心の軌跡Ⅱ~重なる標~   作:迷えるウリボー

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62話 後日譚①

 

 

 緋の帝都の忘れ去られた地下墓所。リィンの斬撃が、Gの手元で閃いた。

「ぐ……降魔の笛が……!」

 テロリストG。自らの主張を通すため、世を動かし犯罪にすら躊躇をしない。そして皇族を狙った。今はまだ、単に薬で眠らせただけだった。しかしカイトたちがこうしてGを追い詰めて初めて、男はさらに許されない所業を成そうとする。

 Gがアルフィンの首筋に短剣を突き立てる。当然、帝国臣民であるリィンたちの目に烈火の如き怒りが浮かんだ。

 それはカイトも例外ではない。リベールの異変で同じ状況に貧したことがある。あの時の怒りを忘れることなんてできない。

「既に死は覚悟の身、いつ果てても文句はない。だが、今回の作戦だけは絶対に成さなければならん……!」

 目の前の男は、本当にそれをしかねない目をしていた。テロリストの拘束まで、物理的距離として一アージュもない。

「かくなる上は恐れながら玉体を傷つけてでも──」

 Gが短剣を振りかぶる。至近距離にいたカイトが、リィンが、己の命に代えてでも帝国の至宝を守ろうと足に力を込めた時だった。

『まあ、このあたりが潮時だろう。同志G』

 響く潜もった声にGの挙動が一瞬止まった。カイトとリィンは、向けられた殺気に悪寒を覚え後ろに跳んだ。

 少年二人が立っていた地面を、ガトリング砲の銃弾が蜂の巣にする。

 既に六人での多重リンクも途切れてしまっていた。ゾロ・アグルーガを御し、Gに一矢を報いたのはⅦ組の成果だが、そこが限界だった。

 ラウラとフィーも無茶な機動を繰り返して迂闊に動けない。後方にいるエリオットとマキアスも、どうすればいいかと動きかねる。

 元々Gと二人のテロリストがいた。そこに三人加わった。人数的には一気に拮抗に近づく。

「あら、今の攻撃を避けるなんて」

「だから言っただろう。一筋縄じゃねえガキもいるってな」

 野太い男と、妖艶な女性の会話も聞こえる。カイトは男の声を知っていた。

西風の妖精(シルフィード)もいる。少しは楽しめそうな面子だぜ」

 ガトリング砲を持つ大柄な男──《V》。

 法剣──教会の騎士が得意とする得物を持つ眼帯をつけた赤髪の女性。

 そして、仮面をつけて双刃剣を構える黒衣の男──《C》。

 Gたちを守るように三人が乱入してきた。

「テ、テロリストの仲間……」

「ここに来て増えるか……」

 エリオットとマキアスが悔し気に呟いた。その感情はカイトたちも同じだ。

「……今回は任せてもらうと言っていたはずだが?」

「くく、わりいなGの旦那。だがここでアンタが捕まったらさすがに寝覚めが悪いからな」

「私たちにだって、それくらいの人情はあるもの。迷惑だったかしら?」

「いや……正直助かったぞ」

 Gは体勢を立て直した。Ⅶ組とテロリストたちが対峙する。

「やはり君も来たか、C。私が立てた今回の作戦、それほど頼りなく見えたか?」

「いや、完璧だった。だが作戦には常に不確定の要素が入り込む。やはり無視はできなかった。彼らⅦ組はそれほどまでに力をつけつつある」

 仮面の男──Cはそう言ってカイトを見た。

「また会ったな、カイト・レグメント」

「嬉しくないよ」

