心の軌跡Ⅱ~重なる標~   作:迷えるウリボー

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75話 海都の憧憬①

 

 

 9月25日。特別実習の1日目だ。

 A班は黒銀の鋼都ルーレ。B班は紺碧の海都オルディス。毎月の特別実習は、帝都とケルディックを除いてはいずれもトリスタから遠方だった。大抵の場合、今まではどちらの班も実習1日目の始発でトリスタを出発していた。

 ところが、サラは前日にこんなことを言ってのけた。

『そうそう、明日は出発前に士官学院に寄ってもらうから。朝9時にグラウンドに集合、A班B班ともに遅れないようにね』

 よりにもよって前日の夜にこれを言うのだから、Ⅶ組メンバーとしては呆れることこの上なかった。半年もたてば一部のメンバーもそれがサラの通常運転だと諦めるようにもなってきたが。

 Ⅶ組は十二人全員でグラウンドに赴いた。

「──来たわね」

 いつもの実技教練のように、サラはグラウンドの入口に仁王立ちしていた。その隣には、なぜか第三学生寮で見送っていてくれたシャロンもいた。いつものことのようにアリサが大声で驚いた。

「シャ、シャ、シャロン!? さっきまで寮にいたはずじゃ!?」

「実はサラ様に呼んで頂いておりまして。皆様をお見送りした後、こちらに伺った次第ですわ」

 さすがはラインフォルト家のスーパーメイドである。

「A班、B班ともに到着、と。ちょうど09:00。ジャストタイミングね」

 サラの言葉の後、聞こえたのは()だった。

 風を切る音。上空から届くそれは、飛行船の音。

 そして、グラウンドのみならず学院全体を覆う()

 雲のない青い空、太陽を隠す紅色の機体。

「な、な、な……」

「なんだこれはああああ!?」

 アリサとマキアスがあんぐりと口を開けていた。とはいえ、Ⅶ組全員が驚いている。

 事情を知らないⅦ組の面々が口々にそれが何かと言う。カイトは一つ、思い当たるシルエットがあった。

「……《アルセイユ》?」

 故郷リベール王国が保有する《白き翼》。世界最高の速度を誇る高速巡洋艦。

 カイトは、かつて複数回に渡ってそれを見て、そして搭乗したことがあった。命を持たなくても、苦楽を共にした大切な仲間だった。

 帝国の人間にとっても知らぬところではない。《リベールの異変》の後、オリヴァルト・ライゼ・アルノールはアルセイユに乗って帝都に凱旋した。それをもって、放蕩皇子は帝国の社交界を賑わせる風来坊となった。

