まさかご本人に朗読していただけるとは…
これからも応援していますよ。
低い音をたてていた機械が止まって、ボクは時間が来たことを知った。
ゆっくりと目を開くとほんの狭い空間で、自由に伸びもできやしない。
金属フレームの半透明なカプセルに横たわった姿は、目覚めを待っていたようにも、閉じ込められていたようにも見えたはず。
息苦しく感じるのはもちろん疑似的なものだけれど、狭いところに押し込められるのはやっぱりあまり好きじゃない。
本当に起動直後にこんな状況だとパニクってしまうかもしれないけれど、
「よいしょ、っと」
見た目よりも軽い正面ハッチを押し開けて身を起こした。右目を隠している眼帯型デバイスを外して、さっきまで身を預けていたシートにそっと置く。
大丈夫、これは”演出”だと知っているから。
撮影を終えたカメラドローンが自動的にベースユニットに戻って充電を始める。
ボクは砂ぼこりにまみれたラボに降り立って、ちゃんとカプセルのハッチを閉じておいた。
最近はこの中で眠っていないけれど、いざ使いたいときにジャリジャリだとどうしようもない気分になるんだから。
ずいぶんと劣化の進んだ強化コンクリートは、この施設の全域で砂漠の侵攻を受けていた。崩落してしまうまではまだ時間があるだろうけれど、修繕する者がいないのだからいずれは。
「んー」
さっきはできなかった伸びをして、ボクは壁際のワークステーションに近づいた。
金属のかかとがカシャリと音をたてる。もう慣れてしまった、ここの唯一の足音。
ドローンの撮影した画像は自動的に転送されているはず。
この後はデータの確認をして、編集、アップロード。
ボクの初めての動画になる予定。
カメラアングルや画面効果や、いろいろなことを考えているから格好いいものになるはずだ。
ここには誰もいないけれど、その動画はきっと誰かがどこかで見てくれる。
きっとそう信じてる。
こんなことをして何になるのかと、疑問の声も心に浮かぶ。
未経験のことを勉強して、不慣れでつたないものを、受け取る人がいるかもわからないのに。
それでも、
何もかもが手探りで、それでも何かをやりたかったんだ。
「一人ボッチじゃないって、思いたいから」
つぶやいても応える声はない。
そんなことはわかっているのに。
<<ピッ>>
突然の電子音の後に、ザーと、ノイズのような音でラボの隔壁が開いていく。傷んだ静音モーターは砂も噛み込んで動きが悪い。
ボクは信じられない思いで振り向いて、そこを凝視するしかできなかった。
この施設には誰もいないことは、毎日、嫌というほど知っているのに。
開いた扉の向こう側、薄暗い通路には何もいない、ように見えた。
「誰かいるの?」
おっかなびっくり、ゆっくり通路へ近づいてみる。
やっぱり誰も、いない?
そう思った瞬間、向こうからのぞき込んできた小さな姿と鉢合わせた。
ボクの膝くらいまでの背丈の、円筒形で細い手足、まるい瞳はどこか愛嬌も感じる。頭頂部には黄色いとがった角がはえていた。
「Pii!」
「ちょ、ちょっと!」
顔を合わせた瞬間、その小さな何かは驚いた様子で飛び跳ねて、暗くて見通せない通路の奥へ走って逃げてしまった。
思わず後を追いかけながら、その足がボクとお揃いの三本指だったことが不思議と気にかかってしまっていた。
その体の模様は大昔の乾電池のようにも思えたけれど、それは自立機動するものではないはず。
誰かが作ったロボットなのだろうか。心当たりなんてパパくらいしかないのだけれど。そもそもくまなく知っているこの施設の中で、あんな姿は目にしたこともない。
思ったよりも素早くてその後ろ姿は見失ってしまったけれど、通路の少し先の扉が開いていてガサゴソと何かの動く音がする。
記憶のとおりならば、その部屋はただの空き部屋だったはず。
のぞき込むとやはりさっきの小さなロボットがいた。
こちらを待っていたのか、後ろ手にもじもじする仕草で見上げてくる。
「驚かせてごめんね。キミはいったい」
ボクは姿勢を低くしながらゆっくり近づいてみる。何しろここで出会った初めての他者だから、怖がらせないようにそっと手を伸ばしてみた。
その手に、後ろ手に隠していたものを押し付けられた、と気付いたのはそれが離れなくなってからだった。
「なに? コレ?」
黒い器のようなもの。海洋生物のイソギンチャクに似ていなくもない。手首に取り付けられたそれは、中央部分で発光している。
そちらに気を取られていたボクは、小さなロボットの背後で不気味に光るたくさんの瞳に気付くのが遅れた。
「わーっ、何するのさー!」
不意に同じ型のロボットたちに跳びかかられて思わず叫ぶ。
もみくちゃにされながら、でも危害は加えられないようだった。
手足にまとわりついて、拘束しようとしている?