 三度目の接触だった。カイトとCには、少なからずの因縁がある。

「再会を喜びたいところだが」

「ふざけんな。嫌だってセントアークで言っただろう。仮面野郎」

「ふふ、嫌われたものだ」

 Vが前に出る。

「はは、俺の方は二年ぶりか。ジン・ヴァセックは元気かよ?」

「今は共和国で頑張ってるよ。といってもここ一年くらい会ってないけど」

「は、そりゃ結構だ」

 Vがカイトから視線を外した。そこには武器を構えたままのⅦ組がいる。

「ここに来た理由は名乗りを挙げるためだ」

 Vが大柄なガトリング砲を悠々片手で振り上げる。そして数発、天井に当てる。衝撃で土煙が舞い、礫が落ちる。

「俺はVだ。よろしく頼むぜ? ガキども」

「私は《S》よ。是非覚えて言ってちょうだいね? 仔猫ちゃんたち」

 女性──Sはそう言った。

「我が名はC。それだけ覚えていてもらおう。一応、この集団のリーダーを務めている」

 それぞれがそれぞれの得物を構える。Gも眠ったままのアルフィンとエリゼを部下の二人に任せ、再び導力銃を手に持った。魔獣を操る降魔の笛がなくとも、Gもまた実力者。油断はできない。

 リィンが問う。

「……どうするつもりだ」

 Cが返す。

「この場で皇族を傷つける不名誉を負うつもりはない。作戦の主目的は既に達せられたからな。だからこそ同志の行動を止めたわけだが?」

「ふざけるな。殿下にエリゼ……二人を弄んだ。許されることじゃない!」

「ならばどうする? 護るべきものを危険に晒してまで、我々を捕らえようともがくか」

「っ……」

 怒りはリィンだけではない。Ⅶ組全員が共有している。

 皇女を手にかけるのが目的なら実行する隙はいくらでもあった。だからあくまで冗談だとは理解している。それでも実際にGはそうしかけた。テロリストの言葉だ。油断など微塵もできなかった。

 どうすべきか。Ⅶ組として、護るべきものを護るために。自分たちはどうすればいいのか。

 逡巡するⅦ組の意識を逸らし、笑うCを諌めたのは、この場にいた誰のものでもない声だった。

「止めるんだ、C。するつもりもない挑発は」

 地下墓所には二つの出入り口がある。Ⅶ組が突入した側と、Cたちが現れた側。後者から現れた女性の姿に、ラウラとエリオットは緊張を強いられた。初めて見た存在に、新たなテロリストだろうと理解したから。

 マキアスが、フィーが、リィンが目を見開いた。見覚えのあるその姿に、驚きを隠せなかったから。

 そしてカイトは、微動だにしなかった。驚きもしたが表情には出なかった。悲哀もあったが、肩を落とすことはしなかった。

 全部、予想していたから。

 金色のポニーテール。黒の戦闘服。深緑の刀身、身の丈もある大剣。

 Sが、Vが、それぞれ声をかける。

「あら、貴女も来たの?」

「お前さんも準備してたんだろう。随分と遅い登場じゃねえか」

 金髪の女性は気軽に返した。

「そうは言っても、見知った顔との再会でもある。どうしても気は進まなくてね」

 カイトに向かって振り返る。

「やあ、少年。といっても、数十分前に会ったばかりだが。さすがにすぐに再会したのは驚いたかい?」

「そんなわけ……」

 全部、予想していた。何故って、テロ開始の前にわざわざ自分の前に現れたんだから。彼女だって自分がその考えに至ると理解した上であの言動をとったんだろうから。予想していないはずがない。

