トワとの昼食休憩を終えた。
クロウの言動に対して釈然としないものはあるものの、それ以上の予想はできずお開きとなる。トワが言うところのクロウの危機管理能力、それを参考に一層警戒を高めようということにしかならなかった。
そして午後。カイトはオリビエに付き従う予定だ。随行団の書記としての業務をこなすことになるトワとは異なり、基本的にオリビエに付き従うこととなる。
本会議は明日から。今日、各国首脳陣はクロスベル各地に赴いているというし、カイトもそのつもりだった。
オリビエから「トワ君と英気を養ってきてはどうだい?」とも言われたし、ミュラーも勧めてくれたのでありがたく頂戴したわけだが、再びここから合流する予定だ。
ところが、ARCUSに通信がかかる。
「はい、レグメントです」
『ハロハロ~、トワ君との休憩は楽しめたかい?』
通信器越しの声にため息を吐いてしまった。皇子ではなく漂泊の詩人としての声だ。
「おかげさまで。会議とは違う個人的なことですけど、気になる情報も聞けましたし」
『うんうん、その調子で思うように動いてくれたまえ』
「なんかノリが懐かしいな……もしかしてリベールのあの姿に変装とかしてませんよね?」
『ハハ、そんなまさか。とはいえ僕もクロスベルの現状は知りたくてね。この後は他の首脳たちと同じく、色々と回るつもりだよ』
「なるほど、じゃあオレもミュラーさんもそこに同行するわけですね」
『それなんだが、現地集合にしよう。今から歓楽街に来れるかい?』
「いやどうして歓楽街に……アルカンシェルの公演は夜でしょうよ」
再びのため息。オリビエはまったく変わっていないらしい。
『まあまあそう言わずに。ミュラーも僕と一緒にいるから、彼が怒る前に急いで来てくれたまえよ』
「いや、怒らせるのは大概オリビエさんじゃないですか……」
──小さな同窓会──
そのまま歓楽街にやって来た。
首脳陣は鉄血宰相のように見るからに覇気がある者もいれば、オリビエやクローゼのように少なからず親しみやすい者もいる。いずれにしても首脳陣は注目の的で、人前に出れば特にオリビエなんて通行人にも積極的に話しそうなものだが。
「あれ……?」
劇団アルカンシェル前の広場。しかしその周囲のどこにも人だかりはできていない。いつもより浮足立っているのを除けば通常運転の歓楽街だ。
「オリビエさんは失踪してもおかしくないけど、ミュラーさんまでいないって……」
釈然としない。嫌な予感がする。
そしてその予感は的中した。
「カイト」
後ろから声をかけられた。しかしオリビエやミュラーのような呼び方でないし、随行団関係者としてカイトを知る者ならそんな呼び方はしない。
何よりもよく知る女性の声だった。
振り返る。
人だかりの中に、クローゼ・リンツが立っていた。
「………………は?」
「久しぶりっ。タワー前でも思ったけど、変わってないなぁって安心したよ」
「え?」
「それがトールズ士官学院の制服なんだね。格好いいね」
「は?」
「あの、カイト? どうしてそんなに──」
「はぁ!!??」
周囲の人間が何事かと顔を向ける程度には大声を出した。
予想外すぎる人物の登場に『わけがわからない』と思考が噴出しては止まる。
「いやいやいやいや! どうしてここにクローディ……!」
クローゼが口元に人差し指を立てた。
「……クローゼ姉さんが?」
彼女の姿は懐かしい、もう見ることもないと思っていたジェニス王立学園のそれだった。
そしてウィッグをつけている。以前王女として振る舞っていた頃のウィッグよりはやや短く、活動的ではあるけれど。
よもや制服姿でウィッグをつけて変装するクローゼを見ることになるとは思わなかった。
雑踏の中ではあるが、彼女の存在は注目されているわけではない。気品そのものは隠せないが、一般人としてそれなりに擬態できているようには思う。
それよりも。
「姉さん、今何歳……?」
「……十八。ねえカイト、女性にそれを聞く?」
「答えてくれるあたり姉さんらしいや……何で制服を着てるのさ」
「私も恥ずかしいんだよ」
「いや着てる本人が何を……ってそうじゃない!」
カイトは頭を抱えた。
「どうして! 今! 姉さんが! ここにいるのかって聞いてるんだよ!?」
仮にも外国の次期女王だぞ、目の前の義姉は。
自国だろうが他国だろうが構わず変態として生きているあの変態放蕩皇子でもあるまいに。
クローゼは言った。
「えっと、うん。まさにそのオリビエさんの発案でね?」
