心の軌跡Ⅱ~重なる標~   作:迷えるウリボー

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第11章 通商会議~大陸繚乱~
63話 帰郷①


 

 

 八月九日。カイト・レグメントは遥かなる空の風景を眺め、風を髪に絡めて心地よさを楽しんだ。

「あー久々に都会の喧騒から離れての風は癒される……」

「カイト、ノルド高原に行ったんでしょ? こういう風はしっかり受けたでしょ」

 地面に胡座(あぐら)をかいて後ろの柵にもたれかかるカイト。その隣には同じく胡座をかいてくつろぐフィーがいた。

「でも一ヶ月以上前の話だよ? そしてすぐさま大陸最大の都市での実習……しかも夏至祭の最中だ。こんな人口密度の低い場所は最高すぎる」

「ふーん……やっぱり、カイトって素の考えは田舎っ子だよね」

「人のこと言えるのか少女猟兵」

「私の場合、家は団の家族だし」

 会話する兄妹のような二人の隣にエリオットが現れて座る。エリオットとフィーはカイトを挟み込むような位置だ。

「二人ともここで寛いでたんだ」

「エリオットか。お疲れさん」

「リィンとアリサは? あとガイウスも」

「ガイウスにとっては初めての環境だしさ。少し疲れたみたいで、席で休んでるよ。アリサとリィンは二人して散策中」

「ヒュー、やっぱりあの二人の関係って進んでるよな」

「そだね。そういえば、ノルドじゃいい雰囲気だったんだよね?」

 エリオットとフィーはブリオニア島組だ。カイトを筆頭に面白おかしく伝えたリィンとアリサの青春の一幕は、一応Ⅶ組の知れ渡るところである。

「アリサも素直じゃないからさぁ。リィンも朴念仁だし。二人共進展が遅すぎるんだよ」

「でも、僕たちまだ十代も半ばだよ? みんながみんな経験あるわけじゃないし、仕方なくない?」

「カイト、自分がお義姉さんと色々あったからって少し余裕ぶってない? 別に付き合ったわけじゃないでしょ」

 カイトがフィーの頭に手をおいて、雑にガシガシとさすった。

「言うんじゃないよ。十五歳のお子ちゃまめ」

 まさにクローゼに想いを寄せていた当時、十五歳程度であったカイトの言えたことでないことは確かだった。

 フィーは少し不満げだ。

「むー……あの時とは違って雑」

「へ?」

「あはは、カイトも人のこと言えないじゃない」

「ん?」

「じゃあ、どういう感覚なの? 私、わからない」

「え……」

 またフィーから年頃の少女らしい疑問が飛んでくる。カイトからしてみれば嬉しい話だ。ところがどう答えればいいかもわからないのだが。

「……話を戻そう。リィンとアリサだ。オレたちに何かできることがないかどうかだけど」

「カイト、話をそらさないで。人を好きになるってどういう感覚?」

「う……」

 エリオットが朗らかに笑った。

「カイト、答えてあげなよ」

「あー…………『その人ともっと一緒にいたい』ってことかな」

「でも私、団の家族にもⅦ組のみんなともそう思うよ」

「違う、違うんだよフィー。その人のいろんなところを知りたいっていうかさ。その人のことを独り占め下いっていうかさ……」

「あはは、珍しくカイトが動揺してるよ」

「ふーん。まあ、アリサのことを見ればちょっとわかるかもしれないけど」

 フィーは空を見上げる。カイトの思いのほか頼りない返答をぼんやりと聞き届け、いまいち感情の読めない声色で呟いた。

「この先に行けばわかるのかな。カイトの故郷に行けば」

 現在地はクロイツェン州とサザーラント州の境、帝国南東のレグラム付近。と言ってもそれは座標としての話だ。正確に言えば、カイトたちがいるのは遥か空の上。

 帝都経由、国際定期飛行船《グレトナ号》。空路の終点、リベール王国の王都グランセル着の途中。

 およそ一年半年ぶりになる、リベール王国帰郷への道筋だ。

 

 

────

 

 

 そもそもの発端は七月のことである。

 夏期休暇を目前にした自由行動日、まさにカイトが初めて旧校舎の調査に参加したあの日だ。

 朝食時、同じ席にいたリィン・ラウラ・エマがカイトに言ったのだ。「たまには故郷へ帰るのもいいんじゃないか」と。

 その時に話したように、夏期休暇は五日で、本来貴族生徒のみに許可されていることだ。平民生徒のカイトはトリスタに残るのが定石である。

 ただカイトは留学生であって、トールズも最近は諸々のルールの脱線に緩くなりつつある。加えてⅦ組は帝都実習の時の皇族救出の功績や中間試験のクラス成績が一位だったこともあり、貴族生徒と同じく小期間の休暇が黙認されていた。

