クローゼとの二人の時間から数十分。正装に着替えたクローゼやユリアたち親衛隊と共に、カイトはアルセイユへ向かった。
カイトにとっては二年ぶりのアルセイユ。白き翼は、リベールZCFの最新技術を取り入れて変わらずに羽ばたいている。
開くのは《小さな同窓会》。クローゼにユリア、オリビエにミュラー、そしてカイト。リベールの旅路を共にした仲間としてはわずか五人だけの再会だ。
それに加え、クローゼたちは特務支援課を招いた。絆の環は広がっていく。
アルセイユのブリーフィングルーム。クローゼとカイトが待機して十分ほど。扉が開くといつもの親衛隊隊士服のユリアが先導して、特務支援課の五人──ロイド、エリィ、ランディ、ノエル、ワジを招き入れた。
ロイドたちは誰が自分たちを招待したかを察している。その上で、ブリーフィングルームにいるクローゼに目を向け──そして隣に立つカイトに度肝を抜かれることになった。
「カ、カイト!?」
ロイドがわかりやすく眼を剥いた。エリィにしてもノエルにしても、それは同様だ。
「ど、どうしてカイト君が……」
「経緯は色々あるんだけどさ。ま、まずは順当に自己紹介をしようよ」
カイトは隣に立つクローゼを促した。
程度の差はあれど緊張している五人。彼らはカイトからクローゼに向き直り、けれど沈黙は続く。
クローゼは席から離れ、そしてにこやかにロイドたちに話しかけた。
「はじめまして、特務支援課の皆さん。リベール王国、王太女のクローディアと申します。あのような形でお呼びして、本当に申し訳ありませんでした」
「い、いえ、とんでもない……初めまして。クロスベル警察、特務支援課のロイド・バニングスです」
「同じく、特務支援課のエリィ・マクダエルです。王太女殿下におかれましてはご機嫌麗しゅう」
緊張が解けないロイド。緊張はしているだろうが、礼節を失わないエリィ。対照的な反応だった。
ランディ、ワジ、ノエルと続く。一通り自己紹介が済んだところで、ワジがカイトに求めた。
「で? どうして帝国議随行団の君がこんなところにいるわけ? いくらリベールの出身だからってねぇ」
「種を明かすとさ、エステルたちとオレは……王太女殿下とも関わりが深かったんだ」
ロイドたちにはリベールの異変の顛末を簡単に伝えたことがある。エステルとヨシュアからも同じことを聞いたというが、さすがに王国のトップや帝国第一皇子と知り合いだということは言ってはいなかった。
「というわけで……どうもー。リベール王国遊撃士、カイト・レグメントでーす」
先日帝国関係者として再会したばかりなのに、どうして二度目の立場表明をしているんだとおちゃらけずにはいられないカイトであった。
「お前さんどんだけ肩書き持ってるんだよ……」
「オレだってこんなところまで来るなんて数年前は思わなかったですよランディさん」
「ふふ、僕はホストでテスタメンツのリーダーで特務支援課の準メンバーだけどね?」
「ワジ君のことは聞いてないでしょ……」
クローゼは笑った。
「ふふっ……実はもう一人、この場でご紹介したい方がいるのです」
もちろんオリビエのことだ。特務支援課も昼間の支援要請で出会っている変態。けれど、オリビエの正体は知るわけがないはず。弱冠の不安はあるが。
「もう一人……?」
ロイドの疑問とともに、ブリーフィングルームの向こう側の扉からリュートの音が来た。
カイトやクローゼにとってはもはや予定調和の襲来である。
オリビエが皇子としての赤い礼服でやってきた。ミュラーもいつもの紫の軍服だ。
「やあやあ諸君! お待たせしてしまったようだね!」
まずノエルが驚愕した。
「ええっ!?」
次にロイドが口をパクパクと動かした。さすがに数時間前のことだし、オリビエを追いかける要請なら印象も一際だろう。
ミュラーが堅苦しく言う。
「諸君、先程は失礼した。クローディア殿下も……遅れて申し訳ありませんでした。いつものように、このたわけが色々と首を突っ込んでおりまして」