 それでも。

「なんで……どうして」

 その言葉が、ほとんど無意識に口から溢れていた。

「どうして、貴女がここにいるんですか!? レイラさんっ!!」

 現れたのはレイラ・リゼアートだった。カイトがバリアハートで出会い、パルムで再会し、つい数十分前に出会った先輩遊撃士()()()人。

 一緒に仕事をしたことはなかった。それでも、帝国の遊撃士が追い詰められていた時期に、それでも自分やジン、アネラスの背中を押してくれた印象深い人だった。

 志を共にできる人だと思った。例え道が別れても、会えば昔話に花を咲かせる間柄だと思っていた。

 なのに、どうして今テロリストたちの隣に立っている。

 レイラの表情は、パルムで再会した時と変わらなかった。こんな場違いな場所にいても、教会の礼拝堂で静かに耽っていた横顔と変わらなかった。

 どうしてここにいるのか。どうして。

 レイラは静かに答えた。カイトのみに。

「理由は……色々とあるよ。G、C、S、V。他のメンバーとも、目的は変わらない。今は《L》と、そう名乗らせてもらうよ」

 L。レイラの頭文字を取ったのか。ギデオンがGであるのと同じか。だが、それよりも。

「ふざけ……そんなごまかしが通用するわけ──」

「そして皇女を害するつもりがないのも変わらないんだ。私たちは、粛々と事を成し遂げるだけだ」

 レイラの言葉に、特に彼女と言葉を交わしたことのあるフィーとマキアスは、カイトと同じくらいには動揺している。

 クレア大尉から聞かされたテロリストの存在。それが本当に現れただけでなく皇族を狙い、幹部たちが現れ、あろう事かクラスメイトと懇意にしていた人物も現れた。

 混乱するなという方が不可能だ。

 Cが、レイラの目を伏せた批難を受けて肩をすくめた。

「さて……お遊びも終わりだ。Ⅶ組諸君、皇女と侍女はお返ししよう」

 幹部ではないテロリストたちが、そうしてアルフィンとエリゼを抱えたまま前にやってきた。

 戸惑い続けるⅦ組だが、辛うじて最低限の判断力は残っていた。敵味方、それぞれの武器を構えたままの拮抗状態。相手の意図が不明だとしても、少女たちを取り返すことが出来るなら是非もなかった。

「……エリオット、マキアス。頼む」

 リィンが読んだ二人は、戸惑いながら導力散弾銃と魔導杖の構えを解いた。警戒は解けない。恐る恐る。テロリストたちから少女を預かる。

 男子二人が今だ意識を取り戻さない二人を運びつつ後方へ。少女たちを渡したテロリストたちも後方へ。

 リィン、カイト、ラウラ、フィー。C、V、S、G、そしてレイラ。それぞれが眼前で向かい合う。

 Cは笑った。

「さて、これで双方が歩み寄れたと思うが」

 リィンが即座に返した。

「そんなわけがないだろう」

 リィン、ラウラ、フィーが前に出る。

「恐れ多くも皇女殿下を攫い、あまつさえ弄んだ。許せるはずがなかろう」

「六対七……厳しいけど、ここで動かないⅦ組じゃないよ」

 混乱も極みだった。だが怒りも頂点にあった。重心たるリィンと、Ⅶ組最強のアタッカーである二人がここで止まるはずもなかった。

 けれど。

 Cが問う。

()()はそうだろう。それが帝国に産まれた有角の獅子だ。だが()()()はどうかな?」

 嘲笑うかのような声を聞き、リィンがわずかに後ろを振り向いた。

 カイトが、その瞳に戸惑いを浮かべていた。銃を持つ手が震えていた。

「……カイト?」

 以前、Cと戦って敗北したということは聞いていた。それでも実力差に怯えるようなカイトではないと、リィンは思う。

 ならば理由は、夏至祭の最中に声をかけてきたレイラに他ならないではないか。

 リィン、ラウラ、フィーは逡巡する。自分たちだけでも動くつもりではある。けれど、こんな状態のカイトをそのまま放っておいていいのか。

 四月、パルム。五月、セントアーク。六月、ノルド。そして学院生活。その全てで、Ⅶ組メンバーはカイトがその経験値を持って困難に対処してきたのを見ている。時に感情的になっても、それは生来の性格によるところが大きかったと理解している。

 今、カイトはⅦ組メンバーから見ても明らかに動揺していた。まるで一回りは幼くなったかのように。

 そして思考を重ねるほどに、リィンもまた動揺を大きくしていった。話に聞いていたテロリスト。規模は相当に大きなものだった。民間人を護るはずの遊撃士の一人が、帝国を国の根幹から破壊しようとしていた。

