心の軌跡Ⅱ~重なる標~   作:迷えるウリボー

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70話 8/31TP:蜂起①

 

 

 8月31日、午後4時。オルキスタワー35F、国際会議場。

 一度の休憩を挟み、会議は再開された。

 イアン弁護士がカイトと支援課に明かした懸念の通り、会議は波乱含みの展開となる。

 クロスベルの安全保障。国ではなく自治州であるクロスベルは軍隊を持てず、警備隊に許される装備や兵器群は限定的。おまけにハルトマン議員などが健在の頃は二大国派の議員が邪魔をしていたり、あるいは警察や警備隊の上層部すらも汚職に塗れていたので真っ当な活動ができなかった。

 幾人かの有能な現場管理職がいたから、クロスベル警備隊は辛うじてその本文を果たすことが出来ていたと言っていい。

 だが当然、そんな都合は二大国には関係ない。

『──問題は、たかが宗教団体一つでああも無様に治安が揺らいだことだ。それも、治安維持組織が操られるなどという前代未聞の形によって』

 オズボーン宰相は一つの提議を起こした。それは会議の前半にディーター市長が提議した経済協定とは異なるもの。それもクロスベルへの輸出品目の規制を強めるものである。

 当然クロスベルにとっては痛手。その理由を問うマクダエル議長に対し、オズボーン宰相が挙げたのが教団事件だった。

 マクダエル議長は慎重に言葉を選ぶが、オズボーン宰相は動じない。

『……詳細については、皆様にも伝えてあると思いますが』

『詳細が問題なのではない。危機管理の質が問題なのだ。事件の際、治安維持組織がその力を持って州内全土を揺るがした。そんな状況で、帝国人の生命と財産を安々と預けられるとでも?』

 教団事件の時、クロスベル全土が震憾した。それによって外国人は当然安全を脅かされている。出汁に使われるのは、ある意味当然だった。既に自治州政府から賠償金が支払われているにしても。

『必要なのは、クロスベル自治州政府がどうやって様々な安全を保障できるか。政争にかまけ、怪しげな輩どもにつけ込まれるような者たちに、果たしてこちら側の規制もなしに保障ができようか?』

 オリビエがオズボーン宰相に反論を促せば、それを巧みに翻してクロスベルへの責め言葉を変えるだけ。

『だが、ハルトマン議長が失脚し、腐敗も浄化されつつあると聞く。今後は健全な政治体制のもとでしっかりとした安全保障の枠組みが築かれればよいのではありませんか?』

『いやいや大公閣下、ことは総単純ではありませんぞ。クロスベルの政治風土はもともと。腐敗しがちな傾向にあります』

 アルバート大公が少しでも譲歩の提案をしても、帝国と敵対しているはずの共和国大統領が小賢しくクロスベルを追い詰める発言をする。

『悲観的な話になりますが、元々政治に腐敗はつきものです。今は健全な政治体制を作れるか、見守るべきではないでしょうか?』

 クローゼがそう提言。クロスベルの政治腐敗とは言うが、リベールも二年前はクーデター騒動があった。

 それでも、オズボーン宰相が。

『失礼ながら殿下はお若い。希望を信じたくなる気もわかります。ですがクロスベルは、伝統ある王家を戴くリベールとは違うのです』

 千年の歴史を持つリベールと帝国。それを楯にする。その権威がなければ、政治の弱体化は必然だとでも言うように。

 歴史としては齢百年、オズボーン宰相の言を是とするならあまりにも権威のないカルバード共和国。それでも革命によってできた《共和国憲章》があると主張する。あくまで穏やかに。

