アイズ「違います。好きになった人がたまたまショタだったんです」   作:鉤森

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はいフレイヤ回です。甘さが皆無と思われます。次回を待って…。


ようやく…ようやく。かかりすぎた…そして迷走を繰り返し過ぎた…フレイヤ様が鬼ムズイ…アンリよりムズイ…。


多分構想的にはあと二話で完結…せめて今年中に終わらせろ私…。







それはそれとして、皆さまどうかお身体にお気をつけくださいませ。


惚れ直すがよい(誰かからの目線での発言)

『愛は求める心。そして恋は、夢見る心だ。』

 

 

かつての酒の席、たまさかに一夜を(性的な意味ではなく)共にした旅の作家は、私の零した悩みに対してそのように語った。

いやに酒精の強い酒を煽るその作家はどう見ても子供の姿をしていたが、それが何らかの呪いの賜物であることは見て取れた。なにより幼い美貌を彩る(けがす)眼差しは愛への深い絶望と現実への嘲笑に満ちており、この私をしてその奥底を覗き込むことを躊躇わせたのが印象深かった。

氷のようにも鏡のようにも思わせる瞳がこちらを捉え、残酷なほど冷たく私を見つめていた。

 

 

『恋は現実の前に折れ、現実は愛の前に歪み、愛は、恋の前では無力になる。それが真っ当な男女の関係というモノだ。人ならざる神の心だろうが、その気があるならば忘れんで憶えておくと良い。

しかし誰が想像できた?誰よりも多くを貪った愛の女神サマとやらが、その実で恋も知らん初心だったとはな!ああいやすまない、決して笑いはすまいさ。貴様のその真摯さ、イジらしさは俺をして笑うには忍びない。だが生憎だったな、容赦なくその内ネタにはさせて貰うとも。せいぜい後悔しながらその時を悶えて待つがいい、黒歴史提供を心より感謝する!!』

 

 

(ハクノ)とはまた違う、私を直視して尚揺るがぬ魂。よくも恐れもせずによくも回る舌だと、終盤にはいっそ感心さえ覚えさせた、毒に濡れたナイフのように鋭い言葉。傷ついた私の胸の内を抉り出す言葉には、しかしこちらが痛々しいと感じるほどの真剣さに満ちていた。

背後に控えたオッタルが何度その剣を抜こうとしたことか。珍しいことにこちらが制止して尚、あの子はその怒気を鎮めなかった。作家が翌日に立ち去るまでの間、愛らしいあの子の指先がずっと剣の柄へと伸びていたことをよく憶えている。

 

 

そう、忘れるはずもない。あの日は、生まれて初めて私が「恋」を知った翌日の夜の話なのだ。

 

 

 

即ち――

 

 

 

**************

 

 

 

「……フレイヤ!!」

 

 

やたらドスの利いた呼びかけに、浮ついていた意識が浮上させられる。急速に輪郭を帯びて色彩の入る視界、反比例して消えていく過去の情景を見送りながら、視線を声の主へとスライドさせる。

そこには朧げな店内の明かりに照らされた、見知った友神(ゆうじん)の姿があった。

 

「…ロキ?」

 

 

「おうウチや。…大丈夫か自分?見た感じわからんけど、そないぎょーさん呑んでたん?」

 

 

「呑んで…ああ、そう。そういえば呑み直しにきていたんだったわね。」

 

 

怪訝そうな声音で探る様に尋ねられ、ようやく思い出す。どうやら酒精が回りすぎていたのは事実らしく、情けないことに、掘り起こした記憶は朧げでひどく霞がかかっているのが理解できた。

 

私――フレイヤはあの『神の宴』の帰り、その脚を己がファミリアの拠点(ホーム)ではなくこのBARへと向けたのだ。理由はあまりよく覚えていない。…或いはそう、宴の帰りによくないモノ(・・・・・・)でも視たせいだろう。ともかく一人になりたかったのは確かだ。どこか一人で静かに、呑み直して酒に溺れたかったのだろう。そして呑んで頭を蕩かしている内に、気付けばあの過去の情景を掘り起こして浸っていたのだ。

