特別実習最終日──帝都夏至祭初日。
この日、帝都ヘイムダルの活気はかつてないほど賑わっていた。
ゼムリア大陸最大規模の都市で、帝国の中心に存在する大動脈。そんな場所で年に一度開かれる祭典である。人口密度的にはともかく。クロスベル創立記念祭にも負けない人ごみだ。
Ⅶ組にとっては、ある意味初めての試みでもあった。鉄道憲兵隊のテロリスト対策の警戒に遊撃役として参加するという役割だ。
内容としては、別に奇をてらったものではない。単に帝都各地を哨戒して不審な点を探るだけだ。
それでもテロリストがいるかもしれないという事実がある。だから油断はできなかった。
帝都はとにかく広い。そのため、Ⅶ組は二人ずつチームを組んだ。それぞれが担当区域を分けて哨戒する。
エマとガイウスが西側のサンクト地区、ヴェスタ通り。
フィーとエリオットが東側のアルト通り、マーテル公園。
アリサとユーシスがヘイムダル港、ライカ地区。
ラウラとマキアスが東側のオスト地区、ガルニエ地区。
そしてカイトとリィンが中央部のヴァンクール大通り、帝都中央駅、ドライケルス広場。
帝都が実習地である今回は、さすがにA班・B班の括りは少しあやふやなものになっていた。けれどそれも特別実習ならではの主体性と臨機応変さと言えるかもしれない。
もちろん考慮はしている。帝都組は出身地区を入れているし、他のメンバーもなるべくそれぞれの班の実習範囲を入れている。また、マキアスはヴィータ・クロチルダに会ったA班を羨ましがっていたので、普段の彼としてはありえないくらいガルニエ地区を熱望していたりもした。
警戒対象はテロリストである。さすがに一人ずつでの行動は憚られた。そのための五チーム編成である。
Ⅶ組は無事の再会を祈り、行動を始めた。
────
十時ちょうど。サンクト地区。エマ・ガイウスチーム。
「昨日も訪れたが……ここは随分と賑やかだな」
「女学院前……フリーマーケットもやっているんですね」
ガイウスとエマはB班なので、昨日のアルフィンの招待以外の時間にも同地区には訪れていた。やはり人の多さは目立つ。
女学院前を中心に、広場では女学生によるフリーマーケットが開かれている。どうやら毎年開かれているらしい。
それだけではなく、ここにはヘイムダル大聖堂もある。今日の午後にはセドリック皇太子がミサへ出席するというイベントもあるので、いつも以上に兵士もいて、警戒がされている。その中で、ガイウスとエマはそれぞれの場所を確認していた。
大聖堂の喧騒を眺めながら、エマは静かに呟いた。
「《G》……テロリストたちが行動を仕掛ける可能性がある以上、セドリック皇太子がいる大聖堂の厳戒態勢は確実ですね」
「……故郷に身分の違いはないが、それでもわかる。長の息子が傷つけば全体の指揮にも繋がる。だが、昨日のユーシスとカイトの剣幕を見ればそれ以上のものなんだろうな?」
「はい。さすがにカイトさんとオリヴァルト殿下の関係もありますけど。でも皇族の方への態度というのは、やはり何者とも隔絶しているものですから」
エレボニア帝国は、リベールと同じく七耀歴の始まりの頃から歴史がある。皇族アルノール家もまた、それだけの歴史があり、帝国の歴史の目撃者であり代行者だ。権威は当然凄まじいものがある。
エマとガイウスが懸念するとおりだ。皇族を狙うというのは暴挙という表現すら生温く、狂気という言葉すら優しい。それこそ、言葉で表せないほどの愚行だ。しかしそんなただの人間にはわからない凶行に走るのがテロリストのテロリストたる所以。
エマとガイウスももちろん、三人の皇族と言葉を交わした。その彼らに傷が付くこと。それは様々な意味で許せないものだ。
ヘイムダル大聖堂の威容を見上げる。それは大陸に存在する七耀教会の権威を象徴しているようにも思えた。
物静かな二人は沈黙でも十分コミュニケーションが出来ているのだが、大聖堂を見上げながらガイウスが問いかけた。