「改めて自己紹介をさせてもらうよ。エレボニア帝国皇帝ユーゲントが名代、オリヴァルト・ライゼ・アルノールだ。もちろん真の姿は不世出の天才にして漂泊の演奏家、オリビエ・レンハイムだがね! はっはっはっ、よろしくお願いしてくれたまえ!!」
「いや……ありえなくねえすか?」
「ランディさん、一応は本当なんですよ。信じがたい事に」
「だからお前さんもお前さんでありえねぇからな? カイト」
「カイト君、それにランディ君。これが現実だ。極めて遺憾なことにな」
もうため息すらでない対オリビエ対応の先輩であるミュラーだった。
「帝国軍、第七機甲師団所属。ミュラー・ヴァンダール少佐だ。クローディア殿下のお招きで主共々参上した。よろしく頼む──特務支援課の諸君」
カイト、クローゼ、ユリア、オリビエ、ミュラーというリベールで縁を繋げた者たち。
ロイド、エリィ、ランディ、ワジ、ノエルというクロスベルに生まれた特務支援課。
それぞれの絆の環が重なっていく。
十人全員で座り、対面してそもそもの経緯を話す。
エステルとヨシュア、そしてカイトによってロイドたちに明かされたリベールの異変の顛末。その中で王国と帝国だけでなく、七耀教会の騎士や共和国の遊撃士など、本当に多くの仲間との絆ができたこと。
異変の後、王国に留まって自分の力を発揮している者や、故郷に戻った者たち。
そしてエステルにヨシュア、カイトという故郷を飛び出して世界や目的のために修行を始めた若者たちがいること。そうした遊撃士たちが、ロイドたち特務支援課と出会ったこと。
そして、オリビエやクローゼたちは当然今まで特務支援課のことを知らなかった。カイトも詳細に話したことはなかった。教団事件の後レンとともにリベールに戻ったエステルとヨシュアが、通商会議に向かうクローゼに話したのだ。それがオリビエに繋がり、そうしてカイトも含めて小さな同窓会を開くきっかけになった。
「まあ、そんなわけで気をらく~にしてくれたまえ。僕たちとエステル君やカイト君はリベールの異変に立ち向かった仲間。そして君たちとエステル君たちも教団事件に立ち向かった仲間」
「オレの場合は黒の競売会を一緒にぶっ潰した仲ですね」
「つまり僕たちも運命の仲間同士というわけさっ!」
こんな風に緩く語るのはもちろんオリビエだ。場所が機密性の高いアルセイユの中で、そして気心の知れたリベールの関係者が多いからだろう。帝都でⅦ組に見せたような、真摯な態度はどこかに置きさっている。ミュラーが多少眉をひそめてもまったく気にしていない
支援課メンバーはひたすたに苦笑いだ。
「い、いやー、そう単純にはいかないかと……」
「その、正直恐れ多いです」
首脳陣の中でも若く親しみやすい雰囲気の二人ではあるが、それでも一国の女王と第一皇子だ。ロイドとエリィの返答はもっともだ。王族の真の姿を知る人々でなければだが。
クローゼは気高く、けれどやはり柔和な言葉使い。
「ふふ、でも本当に気を楽になさってください。相談したいことがあるのも確かですが、それ以上に皆さんとお近づきになりたいと思っていたんです」
恐縮するばかりのロイドとノエル。
「しかしクロスベルか……君たちと駆けずり回った大都市も魅力的だった。それにミシュラムもあって夜には劇団アルカンシェルも見れる。僕も一ヶ月くらい滞在したいなぁ──」
「お前のスケジュールは向こう半年埋まっているから安心して逝け」
「『逝け』!? ちょまミュラー、そんなご褒美のようなことを言わないでくれる!?」
ランディが首をひねった。
「……なあロイド、今『ご褒美』って言ってなかったか?」
「あ、ああ……でも聞き間違いじゃ──」
「聞き間違いじゃないんだよなこれが……」
「ってカイトが言ってるね」
「ワジ君……現実を見せないで頂戴」
「エリィさん!? 大丈夫ですよ、私たちのユリア准佐は変わらず綺麗なままです!!」
「良かったですね、ユリアさん」
「気持ちは嬉しいものですが……殿下、今は本懐を遂げさせていただきますよ」
