──8月31日、18:10。オルキスタワー前広場。
飛行艇の炎上もようやくおさまりを見せた頃。
魔人ギデオンは、広場の中央に仰向けで倒れていた。
カイト、ロイド、ランディでなんとかギデオンの猛攻をしのぎ、魔人化が解かれる様子を見届けた。紅色の
しかし、その体は見るも無残な姿に変わっていた。頭髪が乱れ、瞳からは生気が消え、頬はこけている。
ロイドが近づき、ランディも同様に動く。そしてカイトも、ふらつきながらも近づいた。
体を癒すことも忘れ、カイトはGを見た。
「G、いやギデオン」
「はは……ここまでか」
「……」
「どうし、た……テロリストを倒して……満足なはずだろう……」
「そんなわけ、ねえだろ……」
ロイドとランディは2人の会話を黙って見守っていた。首脳たちを亡き者にしようとし、そしてクロスベルも罵った男ではあったが、それでいい顔をできるような状況ではなかった。
「……どっちが本当なんだよ。鉄血を殺したいアンタと、仲間を救いたいアンタは」
「どちらもだ……。鉄血を、憎んでいた……この血みどろの道に、同志を巻き込みたくはなかった……」
「だったら……こんなこと、するんじゃねぇよ……」
カイト自身も体力が限界に近づいて、動けなくなり膝をつく。
「鉄血を倒したいんだったら……ちゃんと罪を償えよ……」
「……それでは政争に、利用される、だけ……ここで、私は死ぬ」
「……ざけんな……アンタの依頼なんて願い下げだ、自分でやれ……!」
絶対に、死なせてたまるか。
紅色の錠剤のことは知らない。カイトは、藁にもすがる思いでロイドへ顔を向ける。
「ロイド、助かるのか……!?」
問われるロイド自身確証は得られなかったが、
「可能性はあるかもしれない。カイト、治癒魔法は使えるか?」
「もちろんだ……! セラスだけだけど……」
ロイドはランディに向いた。
「ランディ、各所に連絡を! 救急搬送だ!」
「おうよ!」
ロイドがティアを、カイトはセラスをかけるために集中する。
「待ってろ、ギデオン。絶対に助けて──」
「あー、ダメダメ。ここは戦場、ちゃんと殺さないと」
カイトの声を遮って、少女の声が聞こえ。
そしてGの頭部が弾丸で撃ち抜かれた。
「──え?」
カイトとロイドの目の前で、ギデオンの命が果てる。どくどくと血が流れ、ギデオンの体が一瞬だけ跳ね、そして動かなくなる。
呆気にとられる三人は、しばらく現実を受け入れることはできなかった。
死にゆく人間を見たことがない三人ではない。カイトはレーヴェの最期を見届け、ロイドはヨアヒムに引導を渡した。ランディは過去、戦場にいた。
けれど、人間がこれほどまでに下劣に扱われる最期を見て、空虚が心を満たすのは初めてだった。
「あー、よかった。ちゃんと全員殺せてさ。一匹討ちもらしちゃうかと思った」
少女の声が、もう一度響く。戦場、しかもテロの現場という環境にあってあまりにも似合わないのんきなものだった。
ゆっくりと、振り向く。行政区からオルキスタワーに続く方向。二人の狂戦士──シャーリィ・オルランドとシグムント・オルランドが歩いてきた。
「どう、パパ? ハンドガンなんて久しぶりに使ったけど、なまってないでしょ?」
「ああ、及第点だ」
大した感傷もなく、狂戦士たちはギデオンであったものを睥睨する。
10秒ほどたって、ようやくカイトたちもまた目の前で起きたことを理解し始める。
ギデオンが殺された。逮捕し、
シャーリィ・オルランドによって。
「シャーリィ……オルランド……!!」
朦朧としてくる思考の中で、カイトに烈火の怒りが生まれる。
ロイドは、この時点ですべての出来事を察した。
赤い星座は黒月と同じ。帝国宰相──そして帝国の場合は皇族もか──を狙うテロリストを処刑するという依頼を帝国政府から受けた。
帝国系テロリスト《帝国解放戦線》はギデオンだけではない。ロイドとランディ以外の支援課メンバーは地下で、わずかな望みにすがって残りのテロリストを探していた。