「……気になるか?」
「え? 何がでしょう?」
「俺たちはみんなの話を聞くことも多い。だからこそ、話しにくいこともあるかと思ってな」
「それは……」
エマが言いよどむ。
ガイウスの言う通り、Ⅶ組においては緩衝材の役割を果たす二人だ。ユーシスとマキアスのように喧嘩もしなければ、リィンとアリサのように浮ついた空気になることもない。カイトとフィーのようにふざけることもない。
だからこそ、カイトのパルムでの一幕から始まり前日のマキアスの告白に至るまで、二人は聞く立場に徹している。ガイウスも自身のことを話したが、それは故郷の危機に貧してでもある。
そして、エマの過去は聞いたことがなかった。ガイウスも他のⅦ組メンバーも。
「教会についた時……少し委員長の周りの風に違和感を感じた。トリスタの礼拝堂でもなく、ここに思い入れでもあるのかと思ってな」
「ガイウスさんも大概鋭いですよね……」
ガイウスの言ったことは的を射ている。大聖堂は自分の《家族》と関わりがあるからだ。
エマが丸眼鏡をそっと外してみる。
志望理由は奨学金狙いだと言った。嘘は言っていない。けれど本当のことも言っていなかった。
自分には、あの学院でしなければならないことがある。そしてその刻限は確かに時計の針を進めている。
それなのに、私は──
「……それこそ、私も薄情者なのかもしれません。ずっと皆さんの後ろでいるのは心地いいことなんですけど」
「そうだな。俺たちもまた、Ⅶ組にとって必要な立ち位置だ。時に暴走してしまう彼らの後ろで泰然と構えていようと俺は思う」
「……」
「カイトが言ったのだろう? 話すことを強要するつもりはないと」
「ええ……パルムの実習の時です。その後、他ならぬカイトさんが事情を明かしたんですけど」
「マキアスも昨日それに応えた。語ることを待ってくれると信頼してくれたからだろうし、自分の家でというのもそれだけ俺たちのことを認めてくれたんだろう」
「そうですね。ユーシスさんの煽りにも本気で怒らなくなって、あくまで日々の嵐のようなものですし」
「それはそれで時々は騒々しいが……」
第三学生寮で日に一度は発生する喧嘩は、二階ラウンジ、一階ラウンジ、食堂、厨房、シャワールームと節操がない。それだけはほとほと困っている穏やか二人組であった。
「委員長が俺の故郷を救おうと、ゼクス中将を説得してくれたこと。それだけで俺は、俺たちは委員長を信頼することができる」
「ガイウスさん……」
「こういったものはリィンの役割だろうがな。彼も旧校舎の件で余裕もなさそうだ……余計な世話だったか?」
「いいえ、そんな」
エマは丸眼鏡をかけ直した。
「何よりも、嬉しい言葉です」
────
十一時半。フィーとエリオット。
二人はクラスメイトや鉄道憲兵隊の詰所に向かったサラと別れ、まずはアルト通りを哨戒した。
クレイグ邸もあり、今となっては人の寄り付かない遊撃士協会の元支部もある。そうそう危険な現場になるとは思わないが、それでもしっかりと調査や聞き込みを入れるあたりはそつのないフィーとエリオットのコンビである。二人は近所の少年から「近所のアパルトメントから急に人がいなくなった」と不穏な情報を聞いていた。 二人はそのままマーテル公園へ向かった。
「さすがにここは厳戒態勢だよね。アルフィン殿下も来るわけだし」
「
マーテル公園の場合、昨日までとは打って変わって一般人の入れる場所が大幅に制限されていた。アルフィンを乗せた導力車の動線は公園正面口を通り、クリスタルガーデンまで真っ直ぐだ。一般人は公園中央にある橋の手前側までしか行けない。
「でも、それじゃあ昨日間違って出ちゃった地下道の入り口は確認できないね。ザンネン」
「そうだねぇ……えっ、それって誰かに報告しないとまずいんじゃ」
というわけで、報告。単純にHMPのほうがしっかり聞いてくれそうだという理由で近くにいた憲兵に声をかけた。トールズの身分を明かせば割合すんなりと話は通る。
