心の軌跡Ⅱ~重なる標~   作:迷えるウリボー

127 / 170
69話 8/31FH:血と鉄の饗宴②

 

 

「それではこれより、西ゼムリア通商会議の本会議を開始いたします」

 本会議の開始。オルキスタワーという前代未聞の摩天楼に激動を告げたのは、それを一番望まないであろうクロスベル市議会議長ヘンリー・マクダエルだった。

「議事進行は僭越ながら私、ヘンリー・マクダエルが行わせていただきます」

 一度休憩を挟むとはいえ、会議は約5時間の長丁場だ。加えて、イレギュラーや延長もあり得る国際会議。

 マクダエル議長は首脳陣の中でも最高齢だった。その老体に鞭打っても、毅然と佇まいを正し、魑魅魍魎の会議の舵取りを勤める。彼をよく知る者は、この激務が無茶なことであり、同時に彼にしかできない役割であることをよく理解している。だからクロスベル関係者は申し訳なさと頼もしさを同時に向けることになる。

「──それと、会議に際して2名のオブザーバーに参加してもらっています」

 会議場には《コの字》型の巨大な長テーブルがあり、主催者側であり議事進行を勤めるマクダエル議長はその上座に近い場所に席が用意されている。会議場へと入る大扉を通路から開いた時、正面になる。背後にクロスベルの全景を見渡せる全面ガラス窓を置いた形だ。

 彼が視線を左、会議場の控えに設けられた執務机を向いた。そこには首脳でない人間がいる。他の首脳たちの視線もそこへ向かった。

「──イアン・グリムウッド弁護士。クロスベルのみならず周辺諸国で活躍している法律専門家です。国際法・慣習法にも通じているため、本会議への参加を要請しました」

 男性は立ち上がった。豊かな口髭を携え、場合によっては運動不足をたしなめられるような頼もしい腹部が揺れた。緊張ゆえなのか、一度眼鏡を整えてから神妙に応えた。

「初めまして、イアン・グリムウッドです」

 クロスベル市西通りに法律事務所をかまえている。彼は人当たりがよく穏やかで、豊富な知識と真摯な態度で多くの者の信頼を得てきた。その実力を買われ、この場にいる。

「おお、貴方があの有名な《熊ヒゲ先生》か」

 長テーブル右翼。その一席に座る帝国第一皇子にして皇帝名代、オリヴァルト・ライゼ・アルノールがその愛称を言った。

「ふむ、人感問題などにも積極的に関わられているとか」

 オリヴァルトほどではないものの、三十代半ばの年若き男性が言った。長テーブルの左翼に座るレミフェリア公国大公、アルバート・フォン・バルトロメウスである。一国をまとめる指導者としてならば、彼はあまりにも若輩だ。だが落ち着いた雰囲気は、彼を仰ぐ国民たちには頼もしく映る。

 長テーブル右翼。リベール王国女王アリシアが名代、王太女クローディア・フォン・アウスレーゼ。彼女もまた、イアン弁護士にふっと微笑んだ。

「ふふ、よろしくお願いしますね」

 年若きVIPたちに知られている。それだけイアン・グリムウッドの法律家としての名は世に轟いていた。歓迎の言葉の数々。イアン弁護士は恐縮した。

「はは……誠心誠意、務めさせていただきます」

 長テーブル中央のマクダエル議長が、今度は自らの背後を言葉で示した。そこに立つ男は臆することなく、一歩前に出て存在を主張した。

「──遊撃士、アリオス・マクレイン。やはり周辺諸国で多大な功績を挙げていることで知られています。遊撃士協会という中立的立場から本会議の安全を保証してもらうため、参加を要請しました」

