73話 束の間の青春①
9月9日。カイトはウルスラ病院を退院した。
通商会議で発生したテロによる負傷を癒すための入院。
それなりの病状ではあったが、3日もすれば血液も戻ってきて、1週間もすればわずかな骨折のヒビも消えた。
しばらくの活動制限は主治医であるセイランド教授から厳しく注意されたが、日常生活には問題ないとのお墨付きも得た。
入院中も制限はあったが、なんだかんだで暇にはならなかった。変わらずシズクやアルスに会いに行ったりもして、アリオスたち遊撃士やロイドたち特務支援課も見舞いに来てくれた。
ある意味充実した入院生活を過ごしたが、本来9月1日にはトリスタへ戻って2日からは授業の予定だった。クロスベルで遊び続けるわけにはいかないのだ。
退院後は各所へ顔を出す時間もなく、帝都行きの列車が出発するまでの数十分しか市内に繰り出す時間はなかった。
本来ならば
ウルスラ病院を出発した時間も相まって、トリスタへ到着した頃にはもう夜になっていた。
第三学生寮の扉を開ける。
「カイト様。お帰りなさいませ」
「シャロンさん、ただいま戻りました」
6月からではあるがもはや当たり前の光景で、管理人のシャロンが出迎えてくれる。
そしてカイトが持っていた鞄を取ろうと手を出してくる。
「そんな、悪いですよ」
「そういうわけには行きませんわ。サラ様からカイト様の体調についてお聞きしています。どうかご無理なさらず」
「うーん、それを言われると」
さすがのメイドである。あれよあれよと、カイトの身ぐるみを剥いできた。
「会議では冬服を使われたとお聞きしていますが」
「あ、鞄の中に入ってます。戦闘もあって盛大にほつれちゃって」
「では、私めにお任せを。来月使う時のカイト様の体格に合わせて調整しますわ」
「あはは……」
何故自分の体格に、しかも1ヶ月後に合わせて調整できると言えるのかにはもう突っ込むのは考えるのも面倒くさかった。
「他のみんなは?」
「食堂でお夕食を召し上がられています。既にカイト様の配膳も済ませてあります。どうかそのままお入りください」
「だからどうしてわかるんです?」
久しぶりの夏服で、カイトは食堂の扉を開いた。
既に夕食を食べ始めてしばらく経っているようで、リィンやエマなどは落ち着いて話し込んでいる。
彼らが扉を開いた主に目を向け、カイトが入ってきたとわかるや目を大きく見開くことになった。
「カイト!」
「カイトさん、お帰りなさい!」
リィンとエマが駆け寄ってくる。それで他のメンバーもまた気づき、驚きや安堵や、そして歓迎の声が漏れてくる。
「ただいま、みんな」
「よく帰ってきてくれた……!」
そう言うのはリィンだ。エマの態度も同様で、入院の経緯もあり相当に心配をかけてしまったらしいとわかる。
「あはは、この通りさ。無事に帰ってきたよ」
「大怪我を負ったって……! 私たち全員、この1週間気が気でなかったんですから」
そう、エマが。声をかけずとも同じ気持ちだとでも言うように、アリサやガイウスやエリオットが頷いている。マキアスやユーシスも、少なくも気にはしてくれていたらしい。
「あはは、おかえりカイトー!」
「ぐぇっ……!」
リィンとエマの間を縫うように、カイトにそれなりの強さの衝撃が腰に襲いかかる。ミリアムだ。少しえずいてしまった。
「ミ、ミリアム……」
「会議どうだった? ミシュラムで遊んだ? お土産ないの~!?」
「こ、こらミリアム」
若干怒り気味のリィンがミリアムを引き剥がしにかかる。が、ミリアムもそう簡単には離れない。
「オミヤゲオミヤゲー! フィーもやってるし離れないー!」
と言って、カイトは遅れて気づいた。ミリアムの反対──カイトの後ろから同じようにフィーが顔を埋めていたことに。
「フィー」
カイトが声を掛けるも、フィーは動かない。表情も見えず、そのままでいる。
「あ、こらフィーちゃん……! 食べてる途中なのにそんなことしたらいけませんよ……!」
