心の軌跡Ⅱ~重なる標~   作:迷えるウリボー

122 / 170
66話 8/29:西ゼムリアの行方③

 

 

「あはは。遅かったじゃーん。待ちくたびれちゃったよ~」

 人喰い虎。血染めの(ブラッディ)シャーリィ。

「えへへ、どもども。シャーリィ・オルランドでぇーす」

 特務支援課メンバーのランディ・オルランドの従妹。何よりもクロスベルのほとんどの組織が警戒する猟兵団《赤い星座》の部隊長がそこにいる。

 なぜ、どうしてここに。ランディはもちろんそう思うだろう。他の支援課メンバーもカイトも。無邪気に警戒していないのはキーアくらいだ。

「お前……何しに来やがった?」

 ランディの声が、信じられないくらいに底冷えしていた。ガルシアと戦った時以上の冷徹さがあった。

 一方のシャーリィは無邪気なままだ。

「つれないなーランディ兄は。二年ぶりに従妹が会いに来てくれたんだよ? 可愛いカワイイ従妹だよ? 素っ気ないってば〜」

「いいから答えろ。何しに来やがった。いや──ここで何をしていた?」

 支援課メンバーで猟兵を()()知っているのはランディだけだ。この場で次に経験があるのは、ジェスター猟兵団()()と戦ったことのあるカイトだけだ。

 そんなカイトは、右腕に緊張が走っていた。その指先が、少しずつ銃のホルスターに近づいている。それは、一目見ただけでシャーリィの異常性を理解したから。

 シャーリィはにこやかに笑った。

「ふふっ、ぬるいねランディ兄。もう三回くらい死んでるじゃん。開閉感知地雷、屋内からの銃弾の雨あられ。しまいには──」

「──近隣ビルからの狙撃あるいは榴弾砲(グレネードランチャー)をブチ込む、だろう」

 平然とランディが返してのけた。

「あらら、さすがに基本の『き』は覚えてた? そんじゃどうして迎え撃たないの? 挽肉確定! いつからそんな腑抜けになっちゃったのさ〜」

 空恐ろしい会話に圧倒される支援課メンバー。

 カイトの思考は間違っていなかった。それどころか予想以上。

 ランディやフィーという元猟兵と比較した自分が愚かだった。こいつは、骨の髄まで猟兵だ。

 シャーリィの目がカイトを捉えた。それは、唯一この場で武器を構えようとしたからだろうか。

「そこのお兄さんのほうがまだマシじゃん。ま、結局死んじゃってるけどさ」

「褒めてもらってありがとう、全然嬉しくないけど」

「まーまー、猟兵じゃない人にそこまでは求めないって。()()()だったら一般人巻き込んでも仕方ないけどさぁ」

「ふぅ……こりゃまた過激な子だね」

 いつでも飄々としているワジが笑っていない。脂汗をにじませながら苦言を呈した。

 なんだ、こいつは。目的がまったく見えない。

 遊撃士協会からカイトと話していたために後方にいたロイドが、ここで初めて前にでた。

「君……シャーリィといったか。改めて、支援課のロイド・バニングスだ」

「あ、どもども。なんか一人新しい人がいるけど。その人もメンバーなの?」

「『結局死んじゃってる』とか言った癖に何を平気な顔で……オレはカイト・レグメント。遊撃士だ」

「へぇ? とてもそんな風には見えないけど。それ、どこの服?」

「帝国の学校の制服だ。色々ややこしいけど……《支える籠手》の紋章は捨ててない」

「あはは、それじゃ商売敵だねっ! どう? 一回()っとく?」

「やらねぇよ……」

「やるやらないもナシだ。挽肉だの巻き込むだの殺り合うだの……ここは俺たちクロスベル警察の分室だ。不用意な発言は控えてもらおうか?」

 あくまで冷静な対応だった。ロイドはこの熱血さと冷静さを併せ持つ男だ。

「あはは、ゴメンゴメン。つい懐かしかったからお兄にじゃれ付きたくなってさー」

「お前が俺に懐くタマか。大方、叔父貴の使いで俺を呼びに来たんだろうが?」

 支援課メンバーも、カイトもその一言に肌をざわつかせる。

 シグムント・オルランドが、ランディを呼んでいる。

「パパが言ってたよ、『今晩あたり来い』って。明日から忙しくなりそうだし、それで私が来たんだー。親孝行な娘でしょ?」

