心の軌跡Ⅱ~重なる標~   作:迷えるウリボー

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67話 8/30AM:集結

 

 

 七耀暦千二百四年八月三十日。

 新クロスベル市長にしてIBC総裁、ディーター・クロイスが提唱した《西ゼムリア通商会議》が始まった。

 西の大国、エレボニア帝国からは鉄血宰相ギリアス・オズボーンに加え、粋人として知られる帝国第一皇子オリヴァルト・ライゼ・アルノール。

 東の大国、カルバード共和国からは庶民派として支持を集めている大統領サミュエル・ロックスミス。

 北東にあるレミフェリア公国からは若くして国を治める大公アルバート・フォン・バルトロメウス。

 南西にあるリベール王国からは女王名代として王太女クローディア・フォン・アウスレーゼ。

 いずれも国賓クラスのVIPたちが、今まさにクロスベルに集まりつつあった。

「まだ……冬服だと微妙に暑いな」

 カイトは天を仰ぎ、独り言ちた。季節的には初秋だが、感じたように冬服制服では少しだけ暑いので、今頃帝国各地に散って夏服で実習をしている仲間たちが少しだけ羨ましく思った。

 時刻は午前十時。カイトはクロスベル駅前にいて、階下に見下ろすことのできる大陸横断鉄道に向けクロスベル警察の警備員たちが整列している。

 今まさに、大陸横断鉄道を通ってやってくる鉄の伯爵(アイゼングラーフ)、帝国政府専用車両を待ちわびているところだ。

 それだけではない。タングラム門方面つまり東クロスベル街道からは、導力車の一団で共和国政府の随行団がやって来る。クロスベル空港にはリベールのアルセイユとレミフェリアの大公家専用艇が停まる手筈だ。それぞれの場所に警備員たちが整列し、歓迎の態度で待機している。

 カイトは立場の上では帝国側。クロスベル駅に入って職員に話は通してあるが、そろそろ合流のために動かなければならない。

 けれど、足は止まる。

「心配だな……ランディさん」

 忘れることなどできない。赤い星座の副団長とのやり取り。あの時は、良くも悪くもランディという人間の素が見えた。

 クロスベルにとっても、支援課にとっても大事な国際会議前に、よくも精神を揺さぶってくれたものだ。

 あの後ランディは表面上の平静を取り戻したが、仲間たちからはあの場にいた、いなかったに関わらずメンバーに心配された。

 闘神の息子。戦場で猟兵王に拾われたフィーとはまた違う、それでいて厄介な宿命を課せられている。

 解決できるかもわからない。競う相手が紅の戦鬼(オーガ・ロッソ)では、あまりに巨大過ぎる。

「見守るしかない、か」

 同じ支援課だから付き合えるとか、違う立場の人間だから向き合う資格もないとか、そんな的外れな問題ではないのだ。

 ランディに関わるあらゆる人間が、どんな形であれランディの行く末を想わなければ、きっと見つけることもできず果ててしまう道。

「……辿り着いてやるさ。いつか、その場所へ」

 ふと緑髪の不良神父を思い出し、カイトは踵を返してクロスベル駅に入っていく。

 ちょうど、頭上に《白き翼》がはためく頃合いだった。

 

 

 

8/30 ante meridiem

──集結──

 

 

 

 要人たちは続々と到着する。それぞれが陸路、空路、鉄路を利用してクロスベル市内へ入る。瞬く間に、二大国の属州は世界の中心へと変貌する。

 カイトはクロスベル警察の許可を得て、まっすぐ駅構内へ入っていった。ホームまで降りると、ちょうど鉄の伯爵(アイゼングラーフ)が来るところだった。

 警備員たちが敬礼する中、カイトもその列に混じる。轟々とした音を響かせ、やがて列車は停止した。

 まず第二車両から帝国正規軍の軍人たちが降りてきて、さらなる護りの列を作り出して敬礼。その中から鉄血宰相がレクター大尉と共に降りてきた。

 周囲の屈強な軍人たちに負けない、威風堂々とした態度とその骨肉。隣に立つのがかかし男(スケアクロウ)だけあって、余計に軍人然とした覇気を感じてしまう。

 ギリアス・オズボーンは周囲の軍人や警備員に目を向けるも、それらを歯牙にかけずただ悠々と歩を進める。

 目線は前と側面に落ち着いて動き、やがて近くなったカイトの紅い制服へ、そしてカイトの顔へと──

(え……?)