 そんなわけで、クロスベルに帝国と、同年代では珍しい旅路続きの少年はクラスメイト全員から「帰れ帰れ」と家族孝行を命じられたのだった。

 さらに言えば、帝国解放戦線のこと、レイラのこと。それらもあってカイトはだいぶ動揺していた。なのでサラが尚更「リベールに帰りなさい!」とカイトの頭に休暇申請書を叩きつけたのである。

 そして帝都実習が終わった後の八月九日。十三日までの短い夏期休暇気期間を利用して、若干疲労気味のカイトはリベールへの空の旅の途中にいるのだった。

 カイトの故郷への帰郷ということで、約半数のⅦ組クラスメイトが一緒に旅行に来ていた。「カイトの故郷を見てみたい」とエリオットとフィーが。ノルドのウォーゼル家と接したこともあり「カイトの家族と会ってみたい」とアリサとガイウスが。そして「少し思うところがあってね」とリィンが。

 ちなみにカイト以外は、特に故郷に帰るつもりもないとのことだった。マキアスとエマは「予習復習をしたい」と残念ながら断られ、ラウラは「剣の鍛錬もしたい」と彼女らしい理由で、ユーシスは「お前の故郷など知るか」というツンデレぶりを発揮したため来ていなかった。

 そんなわけで、カイト・リィン・アリサ・エリオット・フィー・ガイウスの六人が旅路の途中である。

「到着。ここが海港都市ルーアンだよ」

 夏期休暇一日目、一同は午前中にトリスタを出発し、帝都で飛行船に乗り込んだ。夕方には王都グランセルに到着。そこから国内定期船を利用。王都からツァイスをスルーし、そしてカイトの故郷にやってきた。

 珍しくフィーが乗り気で、飛行船のタラップも空港の出口も一番に降り立った。

「ここが……カイトの故郷」

 続けてアリサが声を漏らす。とはいえそれは感嘆ではなく呆れだったのだけれど。

「でも今何時よ? 暗すぎて情緒もちょっと薄れるというか……」

「まあね。ルーアンの良さは晴天の下と早朝の空気だと思うし」

 カイトもアリサに同意した。

 現在午後十時。田舎の地方都市であるルーアンは眠りにつく時間帯だ。導力灯はあるが人の姿はほとんどなく、空気は穏やか。遠くもそれほど見渡せず、観光地としてのルーアンの姿とは違うものだった。

 久しぶりの……本当に久しぶりのルーアン。けれど深夜の田舎の都市。カイトにとっては不思議な気分だった。

 エリオット、リィン、ガイウスが伸びをする。男子三人は飛行船を使ったことはないに等しく、逆にアリサとフィー、カイトは立場や経歴から飛行船を利用することも多かった。一日をかけての長旅なので等しく疲れているが、それぞれの精神的疲労には差がある。

「僕にとっては初めての外国だよ……それだけでも、ちょっとワクワクしてきたよ」

「俺もだ。カイトの故郷……明日になるのが楽しみだな」

 リィンがしみじみと言う。そしてガイウスがカイトに尋ねた。

「それで、今日はカイトの実家……孤児院には行かないんだったな? どこに泊まるんだ?」

 マーシア孤児院まではここからさらに歩く事になる。異変の時期を除けばルーアンの魔獣はそこまで脅威でもなかったし、Ⅶ組の実力であれば魔獣を蹴散らしながら帰ることもできなくはない。全員もれなく得物も持ってきている。が、夜更けにテレサ院長や子供たちを起こすのも気が引けるし、何より今は特別実習ではないのだ。

