二度目のクロスベル来訪だった。
八月二十八日。クロスベル市駅。初めてクロスベルに降り立った時に感じた雑多な雰囲気でも、創立記念祭の中で感じた異常な喧騒でもない。
けれど、もうすぐここは大陸中の視線を集める熱気を帯びた空間へと変わる。それを予感している人たちの浮足立つ気配が直に感じられた。
カイトも例外ではない。クロスベル市の中央広場で、そこかしこに目につく警官や、落ち着かない人々を見る。
(そりゃそうだよな。なんたってオレたちは今……世界の中心にいるんだ)
一度目は正遊撃士になりたての少年として、世界の中のクロスベルを知るために来た。
今、カイトは士官候補生として、世界そのものを知るために来た。
(さあ。たった一人のC班……特別実習の開始だ)
西ゼムリア通商会議、その開催まで、あと三日。
──その日のクロスベル──
「お久しぶりでーす!!」
カイトは勢いよく遊撃士協会支部の扉を開いた。
最後に訪れた三月三十一日から約五ヶ月。変化する可能性もあれば、何も変わっていない可能性もある微妙な期間だ。
制服の襟を整えて協会に入る。以前と変わらず、西方風とは趣向の異なった東方風の構造。扉を開けて最初に見える空間には、誰もいなかった。
近くには掲示板があり、やはり以前通り大量の依頼書が見える。
「あら……! カイト、久しぶりじゃないの!」
室内奥の階段からミシェルが降りてきた。再会の声は、それぞれ喜びに溢れていた。
「あはは、ミシェルさんも変わらないなぁ……!」
桃色のシャツを肌に直に重ねた褐色の偉丈夫。ミシェルは以前と同じ風体で、男性的な声を艶かしいものにして来る。
「予定より少し早い到着ね。生憎他のメンバーは外してるわ」
「そっか、残念」
「貴方がいた頃と比べれば、クロスベルの状況も好転してる。でも忙しさは変わらずよ。てんてこ舞いだわ」
それはそうだろう。エステルやヨシュアを召喚してもいた。半人前だったとはいえカイトが抜けてしまった穴もあったはずだ。
再会は嬉しく、自然話も盛り上がる。ようやくミシェルはカイトの格好に言及した。
「それが特科クラスⅦ組の制服なのね。へぇ、格好いいじゃない」
遊撃士としてのカイトは、白のシャツやコートを好んでいた。そこへ来てのⅦ組の紅い制服だ。クロスベル市内では良くも悪くも目立つ。
今回、カイトはあくまで士官候補生としてクロスベルに来ている。特別実習の延長でもあるし、そして通商会議という場の都合上夏服ではなくしっかりと着込んでいた。暑さはあるが帝国よりはやや涼しいし問題もない。
トワも緑の制服で会議場に赴くと言っていた。
「ありがとうございます。オレよりもミシェルさん好みの男子、結構いると思いますよ」
「あら……!」
ガイウスなどはミシェルのお眼鏡に叶うのではないだろうか。
友人を知らないところで雑に扱ったわけだが、ミシェルは首を横に振った。
「それでも、貴方も前より逞しくなったように見えるわよ。帝国で密な経験をしているみたいね」
「へへ……ありがとうございます」
帝国各地を巡る日々は、少なからず自分の見聞を広めてくれた。
自分にとっては予想外なことに、Ⅶ組の仲間と巡り会えたことも大きかった。
カイトは佇まいを直す。
「改めて……今回は帝国政府の随行団としての立場で来てます。とはいえ心は遊撃士……ミシェルさん、よろしくお願いします」
「わかったわ。事前に聞いていたことではあるしね。他のメンバーが帰ってきたら貴方のことを伝えておくから、また朝にでも顔を見せてちょうだい」
「はい」
「さて、と。それじゃあ貴方の予定を聞かせてもらえる?」
「たった今別行動って言ったんですけど……」
「随行団が来るのは明後日。つまりそれまで貴方は自由に行動できる。そうじゃないかしら?」
「おっしゃる通りです……ハイ」
やはりミシェルには逆らえそうになかった。
「気を取り直して……ミシェルさんの言う通り、オレは随行団到着の前後でガラリと変わりますから」
オリビエの提案もあって余裕のあるクロスベル入りができた。オリビエたちが来れば自由には動けまい。通商会議当日は尚更だ。
通商会議そのもののスケジュールは次の通りとなる。
八月三十日。各国首脳のクロスベル入り。国際会議場となる新市庁舎ビルのお披露目──除幕式。その後首脳陣の昼食会。夜は劇団アルカンシェルで特別公演。その後は旧ハルトマン議長邸──迎賓館で夕食会。首脳陣はそのまま迎賓館に一泊。