 もちろん、上空で機関音を響かせる飛行船は《白き翼》ではない。けれど、それを思わせる空気感があった。

 飛行船は、そのままグラウンドに着陸した。

 広いグラウンドの枠内ギリギリまで広がる機体は、凄まじく迫力があった。

 船体のさらに頂上付近には、エレボニア帝国の紋章である黄金の軍馬が描かれている。

 帝国の船であることは間違いない。そしてサラとシャロンが驚いていないため、予定された出来事であるのも確か。

 その船の正体がなんであるのか。それは、少なくともⅦ組にとって予想外の人物から語られた。

「やあ、諸君。十日ぶりになるかな?」

 船体上部、前方甲板。カイトたちからすればやはり二階層ほど上の高さから、オリヴァルト・ライゼ・アルノールが顔を出す。その後ろには、ミュラーも。

「また会えたな、Ⅶ組諸君」

「ハッハッハッ、反応は上々のようだね。これなら帝都市民へのお披露目も成功間違いなしだろう」

 驚くⅦ組。オリビエは、平気そうに笑っている。

 カイトは、そんな皇子の様子を見てふっと体の力が抜けていくのを感じた。

「なんだ……いつもの貴方のドッキリか……」

 ハーケン門の先で、舌戦を交わしたことを思い出した。あの時、上空から現れるはずのないアルセイユが舞い降りた時の驚きと高揚を思い出した。

 それを理解しているのだろうか。カイト個人に語らなくても、オリビエもミュラーも、一瞬カイトを見ては微笑みを浮かべた。

 ミュラーが言う。

「今回、自分はもちろん皇子も脇役に過ぎない。主役はあくまでこの艦とこちらの方になる」

「──久しいな。Ⅶ組の諸君。初めての者も多そうだが」

 オリビエのミュラーの後ろから、さらに二人。

 ヴィクター・S・アルゼイド。トヴァル・ランドナー。

 かつて帝国でカイトが出会った頼れる二人が、そこにいる。

 ラウラが驚く。当たり前の反応だ。 

「紹介しよう。本艦を指揮していただくヴィクター・S・アルゼイド艦長だ」

 ミュラーが甲板から話す下で、サラが改めてⅦ組と相対した。

「オリヴァルト殿下──理事長の提案でね。今回は処女飛行のついでに、君たちを実習地まで送ってくれることになったの」

 だからこその予定外のスケジュール。遅すぎる集合時間。

 オリビエが両手を広げる。これが、特別実習の始まりだ。

「ようこそ、Ⅶ組の諸君。アルセイユⅡ番艦──高速巡洋艦《カレイジャス》へ!」

 

 

────

 

 

 アルセイユⅡ番艦──高速巡洋艦《カレイジャス》。

 エプスタイン財団、リベールのZCF(ツァイス中央工房)、そしてRFグループが共同開発したことで生まれた帝国の《紅き翼》。

 全てはオリヴァルト・ライゼ・アルノールの描いた絵によるものだ。

 全長75アージュ。アルセイユの二倍近い大きさの船体を持つ。ZCF製の高性能エンジンを20基搭載したことで、最大時速3000CE(セルジュ)/hの飛行速度を実現した。これはアルセイユの3600CE/hには及ばないものの、それでも世界的にもトップレベルの走行性能を持っている。

 国と企業をまたいだ夢の機体は、それらの協力を皇子が取り付けることで達成し得た。資金面にしても、個人の資産だけでなく、関係企業の融資もあり、そして何より皇帝陛下の資産も語らなければいけない。

 すべては、オリビエが望んだ《第三の風》のために。

 カレイジャスは、正規軍、領邦軍はおろか、いかなる機関にも属していない。オリビエ──皇族が所有する船だ。

 艦長たるヴィクター・S・アルゼイドは《光の剣匠》という帝国でも五本指に入る実力者。子爵でありながら貴族派には傾倒せず中立を保っていた。

 正規軍にも領邦軍にも属さず、皇族の威光と《光の剣匠》の力をもって、その機動力で帝国各地を巡る。帝国全土を周り、各地の緊張を少しでも和らげる。牽制役としてこれ以上の存在はない。

 《紅き翼》はトリスタを出発する。一度帝都へ出発し、そこからルーレへ舵を取るのだ。

 オリビエの計らいによって、カイトたちⅦ組メンバーはその巡回のついでにルーレとオルディスに連れて行ってもらえる。鉄道であればどれだけ早く出発しても昼を過ぎるのに、1~2時間程度で到着できるのは嬉しいことだ。