「くそっ、あの変態がぁ! どこにいやがる!?」
ARCUSを取り出して事前に聞いていたオリビエの通信番号を修羅の勢いで叩いた。
「今度こそオレが制裁を……くそ、繋がらねぇ!!」
「あの、カイト? 大丈夫だからね?」
「いやいやいや大丈夫じゃないって! 姉さんがオリビエさんと同じように振る舞うとか本当にやめて!?」
「うん、さすがに私もオリビエさんと同じようには振る舞わないから安心して?」
「安心できないって! 既に被害者だよ!?」
大事なオレの義姉をたぶらかした変態だ。親友? そんな言葉は遥かノルドの辺境辺りにでも捨ててきた。
未だにクローゼが市民に扮してお忍びで来ていることを衝撃に感じる。周囲の人々は少年の怒ったり打ち震えたりの奇行にいよいよ興味をなくしつつある。
そんな中、クローゼがカイトの両肩をぐっと掴んだ。
「カイト」
「ハ、ハイ」
「これは私も望んだことなの。だから大丈夫」
「……本当に?」
「本当だよ」
「怪盗紳士の変装とか言わないよな?」
「そ、それを否定するのは技術的に難しいんだけど……」
「そうではないよ、カイト君」
クローゼが怪盗紳士の所業を思い出して辟易した頃、新しく女性の声がカイトにかけられた。
クローゼが目の前にいるので、ユリアの声だとすぐに察した。しかし振り向いた先にいたのはユリア──の双眸に黒々としたサングラスをかけ、かつてルバーチェ構成員が身につけていたような黒々としたタイトスーツを纏う凛々しい女性であった。
「……ユリアさん?」
「久しぶりだ、カイト君」
「二人揃ってなにコスプレしてるんですか」
「いや、そういうことではないのだが」
「カイト、前より物怖じしなくなったね」
クローゼの誉め言葉がまったく嬉しくなかった。それどころではない。
ユリアが言う。
「私のことは共和国の新進気鋭のアイドルグループのマネージャー……とでも思っていてくれ」
カイトは、後に《アイドル》について調べて何をしているんだと頭を抱えることになった。
「ユリアさん、ちょっと楽しんでますね?」
「滅多にしない格好を滅多に来ない場所でしているのだから、確かに新鮮ではあるな。だがクローゼの護衛であることは変わらないよ」
「そこは信頼してますけど」
「クロスベルのことを知りたかったのはクローゼも私も、オリビエ殿もミュラー少佐にしても同じことだ。こうして市井には顔をだしてみたかったんだよ」
「……それで、オリビエさんたちと口裏合わせをしてここまで?」
クローゼは頷いた。
「カイトもクロスベルに来るのは事前に連絡を受けてたし、せっかくならって思って」
「だからってサプライズが過ぎるんだよ……でもそれじゃオリビエさんたちも来るってこと?」
「……その予定だったんだが」
ユリアが苦笑いを浮かべた。その反応で察した。
カイトのARCUSに通信がかかった。
『カイト君、私だ!』
「あ、ミュラーさん。お疲れ様です」
『さっそくですまないが、あの馬鹿がまたいなくなった……!』
「はい、そんなことだろうと思いました……」
とことん放蕩好きな皇子だった。
彼の誘いに乗ってクロスベルに乗り込んだわけだが、いい加減彼のいいように振り回されるのも面倒になってくる。
ミュラーは怒り心頭でオリビエ捜索に走り出すのだろう。オリビエの盟友同士として彼にも同情したので、カイトは一つ提案した。
「もうオリビエさんを捜索するのも面倒くさいですよ。こうしましょう」
『案があるのか?』
「クロスベル警察に連絡して特務支援課に依頼を出してください」
『特務支援課?』
「手伝ってくれるはずです」
ARCUSの向こうのミュラーは切迫した声音からが少し落ち着いた。
『エステル君らからも聞いた名だ。当たり前か。君もまた同じ場所で戦っていたのだから』
「事捜索にかけては、遊撃士よりも適材です。是非、頼ってください」
『わかった』
通信を切る。カイトの話す言葉だけでクローゼとユリアもオリビエのことは理解したようだ。
ユリアは笑った。
「……と、いうわけだ。《異変》で戦い抜いた同志たち……それぞれの立場はあるが、再会を喜びたい。それはクローゼもオリビエ殿も同じだったんだ」
「《小さな同窓会》ですか。オリビエさんの言葉の意味がわかりましたよ」
エステルやヨシュア、そしてケビン……今もリベールで活躍する遊撃士やティータ。たくさんの人たちを呼べたなら、大きな同窓会になるのだろう。
