心の軌跡Ⅱ~重なる標~   作:迷えるウリボー

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60話 Ⅶ組、飛翔②

 

 

「リベールでの旅は……オレにとっての『忘れられない旅』なんです」

 エステルとヨシュアの二人に出会った、孤児院放火事件。

 オリビエと出会い、クローゼへの想いを強くした軍事クーデター。

 帝国来訪も含め、心をかき乱される出来事と向き合ったリベールの旅路。

 己の存在意義を確かめた混迷の大地に、決着をつけ絆を深めた浮遊都市の戦い。

 関わった誰にとっても、オリビエにとっても、カイトにとっても忘れられない旅となった日々。全てを語ることはできないけど、それらを主にセドリックに、そしてⅦ組や他の面々にも話していく。

「……僕にとっては、驚きの連続です。カイトさんが、そんなにご自身の力で悩まれていたなんて。兄とともに王国の防衛に尽力した、英雄の一人と聞かされていましたから」

 セドリックがそう言った。カイトは笑う。

「そんなことはありませんよ。ずっと力不足を感じていました。自分一人じゃ絶対に自信なんて生まれなかった」

「兄上や他の遊撃士の方々がいたから、ですか?」

「はい。一人じゃ──大変ですからね。いろいろと」

 今日の朝、マキアスに向けた言葉をもう一度使う。

「セドリック殿下。殿下は、オレのことを兄君からよく聞いていると思いますが……」

「はい。兄と確執があっても、最後にはその背中を守って強敵を相手に立ち向かったと……」

「でも、自分一人の力じゃありません。オリヴァルト殿下にオレの義姉と一緒に、立ち塞がる敵に立ち向かいました」

 クローゼとオリビエだけではない。エステルやヨシュア、他の執行者と戦ってくれた仲間たち。自分に火薬式拳銃を渡してくれたカルナ。当時敵だった、《並戦駆動》を扱うためのヒントをくれたレンにレーヴェ。