 ギリアス・オズボーンは過ぎ去った。カイトは戸惑いながらも敬礼姿勢を貫いた。

 一秒も待たずにレクターも通り過ぎる。彼はカイトを認識し、ピースサインを顔前に寄せてウィンクしてきた。

 それはいい。レクターの性格は二度の接触で理解できたし、こんな晴れの日にもふざけることのできる胆力もある意味尊敬してしまうほどではある。

 それよりもカイトが気になったのは。あの鉄血宰相が。

(オレを見て……笑った?)

「やあ、カイト君」

 カイトの思惟(しい)はその声に遮られた。

 正面に意識を戻す。カイトの隣の警備員が緊張しきる。それもそのはず。目の前には放蕩皇子がにこやかな顔で立っているのだから。

 カイトは敬礼を二秒だけ維持して、その後力なく腕を下ろした。

「オリ……ヴァルト殿下」

 オリビエさん、と呼びかけてそれほど苦労せず言い直せた。

「今回は本当にありがとう。僕の無理に付き合ってくれて」

「オレも望むところですから」

「通常の実習に向かうかで悩んだと聞いた。ある意味、それは僕にとっての最大の収穫だ」

「あはは……」

 オリビエの後ろからミュラーがやって来る。

「五ヶ月ぶりだ、カイト君」

「ミュラーさん」

「今回は俺の部下として動いてもらうが……俺たちの間柄だ。公を除けばいつもの態度で構わない」

「承知しました、ミュラー少佐」

「ああ」

 放蕩皇子と、その直属の護衛と気さくに話す少年。周囲の警備員や、正規軍の軍人にとっては奇怪な光景かもしれない。

 オリビエの後ろに、ミュラーとカイトが二列で続いた。

 途中トワともすれ違って、アイコンタクトだけではあるけれどお互い笑顔となる。それでも、トワは文官補佐。カイトはオリヴァルト皇子の武官補佐。すれ違っただけだった。

 カイトはオリビエ・ミュラーと共にクロスベル警察が用意した護衛車両に乗り込む。向かう先は行政区の先だ。その間も、中央広場やその他の道を経由する時にたくさんのクロスベル市民に手を振られた。

 思ったよりカイトの存在は放蕩皇子オリヴァルトとミュラーの隣にいても浮いてはいないらしかった。オリビエの纏う紅い皇族衣と、Ⅶ組の紅い制服。それらは示し合わせたかのような色合いとデザインだった。

 目的地はクロスベル市の北側、カイトがいた時にはまだ建設途中だった新市庁舎前だ。

 地上四十階建て。大陸初の超高層ビルディング。ディーター市長が就任した後、頓挫していた計画が見直され一気に建設が進められたのだ。

 その場所に、カイトとオリビエ、ミュラーが乗っていた導力車だけではない。他にも四台が続々と到着し、VIPたちが少数の護衛と共に降り立つ。

 カイトも導力車を降り、その瞬間たくさんのフラッシュが焚かれた。さすがに報道陣も多く、クロスベルタイムズ意外にも諸外国の通信記者が集結していそうだ。もっとも、やはり自称クロスベルタイムズの敏腕記者が大声でオリビエのことを「噂の帝国の放蕩皇子が……!」と言ったりしていた。さらには「おっとぉ、あれは半年ほど前までクロスベルで修行していた正遊撃士のカイト・レグメントです!!」など余計なこともペラペラ喋り倒していたので、はっ倒したくなったカイトである。