エマがたしなめた。確かにフィーは顔を見せてはいないのだが、口をモグモグと動かしていた。まだ口の中に入っていたのか。
珍しい少女の行動。
数秒後、口の中のものを飲み込んでからようやく、一言だけ呟いた。
「……心配した」
「……ごめん、心配かけた」
見舞いに来てくれたサラのことを思い出して、カイトはフィーの頭を撫でた。
そして少し遅れ、さらにカイトの頭に手を置く人間が一人。
「まったく。女子一人泣かせるたぁ罪深い男になったじゃねぇか」
「クロウ」
久しぶりの不良青年だ。トワとのことで少なからず心に引っかかっていたクロウ。カイトにとっても懐かしく、ただ名前を呼ぶだけになる。
「へ、やーっと『先輩』じゃなくなったか」
「ようやくね。ちゃんと約束は果たしてきたよ」
「ああ……お疲れさん」
今度はクロウとハイタッチ。同時、ようやくフィーがカイトの腰から離れた。
「今更だけど、みんな集まってるんだな」
「サラ教官が、そなたが今日帰ってくると教えてくれたからな。皆で出迎えようと決めたのだ」
ラウラが声をかけてくれた。胸中は全員同じか。
「ありがとう、みんな」
万感の思いで、カイトは告げる。
「C班カイト、帰ってきたよ」
全員から、異口同音の言葉が返ってきた。
それからカイトは席に座って、シャロンが用意してくれた夕食を食べる。
シャロンが来て食堂の利用率が上がったとはいえ、全員が一堂に夕食をとるのは珍しい。食べ終えたら気ままに部屋に戻ることもある。けれど今日ばかりは、特別実習の報告とカイトの慰労を兼ねて、夕食を食べ終えてもそのまま食堂に残ってくれていた。ユーシスまでもがそのままでいる。カイト自身の体調も若干心配はされたのだが、仲間たちはカイトの様子を見て安堵する。
「──というわけで、なんとか列車砲の起動を止めることができたんだ」
レグラム・ジュライ特区のそれぞれの班の動向もさる事ながら、やはり気になるのはガレリア要塞での顛末だ。リィンを中心となって帝国解放戦線との戦いを教えてくれた。
食べ物を一度飲み込み、カイトは答える。
「……改めて、みんなには感謝しなきゃならないな。本当に」
「そ、それは僕たちこそだよ。オリヴァルト殿下たち……いろんな人を守ってくれたんだから」
エリオットの言もまた事実だった。
ちなみに現状はカイトが食べ終えていないので聞くに徹している。
ガレリア要塞において、列車砲を占拠した幹部はSとVだった。どちらもⅦ組そしてサラとナイトハルト教官によって抑えることに成功した。
だが拘束することは叶わなかった。幹部二人はCが乗っていた飛行艇によって脱出することを許してしまった。そして逃げられなかった他のテロリストたちは全員が自決したのだという。
「そうか……」
少し目線を落とすカイトに対し、マキアスも歯切れが悪い。
「君も……クロスベルでいろいろあったんだよな」
幹部伝手でギデオンの最期を聞かされたらしい。情報は全員が知っている。
列車砲の発射は阻止できた。クロスベルのテロも目的は達成させず、少なくとも幹部の一人やその他のテロリストたちの戦力は削ぐことができた。
それでも、帝国内の緊張感は下がるどころか上昇の一途をたどっている。
帝国政府はテロリスト対策の名目で鉄道憲兵隊の哨戒を大幅に強化しており、貴族派もまたテロリストに備える名目で領邦軍の軍備を増強し始めている。夏至祭から通商会議までのこの1ヶ月で、帝国解放戦線は単なる革命家気取りの集団とは言えなくなったのだ。
夕食を食べ終え、カイトもまた自身の経験を報告する。
通商会議そのものの流れ。クロスベルの現状。テロリストとの攻防にGの最期。
そしてクロスベルの独立宣言。
Ⅶ組の全員が沈黙していた。
「カイトが以前話してくれた、ノルドと同様の地理関係を持つクロスベル……先月から意識して情報を集めてはいたが、現場は予想以上だな」
