晴天の下。9月の実技テストは、今までとは異なった様相を呈することになった。
まず、カイトは徐々に実技教練には参加し始めたものの、全力の実力を図る意味合いの多い実技テストは見送りとなる。
そして実技テストの対戦相手だ。今までの実技テストは、6月のⅠ組との模擬戦という例外を除けば一様に戦術殻との戦いをした。
4月から9月まで、サラが担当する実技教練そして毎月の特別実習で修羅場を経験しているだけあって、単純な能力はともかく総合的な戦闘力はⅦ組が他のクラスと比べ秀でている。
来月は10月。主要イベントは学院祭であり、Ⅶ組は特別実習も実技テストもない。この半年間の総括としての今回の対戦相手は、サラ・バレスタインだった。
リィン、ユーシス、マキアスの三人が5月に手酷くあしらわれたのはクラスメイト全員がよく覚えているが、そのリベンジでもあるのだ。
第一戦。リィン、ユーシス、マキアス。
第二戦。ガイウス、エマ、クロウ、ミリアム。
第三戦。エリオット、アリサ、ラウラ、フィー。
それぞれが全力のサラと戦う。それは明らかに接戦だったが、すべての組がサラに対して辛くも勝利を収めることができた。
4月の頃は、エリオットやアリサなど、そもそも戦闘経験もないメンバーが目立った。
5月の頃は、不和を生じたペアがいたためにまともな戦闘にもならないペアが多かった。
6月の頃から徐々に連携がしっかり取れるようになり、7月、8月とその連携は特別実習の修羅場においても発揮できるようになった。
そして今、Ⅶ組は少人数で、後半は連戦のサラに負担がかかったとはいえ、元A級遊撃士にルールに則った戦闘で勝利するという結果を得た。
カイトもまた、直接その一員となれなくても頼もしさを肌で感じていた。
調子に乗るわけじゃない。それでも確かに思う。Ⅶ組はこの半年で強くなったと。
そしてオリビエが望んだ主体的な行動力も加わって、しなやかで力強い仲間たちになったと。
「……いやいや、正直、ちょっと感心したわ」
グラウンドに大胆に寝そべっていて、会話の上では疲労を訴えていたサラはそう言った。
「これで心置きなく実習地が発表できるわね」
膝をつくリィンたち生徒を差し置いて、サラは軽く立ち上がる。
一瞬の実力では届いたⅦ組。けれど、サラはまだまだ指導者であり壁として立ちはだかってくれている。
生徒たちに得物を収めるよう指示し、サラはカイトに預けていたいつもの用紙を受け取る。
「さ、受け取りなさい。今月の特別実習の目的地よ」
『九月特別実習』
・A班:鋼都ルーレ
班分:リィン
アリサ
エリオット
フィー
エマ
クロウ
・B班:海都オルディス
班分:カイト
ラウラ
ユーシス
マキアス
ガイウス
ミリアム
「……!」
その組み合わせを見たカイトの目が大きく開かれる。
「紺碧の海都オルディス……」
帝国西部ラマール州の中心都市。人口40万人という数字は帝国最大の都市である帝都に次ぐ。鉄道網によって大陸国家としての色が強くなってきた帝国において、西のバレアレス海に面し海洋貿易が盛んな場所だ。
そして何より。貴族派の筆頭であるカイエン公爵の本拠地である。
「じょ、冗談はやめてもらおうか!」
ユーシスが叫んだ。といってもバリアハート実習の時のような空気ではない。至極真面目なものだ。
「この情勢下で、貴族派最大の都にこのガキを連れて行けだと……!?」
ユーシスがこのガキ──ミリアムの頭を掴んでむんずと振り向かせる。
「ユーシス、いたいー!」
ユーシスとミリアム。カイトと同じくオルディスのB班。ミリアムはユーシスによく懐いているので、それで鬱陶しく思っているのもあるだろう。そして同じくらい、少女へ心配と、オルディスへの警戒をしている。
当のミリアムはあっけらかんとしているが。
「んー、大丈夫だと思うけど。オルディスなら何度か潜入してるし」
「さすがに気にはなるな……」
「そうですね……かなり遠方にある街ですし」
ルーレ行きのリィンとエマが心配してくる。オルディスは8時間近く。ルーレは6時間近く。鉄道を使ってかかるおおよその時間だ。
