八月十一日。リベール旅行三日目である。
エリオット・クレイグはほんの少し滴る汗を手で拭いながら独り
「着いた。ここが、マノリア村かぁ」
海道を歩いて少し森林道を進めば、そこはもう目的地だ。帝国では主要鉄道網から大きく離れた距離にあるような、そんな規模に見える。海道とは反対の山岳地帯に続くらしい一本の道を囲むように、宿泊施設やら商業館やら民家が軒を連ねている。どうやらカイトが説明してくれた情報より、わずかだが人口も増えているようだ。これも技術の近代化の証だろうか。
風車や、テティス海を一望できるような断崖の広場もある。規模に反して観光スポットとして有名になるのも頷ける。
前日マーシア孤児院で話したように、今日は各々の自由行動日だった。早朝──早起きする必要はまったくないのだが体が慣れてしまった──にルーアン市のホテルでカイトと合流し、そこからはそれぞれの目的地のためアリサとリィン、ガイウスとカイト、エリオットとフィーの三グループに分かれた。
エリオットはフィーと共にルーアン市からメーヴェ海道を歩いた。マーシア孤児院の前で猫少女と別れ、そこからは単独行動。孤児院から村までの距離はそれほど長くはないが、それでも一人で街道を歩くのは初めてかも知れない。
「本当、学院に入学する前だったらありえないよね。魔獣を蹴散らしながら街道を進むなんて。それも僕一人で」
トリスタ近郊の魔獣程度の弱さではあったが、それでも一般人には驚異になり得る魔獣だ。そんな道を、弱々しい自分がたった一人で歩く。たかが飛び猫に怯えていた頃の自分に伝えたらどう思われるだろうか。仰天されるに違いない。
ケルディックに始まり、セントアーク、ブリオニア島、そして帝都。単に士官学院で軍事の勉強だけに終わると思ったら、まさか帝国全土を回ることになるとは。つくづくⅦ組に入ったことが運命の転換点だと感じる。
留学してきた同級生の故郷に、外国に向かうことだって予想外だ。
エリオットは《白の木蓮亭》という名前の民宿でスモークハムのサンドイッチの弁当を買った。同時に魚介類のパエリアもバーテンに勧められた。どうやら曰くつきのようだったが、さすがに二つも頼めないと自重した形だ。
同じくバーテンに勧められて、風車の前の展望台で弁当を食べることにした。
「ふぅ……いい景色だなぁ」
そもそもエリオットは帝都からほとんど出たことがない。帝国で海に面する西のラマール州には、それこそ六月の特別実習が初めてだ。
バレアレス海とは違う、南西のテティス海の風景。大都市オルディスとは違う海の見え方がした。
「……カイトがあんな快活な性格に育つのもわかるかな」
そう独り言ちる。第三学生寮や教室ではⅦ組と、音楽室では部活仲間と、誰かと一緒に過ごすことが当たり前になっていた。自室はともかく、それ以外の場所で一人でのんびりと、それもなんの目的もなく休むのは本当に久しぶりだ。
「……僕たち、いったいどこへ行くんだろう」
帝国で有名な《紅毛のクレイグ》の息子といっても、自分は単なる一般人に過ぎない。それはユーシスにしてもマキアスにしても、他の多くのクラスメイトにしても同じこと。特異な立場を最初から持っていたのはカイトとフィーくらいだろう。
そんな自分たちは、未だ立場のない子供なのは変わらないのに、帝国の内外に存在する《壁》を知ることで、もう無関係とは言えなくなった。
平民貴族を問わず帝国の様々な立場の人々と縁ができ、終いには帝国解放戦線なんてテロリストからも目をつけられる。平和な学院生活を予想していたわけではないけれど、ここまで波乱万丈になるとは。
オリヴァルト皇子が意識させてくれた帝国の問題。カイトも世間話の端々に、その嫌な予感を抱えているらしい。いい加減自分だってそれがなんなのか分かるようになってきた。
けれど、やっぱり自分は帝国軍人でなければ貴族勢力でも、第三勢力でもないのだ。それを知ったからと言って、動くべき立場はない。だからどう動けばいいのかわからない。
もし《その時》が来てしまった時、自分は、Ⅶ組はどうすればいいのか。
