八月三十一日。
西ゼムリア通商会議の本会議が開催される日だ。
前日の小さな同窓会の後、カイトはミュラーたち第七機甲師団の護衛たちと共に動くことになった。
ミシュラムの迎賓館に泊まる首脳陣に付き添い、自身は他国の護衛たちと共に交代しつつ一夜を過ごす。
日付けが変わり、朝の会食を経て、それぞれがそれぞれの時間にミシュラムを後にした。
再び迎賓館に戻るのは、魑魅魍魎の国際会議を終えた後だ。
首脳たちは港湾区から用意された導力リムジンに乗り換え、オルキスタワー前広場へ向かう。そこで警備員たちの歓迎と敬礼を受けつつ、今後新市庁舎としてのオルキスタワーで働くことになる職員に案内されることになる手筈だ。
タワー前に到着するのが会議開始の四十分前。会場内の控え室に到着するのが、三十分前。
だがその二時間前、ミュラーとカイトはオリビエの護衛を他の兵士に任せ、一足先にオルキスタワーの一室に来ていた。
場所は35F、国際会議場フロア。その中の護衛陣が待機する控え室。
「エレボニア帝国第七機甲師団所属、ミュラー・ヴァンダール少佐だ。本会議の間オリヴァルト殿下の護衛を勤めさせていただく」
大きな机を囲むように、各国の護衛将校代表や補佐官代表が集っていた。
それぞれの国の思惑というものはあっても、会議そのものを無事に終了させるのが護衛陣や補佐官の責務であり、混沌を望んではいない。それはここにいる全員が共通している。
同じ目標へ向かう者たちの決起のようなものだ。
特に理由はなかったが、偶然ミュラーが自身の紹介の先駆けを務めた。同じ帝国の補佐官ということで、レクター大尉が次鋒となる。
「エレボニア帝国軍情報局所属特務大尉、帝国政府付二等書記官レクター・アランドール。お見知りおきを」
その後も、その場にいる各陣営の実質のトップが名をあげる。ユリアが、キリカが、レミフェリアの護衛将校が。
一通りの後、ミュラーがカイトを前に促した。
「それと、この場をお借りしてもう一人紹介させていただく」
カイトは人々を見渡す。トップの面々はほとんどが人見知りなので、大した緊張もなかったが、それでも張り切ってはいる。
「帝国通商会議随行団守護隊隊員、カイト・レグメントです。よろしくお願いします」
現在この部屋にいる中で成人とはなっていなく、そして最年少でもある。カイトはほとんどの人間に歓迎される。
最後に、スーツと眼鏡の男性がカイトに対する視線をやや遮ながら言った。
「アレックス・ダドリーです。クロスベル警察、捜査一課所属。本会議の警備対策室の監督を任されることになりました」
主催クロスベル自治州側の実質トップだ。そのためにここにいるのだが、彼はやや強い圧をカイトに向けた。
(……あれは『なんで貴様がここにいる』って顔だな)
そりゃこっちの台詞だ堅物メガネ。本当にそう思っているかは知らないが。
ダドリーは続けて口を開く。
「会議の進行。警備隊の配置に関係者の待機場所。災害時の手順など、一通りの事項をご説明します。まず、開始・途中休憩・終了の時間ですが──」
大陸史上初の超高層ビルディング、オルキスタワー。それだけで、例えばここにいる多くの護衛将校が経験している『城館で執り行われる会議』とは様相が異なる。比較的横に広い城館とは違い、オルキスタワーは階層に比して面積が狭い。避難経路にも縦の移動があまりにも多い。加えて会議場は地上35階。近代的、前衛的、斬新的な様相を取り入れたスタイル。主催側のダドリーも、歴戦のミュラーやユリアも、卓越した情報処理能力を持つレクター大尉にキリカでさえも、少なくとも経験という意味ではカイトと同じなのだ。
油断する人間はこの場にはいない。ダドリーの説明を一つ一つ噛み砕き、聞いていく。
「……説明は以上となります。なお、皆さんは会議関係者として33階から36階、及び1階の移動が可能となっています。会議開始は十三時……それでは皆さん、よろしくお願いします」
一同は解散となる。昨日は気さくに話したユリアも、会議当日となれば少しだけ緊張感を纏っている。カイトは自然ミュラーと対面することになる。