 クラスメイトが同行することは事前に決まっていたし、今回の自由行動を除いた移動や宿泊地はカイトが決めていた。

「うん、ついてきてくれ。ルーアンはオレの庭だ。ホテルも民宿も、工房もどこもかしこもわからないことはないよ」

 ホテル《ブランシュ》にて一泊。朝、いつもの実習と違ってゆっくりしてから、一同はメーヴェ海道を歩いた。

「んで、ここが《アゼリア湾》。リベールの南にある海……オレも子供たちと一緒によく遊んだよ」

「へぇ。じゃあここで泳いでたってことか。前に言っていた水練の実力に関係するところで」

「その通り! 十年以上ルーアンっ子だったんだから」

「あそこは? 森林に入る道があるわよ、カイト」

「そこは《ジェニス王立学園》に続く道だよ。リベール随一の高等学校だ」

「ふむ。それは確か……」

「カイトのお義姉さんがいたところ、だよね?」

「そうだよ。ガイウス、エリオット」

「ああ、お姫様の」

「フィー、茶々をいれるんじゃない」

 六人でできるだけ魔獣を避けつつ、仕方なければ討伐して進んだ。

 リベール王国はエレボニア帝国と比べ明らかに小国だ。五大都市の間の町村も少なく、そして都市間の街道の距離も短い。仲間たちはあっという間に目的地にたどり着いた。

 ルーアン市からメーヴェ海道に出た場合、目的地は限られている。アリサとの話にも出たジェニス王立学園、西のマノリア村。そしてカイトの実家。

「さあ、ようこそ……! マーシア孤児院へ!」

 カイトは一番に敷地に入り、振り返って仲間たちを迎え入れた。

 最後に旅立った時と変わらない。小さい畑があり、ハーブ園があり、鶏小屋もある。

 晴天の下、周囲に日を遮ることがない孤児院は開放的だ。変わらない孤児院の建物の暖かさがあり、ある種ノルドのような自然とともに過ごす場所でもある。

 リベール全土を旅して、クロスベルの喧騒に疲れ、帝国の広大さを目の当たりにした。カイトはリベールへの愛着はあっても寂しさというものは時々しかなかった。けれど、ここに帰ってくるとこの場所が自分の原点なのだとわかる。

 仲間たちが、カイトの家をまじまじと認める。修羅場を潜ってきた人間としてⅦ組に少なからず影響を与えてきた自負はある。だから、そんな自分が育ってきた場所を興味深く思っているのか、と少しだけ気恥ずかしくなる。

 ユーシス、ガイウス、エリオット、マキアスの故郷を見てきたⅦ組。ノルドで泰然としていたガイウスは例外にしても、他の男子たちが気まずそうにする理由がわかった。

 だが、そんな微妙な心境もすぐに忘れることになる。孤児院の扉が開き、懐かしい顔がカイトの瞳に映ったのだ。

「──わぁ! カイト兄ちゃん!」

 クラムだ。赤紫の髪はもちろん変わらない。けれどカイトが準遊撃士になる前、十歳にも満たなかった少年はもう十二歳、日曜学校でも年長組に入るまでになった。まだまだ子供、とはいえ成長過程にいるので、一年以上も会わなかったカイトには彼の変化はめざましいものだった。

「久しぶりだな、クラム!」

 両手を広げ、カイトは飛び込んでくるクラムを受け止めた。どれだけ時間が経っても仲のいい兄弟であるのは変わりないのだ。

「本当に帰ってきた! もう、孤児院を空け過ぎだよ兄ちゃん!」

「あはは、ごめんごめん! でもこうして帰ってきただろ?」

 そうしてさらにはマリィもやって来る。クラムとカイトの騒がしさが合わされば、建物の中からも気づくというものだ。

 緑髪でカイトを除く子供たちのまとめ役だった彼女も同じく十二歳。けれど、クラムよりもさらに大人びたように見える。

「お兄ちゃん……!」

「マリィも、大きくなったなぁ!」

「えへへ、少しはクローゼお姉ちゃんみたいになった?」

「ばっちり。すっかりマリィもお姉さんだな」

「……うん」

 マリィの頭を撫で、カイトはさらに目を向けた。

「ダニエル! ポーリィも! こっちに来いよ!」

 そろそろ、おいてけぼりのⅦ組クラスメイトも紹介したかった。カイトは扉の影で様子を伺う、二年前と変わらない末弟妹を見て手招きする。

「久しぶり、お兄ちゃん!」

「やっと会えた、カイトちゃん~」

「カイトちゃんって……二人とも相変わらずだな」

 カイトにわらわらと集まる少年少女たち。孤児院の年長は、この時ばかりは普段の相貌を変えて、Ⅶ組にも遊撃士にも見せない顔になった。仲間たちは、ルーファスに、イリーナ会長に、フィオナに、レーグニッツ知事に、ウォーゼル家に会った時を思い出す。

