9月15日。
カイトの帰還から一週間が経とうかという日。普段の授業の忙しさとは打って変わり、午後のスケジュールは特別
学院らしくHRがないわけではないのだが、基本的には毎日の朝夕のそれだけだ。9月からはHRの頻度が跳ね上がっているのが最近のトールズの恒例である。
話し合うことは一つだけ。
クロウとミリアムも加わった、全十二人のⅦ組。クラス委員長エマと副委員長マキアスが教卓と黒板を陣取り、来月行われる行事について話し合われている。
黒板には、大きくその行事名が書かれていた。
《第127回 士官学院祭》
「それでは、皆さんから具体的な案を募りたいと思います」
エマが仕切る。
士官学院祭は、読んで字のごとく士官学院が主催する、年に一度の学校行事だ。主に生徒が中心となって企画を募り、屋台に出し物に講堂のステージ企画と、学校祭の王道のようなものも許される。
トールズでは主に一年生がクラスごとに企画するのが主で、あとは二年の有志や各クラブが企画を出すこともある。
そして、主要な企画に対しては来場者によって投票がなされ、その人気を争われる。
「開催日程は10月23日・24日の二日間です。出し物などの設置準備は21日の午後からになります。その前までに入念な準備が必要ですから、なるべく早めに決められるといいですね」
「展示、イベント、ステージ、飲食店舗……そういったものが代表例だが。そうですよね? クロウ先輩」
エマの語りにマキアスが補足した。エマは基本誰に対しても敬語なのだが不良青年を『クロウさん』と呼ぶようになった。9月になって唯一人先輩に対しての態度を崩せないマキアスである。
「ま、単なる展示なんざどのクラスもやらんと思うけどな。なんつーか、それをやったら学生として負けってカンジ?」
恐らく最も学生を謳歌しているクロウの発言には、誰もが呆れざるを得なかった。
「まあ、まずはみんなでアイディアを出しましょう。何でもいいので、思いついたものから言ってくださって結構ですよ?」
エマが柔らかく言った。5秒ほどの沈黙が走った。
「飲食の模擬店は?」
「出し物にもよりますね、アリサさん」
「遊撃士体験」
「それはちょっと個人的感情がすぎるだろ、カイト」
「それじゃあ、学生体験」
「君ら似た者同士か……それは学院全体のことだ、リィン」
「お化け屋敷とか?」
「やだ、エリオット、ボクはやだよー!」
「メイド喫茶!」
「却下です、クロウ先輩」
「ねむい……」
「フィ、フィーちゃん……」
「学院祭には子供も来る。机を使って遊戯道具にでも変えてしまえ」
「君にしては珍しくまともな意見だな、ユーシス」
「フン」
「皆で模擬試合はなどはどうだ? このクラスならば迫力もあろう」
「ラウラさん、それはちょっと危険ではないかと……」
「故郷の祭り事では舞踊をすることが多かったが、そういったものはどうだ」
「ガイウス……まともな意見をくれて僕は嬉しいぞ」
「メイド喫茶!」
「クロウさん? 許しませんよ?」
次々に案が放たれるのだが、あまり現実的でないものが多い。
それでもせっかくの意見なので無碍にするわけにも行かず、マキアスは少し愚痴を吐きながらもそれぞれ黒板に書いていく。
「君たちなあ、もう少し真面目に考えたらどうだ?」
「おいおい副委員長、学院祭に真面目さを追求してどうするんだ」
「先輩みたいな破廉恥な案しか出さない人に言われましても」
「そんなこと言うなよ。おい男子ども、見たいだろ? メイド喫茶。ドキドキするだろ? 委員長ちゃんの──」
アクアブリード、エアストライク、ソウルブラーが同時にクロウに向かって放たれた。クロウは教室の後方まで吹き飛ばされ、沈黙した。
魔法を放ったアリサ、ラウラ、エマは我関せず話し続ける。
「他のクラスももうすぐ決まろうかというところですし……」
「聞くわけにはいかんな。そうだ、他のクラスではなく、他の学校だとどうなのだ?」
「そうね……ルーレには工科大学があるけど、あそこは専門性が高すぎる人たちの巣窟だし」
アリサは手を叩いた。
「そうだ、リィン。妹さんとの手紙で何か話してない?」
とたんリィンが饒舌になる。
「女学院は貴族子女も多いからな。むやみやたらに過激なことをさせるわけにはいかないんだ。火を使わない調理、歌唱が多いらしい。あとはこの前の夏至祭でフリーマーケットをしていたな。エリゼは──」
「はい、どうも。次はカイト」
アリサが容赦なく話の腰を折った。
「リベールで何かなかった?」
「ああ……そういえば、孤児院の近くに王立学園があってさ。学園祭もあって、弟たちを連れてよく遊びに行ったよ」