多くの仲間にとって、まだ志半ば。世界にはたくさんの問題がある。オリビエのように国の問題を抱えていたり、シェラザードのように誰かと再会するという個人の目的もある。
今はまだ、小さな同窓会でいい。
カイトは笑った。
「だからこそのコスプレか。それが自国どころか外国でやるんだから姉さんたちも大概だよ」
「もう、コスプレって言わないでよ」
「いいよ。一年間クロスベルで遊撃士やってきたんだ。姉さん一人くらい案内できる」
ようやくカイトも調子を取り戻してきた。それで少々制服姿に思うところがあったらしいクローゼも、旅をしていた頃のような自然で柔らかい笑顔となった。
ユリアの目には、二年前に見たような仲のいい義姉弟が映る。ふと思い出したのは孤児院放火事件が解決したあと、アルセイユにクローゼを呼んだ時だった。あの時クローゼの方が高かった背は、ものの見事に逆転している。
トールズの深紅の制服と、ジェニスの白と青の制服。それぞれが映えていた。
「私も含め十名程の親衛隊が市民に扮して見守っている。是非、二人で楽しんでくるといい」
ユリアが人ごみに消えた。雑踏であっても、カイトとクローゼだけが互いを認知している。
「それじゃあ、行こうか姉さん。どこに行きたい?」
「そうだなー……それじゃあ、おすすめの喫茶店とか」
クローゼは女王名代としてクロスベルに来ている。招待される関係でミシュラムに泊まるし、アルカンシェルの舞台も見る。有名どころはある程度見て回るらしいから、クローゼ個人としても実際に歩いてみたいのは市井なのだろう。
「でも姉さん、さすがに緊張してるんじゃないか? なんたって女王名代として国際会議に出席するわけだし」
「それはもう、緊張するよ。でもお祖母様からのお墨付きももらった。ユリアさんやいろんな人の助けを借りて、頑張るよ」
クローゼをエスコートしつつ、カイト久しぶりの水入らずの時間を喜んだ。
「カイトこそ、さすがに国際会議の場に並ぶのは緊張しなかった?」
西通りへ出てしばらく歩く。カイトは、ぶっきらぼうに答えた。
「大丈夫でーす。オリビエさんの護衛だから目立つ必要もなかったしね」
クロスベルは広いが、散策の合間の世間話には事欠かない。お互いの近況。トールズのこと。リベールのこと。クロスベルのこと。色々だ。
のんびりとクロスベル散策を続けるが、幸いにも誰かに声をかけられるということはなかった。ここ最近のクローゼはショートカットを常としている。加えて現在の服装と髪型もあって、クローディア王太女だとは思われなかったらしい。目ざといグレイスなどに引き続き会わないことを祈るばかりだった。
ベーカリーカフェ《モルジュ》に二日連続で入ることになる。モルジュもこの日は通商会議記念の新作を出したりと大忙しだ。カイトが声をかけるとオスカーはそれでも爽やかに対応してくれたが。
中央広場の百貨店タイムズに立ち寄る。遊撃士スコットの恋人パープルとも顔見知りだ。
「考えてみれば、カイトの紅い服っていうのも新鮮だね。ずっと白基調だったでしょ?」
「そうだね。白色が馴染むってのもあったけど。でもこの制服も着慣れたもんだよ」
「うん、とっても似合ってる」
「姉さんもなにか買っていけばいいんじゃない? クロスベルの百貨店っていったら帝国にも共和国にも負けない流行の最先端だし」
「ふふ、そうだね」
一通りのショッピングを楽しんでから、東通りを挟んで港湾区へ。エルム湖を望むことができる区中央には簡単なステージが用意され、そしてみっしぃショーが繰り広げられて盛り上がっている。
着ぐるみみっしぃは少し間の抜けたような定番の表情だった。その風体に似合わない活発で鮮やかなステップを踏んで、子供たちを中心に観客を喜ばせているのだが。
「……何してんだよあの変態」
「あ、あはは……」
カイトがただただ冷めた目で見て、クローゼもまた苦笑いをするしかなかった。
みっしぃの隣には変態ことオリビエ・レンハイムが懐かしい演奏家スタイルで踊っていた。帝国の第一皇子がクロスベルの地で踊っていやがった。
かつてのリベールでリュートを弾いたり武術大会で大演舞を舞った時にも浮かべていたような陶酔した笑顔だった。
こういった武芸の腕前については憎たらしいほど本物なので、オリビエのダンスは民衆に受け入れられていた。
カイトとしてはひたすらにウザかった。殴りたかった。
「ハッハッハ……さすがだね、みっしぃ君。キミのダンシング・センス……はっきりいって脱帽の限りだよ」