 誰が欠けても、自分は最後の戦いには最後まで走り切ることはできなかったと思う。

「だから、誰か一人が特別すごいわけでもないんです」

 オリビエやアルフィンと比べるとセドリックは真面目すぎるようにも見えるし、オリビエの話もあって自分を過度に受け止めているように見える。

 オリビエがカイトに進言した。

「カイト君、クローゼ君のことも話してくれないかな?」

「姉さんのことを?」

「弟分として彼女をずっと見ていた君だ。同じ立場のセドリックは……いろいろと悩んでいてね」

「兄上……」

 オリビエは帝位継承権を放棄している。となれば、確かにセドリックの立場が皇太子であって、クローゼの立場と同じものだ。

「カイトさんのお義姉さんというと」

「カイトの初恋の人よね。文通もしている」

 エマとアリサが呟く声が聞こえる。リィンも「ああ、あの手紙の」と合点が行ったように考えこんでいる。

「目ざとく覚えてやがんな……」

 カイトとしてはめんどくさいことこの上なかった。

「だが、カイトのお義姉さんとセドリック殿下の悩みが同じ……?」

 マキアスが言う。いつの間にか『カイトの義姉』の件が知れ渡ってしまっているではないか。

「あら皆さん、カイトさんから聞いていないんですか?」

「ふむ、アルフィン殿下。どういうことでしょうか?」

 ラウラが問う。口を開くアルフィン。嫌な予感がするカイト。

「クローディア王太女殿下ですよ、カイトさんのお義姉さん」

 そして放たれた爆弾発言。

 アルノール家の三兄弟を除く全員が、目を点にしていた。

 沈黙していた。オリビエの「ハッハッハ」という、例えば影の国なら問答無用で殴っていたような自由っぷりだけが虚しく響いた。

 カイトが思わず両手で顔を隠してしまう。ここ数年で一番恥ずかしい瞬間だった。

「もう死にたい……」

『えええっ!?』

「どれが誰の声かもわかんないよ……」

 たぶんガイウスとフィー意外の全員の声が聞こえていた気がする。味方はいない。

「え……ってことはカイトは王子様?」

「フィーちがーう!! その突っ込み前もした気がするんだけど!」

 主にエステルに。このやり取りを二度することになるとは思わなかった。

「はあ、はあ……」

「フフ、カイト君のそんな姿を見るのも久しぶりだよ」

「そう思うんならフォローしてくださいよ……」

「ホォ、いいのかい? 僕が知る君と彼女の一幕といったら、中枢塔で──」

「味方がいねぇ……!」

 思わず頭を机にぶつけて嘆いてしまう。聖餐室と皇族の前であるまじき失態だった。人知れず再びユーシスが睨みつける。

「ちょ、ちょっと待ちなさいよカイト! ど、どうして孤児院育ちの貴方のお義姉さんが王太女殿下になるの!?」

 アリサがまくし立ててくる。まあ、普通ならばそんな反応にもなるか。もう説明するのも面倒くさいのだが。

「戦争があったろ! それで孤児になったって言ったろ! その時に会ったんだよちくしょー!」

「いや、怒られても困るのだけど……」

「まあそう言わないでくれたまえ。カイト君も彼女との馴れ初めは大事にしたいんだろう」

「まあ、それは置いておいてですね、カイトさん」

 朗らかにアルフィンが手を叩く。カイト本人の乱れ具合は無視であった。やはりオリビエに似て豪胆だ。

「クローディア殿下も、セドリックと同じ身の上。立太女の儀を済ませたのも最近とお聞きしています」

「まあ、そうですね」

「ご本人がいない席ではありますが、どんな葛藤があったのか。是非お聞きしたいんですの」

「それは……」

 セドリックのために、ということか。

「もちろん、カイトさんとクローディア殿下の身分違いのロマンスも気になりますけど?」

「いや、そんな猫なで声で聞かれても困るのですが……」

 再び沈黙。いよいよ自分の気分もおかしくなってきた、と感じるカイトである。

「……オレは、あくまで彼女の《弟》を自称しているだけです。血縁はもちろん、立場だってまるで関係ない。でも……お互いを家族のように想っているのは確かだと、自信を持って言えます」

「ヒューっ、さすが怪盗紳士が認めた姫の騎士」

「オリビエさん?」

「すみませんごめんなさい」

「アイナさん込みでシェラさんにも手紙送ってるんですよ、たまに」

「ヤダナアカイトクンハジョウダンガスキナンダカラ」

「はぁ……」

 ひと呼吸してセドリックを見た。

「……正直、彼女がどう考えているかはわかりません。……祝賀会の時に告白したって、結局家族にしか思われてなかったですし」

「まあっ」

 アルフィンとエリゼが手を叩いた。

「彼女の護衛の人が言っていました。『王位を継ぐという決意には、君の存在が大きかったに違いない』って。それは、オレのことが護るべきものになっていた、ということだと思います」

 セドリックが反応する。

「護るべきもの……」

 話しながら、カイトは少しだけ考えた。セドリックには、護るべき家族や帝国の民たちの象徴はいるのだろうか。護りたい象徴はいるのだろうか。心をぶつけあう親友はいるのだろうか。

