『全部、仕組まれたことだった。帝国系テロリストも……赤い星座に蹂躙される!!』
通信越しに聞こえるロイドの声は震えていた。
人形兵器を一層し、一時的にではあるが戦闘が収まった35階国際会議場。
奥の護衛陣待機室。カイト、アリオス、ダドリー、トワ、そして首脳陣。彼ら全員がロイドの通信を聞いていた。
そこにいる
カイトは、少しでも冷静に努めてロイドに聞いた。
「……どういうことなんだ?」
『俺たちはジオフロントに潜伏していたテロリストを追った……だが、既に黒月が彼らを捕まえていたんだ。彼らは最初からテロリストが来ることを知っていた。そして、《共和国政府の委任状》を持っていた』
「……」
カイトの思考が高速に動く。そして合点がいく。
ずっとわからなかった赤い星座と黒月の同行。彼らと繋がっていた帝国政府と共和国政府。
両政府の首脳の命を狙うテロリストの存在。
「クロスベル自治州政府を差し置いて……自分たちの協力者によってテロリストを抹殺することが目的だった……!?」
カイトの言葉に頼るでもなく、他の面々も理解していた。
風の剣聖アリオスも、両政府の動向を教えてくれたクローゼやオリビエも、自治州の長たるマクダエル議長とクロイス市長も。
それを仕組んだ、元凶も。
会議場の全員の目線が、元凶たる
「おお、それは重畳でしたなぁ」
1人……共和国大統領サミュエル・ロックスミスは穏やかそうで
「黒月……私の個人的な友人でしてな。身分は保証しますので、ご安心ください」
「っ……いったいどういうつもりです、大統領閣下!?」
クローゼが珍しく語気を荒げた。
その非難の意味することはわかりすぎた。クロスベルの場において、まったくの他国の政府が猟兵団を運用した。
それは、内政干渉以外の何物でもないではないか。
「おお、それは誤解ですぞ」
ロックスミス大統領は、自分が悪意を働いたことをまったく気にも止めてもいない。
それは、自分たちのその行動によって、テロリストを捕縛することができたから。
「それに現状をご覧なさい。列車砲まで脅しに使われる始末。少なくとも、暴虐を働いたテロリストには然るべき処置をしなければ。そうではありませんかな?」
ぐっと、クローゼの声が詰まった。マクダエル議長もクロイス市長も。
それだけではない。ロックスミス大統領は、こんな状況でも帝国を出し抜こうとしてくる。
「事態はそれだけではありませんな、宰相閣下」
「ふむ?」
「仮に列車砲が起動されれば……どうなされるおつもりかな?」
「現在ガレリア要塞には、我が国最高の攻撃力を持つ第5機甲師団が控えている。万が一にも列車砲が起動されることはありませんな」
テロが起こる前の会議の様相。帝国と共和国が同時にクロスベルを追い詰める、その状況に逆戻りしている。こんな、全員の命が危ぶまれている状況にあっても。
(けど……その可能性は十分にある)
列車砲の起動。もちろんカイトは帝国正規軍の実力や、なによりリィンたちⅦ組を信じている。とはいえそれは信じているだけだ。可能性がある以上、クロスベルにいる自分たちは最悪を想定して最善の行動をとらなければいけない。
「ところで方々、図らずとも証明されましたな?」
黒月によるテロリストの拘束。それはロックスミス大統領を守るためのものであり、同時にクロスベルという甘い果実を収穫するための策でもあった。
ロックスミス大統領は、穏やかな顔つきで悪魔の囁きを放つ。
「この程度のアクシデントすら、クロスベル自治州政府には自力で解決できないということが」
それはテロの前に二大国の首脳が推していた、クロスベルの治安組織の解体という地獄絵図を生み出すための布石だった。
テロという激動ですら、悪辣な仕掛けとして機能させようとしている。
許せないと、カイトの握り拳が強く握られている。
そして、オズボーン宰相もまた。
「確かに。まんまとテロリストを会議の場に近づけた挙句無様に取り逃し、結局は
わずか数分前のロイドの発言を思い出す。帝国系テロリストも、赤い星座に蹂躙されると──
「鉄血宰相……」
ロイドとの通信を維持したまま、カイトは椅子に座ったままの鉄血宰相の前まで歩いた。
帝国の宰相、そして皇子の盟友。見据えるものはまったく違う。だがここに来て、この通商会議で生じたことの全容は完全に共有されることになった。
「カイト・レグメント、わかっているだろう。我々も同じ配慮をしていた。赤い星座に──『テロリストが現れた場合には全員を抹殺せよ』と」
「ええ、そうなんでしょう。確かにこんな暴挙を引き起こしたテロリストだ。手段を問うなんて悠長なことはできないのかもしれない」
けれど。
オレは、遊撃士だ。壁を越えようと抗うロイドたちの仲間だ。
激動の時代において、自ら考え主体的に行動する。その信念を受け継ぐⅦ組の一人だ。
「それだけは、させない」
「ならばどうする?