ユリアが喉を鳴らした。
「ともかく、こちらは君たちについて知っている状態だ。それを踏まえて君たちに伝えたいことがある」
クローゼの『親睦を深めたい』というのと同時、『通商会議に関する情報を伝える』というのもまた本命だ。
二大国に挟まれたクロスベル自治州はあまりに脆弱だ。開催を呼びかけたのがディーター市長でも、鉄血宰相に共和国大統領も参加している。必ず政治劇は起こる。
迂闊に敵と味方に分けるだけでは問題も出るだろうが、クロスベル自治州に必要な情報を与えることは、大陸の安定を図るのにも必要だろう。
「こちらを見て欲しい」
ユリアが導力端末を操作した。ブリーフィングルームに備え付けてあるものだ。同時に画像が映る。
鉄血宰相ギリアス・オズボーンの写真だ。威風堂々と、立ち向かうものを全て跳ね除けようとするような意志を感じる。
エリィが畏怖の感情を顕にして呟いた。
「エレボニア帝国宰相、ギリアス・オズボーン宰相ですね」
「ま、鉄血宰相でいいさ。彼の人となりを知らない君たちにここで彼の悪口を言うつもりもない。ただ、一つだけ前提として知っていてほしいことがあるんだ」
帝国に住む半分以上の人間は肌で感じつつ、情報を持つ諸外国の人間もまた理解していること。
一ヶ月前、帝都でオリビエがカイトに伝えた現実だ。
「現在、エレボニア帝国内でいつ内戦が起きてもおかしくないことを」
内戦の可能性。その言葉に、支援課メンバーが目を見開いた。
オリビエ、ミュラー、そしてカイトが意識している革新派と貴族派の争い。テロリスト帝国解放戦線の存在も明らかとなり、いよいよ火種は燃え広がりつつある。オリビエが決意しても、それでも戦争の可能性の方が高い。その現実は見ないわけにはいかないのだ。
「革新派と貴族派の対立。私もおじい様から話は聞いていましたが、相当に進行な状況みたいですね」
「ふむ、察するに殿下たちは中立の立場なのかな? 本職が遊撃士のカイトまで協力しているくらいだ」
ワジが目敏く聞いてくる。オリビエなので何のお咎めもなく笑いながら返答が返ってきた。
「中立というよりは第三の道を行こうとしている。ま、どちらの陣営からも胡散臭いコウモリに見られてしまう切ない立場なんだけどね」
オリビエの発言は、ロイドやカイトにとっては頼もしいことだ。自嘲気味ではあっても、立場の異なる人間たちが、世界の安定のために戦っている証明でもある。
「し、しかし両者の対立が内戦直前まで行き着いているということは……まさか通商会議に関する情報というのは!?」
「エリィ君の懸念の通りだ。貴族派の筆頭であるカイエン公のほうで動きがあった。どうやらこの通商会議中、オズボーン宰相を狙うテロリストをクロスベルに送り込むらしい」
ミュラーがあくまで冷静にエリィの言葉を肯定した。そしてカイトに目伏せした。
カイトは特別実習や過去の帝国来訪によって、テロリストとそれなりに接触している。だからこそのカイトの役目だと、ミュラーもわかっている。
「テロリスト《帝国解放戦線》。明言はしていないけど、奴らは明らかにオズボーン宰相の命を狙っている」
「宰相殿は各方面から激しい恨みを買っている。国内外で弾圧された勢力がテロ組織を結成しているんだ」
オリビエとカイトの説明は続く。特務支援課やクローゼたちは、帝国で戦う盟友たちの言葉を静かに聞いている。
「帝国内じゃ奴らはまだ名前を明かしたくらいだし、その背景も謎だったけど……オリビエさん、そこまで言うってことは」
「ま、公然の秘密だし構わないさ。ここは帝国じゃない。クロスベルのために情報は惜しまない」
Ⅶ組の生徒たちにも言えなかったことだ。Ⅶ組が……Ⅶ組こそが、偶然にも帝国解放戦線と立ち向かってきた。ある意味帝国に住み貴族と平民に留学生が入り混じる彼らこそが知るべき情報だが、あまりにも当事者だから、まだオリビエは伝えることができなかった。カイトに匂わせて伝えるのが精一杯だった。