なんとか振りほどくと、身体のあちこちにその黒いユニットが装着されてしまっていた。両腕と両脚と腰に取り付けられたそれは、規則的に発光している。
ロボットたちはどこか満足げにこちらを見上げてくる。その瞳がさっきまでと違って意地悪そうに見えたのは気のせいだろうか。
「なんなのさ、もう」
少し腹をたてながら、立ち上がって小さなロボットたちを見下ろす。
何を考えているのかよくわからないたくさんの目で見つめられると、こちらの方が少しひるむ。
いや、その目線はボクの背後に?
不穏な気配を感じて、慌てて振り向くと、視界をふさぐように白い装甲。
「うわー、なになに!」
それが見上げるほど巨体のロボットだとわかったのは、尻もちをついて全身が見られるようになったからだった。
真っ先に目に入ったのは真っ白の胸部装甲で、ごつい両腕と両脚は戦闘用なのかも知れない。よく見ると中央部分にさっきから対峙していた小さなロボットが収まって操縦している。パワードスーツのようなものだろうか。
戦うべきか逃げるべきか、決断する前にそのロボットは、想像よりも素早く、そして意外なほど繊細に動いた。
一瞬見えたのは、その手に握られた真っ黒いゴーグルのようなもの。
避ける間もなく頭上からすっぽりとかぶせられて、視界が閉ざされてしまった。
取り外そうと両手でそのゴーグルをつかんだとき、真っ暗闇の視界に輝く軌跡が流れた。
正面から後ろへ。
下から上へ。
どこか未知の空間を漂っている感覚に、めまいがした。
自分が立っているのか座っているのか、浮いているのか沈んでいるのか、なにもわからなくなっていく。
気がつくと真っ白な回廊にぽつんと立っていた。
意識を失っていたのだろうか、ロボットのボクが?
周りはきれいすぎるほど真っ白で、砂漠の崩れかけた建物とは似ても似つかない。
正面の回廊は少し先で右に曲がっていて先が見えないけれど、明るく清潔な通路がずっと続いているように思えた。
ボクにはなんだか場違いな気がして少し気が引ける。
「ロボ子しぇんぱ~い」
明るい声が後ろからして、軽い足音が駆け寄ってきた。
「初期装備のしぇんぱいも初々しくてかわい~」
栗色の髪をサイドでくくった人懐っこい笑顔の女の子。
よく見ても、見覚えはなかった。
「ちょっとまつりちゃん、一緒に行くって言ったのにぃ」
そのあとから走ってきたのは、この白い通路と同化しそうに服も髪も真っ白い、ネコミミの女の子だった。
「ロボ子先輩、迎えに来ましたよぉ、むっ、いちおう言っておきますけど、私はキツネじゃい」
「フブキはネコじゃい」
「にゃーー」
楽しそうなやり取りにちょっと羨ましくも感じてしまった。
どうしてこの二人がボクのことを知っているのかわからないけれど、いつかこんなふうになれる誰かができたなら。
「キミたちはいったい?」
「そうだ、みんな待ってるので、案内しますね」
「はやく行こ行こ、しぇんぱい」
二人はボクの手を片方ずつ取って、先へ走り出した。
疑問は消えないままだったけれど、その手はとてもあたたかくて。
手を引かれるままボクは走り出した。
真っ白い通路を何度か曲がると、広い空間にたどり着いた。
壁は相変わらず白だけれど、たくさんのモニター画面やネオンの飾り付けがされてにぎやかで、明るく楽しい雰囲気に満ちている。
そしてなによりも、多くの人や、人でないものがその場にはたくさんいた。
ツノがあったりケモミミがあったり、見るからにロボットだったり宙に浮いた楽器だったり。誰も同じ姿ではなくて、それでもみんな楽しそうで。