「わからない。それでも最後まで抗うと決めました。オレが、オレ自身であるためにも」
首脳陣や護衛たちが注目する中、カイトはオズボーン宰相に背を向け、繋げていたままのロイドとの通信を再会した。
「ロイド、共和国系テロリストのことは了解した。それで、帝国系テロリストの動向は? もう手遅れなのか?」
『……その可能性は高い。だが、まだわからない』
ロイドたちは、黒月が共和国の委任状を持ってテロリストを拘束した状況に遭遇した。だから帝国が雇った赤い星座に対しても同様の可能性を確認した。そして黒月以上に残虐な赤い星座が成そうとする所業を理解した。
少なくとも、まだロイドたちは赤い星座を見つけていない。だが地下のジオフロントで共和国系テロリストが捕まったのなら、帝国系テロリストも同様の運命を辿る可能性が高い。
「わかった……支援課の全員じゃなくて、1人か2人ぐらいでもいい。地上に戦力を回してくれ」
『どうするんだ?』
「すべての悪意を止めることはできないかもしれないけど」
テロという暴虐に、二大国の圧力という暴力に抗うために。
「あいつを……Gを、拘束する」
──獣たちの狂宴──
国際会議場での攻防の後──。
カイトたちがテロの始まりに想定した筋書きの通り、なんとかヴェルヌ社のガンシップで首脳陣たちを避難させる手筈は整った。
首脳陣7名、ダドリー、トワ、アリオス、イアン・グリムウッド、その他の護衛たち。平たく言えば、カイトを除く全員が非常階段を用いて屋上へ向かった。無論、レクターやキリカと合流してクロスベル市外へ退避するためだ。
そしてカイトは……左翼非常階段から、ひたすらに下層へ進んでいる。誰もいない非常階段を。
ミュラーやユリアもまた非常階段を使って1階への非常階段を用いたルートを使っていた。そのため人形兵器の残骸が残っていて、カイトも順調に下層へ降りることが出来ている。
そもそも、第一目標は何に変えても首脳陣を避難させることだ。そして市内でテロが発生した以上、市内へ避難させることすら危険だ、ということになってしまった。だから空路での避難には時間がかかり、首脳陣以外の会議関係者を避難させる時間がなかった。
だが事情が変わった。黒月が──そして恐らく赤い星座もまた──動いた結果ジオフロントの共和国系テロリスト《真なる優士団》が拘束され、市内各地で発生したテロが終息したのだ。
もちろん非常事態ではあるし、市民の行動は制限されている。しかしカイトやダドリーが通信で関係者に確認した限りでは問題がなかった。
そのため、首脳陣は市内へ──それでも列車砲の危険がある以上はオルキスタワーから離れた場所だが──迅速に避難することが可能になった。連鎖的に、会議関係者が炎上の危険やテロリストの危険がある1階や地下より安全な空路での避難が可能になった。現在はミュラーとユリアの護衛によって、エレベーターを使って順々に上階へ進んでいる。
理由はロイドに伝えた通りだ。G──帝国解放戦線の幹部にして、恐らくは今回のテロを主導した人物を赤い星座よりも先に拘束するために。
(……
静寂の中、カイトの早足で階段を降りる靴の音だけが響く。
現在、23階。
(それにしても、30階ぐらいから急に通路間のシャッターが閉じられているな)
34階は言わずもがな、警備隊員が詰めていた33階もまた移動ができるようシャッターは開かれていた。だが、その数層下からは移動ができないようになっていない。まだ職員も入ってはいないからシャッターが閉まっていても問題はないのだが。
そちらに意識が向いた時、再びENIGMAⅡの通信が鳴る。
「──もしもし」
『ロイドだ』
「今どこ? こっちは22階の非常階段を下りてる」
『俺たちは地下8階、エレベーター前だ。ランディが一緒にいる』
「……そっか」
Gを確保する。カイトは自分の方針をそう決めて、その協力員に支援課を頼った。
首脳陣の守護を第一目標とする以上、タワーにいる中で最強の戦力を持つアリオスを引き剥がすことはできなかった。タワーの警備の総責任者であるダドリーにしても、守ると決めたトワにしても、カイトは協力することを憚られた。