「カイトの、弟たち……」

 リィンがしみじみと息を吐く。その隣で、フィーが所在なさげにアリサの袖を引っ張った。

「ガイウスの妹たちも、こんな感じだったの?」

「ええ……相変わらず、目に毒ね。こういうのは」

「血が繋がっていなくても、やはり変わらないんだな」

 ガイウスだけは、後方で見守る父親のように優しい笑顔だった。その隣でエリオットが呟いた。

「僕は末っ子だし、やっぱりカイトとガイウスが羨ましいかな」

 Ⅶ組の六人と孤児院の四人。それだけで十人、姦しくもなる。

「みんな、紹介するよ。オレの弟と妹たち……クラム、マリィ、ダニエル、ポーリィ」

 事前に帰省するという連絡は入れていた。弟妹たちもそれを理解しているから、カイトと一緒に来たリィンたちが誰なのかはわかっている。かつてエステルたちが現れたように、クラムたちはカイトのクラスメイトに対して少しの緊張と大きな期待を抱いているようだった。

 仲間たちも、ウォーゼル家の時と同じく優しげな様子で弟妹たちと会話を交わしていた。

 例えばリリのような本当に幼い子はいないが、その分ほとんど同い年のクラムたちはそれぞれ特徴的な性格で賑やかだ。自然、Ⅶ組クラスメイトたちも気を当てられて賑やかになる。

 そんな中で、一同に……カイトに声をかける人がいた。

「お帰りなさい、カイト」

 子供たちの喧騒が一瞬で収まる。それによってⅦ組クラスメイトも女性の声に気づけた。別にその女性の声に迫力があったからではない。自分たちが最も信頼できる、そしていつも変わらずに愛情をくれるのだとわかっているから。

 カイトは、女性に──テレサ・マーシアに、自分たちの母親に再会したのだ。

 リベールの異変の中での再会のような、心にくるようなものではない。一年半越しではあっても、なんてことのない帰省のはずだけれど。

「……ただいま、先生」

 泣きそうになるくらいの嬉しさだった。

 テレサ院長は、カイトだけではなくてリィンたちにも目を向けた。

「カイトのお友達の、Ⅶ組の皆さんね」

「あ……はいっ」

 リィンが代表して答えた。実習でも何でもないが、こんなところでも彼の役割は変わらないらしい。

「紅い制服……カイトの手紙で聞いていた通り、とても素敵ね。みんな似合っているわ」

 リィンだけではない。比較的穏やかかつ、無駄に皮肉を言わないメンバーが集まっているのもあって、一同は次の言葉を出せなかった。

 それも、やはりテレサ院長に緊張しているからではない。彼女の雰囲気が、出会って一分も経っていないのに伝わったからだ。

「ようこそ、マーシア孤児院へ。何もないところだけど、どうかゆっくりして行ってちょうだい」

 

 

────

 

 

 マーシア孤児院は、それほど大きな建物ではない。百日戦役の直後はともかく、最近は時勢が落ち着いているのもあってクラムたちを最後に孤児が増えているわけでもない。孤児院の机は六人程度が座れる程だ。

 テレサ院長が育てたハーブから作ったハーブティーを揃って頂く。

 エリオットが気づいた。

「これは……以前、カイトがご馳走してくれたハーブティー?」

「うふふ、カイトに送ったものを飲んでくれたのね。嬉しいわ」

「ああ、中間試験の時に飲ませてくれた。まだシャロンも来てない時だったわね。……本当に美味しかったです」

「お粗末様でした。茶葉はたくさんあるから、好きなだけ飲んでね」

 孤児院、Ⅶ組、それぞれ自己紹介も済ませた。孤児院に行くのはカイトだけでなく全員の目的でもあったので、ゆっくりのんびりすること自体がⅦ組の今日のスケジュールだ。

 全員のカップにハーブティーを用意し終え、自身も落ち着いたテレサ院長も椅子に腰掛けた。

「でも、カイトの手紙で聞いたとおりみんな素敵な子たちね」

 四大名門であったり、巨大企業の会長であったり、そんな一目置かれる立場の家族の中では、カイトの養親であるテレサ院長はごく普通の家族と言えるかもしれない。黙っているカイトの態度も、それほど困った様子ではなかった。

