心の軌跡Ⅱ~重なる標~   作:迷えるウリボー

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34話 少女が求めたもの③

 

 

「僕はアルス。アルスといいます」

 聖ウルスラ医科大学の特別病棟内。シズクに頼まれセシルに案内されて、カイトが辿り着いたその部屋。木漏れ日だけが自然の景観を寂しく伝えるその部屋は、他の病室と違わず個室だった。ベッドに座るのは、成長期の違いこそあれ自分とそう年の離れない少年。菫色の髪、優しげで大人し気な風貌。彼はアルスと名乗った。

 三人は室内へと入る。シズクの部屋に入った時のように、やはりセシルが一番最初に動き出した。

「アルス君、突然お邪魔してごめんなさいね」

「気にしないでください。来てくれるのは嬉しいです」

 少年は朗らかな笑みを浮かべる。セシルが言う通り、シズクの願いによる突然の来訪だが、まったく気にしていないようだった。

 セシルは例によって機材を調べている。シズクはとてとてとアルス少年の近くまで近づいた。すると、少年がベッドから起き上がって、その細身な体で丸椅子を二つ出してくる。

「どうぞ、シズクちゃん。カイトさんも、よければどうぞ」

「ごめんね、無理をさせてしまって」

 カイトは少し、入院中の彼に気を使わせるのが申し訳なくなる。それでも彼は平気なようで、「気にしないでください」と笑った。

 シズクとカイトは少年のベッドの前で椅子に身をゆだねる。

 セシルが優しく言った。

「うん、バイタル値も良好です。アルス君、最近は調子がいいわね」

「リハビリの先生にも無理を言って、付き合わせてしまっていますから。その成果ですね」

「でも、無理だけはしてはだめよ? 体に障ってしまうから」

「承知しました」

 よろしい、とセシルは頷くと、カイトに向き直る。

「カイトさん、私は出ますが、何かあればナースコールで連絡いただければ私や別の看護師が対応しますから」

「判りました。それでいいんですか?」

「特別病棟ですが、この部屋は終始モニターする必要まではないですから。それにシズクちゃんとアルス君は勝手知ったるものですし」

「では、お任せください」

「簡単に緊急時の手順だけお伝えしますね」

 緊急事態の対処や、禁忌事項、注意事項。その説明を受ける間も、シズクとアルスは再会を喜んでいる。この四人の中ではカイトも保護者側に回るため、セシルと二人して微笑ましく二人の様子を見た。

 一分ほどの説明を受け、セシルが退出したところで、改めてカイトはアルスに向き直る。

「クロスベルに来てから、本当に出会いが多いな。改めて、よろしくな」

 カイトはもうすぐ十七歳、アルスは十三歳、シズクは十歳。ちょうど兄妹のような年頃だ。とっつきにくい人間がいるわけでもなく、少年二人は穏やかに握手を交わす。

「初めまして、カイトさん。……遊撃士さんって言うと、シズクちゃんのお父さんの?」

「ああ。今日はシズクちゃんへの挨拶できたんだけれど」

 まずは自分のことを話す。リベール出身であること、遊撃士であること、最近クロスベルに来たことなど。アルスは興味深そうに耳を片付けていた。

「シズクちゃんが紹介したい人がいるって聞いてね」

「そっか。シズクちゃん、ありがとう」

「いえ……アルスさん、色んな人と話したいって言っていたから」

 特別病棟にいるということは、シズクとは別の意味で重い病を抱えていることの証拠だろう。一見してカイトにはそれが何なのか判らない。またアルスも、多少体がやせ細って入るが動けないというわけでもないようだ。

 体のことまでしつこく聞くのは憚られたが、カイトはシズク願いを叶えるために世間話に興じていく。

「遊撃士とは言えまだまだ子供だし、新しい妹分のお見舞いで病院には来る。せっかくだから、またここにきてもいいか?」

「構いません。むしろ嬉しいです」

「そうか、よかった」

「カイトさん、最近クロスベルに来たばかりなんだって。だから、私たちのほうが先輩だねって」

 多少かしこまっていたシズクも慣れてきたのか、年頃の女の子らしい空気を見せてくる。別にアルスとカイトに対して緊張しているというわけではなく、カイトにとっては妹がいるようだ。