HMP隊員も納得し地下道の警戒を強めたところで、一仕事終えた二人はそれぞれ息を吐く。
エリオットは少し不安を感じていた。
「今日のチーム編成、大丈夫かなあ」
「気になる? ユーシスとマキアスなんかもちゃんと分かれてるけど」
「いや、別にペアの采配が気になるわけじゃないんだ」
「前衛後衛でも理にかなってると思うけど」
「うーん、そうじゃなくて……セントアークの時のこと、覚えてる?」
「住宅街の魔獣騒ぎ?」
「そう、それ。あの時男子と女子で分かれたでしょ? 僕とガイウスはカイトと分断させられちゃったし」
「ああ、あの時も関与してたのはテロリストだったね」
「あの時は敢えてカイトを狙ったみたいだし、夏至祭の今日とは状況も違うけどさ」
それでも、また分断されたらと思うエリオットは不安を消しきれなかった。
フィーは双眸を細めてマーテル公園を見渡した。
「ま、二度も仲間に迷惑はかけない。次は全力で守るよ、エリオット」
────
正午、ユーシス・アリサ組。
二人の担当区域はヘイムダル港とライカ地区である。
まず最初に東側にある港へ行き、ユーシスの先導で元夏至祭当日の空気感を確認する。複数名だが急に退職した作業員などがいたらしく、二人のみならず事情を聞いた壮年の男性もまた首を傾げていた。
次は西のライカ地区。導力トラムを乗り継いだとはいえ、到着する頃には日も高く昇り、所々にある露天から好みのメニューを見繕うことになった。
「貴方も庶民の食事ってものに慣れてきたんじゃない?」
「入学してから度々カイトの飯を食わされたのだぞ。既に慣れている」
アリサが揚げたてのパンに砂糖を眩した軽食を上品に口に運びつつ、ユーシスに目を向けた。こんな時でも仏頂面のユーシスは、返答以外は無言でサラダとチキンが巻かれたクレープを咀嚼している。
五月の実習で同班となった二人。クラスメイトから言わせれば男女それぞれトップクラスのツンデレ気質なのだが、それを認めない二人は口を開けば互いの弱点を突こうとしている。喧嘩口調ではなくさも当たり前のように。
「へぇ。でもエマに誘われたら普通に食べるじゃない。カイトの料理は不満?」
「あいつは大雑把だからな。調味料の加減というものをわかっていない。その点委員長は優秀だ。食べる側のことを考え繊細な料理を作る。食材も満足だろう」
「随分と上から目線ね……私たち二人とも腕前じゃ負けてるっていうのに」
「ふん、お前はメイドに教えてもらっているだろうが。そろそろどこかの朴念仁に出せる程度にはなったのではないか?」
途端アリサが赤面となった。
「なっ、何言ってるのよ!?」
「話題に出せばすぐそれだ。まったく、当の朴念仁以外は全員気づいているというのに」
「わ、私がっ!? いつどこで!? リィンを好きだなんて──」
「俺が、いつどこで、《リィン》と言った?」
「あああ!?」
「フッ」
「笑うんじゃないわよぉ!」
RFご令嬢のチョップを貴族家御曹司は華麗に躱した。
ユーシス、完食。
「はぁ、はぁ……それよりも」
疲労困憊のアリサも完食した。
「貴方こそ、そこのところはどうなのよ? アリスさん」
「貴方こそか。とことん墓穴を掘るなお前は」
「うぅ……」
ユーシスはため息を吐いた。
「見合いの話が広まったことに後悔を覚えているくらいだ。レーグニッツといい、カイトといい、鬱陶しくてかなわん」
「ああ、確かにマキアスはしつこそうだけど。でも、カイトが?」
エリゼとともに来訪したこと、それに昨日の晩餐会もあり、カイトとアリスの間柄は承知している。またよくわからないところで縁を結んでいるクラスメイトだと思ったが。
アリサははっとした。
「え、なに? もしかしてそういうこと!?」
「アリス嬢の方がな。まったく、あんな男のどこがいいのかさっぱりわからんが」
「随分な言いようね……へぇ、でも、そう。ふーん」