「……アリオス・マクレインです。お見知りおきを」

 一言と会釈だけのシンプルなもの。だがアリオスの存在はイアン弁護士以上に明らかなものだ。有名さではそれほど変わらず……ただ彼の肩書きのインパクトは凄まじい。

 長テーブル左翼の一席。カルバード共和国大統領、サミュエル・ロックスミスは豪胆に、軽やかに、飄々とした紳士のように笑った。

「ははは、《風の剣聖》だったか? 共和国でも君の名は耳にしておるよ」

 次いでアリオスを言及するのは、長テーブル右翼。エレボニア帝国政府代表、《鉄血宰相》ギリアス・オズボーンである。

「帝都でもたまに聞きますな。『かのクロスベルの地に、風を纏う剣聖あり』と」

「……恐縮です」

 二大国の首脳の声色は、それだけで多少の畏怖を生み出す。畑が違う政治家と遊撃士であってもそれは同じはずだ。だがアリオスは実質S級と称される実力者。マクダエル議長の言うとおり周辺諸国での活躍は目覚ましく、それだけの経験による胆力を持っている。ある意味では、二大国の首脳には負けていなかった。

 いずれにせよ、役者は揃った。

「それでは早速となりますが、それでは早速となりますが、各議案の検討に入りましょう。提議者、ディーター・クロイス市長。説明と補足をお願いします」

「はっ。まず、お手元にある資料の最初にある議案ですが──」

 通商会議の開催。2フロア分の高さとオルキスタワーの1階層のほとんどのエリアを占める大空間に、十人にも満たない人間たちが存在感を占めている。剣呑でもなければ親しげな空気でもない。わずかに張り詰めた空気。粛々と首脳たちが言葉を交わしていく。

 護衛陣控え室では、会議場にある複数の導力カメラの映像と音声が確認できる。天面からの会場全体の俯瞰映像、会議場と通路を繋ぐ大扉の映像、テーブル周辺に注目する映像、アリオスが端に映りガラス窓を確認できる外向きの映像。それぞれの様子を、護衛たちは言葉少なげに注視していた。

 カイトとミュラーは、その一つである俯瞰映像を見つつ、互いに話している。

「始まりましたね」

「……ここまでくれば、俺たちにできることは見守り有事に備えることだ」

「何事もないのが一番ではありますけど」

 医師のような職業は「自分のような仕事が必要なくなる世界がいい」とはたまに聞くが、似たような心境を抱いた。

 ここにいる全員、無知な子供ではない。誰もが会議の展開を気にしている。やはり護衛同士の会話は少なくなるし、それが他国の人間であれば尚更おいそれとは話に行けなかった。

 カイトにとってはミュラーやユリアなど、護衛陣のトップは顔をよく知っているが、彼らは彼らで部下たちとの会話をしている。宰相の護衛将校や大統領についている共和国軍将校などは当然面識がない。第七機甲師団の面々やこちらのことを知っていた王室親衛隊員はともかく、二大国の軍人は少し近寄りがたいし、公国軍兵士も初対面。

 自然、カイトはミュラーと話すのが常となる。

 だがすぐ別の人間に声をかけられた。

「よう、少年。それとミュラー少佐も、お疲れ様ですね」

 鉄血宰相についている補佐官、レクター大尉。カイトに対しては以前のように軽く、ミュラーに対しては帝国の公職としての立場で語りかけてくる。

「レクター大尉」

「大尉か。政府との連絡役、お疲れだった」

「いえいえ、書記官としては当然の責務ですから」

 レクターはちらりと会議の俯瞰映像を見た。オリビエが少しユーモアを出しながら、ディーター市長の提議に同意している。レミフェリア大公が笑いつつも質疑を執り行い。鉄血宰相と大統領は言葉少なくてもわずかに笑みを宿している。

「始まりましたねぇ、通商会議が。オリヴァルト殿下の調子はいかがなもので?」

「いつもの通りだ」

「少佐と殿下の間柄は単なる主従だけでもない。その意味では、どんなものですかねぇ」

「あまり多くを語るつもりもないが……まあ、皇子自身は普段とさほど変わりないだろう」

「なるほど、なるほど」

 レクターはカイトの方を見るとニヤリと笑みを浮かべた。

「少年の方はどうよ?」

 軽い口調である。彼は鉄血の子供たち(アイアンブリード)の一人で、カイトとミュラーからすれば少なからず警戒するに足る人物だ。レクター自身もカイトとミュラーが自分を警戒している、ということは理解しているはずだ。今日は同じ立場だからおおっぴらにそんな警戒態勢なんて取れないが、だからといってこの軽い雰囲気をとってくるのはやはり考えが読めない。