そこまで思い返して、ふと気になる事があった。言うまでもない、油断ならない狐か何かのようにこちらを伺うロキの存在だ。彼女はいつの間にこの店に来たのだろうか。あまり回らない頭ではあるが疑問を解消しようと口を開こうとするものの、図らずもその疑問は口にするまでもなく。他ならぬロキによって解消される。

 

 

「もしかして昨日の晩から呑んどったんか自分?」

 

 

「ああ、そう。夜が明けていたのね…。」

 

 

事実として、どうにも呑みすぎた。そして浸りすぎたらしい。フレイヤはその事実を理解し、そしてそのらしからぬ女々しさを省みて、思わず頭を抱えた。

一体そんな真似をしたのはいつぶりだろうか、それこそあの時以来ではないか?どちらにせよ…まずはこの霞んだ思考を何とかしなければならないと思い至り、カウンターの向こうに立つ、豊かな白髭をたくわえた壮年の店主(マスター)へと向き直る。

 

 

「貴方も付き合わせてごめんなさいね、マスター。でも最後にお水と、なにか果物を頂ける?」

 

 

「滅相もございませぬ。訪れたお客様に寄り添い尽くす事こそが我が誉れであり、誇りです。しかれどこの身を案じての労いの言葉は感謝と共に受け取りましょう。

畏まりました、麗しき美神(フレイヤ)よ。ではカットしたオレンジをお出しいたしましょう。ロキ様は如何なさいますかな?」

 

 

「ン、ならウチにもそれ頼むわ。しっかしイイ男やわぁマスター。なぁなぁ、「ロキ・ファミリア(ウチのファミリア)」に来ぃひん?あの普段いる緑の兄ちゃん共々ごっつ歓迎するで!!」

 

 

「身に余る光栄ですな。しかしどうかご容赦を、智慧溢るる女神(ロキ)よ。かつてはどうあれ先も述べた通り、この場所に立つ店主(マスター)こそがこの老骨の最後の誉れ、(つい)の居場所なれば。それにこの場を留守にしているあの男にも、まだ教えることが山とあります故に。」

 

 

「ちぇー、ツレへんなぁ。でもそこが素敵やで、マスター。ならもう一杯、なんか果物に合いそなの見繕ってや。」

 

 

「畏まりました。」

 

 

恭しく敬意を込めて、しかし厳格に一礼して注文(オーダー)に取り掛かる店主(マスター)。かつては名うての冒険者、狙撃の名手として名を馳せたという彼だが、その振る舞いには冒険者というよりも騎士を思わせるものがあり、神々の間では密かな人気を集めていた。

その実直な姿を眺めながら、二柱(ふたり)は暫しの沈黙に浸る。やがて注文された品々が音を立てずにカウンターに置かれると、それぞれ一口ずつを口にし、ようやくとばかりにロキが口火を切った。

 

 

「ウチがここで自分に()うたんは偶然や。…けどま、ツラ合わせたなら聞きたいこともある。」

 

 

「…聞くまでもないけど、あの二人の事かしら。」

 

 

「まあ正解。まだ認めてへんけどアイズの恋人だとかいう白野と、フィンが絶賛してファイヤーしとるらしい姉の白夜。二人について、もちっとだけ聞いときたい。」

 

 

「その潔白、人間性については保証すると言ったハズよ。そしてそれ以上は自分の眼で確かめなさいとも。それ以上を語れというほどに貴女は無粋者だったのかしら?」

 

 

「ハンッ、散々色々食い漁ってきた自分が言うても響かんわ。まあ言うても?ウチかて別に自分の世にも珍しい失恋話を掘り下げに来たわけともちゃうよ。気にはなるけどな。」

 

 

鼻で笑うようにフレイヤの言い分を切り捨てたロキではあったが、すぐにその笑みを消した。糸目は薄くだが開かれ、グラスからまた一口酒を啜り、訝し気に見つめるフレイヤを余所に、その心情を吐露し始める。

 

 

「――別にあのクソ悪神(アンリマユ)の戯言に従うワケやないけどな。ウチかて一門の主神(おや)や。だから考えた。考えて…ウチがそんガキを信じられんのは兎も角として、自分の子ォは信じたいと思った。いや、なんと言われようが信じてやらなアカンとな。」

 

 