 何者なんだ。お前たちは。

「お前たちは……お前たちは一体!?」

 目の前に立つ全員が、一線を画した達人たち。特に、Cのそれは他と比べ物にならない。自分たちが住むこの帝国で、一体何をしようとしているんだ。

 Cは答えた。

「《帝国解放戦線》──本日よりそう名乗らせてもらおう」

 外套と同じ黒い装飾のグローブ。大仰な態度でリィンを──いや、その遥か後ろを指差し、続けた。

「静かなる怒りの炎をたたえ、度し難き独裁者に鉄槌を下す……まあ、そういった集団だ」

「そこまでです!」

 地下墓所への新たな乱入者がいた。彼女らは、カイトたちⅦ組が通った道から現れた。

 振り返ったマキアスが、嬉しさをにじませて大声を出す。

「サラ教官! クレア大尉!」

 Cたちにはずっと見えていたのだろう。指を示したのは自分たちⅦ組にではなく、クレア大尉にか。気配察知ができるリィンは、クレア大尉とサラ教官の後ろにも十名ほどのTMP隊員がいるのが理解できた。

 クレア大尉が軍用拳銃を構え、油断なくCたちに敵意を向ける。

「テロリスト……いえ、帝国解放戦線! やっと尻尾を出しましたね」

 Cが返した。

氷の乙女(アイスメイデン)殿。この状況、貴様ほどの実力者であればなすべき一手は明白なはずだが」

 それは、リィンたちに投げた提案と同じだ。護るべき存在はⅦ組側に戻ってきている。この場で戦闘を行えば、誰が犠牲者になるかもわからないぞという。

 クレア大尉としても、帝国に牙をむく彼らをこのまま見逃すわけにはいかないのだろう。そのジレンマに表情をきつくする。

 嫌な拮抗状態だった。そしてこの場を利用して、言葉を交わしたかった人間はもう一人いた。

 サラだ。彼女がカイトの隣に立つ。

「レイラ、アンタ……」

「久しぶりだね、サラ。また会えて嬉しいよ」

 そうだ。サラもまた、元遊撃士。しかもリベール出身のカイトとは違い、帝国でずっと活動してきた。激情はカイト以上かもしれない。

 サラは叫んだ。

「アンタ……冗談言ってんじゃないわよ!」

「これは冗談じゃない。しっかりと考えての行動だよ」

「そんなことで私たちが……カイル君が、喜ぶとか思ってんじゃないわよね!?」

 サラの言葉を遮って、レイラは踵を返した。

「一つだけ確かなことがある。私と、サラや少年の道は、別れたということだ」

「ああ、そう……そうだったわね。昔から堅っ苦しくて、一度こうと決めたらとことん曲げないのもアンタらしいわ」

 顔に手を当て、一気に疲労が押し寄せたかのような表情となる。それでも、サラはまだ微かに震えているカイトの肩をつかんで引き寄せた。

「覚悟しときなさいよ、レイラ。A元級の私と……有望株のカイト。二人で、絶対にアンタを追い詰めてやるわ」

 レイラからの即答はなかった。代わりに彼女は足を止めた。

 振り返らず、沈黙の後に答えた。

「……ああ、わかった」

 そうしてレイラが、他のテロリストよりも先に地下道の闇に消えていく。

「果たすべき対話も成し遂げた。そろそろ幕引きの時間だ」

 Cが懐からボタンのついた掌大の導力器を取り出した。それをなんの躊躇もなく押しこむ。

 途端、近くに遠くに、様々な規模の轟音と地響きが生まれる。

 爆弾を事前に仕込んでいたのか。セントアークの時も同じ手口を使ったのだろう。

「それでは諸君──また会おう」