 それだけでなく、ある程度自由に艦の中を見学できるのもありがたいことだった。

 Ⅶ組はそれぞれの場所で見学に赴く。そんな中、カレイジャスのブリッジでカイトは改めて挨拶をしていた。

「アルゼイド子爵閣下。お久しぶりです」

 カレイジャスは順調に航行を続けている。艦長ヴィクターはカイトへ向く。

「久しいな、カイト」

 レグラムの領主である彼と、カイトとの面識は一度きり。準遊撃士時代に帝国に訪れた時、ラウラとの面識を持ったのと同じタイミングだ。

 たった数日間の関係で、しかもカイトは未熟者であったけれど、ヴィクターは覚えててくれたようだ。

 あの時と同じ貴族の服で、新たに艦長帽を被るヴィクター。立ち上がる彼はいつになっても堂々としていて大きい。

「我が娘と同じクラスになるとは、さすがに私も予想できなかった。女神の計らいには感謝しなければならぬな」

「オレにとっても同じです。剣と銃。得物が違っても、ラウラとはいつも切磋琢磨しています」

「良き縁となってくれたようだな。私としても感謝している」

 ヴィクターはあの時と変わらない。茫洋とした立ち振る舞いでいる。改めて、この父にして(ラウラ)ありといった様子だ。

「オリヴァルト殿下の目標に協力して頂いていること。オレなんかが言えたことじゃありませんけど……ありがとうございます」

「そうか。そなたは皇子殿下の……」

「リベールで、いろいろな縁ができたんです」

「ならばジン殿やアネラス殿も、殿下がリベールで繋いできた絆ということだな」

「他にもたくさんの仲間がいます」

「私も殿下のお考えには賛同している。国を超えた縁は得がたいものだ。立場は違うが、そなたと協力できることは頼もしく思う」

「えへへ……」

「この二年間で数多くの壁を乗り越えたと見える。そして、覚悟も得た」

 それほど近い関係性ではないが、話すことはそれなりにあった。

 カイトは、もっともヴィクターと話したいと思っていた話題を挙げた。

「それで、子爵閣下。帝国解放戦線についてですが」

「うむ。二年前にもそなたらと敵対した者たちのことだな」

 今、良くも悪くも最も帝国で有名な存在だというのは間違いない。このカレイジャスは彼らを牽制する目的も持っている。

「あの時は、ここまで繋がるとはと思わなかった。ガレリア要塞とクロスベルの件も聞き及んでいる。油断はできない」

「そう、ですね。彼らを捉えることができるか……」

「無論、それぞれがそれぞれの流儀で当たるだろう。我々にせよ、正規軍にせよ。そなたやトヴァル殿のような支える篭手に属する人間もな」

「……」

 その《それぞれ》に領邦軍が含まれなかったことに、カイトは冷めた目を返すことしかできなかった。

 公然の秘密は、文字通り誰の耳にも届くところとなっている。

「……子爵閣下は、遊撃士に対しても公平に接してくれた。レイラ・リゼアートはご存知ですか?」

「ああ。依頼を通じて面識もあった。トヴァル殿と同じく、優秀な遊撃士であった」

「……彼女も、帝国解放戦線の一人でした」

 Gは目の前で死んだ。あれがテロリストの末路なのだ。

 S。V。C。L。その他のテロリストたち。裁きを受けるべきでも、あの末路のようにさせるわけにはいかない。

「……子爵閣下。オレと貴方は立場がまるで違う。けど、きっと協力できると思います」

「皆まで言う必要はない。共に戦おう。帝国の、そして大陸の未来のために」

 

 

────

 

 

 前方甲板にはオリビエとミュラーがいた。

「オリビエさん、ミュラーさん。お疲れ様です」

「やあ、カイト君。カレイジャスのお披露目はどうだったかな?」

「そんな得意顔にならなくても。すごく驚きましたって」

 クルーやⅦ組を含めて、他には誰もいない。オリビエだけではなく、カイトもまたリベールでの空気に近くなっていく。

「通商会議の傷は癒えたようだね。もう支障はないのかい?」

「はい。この通りです」

 カイトは豪快に肩を回してみせる。

「ミュラーさんとも、久々に共闘できましたからね。嬉しかったですよ」

「私もだ。影の国よりも、また頼もしくなったと感じたよ。君が帝国に来てくれてよかった」

「オレも来れてよかったと思います。今帝国には、エステルもヨシュアも、シェラさんなんかもいませんしね。ちょっとはオリビエさんを助けないと」

「はは、痛いところを疲れたな」

 オリビエは笑った。

「君が行くのはオルディス。わかっているとは思うが、通商会議の場にテロリストたちを送り込んだカイエン公爵家が治める土地だ」

「そうですね。気をつけなきゃ、とは思います。あの人とは一度面を向かって話しちゃったことがあるし」

「え、そうなのかい?」

 黒の競売会(シュバルツオークション)の時のことを話した。

 クロワール・ド・カイエン。アリスのことを帝国の貴族子女として扱い、同時にそうでない自分に対しては品定めをするような目線を送ってきた。

 それは冷酷なわけではなく、激情を持っていたわけではない。ただ、カイトという力ない小物を歯牙にかけず見ているだけだった。

 会話を交わしていても、相手にする価値がないという態度が明け透けていた。

「なるほど。少なくとも、彼は君のことを認知しているだろう。君は外国人だし、滅多なことは起きないとは思うが……」

「とはいえ、通商会議の件がありますしね」

「油断はできないね。でも僕は信頼しているよ。君も、Ⅶ組諸君も、無事に帰ってくると」

「もちろん」

「そうそう、オルディスの件で思い出したよ。アルフィンからの伝言がある」

「アルフィン殿下から?」

「この間、女学院に顔を出したんだろう?」

「はい、アリスに会いに。けど……」

 あの時、訪ねたカイトを出迎えてくれたのはまたもエリゼだった。予定より一週間遅い訪問だったので、向かうのは正直気まずかった。エリゼが来た時はある意味ほっとしたし、同時に不可解な気持ちにもなった。