 オリビエとアルフィン。皇帝と皇后。セドリックにつく様々な人間。その中に、誰かはいるのだろうか。

「もしそれで彼女が……護るべきものを見出してくれたのなら、それが王位を継ぐ決心を後押ししたのなら……こんなに嬉しいことはないと、思います」

 そうだ。クローゼとずっと隣にいることができなくて悔しい気持ちは確かにある。けど、同じくらいクローゼの家族であれて幸せだという想いがある。

「セドリック殿下。殿下の道は始まったばかりで、これからも続いていく。果てしない道だから、きっと先が見えなくて不安になることもあるかもしれません」

「カイトさん」

「けど殿下を見つけてくれる人が、殿下が見つける人が……きっといるはずです。セドリック殿下が護るべき人や、矜持や、世界があるはずです」

 カイトは、少しだけ引きつった笑みを浮かべた。

「だから、そんな不安そうな顔をしないでください。殿下は、『リベールを救った遊撃士の親友の皇子の、その弟』でしょう?」

「……はいっ」

 セドリックの声が、少しだけ上向きになった気がした。アルフィンも、オリビエも満足そうに頷いている。

「どうかな、Ⅶ組の諸君。カイト君は」

 別にカイトを特別な存在にする意図はないけれど、それでもオリビエが成した行動の果てに、カイトは今ここにいる。だからこそ聞かずにはいられなかったのかもしれない。

 仲間たちは、口々に答える。それはオリビエの願いとカイトの選択を証明するものだった。

「あはは、帝都で初めて出会った時から、ずっと頼もしいクラスメイトですよ」

「同じ留学生としても、とても心強いです」

「剣の道でなくとも、共に研鑽に励むことのできる仲間です」

「ま、頼りになるお兄ちゃん、だね」

「戦闘、知見、Ⅶ組になくてはならない存在、ですね」

「……そうですね、僕もなんだかんだ四月の頃から助けられてはいます」

「……不本意な部分もありますが、オリヴァルト殿下の仰る通りかと」

「ムードメーカーではありますね。……ノルドの盗み聞きは忘れないけど」

 重心たるリィンが、最後にオリビエとカイトに声をかけた。

「……お話を伺う機会をいただいてありがとうござます、オリヴァルト殿下。カイトも、話してくれて嬉しいよ」

「リィン」

「カイトも含めて、殿下がⅦ組を設立したその過程が見えました。自分たちの中の芯が一本、改めて通ったような心境です」

 全ては、オリビエがリベールで感じた一つの発見だ。「人は、国は、その気になればいくらでも誇り高くあれる」という確信。

 Ⅶ組の一人一人が、主体性を持って、自分が何ができるかを考えている。その心そのものが、誇り高くあるための第一歩なのだから。

 だが、そこでリィンはうちに秘めていた一つの気づきを聞くことになる。

「ですがお話をしていただいたということは……自分たちを取り巻く環境には、殿下以外の思惑もある……ということですね?」

「さすがはリィン君だね。その通りだ」

 オリビエは答える。

 カイトへの矢印のせいで少し忘れていたが、オリビエは言っていた。Ⅶ組の運用からは自分は既に離れている、と。

 今Ⅶ組の運用は、三人の理事に委ねられている。ルーファス・アルバレア、カール・レーグニッツ、そしてイリーナ・ラインフォルトの三人だ。貴族派と革新派、そしてそのどちらにも寄与しうる帝国技術分野の屋台骨だ。彼らはオリビエの志を好意的に受け取ったとしても、立場ゆえに全面的な協力をしていないのは確実だろう。

「そして君たちの特別実習の行き先を決めているのは、彼らなのさ」

 エリオットが、ラウラが神妙に考える。

「そ、そうだったんですか……」

「確かに、思惑や駆け引きなどがありそうですね」

 ケルディックでは増税問題を見た。パルムではカイトがリベールのことを話すことになった。

 バリアハートではアルバレア公爵の陰謀があった。セントアークでは未だ計り知れない貴族派の中での駆け引きがあった。

 ノルド高原では共和国軍をも巻き込んだ策略が、ブリオニア島では領邦軍最大の拠点にある怪しげな動きを。

 そして今、帝都ではこうしてオリビエの話を聞いている。

「Ⅶ組設立に当たって、譲れない条件として彼らから提示されたものでね」

 その中の何かに、偶発的ではなく計算されたⅦ組の運用があったのだろうか。

 オリビエ自身、ある程度は黙認している。黙認するしかないのではなく、前向きに。

「正直迷いはしたのだが……それでも我々は君たちに賭けてみた。帝国が抱える様々な壁を乗り越える『光』となり得ることを」

「オリビエさん……」

 カイトは思う。それはやがて、帝国だけではなく世界が抱える壁を乗り越える原動力になるんじゃないのか。エステルやヨシュアたちと掲げたような、いつか重なる標の下に集まる力に。