 それはともかく、カイトはオリビエの後ろに控えつつ周囲を見渡す。

 遠くにトワがいた。他の随行団の人たちと一緒にいる。

 警備員たちに紛れ、目立たないところに特務支援課の五人がいた。彼らも自分に気づいて手を振ってくれた。ランディは多少持ち直したらしい。安心しつつ、カイトは笑顔だけを辛うじて返した。

 通商会議の主催であるクロスベル代表、ディーター市長とマクダエル議長がいる。

 鉄血宰相とレクター大尉がいる。アルバート大公とその執事がいる。

 ロックスミス大統領と、そしてキリカがいた。ロックスミス機関の室長である彼女は、レクター大尉とは違ってカイトを視界に収めるに留めていた。生真面目というか、表面的に態度を緩めることをしない彼女らしい。

 そして……カイトはクローディア王太女とユリア准佐を見つけた。

 クローディア王太女は、要人たちと歓談を続けている。そんな中、カイトに気づいたユリア准佐が王太女に耳打ちし、そして少女はカイトを見つけた。

(……変わってないな)

 心に暖かいものが流れるというのは、まさに今のことをいうのだろう。

 カイトは、いつの間にか自分が微笑んでいることに気づいた。そしてクローゼもまた笑顔となる。

 ここはもう世界の中心で、首脳陣が集まる公の場。気軽に『姉さん』などと呼んで駆け寄りはできない。けど、クローゼが考えることはなんとなくわかる気がした。

「──各国首脳の皆様」

 オリビエと今日再会した時のように、再度思惟は遮られた。周囲の人々、マスコミ関係者や警備関係者が軒並み静まり返り、首脳陣でさえも口を閉じる。

 唯一耳に届けられた、低くしかし心を魅了するような快活な男性の声が、とても軽やかにとても重厚に(とき)を伝えたからだ。

 首脳陣の中心に立つスーツ姿の男性、ディーター・クロイス。

「ようこそ、遠路はるばるクロスベルへいらっしゃいました。クロスベル市市長、ディーター・クロイスであります」

 恭しく一礼し、それは方々からの拍手で迎えられる。

 カイトが支援課、主にランディとティオから聞いた『切れ者のナイスガイ』という情報は間違っていなかったらしい。

 頭を上げたディーター市長は、なおも輝く笑顔を振りまいて、けれども首脳陣に対して礼節を弁える。

「この度は《西ゼムリア通商会議》に参加していただき、誠にありがとうございます。通例ならば、この場で歓迎の意とともに開会宣言をさせていただくところですが……」

 彼が次に発する内容はわかっている。どの国にも事前のスケジュールは伝えられていた。

 けれど、この瞬間は誰もが待ちわびたもの。驚きにかられると、誰もが知っている。

 お披露目の瞬間だ。

「その前に。この記念すべき日に事寄せて。皆様のお時間をいただきたいと思います」

 ディーターが振り返る。誰もが、彼の視線の先を追う。そこには新市庁舎ビルと、その威容を未だ隠し続けている青の大天幕があった。

「ご紹介申し上げます」

 ディーター市長の声はマイクを使わず肉声であり続けた。続けられた声は大陸の新たな転換点を作り上げた者としての覇気があり──朗々たる語りは単なる一人物の台詞ではなく、叙事詩のそれと同じものとして受け入れられた。

 

 ──クロスベル市の新市庁舎として。

 ──貿易・金融都市クロスベルを象徴する新たなるランドマークとして……!

 ──そして何よりも! 大陸全土の《平和》と《発展》に貢献する国際交流センターとして!!