「大尉、ここ一応は通商会議の最前線なんですけど」

「それがどうしたってよ?」

「なんで競売会の時のバカンスルックが似合う感じの言葉遣いなんですかって」

「そうは言ってもなぁ。俺とお前さんの仲だしなぁ」

「だからTPOを……」

「そうそう、ミリアムの調子はどうよ?」

 普通に無視された。もう諦めるしかなかった。

「楽しくやってるみたいですよ」

「あのチビっ子はじゃれつくのが好きだからな。先月も俺が取っておいたとっておきのジェラートを勝手に食べやがったんだ」

「別に興味もないプライベート……」

「純粋無垢な文字通りの白い兎(ホワイトラビット)だからよ。お前さんたちⅦ組で揉んでくれよ」

「……レクター大尉、聞いてもいいですか?」

「おうよ」

 話せば話すほど気になることが増えてくる。ミュラーがいる手前ではあるけど、カイトは聞かずにはいられなかった。

「レクター大尉は《かかし男》と呼ばれる《鉄血の子供》の一人……なんですよね?」

「おう。《光の剣匠》やら《闘神の息子》とかに負けてないぜ」

「《匠》と《かかし》じゃだいぶ開きがあると思いますけど」

「だがな。『後方から腕を組んで全てを支配する黒幕』っぽさがあるだろ? いや、実は『物語の最後で主を裏切って全てをひっくり返す』敵みたいなよ」

「えっと、何の話……だからかかしみたいにオレの話を躱さないでくださいってば」

 というか、レクターが『主を裏切る』なんて言ったら笑い話では済まされないぞ。

「ちっ、昔支援課メンバーに嘘ついた時は騙されてくれたんだが」

「ロイドたちが可哀想だって……」

 ミュラーはひたすら会議場の映像に瞠目しつつ、微妙な面持ちで二人の会話を聞いていた。

「……レクター大尉って年齢はいくつですか?」

「ん? 23だぞ」

「鉄血宰相の部下になったのはいくつの頃に?」

「いつから俺がギリアス・オズボーンの部下に堕ちたと錯覚していた?」

「さっきの裏設定みたいな冗談はいいですから」

「いつだと思う?」

「……結構、若い頃なんじゃないかと」

「今も若いぞこの野郎」

「気になるんですよ。どうして大尉やミリアムや、クレア大尉みたいな人がオズボーン宰相の部下でいるのかって」

 革新派と呼ばれる勢力の中心人物でもあるオズボーン宰相。彼の直属とも呼ばれる《鉄血の子供たち》。正規軍の七割を掌握していると言われているのだから当然付き従う人間は多いだろう。だが懐刀とも言うべき面子が軒並み30歳も超えていない若者ばかり、というのがカイトにとっては気になることでもある。

 クレア大尉はその情報演算能力。ミリアムは異能にも近しいアガートラムの存在。そしてレクターは交渉の能力か。いずれにしても、その辺の人間が当たり前に持てる能力ではない。

 オリビエと敵対して貴族派と敵対するオズボーン宰相もただの人であるはずがない。一体彼らが知り、自分やオリビエが知らない真相はどこにあるのか。

 レクターは、カイトの言葉を聞いてさらに口角を釣り上げる。

「へへ、気づいちまったようだな。この俺の闇を」

「あの、だからそれを知りたいから聞いたんですけど」

「お前みたいな勘のいいガキは嫌いになれねえが」

「芝居がかった口調やめてもらえます?」

「残念だ。もはやお前にはこのタワーもろとも消えてもらうしかないらしい」

「不謹慎が過ぎます」

 カイトの声も、レクターの悪ふざけも徐々に大きくなっていくので、特に外国の関係者から微妙な表情で見られていた。

 そんな二人に釘を刺したのはミュラーではなかった。

「相変わらずのようね。アランドール書記官」

 女性の声。振り返ると、ロックスミス機関室長であるキリカ・ロウランがいた。

「キリカさん」

「久しぶりね、カイト。()()()は無事に帰れたようでなによりだったわ」

「あ、あはは……キリカさんもありがとうございました。おかげでロイドたちも無事でしたし」

「あら、なんのことかしら?」

 キリカはレクターにも向き直る。

「どうも、レクター書記官。()()()()()()()()()()()わね」

「ああ。こちらこそ、()()()()()()()()()()()ぜ」

(こわ……)

