心の軌跡Ⅱ~重なる標~   作:迷えるウリボー

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61話 狼煙③

 

 

「……カイト?」

 再びARCUSの通信ボタンを押そうとしていたリィンが、カイトの様子に違和感を感じて指の動きを止めた。

 リィンの声を後ろに感じて、けれど振り向くことはできなかった。目の前にレイラ・リゼアートがいることは不思議でも何でもないけれど、だからといって予想外の出会いに驚かないわけではない。

「また少し、成長したみたいだね。やっぱり、君は有望な遊撃士だよ」

「どうして、ここに?」

 帝都に入ってから、オリビエ、リシャール、ブルブラン……他にもたくさんの人物と再会を果たした。この上今日になっても再会を果たすことになるとは思わなかった。

 夏至祭の喧騒の中。夏日、昼下がり。太陽は真上で輝いている。

 カイトたちも制服は夏服のため白い。他の観光客も季節柄明るい色調のコーディネートもがほとんどだ。そんな中でレイラは黒服。以前纏っていたコートではないが、それでも他の賑やかな雰囲気とは隔絶した空気があった。

 レイラは、カイトに対してふっと笑いかける。

「帝国の首都の晴れの日だ。別にぽっと現れたとしてもおかしくないだろう?」

「えっと……はい」

「君は今回も実習なんだね。やはり遊撃士に似たような課題もこなしている……思ったとおりか」

「……レイラさん?」

 カイトは違和感を覚えた。

 バリアハートで会った時、カイト自身の未熟さもあってレイラは頼もしげに見えた。パルムの時も頼もしさはあり、そして弟のことを考えていたのか少し弱々しい空気もあった気がする。

 そして今は、ひどく静かだ。

 ARCUSでの通信はせず、リィンがカイトの隣に出て尋ねた。

「……カイト、こちらの人は?」

「レイラさんだ。レイラ・リゼアート」

「それって、パルムでB班が会ったっていう……」

「君はパルムにはいなかったね。私は少年の先輩のようなものさ」

 レイラはリィンに話しかけた。しかしたいした会話も繋げず、カイトに改めて向き直る。

「少し話がしたい、少年。哨戒中にすまないが、ついて来てくれるかい」

「え……?」

「二人だけでね」

「えっと……」

 カイトは微妙な面持ちでリィンを見た。レイラの様子は今までと違う。だから気になる。しかし今は特別実習の、しかも遊軍として哨戒中である。どうしようかと迷った。

 だがカイトの目の前にいるリィンは、例えばユーシスやマキアスのような堅苦しい性格ではない。柔らかい目をしてカイトに伝える。

「ラウラたちとアリサたちには俺から連絡をしておく。カイトは遠慮なく行ってきてくれ」

 今までもクラスメイトが旧知の人間に会った時と同じように、リィンは言った。

 そこまでお膳立てをされて、カイトも拒否はしない。

「……わかった。行きましょう、レイラさん」

「ああ、行こう」

 リィンに手を振り、一時の哨戒を任せる。そうして踵を返すレイラについて行く。

「それでレイラさん、どこに?」

「静かなところで話したい。裏通りにね」

「夏至祭中ですし、大体騒がしいと思いますけど……」

 ヴァンクール大通りから外れ、さらに狭い路地へ。帝都中心ではよほど狭い路地でもない限り、大抵喫茶店や宿酒場などもある。しかしレイラが迷いなく進む道は、やがて導力車一台が通れる程度の幅を保ちながら、人がほとんど通らない裏路地に繋がることとなった。

「帝都にこんな場所が……」

「さすがに二年前とここ数日の実習だけでは、細かい道までは把握しきれないだろう? 覚えておくといい」

「レイラさんは、さすがに帝国の遊撃士だったわけですからね。こういった場所もご存知ってことですか」

「帝都支部は、それぞれ月に一度は訪れていたよ。私はバリアハートを中心に活動していたが、基本帝国全土を飛び回っていたんだ」

 喧騒が聞こえつつも、他に人の姿が見えない場所までやってきた。そこでレイラは止まり、カイトに向き直る。

「どうだい、帝国での学生生活は。以前いがみ合っていた少年たちは、仲直りできたかな」

 カイトは笑った。

「全然です。顔を合わせれば小競り合いですよ。でも、今は絆で繋がってます。大事な仲間たちです」

「そうか……サラは、元気かい?」

「それは」

 サラの経歴を知ってもなお、彼女にはレイラのことを話すことができていなかった。お互い遊撃士を辞めた身で、そこには少なくない葛藤があった。だからカイトが自分で何かを伝えるのはお門違いだと思っていた。