「マキアスは立場をはっきりさせるのかな……ユーシスは、お父さんの側に付くのかな」
そもそも数多の出自の人間がいる士官学院そのものが、どんな立ち位置になるのだろうか。
不安はつきない。
それでも。
「怖い、だけじゃない。自信も付いてきたから、本当に入学前だったらありえないよ」
カイトは五月の実習が終わった後に、Ⅶ組は最高だと思ったらしい。クラスメイトの不和が改善された直後なので打算的だと笑ったものだが、自分もまったく同じ気持ちだ。Ⅶ組は最高だと思える。帝都の自宅で男子たちに語った気持ちは嘘じゃない。
どんなことが起こってもⅦ組に入ったことだけは後悔しない。
「さて……一度やってみたかったんだ。自然を観客にしての演奏会」
エリオットは立ち上がる。そのまま持ってきたバイオリンケースを開いた。
一人だけの演奏は寂しくもあるが、けれど自然が観客でもあり自然とのセッションでもあり。贅沢な時間だ。
今は臆病だった自分がⅦ組に入るきっかけとなった音楽を楽しもう。どんなことが起こっても、自分らしくいられるように。
────
「クラムみっけ」
「げげ、見つかった!」
孤児院の建物の裏、薪や菜園用の道具をしまっている小屋の扉を開けて、フィーはいつものように遠目に無感情に告げた。隠れていたクラムは勝負に負けてもからからと笑い、小屋から出てくる。
「ちぇ、フィー姉ちゃん、見つけるのが早すぎるよ。これでも、孤児院歴はカイト兄ちゃんの次に長いんだぜ?」
「甘いね。私から隠れるなら、もっと気配を殺さなきゃダメだよ」
「気配ってどうやったら消せるの? なんか、すごく強い遊撃士の人は気配を消すのも朝飯前だって兄ちゃんが言ってた」
「……それはもう、次元が違う」
フィーはこのリベール旅行中、マーシア孤児院で気ままにのんびり過ごすことを選択していた。そもそもフィーがついてきたのは、カイトの育った環境に少なからず興味があったからだと言える。それに今回は主体性が求められる特別実習でもない。反対する者はいなかったし、カイトも快く了承してくれた。一応、「リベールにも色々見所はあるよ」とも言われたが。
それでも、この孤児院で一日を過ごすことには優らないというのがフィーの考えだった。
一緒に隠れんぼをしているのはクラムの他にポーリィとダニエルだ。既にフィーは何度も鬼役を買って出て、今のクラムの発見で何度目かの制覇だった。
ちなみにマリィは孤児院の中でテレサ院長の家事手伝いをしていた。事前にカイトが話していた通り、一番大人で働き屋な少女だった。
クラムがぼやいた。マリィと比べたら子供らしいが、とはいえ言葉の端々には孤児院の家族としてカイトに代わり家を守ろうとする意思がある。
「フィー姉ちゃん、孤児院だけじゃなくて海道も範囲にしようよ」
「ダメ。というか、私がカイトに禁止されてるから」
「えー、兄ちゃんのせいかよ」
「カイトって厳しいの?」
「全然! 先生と同じくらい優しいよ」
早めに発見したダニエルとポーリィは既に別の場所で二人で遊んでいた。そんな風景を見ながら、クラムはフィーに背を向けつつも頼もしく語る。
「今の孤児院って、二年くらい前に家事で焼けちゃってさ。今は新しい建物なんだ」
「確かに、カイトが子供の頃からあった建物にしては建物が痛んでない気がしたけど」
「その時励ましてくれたのは別の兄ちゃんとか姉ちゃんだったけど」
「え、そうなの?」
当然だがフィーは今のカイトしか知らない。実力のある遊撃士たちの中でもカイトは不思議な存在で、魔法を中心とする戦闘スタイルと経験の浅さからか、流れる噂というのはまったくないに等しかった。フィーが猟兵として動いていた一年ほど前。その時ですら、《剣聖》や《紫電》などと比べてもカイト・レグメントの名前を聞くことはなかった。
「そうだよ。カイト兄ちゃんよりも前に、もう遊撃士だった人がルーアンに来たんだ。孤児院にひどいことをした人を、ちゃんと逮捕してくれた」
「その口ぶりだと、カイトに銃を教えた人じゃなさそうだね」