「ま、その辺はいろいろ考えてるから心配なさんな」
サラが手を叩く。生徒たちを一括する。
「テロリストの件を考えれば、どちらも安穏とできる状況じゃないからね」
先月、Ⅶ組全員が帝国解放戦線と激闘を繰り広げた。それでも、未だテロリストは健在だ。
通商会議で現れたGたちはカイエン公爵による武装の補助を受けてきた。クロスベルの人々が自治と独立という観点からテロに抗っていてたところで、革新派と貴族派の対立によるものだったというのは公然の秘密である。
ルーレにしても、オルディスにしても、四大名門の一角であるという事実は変わりない。穏健派が領主であるセントアークとは違うのだ。
黒銀の鋼都ルーレ。ログナー侯爵が領主たるノルティア州の中心都市であり、そしてアリサの実家──RFグループがある。貴族派と革新派、どちらにも与する帝国最大の武器工房が。
アンゼリカ・ログナーの父親。強硬派路線ともいわれるゲルハルト・ログナー。
アリサ・ラインフォルトの母親。
「ルーレ周辺には帝国正規軍の軍需工場もあるわ。RFグループはあくまで中立だけど、微妙な状況になってると思う」
「父さんもルーファスさんも、この時期にどうしてそんな実習先を……」
「言ったでしょ? 『君たちの父兄はどうもスパルタみたいね』って」
貴族派、革新派、RFグループ。すべての情勢下を理解している。
その上で、獅子は子を千尋の谷へ落とすことを決めた。9月、上半期最後の実習。これまでのⅦ組を示す
「備えるべきは備えて、そして胸を張って挑みなさい。君たちがこれまで築き上げてきたⅦ組の成果に恥じないようにね」
晴天の下のグラウンド。Ⅶ組全員の自信に満ちた声が響いた。
特別実習は25日から始まる。秘めた意志を胸に、仲間たちはそれぞれやるべきことをやる。情勢がどのような方向へ進むのだとしても、それでも自分たちは、Ⅶ組として進むのだと。
クロウとエリオットは、変わらず学院祭の準備で白熱している。
ガイウスは純粋に、図書館でオルディスについて調べる。はじめは帝国そのものをほとんど知らなかったガイウスだが、今は帝国の多くの都市を知った。
ミリアムは様子こそ変わらないが、ARCUSで情報部との通信を重ねている。
アリサは、RFグループについて改めて調べ始めていた。
ユーシスは珍しく他クラス他学年の貴族生徒と話している。例え子供の立場でも、横の繋がりを広げるために。
マキアスは、以前バリアハートへ行くことが決まった時とは大違いで、冷静さを崩さないよう努めていた。
あくまで学院生として、いつもと変わらない態度に望む者もいる。リィンとラウラは剣術の研鑽に努め、エマはフィーに勉強を教える。
そんな中、カイトは何か大きく変化したわけではない。日々の授業にも勤しむし、エリオットたちと一緒に学院祭の企画を考える。
だがクラブ活動がないにも関わらず、カイトは放課後に一人グラウンドにやって来た。
「……で、今日も今日とて武術教練の補習はサラ教官とマンツーマン、と」
「当たり前でしょ。……何よ、喜びなさいよ」
グラウンドのさらに脇にある道にはちょっとした森林道が続いている。そこにサラは待っていて、カイトは弱冠重い足取りでやって来た。
それなりに奥までやってきたので、グラウンドの喧騒も遠い。獣の気配と鳥の鳴き声、それと風に吹かれる葉の揺れる音だけが響く。夕方、太陽光は木々に隠れているので少し暗い。
「サラ教官と一対一とか、死ねる未来しか見えないんですって」
「よく言うわよ」
「真面目な話、大丈夫です? みんなと全力で戦ったその日の内にオレの相手するとか」
「君もずいぶん自信が付いたわね。ふふん、元A級遊撃士の体力をなめんじゃないわよ」
仮にも成長したⅦ組全員を相手にしてきたのだ。サラもそれなりに疲れているのは事実なわけで。
「君が行くのは、クロスベルを襲ったテロリストと繋がっているらしい……カイエン公爵の居城。少しずつ体力が戻ってきたⅦ組のご意見番に活躍してくれないと困るでしょうが」