 大した執着もなく、テロリストたちはレイラが向かった側の出口へ走る。

「サラ教官! クレア大尉! このままじゃ……!」

 マキアスが大声で呼んだ二人は、どちらも悔しげに唇を歪めていた。

 テロリストたちをみすみす逃してしまうからだろう。旧知の仲らしいレイラと対した会話もできなかったからだろう。

 だが、この爆発音。地盤の変化は十分にあり得る。そして帝都の地下道の広さは相当にあり、まともに位置関係を理解しないで追いかければ迷い果ててしまうのは明白だ。

 故にⅦ組の教官も、鉄道憲兵隊の大尉も、最大限に悔しさを滲ませながらもこれ以上の追走を諦めた。

「Ⅶ組撤退! ラウラが皇女殿下を、リィンが妹さんを背負いなさい!」

「全体、後退! 皇女殿下、侍女並びに学生の護衛を最優先に!」

 隊員たちが声を張り上げ、Ⅶ組メンバーもサラの指示に従う。それぞれの役割の元に進入したクリスタルガーデンまで後退する。

 順々に撤退するその場の人間たちを見届け、殿(しんがり)を務めるサラは、ただ一人動かない少年を見た。

「さあ、行くわよカイト!」

 地下墓所を、揺れが本格的に大きくなっても見続けるカイト。ずっと、テロリストたちが去っていた方向から顔を背けていなかった。

「……カイト!!」

 怒号に近い声量でサラがカイトを呼びつける。今度こそ、カイトは迷いを隠せない瞳で振り返り、サラに続いて走り始めた。

 

 

────

 

 

 こうして、夏至祭初日に巻き起こったテロは幕を閉じた。

 帝都全域を巻き込み混乱させ、果ては皇族の身をも毒牙にかけたテロリスト《帝国解放戦線》は、帝都市民のみならず帝国内外に知れ渡ることになる。

 鉄道憲兵隊が主導することで夏至祭初日の混乱は辛うじて収拾された。二日目以降の継続も危ぶまれたが、負傷しながらも陣頭指揮をとったレーグニッツ知事の働きや、何よりも皇族アルノール家のテロに屈しないという決意の下、夏至祭は続行され終了を迎えた。

 同時に、《帝国解放戦線》は帝国時報などの報道紙の一面を飾る。帝国正規軍特に鉄道憲兵隊が捜査網を敷き、Ⅶ組たちも事情聴取に参加することになった。

 そして、夏至祭が終了した翌日。Ⅶ組はそろって帝都を後にすることになった。

 ところが午前九時、カイトは他のⅦ組クラスメイトとは別行動をとっていた。

 改めてオリビエやアルフィン、セドリックに『帰還する前にⅦ組全員に挨拶したい』とも連絡を受けており、十一時にはバルフレイム宮に招待されることになっていた。だからカイトもまた後でⅦ組に合流する手筈にはなっている。

 向かう先はヴァンクール大通りから程近い、裏道に入って数分の喫茶店である。導力トラムや人の多い通りからは幾分離れていて、帝都の中では物静かな隠れ家だ。

 店内に入る。年季の入った木組みの柱。調度品も年代物。灯りは僅かな木漏れ陽と暖色の導力灯だ。

「カイトさん」

 呼ばれた女性の声の方に振り向く。店内の客数は少なかったから、すぐに見つけることができた。

「おはようございます、クレア大尉」

 いつもの鉄道憲兵隊の灰の軍服ではなかった。既に四人席のテーブルで紅茶を飲んでいるクレア・リーヴェルトは、ライディングブーツにショートジャケット、そしてタイトスカートという出で立ち。今の時期からすれば少し厚手の服装だが、妙齢の女性、それも軍属である彼女の雰囲気を崩さないものだった。