カイトはよく「昔の自分は呆れるくらい未熟者だった」と言う。それは卑屈からくるものではなく、経験の浅いⅦ組の少年少女たちが彼を褒めることに対する予定調和のようなものではあったが。彼自身、そのことで有頂天になることはなかったし、仲間たちも本気にはしていなかった。
だが、フィーは考えを直した。
(カイトにも、未熟そのものって時があったんだ)
当たり前の話だ。フィーのように子供だった時も。マキアスのように怒りを撒き散らしていた時も。全てカイトには覚えのあることだった。
だから、カイトは誰に対しても優しい。
隣に立っているクラムが言った。
「でも、今ならわかるよ。おれが励まされたのと同じように、カイト兄ちゃんは一緒にいてくれた。それだけですごいことなんだ」
「……そだね」
一緒にいること。特に家族として共に過ごすこと。なんて当たり前の言葉なのだろう。
でも、カイトは孤児だった。だから、一緒に喜んだり怒ったり、悲しんだり楽しんだりすることの大切さをわかっているのだ。
「クラム、フィーさん。そろそろお昼ご飯にしましょう」
テレサ院長が孤児院から出てきた。
「クラム。ポーリィとダニエルにも声をかけてくれるかしら?」
「うん、わかった!」
クラムは一目散に駆けていく。
「フィーさんは中にいらっしゃい」
「ん、準備も手伝う」
昨日は舌がとろけるような濃厚なシチューを食べた。初めての《母親の味》に虜になった一方、カイトに「もう少しこの味を再現してくれればいいのに」と理不尽な文句を抱きそうにもなってしまったものだ。
今日のメニューはなんだろうか。フィーは唾を飲み込んだ。
準備と言っても、既にマリィがテキパキと動いていた。そんなに手伝うことはなさそうでもある。
彼女に声をかけ、スプーンなどを机に並べる傍ら、テレサ院長に喋りかけられた。
「フィーさん。いつもカイトを気にかけてくれて、ありがとう」
「え」
昨日から今日まで、テレサ院長とは少なからず言葉を交わしていた。誰とも分け隔てなく穏やかなテレサ院長は、他のⅦ組のメンバーにもカイトの友人でいてくれることに感謝していたけれど、それは決して社交辞令のようなものではない。
食器を並べつつ、フィーはポツポツと返した。
「別に、私が気にかけられてるだけ」
「うふふ……」
テレサもまた、子供たちの食器を並べている。マリィは、たった今扉を開けたクラムたちに少し頬を膨らませながら声をかけている。
「カイトは、向こう見ずところがあったの」
「……確かに今でもそんな感じはする」
「でも、もしかしたら聞いているかもしれないけれど、一昨年の《リベールの異変》で色々とあってね。色々なことを考えるようになった」
テレサ院長は定期的にカイトと手紙のやり取りをしていたので、カイトにとってのⅦ組という存在の意味も知っている。
「フィーさんは、可愛らしいⅦ組の妹分だって手紙に書いてあったわ」
「可愛らしい……」
可愛らしい……。
「でもね、それだけではないの。昨日ここに来てくれた他の子たちも、今は学生寮にいるという子たちも」
「……」
「あの子にとって貴女たちは自分のことを伝えるべき相手で、そして初めて出会うたくさんの人たちが、色々な発見をくれるかけがえのない存在なの」
「それって、怪盗紳士とかも……?」
「それは……わからないけれどね」
まさかのテレサ院長までもが知っていた。苦笑いしているし、カイトがブルブランに対して毒を吐いているのも知っているのか。
「とにかく、助け、助けてくれる存在でいてくれる。だから、カイトのことを気にかけてくれてありがとう」
「……みんなが結構お世話してくれる」
不思議な感覚だった。自分はⅦ組の中で戦いの領域に強い。少なからずその役割を果たしてきた。
けれど仲間たちには、カイトには、助けられてばかりだったと思う。特にラウラに関することでは、セントアークで終盤まで助けられるだけだった。
だから、自分がⅦ組を助けたという感覚はなかった。
でも猟兵という立場以上に、自分がいるだけでⅦ組に、何かを与えることができているのかもしれない。