「ハッ、家業を継いで人殺しを悦んでやがるなら、親不孝だか孝行だかわからねぇよ。……叔父貴はどこにいる?」

「《ノイエ=ブラン》で先にやってるよ。断ってもいいけど、どうする?」

「その場合は『手段』を選ばねぇってんだろ? お見通しなんだよ、お前らのやり方は」

「ふふ、調子戻ってきたね。それじゃ、レッツゴーだね」

 呆気にとられる仲間たちを余所に、赤毛たちの会話は進んでいた。今夜、元猟兵の《闘神の息子》と現役猟兵最強クラス《赤の戦鬼》が対面する。

 ランディは一転、気さくな表情で仲間たちに語りかけた。

「ま、そういう事だから叔父貴のとこに顔を出してくる。今夜中には戻るからあんま心配しないでくれや」

「で、でも……!」

「さすがに危ないんじゃ……!」

 動揺を隠せないエリィとノエル。あれだけ警戒していた猟兵団へ、仲間が死地へ向かうことになる。どうあっても心配は拭えない。

 ならばどうするか。

「なあ、ランディ」

「ん、どうしたロイド。心配はすんなって──」

 ならばどうするか。答えは共に死地に向かうこと。

「そうじゃないよ。俺も挨拶に伺おうかなって思ったからさ」

 ランディが、仲間たちが、何よりもシャーリィが驚いている。

「一応、支援課のリーダーとして同僚の身内に挨拶するのは礼儀だろうからな。それに高級クラブなんて、いい社会勉強になりそうだし」

 どこまでも鉄面皮とした表情。冷静で気さくで、そしてどこまでも仲間を想っている。

 出会い頭に半ば不法侵入。その上ランディを通して榴弾砲やら地雷やら脅しをかました。それが冗談ではなく本当にしかねないのが猟兵。それに屈しない青年に、シャーリィはランディに向けたものとは違う笑みを浮かべた。

 それは、まだ好敵手などというものではない。良い狩りの標的でもない。たまたま道端で、空腹の時に食べ頃の果実を発見した時のような。

「へぇ……面白いね、お兄さん。いいじゃんいいじゃん、せっかくだからついて来なよ!」

 シャーリィは乗り気だ。彼女は遊び好きの人喰い虎。楽しい機会を放ってはおかない。

 そして、ロイドの厚かましさという名の勇気を見て、反応しない男衆ではない。

「だったら僕もご同伴願おうかな。高級クラブ《ノイエ=ブラン》は一度遊んでみたかったんだよね」

「キレイなお兄さんもどうぞ! あれ、ひょっとしてお姉さん?」

「だったらオレも。火遊び好きの先輩に影響されちゃってさ。遊撃士だし学生服だけど、そんなことでNGを出すような()()()な猟兵団じゃないよね?」

「水臭いなー、だからそんなつまらないことはしないってば。いいよ、ついて来なよ」

 ワジだけじゃない、まさかのカイトまで参戦宣言。散々ミシェルに「下手に手を突っ込んだら死ぬわよ」と脅された一日後にこれだ。

 それでも、この上ないチャンスだと思った。黒の競売会に忍び込んだ時と同じように。

 ランディが頭をかきむしった。

「だあああっ! なに考えてんだお前ら!? シャーリィ、お前も勝手に話を進めるんじゃねぇ!」

「まあまあ、車で送り迎えするからさ。そうだ、お姉さんたちも来る? さすがにその子と狼は連れていけないけど」

 そこはロイドが迫真の間合いでシャーリィの声を遮った。

「エリィ、ノエル。夕食はキーアと済ませてくれ。それと課長に連絡を。ツァイトはここの守りを頼むよ」

「ねえねえ、ロイドたち、どこかに出かけるのー?」

「ああ、ランディたちと出かけてくるよ。遅くなるかもしれないから、夜更かししないで早く寝るんだぞ?」

「はーい、いってらっしゃーい!」

 キーアに対しては、あくまで優しく。その笑顔が絶えないようにという強い意志。

 もはやランディもロイドやカイトの介入を防げなくなった。盛大にため息を吐き、緊張感で溢れかえった支援課ビル。

「クソッ、どうしてこんなことに……」

「まあ、腹を括るしかないんじゃない?」

 ワジの、台詞回しだけは変わらない飄々さが、今は心地よかった。

 

