心の軌跡Ⅱ~重なる標~   作:迷えるウリボー

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63話 帰郷③

 

 

 できる限り笑顔でアリサと別れ、導力エスカレーターを降りるリィン。

 ツァイスの街並みを眺める。少し傷んだ石畳の大通りだが、遊ぶ子供や露店で声を張り上げる商人は賑やかそのものだった。

 リィンは、笑みを神妙なものに変えて、迷わず、けれどゆっくり歩き出した。

 ほとんど寄り道もせずにツァイス市を出て、東のリッター街道へ。時々やってくる小型の魔獣は、抜かりなく用意した太刀で一刀の下に斬り伏せる。

 リッター街道からさらにソルダート軍用路に進み、向かう場所はやはりレイストン要塞だ。

 カイトからは事前に聞いていた。リベール軍人は基本的に穏やかな性質の人が多いし、無駄に怪しまれるような行動をしなければ要塞の橋の手前から覗くくらいは大丈夫だろうとも言われた。

 そして、目当ての人物が顔を出してくれる可能性はまずないだろうとも。

「カシウス・ブライト。八葉一刀流壱の型《螺旋》の奥義皆伝者……」

 またの呼び名を剣聖、リベールの守護神、稀代の軍略家。

 どれをとっても恐れ、呼び讃え、畏怖するような諢名(あだな)だ。八葉一刀流に連なる自分にとっては兄弟子にあたる存在。

 八葉関係者は本当に達人が多い。カシウス以外にも《風の剣聖》アリオス・マクレインがいて、何より流派の開祖ユン・カーファイは帝国の武の頂点に立つ《光の剣匠》や《雷神》にも負けない剣士だ。

 ユンの孫にあたる人物も、剣聖ほどの実力でないにせよ遊撃士としての道を邁進していると聞く。そういえば、カイトの知り合いだったか。

 そんな中にいる自分。八葉一刀流初伝、しかも修行を打ち切られた身。なんと頼りない肩書きだろう。

 もちろん、卑下するばかりではない。仲間たちと過ごした四ヶ月は自分を確実に変えていると思う。

 それでも、常に前向きにはなれない。どうしたって心の奥底にある迷いとおぞましい力が、自分を深淵へ飲み込もうとしてくる。

 旧校舎の一件がそれだ。Ⅶ組としては、オリヴァルトとの会談で芯を通せた。けれど自分自身としては、迷い続けている。

「リベールに来たから、誰かに会ったから、それだけで何かが変わるわけじゃないが……」

 それでも、カイトの帰省があったのは渡りに船だった。だから自分はリベールへやって来た。八葉の剣士として先を行くカシウス。彼が過ごす国に、少しでも足を踏み入れたいと思った。それに、Ⅶ組を引っ張るカイトの生まれ故郷でもある。

 つまるところ悪あがきのようなものだ。

 今回のカイトの帰省、王都グランセルへ最初に踏み入れた時点でリベールの空気を感じた。帝国とは違う空気だ。

 呑気に言えば牧歌的。核心を突くならしなやか。朝、孤児院に向かうためにメーヴェ海道を歩いた時、自然と空を見上げていたくなる気持ちにさせられた。軽やかな気持ちが風に舞って大空に羽ばたく、そんな感覚を覚えた。

 貴族と平民。地方と首都。伝統と革新。それらが対立する帝国とは異なる。実際王国は貴族制が廃止され、アウスレーゼ家は尊敬されつつも民に親しみの感情も向けられている。同じ千年の時を歩んだ頂点の存在でも、根本が違うように感じた。

 小さな田舎。いや、だからこそ何かを始める旅立ちの小径にはぴったりなのかもしれない。

「……ここへ来てよかった」

 そう呟いた。何をするわけでもない。ただ国境を跨いで、ホテルに泊まり、クラスメイトの実家に挨拶をして、そうして散歩に出かけているだけ。特別実習の日々と比べたら平穏そのものだ。