 そうして言われた。『アリスは9月から休学している』のだと。

 その場にはカイトとエリゼだけしかいなかった。彼女も、それ以上の事情はわからなかった。

「僕はそれをアルフィンから聞かされた。といっても妹も、僕も、貴族派の中の事情に詳しいというわけではないが」

「貴族派の事情?」

 アリスは心身の調子が理由で休学したわけではないのか? 聞くと、オリビエは首を横に振った。

「そうじゃない。アリス君の父、アレスレード伯爵によって……休学にさせられたらしいんだ」

()()()()()……?」

 休学の理由が、少なくとも病的なものでないことに対しては一息をつく。安心した。

 だが、それだけで終われるわけがない。

「……アリスの父親とは、一回会ったことがあります」

「四大名門ではないものの、貴族派至上主義を公言してはばからない方でね。加えて伯爵家では筆頭で各家への発言力も強い」

「確かに、そんな感じだったな……」

 アリスが唱えた、四大名門の一角であるハイアームズ侯爵を蹴落とそうとした五月の事件の黒幕がアレスレード伯爵であるという仮説。

 あれから帝都夏至祭に通商会議と、言い方は悪いがそれどころではない事態が続いたので考える余裕がなかったが……。

(アリスが……何かしでかしたのか?)

 エリゼに着いてきたり、クロスベルにやってきたり、果ては競売会に乗り込んだり、恐ろしく行動的な彼女のことだ。その行動の結果、父親の逆鱗に触れたということは有り得る。

 カイトは少し考え込んだ。

「オリビエさん。特別実習って」

「みなまで言わなくてもいいよ。実習に求めるのは、壁を乗り越える主体性だ」

 放蕩皇子は、人差し指を当てた。

「ただし。大切な仲間に心配をかけないこと。それだけは譲れないよ?」

 それはⅦ組の仲間たちであり、オリビエであり、リベールの仲間たちでもある。

「わかりました。まあ、まずは課題がてら調べるところから始めますよ」

 

 

────

 

 