 ──皆様にお披露目させていただく大陸史上初の超高層ビルディング──

 

「《オルキスタワー》であります!!」

 

 会場を監視していた誰かが頃合いを見計らっていたのだろう。ディーター市長の発表とともに、《オルキスタワー》が纏っていた大天幕は取り払われていく。

 重々しい機械音によって青いカーテンは徐々に横へ。それでも、タワーそのものはなお濃い蒼色を晴天の下に現した。

 高い。ひたすらに高い。さすがに《リベル=アーク》の中枢塔(アクシスピラー)程ではないが、タワーの麓でそれを見上げる以上は首が痛くなるほどだ。頂上は目視できない。

 陰影によってタワーに影ができている。太陽の光は磨かれた窓ガラスや透き通った蒼の壁面、さらにクロスベル自治州の州章にも反射してなお輝きを増している。

 純白の鳩が幾重も放たれ、天へ舞った。タワーの側面から祝砲があげられた。

 どよめきが強くなる。巻き起こる振動は決して新市庁舎前広場、カイトたちの立つ場所だけではない。あらゆる場所で市民たちの歓声があがって、まさにクロスベル全体が熱気に湧き上がる。

 首脳陣でさえ、その光景には感嘆せずにはいられなかった。

「いやはや、さすがに度肝を抜かれたねぇ」

 見上げたまま、オリビエがそう言った。

 ミュラーとカイトが、短く返した。

「技術の進歩というのは凄まじいな……」

「やっぱり、世界は立ち止まってはくれませんよね」

 導力技術は加速度的に発展し、そこに経済と政治が絡まり複雑な様相を見せる。ディーター市長の属するIBCの資本力もあり、この大陸史上最高層の大伽藍(だいがらん)は見事このクロスベルに生み出された。

 百日戦役。軍事クーデター。リベールの異変。教団事件。

 激動の時代は、もう目の前に来ている。いや、その時代を伝え広げるのが後世の人間ならば、もう既に激動の時代の最中にいるのかもしれない。

 この出来事を忘れない。この場に立ち会えた感動と、不安を忘れない。

「それでは改めまして。首脳の方々、及びこの場にいるすべての関係者の立会いの下……」

 一瞬一瞬を、絶対に忘れてやらない。

 ディーター・クロイスの宣言が、天へと響いた。

 

「──《西ゼムリア通商会議》の開催を宣言させていただきます!!」

 

 

 

────

 

 

 ディーター・クロイスの開会宣言の後、短時間ではあるものの報道陣によるインタビューの嵐が巻き起こった。各首脳の意気込みが語られ、それらは瞬く間に世界に発信される。

 その後、首脳陣は主催側であるディーター市長とマクダエル議長を加え、ミシュラムへ向かう。

 通商会議の間、保養地ミシュラムはすべての施設が休業となる。かつて黒の競売会(シュバルツオークション)の舞台となったハルトマン議長邸は、現在は自治州に接収され迎賓館となっていた。

 カイトはオリビエとミュラーから再びの自由行動を許された。明日は本格的に護衛として動くことになるので、首脳陣と接触する可能性もあるだろう。だからこそ、今のうちにカイトの目線でクロスベルを俯瞰してくれというのだ。

 気ままな行動が過ぎないでもなかったが、二人から便宜を図ってもらえるはありがたかった。オリビエの、少しニヤついたような笑みが怖かったけれど。

 そんなわけで、カイトは同じく自由行動を──ほんの短時間ではあるが──許されたトワと昼食を共にしていた。

「うーん、凄かったねぇ、《オルキスタワー》」

「いや、本当に。首が痛くなっちゃいましたよ」

 久しぶりの龍老飯店だった。顔見知りにもなった看板娘のサンサンに声をかけつつ、店主チャンホイが作る格別な東方料理に舌鼓を打つ。トワとの話の中で彼女も東方系にルーツを持つ家系であることがわかったのだが、東方にもいくつか地域性はあるらしく独特の辛味がある龍老飯店の料理はトワにとっては満足のいくものだったようだ。いつもトリスタで食べているものとは完全に趣向が異なるので、二人していつもより多めに注文して通商会議中の英気を養うことにした。トワも少女なので食事量に関して色々と気にすることはあるようだが、一緒に食事を楽しめるあたりさすが気配り上手な生徒会長だ。