 

────

 

 

 ランディ、ロイド、ワジ、そしてカイト。男たちはシャーリィに連れられて支援課ビルを出た。中央広場に出ると、クロスベル市内でも滅多に見ない高級車に出迎えられた。

 運転手も、シャーリィの付き人のように振舞う男もどちらも猟兵。赤い星座の、歴戦の狂戦士。

 歓楽街の奥まった場所に、高級クラブ《ノイエ=ブラン》はあった。普段カイトが訪れることもめったにない、クロスベル政界議員や外国賓客御用達の一等地だ。

 クラブを営業するクリムゾン商会、その大元である赤い星座の副団長が、団長の息子と話す。そういった経緯もあって、人払いがされていた。

 クラブに入り、主にランディに対してスーツ姿の猟兵たちが傾げく中、ランディたちは通路を進んだ。さらに奥へ。大広間とも見紛う個室へ招待される。

 個室とは言っても、十数人が入れる程の広い部屋だ。L字型に配置れたソファ。大きすぎてかえって不便そうなテーブルには、既に所狭しと洒落た料理が並べられている。

 ランディを呼びつけた大男は、ソファの一角に腰を下ろし、その場を支配していた。

「──来たか、ランドルフ」

 恐ろしく轟とした声だった。シャーリィと同じく、猟兵として今すぐ戦えるようなボディスーツの出で立ちは筋骨隆々の体格と相まって圧迫感しか与えてこない。ジン、赤獅子、V……カイトが今までに出会ったどの大男よりもなお大きい。無造作な赤の髪と髭が揺れている。

 シグムント・オルランドは、猟兵然とした態度と笑みを崩さなかった。ランディたちの後ろから駆けてきたシャーリィが無邪気にシグムントの隣に座り、もともとあったアイス類にぱくついても、彼自身はずっと戦場の空気を崩さない。

 カイトは、ロイドは、ワジは、少なからず圧倒された。戦場の死神と言われる猟兵の、その頂きに立っている男を目の前に、世界の常識をまざまざと塗り替えられる。

 数時間前、アリオスが言っていた「俺では赤の戦鬼には勝てない」という言葉。それが事実であると実感した。

 ランディは──女性陣やキーアがいないせいか、飄々とした態度ではなくなっていた。殺気を顕にし、いつでも臨戦態勢に入れるような鬼気でいる。仕事着のオレンジコートのポケットに両手を突っ込むという舐めた格好であっても、カイトやロイドにとっては間違いなく歴戦の猟兵と肩を並べる死神に見える。

「叔父貴、随分と唐突じゃねえか。前に会ってから二週間……なんの音沙汰もなかったくせによ」

「そう怒るな。こちらも用があったからな。しかし……」

 シグムントはランディ以外の男たちに目を向けた。品定めするような目つき。

「お前がこの場にツレを連れてくるとは。二年前のお前じゃ考えられんな」

「ふん、ウチのリーダーは義理堅いんでね。もっとも、それ以外の野郎も来てるけどな」

「構わんさ。警察だろうが遊撃士だろうが関係ない。客としてここにいる以上、歓迎させてもらう」

 カイトが遊撃士であるということも把握している。そのうえで、立場の違いを気にもしていない。目に映るのは敵か、味方か。それだけか。

「……初めまして。クロスベル警察、特務支援課。ロイド・バニングスといいます」

「同じく支援課準メンバー、ワジ・ヘミスフィアだよ」

「……トールズ士官学院Ⅶ組、現遊撃士、カイト・レグメント」

「クリムゾン商会代表、シグムント・オルランドだ。迷惑をかけた借りもある。ゆっくりと飲んでいくがいい」

「……では、お言葉に甘えて」

 ロイドの言葉に反応し、ランディも含め全員が着席。 ホールスタッフが丁寧な所作で最初の一杯を尋ねてくる。カイトとロイドはソフトドリンクを。ランディとワジはワインを取り付ける。