そうだとしたら嬉しい。
「それにリィンも、委員長も。ガミガミうるさいけど、ユーシスとかも最近は色々教えてくれるし」
何よりも。
「ラウラとも仲良くなれた。委員長のおかげだしリィンのおかげだしみんなのおかげだし……カイトのおかげだよ」
目線が下に下がった。少しだけ恥ずかしかった。
「だから……テレサもありがと」
「うふふ、どういたしまして」
────
「ガイウス、どう? オレの故郷は」
「ああ。帝国とはまた違うな。世界は広いということを実感させられる」
「帝国は周辺国への影響がすごく多かった。けど、例えばリベールじゃノルドの話なんてほとんど出てこないし、その逆もあると思う」
「ならばこそ、か。まったく文化の違う、ほとんど無関係な大陸の北と南にある国。その違いを知るのも新鮮だ」
カイトとガイウスは予定通り飛行船でボース市までやって来た。そこで有名どころのボースマーケットを回りつつ、東ボース街道からアイゼンロードへ。ガイウスと二人で話した通り、ハーケン門へ向かって歩いている。
「カイトの故郷というのもわかる気がする。のんびりとしていて、けれどどことなく芯が通っている」
「確かに、リベールはわかりやすい凄さはないけど、二年前だって《異変》を乗り越えた強い国だって自慢できる。それは確かかな」
ガイウスはカイトの家族に興味があってリベール旅行にやってきたわけだが、それでもカイト以上に外の世界に興味があった。休暇はもちろんだが、社会勉強や知識欲によるところも多い真面目な理由だったりする。
というより純粋に「休みたい」と言いながら付いてきたのはフィーくらいのものである。エリオットも単なる休暇とは若干違うし、アリサも言ったようにZCFに向かっている。
カイトは帰省ということでフィーと同じく孤児院で休んでも良かったが、別の都市も回っておきたいと思いガイウスの希望に乗りかかった形だ。
「ついたよ。ここがハーケン門だ」
カイトはハーケン門に何度も訪れたわけではないが。それでも帝国軍との国境線交渉の舞台となった場所だ。忘れられない場所でもある。
「ゼンダー門と比べると威容を感じるな。とにかく巨大だ……」
「アイゼンガルド連邦の山と比べたら、ここは平原地帯だからね。それに百日戦役後、とにかく帝国への警戒心が強い頃に建てられた門だし。当然威圧感は出るよ」
「同じ国境線でも、これほどまでに違うんだな」
「ああ。例えば、ツァイス市のヴォルフ砦なんかはゼンダー門よりも牧歌的だ。かと思えば、帝国東部のガレリア要塞はここよりもずっと巨大らしいし。その土地が見えてくる、といっても過言じゃないかもしれない」
ハーケン門。百日戦役の後、帝国からの侵攻を防ぐために建てられたリベールの要塞。結社の陰謀と鉄血宰相の共謀を前に一時は危うい展開になったが、それでも要塞は白き翼の鉄の意志を表しているように思える。
「パルムの実習でみんなに話したけど。クーデター前後で敵対した人の中には、このハーケン門で家族を失った人もいたんだ」
「前に教えてくれた、情報部の特務兵という者たちか」
「恨みとか、葛藤とか、赦しとか……善悪じゃ語れないことが沢山あった」
「善悪では語れない、か」
「例えば、もちろん帝国解放戦線の所業を許すことはできないけどさ。だからといってただ捕まえるだけじゃ、きっと同じ奴らが現れるんだと思う」
オルテガ・シークをグランセル港で捕まえた時も思ったことだった。さすがにワイスマンとか、《アニマ・ムンディ》などはそんなことを言う暇もない外道ではあったが。
「……レイラさんとも再会して、余計にそう感じたよ」
「確かに善悪だけで語るには、俺たちは何も知らないのかもしれないな」
だからこそ、色々なことを知る必要がある。人の歴史、成り立ち、関係性。Ⅶ組に──帝国に飛び込んだカイトとガイウス。まだ知れることはたくさんある。
全ての場所と人との触れ合いが、大切な思い出になる。全ての出来事が、自分を高みへと運んでくれる血肉になる。
忘れられない、旅になる。そう思った感覚は今も変わらない。