八月三十一日。午後一時より通商会議本開催。休憩を挟み、約五時間もの間そこで討論が展開される。会議終了後は再びの晩餐会。
九月一日。順次、首脳陣がクロスベルを出発する。
そんな中カイトは今日──八月二十八日にクロスベル入りをした。
「帝国の随行団が来る三十日の午前にはそっちと合流します。それまでの今日明日は、知り合いに挨拶しつつ情報収集をしようかと思って」
「なるほど。じゃ簡単な依頼なら頼んでもいいわけね?」
「ま、そこは相談しましょう」
オリビエらと合流したら、しなければならないことがたくさんある。同じ立場のトワとの合流、ミュラーやオリビエとの活動予定の把握、本会議時の動きなど。すべきことは多い。
「さてっと……それじゃ、ミシェルさんにはこの五ヶ月のことを教えてもらってもいいですか?」
「ええ、もちろん。色々と驚くわよ」
創立記念祭の後──正確にはカイトと特務支援課が暴走した後のクロスベル。自分がいない間、ニュース誌に乗るような出来事も細々とした出来事もあった。
まずキーアという競売会の《爆弾》については警察・ルバーチェ双方が干渉をしない『手打ち』となったわけだが、その後クロスベル各地に
さらにそのグノーシスをルバーチェや警備隊にばら撒いたのが、聖ウルスラ医科大学の准教授であるヨアヒム・ギュンターだ。その正体は、かつて大陸中の子供を攫い非人道的な『実験』を繰り返した最低最悪の宗教団体《D∴G教団》の幹部司祭だった。
そしてグノーシスによる警備隊の精神行動異常が、カイトがクロスベルタイムズで読んだ『クロスベル市内にて、警備隊による襲撃事件が発生』に繋がる。
「それで、エステルとヨシュアが特務支援課のロイド君たちと一緒にヨアヒム・ギュンターの本拠地を叩いてね。グノーシスに端を発した《教団事件》は幕を閉じたってわけ」
「なるほど……」
ヨアヒムが潜伏していたのは《太陽の砦》の地下だったらしい。誰にも開けることのできない扉の奥に、教団のロッジがあったそうだ。
首謀者であるヨアヒムは死亡。彼と繋がりがあったルバーチェ商会やハルトマン議長、その他有力議員たちに警備隊や警察の上層部も軒並み逮捕されることとなった。
ちなみにその時、エステルとヨシュアはレンとの『鬼ごっこ』を終えたらしい。そうして三人はリベールに帰っていった。
一通りのあらましを聞いて、カイトがしみじみ言う。
「ロイドたち……すごい活躍だったんですね」
当初『遊撃士の猿真似』などと揶揄されていたロイドたち特務支援課は、記念祭の後ドラッグの流通ルートの割り出し、マフィアに襲われた医科大学の安全確保、操られた警備隊からの逃走劇、そしてエステルたちと協力しての事件解決をやってのけた。
主にグレイスが書いているであろうクロスベルタイムズの記事でも特集が組まれていたが、明らかにロイドたちの印象は良くなっている。不良グループの抗争から始め、自治州各地の調査、市長暗殺未遂事件と、彼らも順調に成長しているのだ。
当初から彼らに好感を抱いていた自分としては嬉しいことこの上ない。
「ええ。貴方がいた時はヒヨコちゃんだったけど、今は適度に共同戦線を張れてるわ」
その特務支援課だが、教団事件の後は一時解散し、そして現在は新メンバーを含めて再始動しているらしい。まだ全員は戻っていないそうだが。
教団事件の後はディーター・クロイス市長、ヘンリー・マクダエル議長の体制となり、腐敗も浄化されつつある。魔都の闇も残っている。裏社会の勢力図も忘れられない。けれど議会や警察組織の健全化は喜ぶべきものだ。
これらが、教団事件の前の話。
「それで最近のクロスベルは?」
「きな臭いの一言ね」
「《赤い星座》ですよね……大陸西部最大規模の猟兵団」
ロイドたち特務支援課が再始動を始めたのが、つい数週間前の話。その頃、《赤い星座》がクロスベル入りを果たした。
フィーが所属していた《西風の旅団》と大陸西部において双璧をなす猟兵集団。少数精鋭で曲者ぞろいの《西風》。対して《星座》は大規模な部隊と大柄な武装、そして完全に戦時の死生観に基づいて、文字通り戦場を渡り歩く戦闘民族だ。
兵力の分析もあくまで西風と比較した場合の話であって、一人一人が一騎当千の実力を持つというのが実情。