「だが、それも我々の勝手な思惑さ。君たちは君たちで、あくまで士官学院の生徒として青春を謳歌すべきだろう」

 オリビエは、今度こそオリビエ・レンハイムのように茶目っ気たっぷりのウィンクをする。

「恋に、部活に、友情に。甘酸っぱい青春なんかもね?」

 カイトと楽しげに語らうのでもなく、Ⅶ組に向けて丁寧に語るのでもなく。ただ、同じ想いを抱くことになるかもしれない同志への言葉。それらが、Ⅶ組の胸を軽くした。

 リィンが言う。

「そう言っていただけると、少しだけ気が楽になりました」

「ふふ、ならばこうしてアルフィンに席を用意してもらった甲斐があるというものだよ」

 Ⅶ組が発足して四ヶ月。既に何度も実習を繰り返し、喧嘩を重ね、重なった縁は絆となっている。

 今、こうして産みの親(オリビエ)の話も聞くことができた。これから再び、Ⅶ組が自分たちの力で羽ばたく時だった。

 とはいえ、そんな意志を聞いてもⅦ組に緊張はない。

「僕としては、君たちの甘酸っぱい青春の話は是非とも聞いてみたいところだけどね」

 当のオリビエが、そんな飄々とした態度を今も続けているからだ。

 オリビエの空気感は、カイト以外のⅦ組にとっては本当に不思議なものだった。一見して皇族としての厳かさがなく、趣味人めいた軽妙さがあって、他ならないカイトと軽口を重ねる。

 けれど、本懐を話すその姿は気品と誇り高さに満ち溢れている。

 これが、オリヴァルト・ライゼ・アルノールなのだ。

 オリビエは、面白いものを見るように話す。

「カイト君の話だけじゃ物足りないしねぇ……時にユーシス君」

 久しぶりにカイトが見世物台から降ろされた。が、休む間のない話題である。

「我が妹からも諸々聞いているよ。アリス君とは、そこのところどうなんだい?」

(あーあ、スチャラカ変態皇子に戻ってら)

「ふふ、あれは家同士の気まぐれです。そのような惚れ気が互いにあればよかったのですが」

「ハッハッハ、ルーファス君に負けず劣らずの貴公子っぷりじゃないか」

 クローゼのことを話題に出されたカイトとは違って、ユーシスは軽々いなしてみせる。カイトに話した限りでは恋情もないらしいし、まったく痛痒もない様子だ。

 そうなればオリビエのからかいの対象はアリスに向くのだが、彼女も恥じらいも何もなく首を傾げるのみ。 アルフィンを通して、アリスはオリビエと元から面識があった。人となりは知っているのだろう。

 からかう対象を目敏く探すオリビエとアルフィン。その二人が捕捉した対象は……再びのリィン・シュバルツァーであった。

 アルフィンが手を合わせる。

「そうそう、忘れていました。実はリィンさんにひとつお願いがあるのです」

 Ⅶ組の面々がそんなアルフィン子言葉で思い出すのは、先程の『リィン兄様』の一見だ。リィンも表情が固くなる。

 ところが実のお兄様の方が「ふむ、例の件だね?」と納得した表情でいる。

「わたくし、明日の夏至祭初日に帝都庁主催の園遊会に出席するんです。マキアスさんのお父様に招待されているのですけれど」

 マキアスも頷く。話は聞いていたらしい。明日は夏至祭初日。そして帝都における夏至祭は皇族が国民の前に立つイベントでもあり、アルフィンが言う園遊会はマーテル公園のクリスタルガーデンで開かれるイベントだ。

 また、オリビエは帝都競馬場のイベント、セドリックはサンクト地区の大聖堂のミサに参加することになっているらしい。

 そしてアルフィンがまたも爆弾を投下した。

「それでリィンさんにはダンスのパートナーを務めていただきたいんですの」

 リィンとアリサとエリゼの声が重なった。

『えええっ!?』

(三角関係がわかりやすい……)

 カイトは他人事で考える。実際、他人事なのだが。

 帝国臣民の間では帝国時報を通してこんな話題が流れていた。すなわち夏至祭の園遊会でアルフィン殿下のパートナーを務める、将来のお相手になる可能性のある帝国男子は誰なのか、ということだ。