「あはは、それは確かに」

 そうアルスがのんびりと笑えば、カイトが面白おかしく焚き付ける。

「そりゃオレはリベール出身だから。クロスベル出身の二人にゃ勝てるわけないじゃないか」

 子供でしかも病院で長くを過ごしてきたとは言え、院内でも日曜学校が出張という形で開かれると聞く。クロスベルの知識には事欠かないだろう。

 アルスは自分のことでしかもカイトと初対面だったからか、カイトの言葉を少しだけ否定した。

「シズクちゃんはそうですね。でも正確に言えば、僕はクロスベル生まれじゃないですよ」

「あれ、そうなの?」

「はい。小さいころから病院にいるというだけで」

 小さいころから病院にいる、そしてゼムリア大陸でも有数の医療先進技術であるこの病院にいる。それを知れば、カイトにも彼の経緯が僅かに見えてきた。

 アルスは言う。

「僕はエレボニア帝国の出身なんです」

「あれま」

 エステルやヨシュアたちと知り合う前なら、きっとこの言葉だけでどこか居心地の悪さを感じていただろう。今失礼な返答をしてしまったのは、昔の自分ならそんな気分になってしまっただろうと瞬間的に予測して心の中で苦笑したからだ。

 カイトは笑顔を取り繕っていった。

「ごめんごめん。半年ぐらい前かな、遊撃士の仕事で帝国東部を回っていたから奇遇だなと思って」

「へえ、そうなんですか。外国から派遣されるなんて、カイトさんは優秀な遊撃士なんですね」

「いやいや、その時はまだ準遊撃士だったし。元先輩からの意地悪な新人研修みたいなものだった」

 と、ここまで行って、ような既視感を覚えた。

 このやり取り、前にもどこかでした気がする。そうカイトは考えた。

 少し無言になると、代わりにシズクが語る。

「でも、無茶をする私のお父さんと一緒に仕事をしているくらいだから、カイトさんもすごいと思います」

「シズクちゃん、その素直さを大人の人たちの前でも発揮出来たら、きっと君を心配する人も安心すると思う。同じ病院育ちの僕からじゃ説得力に欠けるだろうけど」

「えへへ……」

 子供たちは、子供たちなりに色々なことを考える。大人たちが見れないシズクの素を見つけることができた気分だ。それで喜ぶかどうかは判らないが、アリオスにも伝えようとカイトは思う。

「そうだな。オレの弟妹たちはシズクちゃんより少し年下だけれど、でも全員正直だ。あの子たちはみんな、のびのび育ってる」

「そうなんですか?」

「ああ。悪戯好き、おませさん、大人しい子、のんびりした子。それぞれ自分に正直だよ」

 強いて言うならマリィが少し大人たちに気を遣うようになってきたが、それでもテレサ先生の誕生日の付近で何やら良いことがあったらしく、心の戸惑いもいい方向に向かっている。だからカイトはそれほど気にしていない。

「だから、こんどアリオスさんが来たら、思いっきり甘えるといい。アリオスさんならきっと答えてくれる」

「病院の先生や看護師さんにもね。シズクちゃんの気持ちを無碍にする人なんて、いないんだから」

「……はいっ」

 シズクの瞳は閉じられたままだが、目じりが下がった。笑う少女はとても愛らしかった。

 カイトはアルスに向き直る。

「それで、出身はどこなんだ? 帝国東部だったら、君の生まれた町に行ったかもしれないけど」

 カイトとしては気になるもので、同時に彼のとのファーストコンタクトとしても知りたいことだった。

「帝国西部、ラマール州にあるイステットという街が、僕の生まれ故郷です」

「帝国西部か……ニアミスだったな」

 結社との戦いの最中にも関わらず帝国を旅したのはカシウスの要請であり、帝国遊撃士協会支部の連続襲撃事件を調べるためだった。だが途中で猟兵やテロリストという予想外の組織の思惑が入り乱れ、結果として彼らとの闘争にもつながったのだ。そうした忙しさの中、幸運にも道中で出会った遊撃士トヴァルから事件当時の様子も聞くことができたため、帝国西部に立ち寄ることはなかった。