 まず、カイトはトワに自分が知り得るクロスベルの現状を話した。次にトワから現在のⅦ組の動向を聞く。

 トワはカイトより二日遅くトリスタを出発している。それで多少ではあるがⅦ組の動向も知り得ていたのだ。

「まずA班なんだけどね」

「A班はリィンたちでしたよね。レグラムだったはず」

「うん、その通りだね。カイト君は行ったことはあるの?」

「はい。たぶんサラ教官のおかげだと思うんですけど、初めての場所に行くことが多いんですよ。普段は自堕落教官ですけど……」

「そ、そんなこと言っちゃだめだよ! 教官もすごく忙しいんだから、私たちがフォローしなくちゃ!」

 未だサラの擬態はトワ限定で成功しているらしい。というより、トワが人の善性を信じるという意味で天然なのかもしれない。

「アルゼイド子爵にはお世話になりました。また会えたらお礼を言いたいんですけど」

「ラウラちゃんのお父さんだね。子爵閣下もだいぶ忙しいみたいで、ちょっとだけラウラちゃんたちに顔を見せてまたレグラムを離れちゃったみたいなんだけど」

 トワが言うには、レグラムでは迷い子の捜索やら多少のアクシデントはあったそうだが、例えば革新派と貴族派の争いというような嫌な事件はなかったらしい。トワもすべての情報を把握しているわけではないので、漏れている事実もあるかもしれないが。

「ジュライ特区の方は、何か聞いてますか?」

「ううん、あっちも目立ったことはなかったのが幸いらしいんだけど……」

 トワの声色が少し静かになった。

 ジュライ特区は八年ほど前に帝国に併合された北西の港湾都市だ。もともと都市国家として、さらに大陸北西端の都市としての海洋貿易で栄え、ノーザンブリア・レミフェリア・帝国の海都市オルディス・共和国北部の港都市メッセルダム・そして、リベールの海港都市ルーアンなど……数々の臨海都市の貿易の中間点を担っていた。

 一時はノーザンブリアが《塩の杭》によって経済破綻したことで当時のジュライ市国にも悪影響があったらしいが、現在は帝国領の経済特区として鉄路も繋がり、陸海両面の貿易の中継点として賑わっているらしい。

 経済・貿易・軍事あるいは政治的な要衝として帝国と関連がある。こういうと現在進行形で領土争いの陣地として認識されているクロスベルや、かつて侵攻されたことのあるリベールと似通った部分もある。

 距離的な問題もあり、ジュライの様子は文献的な情報でしか知りえない二人だった。しかし予想できる部分はある。

「帰属問題は当然いろんな問題と意見があるし、そこに住む一人一人のことはわからないよ。でも事実だけを言うなら……併合によってジュライはオルディスに並ぶ海洋貿易の地位を得て、鉄路で帝都とも繋がった。帝国軍っていう大陸最大規模の軍事力に守られることになった」

「いいことづくめってことですか」

「それにクロスベルと違って共和国みたいな競合相手もいないから、併合の是非以外の問題は発生していないと思うし」

 結論としては、クロイツェン州にあれどアルゼイド子爵の管理が行き届いているレグラムと同じだ。ジュライは帝国正規軍の管理が行き届いていて貴族派どうこうという問題ではないのだ。