 カイトはクレア大尉の対面に座る。メニューを見比べて、適当に紅茶を店員に注文した。

「すみません、わざわざこうしてお願いを聞き入れていただいて」

「お世話になった大尉からのお誘いですから。それに、こんな美人なお姉さんを断るなんて、男として恥ずかしいでしょう?」

 そんなカイトの言葉に、クレア大尉はしとやかに笑っていた。彼女は二十四歳なわけだが、カイトの周囲にはあまり見なかった類の年上の女性だった。

 クレア大尉が言う。

「改めて、カイトさんやⅦ組の皆さんには感謝の念も耐えません。テロ対策の主導はあくまでTMPですが、最大の功労者は間違いなく貴方たちでしょう」

「いえ、そんな。遊撃士として、Ⅶ組として……人として、当たり前のことをしただけです」

 人の危機を前にして、立場など関係なかった。できることをただしただけだと思う。

 カイトは二年前、立場の違いから目の前の大尉──以前は中尉だったが──との空気を剣呑なものとしていたことを思い出した。

「まさか、クレア大尉とこんなふうに談笑できる日が来るなんて思わなかったです」

「私もそう思います。不思議なものですね……」

 抱く思いは同じらしい。ただでさえ対立しやすい遊撃士と軍人。加えて大陸最大の軍事帝国で、しかも遊撃士の行動が制限されつつある情勢下だった。

 世の中、どう事が運ぶかわからないものだ。

「それで、クレア大尉。Ⅶ組の中でわざわざオレだけを呼び出したのには、理由があるんですよね?」

 カイトは本題に入った。まだ呼び出された理由を聞いていなかった。だいたい想像はついているが。

「そうですね。カイトさんのみという理由は確かにあります」

「よかったです。クラスメイトもしつこいですからね……」

 ただでさえ美人な年上のお姉さんに呼び出されたのである。アリサもフィーもエマもジト目になりそうだし、何となくマキアスの眼鏡が曇りそうな気がした。そしてユーシスに『シスコン留学生』とは別の罵でも受けたらたまったものじゃない。

「ふふ、Ⅶ組の皆さんは本当に仲がいいんですね」

「おかげさまで」

「……察しの通り、今日お呼びしたのは他でもありません。レイラ・リゼアートのことについてです」

 笑んでいた瞳を真剣なものに変え、クレア大尉はカイトの質問に答えた。

 予想通りである。カイトはさらに返した。

「レイラさんのことを知ってるのはオレだけじゃない。パルムで顔をあわせたユーシスたち。それにリィンだって、一瞬ですけどテロの直前にレイラさんを見てますよ?」

 というより、テロの事後処理の最中Ⅶ組は事情聴取を受けた。そこで各々レイラと接触したことのあるメンバーは話しているはずだ。

「もちろん、それぞれの方から聴取は受けています。レイラ・リゼアートだけでなくGのことも、他のメンバーについても。そしてカイトさんは遊撃士とはいえ国外の所属……そんな中で、よく真摯に話してくれました」