 レクターとノルドで再会した時に思い至った可能性は間違いなかったらしい。明言してないだけでこのやりとりは明らかに非公式の対談を意図している。

(公式の国際会議のど真ん中で非公式対談の話を匂わせるんじゃないよ……)

 カイトは穏やかな会話ができる人間と語りたかった。けれど、ミュラーは既にカイトたちから離れてユリアと話していた。

「ところでカイト、遊撃士は一時休職しているそうね」

「まあキリカさんなら知ってますよね。この制服、似合います?」

「いいんじゃないかしら。私だって遊撃士受付から離れているもの」

「その言い方だとちょっと誤解生まれませんか?」

「そういえば、アリスさんはお元気かしら?」

 話題を普通に遮られた。大人たちが少し怖い。

 カイトは特に感慨もなく答えた。

「アリスもちょっと色々ありますけど、まあ元気だと思いますよ」

「初心なお嬢様と若いホスト。似合っていたものね」

「キリカさんもそのネタを引っ張らないでくださいよ……」

 キリカは表情が読みづらいだけで、意外とユーモアに溢れているのだ。ジンに対しては冗談をよく言うみたいだし、アガットなどにも同様。こうしてカイトも弄られるということは、キリカのカイトに対する認識も一人前の遊撃士としてのそれに近くなってきたのかもしれない。

 《痩せ狼》ヴァルターと恋仲であったというのはカイトにとっても衝撃過ぎた。

「その口ぶりからすると、彼女とは連絡を取り続けているのね。よかったじゃない」

「忘れやしないですよ。お土産も渡さないといけないし」

「お土産……?」

 カイトはキリカにアリスの誕生日の件を伝えた。

「ってわけでして」

「……」

「まあ明日は時間があるってオリビエさんも言ってたし、トワ会長とも相談したいなぁ」

「…………」

「キリカさん?」

 なんだ、黙ってこちらを見ているのはどうしてだ。

「その話王太女殿下には?」

「え、なんで姉さ……王太女殿下?」

「いいから答えなさい」

「してないですけど」

 昨日クロスベル市内を歩いた時には妙に勘がよかった気はしたが。

「カイト。間違っても誰にも相談しないで問題を解決しなさい。でないと恥をかかせることになるわよ」

「誰に? なんの?」

 キリカのやたらに厳しい発言。通商会議の最中なのに、それだけがやたらとカイトの耳に残った。

 そうして時間は流れ、15:05。開始から2時間を経て、一度会議は休憩の運びとなる。

 それでも、国際会議場は大忙しだ。首脳陣は今度は用意された横長のテーブルに座り、報道陣のインタビューを受けていた。

 それを引き続き注意するのは現場監督のダドリーで、その他の護衛たちは休憩する者と警戒する者に別れる。

 カイトはミュラーから一度自由時間を与えられた。会議場を通らないルートで通路へ出る。大扉は開かれ、報道陣のフラッシュと質問攻めの声、また首脳陣たちの軽快な会話も聞こえてくる。

「おーい、カイト」

 一息ついていると、ロイドの声が聞こえた。距離は離れているが、彼の後ろには他の支援課メンバーも見える。

「ロイド、お疲れ様」

「お疲れ。俺たちは3フロアを一通り巡回したけど、今のところは変わりなさそうだ」

「そっか、オレはずっと控え室にいたけど、同じく変わりはない」

 簡単な情報交換。このあたりは信頼している者同士なのでその報告を互いにするだけでいい。もちろん、謀略を図る何者かの知略がこちらを上回っている可能性がある以上は警戒は解けないが、少なくとも支援課の網に引っかかることはないというわけだ。ティオは情報技術分野、エリィは政治経済、ランディは猟兵としての嗅覚、そしてロイドは捜査官としての推理力。それぞれの力がある。