 けれどカイトがきっかけとなったこの行動は、やってよかったと思う。

 進めば進むほど欲は出てしまうけれど。

(けど、やっぱりできるなら直接お会いしたかったな)

 結局、迷いは晴れない。

 後ろから気配が現れた。

「半月ぶりだね、リィン君」

 危険な気配ではなかった。けれど、只者ではないその雰囲気に一瞬だけ警戒してしまった。

 振り返る。見覚えのある金髪の男性がいた。

 以前のスラックス姿ではなかった。けれど、カイトから聞いたような威風堂々とした黒い軍服でもない。白シャツではあるが、普段着用にルーズにボタンを開け、裾を出したくだけた格好。

「あの時の約束だ。手合わせをしよう」

 手には彼の手に馴染むとひと目でわかる、目立った刀装具もないシンプルな丸(つば)の太刀。

 アラン・リシャールが、優しく笑いかけていた。

 

 

────

 

 

 カイトはリベール旅行のスケジュールを、次のように仲間たちに伝えていた。

 一日目で帝国からリベールへ移動する。二日目はマーシア孤児院へ全員で向かい、カイトの帰省。三日目、各々の自由行動日。夜にはルーアンへ戻り一泊し、四日目には帝国へ戻る。夏期休暇は五日間なので、最後の一日はトリスタで鋭気を養うことにする。

 だが、実際のところリィン以外の仲間たちには別の内容を伝えていた。三泊目、自由行動日の夜からのスケジュールの変更だ。

 アリサとフィーの女子組は孤児院に泊まる。フィーが孤児院に興味を示していたし、アリサも楽しみにしてくれていたので二人に孤児院で一泊をしてもらう。エリオットとガイウスは王都まで移動してもらい、少ない時間ではあるがリベール文化の中心で芸術に心を休めてもらう。

 そして残るリィンとカイトはツァイスで一泊……というものだった。

 どうしてそうなったのかといえば、それはカイトの親切心と悪ふざけの同居によるものだった。

 リベール旅行三日目の夕方。ガイウスを王都まで送り、少し待ってエリオットと合流させた。そのままカイトはツァイスへ移動。ツァイス市から南──エルモ村付近のトラッド平原道へ歩を進める。

 道中、エリオットともガイウスとも色々と話をした。リィンにだけスケジュールを教えないなんて、妙な鋭さを持つ彼相手によくできたものだとエリオットに驚かれもした。

 リィンに惚れているアリサの話になり、きっと今後特別実習がルーレにでもなったらまたノルドの時のようなひと悶着が起こるんじゃないのかと話したり。そこで男性が女子の頭を撫でる行為について語り合い、最終的にガイウスの妹たちの反応の話題となり、なし崩しに話も終わる。

 そんなことをした後の、一人で歩くトラッド平原道。夕暮れの平原道は、少し寂しいものがあった。

 カイトがリィンとリシャールの出会いを促したのにはいくつかの理由があった。

 一つは当然リィンについて。旧校舎地下の時の様子と、そして帝都でのリシャールとの一件。そこにリベールへの帰省と来て、カイトが考えたのは重心であるリィンに思索の時間を提供することだった。

 それだけではない。そもそもの帰省の原因となった、カイト自身の心の動揺。レイラという遊撃士からテロリストとなった一人の人間の事を考えた時、情報部からクーデターを謀ったリシャールの話もまた聞いておきたいと思った。若干の申し訳なさはあったけれど。

 そうしてリシャールへ連絡し、帝都の時の言葉を利用する形で時間を作ってもらい、リィンの行動を予測してリシャールをレイストン要塞前に向かわせた。そこから先のことは、カイトにはわからない。剣士の……八葉の剣士だけで行われる意思疎通だろう。