「……事が事です。戸惑いはありました。けど話さないわけにはいきませんから」

「今から話すのは、より個人的な事情に関わるものです。ですから、カイトさんと同じく別の方もお呼びしています」

 そんな折、店の扉を開く音が聞こえた。次いで新たな女性の声が飛ぶ。

「はぁい、お待たせ」

 サラ・バレスタイン。Ⅶ組の担当教官であった。

 クレア大尉は控えめに挨拶。そしてカイトは呆れた。

「おはようございます、サラさん」

「……さっきぶりです、教官」

「あらカイト、どうしたのよ。ちょっと不機嫌じゃない」

「不機嫌というか……その色々と秘密にしておく癖、どうにかしたほうがいいと思うんですけど。だいたいオレとリィンが被害を被ってるじゃないですか」

 カイトとクレア大尉のテーブルに座るサラを窘めた。ここぞとばかりに文句を言ってやるカイトである。

 サラも珍しく紅茶を頼みつつ、頬杖をついてカイトを見た。

「だって、こんな美人のお姉さん二人に囲まれてる時間よ? 有望な後輩の教え子にはサプライズしてあげたいじゃない」

「いや、クレア大尉はともかくサラ教官に今更美人って感覚もないんですが」

「立てなくなるまで実技教練にするわよ」

「お二人は教師と教え子ですよね? 先輩と後輩でもありますよね?」

 クレアのあくまで平坦な突っ込みが店内に響いた。

 それはさておき、サラが言った。

「それで? あたしとカイトがいる以上話題はレイラのことよね。あんたが個人としてここにいる以上、少しは配慮をしてくれるってことかしら?」

 挑発的な態度である。店員から注文した紅茶が運ばれてきても、サラはそれに見向きもしなかった。

 帝都でのサラとクレア大尉、二人の関係は見るからに悪い。サラが厳しめにものを言い、クレア大尉が困り果てる図式だ。カイトは知らないが、ケルディックでも同様の会話が広げられたらしい。

 クレア大尉は帝国正規軍の人間であり、特に鉄血の子供たち(アイアンブリード)である。帝国において遊撃士を排斥した鉄血宰相の直属の部下だ。サラの態度はわからなくもない。

 そんな元A級遊撃士に、今回ばかりはクレア大尉も真っ向から答えた。

「相手がテロリストである以上、妥協はできません。ですが支える籠手の紋章を掲げる遊撃士でさえ、テロ行為に加担した……私たちはその根幹を理解しなければなりません」

「当然、親分が私たちを排除した事実を理解したうえで言っているのよね?」

「……理解しています」

「そ。ならいいわ」

「つまりクレア大尉は、レイラさんの情報を……いや、表面的なものじゃなくてもっと内面を知りたい、ということですか?」

「はい。《L》──レイラ・リゼアート以外の幹部メンバーは、未だ素性も明らかではない。情報局もその特定に時間をかけている状況です」

 帝国軍情報局。レクター・アランドールも所属している帝国正規軍に連なる諜報組織だ。情報収集のみでなく対外工作も行うらしい。さすがと言いたくはないがCを始めとするテロリストたちだ、みすみす正体を暴かれる程の小物ではないということか。

 そしてクレア大尉は、組織の大きさを前にして別のアプローチに来たということだ。

 サラが言う。

「アンタらには文句もあるけど……さすがに身内からテロリストが出てそれを庇う程堕ちてはないつもりよ。カイト、君はどうなの?」

 二人のお姉さんの目線がカイト一人に向けられる。

 この数分の会話で、カイトは自分がここにいるべきかに疑問を持っていた。カイトとレイラの関わりは三度だけ。時間にして一時間となるかもわからない。それよりも、恐らく同じ帝国で活動してきたサラの方がずっとよくレイラの事を語れるはずだ。

 だが、カイトにも気になるところはあった。

「バリアハート、パルム、それと三日前……全部、オレにはレイラさんが違って見えました」

 テロリストに加担する。そして鉄血宰相に怒りを向ける。その理由を直接聞いたことはないけれど、たった三度の対話であっても、レイラの心の軌跡を少なからず理解する要素は知っているように思える。

 けど、外側からただ知るだけでは足りない。

「嫌いなものを恨んで刃を向ける。それはもしかしたらオレが走ったかも知れない道です」

「アンタ……」

「……」

「オリビエさん……オリヴァルト殿下と出会って、彼の誘いで帝国にやってきた。そうして、大切な仲間たちができた。オレはもう帝国の他人じゃいられないんですから」

 他人ではなくなる覚悟は出来ている。もうⅦ組の一人だ。血と鉄の匂いが蔓延る帝国にいるのだ。

 テロリストとも休戦協定を結べた時ほど、他人ではない。既にCとの因縁ができ、Gとの戦闘を重ね、そしてLと親身になった。

 サラとクレア大尉が、少しの微笑みを宿した。それぞれカイトに対する心情は違う。それでも、二人は少年を頼もしげに見た。

「オーケー。それじゃ、まずは話していくわよ。私が知る、レイラ・リゼアートを」

 

 

 

 

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