「巡回に一区切りつけて休憩で、34階の休憩室に行こうと思うんだ。よかったら、一緒にどうかな?」

「うん、是非」

「ところでカイトのENIGMAに通信をしたんだけど、どうして繋がらなかったんだ?」

「ああ、もしかしてオーブメントの機能を停止させてたからかな」

 カイトは制服の内ポケットをまさぐった。のだが、カイトとしては珍しい所作だったからか目当てのARCUSを落としてしまう。

 間が悪かったと言うべきか、落としたARCUSがカイトの手をすり抜けた。そして膝に当たり、反射的に飛び出た足に当たり……そうして床を滑っていく。

 ARCUSは会議場の大扉の前で止まった。そして、それを大扉前の警備員が拾ってくれる。

「すみません」

「いえ……珍しいオーブメントですね」

 警備員の男性はそれを拾って、言った通り珍しいのか数秒それを見つめてからカイトに差し出してくれる。

「どうぞ」

「ありがとうございます。引き続き、警備頑張ってください」

「ええ。そちらは皇子殿下の護衛の方でしたね。お互い頑張りましょう」

 受け取り、カイトはロイドに向き直った。

「それが……」

「ああ、ARCUS。帝国のRF社製の戦術オーブメントだ。ミュラーさんと連絡する必要もあるし、混線させたくないからこっちだけ今は稼動させててさ」

「そうか」

「でもそうだよな。考えてみれば、ロイドとかミシェルさんからも連絡を取る必要があるし、今はつけておくか」

 戦術オーブメントはオーダーメイド仕様で、一人が一器を使うことを想定している。今まで実験的に二器使用した例もあったらしいが、身体能力強化は重複しない。だからこそ遊撃士も前代戦術オーブメントは返却していることがほとんどだ。

 カイトの場合は連絡手段としてENIGMAとARCUSを同時に通商会議の場に持ってきた。これも戦術オーブメントに通信機能が搭載されたという時代の流れなのかもしれない。

「……っと、それはまたティオにでも聞こう。オレも行くよ、ロイド」

「ああ」

 カイトはロイドに続き、特務支援課の他のメンバーの談笑にも参加する。

 その後ろ姿を、意味ありげな様子で見つめる視線にも気づかずに。

 

 

────

 

 

「なるほど……それで君たち支援課も警備に参加していたのか」

 34Fの休憩室。丸テーブルを使用させてもらい、特務支援課6人とカイトは自動販売機で買った珈琲や紅茶で一服をしていた。

 だが、先の言葉を発したのは7人の誰でもない。先の会議でも紹介されたイアン・グリムウッド弁護士だった。

「市長暗殺未遂事件で大金星を上げた君たちがいる。それだけで、私としては非常に心強いな」

 イアン弁護士はそう言って笑った。オリビエやクローゼとの一瞬の会話でカイトも感じたが、風体に違わず優しい性格のようだ。

 そして特務支援課とも知り合っている。カイトとはこれが初対面だったが、例によってクロスベルタイムズの愛読者でカイトの存在も知っていたので自己紹介に時間はかからなかった。

 ティオが尋ねる。

「それで先生。会議の方はどうですか? さほど荒れた雰囲気は感じられませんでしたが」

 会議映像を控え室から見ていたカイトとは違い、ロイドたちは会場周りの警備を今日の任務としている。そのため常に会議の様子を確認できたわけではなかった。回廊室を巡回ルートにしていたので時々様子を確認することは出来ていたらしいが。