 問題はその後だ。リィンとリシャールだけではない。両者が少し疲れた状況を見計らって、カイトはあえて夕暮れに二人に声をかけることにした。

 平原道の、特に名付けるような特徴もない開けたある地点。そこで二人の剣士は稽古をしていた。

 動きは軽やかで、けれど汗をかいて油断ならない目線のリィン。対してリシャールの目は水面のように静かだった。それでも油断しているわけではない。挙動も恐ろしく静かで、無駄がない。

 カイトの接近に、最初に気づいたのはリシャールだった。彼はリィンの力強い一閃を受け流し弾いて大きく後退させると、そこで太刀を地にさして稽古の中止を促す。

「来たか。カイト君」

「リシャールさん、お久しぶりです」

「帝都の事件も大変だったそうだが……無事でよかった。王太女殿下共々、安心したよ」

「あはは……」

 近づいてくるカイトに、リィンは悔しいような嬉しいような、微妙な目線を向けた。

「……やってくれたな、カイト」

「その方が、悶々としてるよりはいいと思ってね。カシウスさんに会うのもいいけど、リシャールさんこそ適任だとも思う」

 汗をぬぐい、少し荒い息で太刀を収めるリィンは、若干の茶化しをやめてカイトにも真剣な眼差しを向けた。

「カイトも、リシャールさんと話したかったんだな? レイラさんの件で」

「……正解だ」

 カイトは持ってきた荷物をそれぞれ取り出した。

「リィンとリシャールさんには、修練用の木の太刀を。オレはペイント弾を持ってきたんで。最初の軽い打ち合いでも話せたとは思いますけど……こっちのほうが都合がいいでしょう? オレたちには」