 槍玉に挙げられるクロスベル自身が何も言えず、周りの首脳陣に助けられるまま。仮にも首脳の一人として甘んじるわけにもいかず、マクダエル議長は苦しげにも反論する。

 それでも話は並行線。経緯はどうあれ、クロスベルに責があることに変わりはなく。

『いずれにせよ、自治州単体ではとても意義のある安全保障体制が早急に構築できるとは思えぬ。やはり現状を踏まえた対応策を締結するべきだと思われるが?』

『……分かりました。では宰相閣下の提議の通り──』

 苦々しい言葉が、首脳たちのみならず議長の声を聞く全ての人の耳朶を打つ。

「……苦しい展開だな」

 スピーカー越しのややくぐもった声に、カイトの声もまた自然固くなる。

 会議の前半とは違って、オズボーン宰相とロックスミス大統領の攻勢は明らかに強まっている。オズボーン宰相は隠すこともなくクロスベルを非難してくる。ロックスミス大統領は語気こそ穏やかだが確実にクロスベルを擁護する声を封殺してくる。

 会議前半の、西ゼムリア各国が発展をしていけるような貿易協定ではない。二大国はクロスベルの力を削ごうとしていた。

 護衛将校たちの言葉も少なくなってくる。自分たちの最大の目標は会議そのものが何事もなく終わること。各国の動きは関係ない。それでも……一部の将校を除いては気持ちのいいものではない。明らかな従属と搾取の構図があった。

「ちょっと、外の空気を吸ってきます」

 カイトはミュラーにそう言った。ミュラーも特に止めはしなかった。

 廊下に出て、外の風景も見ず、やや苛立っている自分の挙動。それを会議場の大扉を護る警備員に見られても気にしない。

 少しだけ頭を冷やしたいと思った。首脳たちの議論に熱を上げてしまい、有事の時に動けなくなっては本末転倒だ。

(……会議を少しでも俯瞰したい)

 非常階段を使って上層へ。首脳たちの控え室は通り過ぎて回廊室へ。

「狼狽えるな。これも想定の範囲内だ」

 回廊室には特務支援課に加え、今しがたENIGMAで通信をしているらしいダドリーがいた。

「ああ、そうだ。予備の警官隊を動かしてもいいから……」

 カイトが来たから疎ましく思ったわけでもなく、純粋に連絡の必要性があるらしくエレベーターのある右翼方向へ歩いていく。非常階段のある左翼方向から来たカイトとはニアミスする形だった。

 ダドリーを見送りつつ、ランディが舌打ちをした。いつになく語気が荒い。

「くそ、本当に動きやがったかっ。叔父貴の野郎……いったい何をするつもりだ!?」

「ランディさん、みんな」

 後方から彼らに声をかけた。振り向く支援課メンバーはそれぞれ余裕がない様子で、けれどそれも当たり前といえば当たり前だ。彼らは当事者なのだから。

「へぇ、君が来るかい。護衛の控え室にはいなくてもいいのかい?」

 言葉は軽く、けれど態度は平坦に。ワジは聞いてくる。

「会議があんな調子だから頭を冷やしたくてさ。何か動きがあったみたいだね?」

「ああ……赤い星座と黒月が動いたみたいだ。捜査一課の監視を振り切ったって」

「……それは」

 結局、会議当日まで不確定要素となっている彼らの動向か。ランディが平静を欠くのも頷ける。

 可能性はどれも考えられるが、現在は有事でもなんでもない。

 待機しかすべきことはないが、と考えた矢先、会議場にいるマクダエル議長の困惑の声が響いた。

『──なんですと!?』

 今までになく、叫びにも近い。エリィでなくとも、誰もが会議場に意識が移ってしまう。

 椅子から立ち上がり、思わず強く机を叩いたらしい議長。口元で腕を組み、何も言わないディーター市長と対象的な挙動だった。

『宰相閣下っ! 今……なんと仰られた……!? 申し訳ないが、今一度繰り返して頂きたいっ』

『お望みならば何度でも』

 オズボーン宰相が一切の躊躇もなく再び繰り返した。

『クロスベル警備隊は解体する』

「なっ!?」

 ノエルの声が漏れた。回廊室も会議場も含め、宰相の言葉に空気が明らかに凍りつく。

『クロスベル警備隊は解体。代わりに他国の治安維持組織をクロスベルに常駐させること。それが一番現実的だと申し上げた』

 それは事実上の侵略宣言である。リベール関係者にとっては生々しく、かつての国境線交渉の記憶が甦る。

 あの日、オリビエとの交渉の最前線にいたカイトとクローゼ。カイトが思わず回廊室と会議場を隔てるガラス窓に手を付け、クローゼが即座に弁論を述べたのは必然の反応だった。