どれだけタワーが傷つけられたとしても、絶対に守るべきなのは人の命。だからこそカイトも同様に避難すべきであったし、地下にいるロイドたちに協力を要請するのも利口とは言えない。
けれど、テロリストにクロスベルの地を蹂躙されただけでなく、このままでは全てがオズボーン宰相とロックスミス大統領の描いた絵のままにクロスベルが弄ばれてしまう。
自治州という看板と主権を半ば無理やりに外される。時に肉体の死より重くなるかもしれない、魂の死がそこにあると思った。
皮肉にもオズボーン宰相との対話でリベールが蹂躙される未来を空想したからこそ、カイトもまた許せないと思った。
だから命の危険があるかもしれないと思っても、Gを捕まえる同志として頼った。もちろん、最終的にそれを選択するのはロイドたち自身だが。
尚も非常階段を下りていく。現在は20階。
ENIGMAⅡ越しのロイドに語りかける。
「……ありがとう。正直、一人で行くことも覚悟してた」
『気持ちは支援課のみんなも一緒だ。むしろ、カイトが同じように思ってくれたことが嬉しい』
「Gとは因縁があるからね。あいつの好き勝手にはさせたくないんだ」
テロリストであるGを止める。そして、帝国と共和国へのせめてもの抵抗として、Gを
『他の支援課メンバーは、ジオフロントに残って引き続き他の帝国系テロリストを探してる。役割分担さ。カイトが気にする必要はない』
エリィとワジ、ティオとノエルの2班に分かれてジオフロントの別区画を探しているという。
そしてロイドとランディが、カイトの呼びかけにも重なったことで目指している場所が──
『それにしても、どうしてテロリストのリーダーが
ロイドから質問が飛んでくる。カイトの現在地は18階。
「……あいつは、あいつだけは、死を恐れない。きっと死を厭わない。むしろ死にたがっているのかもしれない」
そうだと直感した。猟兵崩れを利用したり、人々を道具のように利用する彼だが、それでも前月の夏至祭で他の幹部の反対を受けるまで、アルフィンを手にかけようとすることを厭わなかった。そして今日は真偽がわからないにせよ自分の命を人質にしてまで行動していた。
仮にGたちテロリストの目論見が達成されるとして。
ガンシップが爆破するにしても、列車砲がオルキスタワーのどこかに直撃するにしても、どちらにしてもタワーの崩壊は免れない。その時点で実質的にタワー内部にいる人間は巻き込まれるだろうが、強いて言うならば下層の方が上層の構造物の落下により強い被害を受ける。
そしてテロリストである以上、避難者たちが逃げおおせる可能性は最後の最後まで排除したいだろう。
ガンシップは爆破という可能性を残し、地下は他のテロリストたちが退路を断っていた。
残るはテロ最序盤に炎上させて退路を断ったとはいえ、誰もいるはずがない地上界。
「列車砲でタワーが本当に崩壊した時、ひと思いに死ぬことができる場所」
『地上1階、エントランスホール……』
「きっと、Gはそこにいる」
だから、カイトはひたすらに非常階段を下りている。現在、16階。
『テロリスト……Gの実力は?』
「単純な戦闘力ならオレと同じくらいだ。3人でかかればたぶん、拘束できる」
ロイドの質問に答える。それでも、命を賭しているこの場面ではどのような手を使うかもわからないが。
『カイト。俺たちは仲間だ』
「ん、どうしたんだ? 藪から棒に」
『もちろんここはクロスベルで、起きた事件はクロスベルに関係してる』
「ああ」
『でも……犯人は帝国解放戦線の幹部、G。君が言ったように、因縁は君にある』
「……うん」
『だから、俺たちがカイトに助けられるだけじゃない。俺とランディで……支援課で、君を支える』
「……ああ」
非常階段を一人で降りる。
けれど、独りじゃない。ロイドたち支援課がいる。
トワやアリオスやダドリーがいる。
ミュラーにユリアがいる。レクターやキリカでさえ、少なくともこの場では目的が一致していた。
これまで出会ってきた、すべての仲間たちがいる。
小走りで下りているので、多少は息が切れている。けれど、カイトの顔には笑みが浮かんだ。
『今、俺とランディでエレベーターに乗った。これから地上1階に向かうよ』