「ワジ……お前なぁ」

 ロイドが辟易した。

「そう固いことは言わない。せっかくの機会だって言ったのはロイドだろう?」

 猟兵の身内と再会するは羽目になって精神がごちゃまぜなランディとは違うのに、ワジは普段らしい行動を崩さない。あるいは、行動だけは崩さないようにしているのかもしれないが。

「なんだ、お前たちは飲まないのか?」

 シグムントが、声の圧迫感は変わらずに聞いてきた。

「……仮にもご挨拶に伺った身です。素面でいたいと思いまして」

「ククッ、結構なことだ」

「ねぇ、遊撃士のお兄さんは? 遊んでみたいって言ってたじゃーん」

「……正直、飲んだことないんだよね。一応クロスベルなら適齢には引っかからないけど」

「はーいお遊び決定! ガレス、何でもいいから持ってきて!」

「かしこまりました」

「ええ……?」

 一分もかからずに小洒落たグラスに入った紅と蒼の色合いのカクテルが入ってきた。持ってきたシャーリィの付き人曰く、アルコール度数は店の中でも低い方らしいが。

「……ええい、ままよ」

 シャーリィだけでなくロイドやワジも注目する中、カイトは一思いに喉に流し込んだ。

 カクテルグラスをテーブルに置いて、一言。

「……意外とおいしいな」

 ロイドがずっこけた。

「カ、カイト……」

「いや、なんかごめん」

「あはは、仮にも高級クラブだよ? そこらの中堅猟兵が酒場で頼むようなものじゃないんだから〜」

 シャーリィの屈託のない笑い。

 実際、飲みやすいものであったのは確かだ。果たして自分が酒に強いのか弱いのかは知らないが。

 とはいえ、ここで呑まれたら色々な意味でだめだ。若干熱くなった顔を軽く叩きつつ、カイトはシグムントに目線を合わせた。

「さて……積もる話もあるが、ひとつひとつ問い、答えていこうか。まずは遊撃士だ。そろそろ緊張もほぐれてきただろう」

「……オレ? 少年の、しかも休職中の学生なんかに天下のオーガ・ロッソが注目してるなんて夢にも思わなかったけど」

「俺のことも知らないわけではあるまい。しかし接触を狙ったわけでもなく、ここへの参加はあくまで偶然。大方興味が八割といったところだろう。聞きたいことも他の客人たちとそう変わらない」

「さすがって言えばいいんでしょうかね。抜け目ない思考だ」

「風の剣聖辺りから、俺のたちへの接触は戒められているはずだ。全面戦争となりかねないからな。そんな中でこの場にやってき豪胆さ。それを讃えてのことだ」

「それは……どうも」

 カクテルをチビリと舐めた。

 遊撃士側と同じだ。猟兵側も安易な接触に注意を払っている。単なる野蛮人の集まりではなく、常識がまったく異なるだけの一つの社会を形成しているとわかる。

 シグムントは呷ったジョッキを豪快にテーブルに置くと、カイトに向けて笑った。

「赤獅子と殺りあったんだってな?」

「赤獅子って、ジェスターの副団長……? もうニ年前のことだぞ、どこからその話を……」

「猟兵界隈は狭い。東の果てはともかく、大陸西部で活動していれば有象無象の話を聞くことはある」

「……直接倒したのはオレの先輩だ。あの時のオレは今よりもっと弱かった。必死についていっただけだ」

「実力だけで全てを語れるなら、ここにいる全員、俺にひれ伏すしか道はない。死地に活路を見出す。その中で己の役割を全うする。それが戦士の矜持。それは遊撃士も猟兵も同じだろう。《護る》か《屠る》か、違いはそれだけだ」

「……それだけで《支える籠手》を語られたくはないけれど」

「もっとも、護るにせよ屠るにせよ。そして傍観者でいるにせよ……そのいずれにも見合う実力は求められるがな」

 猟兵団は、殆どの場合殺し合いと助け合いの繰り返しだ。雇い主が変われば、昨日まで殺し合っていた者たちが同じ陣営で鉢合わせることも当たり前。だからこそ、違う団であっても交流があったのか。