「……ま、そうですよね。今回は前衛メンバーがガチガチに多いし、オレはマキアスと仲良く後衛になりそうだ」
大剣のラウラ、騎士剣のユーシス、十字槍のガイウス。そしてアガートラムでの殴打の多いミリアムである。カイトの役割は半ば決まっている。
ちなみに、マキアスとユーシスはまた同じ班になったことにそれなりに真面目に毒ついていた。リィンとユーシスとマキアスの三人編成でもサラに勝てたのは『この教官に鉄槌を食らわせてやる』という良い意味での怒りが大きかっただろう。ほとんどリィンとはリンクを繋げず、ユーシスとマキアスで連携をしていたし。つくづく良いところまで関係性が落ち着いたものだ。
「……それに比べて、ルーレ組は後衛が多すぎません? 文句はないけど、少し心配になってきますよ」
「仕方ないじゃないの。アリサは外せないし、イリーナ会長からは暗に『魔導杖の二人はマスト』って言われてたし」
「んー、まぁリィンも強いし、フィーがかき回してくれるから大丈夫だとは思いますけど。そもそも戦闘だけが特別実習でもないし」
「そゆこと。さ、それじゃあ本題に移るわよ」
サラが自身の得物である大型の片手剣と導力式軍用拳銃を構えた。相変わらず凶悪な雰囲気だ。
士官候補生である以上、カイトも他の生徒たちと同様基礎的な体術を学んでいる。それと元から身についていた自己流の体術もあって、カイトの実力は間違いなく向上した。
そんなカイトに対して、正直サラが対面で教えることはそれほどなかった。導力銃を得物としながらも戦場を走り回るという意味で近いスタイルの二人なので、もはや簡単な模擬戦をする方が役に立つくらいである。実際、この数日間はペイント弾と下級のアーツを使用して無理をしない程度の戦闘訓練をこなしていた。
サラはカイトに聞く。
「で、あったんじゃないの? わざわざ私にお願いするような個人訓練が」
「はい。試したいことがあるんです。規模が規模だから、教官にしかお願いできなくて」
「ふーん……?」
二丁拳銃を取り出したカイトを見て、サラは考える。
サラから見ても、カイトの実力は元から高かったと言える。リィンやラウラのような正道な強さというわけではないが、並戦駆動を用いて常に魔法を戦場に叩き込む変則的なスタイルは、相手からすれば間違いなく脅威なのだ。
そんなカイトが、さらに上を目指すために試したいことがあると自分を頼ってきた。
いい傾向だ、とサラは笑う。
「いいじゃない、とことん付き合ってあげるわ。で、何をするの? 型稽古? それとも変則ルール?」
「ベアトリクス教官にはちょっと悪いんですけど……ある程度本気の戦闘をでいいですか?」
「──それは」
「上級アーツを使いたいんです」
銃は、確かカイト自身の伝手でRF社員に新型導力銃の作成を依頼しているのだったか。
あくまで自分の長所を伸ばしに来た。
「……まあいいわ。命のやり取りをするわけでもなし。やりましょうか」
「ありがとうございます」
「ただし、万一の時は気絶させてでも止めるから」
「こわい……」
「それと、間違っても火事とか起こさないように」
サラは自身のブレードに雷撃をまとわせた。
無茶はさせないが、それなりの本気だ。カイトなら大丈夫だろう、という考えもあった。
カイトもまた、導力銃を構えつつ会敵の意志を尖らせ始める。
それでも、やはりサラを見据えながら仁王立ちの姿勢を崩さなかった。見慣れた者なら、それが戦術オーブメントを駆動させたものだと分かる。
試したいことは魔法に関するもの。だが、そこから何をするのか──
「──え」
一瞬、サラは目を疑った。達人なので戦闘動作は止めはしないが、それでも呆気に取られた。
カイトもまた、お得意の並戦駆動でこれから始まるサラの猛攻を凌ごうと動き出す。
カイトの周囲に実体を持たない、可視の波が纏われる。それが戦術オーブメントを駆動した証であるのは間違いなかった。
そう、溢れ出る導力の波が拡散していることは間違いない。しかし。
「――駆動っ!」
サラの目に映るのは、悪戯好きのような輝きを金色の瞳に宿す少年。