「いよいよですね、ミュラーさん」
「ああ……そうだな」
護衛であるから、書記官や文官のような平時の物理的忙しさはない。だがそれでいいはずもなく、何事も起こらないために常に気を張るのは辛い時間だ。
ミュラーが言った。話題を変えるためか。
「君と二人で話したのは、帝都と……」
「リベル=アークで、でしたね」
「懐かしいものだ。浮遊都市の頃など、まだ君とも大した縁を結んでいなかった」
「お互い警戒というか、変に遠慮してましたもんねぇ」
「違いない」
オリビエを介して繋がった縁。カイトにとっては帝国軍人を、色眼鏡を外して見た初めての瞬間でもある。
帝都はともかく、自分たちは高い場所に縁があるらしい。
「あの頃から、俺も変わらざるを得なくなった。お調子者に付き合わされたが、悪いものではなかったよ。帝国軍人としての常識が崩れ去るのは」
「オレもです」
「あのお調子者にここまで賛同し、共に歩める者たちが諸外国にこれだけいるとは思わなかった。そして、君のように俺と共に隣に立ってくれる人間も」
「当たり前ですよ。あと……オレも『盟友』って言われてちょっと嬉しかったですし」
「ふっ……」
ミュラーは笑んだ。
「動乱はいつ起きてもおかしくはない。共に尽力しよう」
「はい、あのお調子者のためにもね」
「はは、そうだな……首脳陣の到着まではあと30分強。君はどうしたい?」
「そうですね……もう一度、会議場周りを確認しておきたいです」
「了解した、許可しよう。首脳陣が到着する頃には、こちらに戻ってきてくれ」
「はい」
ミュラーと別れ、カイトは控え室を出た。
通路に出た瞬間、視界に広がるのは地上35Fから見えるクロスベル市だ。
オルキスタワーの水平面の構造はほぼ正方形。4角を除く
「……すごいな」
カイトは高所恐怖症ではないが、ここまでの高さとなるとさすがに足がすくんでしまう。人の姿は目視できるはずもなく、随分と小さく見えるビル群やその他の建物たち、反面自然豊かな市外の景色が映える。
夜になれば、また違った景色が見えるのだろう。初めてクロスベルに来てすぐの時は、故郷リベールとも王都グランセルとも違うネオンの光に慣れなかった。遥かな高みから見下ろす近代都市は、また綺麗なはずだ。
「……まったく、何故貴様がここにいるんだ」
後ろから声がかけられる。先程も聞いた声なので驚きはしなかった。そして少しだけ鬱陶しいと思った。
カイトは振り返った。
「へーへー、悪かったですねダドリー捜査官」
初めてクロスベルに来た日、問答無用で地面に転がされ拘束された痛みは忘れない。当初はクロスベル警察にそこまで良い印象を抱かなかったのも加わって、特に犬猿の仲のように睨み合ってしまっていた。
結局、カイトがクロスベルを離れるまで関係性は改善しなかった。最後に会ったのも市長暗殺未遂事件の時だった。
ダドリーはカイトを一瞬だけ見下げて、そして視線を外して、カイトの隣に立ってクロスベル市を見た。
「……しばらくクロスベルを離れていたらしいな」
「はい。帝国でやるべきことがあったので」
「黒の競売会の騒動が貴様のクロスベル最後の活動だったな。支援課共々、随分馬鹿をしてくれた」
「ま、否定はできませんけど。でもおかげで教団事件の解決に繋がったでしょ?」
「つくづく遊撃士とは思えん無鉄砲さだ」
「とことん否定できない……」
「帝国の士官学院に入学。そして現在はオリヴァルト殿下の護衛として通商会議に参加した」
「見直しました?」
「オリヴァルト殿下に同情するな」
「あの人の本当の姿を見せてやりたいよ」
言葉は互いに辛辣。表情も虚無に近くて、お互い棘がある。
けれど、初めて会った時から一年以上の時間が過ぎた。
カイトはクロスベルに影の国に帝国と、たくさんの経験をして視野を広げた。ダドリーもまた、特務支援課に関わる中で少しは柔軟な対応をするようになったらしい。
未だ互いを見ないけれど、しかし毅然と話す。
「史上初の国際会議。不確定要素は無数にある。今回ばかりは立場も実力も関係ない、貴様の力を最大限に発揮しろ」