『お、お待ち下さい! 宰相閣下は不戦条約の条項をお忘れではありませんかっ!?』

『ああ、武力でクロスベル問題を解決しないよう務める、ですか。しかし別に侵略を意味するのではありません』

『だったらどうして──』

『民間人を恐怖に陥れた軍隊もどきの役立たずな組織など、解体すべきだと言っているのです』

『……!』

 クローゼが言葉を失う。

 あの日、あの交渉の場にいたのはこの5人だ。カイト、クローゼ、ユリア、オリビエ、ミュラー。

 

 ──異常現象に乗じて怪しげな犯罪組織が王国内で跋扈しているとも聞いています。不戦条約を結んだ同盟国として何か力になれないか……帝国政府としては、そのような意向のようです。

 ──だが、この戦車があればこそ市民たちの不安も和らげるし、貴国の窮状を救うこともかないましょう! ……どうか、ご理解いただけませんか?

 

 ゼクス中将の、オズボーン宰相の意向を乗せていた空々しい発言が脳裏に蘇る。

 あれを、数多くの協力者がいなければ跳ね除けられなかったあの状況を、繰り返すつもりか。

『いささか……乱暴すぎる意見に思えますが』

 アルバート大公が苦言を呈した。オリビエもまた。

『その《他国の治安維持組織》とは一体どこを指しているのかな? まさか宰相閣下ともあろう人が、歴史的経緯を忖度もせずに、帝国軍などと言わないだろうね?』

『ふふふ……そうは申していません。ですが必要ならば過去の因縁を水に流してでも帝国軍の力を提供すべきでしょう。それがゼムリア大陸西部の平和と発展に繋がるのならば』

『くっ……』

 そして、リベールの時は東の大国は友好国だった。遊撃士の一人としてではあるが、ジンがいた。

 だが、ここは魔都である。

『まあまあ、みなさん。そう熱くならずに。宰相閣下の提案は私もいささか強引に思えますな』

 クロスベル宗主国が一、東のカルバード共和国の大統領が囁く。

『しかし、警備隊などという軍にもなりきらない組織が中途半端という宰相閣下の意見は多いに同意しますな』

『ふむ、それでは?』

『そこで提案なのですが、警備隊は規模を大幅に縮小。代わりにベルガード門(対帝国国境門)を帝国軍、タングラム門(対共和国国境門)を共和国軍が管理するというのはどうですかな?』

 先の鉄血宰相の発言が吹き飛ぶくらいの提案である。クロスベル自治州全土に生じていた二大国の緊張が、クロスベル市内へ圧縮されるだけだ。

『そうすれば、クロスベル市の有事にもすぐに駆けつけることができましょう!』

 駆けつければどうなるのか。クロスベル市に帝国軍と共和国軍が駆けつけて、そこから先に何が起こるのか。

「わかって言ってんだよなぁ、あの狸……!」

 カイトが呻いた。言葉がそう出てしまったのがカイト一人なだけだ。特務支援課の誰もが、表情を歪ませている。

「くっ……」

「むちゃくちゃ言いますね……」

 ロイドが、ティオがそれぞれの態度で口を歪めた。

 ランディも続く。

「よくもあそこまで面の皮が厚くなれるもんだぜ」

 彼の言葉がどこまでもクロスベル市民の感情を代弁している。

 元々安全保障の欠陥も、それによる政治の腐敗も、二大国がクロスベルに押し付けたものだ。それを理解しながらのあの発言の数々は、到底納得できるものではない。

「でも、全く根拠がない提案というわけではないわ。こういう流れにだけはなって欲しくなかったけど……」

 エリィが言う。

 せめて、対抗する二大国が片方を牽制する流れがあってほしかった。それによって安全保障の議論が平行線をたどり、リベールやレミフェリアから不戦条約のような提案がなされる。それが、どこか縋っていた流れだった。