「昨日、Ⅶ組と一緒に元東支部に泊まった時は、少し感傷的でした。でも、サラ教官はきっと今の環境も楽しんでいると思います」

「そうか……よかった」

 レイラは目を細め、肩をすくめる。

「君は、どうだ? 君が少なからず黒い感情を向けていた帝国。そこへ来て、変わらず君らしく過ごせているか」

「えっと、それって」

 違和感を覚えた。レイラに自分の帝国への感情を話したことはあっただろうか。いや、そもそも再会の嬉しさを分かち合うのではなく、要領を得ないこの質問はなんなのだろう。遊撃士を辞めたことへの未練なのか。

 訳が分からず、それでも答える。

「……たぶん、過ごせていると思います。充実しています」

「遊撃士である君なら、この帝国にも戦乱が近づいていることは理解できると思う」

「……レイラさん?」

「隣にいる人が、いなくなってしまうかもしれない。目の前にいる人間が、裏切り刃を向けるかも知れない」

「……っ」

 無意識に、カイトの両手が太腿のホルスターに伸びる。

「……怪盗紳士にも問われたのだろう。裏切られた時、大事な者が殺された時。君はどうする?」

「──は?」

 なぜ、ブルブランと会った時のことを知っている? どうしてこんなことを問う? どうして、自分は今銃を取り出そうとした?

「……レイラさん、貴女は」

「答えてくれ。大事なものが奪われた時、君が一体何を為すのか」

「そりゃ……そりゃあ、怒り狂うと思いますよ。当たり前じゃないですか」

 例えばクローゼやオリビエが。リィンたちⅦ組の誰かが。アリスや、帝国で出会った人たちに不幸が降り注ぐのなら。

「それだけじゃない。たった少しでも、オレたちを助けてくれて、導いてくれた貴女だって、いなくなったらオレは悲しいです」

「それを聞いて安心したよ」

「……」

 太陽が隠れた。雲が間に入ったか。自分の周囲の景色が陰る。

「帝国は、闘争と暗黒の国。君が過ごしたリベールとは違うんだ」

 その時、表通りから聞こえていた賑やかな人々の声が一瞬静まり返って、そして不快な悲鳴に変わり始める。

 地面が鳴動する。カイトの脳裏に、テロリストの蜂起という最悪の予想が閃く。

 そして大地を踏みしめ、カイトは叫んだ。

「──レイラさん!?」

 どういうことだ。どうして目の前の女性は動揺していない。まるで最初からそれをわかっていたかのような……。

 自分の状況を遅れて理解した。今、自分は一人だ。《C》と対峙した過去二回の状況。分断され、いいように扱われた時と同じ──。

「っ!」

 瞬時に双銃を取り出した。信じられないという驚愕や恐怖と、状況が物語るレイラの正体のイメージ。その二律背反が衝突して、それでも辛うじて支える篭手としての矜持が、カイトの体を戦闘態勢に移させた。

 しかし相手は歴戦の元遊撃士。カイトが向けて二丁の照準をレイラはすんでのところで躱した。カイトは途中まで疑いもしなかったから、彼我の距離は最初からほとんどなかった。

 だから初撃を躱されてしまえば、後には無防備な自分しか残らなかった。

 それでもなんとか体術を当てようとして、それもあっさりと防がれる。カイトの蹴りをレイラは受け止め、素早く後ろに回り込んでカイトの首に一撃を与えた。

「ぐぁっ……」

 無駄のない手刀がカイトの脳髄を揺らし、一瞬なにも考えられなくなる。膝をついてしまい、手でなんとか頭から地面に激突することだけは避けた。

 それでも、酩酊感と吐き気は収まらない。うずくまってしまい、みるみる間に視界が暗くなっていく。

「レイラ、さん……あな、たは……!?」

 薄れゆく意識の中で、最後にそれだけを言葉に載せた。

 寄り添うように膝をついたレイラが、カイトを見下ろした。それだけなら優しい姉のような空気だったけれど。

 最後に聞こえた彼女の言葉は、心の奥底を凍らせるような恐怖がにじみ出ていた。

「忘れないでくれ。消しさらない限り、膨らみ続ける烽火があることを」

 レイラの声が小さくなっていく。

「例え支える篭手の矜持を捨てたとしても、しなければならないことがあることを……」

 

 

────

 

 