カイトとガイウスはハーケン門の姿を、ただただ瞳に収める。今回は特にアポイントメントもとっていないし、モルガン将軍と知り合いだとはいっても気軽に詰所の中に入れるとは思えなかった。カシウスのこともあって遊撃士が苦手だったわけだし、下手に訪ねでもしたら影の国の時の《武神》の猛攻が再現されてしまうかもしれない。
ああ、けれど今はいくらか柔らかい性格になってはいたか。
「ところでカイト、リィンには付いていかなくて大丈夫だったか?」
出し抜けにガイウスが言った。
「ああ、大丈夫……だと思うよ。アリサが一緒だしね」
「ふふ、あの星空を一緒に眺めた仲だからこそか」
「そういうこと。ガイウスもわかってきたなぁ」
二人して、一見お似合い二人組に想いを馳せた。
リィンだけは、今回のリベール旅行に明確な理由を言わなかった。いつもだったら「お世話になっているクラスメイトの家だ。挨拶に伺うのは当然だろう?」とか言いそうなものなのだが。こっそりアリサに聞いてみたら「まるで最初の実習の時に入学理由を聞いた時みたいだったわ」と言っていた。
思い当たることはある。カイトがレイラとのことでここ数日動揺していたとすれば、リィンはその前から旧校舎の件で色々と追い詰められていた。
帝都の実習では、エリオットやマキアスだけではない。他のメンバーも考えることや、大切な出会いがあった。
そしてリィンはアラン・リシャールとも出会った。
「もちろん、リィンには仲間が必要だと思う。でも今だけは、きっと一人で考える時間も必要なんだよ」
彼は重心。重心が定まるにはその周囲の存在は必要不可欠だ。でも自分の
「ここは帝国じゃない。オレの故郷だ。肩の力を緩めて、のんびりオレたちのリーダーを迎えよう」
今は休暇であることに変わりない。カイトはサラや仲間たちに勧められたように休むべきだし、ガイウスは自分のやりたいように動くべきだ。
「それに……まあ、伝手のある人間としての努めは多少なりとも果たしたしね」
カイトはわざとらしく人差し指を口元で隠した。
「さあ、ガイウス。次は何処に行きたい? この正遊撃士が案内できるぞ」
「……ふっ」
おぼろげにカイトの考えを理解したガイウスは、穏やかに笑った。
「頼もしいな。なら、次は王都への道行を頼もうか」
────
アリサ・ラインフォルトはどことなく落ち着かなかった。
ルーアンでエリオットとフィーと別れ、発着上ではカイトとガイウスが反対のボース方面なのでやはり別れた。
そしてアリサの目的はツァイス方面──ZCFだ。やはりラインフォルト家の血は争えず、リベール最高の技術工房を見ておきたい気持ちがあった。ノルド実習でリリやシーダたちと出会えたことも、カイトの弟妹に会いたいという欲求を高まらせた。つまるところ渡りに船だった、ということだ。
そうしてカイトの帰省に同行し、当初からZCF見学の旨をクラスメイトに伝え、実習とは違う空気感もあって密かに胸を躍らせていたご令嬢なのだが……実は昨日の夜あたりからどうしても落ち着かなかった。一緒の部屋で眠るフィーにはやし立てられるくらいには。
(落ち着かないわ……)
言うまでもなく、隣に朴念仁がいるからであった。
「ZCF、ツァイス技術工房か。確か、カイトが五月まで使っていた魔導銃もここで試作したものだって言ってたな」
「え、ええ。そうね」
隣で感想を述べるリィンの声に、生返事をする。
二人の正面には少し古めかしく昔ながらの排煙筒が見える五階建ての建物──ZCFがある。
高さや目新しさとしては、近代的なRFビルには劣る。しかしこの工房は、導力技術大国リベールの真髄。見た目だけでは推し量れないものがある。
「リベールは帝国以上に導力技術大国だ。その源流に触れられるっていうのは、やっぱりアリサとしても嬉しいことか」
「うーん、母様とかの手前、ちょっと悔しいけどね」
「アリサ……今日はなんだか様子が変だな?」
リィンが、少しだけ身をかがめてアリサを見た。必然だが、お互いの顔が近くなる。
(様子が変なのは貴方だっていうのに……! この朴念仁……!!)
