アリサは言った。
「……で?」
「で、とはなんでしょうアリサさん」
「どういう風の吹き回しかと思ったわよ。あんなことを言われた挙句、『急に飯を奢るよ』なんて言われたらね」
五月二十五日、夕刻。言わずと知れた喫茶店キルシェ。アリサとカイトは、夕食刻にはまだ早い時間帯、学生たちもまばらな時間帯を選び、Ⅶ組のメンバーにも言わず迅速にこの場所へやってきた。
「まったくもう、急に変なことを言うんだから。こっちだって気が動転しちゃったじゃないの」
「それは覚悟の上で、他の奴がいない時にアリサに頼んだんじゃないか。例えばユーシスとか」
「でも、エマの眼鏡が光ってたわよ」
「……ひぇ」
今更であるが、珍しい組み合わせである。
アリサ・ラインフォルトは好んで注文したレモンジュースに口を運びつつ、訝しげな目線となった。
そもそも、カイトは女子生徒を意図して喫茶に誘うことはない。Ⅶ組のメンバーはもちつもたれつで、フィーの世話をしたり、エマに勉強を教えてもらったり、そういったことで二人組になることはままあるのだけれども。
そして、オリヴァルトに学費を融通してもらっており、多少ならともかくおおっぴらに金使いを荒げることはないと公言していた。
そしてカイトは、既にシャロンに胃袋を掌握されている。そんな少年がシャロンの夕食を断り、シャロンが仕える自分を連れ立って奢るときた。数ヵ月の寮生活で普段の少年の所業ではないことを知っている身としては怪しむのも当然だった。
そんな空気をなんとかしたくてなのか、カイトは一つ、冗談を言ってみた。
「やっぱり、食事に誘われるならリィンのほうがよかった?」
「すみません、この『気まぐれ学生パスタ』を四つ」
「すみませんオレが悪かったですから無意味に飯を頼まないでくれ!」
平然とカイトの心をえぐろう。容赦なくいこう。そうアリサは決めた。
実際のところ、アリサは入学当初はカイトに微妙な印象を抱いていた時期がある。当初はリィンの不可抗力事件があったが、そのころからカイトは教室でリィンに話しかける時に、間にいるアリサを飛び越して話していた。それを鬱陶しく思ったりした。そして実習で同じ班になるのが六月と遅かったのもあって、カイトの実力や判断力に対して若干疑問を持っていたりした。
もちろん今ではそれは払拭されている。だが、当初の名残もあって自分とカイトの会話はどこかボケとツッコミに変化してしまっている節があった。
「はぁ、実技テストの時もすごい頭を下げてたし、何かの相談でしょ? 別に奢らなくても構わないから、言ってくれればいいのよ」
「そ、それは助かります……」
とはいえ、とアリサは考える。直近まで通商会議の件で黙ってた──それはナイトハルトからの命令でカイトに悪意はなかったが──カイトが、今度はⅦ組の中で自分だけを、例えば傍から見ても仲良く見えるリィンを頼らずに自分に頼った経緯を。
しかも、頼みごとをしたということすら他のⅦ組に聞かれたくない理由を。
そう思ったので、率直に聞いてみた。
「何で私なの? Ⅶ組で相談っていったら間違いなくリィンでしょうに」
「いや、これはちょっとリィンには難しいと思う。あいつ、朴念仁だし」
「……は?」
両者沈黙した。
「えっと、もしアリサがダメだったら、たぶん委員長に聞いてたと思う。それも心配なんだけど」
「なによ、なによ? 本当にどういう悩みなの?」
「正直アリサにも話すか迷ったんだけどさぁ……一番無難なのはエリオットなんだけど、それはそれで本当に無難な答えが返ってきそうで……」
「エリオットにも私にも失礼じゃない? それ。いいからとっとと言いなさいよ」
「……うん。相談っていうのはな」
あー、うー、とひとしきり唸ってから、やっと少年はそれを吐き出した。
「アリサ。アリサなら誕生日に、何を貰うと嬉しい?」
「……うん、はい?」
そもそも少年からの頼みごとなので、予想のしようがなかったが、それでも予想外過ぎた。
誕生日プレゼント? 一体全体どういうことだ。そんな話がカイトの口から語られようとは。
「いや、本当に他意はないんだ。ただちょっと気になっただけで」
「気になっただけならわざわざ改まる必要はないじゃない。どうして──」
そこで、今度はアリサの思考に閃きが走った。