 遠くの方で声が聞こえる。少女の声だ。

 その思考とともに、目を開ける。暗い景色。頬に当たる硬い地面。少し湿気のある石畳の地面の匂い。

「カイト君! 大丈夫!?」

 聞き覚えのある少女の声。ぼんやりと声の主の名前を口に出した。

「……かいちょう?」

 カイトの意識が、徐々に徐々に目を覚ます。

 少女──トワ・ハーシェルの動揺した声だった。

「よかった! 目を覚ましたんだねっ!」

 泣きそうな少女の声。自分一人だけでこの動揺っぷり。さすがトールズの天使と名高い生徒会長殿だ。

 しかし、カイトもそんな冗談をすぐに思えなくなった。今いる場所が路地裏であることを理解すると、カイトは意識を失う直前の出来事を思い出して驚きに体を起こす。

「ってぇ……!」

 後頭部に激痛が走った。思わず頭を押さえてしまう。

「今、回復アーツをかけるね。じっとしてて……!」

 そうして、トワの周囲に水色の波が渦巻く。その様子を見て、カイトも徐々に冷静さを取り戻してきた。

「……トワ会長が、オレを見つけてくれたんですね。ありがとうございます」

「ううん、リィン君から連絡が来たから。見つけられてよかったよ」

「オレを探しに?」

「他にも理由はあるんだけどね」

 トワの回復魔法(ティアラ)が発動した。カイトの後頭部を支配していた痛みがかなり和らぐ。いつになく真剣な様子で続ける。

「状況を説明するよ。現時刻は十五時十分」

 トワは簡潔に話してくれる。

 十分前。十五時ちょうど、ドライケルス広場やヴァンクール大通りのマンホールが突如として間欠泉のように吹き荒れた。噴水の水も溢れ、数は少ないが魔獣も出始めたのだという。

「それって……」

「十中八九テロリストの仕業だと思う。アンちゃんにクロウ君も一緒にいたんだけど……分かれて三人で避難誘導を始めたんだ」

 そんな中、トワのARCUSに通信が入った。

「リィン君から通信が入ってね。離れたカイト君が通信から出ないって」

「心配をかけちゃったなぁ……」

「それで、リィン君たちⅦ組には三殿下を任せて私たちが避難誘導とカイト君の捜索に当たったんだ」

 避難誘導ももちろんしなければならないが、それ以上にリィンを始めとしたⅦ組には予感があった。だから騒動の起こる直前に、ARCUSで連絡をして三殿下の下へⅦ組メンバーを向かわせたのだ。

「カイト君、何があったの? 知り合いの人に声をかけられたっていうのはリィン君から聞いたけど」

 カイトは、迷った末にこう返した。

「……報告は、後でも構わないですか? 確かめたいことがあるんです」

「え、うん……」

 地面に転がっていた双銃を拾い、ようやくカイトは立ち上がった。

「カイト君……大丈夫?」

「はい、お陰様で痛みも引きました。しっかり動けますよ」

「ううん、そうじゃなくて……わかったよ、カイト君」

 トワは、頭を振ってそう返した。

「リィンは、マーテル公園に?」

「うん。ユーシス君とアリサちゃんが帝都競馬場に。エマちゃんとガイウス君がヘイムダル大聖堂に。それ以外のみんながマーテル公園に向かってる」

 現場からの距離的な問題もあった。状況は混乱している。何が正解かもわからない。その中で、仲間たちはそれぞれ出来ることをしようとしている。

「……オレもマーテル公園へ行きます。けれど」

「うん。そこまでの道中、カイト君の遊撃士としての力を貸して!」

 トワが、懐から導力銃を取り出した。少女自身の背丈が小さいため通常の導力拳銃が大きく見える。

 走り、二人してヴァンクール大通りに出る。

 視界に光が戻ってくる。さらに悲鳴。魔獣の咆哮。

 逃げ惑う人々、昨日戦ったグレートワッシャーを始めとした魔獣の群れ。それらが、夏至祭初日のヴァンクール大通りを阿鼻叫喚の地獄絵図と変えていた。

「カイト君! 繋ぐよ!」

「了解です、トワ会長!」

 ARCUR駆動、戦術リンクを繋ぐ。二人の戦術眼が共有され、二つの視界からグレートワッシャーの弱点が炙りだされる。

 前日の手配魔獣に指定されたほど大きくははなかったが、それでもワニ型の魔獣グレートワッシャーは巨大だ。だが、カイトはその敵を前にして恐怖に慄きはしなかった。

「お前らなんか……お呼びじゃないんだよ!」

 双銃を乱射しつつARCUSを駆動させる。自分に意識を向けさせつつ、要所でトワに顔面への銃撃を任せて行動を抑制。カイトはまとわりついた紅い熱波を収束させた。

「燃え尽きろ……!」

 火球爆撃(イグナプロジオン)が帝都のど真ん中で吹き荒れ、カイトの感情を表すように燃え盛る。魔獣は咆哮をあげながら悶え苦しむ。

 即座にカイトとトワが攻守をスイッチ。カイトが怒り狂う魔獣を引き付け、トワが翡翠の波を収束。雷が四点から集まり、裁きの雷光(ジャッジメントボルト)となって炸裂。グレートワッシャーを正面から穿つ。