クロウを除く全員がカイトに目線を向けた。
エマが聞いてくる。
「何か、参考になりそうなものはありませんか?」
「そうだなぁ突飛なものはなかったけど──」
いや、あった。超弩級の印象を叩きつけたイベントが。
「……男女逆転劇」
『はい?』
「だから、男女逆転劇。男子が女性役を、女子が男性役を演じてさ。しかも
「な、なかなか凄いことをするな……」
ラウラが少しコメントに困っていた。
「……それは笑いものではなかったのか?」
ユーシスが聞いてくる。そんなことをしたら劇のクオリティはどうなると言いたいのだろう。
「それが、ヒロインのセシリア姫を演じたのがオレの親友だったんだけど。これが似合うのなんの。ブロマイド撮られてたぐらいだし」
遥かリベールから離れたここでなら暴露しても構わないだろうと、カイトは呑気に考えた。まさかⅦ組とヨシュアが接触することもあるまい。
「で、主役のユリウスをオレの同僚が、オスカーを姉さんが演じた」
「クローディア殿下が?」
エマが驚く。報道で流れる情報だけでは深窓の令嬢のように見えても仕方ないか。
「二人共剣の経験者だよ。クライマックスの迫力は凄かった」
まあヨシュア以外の女性役はなかなかすごかったけど、とカイトは笑った。
「……でも、なかなか面白いね。ちょっとやってみる?」
眠気から脱したらしいフィーが言った。絶対に面白がっている。主に男子が演じる方向性について。
「アハハ、ラウラだったら絶対剣士役が似合うもんねー!」
「ミリアム、嬉しいが私に演劇の才能はないぞ」
「それに、その場合メイン役は誰がするのよ……」
アリサが男女逆転劇を想像して呻いた。間髪入れずユーシスが。
「カイトとエリオットが適任だろう」
「却下だ!」
「却下だよ!」
話しは平行線からまったく進まない。誰かが話せば誰かが茶化してくる。まともな意見を、しかも実用的な意見を出したのはガイウスくらいだった。
ほとんど全員が集中しきれていないのには、理由があった。
今日は士官学院の理事会が、学院会議室で開かれているのだ。
理事会の舵を取るヴァンダイク学院長に、理事長であるオリヴァルト皇子。
そして常任理事であるルーファス・アルバレア、イリーナ・ラインフォルト、カール・レーグニッツ。彼らがこの学院に来ている。そして今まさに学院の運営方針について話し合われているはずだ。
学院生徒の学力、部活動の実績。来期の学院の運営方針。
そしてそれだけではない。魔導杖やARCUSの運営方針、何よりⅦ組の今後の運営方針も、恐らく話し合われている。
理事の血縁を持つユーシス、アリサ、マキアスは気が気でなかったし、その他Ⅶ組メンバーもまた無関係ではいられない。
「先月の実習のことを考えれば、特別実習そのものが中止になったとしてもおかしくないしな」
とマキアス。それだけでなく、マキアスはカイトにも流し目を向けてくる。
「ガレリア要塞もそうだが、クロスベルではさらに死にかけたわけだしな」
「……返す言葉もない」
「未だに実技教練は不参加だし。いつまで?」
とフィー。
「……実習までには復帰してみせるよ」
「いずれにしてもだ」
ユーシスが机に肘をかける。貴公子らしい態度が目立つ彼にしては、少し鬱屈としている様子だ。
「勝手なカリキュラム変更など納得できるか。その判断に身内が絡んでいるとなればなおさらだ」
ガレリア要塞にせよ、通商会議にせよ、その危険さは今までの非ではなかった。Ⅶ組の名目はARCUSの運用にある。主体性を求めるというオリビエの思惑はあるにせよ、学生に似合わない危険が毎度襲いかかってきたらそれは実『習』とはいえないわけで。
クラスメイト間の不和も解決し、新たな仲間も迎え入れ、佳境を超えて結束力はさらに強まった。だからこそ、仮に今月の特別実習が中止になるならそれは納得できないし、その処遇が分からない以上学院祭の企画どころではない。
実際、実習に行くかどうかで学院祭のための準備期間も変わってくる。
集中できるわけがない。
「はいはい、シャキっとしなさい」
扉を叩く音。サラが現れた。
「教官、どうしてここに?」
「そりゃ担当クラスだから当たり前でしょ……というのは置いておいて、理事会が終わったから来たのよ」
特別実習の担当でもあるサラは、理事会にも出席していた。元々このHRは生徒だけで行う予定だったが。
それ以上に気になるのは、サラが聞き届けた理事会の結果だ。
サラは笑う。
「君たちの父兄はどうもスパルタみたいね。全会一致で特別実習の継続が決定したわ」
その言葉に、生徒たちは互いを見る。
