心の軌跡Ⅱ~重なる標~   作:迷えるウリボー

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35話 影の国②

 ヨシュアとカイトは、ケビンとリース……というよりケビンを追いかけて書架へ続く道を歩く。

 やっと二人の表情が見えてくるまで近づいてきたが、思いもよらない修羅場に遭遇してしまった。リースがケビンの頬を力の限り叩いたのである。

「……」

「……見ちゃった」

 リベール通信社の自称敏腕記者ナイアル・バーンズとなった気分だ。カイトは思わず呟いた。

 一方ヨシュアはエステルに同じことをされたのを思い出して、ケビンに同情すればいいのか判らないくなる。

「何、ヨシュア?」

「いや、別に」

 いたたまれなくなって思わずカイトを見たヨシュアは、久々に年頃の少年のようなみっともない顔をしていた。

 気を取り直して、少年二人はケビンとリースを見る。リースは落胆したような表情を浮かべて、そして何事かケビンに告げてから書架へ走り去っていった。

 少年二人は顔を見合わせ、またも気を取り直してケビンに声をかけることにした。

 さすがに戦いに慣れているケビンは、まだ二人の足音が聞こえない段階で振り向いた。

「なんや二人か。……みっともないところを見せてしまったみたいやな」

 諦めたようにはにかむケビンの頬は赤くなっている。

「いえ……」

 それは頬を叩かれたケビンに寄り添ったものだが、そんな気まずい空気よりも気にしているものが、ヨシュアにはあったのだが。

「ケビンさん」

「ん? どうしたカイト君」

「すごい突然ですけど……やっぱり、あの外道野郎はケビンさんが?」

 それはケビンのみならず、ヨシュアもまた神妙な面持ちでカイトを見る。

「リベール=アークが崩壊する時……ケビンさんは外道野郎を追いかけたって言ってた。そして逃したって。なら、なんで生きている外道野郎がヨシュアに執着しないのか……今になってその可能性に気づきました」

 仲間には言っていないこと。いつか気づく、ということは別にして、ワイスマンはいずこかに逃亡したというのが浮遊都市崩壊直後の仲間たちの認識だ。少年はそこに対して祝賀会の夜に疑問を持ったが、自分で言葉にした通り新たな可能性に目がいく。

 ケビンは輝く環の調査のためにリベールに来た、と言っていた。なら、そもそもあそこで無理をするのは得策でない。レーヴェの最期だったとはいえ、仲間を頼ったほうがよかったのに。