カイトの周囲に流れているのは。
今までサラが見たことのない、透き通るような
――――
十分後。
トールズ士官学院の裏の森林道には、道のど真ん中で大の字に寝転がっている学生と教官がいた。
カイト・レグメント。そしてサラ・バレスタイン。
お互い、得物を近くに放って、もう息も絶え絶えな様子で真上を見ている。
休憩を経て、会話ができるようになるまで、もう少し時間がかかった。
「はぁ、はぁ……教官。どう、ですか、これは……」
「どうも……こうも……お、驚いたじゃないの……」
サラも呼吸で精一杯。Ⅶ組と昼に戦闘をしてもまだ余裕があるのも事実だが、確かにそれなりに体力を削られたのもまた事実。
なのだが。
「本気の戦闘じゃないとはいえ、一人で、私と……互角に競り合うなんて……」
二人の衣服にはペイント弾の痕がある。けれどそれは、こと今回の戦闘に限ってはあくまで牽制でしかなかった。ペイント弾以上に、煤けたり擦り切れたりとお互いひどい有様だった。
カイトは上体だけ起こして、そうして疲れた顔に少しだけ得意げな笑みを作る。
「へへ、はぁ……でも、少しは遊撃士としても先輩に追いつけそうですか?」
「……笑わせんじゃないわよ。遊撃士は戦闘だけじゃない。交渉術も知識も経験も必要よ」
サラもまた上体を起こし、真面目な顔でカイトを見た。
「でも
「……」
「執念のなせる技、ってところなのかしらね」
「そうですね……強いて言うなら、たぶん焼き付いてるからだと思います。
カイトは遠くを見て笑った。守りたいという心はこれまでの忘れられない旅で養ってきた。けれど強くあろうとする覚悟は、一人の剣帝から受け継いだものだ。
『覚えておけ。戦術オーブメントが引き起こす現象は、限定的なこの世の理を紡ぐもの。使い方次第で、世界を如何様にも変えられる可能性を秘めていることを』
彼の言葉が、たくさんの言葉がリフレインしてくる。
そんな様子のカイトを見て……サラは笑う。
「本当、このクラスの子たちには驚かされるわ……」
「へへ、でしょう?」
「それ、思いついたのは……いや、気づいたのはいつなの?」
きっかけの出来事を、カイトは話した。
「なるほど……」
サラは一連の流れを聞き、しばらく沈黙した。
そして言った。
「その力、今はまだ使わないようにしなさい」
「それは……どうしてですか?」
「まず、君はそれがなくても充分に強い。並戦駆動単体でも間違いなく強力だから。今は戦術リンクができるし、頼りになる仲間がいるんだからね」
「それは、まあ」
「次に、体にそれなりに負担がかかるでしょ」
「うぐっ……」
「ベアトリクス教官にしこたま怒られるわよ」
ぐうの音も出なかった。現在、体は疲労困憊である。
「何よりも……君のそれは、ある意味で時代を変えることになるわ」
「……それは」
「少しは自覚してるでしょう? 例えばリィンやラウラじゃなくて……他ならない
「……はい」
「使いどころは弁えるべきだと思うわ。君が……そうね。魂をかける時とでもいうか」
「なんか、えらい抽象的に話しますね」
「仕方ないじゃないの。私だって説明がしにくいんだから」
まさか、ここで精神性について教わることになるとは、カイトは思わなかった。
だが、納得はできる。条件があるとは言え、サラと同程度、いやそれ以上の戦闘力を発揮できるような
全てを見通す《理》だけではなくて、剣帝がまとっていた《修羅》を思い浮かべるから。
カイトは頭を掻いた。
「わかりました。少なくとも、9月の実習中は使いません。……というか、使う場面がないことを祈ります」
「ま、そのあたりが落としどころか」
二人して立ち上がった。今日の補講は終了だ。
「3日後にはいよいよオルディス……頑張りなさいよ、カイト。君の言う
「ええ、行ってきます」
今はつけていない、《支える篭手》の紋章をつけていた肩を叩いて、カイトは言った。
「オリビエさんが産んで、サラ教官が育てたⅦ組。みんなと一緒に、無事に帰ってきますから」
次回、特別実習が始まる75話
《海都の憧憬》