「言われなくても」
「わかったら、さっさと情報収集にでも動くことだな。何かがあった時、迅速に動けるように」
「へいへーい、出てってやりますよー」
「私は警備対策室に行く。できることなら、その顔を見たくはないものだ」
「だったら、そこに行くのは最後の最後にしてやりますよーだ」
そのままお互いを見ることはなく、二人とも窓から離れお互いから離れていく。
それでも、一応は罵倒続きではなくてお互いの意見を合致できた。通商会議があるからだけじゃないだろう。少しはお互いのスタンスがわかるようになった。
どうにも苦手なので、たぶんお互い気を許すことはないのだろうけれど。
────
カイトは通商会議参加関係者であり、ダドリーが説明したように1Fと33~36Fの移動が許可されている。
あくまで本命は本会議場だが、万一の可能性も考えて、再度1Fの出入り口を確認しようと思った。ダドリーの仏頂面に当てられて「じゃあまったく関係ないところから行ってやるよ」と思ったのもある。
そこで、エントランスホールで待機している特務支援課の面々に会った。
「ロイド、みんな」
「カイト。先に来ていたんだな」
やはりリーダーのロイドがいの一番に反応してくれる。
ダドリーの説明で、ロイドたち特務支援課が会議場の警備員として参加することは関係者にも周知されていた。事前資料にはなかった情報だ。昨日、一昨日とロイドたちに会った時にはその話はなかったので、てっきり本会議場には来ないものかと思っていた。
そこからの、ダドリーの説明だ。カイトはとてつもなく頼もしさを感じたし、ミュラーやユリアも同様の感情だろう。
特務支援課六人。昨日までは五人。違いはもちろん、ティオがいることだ。
「ティオ! 久しぶりだね」
「お久しぶりです。半年ぶりですか、元気そうで安心しました」
「お互いにね」
ティオは支援課が休止している間、レマン自治州に戻って元の所属であるエプスタイン財団で活動していた。
教団事件のことなどは他の支援課メンバーから聞いているので、その少しの挨拶だけで空白の期間は埋められる。
「にしてもこれで本メンバー四人と準メンバー二人が揃った。特務支援課も本格始動ってわけだね」
「へへ、これでカイトやアリオスのオッサンにも負けねぇぜ?」
得意気にランディが笑った。カイトとしてはまだランディへの心配があるのだが、そこはカイトも口には出さなかった。
「カイトさんは一足先に会議場に?」
ノエルが聞いてきた。
「うん。ただあくまで会議の説明のために各関係者代表が集まっただけで、まだタワーの全容は知らないけど」
お互いイレギュラーな形で会議に潜り込むことになったのは同じらしい。とことんシンパシーを感じる。
「それで、ロイドたちはまだ上に行かないのか?」
「実は、急遽警備に参加させてもらうことになったから、俺たちもタワーの構造を知らないんだ。それで、案内をしてもらうからここで待っていてさ」
「案内役って?」
「ああ、それは──」
「来ていたか」
カイトはエレベーターホールからエントランスホールにやって来た。同じように、エレベーターホールから聞こえた声がロイドの声をかき消したのだが。
「ダドリーさん、お疲れ様です」
アレックス・ダドリーであった。それぞれ返事をする支援課メンバーの影で、カイトはひたすらに「うぇぇ」という顔になった。
「現在正午ちょうど。通商会議が始まるのは──む?」
ダドリーの視線がカイトを捉えた。
「……何故貴様がここにいる?」
「ひたすらにこっちの台詞なんですけど」
「その顔は見たくなかったのだがな」
「警備対策室に行くって言ったから気を利かして1階に来たんだよ!?」
早々に口喧嘩が始まる犬猿の仲であった。
とはいえダドリーも面倒くさそうで、すぐに会話を打ち切って視線を支援課に戻す。
「ふう。あと30分もすれば首脳たちが到着する。言ったように私が会場周りを案内するつもりだったが……お前たちを案内してくれると快く申し出てくれた方がいる」
「やあ諸君、よく来てくれたね!」