同じように、赤い星座もシグムントとシャーリィだけではない。他の猟兵たちがこの場にいない。
間に合わなかった。そして、他のテロリストはギデオンと同じ結末を辿った。
その光景を幻視し、ロイドたちに方が震えた。
「何なんだアンタたちは……なんでこんな非道なことをっ!!」
それは、ロイドにとっての精一杯の訴えだった。それをシグムントは歯牙にもかけない。
「言っただろう、ビジネスだと。この件に関しては俺たちは帝国政府の正式な処刑人だ。一人たりとも見逃すわけにはいかん」
そして、やはり共和国側と同様に帝国政府からの委任状を持っている。
自治州法第十九条三項。帝国・共和国政府のクロスベルでの公的執行権は、これを認めるものとする。
先に確保出来ていれば、避けられていた結末。それを、自分たちはなせなかった。
その所業を幻視したのはロイドだけではない。ランディもまた、彼らの血族だからこそ容易に理解していた。だからギデオンを射ったシャーリィではなく、ランディにとって何より心の奥底を象徴するシグムントへ掴みかかった。
「──叔父貴ィィッ!!」
武器はなく、ただ素手で叔父の胸ぐらを掴みかかり、殴るでもなく罵声を浴びせる。
「なんで殺した!? なんで殺しやがったんだ!? アンタなら殺さずに無力化できただろうが!?」
シグムントはその全てを聞き終え──ランディという小さな生き物をその拳で打ちつけることで振り払った。ただひと呼吸だけだ。シグムントの体躯もあるが、それ以上にランディが弱すぎた。
「ランディ!」
苦しみ、なすがまま地に伏せられるランディにロイドが駆け寄る。
「処刑を請け負っただけのこと。それにこの程度の殲滅戦、貴様には珍しくもあるまい」
シグムントは、それだけ言ってカイトたちに背を向ける。亡骸さえ、気にしない。
「俺たちが悪だから、テロリストを殺されたと思うか? 違う。貴様らの力もない、知もない、地に足つかない弱い理想が招いたただの結果だ」
その言葉が、状況をよく理解していたロイドに重くのしかかる。
何も、言うことができなかった。
離れていこうとする二人の赤髪に、まだ諦めない少年がいた。
「ふざけるな……シャーリィ……ルランド」
「んー?」
シャーリィが、シグムントが緩慢に振り返る。そこには、いつ転んでもおかしくない千鳥のような足取りのカイトがいた。
「ああ、お兄さんか。どしたのー?」
「お前が……お前がギデオンを……」
銃を構える気力すらなく、初対面で感じた恐怖もなく、ただ近づくだけ。それだけしかできない。
「許さない……あいつには、ちゃんと罪を償わせて……」
「あはは、ごめんねー? でも仕事だからさぁ」
「……それでも……オレは」
先の戦闘でそれなりに血を流しているのも影響した。頭も回らず、口も回らない。まともな会話もできない。
それでも、その場にいる人間にとってはなぜカイトがシャーリィに近づくのかは明らかだった。
だからシャーリィは、ため息をついて。
「あのさぁ……」
カイトの視界が揺れた。ただでさえ朦朧としている意識の中。シャーリィに側頭部を殴られたとさえ、理解できなかった。
「遊撃士なんてお呼びじゃないよ。納得いかないなら実力で勝てば? 私を殺してさ」
────
次にカイトの視界に入ったのは、真っ白な天井だった。
「──」
ここはどこなのか。時間はいつなのか。自分は誰なのか。意識が起きたばかりの状況では、それを考えることすらできない。
10秒、20秒と時間がたち、ようやく思考せずに見当識が整ってくる。
日は昇っている。部屋の窓から太陽が見える。
上体を起こした。
「っ、痛……」
発生した痛覚に引っ張られ、左腕を見る。針が前腕部にあり、管が繋がれている。点滴だと理解した。
「ここ、病院か……」
病衣を来ていた。痛みのなかった右手を上げると、指先を挟んでいた医療用機材が外れる。そのまま頭へ指を這わせる。包帯が巻かれている。
「えっと、オレ……」
どうしてここに。
すぐに気づいた。病衣を着る患者として病院に運び込まれるようなことをしたと、記憶している。