かつてフィーが話したように、両猟兵団のトップである《闘神》と《猟兵王》は相討ちとなったが、《星座》には現在その二人に相当する化物がいて団員たちを率いている。
その化物──《赤の戦鬼》シグムント・オルランドが、《闘神の息子》ランドルフ・オルランドの叔父であり、現在クロスベルにいる中で最も動向を警戒されている人物だ。
「
「その化物の他にも、戦鬼の娘のシャーリィ・オルランドもいる。言っとくけれど、無用な挑発はしないように。冗談抜きで死ぬわよ」
「わかってますよ」
カイトが相手取った猟兵団は中規模の猟兵団である《ジェスター猟兵団》のみ。《赤い星座》の猟兵一人一人の力は並みの猟兵のそれを遥かに凌駕している。
「貴方の実力は信頼している。でも……《星座》相手じゃ流石に分が悪すぎるわ」
「はい」
そもそもの話し、彼らがどうしてこの魔都にいるのかすら定かではないのだ。何の目的があっているのか、いつまでいるのかさえも。それがわからない限り、現状では下手に動きようがない。
「《黒月》も黒月で裏社会を掌握しつつある……間違いなくルバーチェが健在な頃より危険度は増しているわよ」
その魔都に、これから各国の首脳陣がなだれ込むわけだ。表も裏も、あらゆる存在がいる。
かつて
「……とんでもないな」
「ま、その意味じゃ人ではいくらあっても足りないことはないわ。例えあなたの立場が前と違っても、会議の時限定ではあっても、ここにいてくれるのは助かるのよ」
「期待に添えるよう頑張りますよ。前より成長してる自信はありますから」
会話しながら、ミシェルは受付後ろの棚からプラスチック製の箱を取り出した。
「というわけで、これを受け取りなさいカイト」
「ん、なんです?」
「遊撃士としての貴方への届け物。《ENIGMAⅡ》よ」
「……はい?」
箱の上面には薄青と灰色の背景に、《EPSTEIN》とロゴが出されている。その様子に、既視感がありすぎた。あの時とは違い、この場にアリオスはいないけれども。
「え……!? それって
カイトは身を乗り出した。ミシェルが少し鬱陶しそうに後ずさる。
「その通りよ。ENIGMAを渡した時にも言ったじゃない。『もう告知もしている』って」
「だとしても、意外過ぎますって!」
カイトが現在使用しているRF社製の第五世代型戦術オーブメント《ARCUS》に対し、正当のエプスタイン財団製である第五世代型戦術オーブメント《ENIGMA》の二代目。
カイトはミシェルが箱から取り出したそれを受け取った。外装や大きさなどに目立った変化はなさそうだ。
「というよりなんでオレに?」
カイトの疑問はそこだったが、ミシェルが一蹴した。
「あら、貴方いつ遊撃士を辞めたのかしら?」
「いや、辞めてないですけど」
「自分で言ったじゃないの。『遊撃士としての活動を休止し帝国に行く』って」
「え……つまりオレって?」
「帝国は知っての通り政府とのゴタゴタでまともな活動基盤ができてないの。だから貴方、一応まだクロスベルの所属なのよ」
開いた口が塞がらない。すっかりそれを忘れていた。
「少しは遊撃士としての思考を思い出したほうがいいんじゃないかしら?」
「おかしいなぁ……クラスメイトを自分の経験で引っ張ってたんだけどなぁ……」
「ま、冗談は置いといて。所属として、そしてクロスベルにきた貴方の
「ず、随分と太っ腹な……」
「貴方の戦闘スタイルを考えれば必要な投資でしょう。代わりにⅠは返してもらうけど、どうする?」
「もちろん受け取ります」
「結構。中身を確認しなさい」
ENIGMAⅡの外蓋を開ける。Ⅰの頃からの通信機能は変わらないらしい。クォーツも同じく。だが違うのは……
「ん? クオーツ盤の中心のこれって、もしかしてマスタークォーツですか?」
「あら、よく知ってるじゃない。事前に予習でもしてたのかしら」
「予習というか、もはや復習といいますか」
ARCUSでマスタークオーツの事をわかりきっているので、若干の苦笑いが出た。しかしそのままミシェルに伝えと、追加で説明してくれた。
「なるほど。それじゃあ『成長する機能』についての説明は必要なさそうね。ただ、ENIGMAⅡにおけるマスタークオーツの機能はそれだけに留まらないわ」
ミシェルは、今度はクォーツを取り出した。通常のそれより少々大きなもの。クォーツの珠は銀色。