支援課メンバーすら疑問符を浮かべるなかで、誰よりも快活な男性の声が響いた。やはりカイトとダドリーが来たルートと同じだ。
現れたのは、通商会議を主催した張本人。現クロスベル市長ディーター・クロイス。
「半月ぶりだね。エリィ、ロイド君。ワジ君にノエル君に……おっと、ランディ君とティオ君は久しぶりかな?」
「ウッス、お久しぶりっす」
「ご無沙汰しています」
「どうしておじ様が……通商会議の直前でお忙しいんじゃないんですか?」
エリィが尋ねた。マクダエル議長の孫だ、面識はそれなりにあるらしい。
ディーター市長は、カイトが開会宣言で感じた印象に違わず洒落た笑みを浮かべている。整髪料で若々しさを増した金髪、快活な顔、がっしりとした体格はスーツがよく似合う。やはりナイスガイだ。
「準備なら全て済ませてあとは首脳たちを待つだけでね。気分転換も兼ねて君たちの案内をさせてもらおうと思ったんだ……おや?」
ディーター市長は、ダドリーとは反応が異なるが支援課に紛れるカイトを見て会話が途切れたのは同じだった。
空気の読めない市長ではないが、その性格や豪胆さからあえて空気を読まない時もあるらしい。会議も始まりが近いこの時に、わざわざカイトに話しかけてくる。
「君は会議の関係者で間違いないかね?」
「初めまして、ディーター市長。帝国随行団所属、カイト・レグメントです」
ディーターは合点がいったように両手を合わせた。
「……ああ! 事前資料で見させてもらったよ! クロスベルでも活動していて、面白い経歴を持っていた少年。支援課諸君とも競売会の件で共闘した……そうか、君がカイト君か」
「ロイドたちとも、旧交を温めていました。今日は帝国関係者として護衛の任に就いています」
「はっはっは、そうかしこまらなくてもいいさ! 支援課諸君とは別に、クロスベルの因習を打ち破るんじゃないかと注目していた。会えて嬉しいよ」
「……そんなに注目されるように動いてましたっけ、オレ」
「クロスベルタイムズで特集が組まれていたからね。特務支援課諸君が報道されたのと同じタイミングで」
カイトと支援課本メンバー四人が『ああ……』と微妙な表情で納得した。またグレイスが原因か。
元々、ディーター市長は特務支援課に会場を案内する役目をダドリーから引き受けるためにここまで来たらしい。
そして、ディーター市長は得意気となる。
「ふむ、せっかくの機会だ、カイト君。君さえよければ、支援課諸君と一緒に案内しよう」
「よろしいんですか?」
「なぁに、全く持って問題はないよ。ダドリー君、かまわないね?」
「……市長がそう仰るのならば」
堅物なのでやや面白くなさそうだったが、ダドリーも反論はしなかった。そのまま支援課メンバーに言う。
「お前たち、くれぐれも市長に失礼のないように。それと一通り案内されたら34階の警備対策室に来い」
「了解しました」
ダドリーはカイトを嫌そうな表情で見た。
「レグメント。くれぐれも市長に失礼のないように」
「絶対言うと思った。わかってますってば!」
「では市長、また後ほど」
「聞いとけやこの堅物メガネー!!」
最後の罵りは無視された。カイトの声が3フロア分ある1Fエントランスに盛大に響き、他の職員たちの苦笑を引き出すことになった。
「ははっ。若者はそうでなくてはな」
「カ、カイト君……」
楽しげに笑うディーター市長がいる一方、エリィは真面目側なのでカイトの言動に引く。けれど強く非難をしないで放っておくあたり、自分も毒されているなと思うお嬢様であった。
「有能な捜査官だが、少し融通が利かないところがあるな。彼の職分からするとそれもまた美徳なのだろうが」
「まあ鬼の捜査一課としての威厳もあるんだろうからね」
ディーター市長の言葉に、今度はワジが笑った。真面目なロイドやエリィにノエルもいれば、不良側のランディやワジがいるので本当に特務支援課は個性豊かだ。ちなみにティオは無関心側である。
「おっと肝心なことを言い忘れていたな。支援課の諸君、カイト君。オルキスタワーへようこそ! さあ、ついて来たまえ!」