「ここが凌ぎどころって感じだけど……」

 ワジが呟いた時、再び一同の鼓膜にけたたましく音が響く。

 通信が二重に聞こえる。先の休憩中の時と状況が重なる。ロイドのENIGMA、そして今回はカイトもARCUSではなくENIGMAから通信が鳴る。

 ENIGMAの通信を起動させておいてよかったと思った。

「はい、バニングスで──」

「はい、カイト・レグ──」

『カイト、私よ。ミシェルよ』

 自身の名前を言い切る前に、ミシェルからの静かな、けれど余計な返答を許さない圧のある声がENIGMAから響く。

 直感。事が起きたと理解する。

「……ロイド、ENIGMAのスピーカーをONにできるか?」

「ああ」

 カイトはロイドにそう促した。ロイドの通信相手はセルゲイらしいが、この状況であれば確実に重要ななにかだ。

 一同、心してそれを聞く。

 ミシェルの声。

『旧市街、駅前広場、住宅街、港湾区。それぞれで同時多発的に爆破テロが発生したわ』

 セルゲイの声。

『ソーニャから連絡があった。ベルガード・タングラム両門に設置されたレーダー施設が破壊された』

 カイトの顔がこわばる。ロイドの口から言葉にならない声が漏れる。

『発生場所はいずれもジオフロントの出入り口。現在は捜査二課が来ている』

『自治州領空に侵入した不審な飛行船を補足するためのレーダーだ。そこが電撃的に破壊された』

 ミシェルからはクロスベル市内の爆破テロ。そしてセルゲイからは市外の破壊工作。

『星座や黒月がそこで動いた形跡はない。間違いなくテロリストの仕業よ。この後タワーにも動きがあるはず。注意なさい』

「……了解しました」

『どうやら噂になっていたテロリストどもの仕業らしい。ダドリーの方にも伝えたから、お前たちの方でも備えておけ』

「わ、わかりました!」

 通信が切れる。二人とも、受け手のことを考えている余裕もない態度だった。

 特務支援課、そしてカイト。7人が互いを見る。

 カイトは言った。

「市内からの応援は期待できないみたいだ。タワーが他と隔絶されてるから情報が来ないけど、遊撃士たちも混乱状態」

 ロイドが返した。

「一旦首脳たちの安全を確保する必要がある。ダドリーさんの指示を仰ごう」

 その時だった。

『みなさん、少々よろしいか?』

 ディーター市長の毅然とした声だった。セルゲイが「ダドリーにも既に伝えている」というニュアンスだったこともある。それで、一瞬だけカイトたちの足が止まってしまった。

『今この場で語られている安全保障の議論について。一つ、私の方から提案させて欲しいことがあります』

『ほう?』

『先ほどから大人しいと思っていたが……何を仰られるつもりかな?』

 ほぼ間髪入れずの宰相と大統領の切り返しだったが、ディーター市長は返答を迷う様子もない。

 

 いい加減に動かなくてはと、足を動かし始めるカイトたち。

 瞳になにか固い意志を宿しながら口を開くディーター市長。

 そして数秒前の沈黙と平静から、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 その3つの事象が、全て同時に生じた。

 

『ええ、それは──』

『方々、下がられよ!』

 アリオスが()()()()()()()()。首脳たちが座る《コの字》型の長テーブル。跳躍し、テーブルの中心に着地。まさしく風の剣聖に違わぬ挙動で油断なく構えた。

 首脳たちは、未だ何が起きたかを理解していない。いや、何が起きるのかを理解していない。

 会議場の全面ガラス窓は、変わることのない晴天を移している。一部の会議関係者だけがわずかに早く入手した、市内への爆破テロの情報。それらも、遥かな地上の高みでは振動も轟音も何もかも感じることができない。