カイト絡みでいいことに気づいたと喜ぶアリサだが、それ以上に面白そうにユーシスを見た。
「クラスメイトのことも、お相手のことも、よく見てるじゃない」
「ふん。アリス嬢に関しては当然の配慮だ。男の方は尾ヒレについてきた金魚のフン程度に過ぎん」
「貴方とカイトも大概喧嘩友達みたいよね」
入学式当初はマキアスの突っかかりが目立ったが、やはり双方に問題があったのだと思う、リィンと不埒なトラブルがあったご令嬢であった。
「でも、いいの? 悔しくないのかしら」
「何度も言わせるな。恋情などない。問題は親同士が勝手に決めているということだけだ。面倒くさいことこの上ない」
「貴方も苦労してそうね……」
「差し当たってはこの夏至祭を守ることだ。無駄口も終わりだ、行くぞ」
「はいはい、お昼も済ませたことだしね。引き続きライカ地区を回るわよ」
────
十三時。ラウラ・マキアス組である。
最初に回ったオスト地区はマキアスの出身地区なので、その意味での違和感というものはないに等しかった。夏至祭初日が騒がしくなるのも、子供の路地裏での駆けっこが増えるのも、居酒屋で親父たちが飲めや歌えやと叫んでいるのもまた同じ。
敢えて付け加えるならば、A班のメンバーに確認するよう頼まれた地下道への扉だろう。入学前のマキアスも意識しなかった古い鉄の扉。何もおかしな点もなく、むしろA班から聞いていたよりも小綺麗になっていたのが気になったが。
オスト地区だとマキアスの知り合いも多いので捕まってしまい、そこにやや時間をとられた。隣に立つラウラのことを囃し立てられもして、やはりマキアスのいつもの突っ込みが響き渡ることとなった。
昼に小休憩で別班と同じく軽食を食べ、二人はガルニエ地区へ足を運ぶ。
「悔しいことに、昨日の怪盗Bの挑戦状のおかげで状況把握が容易になっているな」
「ああ。僕のとっておきの豆も持ってかれた。カイトやリィンに同情するが個人的にはそれ以上の怒りだ。許さないぞ」
「《紅蓮の小冠》は珈琲豆の百倍どころでない価値だと思うのだが……」
ラウラとマキアスの場合、実習で同じ班となったのはブリオニア島の時だ。それだけでなく、旧校舎の第四階層を一緒に攻略した。
マキアスは入学当初の態度はあったが、根は真面目だしラウラも真っ直ぐな性格である。割り合い普通に話すし、ペアでのこの哨戒も順調だった。
「ラウラはセントアークで騒動に巻き込まれたんだろう。やはりテロリストが仕掛けてきそうな予兆はあるか?」
「理屈はクレア大尉の説明に譲る。感覚的にも……そうだな、そもそも夏至祭の人の多さにまいってしまっているが」
「君の出身はレグラムだったか。そんなに違うか?」
「こちらは五大都市でもないし、わざわざ地方の町民の祭り事に赴く人も少ないのだ」
「なるほどな。僕としては毎年お馴染みの光景だが」
哨戒をしつつ世間話もする。その最中、ラウラがふと話題を変えた。
「今更だが……マキアス」
「なんだ? ラウラにしては歯切れが悪いな」
「いや、すまない。私と組むのに、抵抗はなかったのかと思ってな」
「ああ……その話か」
前日に聞いた貴族嫌悪の事情。その後マキアスはラウラやリィンに前向きな笑顔を向けた。ラウラはそれを好意的に受け取った。その過程に迷いはないのだが、こうして一体一で話すとなると気になることは気になる。
マキアスが話した貴族の青年は、弱くとも誠実な青年だったという。ラウラは、自身の根底に真っ直ぐな芯があることを自覚しているが、それ故にフィーと確執を産んだことを思い出していた。
青年の心はわからない。異性の恋情もよく知らない。けれど自分の正しさを信じた結果の行動で誰かを傷つけた、ということを後からわかってしまうのは……ほんの少しだけ、理解できるかも知れない。
だから、なんとなく気になってしまった。
マキアスは落ち着いて聞き返す。
「今の僕が、リィンや君に鬱屈とした感情を向けていると思うか?」