「たくさん、人がいるね」
「あっちにアキちゃんとはあとちゃんとメルちゃんがいるよ。向こうは卍組の三人と、ちょこ先生とスバルと」
「ホロ以外からもたくさん来てもらったんですよぉ、みんなでお祝いですからね」
続けてたくさんの名前を紹介されたけれど、ネコや神や魔王や植物や、とても理解が追い付かない名前ばかりでほとんど記憶できなかった。
そんな自由な人々の中心で、そしてこの会場の中心で、みんなに囲まれている彼女がこちらに目を向けた。
「あー、やっと来た!」
目が合った途端、嬉しそうに笑いながら駆け寄ってくる、ピンクの迷彩パーカにネコミミの女の子。長髪は見慣れないけれど、よくよく知っている姿。
「ようこそ、ボク。ちゃんと来られたね、さすが高性能だなぁ」
鏡でもなくて、ただそっくりなだけでもない。彼女は自分に違いないと、確信があるようでそれでも信じられなくて。
「キミはボクのニセ物?」
「ううん、違うよ。ボクはキミの一年後、未来のボクなんだ」
人の輪がボクたちを中心になって、まるで一騎打ちのように取り囲む。
「今日はボクの一周年のパーティなんだ。どうしてもボクを招待したかったから、のらお姉ちゃんや国王さまや、みんなみんなに協力してもらって、ろぼさーにも手伝ってもらって、過去から来られるようにしてもらったんだよ」
「…どうして?」
「知らせたかったから、ボクが頑張ったこととか。それに、見せたかったから、ボクの大事な友達たちを」
幸せそうに笑うボクがいる。ここにいる全員が友達ならば、本当に幸せなんだろう。
一人ボッチのボクとは違うボクがいる。
それは想像するまでもなく幸せで、だからこそ…。
「違うよ! 自慢するためにボクを呼んだんじゃない!」
一年後のボクは強い口調で、それでも優しい声だ。
「ありがとう、って言いたかったんだ。あの時、始めてくれてありがとう。一年前がなかったら、ボクはここまで来れなかった。たくさんの仲間も友達もできなかった」
始まりはほんの短い動画で。
「まだ信じられないかもしれないけど、ボクを見て元気になってくれたり、何かに挑戦する力になったって、言ってくれる人がたくさんいてくれるんだ。喜んでくれる誰かがいるんだ」
少しずつ受け取る人が増えてくれて。
「これから嫌なことも大変なことも勇気がいることも、たくさん起こると思う。でも、ボクはボクのまま、思ったとおりに進めばいい。みんなついてきてくれるから」
いつしかこんなに大切なものが。
「今は言えないけど、嬉しいこともたくさんあるから、楽しみにしててほしいんだ」
いたずらっぽく笑う顔は今と変わらない。
「うん、信じるよ、一年後のボク」
寂しさとか羨ましさとかは全部引っ込んでしまって、なんだか胸が熱くなった。
「それと、こんなに続けてくれてありがとう。がんばったんだね、ボク。簡単なことじゃなかったと思う。本当にお疲れさま」
今度はこちらがにやっと笑顔を見せてあげる。
「でも、まだ一年なんだね。それでこんなに大事なものが増えたのなら、もう一年後にはどうなってるだろ。もう一年後には、もう十年後には? まだまだずうっと続けるでしょ? ボクも、みんなも楽しみにしてるね」
わざと楽天的に言ってあげる。きっとその方が力になると思うから。
「ボクらしくずっとやっていこうね」
ボクも、ボクも、周りのみんなも、笑顔でいられるそれが幸せ。
「それじゃあ、みんな、せーの!」
「「ロボ子さん、一周年おめでとう」」