カイトからしてみれば、それはアリサの挙動が止まって、さながら美しい人形のよう──に見えたのだけど、現実は違う。ものの数秒でアリサは面白いものをみるような目になって、さらには「ムフフ」とでも言わんばかりに頬を膨らませて……。
「な、なんだよ」
「いえ? ちょっと思い当たる節があって。……なぁーんだ、そういうことね?」
ご満悦となった。種がわかれば、少なくともどうしてリィンやエリオットを相談相手に避けたのかも納得がいった。エマの丸眼鏡が光りそうだ、という理由も。どうして自分なのかには若干納得がいかなかったけど。
そしてアリサは決定的な一言を放った。
「アリスさんでしょ」
「ぶふっ!」
そして、カイトにちょうど口にしていた紅茶を吹き出させた。
「や、ちょ、なに吹き出してんのよ!?」
「げ、ごほっ……ご、ごめ……」
Ⅶ組メンバーとキルシェに入ると高確率で飲み物を吹き出す少年、カイト・レグメントである。
二人して落ち着いてから、カイトは赤面しつつ事情を説明した。
「へぇ、あの晩餐会の時にアリスさんのお誕生日をねぇ……役得じゃない、カイト」
「へーへー、そうですよ役得ですよ。だからアリサにもちょっと迷ってたんだけど……」
「エマに言うわよ? あとユーシスにも」
「ユーシスにだけは言わないで……冗談抜きで殺されそうなんだ……」
「なんか『別に恋情はない』とか言ってるのにやたらと気にかけてるものね。大した貴公子だわ」
アリサは一人ごちる。
夏至祭の哨戒の時にユーシスとそのことについて話した。あの時のユーシスの言葉に嘘偽りはなく、本心だったように思える。
Ⅶ組の中で彼は感情が表情に出にくいタイプなので、例えばマキアスなどと比べるとあまりにも見分けがつきにくいけれど。
アリサはとりあえず、深堀りすることにした。
「……それで、いつ? 実習と通商会議の後とか? アルフィン殿下から言われたなら、エリゼちゃんとかも同席しそうだけど」
「……あー」
「もったいぶらないで早く言いなさいよっ」
「……八月三十一日」
「へぇ、八月三十一日かぁ。それは随分日付が近い──って特別実習の最終日じゃない!?」
アリサのコップがどんっと置かれた。
「そうだよ……通商会議も八月三十一日。その時、オレはオリヴァルト殿下の護衛として会議場かその近くに待機してるはず」
「……まるっきりダメじゃない」
「そうなんだよ」
「……貴方悠長に何をしてるのよ。今すぐ通商会議なんて辞退しなさいよ」
「そうだとしてもガレリア要塞でしょーが」
「そんなの知らないわよ!?」
「いやオレに言われても!? 怒るならオリビエさんに怒れよ!? それかもう女神に怒れよ!?」
ひとしきり不毛な怒鳴り合いを続け、やがて酸欠になって二人共テーブルに肘をついた。
少しだけぼーっとする思考の中で、アリサは一つ気になったことがあった。
「……ねぇ。貴方って、アリスさんのことどう思ってるの?」
返事は沈黙だった。というかカイトから目を逸らされた。
「とどのつまり、誕生日プレゼントを用意したいってことよね? その日に渡せないのはまぁ、非常に納得がいかないけど」
「……そうだよ」
「でも貴方は交友関係も広いし、別に誕生日プレゼントをあげたことなんて何度もあるでしょうよ」
ついこの間、アリサはカイトの帰省に付き合った。そこで、カイトを慕い信頼する孤児院の子供たちと、そしてテレサ院長と会って話している。
フィーとアリサは最後の夜に孤児院に泊まったが、全員が色々なことを話してくれた。カイトの昔の話。テレサ院長の誕生日に……という話はよく聞いた。
あとついでに言えば、リィンも誕生日が五月だったのでみんなで祝っている。他のメンバーは誕生日をまだ迎えてなかったり、関係性がまだ浅くていつの間にか過ぎていた……というのもあった。
カイトはぶっきらぼうに答えた。
「でもそれは家族にであって、なんというか、その……こういうのはちょっと違うだろ」
「そう、それよ」
「どれだよ」
「貴方にとってアリスさんって、何者なのよ」
「……」
「そろそろ答えてくれないと、こちらもご教授しかねるわよ?」
「……ぅ」
カイトがアリスと面識があるというのを知ったのは、エリゼ来訪の時。そこでⅦ組はアリスとユーシスの関係性を知ったので、カイトとのことは衝撃が緩和された。
ところがアルフィン殿下が催した例の晩餐会のせいで、アリスの話も、カイトの昔の恋慕の話も、ついでにリィンの話とかアルフィンのいたずらとかも色々と明らかになった。