ダンスを終え、残心を解いたオリビエとみっしぃは爽快な笑顔を浮かべている。みっしぃの方は着ぐるみなので汗もなにもないはずなのだが。
『みししっ、おにーさんもとっても上手だったヨ~! どこかでダンスを習ってたの~!?』
オリビエとみっしぃはガッチリと固い握手を交わした。背景に神々しい輝きでも映えそうだった。
「ふぅ、社交ダンスくらいは嗜んでいるものでね。本来ならレディと優雅にステップを踏みたいところだが」
オリビエは髪をかき分ける。フサァ、と水しぶきが巻き起こった。
「キミと踊るのもなかなか楽しかった。クロスベルのトップで活躍するマスコットは伊達じゃないね」
『みししっ、照れちゃうナ~』
「みっしぃ君。すまないがボクはここで退散させてもらうよ。これ以上キミとの逢瀬を独り占めするのは、一みっしぃのファンであり友人として恥ずべき行為だからね」
『ありゃりゃ……それはザンネンだな~。でも、それならゼッタイにワンダーランドにも遊びに来てヨネ~! ダンスだけじゃない、ステキな時間を一緒に過ごせるカラネ~』
「ああ、ボクの使命を果たした暁には絶対に行くよ。この別れはあまりにも辛い。だからこそボクらの絆はかけがえのないものとなるだろう……」
『おにーさん……』
オリビエとみっしぃは互いに肩を組んで観客に顔を向けて、そして拳を天に振り上げた。
「さあみんな、ボクらの一瞬の出会いと煌きを忘れないよう、希望の魔法を唱えよう!」
『みししっ、行くよ~!』
──エンジョーイ! みっしぃー!!──
割れんばかりの歓声を会場の後方から眺めていたカイトは言った。
「なにこの茶番」
「……オリビエさんは、どこでも変わらないね」
「オレのクラスメイトたちと顔を合わせた時はちゃんと皇子してたんだけど」
そしてオリビエは颯爽と人ごみを掻き分けていった。
「
観客も観客で突然の乱入者を受け入れているあたり、常識と違和感という感性をどこかへ置いていってしまっているのではないかと、魔都の行く末を本気で心配するカイトであった。
「ねぇ、カイト」
「ん?」
「もしかして、あの人たちが特務支援課?」
「え……」
クローゼが指で示したのは、オリビエの移動──正確に言えばミュラーからの逃走ルート。それを追うようにロイドたち特務支援課の五人が追走していた。ティオはまだ合流していないらしい。
カイトはあの役目を担わなくて良かったと心底ほっとしつつ、真面目な空気に変えて返した。
「うん、そうだけど……やっぱり、姉さんもエステルたちから聞いたの? ロイドたちのこと」
クローゼは肯定した。
「うん、その通りでね。実を言うと、それをオリビエさんたちに話したのは私なんだ」
「そうなの?」
「クロスベル通商会議。きっと、オズボーン宰相とロックスミス大統領の動向が鍵になると思う。でも私はリベールの代表で、オリビエさんはあくまで政治的権限を持たない……そんな私たちがクロスベルの市長と議長に働きかけるきっかけになれば、と思ってね」
カイトも含め、エステルとヨシュアとレンを中間点として繋げられたリベールとクロスベルの縁。激動の規模はさらに強まっているのだから、細い糸を束ねようと努力するのは当然のことだ。
クローゼとオリビエたちは情報交換のため、元から今日の夕方にアルセイユに集まることになっていた。そして、リベールの国章を押印した招待状を特務支援課に送ったのだという。ご丁寧にジークを介して渡したらしい。
「そのお茶会……」
「当然、カイトも来てね。エステルさんたちがいなくても、カイトがいるなら話も早いし」
「よかった。今日は姉さんといい、オリビエさんといい、驚かされてばっかりだ」
夕方にはクローゼも王太女としての姿に戻って、そしてアルセイユに戻る。そこにもカイトは同席するけれど、昔からの姉弟として過ごせるのは残り僅かな時間というわけだ。本当に久しぶりの、かけがえのない時間。
カイトたちは、その後も様々な場所へ顔を出した。
やがては楽しい時間も終わり、特務支援課と会うための時間が近づいてくる。
夕刻の少し前、二人は歓楽街に戻って来た。クローゼやユリアたち親衛隊は、市内に繰り出すにあたりホテル《ミレニアム》の一室を借りていたらしい。
流れでカイトも着いていくことにはなるが、最後にアルカンシェルのアイスクリーム屋で人気のメニューを楽しむことにした。
「お待たせしました。ゆっくり味わってくださいね」