 イアン弁護士は返す。

「今のところは順調だよ。いくつかの通商協定には各国の同意も得られた。市長の呼びかけも無駄にはならなかったようだね」

 カイトは政治経済に詳しくないので雰囲気を感じ取っているだけだが、イアン弁護士の言葉に同意している。わずかに聞き取れる用語を頼りに協定が西ゼムリア全域に好転していることを把握していた。学院での学びに感謝した瞬間でもあった。

 イアン弁護士の言葉に安堵する一同。しかし皮肉屋なワジがいつもの調子で、彼が尋ねる。

「『今のところは』ということは、何か懸念でもあるのかな?」

「……私の口から言うのもなんだが、会議前半は、貿易や金融などの経済的な議案がほとんどだった。しかし後半は各国首脳から提起される議案。しかもどうやら、クロスベルの安全保障に関する話が出るらしい」

 一同に緊張が走る。いや、カイトとエリィにとってはわかりきっていたことだった。

 そもそもがクロスベルは両国の緩衝地としての役割を果たしてきた。隙さえあれば二大国が併合しようと舌なめずりをしているのは明白で、鉄血宰相と大統領が招待の当初市長に友好的だったのも、単に会議の場を足がかりにするためだけなのかもしれない。

 安全保障。外からの攻撃や侵略に対して安全を保障すること。当然軍事的な話も視野に入ってくる。

「でも……二年前に締結された《不戦条約》もありますよね?」

 おずおずとノエルが聞いてきた。イアン弁護士、そしてカイトが反応する。

「あれはリベールの女王陛下が当時のクロスベルの危機的状況を抑えるために提案したものだ。レミフェリアは関わっていないし、何よりもクロスベルそのものが条約には関わっていない」

「一国民としての意見だけど、アリシア女王陛下の選択は正解だったと思う。でもあれはアルセイユに搭載されてる新型エンジンを餌にして釣っただけだし。以前のクロスベルにとっての得手だとしても、この二年でどこの国も変わった……今は不戦条約じゃ足りないと思う」

 《リベールの異変》、《教団事件》、二大国のテロリスト。これだけのことが生じているのだ。

 実際、エレボニア帝国は異変当時のリベールに蒸気戦車で侵出しようとしてきた。オリビエやカシウスや、あの場に関わった多くの人間がいなかったら、今頃リベールは《エレボニア帝国領リベール州》になっていた可能性すらある。

 不戦条約は、半ば形骸化しているといってもいい。

 だからこそ、《不戦条約》とは別の新たな安全保障の枠組みが求められている。クロスベル政界の多くの人間が懸念していることだった。

 ティオが聞いてくる。

「なら、クロスベルを交えた新たな条約を結べばいいのでは?」

 純粋な発想の帰結。このあたりはティオも14歳の少女か。質問に、カイトもエリィも言葉を濁すのみだ。その間、ノエルがティオの言葉に同意するけれど、

「そうですよ、不戦条約と同じように、国家間の争いを武力で解決するのを禁止するような枠組みを──あ」

 言ってから彼女も気づく。警備隊に所属している以上、安全保障を考える時はあっただろう。だからこそ、理想を言葉に出して、現実に気づいたのだろう。

「そうか……クロスベルは《国家》じゃない。帝国と共和国によって自治を承認された、ただの《州》でしかない」

 ロイドの言ったことが、どこまでも真実だった。

 クロスベルは、今回参加した王国とも、公国とも、帝国とも、共和国とも異なる。自治州だ。国家ではない。経済的な協定は結ぶことができたとしても、国と国という対等な立場での条約を結ぶことはできない。

 警備隊は軍になりえず。列車砲がクロスベル市の前にちらついても、リベールが手を差し伸べるまで当事者たちは何一つ成すことができなかった。

 二大国にとって、クロスベルは(ミラ)という財宝を湧かせる果実であり、対立する向こう側の国への橋頭堡であり、そして防衛戦線でしかない。

 国家ではなく、自治州であること。それがクロスベルの安全保障を不安定にさせている。

「なぁ、ちょっといいか?」

 ランディが声を挙げた。

「レマン自治州、オレド自治州、それにノーザンブリア……そこいらも状況は俺たちと同じで国際条約は結べないってことか? いや、地理と歴史を考えれば違うってのはわかりきってるんだけどよ」