 シグムントは懐かしんでいた。

「赤獅子は戦力もまだまだ。猟兵としての精神も子供騙し()()()。しかし光るものはあった。惜しい男を亡くした」

「あの化物を子供騙しとか……待ってくれ、『亡くした』だって?」

「ああ。猟兵ならいつ死に逝くのも不思議じゃない。まあ、当然の摂理だ。お前やお前の先輩とやらに怒ることなどないさ」

「違うっ。そうじゃない。アネラスさんはあいつを気絶させただけだ。あいつ……死んだのか?」

 あの後、てっきり部下たちに救出されたか、あるいは領邦軍あたりに捕らえられたのかと思っていたが。

「ああ。奴は死んだ」

 たった一言がカイトにとっては重い。ヴェスティア大森林での戦いと逃走の一幕が、走馬灯のようにカイトの脳裏を駆け巡った。

 敵だった人間だ。実際自分も殺されかけた。

 同情はしない。赤獅子は目の前の鬼と同じ死生観で生きていたのだから。

 けれど、納得はできない。あれだけ遊撃士に、カシウスに怨恨を抱いていた人間の最期を、こうもあっさり聞くことになるとは思わなかった。

 煮え切らない自分の心。どうして奴は死んだのか。シグムントが思わせぶりなことを言う。

「簡単な話だ。怨嗟を持って殺された。人を殺せば復讐されることもある」

「復讐……誰に……」

 猟兵団に、ジェスターに怒りを覚える人間。猟兵団であれば多方面に恨みを買いそうではあるが。

(……どこか、引っかかるな)

 カイトがその答えに至る前にシグムントは会話の相手を変えた。もともとカイトは目当てのランディでも、その同僚でもない。ここで終わりというわけか。

「さて……次はお前たちの質問に答えよう」

 ロイドは、シグムントとカイトのやりとりに注目していた。抜け目ない大男の態度。ロイドも付け入る隙を探っていた。もっとも、シグムント自らがロイドに対して質問する隙を作ったわけだが。

「……率直に言って、クロスベル警察は貴方がたの動向に注目しています。特に──どのような目的でクロスベルに滞在しているかを」

「直球だな。その理由はいくつかあるが……もちろん最大の理由は契約を結んだからだ」

「契約──それは帝国政府との契約ですか?」

 遊撃士協会で予想した二大国と黒月を絡めた対立構図に関わるものでもある。

「ふふ、ノーコメントだ。ウチの業界にとっちゃあ守秘義務に抵触するんでな」

「なるほど……」

 ロイドの目線が僅かに下を向く。ほんの少しの会話、そのニュアンスも含めて得られた反応を吟味しているのか。

 カイトも気になることはある。最大の理由が契約を結んだから。つまり、契約以外の理由もあるということなのか。

 ワジが口を開いた。

「それじゃ、帝国のレクター大尉との関係は?」

 カイトは知らなかったことだが、赤い星座がルバーチェ跡地を黒月に先んじて買収するのにレクター大尉が関係していたらしい。

「あの戯言使いか。鉄血の懐刀だけあってなかなか面白い小僧だ。ツァオあたりともいい勝負をするかもしれんな」

「叔父貴……あの眼鏡野郎も知ってんのかよ?」

「去年、連中の縄張りをかき乱した時に殺りあった。ぬるい仕事だったが奴の手勢には食い下がられてな。ふふ、まさかこの街でも顔を合わせるとは思わなかったが」

 アイスを食べ続けるシャーリィが口を開いた。

「モグモグ……噂の《銀》ってのには結局会えなかったんだよねあの時は。たしかちょっと前までクロスベルにいたんでしょ?」

「ああ、ルバーチェが消えてから音沙汰はねえらしいが……」

 意外なところで反応を示したと、カイトは思った。誰が好き好んで伝説の凶手に会いに行きたいのか。と思ったが。この辺りが彼女が《人喰い虎》と言われる所以か。

 ランディが語気を少し荒げた。

「って誤魔化すな! あのレクターって奴との関係を聞いてんだろうが」

「ククッ、つまりはノーコメントというわけだ。それ以上は察しろ」

 またも守秘義務。この場に来て、帝国政府との契約の存在を確定させただけでも温情だというところか。実際、赤い星座からしてみればその目的や指針を明かすわけにはいかない。カイトやロイドたちからすればこの上なくもどかしいが。