ここは頼りになる仲間たちがいて、エステルやカイトと絆の環を広げた特務支援課がいる。だから、オリビエは物怖じせず告げられたのだ。
「帝国解放戦線に対して、貴族派が体よくミラを与えて利用しているのさ」
ワジは笑った。あくまで皮肉を貴族派に対して向けている。
「自分たちの手は汚さずに政敵を葬ろうってわけだね」
「帝国内での所業を考えると『汚さずに』ってのはちょっと首をひねっちゃうけどね。オレのクラスメイトなんて革新派の関係者ってだけで貴族派に拘束されたし」
「ふふ、それを聞くと確かに。でも、本当にそうなったらまずいんじゃない?」
ロイドが彼らしからぬ剣幕で、机を叩いて立ち上がった。
「まずいどころじゃない! クロスベルにとっても大問題だ! 市長が開催した会議中に帝国宰相が暗殺でもされたら、どんな賠償を要求されるか──!」
好青年の突然の姿に、対面しているリベールの異変関係者は彼を凝視することになる。ロイドははっとして申し訳なさげに、ずれた椅子を直して腰を落とした。
「す、すみません……」
ロイドを責める人間はこの場にはいない。ロイドの心配はもっともだ。
仮にそうなれば、暗殺を防げなかった代償として帝国からクロスベル自治州に莫大な賠償が突きつけられることになる。問題の大元がクロスベルか、それとも帝国内で生じたものかどうかは関係ない。
立場と力関係が明らかで、クロスベルは帝国とそして共和国に従属するしかない。それもまた外交の一手段だ。
カイトも知っていて、帝国に住んでいてひしひしと感じる二大勢力の対立問題。激動の時代はすぐそこまでやってきている。
次のクローゼの言葉は支援課だけでなくカイトにも衝撃を与えることになる。
「そして……実は、同じような構図が共和国にも存在しているのです」
ユリアが導力端末を再び操作した。オズボーン宰相と入れ替わるようにサミュエル・ロックスミス大統領の画像が映し出される。
カイトもほとんど情報を知らない、カルバード共和国大統領。共和国はリベールやエレボニアのような国家元首を持たない民主共和制の国だ。ロックスミス大統領をはじめ多くの議員は政党に所属していて、その党の方針によって動いている。
ロックスミス大統領個人が恨みを抱えているわけではない。彼が現与党の代表でいるために狙われている、ということだ。
「西ゼムリアにあって、様々な文化を昔から取り入れてきたカルバードには非常に難しい問題があります。いわゆる──《民族問題》です」
カルバード共和国は古くより東からの移民を大々的に受け入れてきた。共和制に移行してからその流れはより顕著になり、南の煌都ラングポートには巨大な東方人街が誕生するに至った。
だが変化に対する反動というものは、いつの時代にもどんな場所にも存在する。
エリィは苦しげに言った。
「《反東方・移民政策主義》ですね。そのような運動が存在するのは知識としては知っていましたが……」
「ええ。やはり潤沢な資金源を持つスポンサーがいるらしく、最新の武装を共有された過激派テロリストが動いているという情報が入っています」
クローゼの説明に合わせ、ユリアが三度端末を操作した。カルバード共和国の地図と、点在する都市のいくつかに赤い点が記されている。
「そうした反移民テロリストの中でも大きな組織である《真なる優士団》がクロスベル入りする、という情報が入っている。参考までに、これは彼らが起こしたとされるテロ活動の分布図だ」
大陸中西部もまた動乱の足音が聞こえている。カイトは常々思う。激動の時代、という表現は言い得て妙だ。
帝国と共和国、それぞれの国に住み、活動している者たち。それぞれの当事者でさえ参ってしまう問題。それでも、二つの国は国としての厚顔を背負い、この通商会議に参加している。それどころか、ロイドが危惧したようにそれらの問題はクロスベルにまで飛び火するかもしれないのだ。
それらの大きすぎる情報を受け止めつつ、ロイドたちクロスベルの当事者が気になるのは、また別のことだった。
ロイドが尋ねた。