 本気で戦いつつ、本気で語らっていく。本気を出すが、リィンに例の力を出させるわけではない。

 剣士の感覚というのはカイトには理解しかねるけれど、納得できることではあった。だからその場を用意した。

 木製の太刀を受け取りつつ、リシャールは思案した。

「ところで、君たち二人は競い合ったことはあるのかい?」

『はい?』

 少年二人で互いを見合う。

「……そういえば、実技テストでもありませんでした」

「実技教練の簡単な型稽古ぐらいはありましたが」

「そもそも、銃と剣じゃ純粋な比較はできませんし」

 実のところ共闘したことさえ、他のⅦ組と比べると少ない。ノルド、旧校舎、帝都と最近は密度が濃かったけれど。

「ならばいい機会だ。乱戦、というのはどうかな?」

『はい?』

 カイトは、カシウスさえ追い詰めかけたリシャールに対し、リィンと共闘して立ち向かうつもりだった。まさかの予想外の提案であった。

「でも、リシャールさんとオレたちじゃ実力に差がありすぎますよ。オレは魔法も初歩的なものだけにするつもりだったのに」

「俺もここまでの地稽古で理解しました。胸を借りられるのは僥倖ですが……」

「なに、別に深い意味はないよ」

 リシャールは笑った。

「君たちは今日この場に、Ⅶ組とは少し異なる心持ちで来ている。敵対することで互いの心境を確かめ合うのも一興ではないかな?」

 リシャールはカイトを見た。

「君はリィン君に個としての思索を提案した。模擬戦においても、それは同じだ」

 次にリィンを見る。

「君とカイト君はそれぞれ異なる力を、魅力を持つ。せっかくの機会なのだからね。それぞれの力を、仲間としてではなく他者として識ってみるといい」

 リシャールは己の太刀を納め、木刀を構えた。鞘はないが、それでも剣聖の後継者の殺気は様になる。

 瞳に一層真剣なものを宿して、リィンもまた構えた。

「わかりました。是非に」

 カイトはやや遅れて双銃にペイント弾をつめ、ニヤリと緊張気味に笑った。

「封印区画の三つ巴の再現ってわけですか……いいですよ、やりましょう」

 それぞれ距離を取って、夕暮れの静寂に身を委ねる。晩夏、この時期にしては涼しい風がそよいだ。

「──アラン・リシャール、参る」

「リィン・シュバルツァー、参ります……!」

「カイト・レグメント──行きます!!」

 カイトが一番に動いた。《残月》のリシャール。どちらかといえば慎重な性のリィン。二人と比べると突っかかり気な性格だ。

 唯一剣士ではない少年。武術家としての実力はほとんどない。本気の殺し合いでもない状況、受け攻めを考えるのは性に合わないからこその動きである。

 やはり銃を乱射しながら、カイトはリシャールに突貫した。せっかくの機会だ。《斬月》を持つリシャールに正面から立ち向かう。

「そういうところは、昔から変わらないな」

 カイトの攻撃を、リシャールは容易くいなした。素人が見ればそれは二年前の封印区画の戦いと変わりないが、今は違う。

 肉薄する寸でのところでカイトは跳躍し、そして並戦駆動で青の波を発動させながらリシャールに踵落としを見舞う。

 リシャールの実力は圧倒的。けれどそこに素直に負けるカイトではない。受け身のリシャールの太刀をギリギリで躱せる立ち位置にいる。

 影の国でカシウスと共に戦った。互いの強みと弱みを知っているからこそのカイトの挙動だ。

 それに、そろそろ──

「──そこだ!」

 わずかな呼吸。リィンが二人の間に割り込む。リィンの得意とする居合、紅葉斬りだ。

 剣士としてはリシャールほどでないにせよ()()も多いリィン。そんな彼が気合と共に切り込んだのは、他の二人の純粋な戦力差が明らかだったから。もちろん、カイトがそれだけで終わらないのはわかっているけれど。

 三人の戦いは乱戦だ。誰にも負けてはならない。とはいえ圧倒的高みにいるのはリシャール。その認識は三人とも同じ。どこかでカイトとリィンが共闘するのが現実的。直前までリシャールと剣を交えていたリィンであれば尚更それを実感しているはず。

(って思うじゃん?)

 だからこそ、カイトはフロストエッジをリィンに向けて発動した。

 リィンも、リシャールも僅かに目を見開く。戦いの場に混沌が生まれる。

(やっぱり……強いっ)

 わずか数秒ではあっても、リィンはその実力をまざまざと理解させられる。

 全員、本気で相手に打ち勝とうとはしていない。軽く得物を弾き合う程度の、コミュニケーションの意味合いが強い戦い。

 それでも、リィンの胸中には驚きと苦々しい思いが生まれていた。

 リシャール。彼の動きには寸分の無駄も存在しなかった。ただの余興、その程度のこの打ち合いにさえ。

 リシャールはカシウスから剣を教わったという。カシウスが指導したのは伍の型《残月》。後の先を取り、より先に敵を斬り伏せるための技術だ。リィンもその本質は理解している。

 剣仙ユン・カーファイは、直弟子に対し八葉の壱から八の型までの全ての型の基礎を教える。リシャールはユン・カーファイの孫弟子。同じ系統の学びではない。

 だが、八葉の中で伍の型をリシャールに授けたカシウスの慧眼は間違っていないと確信できる。リィンの挙動に合わせ微細に緊張を変えるリシャールは、まさに鉄壁。それ以上に今、数々の激動の中にいたというリシャールにとっての心が、伍の型の《静》と《動》の精神性に適合しているように思える。

 そして考える。自分は全ての型を授かった。その上で(なな)の型の本質に立ち向かっている。自分の精神性は、どこに在るのが正しいのだろう。

 カイトの魔法によってそれぞれの間に隙ができた。カイトは標的をリシャールからリィンに変えた。

 驚くリィン。笑むリシャール。リシャールという強敵を倒すという共通認識を捨てて、カイトはリィンに先にかつつもりか。

 カイトの銃撃がリィンに襲いかかる。リィンはそれを木剣で弾いた。

 カイトもまた、リベールの異変をくぐり抜けた遊撃士としての実力を持っている。いつかフィーが言っていたように、純粋な戦闘力以上の戦況の支配という意味ではカイトのそれは学年最強と謳われるラウラを余裕で凌ぐ。