店員ソフィーユから受け取って、二人して人の流れを見ながら食べる。
「姉さん、座らなくていいの?」
「うん、数時間歩いて回るくらいなら全然」
「ま、箱入り王女様とは無縁だったわけだしね」
結社との戦いの中で、王国全土をエステルたちと一緒に回っていたのだ。
アルカンシェルは今日の夜に首脳陣を招いての公演を行うので、今日は一般に開かれてはいない。けれど変わらず市内のファンは応援に来ている。その様子を見ている二人。
「なんだか、女王生誕祭の時を思い出すね」
「クーデターの後のことだよね? 実はオレも思ってた」
二人して祭り事に遊びに行くというのは、義姉弟として関わる割には少なかった。二人の縁は孤児院での時間に集約されている。
二人きりで話した時間というのは、直近では影の国。その前は祝賀会の夜。さらにその前は結社との戦いの中。思い出すのは同じだ。
あの時のカイトは病み上がりで活発には動けなかった。クローゼへの想いを決定的に自覚した時期でもある。
「そういや、あの時もアイスクリーム食べたよね、オレたち」
「うん。懐かしいね」
「姉さんはまだ王女様で、オレも遊撃士じゃなかった。随分遠いところまで来たよね、お互い」
「変わらないことも、たくさんあるけどね」
アイスを食べ終え、クローゼはカイトの前にたって背丈を比べた。
「でも背は、完全に越されちゃったなぁ」
「一応は男だし」
二年前はまだクローゼよりほんの僅かに高いかどうか、という程度だった。今は違う。
あの時、カイトはクローゼとの時間に舞い上がっていたような気がする。今は違う。
嬉しい気持ちは当然ある。大切な家族だし、大切な人だから。
けれど彼女のヨシュアへの想いを知った後に感じた、嫉妬のような後暗い感情は、今はない。
「カイトが昔は嫌っていた帝国。その士官学院。手紙も呼んだけど……かけがえのない経験をたくさんしてるみたい」
「うん。ジルさんとかハンスさんとか、姉さんが友達のことを大事にしてるのが、オレにもよくわかったよ」
「帝国各地を回っているんだってね」
「帝都だけじゃなくてね。南の紡績町とか、北東の高原とかも。オリビエさんには感謝してる」
今はクローゼを純粋に家族として大切に想えている。男としての感情は確かにあって、けれどそれは心の中にしまえている。それは別に、一週間ほど前にアリサと諸々語り合ったからではないと思う。
「リベールの仲間と同じくらい……姉さんと同じくらい、護りたい人ができた……たくさん」
「……そっか。だから、今のカイトは大きく見えるんだ」
アリスのことだけじゃない。いつの間にか、護るべきものはたくさんできていた。
関係性の深いⅦ組はもちろん、リベールの仲間たちと同じように大切で、そして頼りになる同志だ。
それ以外にもトールズの先輩や同輩に教官たち。実習で出会い縁を繋げた人たち。
全ての国の、全ての人たちを護りたいと自分は言った。その人たちが自分と繋がって、自分の放った言葉はより実感と重みを増している。
だから、自分は以前よりもっと強くなったと思う。変われているし、これからも変わっていけると思う。
「まあ、きっかけが姉さんだってことに変わりはないよ」
それは、女王生誕祭の時にも言ったこと。
「そうじゃなかったから、そもそも遊撃士だって目指してないんだし」
「そうかなぁ。カイト、なんだかんだ言って遊撃士の道に進む気がするけど」
「そうかな?」
「少し向こう見ずで、同じくらい正義感があって。エステルさんと同じくらい、遊撃士にお似合いの性格だと思う」
「向こう見ずって……はぁ」
「でも今は落ち着いてると思うよ。少し寂しいなぁ、昔の可愛かったカイトがどこかに行っちゃったみたいで」
クローゼからすれば、カイトは弟であることに変わりはないのだろう。嬉しくあり、弱冠悲しくもある。
雑踏を眺める。
「大切な人ができたんだね」
「え?」
カイトはクローゼを見た。核心とは言わないけれど、急に、はっきりと告げたクローゼの声。
話してもいない、カイトにとってのその存在を、クローゼは理解したのだろうか。
クローゼは、さっきカイトに言ったような寂しさを表情に浮かべて、けれど笑った。
「私は大丈夫。だから、カイトが護るべき人を、護ってね」
「……うん」
クローゼの真意はわからないけれど。
今も昔も変わらない、確かな言葉を伝えた。
「絶対に、護るよ」
例えその対象が誰になったとしても。
大切な人を護り、支える。それが自分の存在証明だから。