「……どうして、このような重大な話を自分たちに?」
これだけの話、自治州警察の一部署に伝えるにはあまりにも重い。危機管理の観点以前の問題で、自治州政府に直接話したほうがいい。
しかし。
「伝えたくても伝えられない事情がある。つまり、そういうことですね?」
「エリィ君の言うとおりさ。宰相も大統領も、自分たちの命を狙う勢力が動いているのは知っているはず。にも関わらず、クロスベル政府にその事実はまったく伝えられていない」
「そこにどのような意図があるのかはわかりませんが……そのような状況で私たち他国の人間が両国の裏事情を勝手に自治州政府に伝えるわけにも行きません」
「僕も皇族とはいえ帝国政府の方針に干渉できる立場にはない。そこで、姫殿下の提案で君たちを呼んだというわけなんだ」
王族たちの含み笑いは少しだけロイドの口角を緩ませた。
「なるほど。つまり、ここでの話はあくまで非公式というわけですね?」
「ええ。共通の知人を持つ者同士の、お茶の席でのちょっとしたおしゃべりです。そこで聞いた噂話をどなたにお伝えしようと自由ですから」
「リベール王国を駆け抜けた僕らの小さな同窓会……志を共にするサプライズゲストはあってしかるべきだろう? それに、お互いの近況を報告することくらいわけはない」
単に後ろで控えるだけでなく、異変の最前線を駆け抜けた二人だ。この状況で臆することなく動き、話し、クロスベルにできる限りの手を打つ。そういった姿勢は支援課メンバーの目にも好意的に映る。
「ふふ、そういうことですか」
「いやはや、思った以上に大胆つーか……」
「ふふ、優雅なお姫様に質実剛健な帝国の皇子……と思ったら、なかなかのやり手じゃない」
「ちょ、ちょっとワジ君……」
オリビエは笑った。
「伊達に修羅場は潜っていないからね。僕と姫殿下とカイト君なんて、帝国と王国の国境線で大立ち回りを演じたくらいだ」
「小娘の浅知恵ですから」
クローゼも笑った。
「クロスベルを取り巻く状況は混迷を極めている……少しでも見通しをよくするためには、悪あがきをするしかありません」
ユリアが口を開いた。
「……加えて、現在クロスベルに居座る黒月と赤い星座の懸念もある。それぞれ政府と繋がりあるようだから、よもや会議を狙うとは思えないが」
ミュラーも続いた。
「だが、不可解な動きを見せているのはこちらも把握している。それについては君たちの方が実情には詳しいかもしれないが」
「はい──お返しと言ってはなんですが、こちらの知り得ている情報をお伝えします」
ロイドがユリアとミュラーに返す。
それは前日に支援課と遊撃士協会が共有した情報だった。オリビエとクローゼにとっては初めて耳にする情報。疑念は尽きないが、実際の行動を把握すること自体は必要なプロセスだ。
とはいえロイドたちも真相を解き明かしているわけではない。現時点では、あらゆる自体を想定して備えておくしかない。
「──みなさん、教えてくださって本当に感謝します。おかげでこちらも様々な事態に対応できそうです」
クローゼは立ち上がりロイドの前へ。そうして手を差し出した。
「また何かあったら皆さんにもご連絡致します。今度はジークに頼らず、直接通信を差し上げますね」
「……はい。承知しました」
ロイドもまた、緊張しながらもしっかりとクローゼの掌を握り返した。
会議の成功に向けて動く支援課やカイトたち護衛陣、そして会議を通して大陸の安定を図るオリビエやクローゼ。
かつての仲間たち、新しい縁。自分たちの立場も全て利用してできることをする。
会議本番は明日、十三時。あと二十時間もすれば、オルキスタワーの会議場で大陸の今後を左右する首脳陣たちの饗宴が始まるのだ。
────
八月三十日、午後十一時三十分。エレボニア帝国東部、ルナリア自然公園。
わずかに開け、森の中の広場となっている場所にRF社の飛行艇が二機停泊していた。
その飛行艇と、夜の月を見上げている男がいる。
──帝国解放戦線幹部、同志G。