 学院で四ヶ月共に過ごした。ノルド、旧校舎、帝都で共に戦った。カイトは確かに純粋な力や身体能力や、技術を持っているわけではない。それでも鍛え抜かれた思考力と恵まれた魔法の才覚をもって、その自身に見合う実力を持っているように見える。

 カイトの攻撃を斬り返し、リィンは木剣を上段から振るった。今度はリシャールへ向けてだ。

 剣聖の後継者は恐ろしくしなやかにリィンの一撃を受け止め流した。その勢いのまま太刀を回転させリィンに向ける。今度はリィンが受け止める。

「あの後、夏至祭は大変だったそうだね」

「カイトから聞いたんですか?」

「いや、オレ特には話してないんだけど」

「伝手があった。君たちも有名になったじゃないか」

 軽く会話もこなしながら、それでも戦いはしっかりと。カイトがリィンに向かってくる。リシャールの攻撃を受け止めるこの隙を付くつもりか。

 そう簡単にやられはしない。八葉の初伝、老師に無様な姿は見せられない。

 八葉同士の鍔迫り合い……その動きをわずかでも制御する。

「なるほど、全ての型を(あまね)く修めた先の《無》……簡単には斬り伏せることはできないか」

 押されながらも、リィンは少しだけ立ち位置を変えた。それは、自分に向かおうとしてきたカイトの動線にリシャールを引き入れる動きとなった。

 一瞬カイトがたたらを踏む。抜け目ない剣士にとっては明らかな隙。リィンの感じるリシャールの力が僅かに抜ける。

「俺だけの力じゃない。Ⅶ組だけの力でもない。たくさんの協力者がいました」

 その言葉は、リシャールの先の帝都の話題に対してだった。

 軽く弾いてリィンは後退した。珍しく、リシャールが追随してくる。

 リィンに追随するリシャールの側方から、今度はカイトが虚を付く。

「私と誰かの間合いに、カイト君の一撃が入る。封印区画を思い出すね」

 カイトは笑って返す。

「あの時は本気で敵対してましたけどね。かなり殺伐でしたし」

 カイトの蹴りがリシャールに入った。少し警戒するリシャールの視線を掻い潜り、続けざまにリィンが今日初めての一撃を与えることに成功した。

 リシャールは面白いものを見るような顔に変わり、大きく後退する。

 一時、戦闘が止まる。

「……やった」

 リィンは噛み締めるように。

「やったな……!」

 カイトは快哉を叫ぶように。

 例え穏やかな空気で、軽やかに進められる戦闘ではあっても、リシャールに一撃を加えられた。

 カイトにとってもリィンにとっても高揚するような。

「乱戦でも、最後には共闘か。いいものだな」

 リシャールは体に埃を払い、そしてヒュッと一度太刀を振りかぶる。

「では……私も少し本気を出そうか」

 少しの殺気。カイトには覚えがあった。

「……来るぞ、リィン。リシャールさんの本気だ」

「それってどのくらい?」

「オレとリシャールさんと、他の仲間と一緒にカシウスさんを叩きのめした時」

「……は?」

「い、色々語弊はあるけど嘘は言ってないんだよ。これがまた」

 縮地のような佇まいと動きで、カイトの虚を突き肉薄する。リシャールの太刀が確実にカイトを打ち据えた。

「ぐっ」

「カイト君の説明はまあ……事実でね。慢心はできないが、あの時は確かに全員で我が師を乗り越えた」

 リィンは思わずカイトを庇う挙動を取る。

 木剣にしては強い振動が両者に響いた。今日何度目かの鍔迫り合いだ。

「本当に、語れないことではあるがね。あの時、確かにカシウス准将を倒さなければならなかったんだ」

「カシウス師兄を……っ!」

 リシャールはカイトが復帰する前にリィンの太刀を弾いた。体制を直そうとするリィンよりもなお早く。

 そしてリシャールの声はリィンの後ろから聞こえた。

「目に焼き付けたまえ。これが私の《斬月》だ」