 その後、艦内全体にルーレ到着のアナウンスが流れた。A班出発の時。

 一時の別れとなる仲間たちに激を飛ばすために、下船する2階の連絡通路へ向かう。

 カイトは二番乗りだった。

「あ、クロウ」

「よ」

 先客は軽い様子で手を振ってくる。バンダナに収まらない長い銀髪が軽く揺れた。

「ルーレか……また難儀な実習になりそうだぜ」

「今回はどっちも貴族派の居城だからねぇ。せいぜい、無事に生き残れるよう頑張ろうよ」

「言ってろ。こちとら特別実習も先輩だからな」

「へぇ? じゃ、先月のジュライ実習も順調だったんだね」

「あぁ、まあな」

 クロウは頭を振った。

「……お前さんも、遊撃士って意味じゃ同じ経験者。せいぜいメンターとして後ろからふんぞり返ってやろうぜ」

「そうはいかないよ。調べたいことが山ほどあるんだから」

「へっ、通商会議で首脳陣を守った英雄様は違うねぇ」

「……護りきった、とは言えないけど」

「あん?」

 カイトの言葉にクロウは、理解できないというように言葉を返した。

 通商会議の後、病院で生まれた決意は変わりない。同じように、後悔も変わらない。

「……もちろん、クロウとの約束通りトワ会長は護れたよ。首脳陣だってそうだし、少なくとも警備側に死傷者は出なかった」

「……」

「でも、目の前でGが化け物に変わって……必死になってあの野郎を止めたけど──」

「その話はするな」

 クロウに右肩を掴まれる。

「クロウ……?」

 掴まれた肩が、少し痛い。

「そんな悲しい話は、するなよ」

 クロスベルから帰ってきて、仲間たちには事の顛末を伝えている。当然、Gの最期も。それなりにショックな話だ。

「珍しいね、クロウがそんな風に言うなんて」

「……ま、これから実習だってのに気落ちはさせたくねぇからな」

「うん……」

 お互い、感情の揺らぎは理解している。

「クロウ」

「おう」

 互いに拳を突き合せた。

「無事に帰ってこよう。今回の実習も」

「おうよ」

 不真面目なクロウ。それでも、ここまでの行動を見ていて思う。彼には真面目な時もある。旧校舎での一件や、トワを護るという話についても。

 頑張ろうと、それだけである程度の意思疎通はできる。そんな風に、カイトは思った。

 折よく、サラも含めたⅦ組の面々が到着する。クロウは笑った。

「はっ、後輩どもがようやくお出ましか」

「フン、ここにいる時点で先輩でも何でもないはずだがな」

 ユーシスが、皮肉るように返した。

 A班、B班がそれぞれ向かい合わせとなる。A反側にはシャロンもいる。

 B班を見送るために、まだルーレでは降りないサラが言った。

「今回の実習期間は今日を入れて3日間になるわ。ま、しっかりやってきなさい」

「はい、教官」

 いつものように、代表してリィンが応えた。次いでアリサ。

「B班のほうも、くれぐれも気を付けてね。オルディスも油断できないし」

 さらにミリアム、ユーシス。

「あはは、なんとかなるって!」

「まあ、何とかしてみせよう」

 クロウとエリオット、そしてカイトは一方、実習後のことも見据えている。

「実習が終わったら学院祭のステージ練習だ。どっちも覚悟しておけよ」

「期間も短いし、間違いなくスパルタになると思うから」

「オレも実習中はエリオットたちと話せないし……休む暇はなさそうだな」

「まあ、修行と思えば望むところだ」

「き、君はいつもの調子だな」

 ラウラの言葉にマキアスが呆れる。

「ま、適度に頑張ろ」

「重ねてにはなるが……皆が無事で帰ってくることが大事だろうからな」

「ええ。A班、B班ともに」

 フィーとガイウス、エマはいつもの調子だった。

 カレイジャスが着陸する。大した振動もない。そして、シャロンが先導してA班が艦を降りていく。

「……それじゃ、みんな。気を付けて!」

 大きく、カイトが手を振った。

 B班六人、そしてサラが残る。再びカレイジャスが出発する。

「さて……ここからオルディスまでは二時間弱ってところね」

 サラはB班の面々を見た。

「僕たちは引き続き見学か……鉄道と比べると、やはり早いですね」

「それじゃ、タンケンの続きしよ! ユーシス、一緒にイコー!」

「ええい、くっつくな!」

「ガイウス、先ほどARCUSの調整をしていたな。場所はどこにあるのだ?」

「案内しよう、ラウラ。着いてきてくれ」

 仲間たちは、それぞれいつもと変わらない様子だ。

 カイトは思わず息を吐いた。

「拍子抜けかしら? みんな、いつもの通りで」

「サラ教官。いや、今更みんなの胆力に驚きもしないですけど」

 もう、五回も実習をしてきた。帝国の様々な場所を回って、その目で壁を見て、乗り越えてきた。エステルたちのように、ロイドたちのように、リィンたちは力を得てきている。

「で、いつもは放任主義の教官が声をかけてくるとは。何かあるんですか?」

「当然。ちょっとついてきなさい」

「はいはーい」

 サラに促され、後方甲板へ。そこには遊撃士トヴァルがいた。

「トヴァルさん! 改めて、お久しぶりです!」

「おう、カイト! 大きくなったじゃねえか!」

 お互いに懐かしむ。カイトが帝国入りする時などは導力通信で連絡していたが、直接会うのはジンやアネラスたちと行動した時ぶり。実に二年ぶりだ。再会を喜びたくもなる。

 カレイジャスのクルーの半数はミュラーの所属している第七機甲師団からの出向だ。だが残りは民間出身が多く、国籍も多岐にわたる。

 その中で、トヴァルは情報収集や遊撃士協会との連絡役として乗艦していた。トヴァルの実力と人脈を考えれば適切で効果的な人選だった。