 完璧な連携もあって、思いの外早く沈黙する。

 地に倒れ大地を揺らして、それでもカイトは緊張を崩さない。未だ魔獣は多い。

「キリがないですね……!」

「仕方ないよ。まずは住民を建物の中に誘導しよう。そうだね……」

 トワは首を振り、大通りを確認した。騒動の開始から十数分。人ごみはまばらになってきているが、それでもまだ魔獣から逃げている人たちはいる。

「《プラザ・ビブロスト》! 百貨店にしよう!」

「了解です!」

 戦術リンクは繋いだまま、カイトは駆け出した。一目散に逃げ遅れた人たちの下へ。

「みんな、こっちへ! オレが誘導します!」

 双銃と魔法で小型の魔獣を蹴散らし、カイトは魔獣の群れに空白地帯を作り出す。そうして観光客たちを導いた。

 そして魔獣を蹴散らすのを複数回続ける。

「皆さん、こっちです! 建物の中へ避難してください!」

 トワが百貨店の建物を開けて死守していた。カイトが人々を誘導している間に百貨店のオーナーにも話をつけたらしい。さすがの交渉能力である。

 カイトとトワ、それぞれの指示によって少しでも人々を護る。全ての人間を導くことはできないけど、それでも少しでも多くの人たちを救うために。支える籠手の紋章を持つ者として、世の礎たる者として。

 そして、HMPの隊員たちが駆けつけるまでそれを続けた。

「君たちが魔獣を掃討したのか!?」

 カイトたちに近づいてきたのは隊長らしき人物。

「トールズ士官学院Ⅶ組、カイト・レグメントです」

「トールズ士官学院生徒会長、トワ・ハーシェルです。大通りの大体の人はこちらの百貨店に誘導しています」

「トールズの……! 助かったぞ、学生諸君!」

 駆けつけた彼らは、さすがに帝都を守護するだけあって迅速な動きだ。しかし彼らも突如として降り注いだテロリストの攻撃には戸惑いもあるようだ。

「恥ずかしい話だが、我々も指揮系統に混乱を受けている。君たちも魔獣が増える前に安全な場所へ避難したまえ。ここは私たちが受け持とう」

「それなら……私も避難誘導を手伝います!」

 トワが手を挙げる。

「私はヴェスタ通りの出身です。今は私の同級生も避難誘導に動いています。少しでも力になれると思います」

 学生に手伝いをさせる。それは若干の問題でもある。だがHMPも窮地を前にして、その選択を取れないほど固い頭をしてはいなかった。

「……助かる。それでは任せるぞ」

 指示を飛ばす隊長。それを受ける隊員とトワ。

 カイトはトワに話しかけた。

「それじゃあ、トワ会長。オレはマーテル公園へ行ってきます」

「うん。みんなや私たちの大切な人を、護って」

「はいっ」

 カイトは駆け出した。

 時刻は十五時二十分。テロという一瞬の暴力。秒単位で状況は悪化していく。一刻も早く、駆けつけなければ。

「……カイト君!」

 走り出した背中に、トワから声がかけられた。

 カイトは振り返る。真剣な目をした少女は、ひたすらに叫んだ。

「カイト君! 君の根幹を、忘れちゃだめだよ!」

「えっ」

 トワの目は、まるでカイトの思考を理解しているようだった。いや、むしろ戦術リンクで繋がっていたのだから、必然かも知れない。

「遊撃士で特化クラスⅦ組の一員で……でも、カイト君は他でもない、君だけなんだから!」

「……はい!」

 今度こそ振り返らず、カイトはマーテル公園へ向かう。

 魔獣を蹴散らし、時々逃げ遅れた人を発見しては安全な建物の中へ誘導する。

 道中、カイトは帝都で自分にかけられた言葉を反芻した。

『君の、君たちの信用と信頼を裏切ることになった時……君はどう動く?』

『例え支える篭手の矜持を捨てたとしても、しなければならないことがあることを』

 ブルブラン、そしてレイラ。少なからず過去の自分を知る二人。

 裏切り、矜持、すべきこと。一体なんの意図があってそんな言葉を自分に投げる。ブルブランはそもそも敵だった。レイラの纏う雰囲気はおかしかった。その彼らの暗い言葉に、少なからずカイトは感情を刺激されてしまった。