「オレは今は13階だ。少し遅れるかな」
『1階で合流しよう。女神の加護を』
「ああ、女神の加護を」
通信を切る。
(絶対に、思い通りにはさせない)
これから戦闘が始まる。誰かと通信する暇は恐らく来ない。ENIGMAⅡを懐にしまおうとする。
脚の動きを止めないまま、カイトはもう一方の片手でARCUSを取り出した。
(Gとの戦いでは、ARCUSは使わない……)
ノルドと帝都でのGとの戦いでは、当然ARCUSで戦っていた。こちらの手は割れている可能性がある。
そしてこれから共に戦うのはロイドとランディ。戦術リンクは使えない。
(使うのはENIGMAⅡだ)
そうして、同期を再度ENIGMAⅡに切り替える。2つの戦術オーブメントを共に懐にしまった。
非常階段を下りながら、銃弾を双銃に込める。万全の体制を整える。
8階頃から、煙はないものの通路が熱くなってくる。炎上したままの炎の熱線が地上から空中を熱し続けている余波。
4階までたどり着いたとき、非常階段から煙が見えてきた。タワーに墜落した余波で、徐々に1階の正面玄関から燃え移り始めているのか。
1階のエントランスホールは3階分の高天井。20階より下層から、通路間のシャッターが開かれていたのが助かった。その通路を通って右翼側のエレベーターへ。
そうして、エレベーターで1階へ降りる。
地上1階のエレベーターホールに出ると、ロイドとランディが立っていた。
「カイト」
「……よぉ、ご苦労さん」
ロイドとは先も通信で言葉を交わした。心配なのはランディだった。
共和国政府による黒月の行動によって、赤い星座の動向を理解したランディの動向だ。
そんなカイトの心配も理解したのか、ランディは理解していた。カイトに対しては比較的穏やかな瞳で──けれどその奥のG、いや赤い星座には恐怖と怒りが混じる烈火の如き瞳で。
「細かい詮索はなしだ。カイト、お前の考えなら、
「……はい」
「なら、もう覚悟は決まってる。行こうぜ。ロイド、カイト」
「はい」
「ああ」
もう、仲間内での言葉は尽くした。
3人は進む。
地上1階、エントランスホール。高天井のおかげか、正面玄関から伸びる煙は地上1階にいるカイトたちにはすぐに届かない程度の場所に滞空していた。
それでも、炎上し続ける飛行艇が恐ろしい。熱波は容赦なく襲い掛かり、汗が滴り、その汗が熱せられて不快感を感じる。
そんな、この世の終わりの──かつてカイトが影の国で一度だけ踏み入れた煉獄のような世界に、帝国解放戦線幹部、Gは立っていた。
「……なんとなく、お前たちが来るのではないかと思っていた」
Gは眼鏡のフレームを直す。
Gは今、正面玄関を背にしている。どうしてそこにいて熱に気力を奪われないのかが不思議だった。
そんな目的の人物に、カイト、ロイド、ランディの3人が相対する。
静寂はなかった。どれだけ人間が沈黙を貫こうとも、炎によって周囲の風が吹く音が、静寂を許さなかった。
カイトが口を開いた。
「……G。もう投降しろ」
「それはできない相談だ」
「大森林、ノルド、帝都。レイラさんとCも含めたらもっとだ。嫌な因縁ができちゃったもんだ」
「ああ、不覚にもな。だからこそ貴様にもわかるだろう? 私が、ここで投降など絶対にしないと」
ロイドが一歩前に出る。
「……貴様は?」
「クロスベル警察特務支援課、ロイド・バニングスだ。テロ活動、破壊工作の現行犯、及び要人暗殺未遂……大量虐殺未遂などの容疑で貴方を逮捕する」
Gは憎々しげに目を細めた。
「……自治州の警察如きが、我らの大義を踏みにじるというのか?」
それこそ、ロイドの決意と尊厳を踏みにじるような発言だった。
カイトが遮る。
「その警察如きや、学生如きや……遊撃士如きに止められて来たのが、お前だ」
「っ……」
さらに、カイトの言葉で、さらにGの顔が歪む。
「──なぜ、わからない? 鉄血宰相と大統領……あの二人にこそ最も虐げられているのが、お前たちではないのかっ?」
そのGの言葉。両の手を広げ、『わかってくれ』と言うように頼りなく動かす。その目は、打って変わって苛烈なものを引っ込めたように、弱々しいものだった。