 会議場の中心、首脳たちの視線が集中するアリオス・マクレインが睨むのは──

『余計な間を作るつもりはない。現れろ』

 彼が睨む先は、重い音を響かせながら動き出した、会議場の大扉だった。

 扉が開くのならば、それを開ける者がいる。

 現れたのは長身の──偶然にも、カイトのARCUSを拾い上げたクロスベル警官服の警備員。

 警備員の顔は端正な顔つきだった。どこにでもいるような。それでも、会議場、首脳陣がいる中で、一人異質な行動を呈する人間。 そしてアリオスが敵意を向けるのであれば。

 男は言った。

『突然の訪問を失礼する。各国首脳の方々、及びアリオス・マクレイン、そしてイアン・グリムウッド弁護士』

『何者だ』

 アリオスが油断なく問う。

 男は自らの首元に手を持っていき──そして、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

『私はG──ミヒャエル・ギデオン。帝国解放戦線の一人だ』

 静寂が支配する。

 カイトの足が、ロイドの爪先が。脱兎のごとく非常階段へ向けて動き出す。

 

 

 

8/31 turning point

──蜂起──

 

 

 

「G……テロリスト、帝国解放戦線の一人か」

 アリオスが油断なく太刀を構え続ける。

 テロリストの存在は再三意識していた。二大国首脳の命を付け狙う以上、通常会議中に襲ってくるかもしれないという可能性は肌で感じていた。

 だが、よもやクロスベル警官に変装して()()()()()()()()()()()()()()()()とは。

 アリオスは逡巡する。

 ──宰相たちを暗殺する機会はあったはず。なのに何故そうしなかった?

 ──自分の危機管理能力を警戒して動かなかった? ならば何故今姿を表す?

 ──自分を含め会議場の全ての人間を欺く変装……達人級の変装の協力者がいる?

 ──それでも、この瞬間まで殺意の塵一つの自分に察知させなかった。煉獄の復讐心を凍てつかせるほどの胆力。

(油断はできん)

 全ての思考を一瞬で処理して、アリオスは太刀の鋒をGに向けた。

 護衛将校の控え室から、ミュラーを始めとした将校たちが続々と現れる。それぞれの主に駆け寄り、油断なくそれぞれの得物を構える。

 Gにとっては明らかな四面楚歌。それでもGは平然と、大扉から3歩進んで言い放った。

「《西ゼムリア通商会議》。大陸西部の明日を占う栄えある祭場だが……大陸の平和のため、よければ私にも一つの提議を許していただきたい、マクダエル議長」

 Gはアリオスを見ず、彼の奥の議事進行に視線を向けた。

 その悪意を遮り、自身も護られるべきであるディーター市長はマクダエル議長を自身の腕で庇い、口を開く。

「それが正当な資格ある者の言葉であれば喜こぼう。だが貴様はテロリスト。ここにいることそのものが罪になる。正当性は微塵もないが」

「承知している。しかし大陸に戦火を広げる人間は()()にといる。ならば関係はあるまい」

 Gは両手を広げた。そこに導力銃のような得物は握られていない。

「首脳陣の方々。これが最後の審判だ。オズボーン宰相とロックスミス大統領。二人の首を差し出せば、その他の全員の生命は傷つけないと約束しよう」

 アリオスが見据えるGの奥、開いたままの大扉からカイトと支援課メンバーが駆けて来る。

「G! お前……!」

 この場で最も因縁があるカイトが先頭に。やはり双銃をはじめ得物を構える。

 通商会議を護るアリオス、護衛であるカイトたち、遊軍である支援課という、合計数十名。対し、Gはたった一人。

 だが、次の言葉が全員の足を止めた。

「私の首を見てもらおう。()()()()()()()()()()()()()()

 踏み込んだカイトとアリオスがたたらを踏んだ。

 Gが自らの首元を晒す。チョーカーとも見紛う黒い首輪があった。そこに取り付けられた導力器のモニターは光の明滅を繰り返している。

「私の脈拍の停止を感知した時、連動して飛行艇の爆弾が起動する仕掛けだ。参加者全員で死にたくなくば、近づかない方がいい」

「飛行艇……だって?」

「警察関係者などは既に情報が入っているだろう。自治州領空を既に侵犯し──そして今到着した」

 突如、ガラス窓の晴天に影が差す。

 二機の飛行艇。それぞれRF社とヴェルヌ社の飛行艇が現れ、そしてガラス窓に密着した。

 中に人がいる? なのに爆弾?