特別実習は継続される。
叫ぶとか、ハイタッチだとか、行動に出るわけではない。
けれど間違いなく、Ⅶ組の全員が喜びをかみしめた。
サラもまた、その様子を見て嬉しそうにニヤリと笑って、続ける。
「皇子殿下や理事の方々はそろそろ帰られるそうよ。まだ授業中だけど、許可するから挨拶してきたら?」
理事の親族だけではない。オリビエには全員縁がある。サラの許可を得て、Ⅶ組全員が続々と教室を後にする。
サラは扉の縁に寄り掛かったままその様子を見届けて、今度はふっと柔らかい笑みを浮かべた。
「まったく、成長したと思ったら子供らしい一面も見せちゃってまあ」
ガレリア要塞で生徒たちを導いた。一人の生徒の入院に際してクロスベルまで駆けつけた。
それぞれ、大人びた印象を得たものだ。背格好は子供でも、立場がなくて拙い力でも。その中でなせることをなそうとする、オリヴァルト皇子が望み、サラも嬉しくなる資質を見せてくれた。
「これからも頑張りなさいよ」
廊下の端に消える生徒たちを見届けて、そう呟くのだった。
「……それはそれとして」
サラは教室の後方へ目を向ける。
「クロウ、アンタなに死んでるのよ」
「……サラ……助けて、くれ……」
────
学院の本校舎を出てると、サラが教えてくれた通り理事長と理事三人が導力車に乗り込もうとしているところだった。
ルーファスにユーシスが。イリーナ会長とシャロンにアリサが。レーグニッツ知事にマキアスが近づいていく。
肉親との話しを邪魔したいとも思わない。他のクラスメイトはオリビエのそばへ近づく。ちなみにクロウはまだいない。
わけても先頭を歩くカイトに対して、オリビエは感慨深く目を細めた。後ろにはミュラーも控えている。
「……よく戻ってきてくれた」
「あはは、心配をおかけしました」
「元はといえば、君を誘ったのは僕だからね。君に何かあったら、クローディア殿下に顔向けできない」
「……オレは死にませんよ」
二人だけの会話。クラスメイトは二人の関係性を理解して、話に割り込んでは来ない。
「……ありがとうございます。オレがまだまだ弱いってことを知れた。自分の道のために、やらなきゃならないことがたくさんあるってわかった」
「カイト君……」
「通商会議へ誘ってくれたことも。トールズに推薦してくれたことも。オレの血肉になります」
「そうか……ありがとう、首脳たちを守り抜いてくれて」
オリビエは、カイトのみならずリィンたちにも話しかける。
「君たちにも、夏至祭に続き助けられたよ。あやうく宰相殿と一緒に女神の下に召されるところだった」
「……ご無事で何よりでした」
リィンが返す。
「カイト君から聞いたかもしれないが、会議の方はいろいろあってね。宰相殿と大統領にしてやられたよ。まあ、それをクロスベル市長がさらにひっくり返したわけだが」
ラウラとフィーが。
「クロスベルの国家独立か」
「正直、現実味がないけど──」
クラスメイトたちだって、Ⅶ組の産みの親であるオリビエとは話したいことがたくさんあるはずだ。
カイトは、オリビエとミュラーと会話を続けるクラスメイトからそっと離れ、そうしてもう一人目的とする人物へ向かった。
「お久しぶりです、ルーファスさん」
「君は……カイト君」
カイトにとっては本当に懐かしい再会だった。ユーシスと兄弟の会話をしているところ悪いとは思ったが、落ち着いたところを見計らって話しかけた。
出会ったのは二年近く前。カシウスの依頼によって準遊撃士でありながらジン・アネラスと共に帝国を旅することになった。その初日、バリアハートのオーロックス砦でルーファスに助けられた。
平民の突然の突貫に対しても、ルーファスは笑った。やはり優雅な貴公子であった。
「懐かしい再会だ。我が弟と同じクラスになったのは知っていたが」
「ユーシスとは楽しく過ごさせてもらってます」
「ふふ、結構なことだ」
「おい、カイト……」
弟の言葉は無視した。
「ジン殿、アネラス君。二人は壮健かね?」
「その二人のことも覚えてるなんて……はい、リベールと共和国、それぞれの場所で活躍してます」
「なるほど。それならばカシウス・ブライト准将の依頼も達成できたわけだ。感動も
「……それは」
あの時どうして帝国入りしたのかというのは、ぼかしつつもジンが話していたし、それである程度察せられるだろう。だが依頼主のことは欠片も話していない。
どうしてそれを自分に語った。どうして士官候補生の自分に。
帝国四大名門の嫡男、ルーファス・アルバレア。領主ヘルムートの
リベールからやって来た、ある意味で部外者である自分への牽制と言ったところか。