「改めて、いつもカイトがお世話になっているわ」

「……俺たちこそ。経験豊富でムードメーカーなカイトには助けられています」

 リィンが言う。心からの言葉だった。

「よせやい、なんか照れるじゃんか」

「カイト、いつも以上に子供っぽいね」

 とフィー。

 遊んでいる子供たちの中で、クラムがフィーに声をかけた。

「ねーちゃん、他の兄ちゃんたちと違ってちっちゃいんだな?」

「む……」

「こら、クラム」

「いいよ、カイト」

 フィーはクラムの頭に手を置いた。そして彼女にしては珍しく、少しだけ作り笑いを浮かべた。

「私もカイトの妹みたいなもの。でも、私のほうがお姉さん、だよ」

「うぅ……じゃ、勝負だ! 向こうから木剣を持ってくる!」

「……へぇ、カイト遊撃士の後輩になるの? 望むところ」

 フィーがそのまま子供たちのグループに混ざり始めた。わいわいと盛り上がる年少組である。

「……ま、遊ばせておけばいいか」

 呟くカイトを筆頭に、一同は柔らかく笑うことになった。

 アリサが言う。

「その、本当に素敵な場所ですね。海沿いにあって、自然も豊かで……少し、羨ましいくらい」

「帝国と比べると、リベールは田舎ですからね。アリサさんの故郷は?」

「ルーレになります。ここと比べると、どうにも堅苦しくて……」

「どちらも一長一短があるわ。リベールにだってツァイスがあるし。是非、見学してみたらどうかしら」

「ええ、そのつもりです」

「ガイウス君は留学生同士、色々助け合っていると聞いているわ。ありがとう」

「こちらこそ、カイトには世話になっています」

「ガイウスはノルド高原からの留学だからな。立場は同じでも、文化も違うし、よかったら子供たちにも色々話してやってくれよ」

「エリオット君、リィン君も。それぞれ話は聞いているわ」

「えへへ、僕なんて同じクラスになる前から縁がありましたもん」

「懐かしいなぁ。あの頃は、オレまだ準遊撃士だったんだぜ?」

 同じⅦ組でも、それぞれの関係は違う。話題になることはたくさんあった。

 毎月の特別実習でも鍛えられている。ルーアン市から孤児院に移動した程度では疲れもないⅦ組だ。

 ふと、テレサ院長が問いかけた。

「ところで、みんな明日はどうするのかしら?」

「今日は、オレはもちろん孤児院に泊まるよ。Ⅶ組のみんなはルーアンに戻るけどさ」

 できることなら仲間たちに一日過ごして欲しい気持ちもあったのだが、どう考えても面積的に不可能だった。

 学院の休暇期間は五日間。けれど帝国からリベールに来るまでにもう一日消費しているのでそれほど時間はかけられない。あくまで学院にいる間の帰郷として顔見せ程度のつもりだ。

「クローゼには会わないの? カイト」

「あー……時間もないし、向こうも忙しいだろうし、今回は控えておくよ」

「ああ、確かに通商会議の前だものね。でも、クローゼなら喜んで時間を作ると思うけど」

「……先生、この話題はナシがいいな」

「?」

 まったく悪気のない母親だった。

 特にアリサが感づいてニヤケ始めている。カイトは迅速に話題を戻した。

「明日は、みんなで自由行動日。それぞれ行きたいところに行くつもりだ」

 せっかくのリベールである。カイトを中心にルーアンを回るのも悪くないが、せっかくなので個別で行動しようとのことになったのだ。大体のメンバーは土地勘がなくても動けないわけでもないし、全員がその方向性で一致していた。

「私、悩んでたけどやっぱりここでのんびりしたいかな」

 子供たちとじゃれあいながらフィーが言った。彼女の興味は終始カイトの家族であったし、基本ぼーっとしていたい猫少女である。

「僕はマノリア村に行こうと思います。景観が綺麗だってカイトから聞いたので、一度行ってみたくて」

 エリオットは純粋に観光の意味が強い。

 アリサの場合はわかりやすい。

「私はツァイス市に。お話ししたようにZCFを見学したいと思いまして」

「俺もツァイス市に。ただ、アリサとは目的地が違いますが」

 リィンとアリサはセットだ。そのことにカイトも口角が緩むのだけど、無駄口を叩くとクローゼのことを掘り起こされそうなので止めておいた。

「で、オレも少し早めに出るよ。ガイウスにハーケン門を見せてやりたくて」

「助かる、カイト」

 ガイウスは都市間の移動も多少苦労しそうなので付き添うつもりだ。ノルド高原にゼンダー門があることもあり、リベールにも帝国のタイタス門──に繋がるハーケン門が見たいということだったのだ。