クロスベルを虐げているのが、帝国と共和国、そしてその首脳。
「レグメント、貴様にしても同じはずだ。皇子との縁で世界を旅した……お前ならば、鉄血宰相が大陸を
ロイドもランディも、カイトすらも否定できない。その予感はどこまでも事実だ。
「だからこそ、何に変えても! 我々帝国解放戦線は鉄血を討つために動いた……! 確かに最初は私怨も多かった……だが、今は違う。私は、お前たちと同じ場所にいる……!」
それが、Gのある面での本心か。
再び、沈黙した。
長い長い、沈黙の果てに、カイトは答えた。
「──お前と、オレたちは違うよ。どこまでも違う」
「──」
Gにとっての最後の説得だったのか。ガクリと、Gがうなだれる。
カイトは畳み掛けた。
「飛行艇の爆破は阻止した。今は首脳陣から順々に避難をしてるはずだ」
Gが応える。
「……ああ、そのようだな」
数分前に通信をしていたカイトとロイドが感じた。やはりこの男に、これ以上生きようとする気力はない。
それでも、この場に残り続けているのは──
「列車砲も、お前たちの自由にはさせない」
Gの肩が、僅かに震えた。
「Ⅶ組は磐石だ。オレがいなくても。例えCが来ようが……レイラさんが来ようが、列車砲は起動させない」
「……」
「カイトの仲間たち……帝国の士官候補生、か」
ロイドたちには、遊撃士協会の情報共有の時に説明したことだった。不思議な感慨があったのか、ロイドは少し考え込むように呟いた。
今度はランディが、カイトを見ながら言った。
「ま、リベールからいろんな旅をしてきた規格外のこいつとタメ張る奴らだろ? オルキスタワーを守ろうとする俺たちと同じく、帝国最大の要塞だって護るだろ」
ロイドが、トンファーの打突部分をGに向け、宣言した。
「列車砲は起動しない。飛行艇は爆破しない。そして首脳陣は誰も傷つけられない」
カイトが、双銃の銃口をGに向ける。
「テロという現実から目は背けられないけど……それでも、オレの目の前にいる人は死にやさせない。お前をここで捕まえてやる」
「……」
「あんたの負けだ。自殺薬だって……使わせたくはない。大人しく投降してくれ」
長い、長い時間だった。Gが、己の現状を、外に向けて認めるまで。
「……そう、なのかもしれないな」
先の一瞬の半狂乱。それと比べると、あまりにも静かな様子だった。
背中に嫌な汗が流れるのをカイトは感じる。
Gが顔を上げた。感情の見えない、けれど不安に駆られた様子も見えない、不思議な顔だった。
「……最期に、お前たちに問いたい」
カイトを見る。
「カイト・レグメント。何故、我々の邪魔をしてきた?」
「お前が世界に混乱を生むからだ」
「しかし、そうしなければ鉄血宰相は止まらない。時代が生んだ怪物は……」
ロイドを見てくる。
「クロスベル警察、貴様たちはどうなのだ? 例え清廉潔白な指導者が巻き込まれるとしても……鉄血は確実に貴様たちを飲み込む。このままではどう足掻こうとも、貴様達は終わるのだぞ。それとも誇りを忘れ、虚しき繁栄を貪るつもりか?」
「確かに、クロスベルは富を享受しているのかもしれない。だが、俺たちはそれに溺れて誇りを見失ったりはしない! テロに屈することも、正義のない暴力を振るうこともしない! 必ず壁を越えてみせる!」
Gはどこまでも、カイトたちに理解を求めてきた。
けれど、カイトもロイドも、それを否定する。
「問答は済んだかよ? オレたちは、
リベールの異変もそうだった。影の国もそうだった。きっと、教団事件もそうだったはずだ。
「無力さに翻弄されて、大きな力に負けそうになって……それでも諦めないで、隣に立つ人たちと手を繋げて、そうして間違った力を振るわずに、オレたちは今日までやってこれたんだ。これからもそうしていく」
結社という化物に、聖痕というトラウマに、教団という悪意に。テロという人の道を外した暴力に。
暗黒が渦巻く大陸の中で、仲間たち共に大きな壁に立ち向かうには。
カイトが断言した。
「それが、《ただの人》であるオレたちが、時代の怪物に立ち向かうためにできる、たった一つのことだから」
決して間違えない。遊撃士として、警察として、誇りある故郷の一人として。