Gはしばらくの間、そうして飛行艇を夜空を見上げていた。
ルナリア自然公園は静寂に包まれている。ヴェスティア大森林の一部ではあるが、観光客を想定して魔獣避けもあるため普通の獣がいるくらいだ。リィンたち特別実習A班が来た時などは異常事態で魔獣が多かったが、今は違う。
「……」
Gは静寂を保っている。月は夜光となって世界を淡く照らしている。星もまた、同じように煌めいている。
Gには、それがいつになく綺麗に見えた。
「……早いね、G」
後ろから声が聞こえた。女性の声。
「同志Lか」
同志L──レイラ・リゼアートがいた。黒のコートの上を金髪がなびく。
「……他の同志たちは?」
「まだ来てはいないよ。我々と比べれば不真面目なものだね」
「テロリストであることに変わりはないがな。それが真面目と不真面目を語るとは笑いものだ」
「まあ、元遊撃士と元助教授だ。まだ真面目と言えるだろう」
含みを持つ笑いを二人は浮かべた。
G──ミヒャエル・ギデオンは帝国学術院に勤める助教授だった。だが数年前にギリアス・オズボーンを批判したことによって学術院から罷免されることになった。そうして帝国解放戦線に参加することになった。
今日まで過激なテロ工作を何度も行ってきた。
「……本当に、いいのかい?」
Lが問うてきた。何度も仲間内で聞かれた言葉だ。
問いかけの意味はわかっている。だが、Gはわざと別の意図を重ねて返した。
「君こそ、このままでいて構わないのか?」
「……それは、どういう意味だい、G」
「君は支える籠手の一員だった。その理念は『民間人を支える』こと。それは今も変わりないだろう」
「……だから、なんだい? 私がここにいるのは疑いようのない事実だ」
「私もそれは同じだ。背負ってきた罪は変わりない。目的のために多くのものを壊し、時に人を傷つけることに快感を得たのも事実だ」
「……」
「だが、これだけは言える。鉄血宰相を止める──あの男によって生まれる混沌は絶対に止める。その信念だけは、変わっていない」
「CもVもSも。それぞれの理由で鉄血を討ち取ることが本懐だ。だが……君はどうだ?」
「……」
「闘争に身をやつし、そして多くを傷つけたこの私が義を語ることなどできないが、これだけは言える。あの男すら超える鋼の意志でなければ、自らの目的は成就できないぞ」
「……覚えておくよ」
Gは飛行艇と夜空からも、Lからも視線を外した。
方角的に、そこはかつて帝国解放戦線が遊撃士たちと戦ったヴェスティア大森林の一部分だった。
「……クロスベルには、カイト・レグメントがいるという。他のトールズ学生もだ。それでも、私は迷うことはない」
二人に声がかけられた。新たな訪問者が誰であるか、というのは二人にはよくわかっている。
「Gの旦那。おっと、Lもいやがるのか」
筋骨隆々の男、V。
「早いわね、二人共」
妖艶な赤髪の女性、S。
二人の幹部、同志がやって来た。
「同志V、同志S。そちらの準備も万事整ったようだな」
「ええ、滞りなくね。もっとも今回の主役は間違いなく貴方なんでしょうけど」
テロリストたちの集会。当然、平和な集まりではない。
作戦は既に完成している。憎き鉄血を討ち取るための、包囲網作戦。
それぞれの場所に幹部たちは散らばることになる。
「まさかあんたがクロスベル入りを志願するたぁな。赤い星座のことを考えると俺が言ったほうが良かったんだろうが……」
「私は《笛》を失った。クロスベルでの玉砕が今後のための布石となるならば、私が行くのが合理的なはずだ。我らの悲願を達成するためにもな」
それぞれの作戦配置。そしてGはクロスベルに散る。
G以外の同志たちが、Gの迷いも不安すらない言葉に圧倒される。
元学術院の助教授。遊撃士でも、歴戦の戦士ですらないGの覇気は、誰よりも強かった。
「あんた……」
「まったく、生真面目過ぎるでしょ」
「二人が来る前にも問いただしたがな。聞かないんだ、この男は」