表情を変えるつもりはなくても、少しの眉の動き一つで理解されたのか。ルーファスはむしろ笑いかけた。
「いくつか確かなことがある。君は私の弟の学友であり、私が理事を務める学院の生徒だ、ということだ」
「ルーファスさん」
「君の入学経緯を考えれば、私を警戒するのも大いに理解できる。私が君であっても同様に警戒するだろうね。だがまずは、目の前の青春を弟も交えて過ごしてもらえると嬉しいが」
「あはは、お見それしました」
どちらからともなく、手が差し出される。しっかりとした握手を交わした。
「まったく、兄上。この男を甘やかさないで頂きたいものですが」
「ふむ。しかしそなたにここまでの物言いができるのはカイト君やマキアス君くらいだろう。貴重な友情は無駄にするものではない」
「兄上……」
「あはは、ユーシスもお兄さんの前じゃ形無しだなあ」
「……」
「そんな無言で睨むだけじゃなくて、いつも見たいに突然に頭を叩いてこいよー? 貴族の坊ちゃんー?」
「貴様、実技教練が始まったら覚悟しろ」
「ワーイ」
サラといい、ユーシスといい、最近は誰かの怒りを産んでしまうことが多いようだ。
やいのやいのと子供らしく振舞う子供たちがいる。
ルーファスは、しばらくその様子を見届けていた。
────
理事たちが学院を後にしてからも、Ⅶ組は学院祭の出し物の案を出し続けた。
特別実習が継続と決まったことはメンバーの気合を入れ直すことに一役買ったが、逆に言えば9月末までは学院祭の準備がほとんど出来なくなるということでもある。
余計に大雑把な決め方はできなくなり、その日の特別HRでも決定はしなかった。
日は過ぎ去り、18日その日の終礼のHRでサラが告げた。
「そろそろ、来月の学院祭の出し物を決めること。一年生は義務みたいなものだから、何もしないんだったら特別実習のレポートでも展示してもらうわよ?」
その言葉には生徒全員が嫌な顔をせずにはいられなかった。
マキアスが固い声で聞き返した。
「さ、流石にそれは冗談ですよね?」
「この顔が冗談に見えるのかしらー?」
「そ、それは……」
「でも、君たちもいろいろ青春してきたわけだし。5月の実習なんかA班B班共に吹聴するのも面白いんじゃない?」
『却下だ!』
「書類は苦手だけど……」
「悪くはないかも知れぬな」
「悪手極まりないだろうが!」
「ラウラとフィーも少しは反対してくれたまえ!?」
ユーシスとマキアスが、ラウラとフィーにひたすら怒っていた。
アリサがサラに言った。
「実際、レポート作成だけになるのはちょっと悔しいですし。ギリギリまで頑張ります」
「よろしい。特別実習もあるし、週明け──あと2,3日が期限よ。他のクラスはこの何日かで決まったところもあるらしいし、クラブ仲間にでも聞いてみるといいわ」
「確かに、内容がかぶったらお互いつまらないでしょうしね」
と、リィン。
「それじゃ、副委員長。号令かけて」
マキアスの号令で放課後となる。
リィンやガイウス、エリオットなどがいつものように集まる。エマとマキアスは委員長コンビで何かしら話し合っている。昼寝しようとしているフィーに対して、ミリアムが机を叩いて遊ぼうとしている。クロウとユーシスが珍しく机を挟んで話し込んでいる。アリサとラウラは早々にクラブに向かった。
「カイト、ちょっと来なさい」
「はーい」
カイトは教壇まで歩いた。
「なんですか?」
「ベアトリクス先生から伝言。明日から教練その他の運動をしていいって許可が下りたわよ」
「やった」
9月1日以降運動らしい運動をしていない。そろそろ体のなまりを感じるころだったのだ。
「とはいえ、特別実習に間に合うように許可してくれたのは先生の温情よ。それを忘れないように」
「わかってますって」
「で、実技教練の補講だけど」
カイトが項垂れた。
「教官、言ってることが矛盾してますよ」
「お黙り。リハビリに付き合ってあげるって言ってるの。毎日HR後、グラウンド脇の裏道に集合ね」
「げぇ……」
「実技テストはさすがに参加させられないから私の手伝いをしてもらう予定よ。諦めなさい」
「はーい……」
サラの注文は無茶ぶりが多い。色々いいように使われているリィンが良い例だ。学院祭や特別実習の準備と合わせて余計忙しくなりそうである。
若干のめんどくささを感じながらも、カイトは一つ思い出した。
「そうだ、サラ教官。お願いがあるんです」
「あら、なに?」
「特別実習までのどこかで構わないんですけど……その補講で、個人的な訓練に付き合ってもらえませんか?」
次回、74話
「銀の意志を胸に」