何よりも人として、自分たちはこの激動の時代に抗い続ける。
それがカイトたちの、ロイドたちの宣言だった。
Gは俯く。どんな説得も釈明も、カイトたちには通用しなかった。それはカイトたちからすれば当然のことで、Gからすれば納得できないことだった。
だから、Gは絶望して、納得し、理解できる答えを求めた。
「……だから、私はお前たちを跳ね除けることもできなかった?」
「ああ」
「テロを起こしても、怪物には勝てなかった?」
「ああ。テロなんかじゃ、人の心は動かない」
「では、お前たちは……鉄血に
カイトとロイド、そしてランディ。相対する3人の誰も、即答はしなかった。
抗うと、カイトは決めた。ロイドたちもまた。
それでも、あの時代の傑物に、怪物に勝る力を……この目の前のテロリストに納得のいく形で示すことは……。
それが、分岐点だった。
Gの口が開かれる。
「──ああ、そうか」
Gが、笑った。
「覚悟が足りなかったのは、私の方だったようだ」
「──え?」
耳を疑った。
これほどまでに清々しい、憑き物が落ちたような声だったから。
カイトも、ロイドも、ランディも。
嫌な予感がした。
Gはカイトたちに向けて指を示す。それは、先ほどカイトとロイドがそれぞれの得物をGに突きつけたのと同じ所作だった。
「お前たちに鉄血は討てない。それは《人》だから。そして私が起こしたテロですら、《人》の所業だった」
確かに、自分は鉄血宰相に勝てない。現に、これまでも勝てなかった。
「宰相を非難し、学術院を追われてテロリストになった、それだけだ。故郷や大切な人を奪われたわけでもない。そうだな、私は弱い人だった」
弱い人だから。
「弱い人だから帝国を変えようと怒りに震わせ、罪悪感を押し込んでテロを手動した……」
それでも本当に……本当に鉄血宰相を討ちたいと思うなら。
「人のままではいられない。私も怪物にならなければ、盤上にも上がれないのだろう」
そうして、Gは自らの懐をまさぐった。
それが導力銃を取り出そうとする所作に見えて、カイトたちはそれぞれの得物を構えて警戒した。
だが、Gが取り出したのは導力銃ではなく──小瓶。
「薬……?」
一瞬、カイトはそれがなんなのか理解できなかった。理解できたのは、それが明らかに一般に流通してはいない禍々しい色だということだけ。
そして、カイトの隣から息を呑む音がした。
「馬鹿なっ……どうしてアンタがそれを持っている!?」
ロイドの切羽詰まった声。Gはあくまで静かに、小瓶の蓋を開ける。
「善意──とは言えないな。悪意を持った通行人から受け取った」
「ふざけるな! それを今すぐ捨てろ! それを飲めばどうなるか──!」
「そうだな。これだけはしたくはなかった。列車砲とオルキスタワー爆破で確実に宰相を抹殺するという理由もあったが」
巨大な魔獣たちを使役しても、テロを起こす非人道さを演じても、これだけはしようと思えなかった。Gは会議場でも、最後まで人として、人である鉄血宰相に説得をしようとしていた。
今の今まで
けれど、もう迷うことはない。
Gは、ひと思いに小瓶の中の紅い錠剤を
絶句するロイドたちを尻目に、理解が追いつかないカイトは何も言えない。小瓶を仰いだGは一度ふらつき、空となった小瓶を捨てた。
「っ……カイト・レグメント。最期の言葉だ……。私は死にたくはないっ。だが宰相を倒すためには、死を厭うわけにはいかない」
Gの周囲が淡い紅色に染まっていく。それは炎の残滓ではなく──高位次元の膨大な
「怪物になるのはっ、私だけでいい。願わくば、同志が償う道を、見つけてほしい。《人》である貴様への……依頼、だ」
渦巻く強大な霊圧が、Gへ収束していく。その中心で、光と共に
『怪物となる必要があるノなら、私ダケが怪物となロウ──そうシテ、鉄血トイウ化物ヲ喰ラオウ』
──そうして、Gは怪物となる。
人型。しかし甲殻類のような銀色の皮膚。異形の面。
全長5アージュを超える人型の悪魔──いや、
『サア、女神ヨ。私ガ平和ヘノ捧ゲ物ダ。存分ニ見ルガイイ。獣タチノ狂宴ヲ』
《魔人》ギデオンが、動き出す。
カイト、ロイド、ランディ
VS
魔人ギデオン