 直後、リィンの木剣が根元からへし折れた。

「なぁっ!?」

「相変わらず、人間やめた動きだなぁ……!」

 ただただ驚くリィン、そして呆れ笑いで立ち上がって走るカイト。

「リィン、まだ無手でいけるだろ!?」

「ああ!」

 カイトとリィンが挟むようにリシャールに迫る。

 けれど、剣聖の後継者を倒すにはまだ二人の実力は足りなかった。

 後の先を取ったリシャールが、純粋に実力で勝るカイトの手首を掴み、体重移動でカイトをリィンに投げ飛ばした。それをまともに受けるリィン。

 転がるカイト、僅かに身をかがめるリィン。二人が体勢を整える前に、リシャールはどちらにも向けて腰に一太刀を入れた。

「──私の勝ちだ。まだ、壁を超えさせるわけにはいかないな」

 夕日を背に、和やかにリシャールは言ったのだった。

 少しの沈黙。残心を解いて、そしてカイトは大の字に寝転がる。

「あー、負けた!」

「はは、封印区画では君やエステル君たちに負けたが……これで一勝一敗でいいのかな?」

 カイトは状態を起こした。

「リシャールさんも、わりとあっさりあの時のことを話しますよね」

「これでも、君たちと同じ修羅場を潜っているからね」

 そんな軽口を言い合う二人を、リィンはようやく気を緩めて見る。

「リシャールさん、ありがとうございました。貴重な経験が得られました」

「ふむ」

 リシャールは手を差し出した。

「こちらこそ。有望な後輩の見本に慣れたのなら、こんなに嬉しいことはないよ」

 リィンも応え、握手をする。少年の顔は、数日前よりは幾分晴れ晴れとしているようだった。

 カイトは思う。もちろん、リシャールと少しだけ剣を交えたから、すべてが解決するわけではない。

 でも、帝国とは全く違うこの場所で、改めて自分を見つめるきっかけになってくれたのなら……。

 木剣を回収し、そして自分の太刀を背負い、リィンは少年らしくカイトに尋ねる。

「それにしても、カイトもリシャールさんと敵対したり共闘したり、忙しかったんだな」

「そ、それはオレのせいじゃないんだけど。お互いにとって黒歴史だったとは思うよ」

 リィンは心の中の頭を捻ることになった。カイトは当時の自分を未熟だというし、カイトと敵対するというリシャールもまた気まずいものなのだろうか。

「言ったように、クーデターはまさに私が画策したものだったからね」

 リシャールが言った。少しばかりカイトとリィンが気まずくなった。

「そんな顔をしないでくれたまえ。悔いることは多い。それでも、あの時罪を犯した自分がいるから、今君たちと笑い合えていると……そう思えるのだから」

 そんなリシャールの言葉。カイトは聞き覚えがあった。リシャールが、カシウスとの激戦の中で交わした言葉だった。

「カイト君、リィン君。君たちはまた、帝国に戻る。火種がちらつくあの国へ。また、帝都で出会った帝国解放戦線と遭遇することもあるだろう」

「……はい。俺たちは偶然にも彼らの計画を邪魔し続けてきた。狙われている可能性もある。そう思います」

「色々……本当に色々因縁もついちゃったからなぁ。オレたち」

「彼らを追うなら、悪行だけに囚われないようにすることだ。それが、私が君たちに授けられる指針だろうな」

 目を見開く少年二人に、リシャールは続ける。

「私はカイト君とも敵対した。一時は確かに逆賊の徒だった。そんな私は今、軍とは別の形で国のために尽くそうと動いている」

「俺たちに見せた今の行動が、ずっと昔からとは限らない。今後も変わらないとは限らない」

「例えテロリストであっても、ですか」

「もちろん、テロや非人道的な行為そのものを棚に上げることは許されないだろう。だが、その時の悪だけを見ていては、行動を止めても、足を挫いても、復讐に駆られた怨念は消えまい」