 わからないことだらけ。ひとつだけ確かなのは、Gの脅しによって全員の行動が封殺されていること。

 アリオスが一言だけ放った。太刀は動かせない。

「……その言葉が真実である証拠はどこにある?」

「試してみるか? ここにいる全ての人間の命のと引き換えに」

「……」

 Gは広げたままの片手でアリオスを制するよう手を掲げた。

「口腔にも自殺薬を仕込んでいる。実力差で押し切れるなどとは考えないほうがいい」

 そして、再びマクダエル議長を睥睨した。

 その視線を感じ、数々の修羅場を経験した老議長がこれ以上ない苦しい声音を作った。

「テロリスト、G。君は何故ここに来た……!?」

「改めて……私には問うべき者がいる。しばしの間、発言の時間を頂こうか」

 そうして、テーブルの左翼へ。

 数歩歩き、正面に座ったままの共和国大統領を見下ろす。

「まずロックスミス大統領。私の目的とは異なるが、手を結んだ協力者の代理として問わせてもらう」

 手を組んでいる。帝国系と共和国系、2つのテロリスト集団が。

「それは《反移民政策主義》としての言葉と受け取って構わんようだね?」

「ああ。『中東民、東方民。それらを無作為に受け入れること。それは共和国を殺すことにほかならない。即刻移民を排除せよ』というのが《真なる優士団》リーダーの言葉だ」

 この土壇場において1アージュ先にテロリストを見上げた状況で、ロックスミス大統領は全く怯まず返した。

「愚かなことを。反移民という意志は認めよう。しかし移民は共和国の一部。彼らを排除するならば、それこそ国そのものを殺す事になる。帝国解放戦線……君たちの後ろにいる者もまた、同じではないかね?」

 Gは返した。

「確かにな。後ろ盾の質は同じ。しかしどちらかを認めるか否かでしかない。混沌を受け入れるのならば、与党も鉄血宰相と同じようなものだ」

 Gは共和国系テロリストではない。だからこそか、《提言》をそれだけに収めて後ろに振り向いた。もう脅しに両手を掲げることもなく、かつてカイトやⅦ組メンバーが実習先で見たように後腰に両手を組んで、教鞭を振るう教師のような所作を作る。

 そして再び向かったのは、Gが最も渇望したであろう存在。鉄血宰相。

「ギリアス・オズボーン。これが貴様の最期だ。もはや懺悔があろうが貴様が死ぬことに変わりないが……せめて大陸の平和のために問わせてもらう」

「義もない力など、言葉を交わす価値すらない」

 一切の躊躇もなく、間髪を入れず。

絶望郷(ディストピア)への途。貴様は何故その道を歩く」

「理解に苦しむな。帝国や大陸は発展の一途を遂げているが」

「その過程で多くが犠牲になった」

「かつて、蒸気機関は多くの民衆の失業をもたらした。導力革命もまた。しかし結果は火を見るより明らか。それを否定せよと?」

「多くの民衆が犠牲となり、そしてさらに多くの人々が救われた。同志には悪いが、確かにそれを否定するつもりはない。だがその先に求める世界はなんだ」

「……」

「貴族制度を壊し、帝国の全てを(なら)し、周辺国を併合し……果ては今、クロスベルさえも」

 Gが視界の端にマクダエル議長を捉える。

「そうして得た力はどこに向かう? 共和国か?」

 宰相と大統領がまたも同調した。テロリストを相手に怯まず、変わらず

「話にならんな」

「ええ、誠に馬鹿馬鹿しいことこの上ないですな」

「それはそうだろう、鉄血宰相。貴様にとっては共和国すらまた過程に過ぎん」

「む……」

「向かう先は大陸そのものだ」

 Gは続けた。

「各国首脳の方々。いや、今日私の存在を知った全ての者たち。断言しよう。鉄血宰相は世界を反理想郷へと導く」

 アリオスを歯牙にかけず、憎むべき鉄血宰相すらもはや目にしない。

 Gの行動理念。鉄血宰相を暗殺する、という切望が目の前にあるのに、Gは今すぐ導力銃を取り出そうとすらしない。

 その現実が、逆に恐ろしかった。

「今日、鉄血宰相は死ぬ。故に私の主張が証明される日は永遠に来ない。そして私はテロリストの汚名を被る。それでも忘れないで欲しい。革新と統合。いずれも血と鉄で成され、無作為に早すぎる速度で成し遂げられるそれは、間違いなく人々の骨を薪として燃え広がる業火となる」