病室──個室の扉が開かれた。
「よかった……目を覚ましたのね」
現れたのはセシル・ノイエスだった。当たり前だが看護服を来ている。そして彼女はカイトに近づく。それはよくアルスやシズクに見舞いに来る知人にではない、一人の患者への対応だった。
「セシルさん、オレ……」
「あ、まだ動かないで。少し我慢していてね」
言葉を返す暇もなく、あれよあれよという内にセシルは近づいてきて、そして持っていた医療用道具から体温計や血圧計を取り出してくる。
「ちょっと質問をさせてね。貴方の名前は?」
「……カイト。カイト・レグメントです」
「年齢や、出身地は言えるかしら?」
「18歳。リベール生まれです」
深く考える必要もない。正直に答える。やや顔が近くにあり、かつ豊満な胸があって少年の顔を赤くさせるが、そういった拷問は3分ほどで解かれた。
「……うん、意識も清明。脈拍も正常、少し低血圧だけど、危機的状態は脱してる」
ほうっと一息、セシルが柔らかい笑顔を浮かべた。
「ごめんなさいね、カイトさん。必要なことだから」
「えっと、それはもちろん。でも、オレ、どうしてここに……?」
「今主治医を呼ぶわね。細かい状況はそこで伝えることになるけど、そうね……」
セシルはナースコールを押しつつ答えた。
「貴方は出血多量で緊急搬送されたの。8月31日……通商会議の日の夕方に」
その後カイトの主治医やって来て、カイトの病状やここへ搬送された経緯を正確に伝えてくれた。
あの通商会議の日、赤い星座が去った時。カイトはシャーリィ・オルランドの殴打によって完全に沈黙した。
ロイドが警察関係者と連絡を取る一方、ランディは救急搬送を手配した。警備隊員や首脳の護衛陣にも負傷者はおり、軽重多くの負傷者の治療のために医科大学へ連れて行く必要があった。
ギデオンとの戦闘の厳しさもあり回復する暇もなかったカイトが、死者を除いては最も重症だった。タワーに詰めていた医療班の救急救命でも昏睡状態は変わらず、そのままウルスラ病院へ運ばれることになった。
挫傷、足の骨折、脳震盪、失血。それらがカイトの負った傷であった。
「──というのが君の状況だ。意識障害も改善、骨折もそうは言うが1リジュ以下のヒビ程度。後遺症などは残らないだろう。油断はするべきではないが、遊撃士であるなら重く捉えるようなことでもない」
「はい」
「今日は9月2日。1週間の療養で骨折の治癒を図り、点滴や食事療法で失った血液を戻す。それが治療方針だ。構わないね?」
「了解しました……」
丸1日昏睡していたらしい。ややぼんやりとした思考の中でそれを聞く。
「では、ここからはノイエス看護師に頼もう。君は病院の有名人だが、患者としてかかるのは初めてだろうからな」
そうして主治医は──セイランド教授は、そうして同席していたセシルを残して部屋を後にする。
「……教授、忙しいみたいですね」
カイトはなんとなしにそう言った。
セイランド教授。犯罪者となり命を落としたヨアヒム・ギュンダーの後任としてレミフェリア公国からやってきた女医だ。シズクやアルスの現在の主治医でもある。
「教団事件で病院もいろいろとあったからね……さて、カイトさん。改めていろいろ説明させてもらうわ」
患者としての説明を受けるのはセイランド教授の言うとおりである。
「──というわけで、食事はお粥から少しずつしっかりしたものに変えていくから、最初のうちは我慢してね」
「はい」
「それと、しばらくの間移動はこの松葉杖を使ってください。後でリハビリの先生が使い方を教えてくれるから」
「よかった。この年でいろいろお世話されるのは少し恥ずかしかったですし」
「うふふ。それと、遊撃士協会の人たちが貴方の荷物をその床頭台に置いてくれたの。だから、クロスベルに持ってきた荷物はそこにあるはずよ」
「あ、オレの制服は?」
「心配しないで、病院で洗濯してあるから」
諸々のことを説明されて、それだけで少し疲労感が出てきてしまった。
カイトは横になる。