 イアン弁護士が返した。

「そんなことはない。確かにそれらの自治州もそれぞれの歴史的事情によって国家としては成立していないが、宗主国から委譲される形で同等の主権が認められている」

 特務支援課のリーダー、ロイド・バニングスが、決定的なことを告げてきた。

「それらの自治州とクロスベルが決定的に異なる点。それは成立を承認したのがアルテリア法国である、ということなんだ」

 アルテリア法国。七耀教会の総本山であり、大陸中に影響力と権威を持つ。

 カイトにとっては、星杯騎士団のケビンとリースの存在が身近だ。

 先にランディが挙げた自治州は、アルテリア法国一つに主権を認められている。だがクロスベルは、宗主国を二つも持っている。

 だからこそ、政界には帝国派と共和国派が対立し、議会は汚職にまみれた。ルバーチェ商会も台頭した。悪い意味で、クロスベルの裏社会が安定してしまっていた。

 国家ではなく自治州であり、一つではなく二つの宗主国を持っている。それが、クロスベルの地の歴史に様々な捻じれと悲劇を生んだ。それどころか、クロスベル自治州が創立されるより遥かに前から。

 努力でどうこうとできる状況ではない。前提条件から、クロスベルは針の(むしろ)なのだ。

(……どうすればいいんだろうな)

 意気消沈してしまう支援課を見て、カイトもまた無言になってしまう。

 自身が掲げた目標もあり、クローゼやオリビエと同じようにこの状況には憂いている。けれどカイトはリベール国民であり、あくまで他人に過ぎない。

 アリシア女王が不戦条約を結んだように、カイトが例えば単身で影響を与えたとしても、恐らくそれは本質的な解決にはならない。

 たくさんの人間が手を沿え、共に立ち上がって壁に向かいつつ、本質的には当事者たちが乗り越えなければならない。

 イアン弁護士は、沈黙する7人を見て申し訳なく思ったのか、励ますように前向きなことを言った。

「すまない、不安にさせてしまったようだな。まあ、マクダエル議長などはこんな状況には慣れっこだろう。それにディータ市長の方は何やら策があるようでね」

「策、ですか? それはどういう──」

 ロイドのENIGMAから通信音が鳴った。

「はい、ロイド・バニングスです──はい、34階の休憩室ですが──なっ!?」

 ロイドが急に呻いた。

「なんだ?」

 リーダーの狼狽える姿だ。訝しむのはランディだけではない。全員がロイドを注視している。

「ま、待ってください! 一体どうして……さすがに荷が重すぎますよ!」

「緊急事態でも起きたんでしょうか」

「それなら警備隊たちが動いていないのが妙だわ。有事ではないみたいだけど……」

 ティオとエリィが尚も慌てているロイドを見ている時だ。今度はカイトのARCUSから通信が鳴った。

「っとと、今度はオレか」

「ふふ、僕の意中の人は誰も騒がしいね」

「ワ、ワジ君……?」

 ワジに引いたのはノエルである。狂言は放っておいて、カイトは通信に出た。

「はい、カイト・レグメントです」

『休憩中にすまない、カイト君』

 ミュラーの声だった。

『今どこにいる?』

「今は34階の休憩室です」

『そうか……』

「なにかありましたか? それともオリビエさんが呼んでるとか」

『いや、そういうわけではないのだが』

 通信越しのミュラーの声がどこか重い。例えばリベールでオリビエが奇行に走った時とか、あるいはミュラー自身が影の国で悪魔と戦った時の気迫とか、今までに聞いたことのない声だった。

『実は、少々厄介事があってな……』

「珍しいですね、ミュラーさんが言い渋るなんて」

『……オズボーン宰相から要請があった』

「え」

 一瞬、思考を放棄してしまった。予想外の人物の名前が出た。

 ミュラーの声が、通信越しとは思えないほどクリアに聞こえた気がした。

 

『休憩時間中、ほんの少しで構わない。君と一対一で、話がしたいそうだ』

 

 

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。