『遊撃士で特化クラスⅦ組の一員で……でも、カイト君は他でもない、君だけなんだから!』

 そして、トワの言葉はそれをいくらか軽くした。

 ARCUSの通信が鳴る。カイトは止まらずに応答した。

 リィンだろうか、それともサラか。できる限り走る速度は落とさない。

「はい、こちらカイト!」

『ハロー、カイト君』

 予想外の人物から来た。

「オ、オリビエさん……!?」

『ふふ、昨日ぶりだ。さすがに驚かせることもできたらしい。僕としても役得だ』

「い、いや、なんでアンタが……はい!?」

 この騒動の最中、オリビエの身柄は何よりも重要視される。なぜ自分に連絡する暇があるのだ。

 カイトの考えを見透かし、オリビエは気さくに答えた。

『実はバレスタイン教官から君のARCUSの固有番号を聞いていたんだ。いや~、お互いに通信器を持てるとは便利な時代になったねぇ』

「そんなことはどうでもいいっ! 今、大丈夫なんですか!?」

『ま、なにも問題なくとはいかないさ。帝都競馬場にも周辺の地下道から魔獣がわんさか。いやいや、リベル=アークを思い出してしまったよ』

「こんな時にふざけないでくださいよ変態皇子!」

 だとすればどうして連絡をとっているのだこの変態が。

『な、なんだか二重に馬鹿にされた気がするが……それはともかく、こちらは平気さ。君に助けてもらう必要もない』

「理由はっ?」

『こちらにはミュラーもいる。彼と同じ第七機甲師団の面々も数人ね。HMPも集合しつつある、問題はないよ』

 なるほどそういうことか。さすがに皇族の守護者だ。

『アリサ君とユーシス君が、先ほど来てくれたよ。二人には、セドリックを助けるようお願いした』

「なるほど……それなら心配もなさそうですね」

『ああ。だから君には、アルフィンの方を頼みたい』

「確かに。先にリィンたちも行ってますけど」

『それでも、頼むよ。ヘイムダル大聖堂とクリスタルガーデンならば、可能性が高いのは明らかに後者だ』

「それはどうして?」

『帝国の一施設と、大陸の権威。どちらの方が襲撃のリスクが少ないと思う?』

「あ……」

 納得した。

「わかりました。急ぎます」

『ああ。ところで二人組で動いていると聞いていたが……今、一人なのかい?』

「え、ええ。色々あったんで」

 少し口ごもった。

『……今日は、どうやら調子がよくないようだね?』

 オリビエはリベールの頃からカイトと絆を深めてきた。ある意味でリィンたちよりもカイトについて敏い。

「あはは、気づきますか」

 ブルブランの問い、レイラの意味深な言葉。それらと嫌な予感が合わさって、この一時間程は嫌な気分だった。

『君は僕の願いに応じて帝国に来てくれた。でもそれは、僕だけが理由じゃないだろう?』

「はい」

『僕も君の意を汲んだつもりだ。あくまでお互いの利を一致させた。喧嘩もする友人だからね。そのくらいの張り合いがないといけない』

 オリビエの言葉が、珍しく染み渡って聞こえた。

『僕がリベールで、エステル君や君に見出した希望。それは立場に関係ないものだった。ジンさんにも、クローディア殿下にも。ティータ君にも、ケビン神父にも。関わった多くの人たちに希望を見た』

 カイトを励ますように、奮い立たせるように。

 カイトがオリビエに『腑抜けた態度をとっているのなら、自分が喝を入れてやる』と言った。だとすれば、弱っているカイトに喝を入れるのは自分だと言うように。

『立場なんて関係ない。君が《カイト・レグメント》であることすら関係ない。君の信念のまま、動けばいいんだ。誰が相手であっても』

 それこそ、カイトはオリビエの言葉に希望を覚えた。

 普段は変態のくせに。おちゃらけた風来坊のくせに。

 さすが親友。自分でも気づかない、けれど欲しい言葉を的確に言ってくれる。

「……はい! オリビエさんも、気を抜かないでくださいよ!」

 通信を切る。ARCUSをしまう。前を見据える。

 その頃には、完全でないにしても少しだけ気持ちは前向きになっていた。

(行くんだ……どんな現実が待っているとしても)

 マーテル公園へ。仲間たちの隣へ。

 あの時、どうして自分を気絶させるだけで放っておいたのか。

 あの言葉の意味を、今度こそ確かめるために。

 

 

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