「まだ無理はしないでね。さて……それじゃあ、私はこれで失礼するわ。何かあれば遠慮なく呼んでください」
「ありがとうございます」
「それとちょうど貴方にお客様が来ているから、このままお呼びしてもいいかしら?」
「え、あ、はい」
通商会議の戦闘から次には病院だ。遊撃士、警察や支援課、首脳陣や護衛陣など、多くの関係者と会話を経ずに来たわけで。
一体誰がやってきたのか、と思う。
その答えは数分後にやってきた。
『失礼するわよ~』
「あれ……?」
聞き覚えがあるのは確かだが、おかしい。クロスベルの関係者でも、ましてや通商会議の関係者でもない。
扉が開いた。そこにいたのは、特科クラスⅦ組のクラス教官サラ・バレスタインだった。
「ええ!? サラ教官!?」
予想外過ぎる人物の登場に、横向きになっていたカイトは驚いて飛び跳ねる。そして諸々の痛みにうずくまった。
「あら、意外と元気じゃない。心配して損したわ」
「いやそこは心配し続けてくださいよ、いてて……」
「ほらほら、担当教官をもてなしなさいな」
「いや動けませんから」
サラは近くの椅子に座る。そうして、包帯を巻かれている頭や点滴に繋がれている体を見て、息を吐いた。
そうしてサラはカイトの頭に手を乗せる。
「……まあ、本当によかったわ。無事で」
「サラ教官……」
少しばかり、心地のよい時間だった。
生徒と教官というだけではない。サラとカイトは遊撃士の先輩後輩という間柄でもある。
数分間、二人は沈黙を作った。
「……普段の自堕落っぷりを見なかったら憧れのお姉さんなんですけど」
「武術教練の補習、楽しみになさい」
「おお、こわ」
「ふう……それはともかく」
サラは佇まいを直す。
「さっきセシルさんって看護師さんから聞いたけど、目を覚ましたのはついさっきなんですって?」
「はい。通商会議の日からぶっ続けで眠ってたらしいんで、何がなんだかわからないんですけど……」
「一つ一つ説明してあげるわよ。私がどうしてここに来たのかも、ガレリア要塞のことも、会議のことも」
「……よろしくお願いします」
「ま、とりあえず横になりなさい。お姉さんの子守唄で寝ちゃわないようにね」
「あの、セシルさんを見習ってもらえます?」
「しばくわよ」
なんとも言えない空気の中で、サラのご高説が始まった。
────
激動の転換点となった8月31日。カイトを除いた特科クラスⅦ組はガレリア要塞にいた。
特別実習のスケジュールそのものは変わりなかった。28日から30日までA班はレグラム、B班はジュライ特区でそれぞれ通常の実習課題をこなし、そして30日午後に両班は合流してガレリア要塞の見学任務に就くことになった。
ガレリア要塞見学の2日目。テロリスト帝国解放戦線は要塞を襲撃。多数の戦車をハッキングすることで詰めていた第四・第五機甲師団を機能不全にさせた上で、列車砲を占拠した。
「……ギデオンの言った通り、本当に列車砲を起動させようとしてたのか」
「会議の場にGが現れたのよね。そこと連動してたみたいね」
やはり居合わせていたⅦ組が動かないわけがなかった。生徒たち、そしてサラはナイトハルト教官と協力し列車砲を抑えることになった。
オルキスタワーでも見られたような人形兵器や、そしてテロリストの妨害に苦難しながらも、最終的にⅦ組は二門の列車砲を奪還することに成功した。
「……オレ、みんなに命を救ってもらったんですね」
「ええ。他の子たちにも、せいぜい感謝しておきなさい」
クロスベルと帝国で連動した、鉄血宰相を討つための作戦。本当に危ないところだった。
ガレリア要塞でも正規軍から多数の死傷者が出た。加えて要塞内は阿鼻叫喚の様子となったため、その後処理に正規軍は奔走することとなった。
Ⅶ組生徒は聴取を受けたが、士官候補生ということもあり翌9月1日にはトリスタへ帰還した。だがサラは教官という立場もあり、ナイトハルト教官とともに事後処理に追われていた。
「君がぶっ倒れたなんて聞いたのはその時でね。生徒共々、そりゃもうひっくり返ったわよ」