 また、色恋沙汰には鈍感だが元々闇の世界にいたヨシュアが、寂しそうな顔をして、こうして今ケビンと話そうとしていること。

 ケビンがワイスマンとの闘いの時に見せた、あの冷徹な瞳。

 それを見たケビンと昔なじみのリースが見せた、あの態度。

 ケビンには深い影があると、仲間たちだって薄々感づいてるんじゃないかと思う。なんたって、リベールの異変を共に駆け抜けた仲間たちなのだ。

「ケビンさん、それにヨシュア。二人がどんなことを話したってオレは……気にはするけど、どうもしないよ」

 オレは二人の仲間だから。ヨシュアの親友であり、ケビンに頼ってもらうと約束したから。

 ケビンは深く、溜息を吐いて笑った。

「まいったなあ。君、本当にカイト君?」

「失礼な。正真正銘、孤児院のカイト・レグメントです」

「はは……そう、やったな。約束も、したもんなあ」

 ケビンはヨシュアを見た。それはカイトがいるこの場所で、自分たちの闇をさらけ出すことの確認。

 そして言った。

「……ワイスマンは、俺が滅した。俺がリベールに来た本当の任務は、奴を消すこと。ただそれだけやったんや」

 滅した。カイトは頭の中で反復した。

 正すでもなく、捉えるでもなく、そして殺すでもない。滅する、ただそれだけ。

「ヨシュア君。君、オレの事ある程度は調べたんやろ?」

「……それなりに」

 一呼吸、そしてヨシュアは長く語る。

「《外法狩り》ケビン・グラハム。聖杯騎士団を率いる十二名の守護騎士(ドミニオン)の一人。そして(ゆる)されざる大罪人の処刑を一手に引き受けているという代行者」

 それは、ケビンがワイスマンを手にかけたことを証明する文言だ。そしてヨシュアと同じように、彼の過去に何か大きなものが宿っていることを察させる。

「はは、さすがやな。エステルちゃんに近寄る男の経歴くらいは徹底的に調べてるか」

 そういえば、当時のケビンはエステルにやたらとちょっかいをかけていたような記憶がある。

 ヨシュアは肯定しつつ続けた。

「しかし貴方は罪人以外、決して危害を加えたことはない。その意味で当面は危険はないと判断したんです」

「くくく……とんだ黒髪の王子様や。こりゃエステルちゃんは無自覚に男の屍を作っていくでぇ」

 だんだんと、ケビンの言葉に暗いものが宿っていく。

 カイトは合点がいった。

「そうか……外道野郎と繋がるヨシュア、ヨシュアと繋がるエステルを頼りに、ケビンさんは俺たちと行動を共にしたんですね」

「そう。すべてはワイスマン抹殺のための仕込みと目くらましにすぎん。君らとの協力関係も、な」

 嘘だ。そう思っても、カイトは言えない。

 例えそこにどんな思惑があろうとも、協力し合ったことは嘘じゃない。ケビンが否定をしようと、カイトが希望を感じたことは否定できないはずだ。

 そう言いたいけれど、カイトは自分がそれを言うべきではないと思った。ケビンが纏うものが、今のカイトには重すぎるように感じた。

 そして、それでもヨシュアは言葉を続ける。

「判っています。エステルがグロリアスに連れ去られた一件。あれもたぶん、貴方は最初から見越しえいたはずだ」

「……くく、そこまで見抜くか」

 カイトは押し黙る。エステル、ケビン、アガット、そしてカイト。四人でアネラスたちの救出のために結社の研究施設まで侵入したあの時だ。

 その後、カイトはケビンやクローゼ、そしてオリビエとともに、翡翠の塔でブルブランを相手にしている。

「そう、オレはエステエルちゃんが攫われる可能性に気づきながら、何の対応もせえへんかった。彼女を餌にすることでワイスマン君の動向を掴むつもりやった」

 ヨシュアはどこまでも落ち着いた口調で言った。

「それでも僕は貴方に感謝しています。貴方の協力がなかったら、僕は教授の操り人形のままだった」

「……ヨシュア」

「何よりも大切な者を、この手で壊してしまう所だった」

 ヨシュアもカイトと同じように、ケビンに感謝の念を抱いている。

 ケビンがいなければ、今頃、ヨシュアはここにはいない。きっとカイトも、クローゼも、ティータも。隠者の庭園にいる仲間たちは、ここにいないかもしれない。

 太陽の少女がいないなんて。アルセイユで脱出したときに感じたあの絶望は、世界の終わりにも等しかったから。

「その借りは、一生かかっても返せないと思っているくらいです」

 たとえ気が付いていなくとも、それは仲間たちの気持ちの代弁だった。太陽の少女に感化された仲間たちの、ケビンにとっては鬱陶しいくらいに感じるかもしれない絆だ。

 ケビンはまだ、薄ら笑いを浮かべている。

「言っとくけど、あれは君のためにやったんやない。君の呪縛が解けることで奴を動揺させて隙を作る。れを狙ってやったことや」