「君たちも似たようなものだろう。そうでなければ、こんなテロと呼ばれる闘争にわざわざ身を投じてはいまい」
集まる四人たちのさらに背後から。
「揃っているようだな」
同志Cの声がした。それぞれ、特徴的なメンバーたちが振り返る。
「同志C」
「よ、リーダー」
「これで全員揃ったな」
「……」
Lだけが、言葉を発さない。
「同志たちよ、よくぞ集った。すでに我らは走り出し……止まることも引き返すこともない。求めるのは結果のみだ」
反論は一人として出さなかった。
一人一人の顔を見て、Cは言った。
「その上で、あえて聞こう。同志G。本当にいいのだな?」
その問いかけは、Lからも聞かれたことだ。VもSもまた、言葉には出さずともGに伝えていた問だ。
本当にいいのか。死地に向かうことが、お前の望みなのかと。
Gは本心を言う。
「私の思想と理念は解放戦線に息づいている。ならば例えクロスベルでこの身が果てようとも構わない。あの男がもたらすであろう恐るべき
後悔はない。迷いもない。不安もない。
恐怖は、ないとは言えない。けれどそれ以上の決意と信頼と確信があった。
例え多くの人たちから非難をされても、自分たちの行動は絶対に以降の大陸に平穏をもたらす。
例え自分の命が散ったとしても、他の同志たちが悲願を果たしてくれる。
一人一人に命の価値などない。それでも同情はあるから、芽生えた絆が引きちぎれる時に感傷はある。
「……分かった」
Cは、自らが被る仮面を外した。
「C……」
「お前さん、いつの間にかそれを被ってばかりだったのによ」
SとVがCの動きを注視する。
Gは笑った。
「まさか、最後に君の顔を見れるとはな」
「女神の──いや、悪魔の加護を。事が成ったら全員で祝杯をあげよう。願うなら……帝都ヘイムダルでな」
「……ああ」
GとCが握手を交わすことはなかった。Gは同志たちから離れる。
Gは振り向くこともなく、Cと入れ替わるように鉄仮面を被る。
「さらばだ──同志たちよ」
他の同志たちが乗り込む飛行艇とは、別の一機の下へ向かうG。
「──行くのかね?」
何度も、何度も声をかけられる。走馬灯のようでもある。
新たに声をかけてきたのは、同志たちとは違う人間だった。
「貴様は……」
「ただの通行人さ」
「ただの通行人なら、この場にいるはずもないがな。もっとも貴様の話は聞いているが」
「結構。死に逝く者を、
語りかけてくるのは真摯な言葉であり、そしてGの精神をわずかに逆なでするような声色でもあった。
Gは、それでも冷静に返す。律儀に足は止まっている。
「気に入らないことは多い。しかし感謝はしよう。……おかげで鉄血の懐に潜り込むだけではない、奴が命を散らす前に最後の問いかけができる」
「それは重畳だ」
「それは?」
「噂くらいは聞いているだろう?」
投げつけてきた。Gは一瞬それを躱すか考えて、受け取ってしまう。硬い感触、乾いた音が虚しく響いた。
「どこでこれを手に入れた?」
「我々の協力者は中々に話のわかる者たちでね。貴公がそれを使えば
「宿縁の地クロスベルにはおあつらえ向きのものだ。鉄血の喉元を食い破るのに、一糸だけでも繋がるかもしれないが?」
「趣味の悪い……それだけは断る」
どこまでも応援するような言葉でありながら、けれど鉄血を倒せないことを前提として話している。
Gにとっては、
「無為なことを。怪物である鉄血を討ち取るのに、自らが彼に並び立つのは怖いというのかね?」
「…………」
Gは渡されたそれを懐にしまいこんだ。
「私は人だ。だからこそ、テロという非道を重ねてきた。このような手は使わない。餞だというのなら、これはクロスベルで散る我々が墓標に埋めてこよう」
「それでいい」
Gと
他の部下の同志の操縦により飛行艇が発進する。部外者である
向かう先は、宿縁の地《クロスベル》。
「では、準備を始めるとしようか。因縁の地にそびえ立つ摩天楼が崩壊する……盛大な花火を彩る火薬を」
次回、69話 通商会議当日……!
「8/31FH:血と鉄の饗宴」