「思うわけがないだろう。少しくらい、人のを見る目は養ってきたつもりだ」
「そういうことさ。今だって貴族制度には問題があると思っている。傲慢な貴族もいると思う。けど、それだけじゃない。僕の考えは昨日言った通りさ」
ラウラは目を細めた。初めて会った時、《アルゼイド》の名前を聞いただけで一歩下がったマキアスを思い出す。あの時、彼の目は戸惑いや焦りにまみれていたが。
「変わったな……そなたも」
「伊達にこの四ヶ月Ⅶ組で過ごしてない。僕を見くびらないでもらおうか?」
マキアスはラウラに気さくに笑いかける。
「少なくとも、君とリィンからは色々と教わってきた。剣士としての心構えも、貴族としての責任感も、立場に関係なく誇りを持てるってことも。君が言った台詞だぞ」
「ふふ、そこでユーシスを数に入れないのは変わらないな。いつものそなたたちだ」
「ユーシスだけは話が別だ……! いつもいつも人のことをガリ勉だの余裕がないだの眼鏡だの……!」
「最後は少し誇張表現ではないか?」
突っ込みつつ、ラウラもふっと笑い声が漏れる。
言ったことだが、何度も思う。あの頑なだった少年も変化したものだ。
マキアスだけではない。自分は邪道もあるのだと理解して、フィーは人を理解するために頑張るようになった。
「……みんなも、変わっているのだろうな」
「それはそうだろう。僕だけじゃない。みんなだって、何かしら殻は破っているだろうさ」
帝国から集まった自分たちは、それぞれ異なる価値観と向き合わざるを得なかった。
「変化してないのは留学生の二人くらいか。あの二人は、表象はまるで違うが懐が深いのは同じだ」
「いや、あの二人だって変わっているだろう」
「なに?」
マキアスは疑問符を浮かべるラウラに説いた。
「ガイウスも辺境からの出身で色々価値観を吸収してる」
「それはまあわかるが……カイトの場合は?」
ラウラにとって、カイトの印象は二つある。レグラムで修行をしていた頃に出会った準遊撃士時代のカイトと、そしてトールズ入学式で再会した同級生のカイトだ。前者は少し迷いのある覇気のない少年で、後者は落ち着きを得た青年になろうとする少年だった。そのギャップには素直に驚いたし、一年と半年ほどの時間の中でどんな経験をしたのだろうかと興味も持った。
だがオリヴァルト皇子によって、カイトのトールズ入学の経緯もクラスメイトに知られることになった。カイトの場合、最初から進む道は心得ていて、そのために邁進しているようにも見える。
だが、マキアスは答えた。
「カイトの場合は多様な価値観を持っている。その中で、例えば僕のような平民やラウラのような貴族の価値観を吟味しているように感じるんだ。そうして、一つ一つ発見を得ているのかもしれない」
ガイウスが無色に沢山の色を塗っているのだとすれば、カイトは様々ある色と、自分の色を混ぜ込んでいるようにも思える。そしてその度に、その色を自分のものとしている。
「昔嫌った国の人を理解するだけでなく、そこからクラスメイトになって、今では友人と呼べる関係になっている。それこそ、僕がラウラやリィンと話すことと同じくらい、変わったことじゃないか?」
「それは……うん、そうだな」
留学生のカイトの故郷に行く機会は他のクラスメイトの故郷と比べて圧倒的に少ない。けれどカイトの根底を理解すれば、確かにカイトがトールズにいるという結果そのものが変化の証と言えるのかもしれなかった。
ラウラは訂正しようと心の中で考える。みんな、総じて変わっている。
このクラスに入って本当に良かったと、ラウラは思った。
「それよりもヴィータ・クロチルダだ! A班が会ったのなら、僕だって絶対に会って『応援しています』と言うんだからな!」
「本当に、そなたも変わったな……」
────
十四時四十五分。リィン・カイト。
二人の哨戒区域は帝都中央駅、ヴァンクール大通り、ドライケルス広場の縦一線である。