「そう。カイト、しっかり案内してあげて」

「もちろん、リベール人としての仕事は果たすよ」

 特別実習ではない。依頼もないし、各々が個別でやりたいことをやる。

 ジャンにあえて会わないのは単に意地悪ではなくて、下手に遊撃士協会に顔を出したら何か仕事を任されそうな気がするからであった。

「だから、今日は一日ここ(孤児院)でのんびりする。せっかくの機会だし、親孝行も滅多にできないしね」

「……ありがとう、カイト」

 そうして、Ⅶ組メンバーは夕方まで孤児院にお邪魔することになった。

 フィーのみならず、他の仲間たちも一緒になって子供たちと遊ぶ。ガイウスはリリたちを思い出して、兄貴分として楽しんだり、ダニエルなどに肩車をしたり。アリサはマリィと女子トークに花を咲かせたり、リィンはクラムに剣の使い方を指南したり。ポーリィは変わらずのんびりと不思議な空気を醸し出していて、エリオットを「かわいいかわいい」と褒めていたりしていた。

 少し早い夕食にはテレサ院長にマリィ、カイトが代表して料理を振舞う。リベールの自然から取れた海山物で作った様々なメニューを楽しんだ。

 完全に夜になる前にⅦ組クラスメイトは(いとま)する。リィンたちも子供たちも名残惜しさを感じてはいたが、クラムたちも以前よりは聞き分けが良くなった。カイトが泊まるというのもあり、それで満足しているというのもあるだろう。

 以前より体力も増した子供たちだが夜が早いのは相変わらずで、対してカイトはクロスベルでの社畜生活もあって比較的深夜にも起きれるようになっている。ということで、カイトは導力灯を一つのリビングに、やはりハーブティーを楽しみながらテレサ院長と談笑していた。

「それで、今回は来てないけどユーシスとマキアスって男子が二人とも喧しくてさあ」

「そう」

「最初の実習だとどうしても経験のあるオレがフォローせざるを得なくて。クラスの結束ができてきたのも六月くらいからだったんだ」

「そうなのね」

「実習、勉強、派閥……とにかくとにかく忙しくて。でも充実してるよ、本当」

「……よかったわね、本当に」

 リベールから旅立てば、当然故郷の知り合いはいない。一時エステルたちと共闘はしていたがそれも例外。別に寂しくはなかったけれど、帰ってくると少なからず疲れていたのだということを理解させられる。

 こんなふうに、育ての親に少しだけ甘えるのも久しぶりだ。

 テレサ院長は穏やかに笑った。ただ表情として穏やかなだけではなくて、昔から知っている、どんな時でも子供たちの感情を解きほぐす笑みだった。

「エステルさんやヨシュアさん、クローゼだけじゃない。帝国で大事なお友達を、同じ目標を持つ人たちを、護りたいと思う人を、作れたのね」

「……うん、そうだよ」

 Ⅶ組のクラスメイトを思い浮かべる。学院で話す人々を思い浮かべる。オリビエを、特別実習の先で出会った人たちを。

 リベールの頃から縁のあるオリビエだけではない。たくさんの人が自分にとってかけがえのない存在になったし、そしてテレサ院長の言うように護るべき存在も見つけた気がする。

 それだけではない。

「先生。多分さ、またしばらくは忙しくて戻れないと思うんだ」

「それは学院を卒業してからも、ということ?」

「うん」

 遊撃士として、士官候補生として、世界や帝国のことを知れば知るほど、リベールの異変の時に感じ始めた《激動の時代》の予感は強まっている。

 それらに目を背けることなんてできない。したくない。

「なんだか、孤児院に帰ってくる度に似たようなことを話してる気がするなぁ」

「ふふ。異変の最中で立ち寄った時も、貴方は決意を話していたわね」

「先生、また心配はかけると思う。でも時々はこうして帰ってくるから」

「そうね。こうして、ここで貴方の帰りを待っているわ」

「変わらないなぁ。先生も」

「貴方の親代わりですもの。どれだけの時間が経っても、絶対に変わらないわ」

「それもそっか」

「さあ、滅多にない機会だもの。自慢の息子の活き活きとした話を、聞かせてちょうだい」

 夜は更けていく。

 けれど、二人の話はいつまでも続くのだった。

 

 









ちょっと気になったので、よければアンケートに付き合って頂ければ嬉しい……

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