ディーター市長に連れられ、一同は付いていく。支援課にとっては相変わらずの姿なのだろう。自分がオリビエに気さくな態度をとるように、ロイドたちも臆することもなく対応した。
三機横並びになっているエレベーターの内の一つの操作ボタンを押すディーター市長。カイトも先に乗っていたり、あるいはZCFで旧式のエレベーターに乗った経験がなければ同じように面食らっていただろう。
ちなみにディーター市長曰く、専用のものを含めればオルキスタワーには全六機のエレベーターが運用されているらしい。
「さて、全部のフロアを案内するわけにもいかないから、会議関連のフロアに限定しよう。まずは警備対策室のある34階だ」
エレベーターに入る。全員で8名が入っても、箱の中はまだ人が収まる余裕があった。
34Fへ移動するにも時間はかかる。その途中、支援課メンバーは最新の市内外の情報を直接ディーター市長に報告することになった。
「なるほど。ダドリー君からも聞いたが確かに危うい状況だな」
神妙に頷くクロスベルのトップ。平和を望んでの通商会議開催だろうが、政治的にはかなりの佳境だろう。
猟兵と犯罪組織の動向に帝国政府と共和国政府の思惑。そして両国首脳狙うテロリストの脅威。
ティオが付け加えた。
「それと謎のハッカーですね。奪われたタワーの図面はやはりこちらの端末から?」
ティオが支援課に合流したのは昨日の夜だが、その時にも一騒動あったらしい。
カイトが以前のクロスベルで会ったことのない人物としてヨナ・セイクリッドというエプスタイン財団の
そのヨナから前日の夜に『ボクが使っていた端末室が乗っ取られた』という連絡があり、実際に謎のハッカーによってロイドたちが端末室に閉じ込められたりした。
今日の通商会議に関係する一番の事実は、ティオの言うとおり『オルキスタワーの図面がハッカーを通じて何者かに奪われた』ということだ。
ディーター市長はティオの問いかけに答えた。
「ああ、どうやらオルキスタワーのサブ端末をハッキングしたらしい。IBCの一件があって以来システム面でもハッキング対策は強化していたつもりだったが……まだまだ不十分だったようだな」
導力端末を不正操作するハッカー自体、数は少ない。エプスタイン財団の関係者の可能性、それ以外の可能性……それぞれ考えられるが、結局は関係者からの続報を待つしかなかった。
ディーター市長はそのハッキングについては冷静に答えつつ、それとは別にため息を吐いた。
「まあそちらの調査は追々するしかないだろう。猟兵団や犯罪組織、テロリストたちも心配だが……それ以上に気になるのが、首脳たちの狙いと思惑でね」
「通商会議の参加者ってことすか?」
ランディの問いにすぐには答えず、カイトを見る。
「カイト君は帝国関係者だが、頼もしい味方だと思っていいのかな?」
「あくまで中立です。けど、オリヴァルト殿下に付いている。それを考えていただければ」
「ふふ、結構……そのオリヴァルト殿下とクローディア姫。君たちが会ったお二方については私もあまり心配していない。レミフェリアの大公閣下もやはり信頼に足る人物だろう。問題はオズボーン宰相とロックスミス大統領の二人でね」
「確かにクロスベルの命運を握っている二人だとは思うけど。具体的に何か動きでも?」
ワジの反応だが、疑問は他の支援課もカイトも同様だ。
「いや、その逆だ。会議の開催にあたっていくつかの取り決めや国際協定などの提案を事前に送ったのだが、 そこで返ってきた返答が両国とも好意的すぎたのだよ。まるで本気で西ゼムリアの平和と発展を望んでいるかのように」
不自然だし、不自然を通り越して恐怖すら感じる。二大国に挟まれたクロスベル市民ならば尚更だ。
会議を主催したディーター市長すら、会議そのものがどう展開するかは予想できない。平和を信じる者もいれば、混沌を目的としている者もいるかもしれない。
そもそも国同士の間柄に単純な善と悪を型付けることはできない。どこかの国の不利益や不幸が、別の国の幸福の肥やしになることは世の常だ。