アリサはとにかく胸の鼓動を抑えるのに必死だった。
リィンの目的地が自分と同じツァイス地方になるのは予想外だった。他に同伴するクラスメイトもなし、必然リィンと二人での道行になる。落ち着けないわけがなかった。
カイトの帰省に付き合うリィンの様子がどことなくいつもと違ったのは、他のクラスメイトと同じくらい理解している。多少なりとも心配はあった。けれどカイトとも話して、少し様子を見ようということにもなった。
だからそれほどリィンの話を掘り返すつもりもない。心配だが、同じくらいリィンを信頼している。この動揺は、別のところから来ているものだ。
カイトやフィーなどには時々からかわれ、そしてユーシスなどにも笑われていた。けどここまできたら、そろそろ認めないわけにはいかなくなってくる。自分のリィンに対する感情を。
入学初日から心をかき乱され、最初の実習でラウラとの少しの仲違いも目撃して彼の人となりを知り、どうしてかバリアハートの実習も、そしてある種の転換点となったノルドの実習も共に過ごした。
ノルドではカイトを筆頭に、クラスメイトに色々と引っ掻き回されたのだが。
偶然か必然なのかはわからないけれど、自分はリィンにただのクラスメイト以上の感情を抱いている。
「……大丈夫よ。少し楽しみなの。初めてのリベールだし、初めてのZCF、初めての場所。特別実習でそんな環境に慣れた私たちにとって、今の状況は楽しみ以外の何物でもないもの」
少し早口で、同じことを何度も言ってしまった自分の口が憎い。
「私はもう大丈夫よ。貴方は、貴方の行きたいところに行って。その代わり、土産話はお互い話すこと。いいわね?」
「はは、了解だ。アリサも楽しんで」
「ええ」
お互い手短な会話だけで別れた。そのままツァイスの導力エスカレーターをおっかなびっくり降りるリィンを見届ける。
「まったく、私の気持ちもわからないくせに、どうして私が焦ってること
これでも年頃の女子なのだ。大富豪の令嬢と言ったって日曜学校にも通ったし、同級生の男女の話にはうきうきするし、昔は私室でコッソリとマジカルな衣装を嗜んでもいた。それくらい乙女だ。一番最後のは無駄に思い出してしまった。
「……どうしようかしら、私。一人であの朴念仁を心配して、自分の心配もして、気力が持たないわ……」
誰に相談すべきだろうか。それとも相談しないべきだろうか。
ユーシスに帝都で「当の朴念仁以外は全員気づいているというのに」などと言われたが、そんなものは無視だ。
ユーシス、カイト、フィー。ダメだ。からかわれる未来しか見えない。
マキアス、ガイウス。これもダメだ。マキアスはこの手のことにちょっと頼りなさそう。ガイウスは口は固いだろうけどやっぱり経験はなさそうだ。
ラウラは……頼もしいけど実直すぎる。「戦いの中で己の魂を示すのだ」とか言われたらさすがの私も手が出てしまう。
エリオットは男子の中で一番相談しやすいけど……さすがに男子にこの手の話題を降るのは恥ずかしすぎる。なんとなく、後々最も豪胆になるのはエリオットな気がするのだ。
うん、やっぱりエマね。エマに相談しよう。
「うーん、Ⅶ組で現在進行形の同志でもいれば話が早いのだけれど……」
ストックが少なくなってきたので、そろそろ毎週投稿が滞るかもしれません〜
ちょっと気になったので、よければアンケートに付き合って頂けると嬉しい……
初めて遊んだ軌跡シリーズは?
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