「幻属性のマスタークオーツ、《ミラージュ》よ」
それらをすべて受け取る。荷物を持っていたので、ENIGMAをからクォーツやらアクセサリーやらをすべて外してから返した。
個人仕様のライン配列も変わりないようだ。元のクォーツはそのまま填め込む。最後に《ミラージュ》も。
ミラージュは比較的アーツ使いの適性に合った能力変化を促すらしい。マスタークォーツということで『成長する機能』はARCUSのそれと変わりない。魔法体系の構築概念がARCUSとは異なるため、ENIGMA系統には『クォーツ自体にアーツが込められている』ということはない。
だが、ENIGMAⅡのマスタークォーツはその限りではないらしく。
「一定の成長を果たしたENIGMAⅡのマスタークォーツは、七属性に連動した
「それって……」
「使い方次第で戦略が広がるわ。その細かい能力は、またの機会にでも見ておきなさい」
「……わかりました」
カイトは悩んだ。この通商会議の間はENIGMAⅡで行くべきか。
通商会議の際にクロスベルにいて、ARCUSを使用するのは他にトワ・ミュラー・オリビエあたりか。万一彼らと共闘することを考えればARCUSも必要だが。
ミシェルが手を叩いた。
「アリオスは二十九日……明日の夕方くらいには共和国から戻ってくるわ。その時には遊撃士協会に顔を出してちょうだい」
「はい。そっか、アリオスさんは本会議のその場所に立ち会うんでしたよね」
「A級遊撃士としての立場を見込まれて、オブザーバーとしてね」
カイトはあくまで帝国関係者なので、鉄血宰相やオリビエと同じ場にはいれない。その意味ではアリオスを羨ましく思う。
国際会議の場。どんな言い争いが繰り広げられても、緊急時にならなければ何一つ発言が許されないのが歯がゆくはあるが。アリオスはいつもの仏頂面で成し遂げてしまうのだろう。
クロスベルの現状は言葉の上で把握できたが、カイトからも話すべきことはあった。帝国内で遊撃士の活動が制限されている以上、遊撃士の情報網としては協会にも入りにくいだろう。現場での体験は貴重なはずだ。
「……革新派と貴族派の争い、ね。もちろん知ってはいるけど、テロリストまで出てくるなんて随分切迫してるじゃない」
「はい。ニ年以上前から存在はしていたけど、先月の帝都夏至祭でついに姿を現しました」
「そのテロリストたちが通商会議の場を襲う可能性は?」
問われ、考える。
「……彼らはもう、帝国にとっての至宝に刃を向けてる。人を傷つけるって意味ならそれを拒む理由はないはずです」
「鉄血宰相に第一皇子。それに他国の王族首脳陣を殺める結果になったとしても、厭わないと?」
「そう、ですね。厭わないと思います」
そこに多少の葛藤があったとしても、とカイトは口にはしなかった。脳裏にレイラの姿が写った。
「まったく、共和国方面も元からテロリストがいるわけだし、きな臭くなりそうね。今回の会議は」
「そうですね……」
通商会議かガレリア要塞かで悩んだが、前者を選んで正解だと思った。帝国が抱える問題は国内だけに留まらない。世界のために、自分のために、各国の動向を見極めるべきだと思った。
明日から、また学院生活とは別の忙しい激動の数日間が始まるのだ。
「それじゃあ、ミシェルさん。しばらくの間、よろしくお願いします」
「ええ、よろしくね」
久しぶりに……
カイトのENIGMAⅡの情報
属性縛りなし、マスタークォーツ:ミラージュLv.3
ライン1:MQ-5スロット:治癒、命中2、妨害2、破盾の牙、防御2
ライン2:MQ-1スロット:HP3
地:
ストーンスパイク、クエイク、ゴルゴンブレス、ジアータイタニス、アースグロウ、クレスト、ラ・クレスト、アダマスガード、
水:
アイシクルエッジ、ブルードロップ、ティア、ティアラ、セラス、コバルトスフィア、
火:
ファイアボルト、ヒートウェイブ、フォルテ
風:
スパークル、エアロシックル
時:
ソウルブラー、カラミティエッジ、クロノダウン、クロノドライブ
空:
フォトンシュート
幻:
カオスブランド、シルバーソーン、アナライズ、セイント、ホロウスフィア
次回、66話
《8/29:西ゼムリアの行方》
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