「いいさ、ランディ。ちなみに差し支えなければで構わないんですが……今回の契約というのはどのくらいの額なんですか?」

 ロイドの新たな質問に、シグムントとシャーリィの目が開かれる。予想外のことだったらしい。

「ほう……」

「あはは、お兄さん……目の付け所がいいね~」

「なるほど……そんな反応が出るくらいなんだ。ひょっとして一億くらいは出てるのかな?」

 時々茶々と入れてくるワジだが、ロイドやカイトにはできない対応で空気を和ませている辺、計算の上で素の態度を取っているのかもしれない。彼にしても最強の猟兵を前にしていつも通りとはいかないはずだ。

「ノーコメントだ──とはぐらかしてもいいが。ま、今回の契約に関してはそのくらいの額だと言っておこう」

「い、一億相当の契約……」

「ふふ、豪気だねぇ」

「……ロクでもねえことをやらかすみてぇだな」

 確定した帝国政府──鉄血宰相との契約。その規模に見合う一億ミラの、しかし明かすことのできない某かの任務。手配された磐石の守護隊ではなく、最強最悪の猟兵を呼びつける狙いはなんなのか。

 まだ謎は多い。そして、シグムント・オルランドがこの場にいる意味も。

 緊張感を隠せないカイトたちを前にして、シグムントはさらに追い打ちをかけた。

「サービスはここまでだ。そろそろ本題に入るとしよう──ランドルフ」

 次の一言がある意味、シグムント()()がこの場にいる理由を明らかにすることとなった。

 それはランディに──特務支援課にとっての、最大級の試練となる。

 

「貴様には次の《闘神》を継いでもらう」

 

 カイトが、ロイドが、ワジが。

 誰よりもランディが度肝を抜かれる。

 座っているソファを思わず殴りつけるランディがいた。柔らかな壁であってもとてつもなく重い衝撃が走った。

「──ざけんな! 何を口走ってやがる……! まさか酒に酔ったとか抜かすんじゃねえだろうな!?」

「休暇は終わりだ、ということだ」

 シグムントはあくまで淡々と答える。

「赤い星座を率いるのは、《闘神》でなくてはならん。そしてそれを継ぐのは《闘神の息子》──兄貴の息子である貴様の責務だ」

 赤い星座。古くから連綿とその血脈を残す狂戦士の一族。その常識は一般のそれなどとは比べ物にならないほどの非常識さ。いっそ、血統を意識するという意味では貴族や王族の方が近いのかもしれない。

 ランディは吠え続ける。シグムントとシャーリィは全く声を荒げない。ランディがどんなことを言おうとも、結末が自分たちの考える通りになることを全く疑っていない。

「闘神が必要ってんならアンタが継ぎゃあいいだろう!? なんならシャーリィでもいい! 女じゃいけねぇ理由はねえはずだ!」

「俺は《戦鬼》。戦場を蹂躙するだけの存在だ。兄貴みたいにはなれんし、なりたいとも思わん」

「うんうん、シャーリィも柄じゃないしね~」

「ランドルフ。貴様も気づいているはずだ。兄貴が何故、長年の宿敵と決着をつける気になったのかを」

「……っ」

「兄貴は貴様に試練を与えた。貴様はそれを乗り越え、見事闘神を継ぐ器を示した」

「……ぁ」

 ランディらしくない声だった。言葉ですらない。

「貴様もわかっているはずだ。もう、闘神以外の()()にはなれんことを」

 わずかな沈黙が走った。

 カイトの胸中にたくさんの言葉が浮かぶ。

 

 闘神を継ぐ試練? なんだ、そのきな臭い言葉は。

 ()()にはなれない? ランディは今、ここにいるじゃないか。

 血の縁は濃いに決まっている。濃くて当然だ。けれどそれよりも尊い絆があるからこそ、この世界はこんなにも悲劇と喜劇が溢れている。

 猟兵団と家族になり、Ⅶ組の一員になった《西風の妖精》を知っている。

 断じて、お前たちにランディとロイドたちの絆をバカには──

 