 単なる憶測の可能性が高いが、場合によってはそうと誤解が広まって噂となってしまうかもしれない話だ。

 当然ながらリィンは狼狽している。最近の彼もなかなか不憫だ。エリゼに怒られたりオル・ガディアと戦闘になったり、ブルブランに付け狙われ始めたり。そして今日はリィン・アリサ・エリゼの三角関係に新たな刺客が現れたわけである。つくづく将来は後ろから刺されて死ぬのではないかと思う。

「ま、待ってください! そ、その、自分にはあまりに大役過ぎるといいますか……!」

「ふふ、そんなことはありませんわ。男爵家とはいえ、シュバルツァー家は皇族とも縁のある家柄ですもの」

 へぇ、と意外な事実を聞かされたとカイトは思った。シュバルツァー家とはそれほど由緒正しい家柄だったのか。

(というか、アルフィン殿下がオリビエさんに見えてきた……絶対に楽しんでるだろ)

 一見して幼気で見目麗しい少女なのに、つくづく恐ろしい兄妹だ。セドリックの存在の方が異端に見えてしまうし、二年前は雲の上の憎くて恐ろしい存在だった皇帝すら、もしかしてオリビエとそんなに変わらないのではないかとか邪推してしまう。

「こういっては失礼ですが、公爵家のユーシスさんにお願いするよりも角が立たないと思いますし」

 アルフィンの言葉にユーシスが笑った。たまに見るマキアスやカイトを盛大に鼻で笑う時の笑顔だ。

「なるほど、それは確かに。いや、なかなか面白い選択だと思いますよ」

「楽しんでるなぁユーシス」

「なんだ、レグメント」

「久しぶりに姓で呼ばれたよ。いやぁ、なんでも?」

「はっ」

 軽口を言い合うカイトとユーシスをよそに、リィンは慌てたままだ。

「エリゼに頼まれてダンスの練習に付き合ったと聞いています。一通りのステップは軽やかにこなせるとか?」

「うっ」

「でも、そうですよね……こんな唐突なお願い。あまりに不躾ですよね。わたくしごとき小娘など興味も湧かないでしょうし……」

「ううっ……」

「ヒューッ、さすが我が妹。なかなか攻めるねぇーっ」

(あれ、この子アルフィン・レンハイムだっけ)

 オリビエと違って立場を明らかにした上で、しかも性別も含めて利用しているのだから質が悪い。オリビエだったら思いっきりぶん殴ればいいだけなのに。

「カイト君、何か失礼なことを考えてないかい?」

「いや、別に?」

 殺気が漏れてしまったようだ。

「ああ、なるほど。ひょっとしてもう、心に決めた方がいらっしゃるとか?」

 今度はアリサとエリゼが口をあんぐりと開ける。エリゼちゃん、ちょっと淑女から離れているぞ。

 というかラウラもエマも黙ってリィンを注視している。冗談でエマがリィンに惚れたんじゃないかとか邪推したのだけど、あながち間違いではないのか?

「実際のところ、そこらへんはどうなんだい?」

 オリビエによる爆弾その二である。

「いえ、何と言ったらいいか……」

 この五分ほどで心労に祟ってしまうのではないかと思うほどに冷や汗をかいているリィンであった。

(リィンも付き合っていないって言えばいいのに。でもそれを言ったらヤブヘビか。いやでもリィンも学院の大体の女子と面識があるし……え、もしかしてアリサか誰かに脈があるの!?)