「だけど、気になることはあってね」

「気になること?」

「他の都市でももちろん同じことだけど……ジュライ特区には特に軍港としての機能が拡張されつつあるんだって」

「それって他国とか、海の猟兵に対する防衛策というよりは……」

「うん、結局は貴族派を牽制するためのものだと思う。()()が起こった時にラマール州を後ろから叩くための」

 その言葉は、クロスベルにいるカイトにすら重いため息を吐かせることになる。

「えっと、ごめんね? せっかくの通商会議なのに、こんなことを」

「いや、知りたいって言ったのはオレですし。それにみんなの実習……少しだけでも考えておきたいですしね」

 喫緊でジュライにいる仲間たちに危険が及ぶことはなさそうだ。ジュライ行きのB班はアリサ・ユーシス・フィー・ガイウス・クロウ。四大名門の御曹司が革新派の要衝に向かうというバリアハートの時と真逆の状態ではあるが、帝国軍人は一部の貴族過激派でもあるまいし、ユーシスが捕らえられるなどという愚行は起きないだろう。

 ガレリア要塞に向かう前に正規軍の威容を目の当たりにしそうなB班ではあるが。

「みんな、無事帰ってこれっかなぁ……」

 本心からの言葉が出てきた。全員のことを信頼していないわけではないし、むしろ頼もしく思っている。けれど心配は心配だ。今まで実習参加の当事者であったから気づきにくかったが、学生が帝国各地の問題に主体的に立ち向かう様は当然危険もはらんでいる。オリビエも最初はここまでの結果を予想してはいなかっただろう。

 少しはサラやトワたち、見送る側の気持ちがわかったように思う。

 カイトの言葉にトワは遠い目をして同調した。

「うん、心配だね」

 注文していたソフトドリンクをストローから飲んでいる。物憂げな様子のトワは、小柄かつ童顔でなければもう少し大人びた憂いに見えるのだろう。

 だが、仮にも五ヶ月の付き合いのカイトである。純粋にトワの様子が気になった。

「なんか……トワ会長にしては珍しく心配が勝ってますね」

 学生その他の人間のために心配しつつ、心からの励ましで応援するようないつものトワ・ハーシェル生徒会長とは違う空気があった。通商会議を前にして心配している、という様子でもない。

「うん、そうだね……」

「後輩ですけど、話せば少しは変わるかもしれません」

「そうだね、カイト君、遊撃士だもんね。それじゃあ少しだけ聞いてもらおうかな」

「はい。クロウ先輩にやたらと会長を守るようにって頼まれちゃいましたからね」

 そんな風におどけてみせる。それでも言葉選びがそれほど適さなかったのか、トワの表情は変わらなかった。

 実習の行き先を悩んでいたカイトとは少し違う、『どこか引っかかる』とでも言いたげな目線。

 若干の沈黙を経て、トワはカイトに尋ねた。

「……あの時のクロウ君、どこか様子がおかしくなかった?」

「えっと、クロウ先輩が?」

 少し予想外の話題が出てきた。てっきり帝国の情勢と通商会議に関するものだと思っていたのだが。

「私とカイト君が通商会議の参加要請のことを話した時。クロウ君、少し動揺してたと思うんだ」

「まあ、あの先輩にしてはジョルジュ先輩とアンゼリカ先輩の意見に同調してなかった気がしますけど」

 最初から参加を決意していたトワはともかく、あの時点でまだ悩んでいたカイトに対してクロウは色々と釘を刺していたようにも思う。単にカイトの心配をしていただけかもしれないが、それにしては心配の理由が的外れだったようにも感じるが。