「あれから、帝国遊撃士協会も色々あって……トヴァルさん、本当にありがとうございます。帝国の看板を護ってくれて」

「よせよ。俺はお前さんみたいな前途有望な若者が帝国に来てくれて嬉しいってもんさ」

「あはは……」

 サラが呆れた。

「アンタ、ついさっきリィンを勧誘してたものね」

「え、リィンを遊撃士に?」

「ああ。ま、断られちまったけどな」

 リィンが遊撃士になる。その発想は今までのカイトにはなかった。けれど、学院での彼の姿を見ていれば、あながち悪い選択ではないように思えるが。

「リィンはなんて言って断ったんですか?」

「『Ⅶ組にはカイトがいるから』ってな。まったく、予想もしないところを理由にされたもんだ」

「あ、あはは……」

 それは、ある意味で嬉しい言葉だった。少なくとも、カイトにとっては。

「俺のほうも、サラやらエステルやら、ヴェンツェルやらにお前さんのことを聞いてたけどな。活躍してくれてるようで何よりだぜ」

「……トヴァルさんから《並戦駆動》のことを聞かなかったら、もしかしたらここにはいなかったかもしれない。だから、オレにとってトヴァルさんは本当に恩師ですよ」

「よせよ、むずがゆい」

「はいはい、本題に移るわよ。共有すべきことはたくさんあるんだからね」

 サラが手を叩いた。

「はい」

「だな。情報交換といこうぜ」

 カイトからはクロスベルのこと。サラからはガレリア要塞での帝国解放戦線のこと。トヴァルからは帝国各地のこと。

 この三人だけでも、話すべきことは多い。遊撃士としてそれぞれの情報を、大陸規模の視点で語らう。

 クロスベルの国家独立宣言。それを妄言と称する二大国。オリビエが懸念する内戦の兆しと、共和国でちらつく反移民の動き。

「……激動の時代」

「近いことは間違いないだろうな」

「ええ」

 あくまで情報収集。何かがここで変わるわけではない。そしてここにいる三人は、数々の修羅場を潜り抜けてきた歴戦の遊撃士たち。呻きこそすれ、戦きはしない。

 トヴァルが言った。

「ルーレもそうだが、オルディスも……貴族派が治めてる都市もキナ臭さが増してやがる。何度も言われてることだろうが、気をつけろよ、カイト」

「はい」

「それと」

 サラが言った。

「実習前だけど、君にこれを渡そうと思って」

「え?」

 サラがカイトの出した掌の上に、それを置いた。

「ARCUSのマスタークォーツ、《マギウス》よ」

「え──」

 思わず、既に自分が持っているそれを見た。

 通常のクォーツよりも大きい、中心回路に填めるべきそれは。銀色に輝き、杖を掲げる魔導士を想起させる紋様が刻まれている。

 驚くことはたくさんあった。

「えっと、教官、どこでこれを……?」

「ミヒュトさんのところからね。大変だったのよ? ぼったくられそうで」

「いやいや! ミヒュトさんどうこうよりも……」

「君が今使っている《クリミナル》の特性は『確率による魔法攻撃力増幅』。でも、この間の補習のことを考えれば、この《マギウス》の方がいいと思ってね」

 そう、サラは言った。

 カイトは学院に来る前から戦闘スタイルを確立させていた。だからこそサラもそれに合わせてクリミナルをカイトにあてがった。

 マギウスは、RF社が挙げているARCUSのマスタークォーツの中でも上位に存在する稀少なもの。手に入れることの困難さもそうだし、サラがわざわざカイトのために用意した、というその意味を考える。

 そして、そのきっかけが先の補習であるというのは。

「それは君の力を跳ね上げるものであり、同時に戒めでもあるわ」

 マギウスの特性は『生命危機に比例した魔法力増幅効果』だ。むしろ、マギウスの効果を発揮することなく終わることが、戒めとなる。

 サラはカイトの右肩に手を置いた。

 クロウとは違う。強く、しっかりした手ごたえだった。

「力の使い方を考えること。いいわね」

「……はいっ」

 サラは去っていく。後には、カイトとトヴァルだけが残される。

「やれやれ、お前さんもとことん規格外だな」

 事情を知っているのだろうか。トヴァルも肩をすくめた。

「あはは……でも、ちょうどよかったです」

「うん?」

「今の件で、トヴァルさんにも相談したいことがありましたから」

 そして、数分後。トヴァルは納得した様子だった。

「なるほど。確かにそれは、俺の得意とする領分ではあるが」

「お願いできますか?」

「ま、俺はお前の可能性が広がることはいいことだと思うよ。任せてくれ」

「ありがとうございます」

「いいってことよ。となると……次に会う学院祭の時ってところか」

「え、来てくれるんですか?」

「もともとサラとの情報共有でたまに会ってたしな。お前さんたちもいい出し物を考えたみたいじゃないか。情報共有がてら、顔を出すさ」

「あはは……ありがとうございます」

 トヴァルへの頼み事も叶うことができた。まさかカレイジャスで再開するとは思わなかったので、偶然ではあったけれど。

「とにかくだ。実習、頑張って来いよ」

「はい」

 学院祭、学院生活、その先のこと。考えることはたくさんある。

 オルディスがキナ臭くとも、自分たちは学生なのだ。

 明日へ続くために、この実習を乗り切るのだ。

 学院へ入学して半年がたった。

 前半の区切りとなる、オルディス実習が始まる。







今章でてこずったこと。
カイトと海都(かいと)をよく打ち間違える。


本年度はこれが最終投稿。
例によって同じ時間帯に活動報告を投稿しますので、そちらもお付き合いいただければ幸いです。

それでは皆さん、良いお年を!
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