ヴァンクール大通りの道路を前にして、カイトとリィンはほとんど同時に耳に当てていたARCUSを外した。
「ラウラたちは順調そうだ。幸いかどうかはわからないけど、不穏な気配はないらしいよ」
「アリサとユーシスの方は、ヘイムダル港が怪しいらしい。昨日俺たちも話した親方さんの会社、作業員が急に退職したそうだ」
お互い、別のチームと連絡を取ったところである。クラスの重心とその鏡写しである二人は、そうやって他のチームの同行も気にかけつつ哨戒を続けていた。
三殿下たちがバルフレイム宮から出発した時はドライケルス広場で待機しつつ、やはり各チームやサラとの連絡も行った。警戒するエリアが他と比べて一つ多いとはいえ、真っ直ぐ繋がっているし近いのでそこまでの負担ではない。
帝都の大動脈とも言える場所。不穏な点はないわけではなかった。リィンが不審な気配を感じたのだ。だがそれは本当に感じただけで、確証めいたものではなかったが。結果として警戒を続けるくらいの選択肢しか取れない。
ちなみに午前中はヴァンクール大通りの百貨店内でクロウに、先程はドライケルス広場でトワとアンゼリカに出会った。夏至祭中は学院も休みになっていて、それで他にも学生をちらほらと見かけるのだ。
クロウの場合は夏至祭中に行われる競馬を観戦しに来たらしい。学生なので賭博は禁止だが、穴をついたような帝国時報の懸賞企画があるらしい。
トワとアンゼリカの場合は、Ⅶ組の先輩としてサラからテロリストの件を聞かされていたらしく、それを懸念して様子を見に来たのだとか。以前リィンとカイトも運転した導力バイクで二人乗りだ。
そんな、神経を張り詰める合間のことしか起こっていない。それが逆に、テロリストを警戒する二人に違和感を与える。
「カイトは、遊撃士時代に《G》の一団以外のテロリストとは会わなかったのか?」
「ないよ。だから正直、あまり過去の経験が活かせるとは思っていないんだ」
今までの旅路の敵の大枠を考えてみる。王国軍人、結社の手先、ケビンの聖痕、ルバーチェというマフィアだ。聖痕を除いては、公かどうかはともかく何かしらの立ち位置に属している。
「そもそも、リベールやクロスベルは小さな地域だ。テロリストが騒ぐほど、権力が目の敵にされたわけじゃないしさ」
「なるほど。帝国という大国ならではの歪みか」
共和国出身のジンがテロリストをそう断定したあたり、リィンの感覚は間違っていないように思える。
実際共和国でも東からの移民を排斥しようとする《反移民政策主義》がテロ活動を進めていると聞く。
カイトは話題を変えた。警戒はしなければならないが、リィンに対して聞かずにはいられなかった。
「リィンは……体の調子はどうだ?」
「今更だな。すこぶる快調だよ」
「そうは言ってもさ。やっぱり気にはなるんだ」
「まあ、そうだよな」
旧校舎地下でのオル・ガディアとの戦いはⅦ組全員の知るところではある。けれどリィンの様子を目にしたのは今のところはカイトのみ。
自分の道を見つけるために学院に来た。でも、俺のようなやつなんて。いいところだよ、俺なんかにはもったいない場所だ。
過去にリィンがカイトの前で口にしてきた言葉に、あの鬼のような姿にはがちらつく。
リィンは軽く笑った。
「本当に何もないんだ。元々あれは滅多にださないから、直後は動けなくなるけどな」
「そうか」
あれがリィンの力であることに疑いようはない。その意味でリィンの感覚は間違いではないのだろうが。
「……カイトは、リベールで色々な人と仲間になって、敵になったんだろう。俺のような奴はいなかったか?」
そう問われて、初めに思いついたのはケビンだった。彼も《聖痕》という業に悩まされていたが。
「いた……けど、リィンと似ているようで違う気はするなぁ」
そんな風に答えると、リィンも少し寂しいように返事を返してくる。
少し考えてから、カイトは口に出した。
「前、オレは『出自不明の同士だ』って言ったろ?」
「ああ」