結局のところ、カイトのアリスに対する感情というのはどういうものなのだ。
アリサ個人としては、アリスのカイトに対する感情は把握している。その間柄を知らないので少々突飛に感じはしたが、改めて短い邂逅を振り返れば間違ってはいないはず。
だとすれば、やっぱり思う。カイトの感情はなんなのだ。例えばリィンと同じような形での誕生日プレゼントを考えられないという、カイトのその感情は。
出し抜けにカイトが言った。
「……わからないんだよ」
アリサはただただ、カイトを見るだけに努めた。
「わからないんだ。あの子がオレにとって、なんなのか」
カイトがぽつりぽつりと話し出す。
初めての出会いは帝都だったという。落し物の捜索をしたと。
「……最初はさ、不思議な子だなって思ったんだ。はっきりものを言ったり、おどおどしたり、表情と言葉使いがあんまりよくない意味でコロコロ変わってたから」
次に出会った時は、クロスベルのウルスラ病院。
「貴族だって知った時は驚いたけど、納得もした。だって親父さんが典型的な貴族派だったし。重圧もあったんだろうなって」
そして、一緒に
「立場に迷って、その中で少しでもできるようなことをする。オレが守りたいと思った世界の人の一人、その人だった。だから守りたいとは思うけど……」
「それは……」
もう、好きだと言っていいんじゃないか。
アリサは思った。言葉を濁しているが、カイトの言葉の運びと表情の移り変わりは明らかにそれだ。
以前は義姉に想いを寄せていたというのは、五月にエマと一緒に問い詰めたり帝都の晩餐会の時で明らかになったところだが。つまりは自分の恋情を恋情だと理解してはいるだろう。そもそも告白もしたと聞いている。
だったらどうして、アリスに対する
「……恥を忍んでアリサに聞きたいんだけど」
「ええ」
「アリサはさ、リィンのことが好きだろ?」
……ナンデスッテ?
「いや、だから好きだろ? リィンのこと」
「……」
「好きだろ? リィンのこと」
「二度も言わないでちょうだいっ!!」
思わぬところから殴打された気分だ。記憶を消したい。少し胸焼けがする。
カイトがエマではなく自分を頼ったのはそういうことか。
「うぅ……」
「リィンについてはオレも全力で応援するよ」
「はぁ、ありがとう……ってその話は問題じゃないでしょうっ!」
「まあアリサとリィンも
「……ええ、そうよ。認めるわよ! 何か悪いかしら!?」
「いや、別になんも恥ずかしいことじゃないんだから堂々としてろって」
期せずしてリィンのことを考えることになった。
最初はあまりにも最悪なファーストコンタクトだった。けれどそれが彼の優しさと勇ましさから来るものだとは理解していた。
落ち着いて、仲直りをして、ケルディックの実習で彼の悩みや人となりを知り。
それこそカイトがアリスに対して抱いたように、どこかほうっておけない感じがして。
七月の旧校舎の話をカイトやリィンから聞いて。その理由を理解した。その異形を、自分はまだ直接見たことがない。
優しく強いリィンがそこまで恐れる姿を、正直自分は知るのが怖い。それを知った時、彼に恐怖してしまうかもしれないことが怖い。
それでも、同時に彼のことを知りたいと思っている。それは、彼のことが好きだから──守りたいから──
「アリサ? アリサ……?」
「あ」
カイトがまじまじと自分を見つめている。
必死に取り繕っていた素の自分が出てしまった。
恥ずかしい。死にたい。
思わず両腕を枕にしてテーブルの上に突っ伏した。
「そんな姿をリィンに見せたら、リィンももっと意識するんじゃないかなぁ」
「……リィンって、私のことなんて言ってた?」
「可愛いって言ってるよ」
「……でも」
「うん、あいつとことん朴念仁だし。なんの悪気も良い気も惚れた腫れたもなく素で言ってる」
「はぁ、カイトぉ……」
「は、はい」
「……協力してくれる?」
「お、おう」
「ありがと……」
「お、おう……」
同盟、結成。
それはともかく、顔を上げた。
「で、よ。結局どうすんのよカイト」
「は、はい……復活早いっすねアリサさん」
「どうすんのよ。結局貴方の気持ちはどうなのよ。き、も、ち、はどうなのよ」
「何度も言わないでくれよ……なんか注文忘れてたな。夕食注文しようぜ」