 だから《イステット》という街も、名前しか知らない。

「それにしても帝国西部だと、ここからじゃずいぶん遠いな。大陸横断鉄道があるにしても」

「そうなんです。だから家族も、中々会いに来れなくて寂しいんですよ」

 そういうアルスはしかし、先ほどまでと同じように朗らかな笑みを浮かべるのみ。

 ここにいる三人は、それぞれの事情で毎日のように肉親に会うことが叶わない三人だった。

 そして同じ境遇だからこそ、特にシズクとアルスは仲良くなったのだろう。

「僕の母もあまり体が良くなくて、僕が小さいころに亡くなっているんです」

「そっか、そうなんだ」

 アルスが別に自分の境遇を気にしていなく、世間話のつもりで語っているのは判る。だがカイトは、優しくうなずくを繰り返した。

「姉は時々来てくれるんですけど、父は殆ど会えなくて」

「うん」

「でも今日この後、久しぶりに父姉が二人で会いに来てくれるんです」

 だから、今日は嬉しいことがたくさんですと、アルスは続けた。自分との出会いも嬉しいと思ってくれているのなら、こちらとしても来たかいがあった。

 聞けば、アルスの家族ももうすぐ来るかもしれないとのこと。

「そっか。それじゃあ、オレたちはそろそろ失礼したほうがいいかなあ」

 家族水入らずの時間を邪魔するのも申し訳ない。それが滅多に会えないのならなおさらだ。

 シズクも了承してくれたらしく、丸椅子から立ち上がる

「だったら、屋上庭園までは送っていきますよ」

「体のほうは大丈夫なのか?」

「そのくらいなら。最近は、先生の信頼も得ていますから」

 カイトが丸椅子を片付ける傍ら、アルスはナースコールを操作した。応答したセシルにアルスは一声かけると、そちらに行きます、と返事が返ってくる。

 その手続きから、アルスが部屋の外へ出るには病棟スタッフの付き添いが必要なのだとなんとなく察せられた。

 そしてセシルがやってきて、四人は揃って病室を出た。

 たわいもない話をしながら特別病棟を歩き、やがては出口へと。少し明るい陽射しが、カイトの鼓膜に光を届けた。

 屋上庭園は、やはり静かで療養にはもってこいの雰囲気だ。人の目を楽しませる花壇や湖畔の景色、休むための長椅子、それはもう少しここで世間話をしてもいいんじゃないかと、そう思わせるほどに。

 と、そこで。

「こんな所にいるのか」

 と、四人のものでない、冷たい男の声が聞こえた。全員が振り返ると、そこには形だけは優雅な紺の外套を纏っている壮年の男が一人。

 茶髪の短髪に朱色の瞳、少し日に焼けた肌を持ったその男が近づいてくる。何となくカイトは嫌な予感がして、シズクをそっと自分の後ろに隠した。

 先にセシルが前へ出て、穏やかな声色を繕って言った。

「ご無沙汰しています、アレスレード閣下」

「ノイエス看護師、世話になっている」

 その感謝の言葉もまた、ひどく冷たい。というより、興味のなさそうな目線がやたらと目立つ。

 太陽が少しだけ雲に隠れ、あたりを暗くした。それは明るかった先ほどまでを考えればちょうどいい塩梅だが。

 男はカイトとシズクには目もくれず、その隣にいるアルスの目の前に立った。

 もう、ここまでくれば彼の正体が判る。

 アルスが口を開いた。

「父上、お久し」

「何を油を売っている。部屋に戻れ」

 少年の言葉を遮って、男はその細腕を掴む。強引に動かしては、アルスは勢いのままに動かざるを得ない。咄嗟にセシルが割って入った。

「閣下、申し訳ありませんがアルス君の病状を考えてもらえませんか」

 アルスは特別病棟の患者だ。見た様子病状は落ち着いているのかもしれないが、慎重になるに越したことはない。というより、病院という場で無理やりという言葉が似合うような行動を諫めているというほうが近いか。

 男は、またも興味がないというように冷徹な雰囲気だった。

「問題はない、私の息子だ」

 ここで、今日仲良くなった少年に対する態度を嫌ったカイトは、一瞬ためらいながらも意を決して前に出る。

「おい、アンタ」

「なんだ、貴様は」

「オレのことはどうだっていい。セシルさんの言うことは聞いてもいいんじゃないか」

 他人であるカイトはもとより、セシルは患者を看護するのが職務だ。例え親子であろうと患者の病状に障る立ち振る舞いには注意ができる筈だ。だからこそのカイトの言い分だったのだが。