だから、ディーター市長も覚悟する必要がある。会議の開催によって苦境に立たされることを。
「まあマクダエル議長も力になってくださるだろう。上手くいけばリベールやレミフェリアなどを味方にして交渉できるかもしれない。とにかく
「すみません、そんな大変な時に案内なんてさせてしまって」
ロイドが恐縮した。それでも、ディーター市長は豪胆に笑っている。会議を前に思うところがないはずはないが、それでも平静を演じられるのは為政者が為政者たる所以なのかもしれない。
「はっはっは、逆にそんな状況だからこそ気分転換をしておきたくてね。わざわざ君たちの案内を買って出たというわけなんだ」
ディーター市長がそう言った矢先、エレベーターの上昇が緩まり、身体に重力が乗る。
「さあ、到着するぞ。34階だ」
ディーター市長に連れられて、支援課とカイトは順々に会議場とそれに関係する階層を訪ねていく。
34Fは会議にあたり関係者が待機するフロアになる。ダドリーが詰めると言っていた警備対策室に加え、報道陣控え室などが用意されている。
また、左翼には見晴らしのいい休憩室もあった。円卓もあり、ソファーもあり、そして自動販売機もあった。
「報道陣というと、グレイス女史も来るのかな?」
「ああ、クロスベルタイムズの女性記者だったかな? リストにあったと思うから多分取材に来るだろう。ちなみに報道陣は取材と記者会見の時以外はこのフロアから出さない予定だ」
「たまに警備をすり抜けて突撃インタビューをするような乱暴な記者もいますものね」
「というかグレイスさんが一番そんな感じですけど」
「さすがに見つけたら止めないとな」
「同感。オレもみんなも無駄に苦労させられてるし、ちょっとは痛い目見ないと」
ちなみにディーター市長によると、警備隊の一個中隊が下の33Fに待機しているらしい。
34Fの全容を理解し、非常階段エリアを用いて上層へ。
「本来なら階段を使って1階まで降りることができる。しかし今回の会議中は33階から36階以外は封鎖するようにしているんだ」
「なるほど、警備上は必要か。でももし地震なんかが起きたときはどうするんだ?」
「さすがにランディ君は敏いな。その場合自動的にすべての非常階段が解放される。まあ、完璧なセキュリティはありえないということだね」
次は35F、国際会議場フロア。先ほどカイトやミュラーたち護衛陣が一同に会した待機室もある。なによりもフロアの名称の通り、国際会議場がある場所だ。
一同は実際の会議場に入った。会議場は2フロア分の高天井で、そのため36Fは《コの字》型の造りになっている。
そのまま36Fへ。36Fは各国首脳に用意された控え室がある。カイトたちはオリビエに割り当てられた部屋を見せてもらった。
それだけでなく、《コ》の縦線に相当する位置には会議の様子を確認できる回廊室がある。機密性の高い内容の場合はカーテンを閉じることもあるが、今回は開かれる予定らしい。
会議に関係し、ロイドたちが警備する全てのフロアを確認した。
だが、それだけで終わりと言わないのがディーター市長である。
「最後にとっておきの場所へ案内しよう……このビルで、最も見晴らしの良い場所へ」
一同は再びエレベーターへ。しかし降りることはなく、さらに上層へ向かった。ここまでくれば目的の場所がどこかは明白なのだが、すぐに見れるであろう光景を楽しみにする一同は何も言わない。
エレベーターを降りてすぐ見える扉を開くと、途端に温いけれど爽やかな風が髪を撫でた。
壁沿いの緩やかな螺旋階段を経て、もはや天井のない場所へ。屋上は恐ろしく解放的で、そして下に広がるミニチュアのようなクロスベル市には言葉も出ないの一言だ。
「……文明の精華、か」
「どうかしたかな、カイト君?」
「いや。とにかく、すごい光景だって思ったんです」
「はは、そうだろう」
感動する支援課メンバーと満足気なディーター市長だが、実のところカイトの感想は少し違っていた。
これだけの景色が見れたという感動はある。しかし、カイトは実際にはさらに高い場所から臨む景色を見たことがある。リベル=アーク、その中心の