「あ、でも……確かにクロスベルに出発する前の日はちょっと変な感じはしましたけど」

「そうなんだ?」

「なんかジュース奢ってくれましたし、オレに変な心配してましたし」

 そんな余裕があるなら早くリィンに五十ミラを返せと言っておくべきだった。まだあの不良先輩はリィンにその借りを返せていない。

 心配の内容や話題も彼にしては真面目すぎたような気がする。聖典(ホットショット)云々のくだりはともかくとして。

「このこと、他の先輩たちには?」

「アンちゃんにもジョルジュ君にも言ってないよ。でも二人も気づいているとは思う」

 思い起こせば少し妙な部分はあったが、そうしないとわからない違和感。ずっと一緒にいた先輩組だからこそ気づけた違和感だろう。

『お前はどうしたって行くのはわかってるさ。だから反対しねぇんだ。意味がねぇからな』

 クロウはトワに対してそう言っていた。思い起こせば起こすほど、妙におかしな言葉のやりとりだったような。

 どうして、彼にしては珍しくあんな形で反対したのだろうか。

「オレとトワ会長がクロスベルに行って、クロウ先輩に何か不都合あります?」

「普通はないと思うんだけど……クロウ君のサボりの面倒を見るって言っても、今はⅦ組のみんなと一緒にジュライ特区にいるんだし」

「ですよねぇ。会議自体がなにか危ないってわけでも……いや、待てよ?」

「カイト君?」

「クロウ先輩、しきりにオレに『トワを守れ』って言ってたんですよ。やっぱり先輩、今の《赤い星座》と《黒月》の状況を知ってたのかな……それでクロスベル自体が危険だっていうなら、まあ反対するのも納得できなくはないっていうか」

「うん」

 『何があっても護りきれ』とも言っていた。不真面目で人を小馬鹿にするような態度も取るクロウにしては珍しい言葉だった。

 トワを護れ。そこからクロウの真意を考えるカイト。

「会長のことが好きなんですかね?」

「そ、そんなことないよっ!」

 トワがかなり大声で、テーブルを叩いた。客に厳しいチャンホイが少しだけ振り向いた。

 少女の耳が一瞬で赤くなっていた。おやこれは意外とあるのかもしれないぞ、と思う。

「いやそうとも決めきれないと思いますけど……」

 真面目な少女と不真面目な青年といっても、絆はある。互いを信頼もしている。それが恋情に変わるのかどうかは本人たち次第ではあるけれど。

 それはともかく、クロウがトワを護るようカイトに言いつけた件についてだ。

 ほんの少し息を整えてから、トワは首元をパタパタと仰ぎつつ言った。

「うーん、クロウ君って普段はだらしないけど、メリハリが利くからいざという時には頼りになるし。何よりも危機管理能力が凄いんだ」

「危機管理能力、ですか?」

 普段から生徒会長として様々な案件を受け持ちそのタスク管理をしているトワの言葉。相当にクロウの能力を評価しているのがわかる。

「私はあくまでみんなのくれた情報とか、いろんな事実を総合して解釈してるけど」

「それはとても生徒会長らしいというか」

「クロウ君は《嗅覚》がすごい。なにか問題が起こった時、持てる知識と経験を使うんじゃなくて……奇想天外で簡単には思いつかない一手を示すんだよ。むしろ誰も知らなくて、だからこそ壁に通じるような……私たちみたいに世界を《上》から見てるのとは少し違うの」

 カイトやトワは、自分の中の命題として『世界を知って護ること』と『帝国の軍事に向き合う』ことがあった。その結果としてトールズに入学し、通商会議に参加し、そして見聞を広めている。それは世界を知る──地上から物事を見て枷に縛られるのではなく、その枷を外した《上》からの視点で物事を正確に把握しようと試みていることだ。

「クロウ君は……なんていうのかな、こう言うと失礼なのかもしれないけど、《下》から物事を見ているように思うんだ」

「それは……」

 トワらしからぬ言葉選びだった。しかし納得はできる。

 オル・ガディアとの戦いの時もそうだ。複数人での戦術リンク。これに関してクロウは知っていたが、それをある程度熟達して使いこなせるかどうかは未知数だったはずだ。

 決して物事を多く知り、女神のような視点で俯瞰するのではない。けれど誰もが理解できない足元からそれをつかみとり絡め取る。

 《眼》ではないなにかから情報を感じ取る。トワのいう《嗅覚》とも重なる話だ。

「それはあくまでクロウ君の感覚。確証も何もない。けど……」

「先輩の危機感を無視はできないってことですか」

 トワは頷いた。

「通商会議自体が、危険な何かに繋がるのかもしれない」

 

 









次話、68話
「8/30PM:小さな同窓会」
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