「…貴方…。」

 

 

「せやから自分の子供の選んだ相手なら、とりあえず信じたい。どんだけクソみたいな環境の中におったちゅうてもや。…ならどしたって、最後に確認するんはやっぱりウチや。ウチじゃなきゃアカンねや。だからもう、踏み入った話をしようとは思わん。」

 

 

「…そう。ごめんなさいね、ロキ。少し貴女を見くびっていたわ。それで?それならば貴女は私になにを聞きたいのかしら?」

 

 

フレイヤは態度を一変させ、ロキの言葉に耳を傾ける。ロキの言葉からは独占欲とは違う、成長した家族(ファミリア)への愛情が伝わってきたからだ。その美しき在り方に、フレイヤは敬意を払うことにしたのだ。

もっとも、成長の兆しがあの悪神(アンリマユ)である以上。あえて言葉にしようものなら機嫌を損ねることは間違いないのだが。

 

 

「聞きたい、というか。まあ確認や。」

 

 

「確認、ね。まあ、おおよそ理解はできるわ。貴女、あの子たちが得体のしれない存在じゃないかを危惧してるのね。器に満ちた水が澄んでいるかどうかではなく、その器にこそ異常はないのか…といった所かしら?」

 

 

フレイヤの言葉に、ロキは頷いてみせた。フレイヤはその疑問にため息を零すものの、無理もないかと納得してみせる。

あの神々さえも忌み避ける「アンリマユ・ファミリア」の厄ネタ三人に育てられて、真っ当に育ち切る小人族(パルゥム)。それだけでも十分な異常と呼べるのに、自画自賛にはなるが「最上位の美と愛の神からの寵愛」を跳ね除けるなど、前代未聞処の話ではない。いくら内面を保証したところで、その正体を得体の知れぬ存在と危ぶむのも無理からぬ話である。

 

だからこそ。フレイヤはロキのその誤解(・・)を、丁寧に解き解くことにした。

 

 

 

「…ねえロキ。貴女は自分の子供たちの偉業が誰かにマネできる代物だと思うの?」

 

 

「……あ"?」

 

 

 

ともすれば、ロキの自慢の冒険者達(こどもたち)を貶しているかの如き発言。途端に苛立つようなロキの声が、神威に滲んだ怒気と殺気と共に肌を刺すが、フレイヤは言葉を止めない。止めるわけにはいかないのだ。

敗れて尚、勝てぬと理解して尚も。彼女(わたし)はこの恋を抱き続けると決めたのだから。

 

 

「偉業。容易に成し得ぬこと…誰もが成しえなかったこと。人々が称え、神々が惚れ込む孤高の王冠(トロフィー)。彼らが、白野と白夜が為し得た事も本質的には変わらないわ。誰も為しえなかったことをしただけに過ぎない。」

 

 

「彼らは冒険者ではない。英雄ではない。当然、特別なスキルだって持ち合わせない…ただの小人族(パルゥム)の姉弟よ。どこまでも優しくて美しい輝きを持った、無二の魂を宿すというだけの普通の人間(コドモ)。他と何も変わりはしない」

 

 

「でも彼らは普通であっても平凡ではない、ソレを生涯で証明したわ。どんな汚泥の中でもその魂を曇らせなかった。どれだけの悪意が身を刻もうとも歩みを止めなかった。特別な事なんかない、彼らはただ「諦めなかった」だけ。どれだけ傷ついても立ち止まりそうになっても、後退だけはしなかった。しようとも思わなかった。」

 

 

「――――その鋼鉄の意志こそが、「神の愛(わたしのあい)」をも跳ね除けた。」

 

 

そこで一度、フレイヤは言葉を止めた。グラスに残った水を飲み干し、気圧されているロキにその眼差しを向けて言葉を紡いだ。

 

 

「私は白野を欲した。あんな綺麗な魂、一目見たら見惚れないわけがなかった。だから、そう。いつものように。いえ今まで以上に、私は白野へ愛を囁いた。彼を求めたの。何もかも満たしてあげたいと言ったわ、全てが欲しいと抱き締めた。」

 

 

「魅了は入っていたわ。彼の眼は私を捉えて離さなかった。脱力していたハズだった。でも、でも、でも――。」

 