高さはあちらの方が高い。だからといって、人々が実際に息づく都市を見下ろしていたわけではないので、その意味で感動はこのオルキスタワーからの景色の方が感じている。だから
かつて栄華を誇ったという古代ゼムリア文明の遺産が、リベル=アークなのだ。それに近い景色がこのクロスベルで、ゼムリア大陸で再現されつつあるという事実。それをカイトは感じたのだ。
ワイスマンが朗々と語った、精神が緩やかに死んでいく世界。
そうはなりたくない。そうはさせない、と言いたい。
(……ま、あれは白面の嫌がらせみたいなもんだし、いいか)
ディーター市長はカイトの意識が外れている間に通信に応えていたようだった。
「どうやら首脳たちがタワーに到着したようだ。申し訳ないがこれで失礼させてもらうよ」
いつの間にか、時間は刻々と迫っていた。現在12:30。会議開始まで残り30分。
離れようとするディーター市長。それぞれが感謝の念を伝える。
「本当にありがとうございました」とエリィが丁寧に。
「どうもです」とティオがシンプルに。
「まじ楽しかったっす」とランディが親しげに。
「いい経験をさせていただきました」とロイドがしっかりと。
「こちらこそいい気分転換をさせてもらったよ。それではまたは後で。警備も頑張ってくれたまえ」と、ディーター市長。
「はい、お任せください!」とノエルが張り切って。
「まあ、推薦分くらいは頑張らせてもらおうかな」とワジが軽やかに。
それぞれにしっかりと答えつつ、ある意味一番緊張しているはずのディーター・クロイスは芯のある態度を保ったまま。
その背中を見て、カイトは言った。
「……ディーター市長、会議頑張ってください。時代の怪物たちに、負けないように」
支援課の真面目メンバーが少し引くくらいの過激な発言でも、言わずにはいられなかった。
カイトが最も警戒していると言える鉄血宰相。それと同じ高みにいるはずのロックスミス大統領。
二人に挑むディーター市長。それらと同じ傑物でなければ立ち向かえないのなら、せめて自分たちはディーター市長がそう在れるように背後を固めるのだと。
ディーター・クロイスは振り返らずに去っていった。
「君たちも頑張りたまえ。怪物に負けない、自らの信念を持ってね」
特務支援課の6人とカイト。それだけになり、クロスベル市の喧騒も遠く、風の音だけが甲高く響いていた。
少し伸びをして、ロイドとカイトは意を決する。
「さてと。俺たちもダドリーさんのところに行くか。34階の警備対策室だ」
「オレは35階、警備護衛控え室だな。他の護衛の人たちと一緒に」
二人してお互いを見た。
「カイト、場所は違っても、一緒に頑張ろう」
「競売会で言った台詞だね。オレたちは、立場が違っても仲間だ」
カイトは一ヶ月前の帝都、地下墓所でリィンが放った言葉を思い出した。
『立場も考えも違う俺たちが、ここまでやってこれたんだ。これからだってそうさ。必ず成功する』
ランディがロイドとカイトの後ろに回り込んで、首に腕を回してハグをしてきた。
「おいおい、二人だけの世界に入ってんじゃねーよっ。俺もいるだろうが?」
「お、おいランディっ」
「あははっ、髪がくすったいですよランディさん」
ロイドが少し困ったように、カイトが面白おかしく反応した。
その様子を見て他の支援課メンバーも楽しげに語らう。
「まったく、男は僕もいるんだけど?」
「よくわからない主張ですね、ワジさん」
「なんなら、円陣でも組みますか? 警備隊でも時々やりましたよ」
「あ、いいわね。じゃあみんな、手を合わせましょう」
あれよあれよと、七人は動いていく。
それぞれが手を重ねた。順番は関係ない。
「……絶対に、この壁を乗り越える!」
『おおっ!』
クロスベルで一番高い場所で、《仲間たち》の斉唱が響いた。
時刻はあっという間に過ぎる。
13時。35F、国際会議場。
マクダエル議長の、毅然とした声が響いた。
「それではこれより……西ゼムリア通商会議の本会議を開始いたします」
──血と鉄の饗宴──