珍しくガイウスが戸惑った声色だった。カイトに影響されてか、リベールやクロスベルのことを知ろうとしてくれているのは嬉しかったが、それが少しマイナスの方向に働いてしまった。
「……オリヴァルト殿下の計らいで潜り込めた通商会議。でも起きたことは、他人事ではいられないようなことばかりだった。オレたちは間違いなく、激動の時代の最中にいる」
通商会議、そしてガレリア要塞。そのどちらも、少しでも《何か》が変われば大陸の情勢図そのものが変化していたはずだ。Ⅶ組全員がその変化に対して楔を打ち込むことになった。
「特に帝国の重鎮の関係者が多いオレたちⅦ組だけど……帝国の、いや大陸の情勢と無関係じゃいられなくなったと思う」
「……まあ、道理だな」
ユーシスが珍しくカイトの意見に同調してきた。
「そもそも帝国そのものが、大陸の情勢に対して重要な位置にいる。俺は大貴族に属する。レーグニッツは帝都知事の息子。そしてアリサはRFグループの関係者だ」
「そうね……落ち込むわけじゃないけど、RFの飛行艇がオルキスタワー前をめちゃくちゃにしたわけだし」
それぞれ思うところはある。
そして、カイトにとっては新たな決意がある。
「……帝国のことを知りたくてトールズに来た。でも、知るだけじゃだめだ。もっと強くなりたいって思った」
カイトは頭を下げる。
「だからみんな……改めて、よろしく頼む」
カイトは、Ⅶ組の中ではお調子者の部類に入る。最近ミリアムとクロウが編入したとはいえ、カイトの立ち位置は変わっていない。
そんな少年が紳士な態度で頭を下げたこと。
「ああ、頼まれた。俺たちは仲間だ」
いの一番に答えてくれたリィンの言葉。カイトの脳裏にロイドの言葉が重なった。
「一緒に頑張ろう。世の礎たることを、証明できるように」
────
そうして夕食が終わり、徐々に徐々にⅦ組メンバーが自室に戻っていく。
カイトも同様で、加えて長時間の列車移動もあって早々に部屋へ戻ることになる。
マキアスとユーシスがチェスをしたり、クロウとエリオットがカードゲームをしたり、フィーとラウラが勉強をしたりと残るメンバーもいた。彼らに声を駆け、カイトは階段を上る。
そして自室に入った。シャロンが鞄を部屋の中に入れておいてくれていた。
汗を流すのも少し面倒くさく感じて、カイトは制服のままベッドに仰向けに倒れこむ。
「はぁ……」
明日からはまた学生生活だ。忙しい毎日がやってくる。
感傷に浸る間もなく、扉をノックする音がした。
「はーい、今──」
開けるよ、と言い切る前に強引に扉が開かれた。
「うぇ!? なに!?」
トリスタに戻るなりいきなりの歓迎である。驚いて跳ね起きると、ちょうどアリサが遠慮もなにもなく部屋に入ったところだった。
「え、え? アリサ? なに!?」
年頃の学生なので馬鹿騒ぎをすることもあるし、カイトが誰かの部屋に行くことも、逆に誰かを部屋に招くことは男女問わずあった。
が、アリサがカイトの部屋へ来たことは入学以来始めてのことだった。
「覚悟はできているのかしら、カイト?」
「なにが!? なにがっ!?」
「こういうことです」
今度はエマが入ってきた。エマは勉強やらなんやらで部屋にいれたことはあるが、いかんせんシュチュエーションが謎すぎる。
女子二人に気圧され、カイトは後ろに下がった。足がベッドに引っかかり、腰が落ちる。
仁王立ちする女子二人カイトはさらに恐怖を覚える。
「カイトさん」
「は、はいっ」
「カイト」
「はい!」
生唾を飲み込む。Ⅶ組女子はもれなく端正な顔つきで魅力的なのだが、今のカイトは逆光の中で光るアリサの瞳とエマの丸眼鏡に怯えるばかりだ。
そして二人が口を開いた。
「アリスさんへのプレゼントは」
「どうなったんですか!?」
「…………へ?」
全くの、全くの予想外の話題だった。
沈黙。二人の様子は変わらない。
「…………へ?」
もう一度素っ頓狂な声を出してみた。圧は変わらない。
「……へ」
もう一度試す。心なしか負のオーラがにじみ出た。
退路はない。