 

「彼は、首を縦には振ってくれなかった。もう力なんか入らないハズの腕で、私を…愛を押しのけたの。」

 

 

 

 

 

 

**************

 

 

 

 

 

 

 

――俺は貴女のモノにはなれない。俺はまだ何も成し得ていない、何もやり遂げてはいない。

 

 

――冒険者にはなれなかった。だけど姉と二人で、この道を歩くんだと決めた。

 

 

――何もできないわけじゃないと足掻いて、選んだんだ。掴み取りたいって、思ったんだ。

 

 

――こんな俺を好きだと言ってくれる子がいたんだ。守りたいと、ジャガ丸くんをおいしいと言ってくれた子が。

 

 

――俺を、信じてくれた。俺が帰りを待っていると、信じてくれている。なら俺は、他の何を差し置いてもそれに応えたい。

 

 

――俺はもう、心に決めた人がいる。だから貴方には応えられない。ごめんなさい。

 

 

――でも、ありがとう。

 

 

 

 

 

**************

 

 

 

 

 

「…誰も出来なかっただけ。誰も抗えなかっただけ。最初の一人が(ハクノ)だっただけ。彼とアイズ・ヴァレンシュタインとの間に芽生えていた恋が、神の、私の、フレイヤの愛をも跳ね除けた。」

 

 

今も色褪せぬ、あの日の情景。彼の言葉。あの日、(フレイヤ)は恋に破れ、恋を知った。

こんなにも切ないのかと思った。こんなにも苦しいのかと思った。…こんなにも美しいのだと知り、これは勝てぬはずだと思った。

ロキはそこまで聞くと、乾いた笑みを浮かべて天井を仰ぎ見た。涙を堪えているようにも見えたが、フレイヤは敢えてソレを口にしようとは思わなかった。

 

 

「それが事実として…もうウチ、どうしようもないやん。」

 

 

「でしょうね。でも…貴方の子供(アイズ)は最高の人を見つけた。彼を選び、選んだことこそ彼女にとって最高の偉業と言えるでしょうね。妬ましいほどよ。今は悩むしかなくとも、それでも貴女は決断しなくてはならない。彼を見て。向き合い、決めなさい。」

 

 

「複雑な気分や…。」

 

 

「誇りなさい…とは、とても言えないわね。でもいいんじゃない?人間(おや)らしくて素敵よ、今の貴女。」

 

 

そう言って、フレイヤは酷くすっきりとした様子で立ち上がる。「ごちそうさま」の一言を告げると二人分としても尚余りあるだけの代金をカウンターへ残し、一礼する店主(マスター)とロキを尻目に出口へと向かった。

その背へ、ロキは最後に語りかける。

 

 

 

「なあ、フレイヤ。」

 

 

「なにかしら、ロキ。」

 

 

「自分、もうスッパリ諦められたんか?ガキ…いや、白野ンこと。」

 

 

 

 

その質問に足を止め、フレイヤは振り返る。妖艶に、淀みなく。

それはとても失恋したとは思えぬほどに美しく…しかしどこまでも「フレイヤらしい」、見る者を魅了する微笑みだったという。

 

 

 

 

 

「――ふふっ、まさか(・・・)。」

 

 

 

 

 

それ以上を答えることもなくことなく、フレイヤは店を出る。軽やかな鈴の音が、静かな店内を短く木霊した。

 

 

 

**************

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――諦めるはずもない。そう、私が恋をした人は諦める事だけはしなかった。しようとしなかった。

 

 

 

――今がダメでも、或いは天へと還った時。或いはもっともっと、別の機会を待てばいい。

 

 

 

――今生は譲ってあげる。祝福はしないけれど、邪魔はしない。貴方達の魅せた恋は、とても美しかったから。

 

 

 

――何より、白野に嫌われたくはないから。

 

 

 

――今は涙を流そう。時には酒にも溺れよう。その上で、私は微笑もう。

 

 

 

――やがてこの恋を叶えるために。嘲笑われても、否定されても。私だけはこの恋の在り方を否定しない。

 

 

 

――私の心は未だ、叶わぬ恋に焦がれたままだ。

 

 

 

 

 

 

 




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