 Gは手を上げた。それは合図だった。Gの雰囲気が、いっそ穏やかなものへと変わる。

「もはや対話は尽きた。鉄血宰相、大統領。貴様らは何も変わらない。故に、これより最終作戦を始める」

 会議場の全員を光から遮っていた飛行艇。ヴェルヌ社の軍用ガンシップが上昇し──

 カイトが、全員が気づいた。

 ──RF社の飛行艇は……上昇しない。その場に留まっている。

 カイトは、一つの可能性を予見した。

「おい、G、やめろ……!」

 ()()()()()()()()()()。それが、むしろ恐ろしい。

 叫ぶカイトを見てGは……笑った。

「今日貴様と話すことはない、カイト・レグメント。だがお前との因縁もこれで終を迎える。悪くはない気分だ」

 Gが振り上げた手を、下ろす。そして彼の通信機のスピーカーから男の声がした。

「我々は帝国解放戦線である」

『協力者越しでの挨拶を失礼させてもらおう。カルバードの古き良き伝統を守るために立ち上がった、反移民政策主義の一派のものだ』

「我々は互いの憎むべき怨敵を打たんがため、協力することと相成った。──覚悟してもらおう、ギリアス・オズボーン」

『ロックスミス大統領、貴方にはここで消えていただく! 忌まわしき東方人に侵食されたカルバードを守るためには、これくらいの荒療治が必要なのだ!』

 宣言を前に緊張が跳ね上がり、油断できず構える面々。

 そう簡単に目的を達成などさせるわけがない。例え、Gが脅しを仕掛けていようとも。

 Gは言った。

「最後の猶予だ。主催者ディーター・クロイス。宰相と大統領、2名の命を差し出せばその他全員の命の保障はしよう」

「……断る」

「結構。ならばこのオルキスタワーが、貴様たちの墓標となる」

 Gが遥か西を指差した。

 語ったのは、衝撃の事実だった。

「帝国東部ガレリア要塞。そこにある2門の列車砲が今、このオルキスタワーに照準を合わせている」

「なっ」

 言葉を失う。

 帝国解放戦線の他のメンバーが動いているのか? ならⅦ組メンバーが動かないはずがない。そもそも、帝国最大の軍事要塞を……。

 Gの言葉が事実なら、ガレリア要塞の列車砲がクロスベルを狙って──

 首脳陣を避難させなければ。それを成し遂げるには──

「首脳陣、貴様たちに退路はない。地上に戻ることも、地下に潜ることも叶わない」

 RF社の飛行艇が傾き、落ちていく。下降ではない。()()()()()()

 誰かの、わけがわからないというような焦りの声が。

「おい、おい。おいおいおい──」

 タワーの側面が、飛行艇によって削られる。不規則にぶつかり、轟音と振動を重ねて落ちていく。

 そしてオルキスタワー前広場に──飛行艇が墜落。とてつもない衝撃が地鳴りを起こし、そして真昼の景色が暗く感じるほどの光が地上から溢れる。白熱光が。

 Gが叫んだ。今までカイトが聞いたことのない、悦びや怒りや悲嘆が混じった魂の叫びが。

「さあ、平和への供物を捧げよう。血と鉄が織り成す、獣たちの饗宴だ……!」

 狼煙が上がり、暴虐が蜂起する。

 

 








現在の状況
屋上:ヴェルヌ社製ガンシップ+爆弾?

35F:首脳陣、護衛陣、カイト、支援課、G

34F:トワ、その他会議関係者
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