「それでも僕は、貴方に感謝せずにはいられない。その正体を知ってもなお、好意を抱いてしまうくらいに」

 ヨシュアはまだ続けていた。

 カイトが笑う。

「ヨシュア……なんか言ってることがエステルみたいだよ」

「あはは、そうかな?」

 諦めたように、ケビンが噴出した。

「くははっ……君、結社を抜けて正解や。エステルちゃんに関わった時点で、どう考えても執行者失格やで」

 男三人は、リースのことも忘れてしまってすっかり笑った。

 確かに、実力はともかくとして、人を絆す点であの太陽の少女に勝る人間を見たことがない。

 そんな人間は、一国に一人でもいれば十分だ。そうカイトは思った。

 一しきり笑い、それが収まると、ケビンの声色と雰囲気はいつものように戻っている。

「リースさんの代わりは、しばらく僕が勤めましょう」

「だから借りとか考えなくてもええっちゅうねん。でも、まあええか。ありがたく力を貸してもらうで」

「ええ、そうしてください」

「オレもついていきます。必ず頼ってもらいますからね」

「ははは、判った判った」

 そう言って、ケビンはカイトとヨシュアから離れる。

 少しの沈黙とともに、カイトは思う。

 できることもあるんじゃないかと、そう思っての行動だった。それこそヨシュアを救うことができたのと同じように、ケビンの中の何かを助ける一席になればいいと思ったのだが。

 結果として、できることは少なかった。むしろ邪魔をしたかもしれない。

 そう思ってカイトはヨシュアに向き直ったのだが、

「ヨシュア。ごめん、もしかしたら」

「大丈夫だよ」

 ヨシュアは即座にカイトに言い返した。

「僕を引き留めてくれたのが闇の世界なんて知らないエステルだったように、君には君の立場からしか届けられない言葉があるはずだ」

「オレの立場からしか……」

「少なくとも、ケビンさんは君がいることで笑顔になってた。それは誇っていいことじゃないかな」

 思えば、数か月前にアリスに語り掛けた時、自分は底抜けの楽観さを見せていたような気がする。

 アリスやアルスへの『何とかしたい』という思いがあって、でもアレスレード伯爵その者に何かをできる訳ではないから、自分なりに進めると思うことをやってのけたのだ。

 ケビンとリースと、そしてまだ見えない何かを繋ぐものは、確かに今の自分では何かをできる訳ではないのかもしれない。だが、自分は今『何とかしたい』と思って、無意識なりにできることをやったのだ。それは変わらない。

 あの時と違い、結果は見えてはいないけれど、けれど悲観はしなくていいのかもしれない。

 そんなことを、ヨシュアの言葉を呼び水にして考えたカイトは笑った。

「判った」

「それじゃ、一緒に行こうか。《第四星層》へ」

 

 

────

 

 

 第三星層、《金の道、銀の道》の終着点。カイトの封印石が現れた場所に、ケビンの持つ《方石》をもって転移した。

「転移か……翡翠の塔の異空間に来たときみたいな感覚だ」

 影の国における、初めての転移を経験したカイトは、さすがに感動まではしないが神妙な面持ちで体験を反芻した。

「ふむ……影の国か。僕としては、こんな夢幻のような場所は素敵な美女と共に体験したいものだが」

 オリビエはいつもと変わらない陶酔した表情ではあるが、そのなかに少しずつ帝国皇子として見せた真摯さを見せてきている。そんな彼に、仲間内では年も近く飲み仲間のジンが一言。

「くくっ、そりゃ例えばシェラザードとかい? いつも一緒に飲んでいるじゃないか」

「あれは呑まれているだけさ。いずれにしても……ここでも彼女と酒を交わす気はするね。そうでないのが一番だが」

 今ここにいるメンバーは、ケビン、カイト、ヨシュア、オリビエ、ジンの五人。完全なる男子面子での出陣である。

 今回、女性陣は一切積極的に同行しようとはしなかった。これについてはヨシュアを除く全員が察している。すなわちリースの機嫌をあそこまで損ねたケビンと、半ばその同類だった男どもへの無言の圧力である。基本的に強い圧を放つのはジョゼットだったが。圧ではないもののクローゼとユリアにも『星層へ行ったほうがいい』という目線を向けられた。とどめはティータの「いってらっしゃい!」という満面の笑顔だった。

 こういう時、男の立場はどこまでも弱かった。五人全員が元々第四星層へ向かうつもりだったのだが、なんとも居たたまれない気分になったものである。

 ともあれ、目的そのものに変わりはない。ケビンも多少のもどかしさはあるものの、さすがの精神力で前を見据えている。そしてヨシュアはさすがの朴念仁ぶりでケビンを補佐するという覇気を瞳に宿していた。