「言いたいことでもあるのか? 小僧」

 シグムントが、先ほどとは異なる目線でカイトを捉えた。

「……ぁあ、くそっ」

 何も言い返せなかった。敵意をもって放とうとした言葉は、口の外へ出る前からシグムントに殺された。

 少しでも反旗を翻せば、殺される。それも息の根を止められるのではなく、魂を握りつぶされる。そんな予感がした。

 カシウスやアリオスが《理》に達しているなら。レーヴェやこのシグムントは《修羅》に身を染めているといっていい。

 そして、目の前の男は同時に《戦鬼》である。剣の帝王のような思慮などどこにもない。

 間違いなく、鬼だ。

 敵意ではなく、ランディへの心配と疑問の声色を含んだ声だからこそ、ロイドの声は遮られなかった。

「闘神を継ぐ試練……?」

 シグムントは未だ自分へ目を向けている。代わりにシャーリィが口を開いた。それはもう、楽しげに。

「えへへ、今はへたれてるけど昔のランディ兄はすごかったからね。なにせ西風の大部隊を撃破するためにあの村を──」

 

『黙れ』

 

 その声は、慟哭であり、激昂であり、涙が見えて、そしてとても肉声とは思えなかった。 俯くランディの()()()から、あまりにも頼りなく、搾りだすような音が。

「頼むから……それ以上は喋るなっ」

 他の発言を赦さないというシグムントの覇気と、楽しげに場を盛り上げようとしていたシャーリィの笑顔が消えた。

 塵を見るような眼。

「ダサ……ちょっとショックだなぁ。昔はランディ兄に憧れてたこともあったのにさぁ」

「ククッ、それくらいにしておけ。今夜はこれで帰るぞ。シャーリィ」

「はーい」

 立ち上がるシグムント。シャーリィもそれに続く。

 ランディだけではない。カイトもロイドも、何も言えないし何もできなかった。反抗の意志すら許されなかった。体がソファから離れず頭の上から何か万力のような圧力がかかっていると感じる。

 去り際、シグムントが立ち止まった。仲間たちの誰からも、シグムントの顔は見えない。

「その姿、兄貴が見たらどう思うかよく考えてみろ。それ以上無様を晒す前に従うか、逃げるか、抗うか決めるがいい」

「………………」

「さもなくば死ね」

 戦場を駆ける鬼にとっては、その言葉は温情だったのだろうか。

 シグムントが、他のスタッフさえも払われ、仲間たちだけとなった空間。

 一分ほど、ランディが口を開くまで、永い沈黙があった。ワジでさえ黙っていた。

 ランディは髪をかきあげ、クシャクシャな笑顔を仲間たちに向けた。

「たくっ、お嬢たちを連れてこなくて良かったぜ。さすがにカッコ悪すぎだろう……」

「ランディさん……」

 カイトの心配にも応えず、ランディはソファにもたれかかって天を仰いだ。その視線の先には紅くて無機質な天井しかない。ランディの顔がまた視えなくなる。

「すまねぇな、三人とも。無様なところを見せちまったみたいだ」

「そんな風に言うなよ、ランディ。どう考えても……おかしいのは彼らの方だろう?」

 ロイドの言葉にはどこまでも同意するしかない。

 一族の先頭に立つことの、どこまでも負の側面が見えた。

 カクテルによって作られた酔いもどこかに吹っ飛んでいた。

 ようやく、ワジが茶々を入れてくる。けれどそれはロイドが本気で批難するほど空気が読めなく、いつもの彼にしてはみっともないものだった。

「でもそこまで凹んでるところを見ると、意外と図星だったりするのかな?」

「ワジッ!」

「ククッ、嫌な野郎だ」

 四人にとって、悪夢のような夜だった。

 支援課にとって、試練となる壁の出現だった。

 ランディにとって、悪夢そのものだった。

「ああ、そうだっ。この上なく図星で……痛いところを突かれちまった」

 カイトは、相容れない存在の頂点を見た。

 五体満足で生還できたことが、今夜の最大の成果だった。

 

 

 








次回67話
《8/30AM:集結》

物語内容を知っている軌跡作品について……

  • すべて、最初は自分でプレイした。
  • 動画、その他メディアで知った作品がある。
  • 全て別媒体で知った(プレイ有無は問わず)
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。