「あはは……すみません、心配をかけまして」
ガレリア要塞での諸々を済ませた後、サラはトリスタへは帰らず翌2日──つまり今日の始発列車に乗りクロスベルへやってきた。
ちなみに今は2日の午前10時である。
「Ⅶ組の子たちについては心配しなさんな。当然負傷はしたけど、重症でもない。今頃学院で授業が始まってるでしょうよ」
「そっか……」
「トワも、というか帝国の通商会議随行団も昨日のうちに帝国に戻ってきたみたいね。トワもオリヴァルト殿下も無事。鉄血宰相も、まあ無事よ」
「そうですか、よかった──て、そうだ通商会議!」
カイトは再び跳ね起きた。
「姉さん、他の首脳たちは!? オルキスタワーは!? 会議そのものはどうなって……!?」
「どうどう、落ち着きなさい。傷に響くでしょ」
サラに制され、カイトは渋々仰向けに戻った。
「少なくとも君が心配するようなことは起きてないわ。大事なお義姉さんも無事よ」
「そっか……」
「でも、それだけじゃないわ」
「え?」
サラの顔が、いくらか張り詰めたものになる。
それは教官が生徒に教えを説くのではなく、遊撃士が仲間に伝える緊迫感のあるものだった。
「心して聞きなさい。通商会議は文字通り、時代の転換点となったから」
私自身も又聞きだけど、と言いつつサラは話しを進めた。
テロリスト帝国解放戦線は赤い星座により全員が処刑された。そしてテロリスト真なる優士団は黒月によって全員が拘束された。
クロスベルの独立性を少なからず重視する人間にとっては心苦しい結末となったが、少なくともテロリストたちが狙う要人暗殺は防がれ、テロリスト以外では負傷者は出たものの死者はなしという結果でもあった。
市内の爆破テロは終息し、オルキスタワー前の火事もまた周囲に広がることなく鎮火した。
オルキスタワー1階と35階の物的被害は尋常でなく、現在は工事関係者や警察関係者、警備隊関係者が昼夜問わず復旧作業に励んでいるらしい。
首脳陣の動向だが、ガンシップでミシュラムに避難することとなった。赤い星座と黒月によるテロリストへの対処、そしてカイトたちによるギデオンの討伐によって、割合早い時間には市内とタワーの騒動も落ち着いた。
そうして会議を終え、首脳陣及び随行団は全員翌日に帰国することとなった。
だが、サラが言うところの『時代の転換点』は、テロ終息後ミシュラムの迎賓館で開かれた会議の続きにあった。
テロが起きる直前に話し合われていたクロスベル警備隊の処遇、テロによって実際に暴かれた──利用されたクロスベルの安全保障の脆弱性。それらを利用し、ミシュラムでオズボーン宰相とロックスミス大統領はディーター市長、マクダエル議長に選択を突きつけたのである。
それに対するディーター市長の返答内容をサラはカイトに告げた。
そして、カイトはその言葉を反復した。
「『
「ええ」
「……そんな冗談を」
「冗談だと思う?」
「……」
何も言い返せないカイトに対し、サラは雑誌を渡してきた。
「はい、今朝市内で買ってきたばかりのクロスベルタイムズの号外。読んでみなさい」
初めのページから全てを読む余裕もなく、サラが示した場所──つまり通商会議終盤の成り行きだ。そこにはディーター大統領による声明がもれなく伝えられていた。
『我々はもはや、他国の思惑に振り回されるわけにはいきません』
『周辺地域の、いや大陸全土の恒久的な平和と発展のためにも』
『わたしはここに、市民及び大陸諸国に対し、
「……マジ、ですか」
雑誌を閉じ、カイトは魂が抜けるのを辛うじて抑えて、そしてサラを見た。
「大マジ、よ。信じがたいことにね」
2人して、わずかな沈黙に身を委ねる。
クロスベルの国家独立。クロスベル自治州民でない、立場上は部外者であるカイトは考えたこともなかったことだ。
帝国と共和国を宗主国に持つことで、その立地条件も相まって経済的な繁栄と民族的な隷属を強いられてきたクロスベル。自治州が独立すれば、確かに解決する問題もある。