 帝国の解放を謳う彼らがなぜ、その道に走ってしまったのか。それを考える必要がある。

 そして。

「レイラ・リゼアートに対して、カイト君。君が何をできるか。エステル君を思い出してみるといい」

「エステルを?」

「君もヨシュア君もクローディア殿下も、彼女を《太陽》と呼んだ。レン君さえ絆された。君の熱意と、エステル君のような決意。それらが合わされば、心を開かない人間はいないと、私は思うよ」

 カイトもリシャールも、エステルをよく知っている。彼女の性質を、ヨシュアやレンに対して成し遂げたことを知っている。

「あの人たらしの真似ですか。ははっ、ちょっと荷が重いけど」

「できない、かね?」

「冗談! そんなことができるようになるために、オレはリベールを飛び出したんですから」

「ならば、後は何も言うまい」

 リシャールはリィン一人に向き直った。

「リィン君。表面的な言葉は、あの時帝都で言っている。《観の眼》について、忘れてはいないね?」

「はい」

「なら、技術的に私が言えることは少ないが……せっかくリベールに来てくれたんだ。あの人の言葉をそのまま渡そう」

「あの人の?」

「他ならぬ、《剣聖》の言葉だ」

 リィンは目を見開いた。ほんの少しの沈黙のあとに口を開いた。

「是非に」

 真っ直ぐ自分の目を見たリィン。リシャールは満足げだった。

 ゆっくりとした動きで近づき、彼はリィンの正面に立つ。そして彼の肩に手をかけた。

「『これからも、迷うことに迷うな』」

「……迷うことに、迷うな」

「八葉の頂きを、そして私の大切な仲間を、頼むよ」

 カイトはカシウスの言葉を思い出す。

 次代から次代へ受け継がれていく意志。

 カシウスからリシャールへ。リシャールからリィンへ。

 それだけじゃない。例えばオリビエの意志は、Ⅶ組へ受け継がれている。

(また()も、あるのかな)

 リィンから次代へ。カイトから次代へ。

 その時、自分たちは後輩に、どんな言葉を贈れるのだろうか。

 

 

────

 

 

 こうして、カイトとリィンのリシャールとの対話は終わった。

 カイトが画策し、けれど他のⅦ組の面々も協力してくれて作り上げたひと時。リィンもカイトも有意義に時間を過ごした。

 そのまま、二人はエルモ村で一泊。リィンの故郷を思い出させる温泉にゆっくりと浸かって、くだらない話をしつつリベール旅行最後の夜を満喫した。

 翌日には、アリサ・フィー・エリオット・ガイウスとも王都で合流し、全員で空路で帝都に戻る。

 カイトにとっては帰郷、他のⅦ組メンバーにとっては小旅行、リィンにとっては少なからずの思索の時間となった。

 深夜にトリスタに戻り、夏期休暇最後の日の朝食はトリスタ残留組を含めた全員でシャロンの豪華な朝食を満喫して、各々自由に過ごす。

 特別実習も既に四回を終えた。合計七箇所もの旅を経て、Ⅶ組は確実に主体的に帝国に蔓延る問題に対処する資質を磨いてきた。

 リーダーであるリィンも、己の迷いとともに突き進むことを選び、テロリストの存在に心を惑わせたカイトも故郷での休暇を終えて、気持ちを新たにする。

 夏期休暇後、八月の本番。

 Ⅶ組は、また新たな変化を迎えることになる。

 

 








次回、帰郷を経て夏真っ盛りのトリスタへ。
64話「予兆~選択を越えて~」






ちょっと気になったので、よければアンケートに付き合って頂けると嬉しい……

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