「言ったはずだ、私の息子だと」

 またも返事はそれだった。

 カイトのスイッチが入る。言葉使いが荒くなる。

「おい……それが父親の態度かよ」

「なんだと?」

「強引な態度をやめてくれ。友達(アルス)に失礼だ」

「貴様は何者だ?」

「カイト・レグメント。遊撃士だ」

「他人が無駄口をほざくな。邪魔をするな」

 埒が明かない。これほど人間性の欠片を感じられない人間を見たことがあったか。カイトの脳裏に浮かんだのは発狂したときのモーリス・ダルモアだが、それほど記憶に遠い人間が出てくるとは今まで出会った中でかなり嫌な人間だ。あとは高圧的な態度をとっていた領邦軍の兵士。

 さすがに手は出ないが、少年と男の間に緊張が生まれ、言葉という分野に対して一触即発の雰囲気になった。

 と、そこでさらに乱入する人間が一人。

「お父様、やめてください!」

 一般病棟の出入り口から現れた小柄な人物は、カイトと男の前に割って入る。明るい紫の、菫を思わせる長髪が揺れ、カイトの視界の多くを占領した。

 乱入したその少女は、どこか貴族の令嬢のような雰囲気だ。

「他のお見舞いの方に、ご迷惑は……!」

「無礼千万を働いたのはこの小僧のほうだ。何をいうか」

 お父様と、恐らく娘である少女の言葉にさえ耳を傾けない。無礼千万はどっちだと心の中で悪態をつきながら、少女を見た。

 少女もこちらを振り返る。それは恐らく父の態度に対する謝罪なのだろう、カイトを真っ直ぐと見据えた。

 菫色の髪の中、意志の強そうな薄紫の瞳が、今は慌てたように揺れている。

「すみません、申し訳──え」

「あ」

 少女と、そしてカイトが間抜けに口をぽかんと開けたのは同時だった。この苛烈な感情が支配する中、さらに少年は困惑の感情を生んでしまい、何もできないから大人しくしていたシズクやアルス、年長として場に控えていたセシルも、カイトと少女の言動に混沌を感じざる負えなかった。

 カイトは少女に見覚えがあった。菫色の髪を見て既視感を覚え、少女の顔を見た今その既視感は確信に変わっている。

「ああ……!」

 少女が口を押える。彼女もまた、自分のことを思い出したようだ。

 帝国各地を巡る旅の中、帝都ヘイムダルで出会った。落とし物を探していた少女。

「アリス! 何でここに!?」

「カイトさん……! お久しぶりです!」

 その再会の挨拶には、セシルも、シズクも、アルスも予想外に違いない。情報の更新に少しばかり時間がかかり、ただ一人を除いて呆けている。

 ただ一人の男は変わらずに、やはり興味もないように、その静寂を遮っていった。

「知り合いならば僥倖だ。私はアルスを部屋へ連れていく。お前はそこの小僧を言い含めておけ」

 男はアリスにそういい、再びアルスを連れて行った。

 カイトはすぐに立ち直るも、もう遅い。

「あ、おい! 話は終わって、ない……」

 と言いきる間もなく、男とアルスは遠ざかっていく。

 アルスが変わらずにこやかにこちらに目伏せしたことだけが幸いだったが、それでもカイトとしては消化不良に終わる。

 カイト、アリス、シズク、セシル。取り残された四人は三秒ほどだけ沈黙。

 一先ず、カイトは謝ることにした。

「セシルさん、すみません。部外者が出すぎた真似をしました」

「いえ……いいのよ。それよりも、アルス君のことを思って動いてくれてありがとう」

「シズクちゃんも、怖い思いをさせてごめんな」

「そんな……私は気にしてないですよ」

 自分の役割と権限の範囲内でなすべきことを成したセシルを見習いたい。

 男の、あの父親の態度に対する苛つきは全員が同じ想いだっただろうが、それでもうまいやり方もあった気がする。

 いずれにせよ、今の自分は他人過ぎた。アルスも特別悲壮的な表情はしていなかったし、どこまで自分に従って動けばいいのかもわからなくなった。何よりアルスはこの病院の患者だ。下手なことをして病状を悪化させるなんてもってのほかだ。その意味では、事情も知らず男に突っかかった自分の態度が一番危うかったかもしれない。少なくとも、専門知識に長けるセシルは必要以上の介入をしなかったのだから。