「ええ。最近はシャロンの料理で舌も肥えちゃってるし。なにを食べようかしら……」
それぞれ夕食を、ついでに空になった飲み物の二杯目も注文。
ウェイトレスにそれを伝え、見送り、一息ついたところでお互いを見た。
「で、貴方の気持ちはどうなのよ」
「しつこいぞ! オレにだって守るべきものがあるんだ!」
「そっちこそしつこいわよ! そこがわからないとアドバイスもへったくれもないでしょうが!」
こちらはリィンへの感情を半ば吐き出したというのに。カイトはなぜそこをつまびらかにしない。
埓があかないので、変化球を投げることにした。
「それじゃあ……貴方のお義姉さんのことを教えなさいよ」
「……ナンデスッテ?」
なんだか今日は、カイトと果てしなく共鳴している気がする。
「貴方が好きだったクローゼさん……クローディア殿下のことよね?」
「そ、そーですけど」
「貴方はクローゼさんが好きだったから──」
「そーですけど!?」
「少しは黙りなさいっての!!」
はぁ、はぁ、と二人して息が切れる。果たしてキルシェに入って何度目の言い争いだろう。
「クローゼさんと、どう接してたの?」
クローゼという、カイトがかつて想いを寄せていた人。それは、アリスとはどう違うのだろう。
「……アリスと、クローゼ姉さんは違う」
「それはもちろんわかってるわ。どう違うの?」
カイトの熱がこもった声、しかも真面目なのではなくて欲と熱が同居した声を初めて聞いた気がする。
「姉さんと初めて会ったのは……戦争の時だ」
「……うん」
「父さんも母さんも失くした……そんなオレに手を差し出してくれた」
「うん」
「すごい、あたたかかったんだ。背中は小さいはずなのに大きく見えてさ」
「うん、うん」
「オレが成長して背が近づいても、姉さんの背中はずっと大きかった。だから……」
オレが、守りたかったんだ。
カイトはそう言った。
「じゃあ──」
「でも、守れなかった」
「え?」
「姉さんはさ。ずっと強かった。オレが守る必要なんて、なかった」
「……それは」
俯くカイト。
カイトは小さいが、ずっとⅦ組を引っ張ってきた。少なくともリィンとは違う形で、Ⅶ組を押し上げてきた。
今のカイトは、それこそ子供のように小さく見える。
自分は、カイトになんて言うべきだろうか。
「カイト、ちょっとは落ち着きなさいよ」
自然と、厳しくも優しいような、活を入れるような口調となっていた。
「もちろん私は貴方よりも経験がないし。戦いも弱いし。RFと導力技術のことを除けば、知識だってまるでないわ。でもね……貴方が言ったように、私たちは仲間よ。お互いのこと、少しはわかると思う」
「……ああ」
「貴方のお義姉さんが、貴方のことをどう見てたのかも……ほんの少しはね」
今、昔のカイトが見えた気がしたから、少しだけ言える。
「リィンやラウラみたいなわかりやすい強さじゃない。それでも一生懸命に困難にくらいついて、リベールの異変を乗り越えて……そうして強くなった貴方はたぶん、お義姉さんにとっての何よりの誇りだったんじゃないの?」
仮に、そんな風に自分を想ってくれる人がいたなら。
「嬉しかったと思う。お義姉さんも、そんな貴方がいて──気持ちに応えられないことに申し訳ないと思ったとしても」
「それは……」
「それは、貴方なりのやり方で……貴方にしかできないやり方で、お義姉さんを守ったってことでしょう?」
「そう、なのかな」
「……少しは自信持ちなさいよ、カイト。貴方がいつも通りでクロスベルに行ってくれないと、私たちも安心して特別実習に行けないじゃないの」
そうだ。今日の昼、自信を持って激励をしたばかりだ。
カイトは。ようやく。ふっと。憑き物が落ちたように笑った。
「さあ、教えて。貴方にとって、お義姉さんとは違うアリスさんは、どんな人なの?」
「アリスは……姉さんとは違う」
「うん」
「正直、好きなのかどうかには自信がない。だって、今までオレが好きだったのは姉さんで、ずっと……追いかけてきたから」
「うん」
「でも……放っておけなくて、姉さんとは違う形で守りたいと思う」
「うんっ」
「リベールのみんなとも、Ⅶ組のみんなとも違う……でも、大事な人だ」
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