「はい、話します。話しますから少し下がっていただけると……」
「まったく、いいから話しなさいよね」
アリサがため息を吐いた。
少しだけ柔らかい雰囲気になったけど、それでもめちゃくちゃ怖かった。
女子二人を自分のベッドに座らせ、逆にカイトは机とセットの椅子を引っ張り出し、向かい合う。
そしてクロスベルに持っていった鞄をまさぐる。
「……あのさ、二人共」
「何かしら?」
「何でしょう?」
「オレ、一応病み上がりなんだけど」
「そうね。でも話すくらいなら大丈夫でしょう?」
「明日から授業に復帰するし、早めに休みたいなーなんて」
「うふふ、カイトさん」
「ごめんなさいもう言い訳しませんので」
怖すぎる。Ⅶ組の絆に少しヒビが入るぞ。
カイトは、それを取り出した。
「……これです」
おずおずと、カイトはそれを取り出した。
手提げの紙袋に商品を入れる形でよかった。ラッピングされていたら自分で何を買ったのか赤裸々に語らなければならなかった。
アリサが、カイトがカイトが買ったものをまじまじと見つめる。そしてエマと二人で呟いてくる。
「『みっしぃバスソルト』……」
「『君の浴室にみっしぃがやってきた! ボトルを開けばミシュラムレイクビーチのような香りが待っているヨ!』……」
「お願いだからやめて……」
死にたくなってきた。
数秒、少女二人はまじまじと商品を見つつ答えた。
「まあ、いいんじゃない?」
「『まあ、いいんじゃない』ほど怖さを煽ってくる言葉もないんだけど」
「でも、安心しました。カイトさん、こういうことには疎いかと思っていたので」
「委員長ひどい……」
「うふふ、ごめんなさい。でも、入院でトリスタに帰ってくるのが遅れてしまったのは誤算でしたね……」
元々一週間早くトリスタに戻る予定だったのだ。目論見は早々に崩れ去った。オリビエがアルフィンを通して伝えてくれていることを願うばかりだ。
「まあ貴方もクロスベルでいろいろあったわけだし、仕方ないでしょ」
「カイトさん、クロスベルでプレゼントを買う時間はあったんですか?」
「元々会議の次の日に買う時間があるはずだったんだ。けど知っての通りテロだ入院だで時間がなくて……今日クロスベルを出発する前の30分ぐらいだよ」
会議前日にクローゼと観光してましたと言ったら殺されそうなので、こればかりは誰にも話していない。
「次の自由行動日、帝都に行ってくるよ。せめて渡すだけ渡さないと」
「それがいいですね。楽しみです」
「委員長、流石にもうついてこないでよ?」
「うふふ」
「怖い」
「冗談です。フィーちゃんのお勉強を見なければならないですし、文芸部の活動もありますので」
「私も用事があるから、余計なお節介はしないわよ」
「よかった……」
心底安堵したカイトであった。8月末の出来事は下手をすれば学院生活でトップレベルのトラウマだ。レベルの高い学院の補講を受ける方がまだマシだった。
「ところでカイト。どうやって渡すの?」
「え? どうやって渡すって、普通に渡すけど」
「失格」
「わけわかんねぇ……」
「カイトさんはダメですね。リィンさんのことをとやかく言えませんよ」
「オレモウシンジャウ……」
やいのやいのと言いつつ、その後もしばらくはアリサとエマの玩具にされるカイトであった。
次の日から、再びカイトにとっては忙しい日々が始まる。
約一週間授業の遅れがあった。補講を行うには微妙な期間で、クラスメイトの助けを受けて授業の遅れを取り戻していく。
10日、11日と日々を乗り越え、9月12日の自由行動日。
カイトはアリスとの約束を果たすため、再び帝都の聖アストライア女学院にやってきた。8月末にアリサに半ば強制させられたアリスとの対面。そこまでの緊張ではなかったけれど、わざわざ学生服で手提げ袋を持って女学院に赴くのはなかなかに勇気のいることだった。
けれどそこでカイトを待っていたのは、まったくの予想外の出来事だった。
「アリスが休学した……?」