 そんな反省をしつつ、カイトはアリスに向き直った。

「えっと、久しぶりだね、アリス」

「……はい、お久しぶりです、カイトさん」

 違和感があった。

「……とりあえずシズクちゃん。部屋まで送るよ」

「えっと、はい」

「アリスもとりあえず、アルスの部屋へ行ってきたらどうかな?」

「……そうですね」

 気になることもあるが、消化不良なこの場ではどうにも動きにくい。

 その場は解散となった。

 提案の通り、カイトはシズクを送り届け、アリスは一度特別病棟へ戻る。セシルには道中の付き添いを感謝した。彼女はこの後医師を連れて、アルスの部屋で面会があるらしい。

 シズクの病室から出た後、カイトはナースステーションで別の看護師から、一度預けた戦術オーブメントを受け取る。

 そして、カイトは再び屋上庭園に訪れた。さらに湖畔の景色が見える長椅子までやってきて、腰かける。

「……ふぅ」

 正午ごろまでさんさんと輝いていた太陽は、未だ雲に包まれている。日の入りが遅いこの季節、夕方にもなっていないが、少しばかり暗く感じるのは仕方ないことだった。

 シズクとの面会も終えたから今すぐ帰る、そんな気にはなれなかった。予想と違って、今日起きた出来事は驚きが多かった。

「……カイトさん」

「来ると思ったよ、アリス」

 少女はカイトの予想通りやってきて、カイトとが据わる長椅子の隣に腰かける。

 二人して湖畔の景色を眺めて、沈黙した。

「改めて、久しぶりだね、アリス」

「はい。本当にお久しぶりです」

「まさかこんなところで会うなんて……びっくりしたよ」

 帝都での出来事はよく覚えている。というより、あの帝国での旅路そのものが忘れられない旅立った。だからすぐに合点がいったのだが、それにしてもアリスがこの場に来るとは思わなかった。

「さっきは私の父が、ごめんなさい」

「いいよ。オレも考えなしだった」

 再三思うが、無遠慮ではないにしてもあの場で怒鳴るのは早計だったと考える。

 それよりも、確定したことが一つ。

「やっぱり君のお父さんだったか」

 あの男が父、そしてその息子がアルスであり、アルスにとっての姉がアリスだった。

「はい。アスベル・A・アレスレード。私とアルスの父になります」

 物腰の柔らかいアルスと、そして丁寧な対応が目立つアリス。その二人の父親があの冷徹な男だというのは、実際にその光景を見なければ信じられない。

 丁寧な対応と考えたところで、カイト一つ思いだしたことがあった。

「アリス、そんな他人行儀だったっけか?」

 帝都ヘイムダルで落とし物の捜索をアリスと共に行った時、アリスは最初他人行儀だったが、年が近いこともあって、カイトが提案して気軽に接するように言ったのだ。

 それに、纏う空気も少し違って感じられる。あの時のアリスはファー付きののコートにミニスカートと、垢ぬけた町娘の格好だった。

 それが今の彼女を見てみると、紺のショートコートに白のロングスカートと、町娘ではなく深窓の令嬢のような空気を出している。

「あ、えー……うん、そう、だったね」

 あの時と似たようなやり取り。少し不器用な敬語抜き。変わらないな、とカイトは笑った。

 そういえば、とカイトは思う。

「あの時も、アリスはクロスベルに来ていたのか。家族……つまりアルスに会いに」

 断片的に聞いていた情報は、今深みを得ている。

「うん」

 気になることは、たくさんあった。他人の家族の事情をおいそれと聞けるものではないのだが、あそこまで乱入してしまうと後味も悪くなる。

 そしてあの父親の態度も気になる。一度気を許したアリスとアルスの父親だから余計に。

 遊撃士だからどうかとか、そんな建前よりも、純粋に気になった。

 それに、彼女とは帝都の街中を捜索した仲だ。たった一日だけの邂逅だったが、彼女とはそれなりに親しくなったと思う。

 だから、少し無遠慮とは思ったけれど聞いてみることにした。

「聞いてもいいか? アルスや、君のことを」

 決して意志の弱い少女ではない。だめなら断るだけの自分を持っているはず。

「……判った」

 そして彼女は了承した。それは、彼女が自分をある程度許していることの証拠でもある。だから、カイトは嬉しくなった。

 アリスは一度息を吐いて、湖畔の景色を望む。さざめきを耳に入れて、カイトに話し始めた。

「私はアリス・A・アレスレード。エレボニア帝国のイステットを統治するアレスレード伯爵家の嫡女になるわ」

 

 

 

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