「その考えは今でも変わらない。オレとリィンは同じで、それで仲間だ。でもリィンは《重心》で、オレはその写鏡。考えるべきことは違うのかもしれない」
カイトは太ももに装着したホルスターをリィンの前で軽く叩いた。
「オレの武器ってさ、元々今よりもちっちゃい二丁拳銃だったんだよ」
「それは……心許ない、と言ったほうがいいのか?」
「うん。ちゃんと理由があって使ってたけど、やっぱりオレは何かしら強い力がほしいと思った。リィンみたいに武術も習ってなくて、我流だったしね」
《リベールの異変》の頃の話だ。結果としてカイトは《並戦駆動》を扱うに至った。
「四月五月は戦闘で司令塔みたいなことをやったけど、昔は仲間内で一番弱かったと思うよ」
「そ、そんなにか?」
「本当だよ。それで、オレは力を求める側だったと思う。リィンは少し違うだろう?」
八葉一刀流を習ったのはあの力を制御するため。だからそれもまた『力を求めている』のかもしれないが、リィンの場合は同時に自分の中に在る力を忌避している。
その意味では、カイトとリィンはまったく違った。
「だからあくまで、その悩みを解決するのはリィン自身だ。でもオレも、精一杯Ⅶ組の仲間として隣に立つよ」
「……ありがとう」
哨戒を続けるなかで、カイトは思った。
案外、クラスのみんなもすんなりと受け入れてくれるのではないかと。もちろん異形の力を前にして驚きはするだろうが、リィンの一部として認め、それぞれ悩みを解決することに集中できるのではないかと思う。
この四ヶ月で培ってきた絆は本物なのだから。
「さて、オレたちはもう何度もこの大通りを往復したわけだけど」
「幸いというべきか空恐ろしいと言うべきか……至って平和な祭りの昼下がりだな」
午前から今まで、小休止を挟みつつもずっと警戒してきた。それでも、テロの予兆というものは感じなかった。
そもそもが犯行声明などもない軍側の予測なのだから、なにもおかしくはない。とはいえ実感を持っているⅦ組なのだから、予測で済ませられるはずがないのだ。
「そうだ、カイト」
「どうした?」
「昨日の怪盗紳士のことなんだけど」
瞬時にカイトの目が死んだ。リィンもリィンで、話題に出した張本人だが疲れている。
「あれのことは話したくない……」
「気持ちはわかるが、聞いてくれ。真面目な話なんだ」
「へいへい……」
無理矢理に気を取り直し、カイトはリィンに向き直った。
「それで? 真面目な話って?」
「奴が言葉にしていた《裏切り者》の話。どう思う」
「どう思うもなにも、あいつの狂言癖は今に始まったことじゃないしさぁ」
今更帝国を嫌うことなどないだろうし、それにオリビエの意志を受け継ぎつつあるⅦ組のクラスメイトが、仮に立場として敵対するとしても、絆を根底から揺るがすような裏切りを働くとも思えなかった。
「第一そんなこと言いながらオレに負けてるしさぁ、あの変態」
「そ、それはカイトが十分強いからだと思うが」
「気になるの?」
「どうしても……他人事には思えなくてさ」
「ああ、もう。やめやめ! もっと別の人のことを考えよう」
「やっぱりいつになく抵抗が激しい……そ、それじゃあリシャールさんのことで」
「……それならまあ」
ブルブランやオリビエが絡むととことん面倒くさくなるカイトであった。
「カイトはどう思う? リシャールさんが言っていたこと」
「フィーの質問に対する返事だよな。いい事聞いてくれたって思ったけど」
あの時、カイトたちは夏至祭の中を哨戒することになるとは思わなかった。だが誰にとっても無意識で予感はしていたのだ。だからフィーもそんなことを聞くことになった。
「『狼煙を上げる』って言ってたよな。まさにテロリストがこれからやろうとする行動そのものに聞こえるよ」
カイトはそう言った。さすがカシウスの思考を学んだ直弟子で、元クーデター首謀者だとも思った。
「この状況で上げる狼煙か……」
黙るカイトにリィンが続けた。