 これは面白い情報を聞いてしまった。学院に帰ったらリィンの部屋に押しかけて男子全員で夜更かし会だ。ユーシスなどはめんどくさがるだろうが絶対に巻き込んでやる。女子四人は五月の実習の後にやったらしいし、男子だって全員でそういう馬鹿騒ぎもしたいものだ。

 皇族二人に圧されて、いよいよ可哀想に思えてきた。リィンの手がわなわなと所在なさげに動き、その指先が震えていた。

 とうとう口を開けなくなるリィンと、ついでに泣きそうなエリゼも見て、アルフィンはふっと息を吐いたのだった。

「わかりました。()()()諦めます」

 ようやくリィンにとっての赦しが与えられるのかと思った。

「ですが来年はわたくしも妹さんと同じく十六歳です。正式に社交界にデビューするので……前向きに考えておいてくださいね?」

 違った。余命宣告を受けただけであった。

「はぁぁ……」

 カイトほどではないのだが頭を垂れて、一時の命に感謝を捧げる八葉の剣士であった。

 とことん弄られたリィンにカイト、またその被害を被ったエリゼなども疲れた様子である。

 その他のⅦ組男子は若干面白がっている一方、女子たちは少なからず神妙な面持ちだった。リィンにまつわる話のインパクトが大きかったらしい。

 一際狼狽しているのはアリサだ。

「そ、その! 先ほどオリヴァルト殿下は『我々』と仰っていましたが!」

 律義に、必死に手を挙げオリヴァルトに質問。リィンとアルフィンの会話の空気を遠ざけたいのがバレバレだった。

「で、殿下の他にもⅦ組に賛同する方が!?」

 オリビエはあからさまな様子のアリサを微笑ましく見つつ、真面目な内容の返答には真面目な声色で返す。

「ああ、ヴァンダイク学院長さ」

 カイトは既に聞いていたが、オリビエも元々トールズの出身だ。そしてヴァンダイク学院長の教え子だった。そしてリベールから帰国した後にオリビエが最初にヴァンダイク学院長に相談した時も、全面的に賛同してくれたという。

「三人の理事たちと違って学院運営に口を出せる立場にないが、理事会での舵取りもしてくれている。何より現場の責任者として最高のスタッフを揃えてくれたからね」

「もしかして……サラ教官のことでしょうか?」

 エマが言った。

 カイトは一足早めに合点が言った。サラが学院にいたというのもⅦ組発足のためだったか。

「ああ、学院長が彼女を引き抜いた意義は非常に大きかっただろう。帝国でも指折りの実力者だし、なによりも特別実習の指導には打って付けの人材だろうからね」

 オリビエは、サラと関わりのあるカイトを見た。

「……というより、カイト君。君はもう知ってるだろう?」

「いや、教官の事情もあると思って言わなかったんですけど」

 カイトとフィーは知っているが、それ以外のⅦ組の面々については少し考え込む反応が物語っている。

 ただ、二つ名もあるしその経歴も有名だし、カイトと同じようにヒントさえあればわかるだろう。リィンやラウラなどは知っていそうだ。

 アルフィンが言った。

「わたくしも噂は耳にしたことがありますわ。《エクレール》なんて、格好いい呼ばれ方をされている方ですよね?」

 リィンが顔を上げて「紫電(エクレール)……!」と目を見開き、ラウラも「やはり……」と続く。

 ガイウスが尋ねた。

「フィーとカイトは知っていたのか?」

「うん。元々顔見知りだったし」

「オレは教官がユーシスたちをコテンパンにした時に気づいた」

「ふん……思い出させるな」

 ユーシスも辟易した表情になった。さすがに嫌な思い出だったか。

 帝国遊撃士協会にその人ありと言われたほどの若きエース。最年少でA級遊撃士となった恐るべき実力と実績の持ち主。

 オリビエは告げた。Ⅶ組にリベールで学んだ支える籠手の精神を根付かせる、最大の功労者の名前を。

「《紫電》のバレスタイン。それが君たちの担任教官さ」

 

 

 







心の軌跡Ⅰすら投稿する前だったと思うのですが、ヒロイン候補として一瞬アルフィンを考えていた時がありました。
だってオリビエの妹だから。関係性はいい塩梅でしたし。
けど(立ち場が違いすぎるのもありましたけど)深く考えずに「カイトはアルフィンを恋愛的な意味で好きにはならなさそうだな」とも思いました。

だってオリビエの妹だから。



次回、61話「狼煙」
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