だが、それは茨の道でもある。二大国の
何より、独立という選択そのものを帝国と共和国は許すのか。
当然、『クロスベルの国家独立』はまだディーター市長が提唱したのみで、決定したわけではない。
いずれにせよ、クロスベルは更なる困難を抱えることになった。
「……」
クロスベルで修行をし、特務支援課に可能性を見た。教団事件を経て、クロスベルは良い方向へ進むのだと、そんな幻想を抱いてしまっていた。
その結果が今なのか。
呆けていると、サラが手を叩く音が聞こえてくる。それでカイトは現実に戻ってきた。
「言葉にならないのも分かるわ。時代の転換点を前にして、為政者でない私たちは振り回されるだけかもしれない」
「それは……」
「でも、それだけでいいの?」
サラの言葉にはっとする。
先月。帝都夏至祭の後、クレア大尉も交えて話した状況が重なった。
「君には遊撃士であり士官候補生であるという立場と、各国で得てきた経験がある。例え化物たちに叶わなくとも、確かに培ってきた実力がある」
「……」
「悩んでばかりじゃいられないんじゃない?」
「……そう、ですね」
確かに、Gたちテロリストを生かしたまま拘束することはできなかった。それは苦々しい体験だ。
それでも、確かに自分の手で守れたものもある。
クローゼを守った。オリビエと共に通商会議を駆け抜けた。
それは確かに、自分の誇るべき成果だ。
苦しさは、次のための糧にすべきだ。
そして明日への鼓動となる活力は、守れた誇りと、助けられなかった苦しみだけではない。
──怒りにも似た、使命感がある。
「それとサラ教官。ジェスターどころじゃない……本物の猟兵を見ました。赤い星座。シャーリィ・オルランド、シグムント・オルランドを」
「ああ、そうだったわね。ある意味、最も肝が冷えたわよ」
「教官は遭遇したことはありますか?」
「ええ……大小、いろいろな団とかち合ったわ、赤い星座ともね」
サラもまた元A級遊撃士。それだけの経験がある。
「
「甘かった。ただ太刀打ちできないだけじゃない。住んでいる世界そのものが違って……その精神の前じゃ、オレの実力だけじゃ説き伏せるどころじゃなかった」
帝国。共和国。赤い星座。黒月。結社。
それらの巨大な力に、自分の力を持って抗うために。
カイトは、例え動けない姿勢であっても、真っ直ぐにサラを見つめた。
「もっと、強くなります。自分の決めた目標を、自分がそうあるための正義を貫くために」
「うん、よろしい」
サラは立ち上がった。
「君の元気な姿も見れたことだし、私はトリスタに戻るわ」
「……ありがとうございました、教官。励まされました」
「ふふん、素敵なお姉さんの面目躍如といったところかしら」
流石に少し申し訳がなくて、冗談は言わずに含み笑いを返すだけにとどめた。
「細かい報告は帰ってからでいいわ。まずはしっかり休みなさい」
「はい」
サラが部屋を後にする。
再び一人となり、カイトは呑気に天井を見る。
サラが置いたままにしたクロスベルタイムズもあるが、今は見ようとする気分にはなれなかった。
目が覚めたばかりだ。まだ体力も戻りきっていない。話し相手がいなくなって、早々にまどろみがやってくる。
「……」
なんとか。右手を上げる。
銃はない。指先で銃を作って、天井へ向けて、そこにいもしない敵へ向けて、引き金を引く。
西ゼムリア通商会議。
いろいろなことがあった。
大陸の、時代の転換点となった。
故郷の大切な人たちと、盟友たちと、仲間たちと戦い抜いた。
救えなかった敵がいた。
打ち克つべき存在がいた。
(……次は、負けない。シャーリィ・オルランド)
彼女だけではない。自分の常識を覆した、恐るべき敵たち。シグムント・オルランド。赤い星座。
それらを胸に抱えて、少年は眠りについた。
長かった第11章。通商会議編、終了。手応えと悔しさを噛み締めつつ、ゼムリア大陸はさらなる佳境へ……
次回、
『12章 鋼鉄の咆哮を求めて』
『73話 束の間の青春』
※来月は日曜投稿予定です。