「色々と考えられるだろうな。組織名を明らかにするのも、そもそも存在を公表することも」
「あと、一番は目的の主張だよな。なんたってテロリストだし」
二人とも沈黙する。
「リィン、心当たりあるよな?」
「カイトこそ。一緒に《G》と戦ったんだし」
二人は声を揃えて口に出した。
『鉄血宰相ギリアス・オズボーン』
Gたちの行動原理を考えれば、それは明らかだった。
カイトが聞く。
「じゃ、そうだとして、今日のあいつらの目的って?」
まさか鉄血宰相の暗殺? だが別に夏至祭で鉄血宰相が大手を振って現れるわけでもない。
「鉄血宰相は帝都市民の人気も高い。その人気を落とす、というのは?」
リィンが提案した。今更だが、人混みもあるヴァンクール大通りのど真ん中で物騒な会話である。
カイトが頷いた。
「あり得るか……活動の狼煙を上げることにもなるし。じゃあリィン、どうやって宰相の人気を落とす? テロを起こしただけじゃ悪いのはテロリストだし」
「……まあ、住民に危害を加えること自体が治安の良し悪しから支持基盤を揺るがすことに繋がるけどな」
「でも、もっと強いインパクトが必要じゃないか?」
「と言われてもなぁ……カイトこそ、何か可能性はないのか? 例えばリベールの異変で受けたこととか」
「たくさんあり過ぎて思い出したくもない……」
結社にしてやられたことを順に思い出してみる。幽霊騒動、地震、狂ったお茶会、濃霧、古代龍、四輪の塔襲撃、果ては導力停止現象。
「言ってて悲しくなってきた」
「……恐ろしいな」
「あー、あとあれがあったな」
「あれ?」
「結社の執行者が王都を襲撃したんだよ」
導力停止現象下のことだ。導力器が使えないので遊撃士も王国軍もまともな戦闘ができなかった。カシウスによりリシャールを始めとした情報部のメンバーを動かさなければ防衛できたか怪しかった事件だ。
「そんなことがあったのか」
「あいつら、王都を襲撃してしかも女王陛下と王太女殿下を
話の途中で気づいた。カイトの言葉が止まり、リィンも生唾を飲み込んだ。
二人して顔を見合わせる。
「……もしかして、イベントに出席されている三殿下を?」
恐れ多く、常人であれば思い至ることすら拒否する愚行。狼煙を上げるのにお誂え向きの凶行だ。
「自分たちの存在を顕示しつつ、帝国政府と鉄血宰相の支持を失墜させる……!」
「可能性は考えてたけど、より現実味が出てきたな。オリビエさんたち……どこにいるんだっけ」
嫌な予感がしてしまい、思わず敬称が出てこなかったカイト。リィンは気にしないので誰もそれがオリヴァルト殿下のことだと気づかなかった。
「オリヴァルト殿下は帝都競馬場、セドリック殿下はヘイムダル大聖堂、アルフィン殿下はマーテル公園だ」
「マーテル公園と大聖堂はⅦ組がいるな。帝都競馬場も、誰か向かったほうがいいな、こりゃ」
「みんなのことだから元から警戒はしてるだろうけど……俺たちで連絡しよう」
それぞれARCUSに手をかける。
リィンはエマに、カイトはエリオットに。それぞれ通信をする。全員哨戒中なのですぐに出た。
自分たちの予測を伝え、一層警戒するよう促す。エマもエリオットも一も二もなく了解してくれた。
「残るはアリサたちとラウラたちか……どうする? というか、オレたちも三ヶ所のどこかに行こうか?」
「そうだな……アリサとユーシスには帝都競馬場をお願いしよう。ラウラとマキアスにはマーテル公園への増援を」
「マキアスがクロチルダ成分を補充できてればいいんだけど……で、オレたちは」
そうして連絡をかけようとしたときだ。
声をかけられた。
「三ヶ月ぶりか。久しぶりだね、少年」
振り向く。声のとおり、三か月前の景色が蘇った。
金色の長い髪を後ろにまとめた女性。
「こんなところで会うとは……これも女神の導きなのかな」
レイラ・リゼアート。二度見たことのある黒の戦闘服。
夏至祭の喧騒の中で、光と影の色彩を含んだ彼女が、そこに立っていた。