しいのだと知り、これは勝てぬはずだと思った。
ロキはそこまで聞くと、乾いた笑みを浮かべて天井を仰ぎ見た。涙を堪えているようにも見えたが、フレイヤは敢えてソレを口にしようとは思わなかった。
「それが事実として…もうウチ、どうしようもないやん。」
「でしょうね。でも…貴方の
「複雑な気分や…。」
「誇りなさい…とは、とても言えないわね。でもいいんじゃない?
そう言って、フレイヤは酷くすっきりとした様子で立ち上がる。「ごちそうさま」の一言を告げると二人分としても尚余りあるだけの代金をカウンターへ残し、一礼する
その背へ、ロキは最後に語りかける。
「なあ、フレイヤ。」
「なにかしら、ロキ。」
「自分、もうスッパリ諦められたんか?ガキ…いや、白野ンこと。」
その質問に足を止め、フレイヤは振り返る。妖艶に、淀みなく。
それはとても失恋したとは思えぬほどに美しく…しかしどこまでも「フレイヤらしい」、見る者を魅了する微笑みだったという。
「――ふふっ、
それ以上を答えることもなくことなく、フレイヤは店を出る。軽やかな鈴の音が、静かな店内を短く木霊した。
**************
――諦めるはずもない。そう、私が恋をした人は諦める事だけはしなかった。しようとしなかった。
――今がダメでも、或いは天へと還った時。或いはもっともっと、別の機会を待てばいい。
――今生は譲ってあげる。祝福はしないけれど、邪魔はしない。貴方達の魅せた恋は、とても美しかったから。
――何より、白野に嫌われたくはないから。
――今は涙を流そう。時には酒にも溺れよう。その上で、私は微笑もう。
――やがてこの恋を叶えるために。嘲笑われても、否定されても。私だけはこの恋の在り方を否定しない。
――私の心は未だ、叶わぬ恋に焦がれたままだ。
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