 一同は交わった道の終点を見る。そこには白い煌めきが星屑のように浮かび上がる魔法陣。

「まずは進まないと始まらへん。行きましょうか」

 ケビンを筆頭に、一同は魔法陣へ歩を進めた。

 再び、転移と同様な浮遊感と光に包まり、そして気も失わないうちに収まる。

 広がる景色は、庭園のような異空間然としたものではなかった。

 空も見える。風も感じる。匂いも判る。

 踏みしめる大地は芝と土、遠くに見えるは崖の向こうの山々と、近くに見えるは針葉樹。

「ここは……」

 カイトは呆然とする。ここは、本当に翡翠の塔の裏のような異空間なのか。

 ケビンは言った。

「ここも……王都と同じように再現された偽物やろうね」

 カイトが開放される前に探索したという王都グランセルも、現実とは遜色ない空間だったという。異界に取り込まれた王都かとも思ったが、それは道中に現れた影の王自らが再現された偽物であると断言した。

 ケビンの言葉はその過程があってのことだが、カイトだけでなく全員が驚いている理由は別にある。

「ふむ。俺は外国人だからか……」

「奇遇だね、ジンさん。僕も思うよ。というわけでカイト君、ヨシュア君」

「へ?」

「この場所は本当にリベールなのかい?」

 影の国に取り込まれた人物は、今のところリースを除き全員リベールの異変に関わっている。そして方石出現の経緯などから、多くはリベールの場所を再現するものだと疑わなかった。

 だが、関係者に関わる場所だというのであれば、その場所を知っている誰かがいる筈である。

 アルテリア法国のケビン、共和国のジン、帝国皇子たるオリビエ、帝国出身リベール育ちのヨシュア、外国出身リベール育ちのカイト。

 面白いことにこの場に純粋なリベール人はいないのだが、そうでなくてもカイトとヨシュアは疑問符を浮かべるのみだった。

「僕には心当たりがありません」

「オレも。山間部は多くても、リベールにこんな崖の上の平地なんて限られていると思うけど」

 鈍感な男ども、しばしの間沈黙。

 結局答えを得たのは看板だった。五人はすぐ傍にあるそれを見つけ、納得する。

 《ル・ロックル訓練場》。大陸中部、遊撃士協会の総本山レマン自治州にある遊撃士の訓練場だ。カイトの記憶に新しいのは、エステルがヨシュアを探す旅に出る前に修行として訪れた場所だ。

 遊撃士に縁ある場所、それがこの訓練場だ。であれば、ここを探索することで解放できる人物も自然予想がつく。

 そんな時。霞より幽霊のように、一人の女性が現れた。

「……ケビンさん、あの人が?」

 初めて見るその姿に、少なからず警戒の色を隠せないオリビエとジン。だが同じ状況のカイトは、どこか落ち着いてケビンに聞く。

「ああ……《彼女》や」

 先頭のケビンが、落ち着いた様子で近づいた。その距離はもう二アージュもない。

 それでも彼女の顔は見えなかった。存在そのものが朧気で、それでいて少しの恐ろしさもない。

 今の彼女には話すための口が見えない。それでも声は響き渡る。

『よくここまで……来ていただけました……』

 まったく怖くなどない。存在感のない涼やかで、けれど慈愛に満ちた声。

『この《第四星層》には……三つの《修練場》があるようです……』

 懐かしさを感じるのは自分だけじゃないだろう。そう、カイトは感じた。

『それぞれを制すれば……次なる道が開かれるはず……どうかこれを……』

 彼女は、手を前にかざした。ケビンがそれに応じ、てを添える。淡い光と共に、一枚の紙が。

『ですが……どうか……気を付けて』

 たったそれだけのことで、彼女の姿は透けていく。

『《影の王》の狙いは……あなた……の……』

 声が、響かなくなった。確かに涼しげだった彼女の声が消えて、なのに少しだけ寒くなった気がした。

 沈黙する一同。

 ケビンとヨシュアが話し合う。

「消えてしもうたか。力を奪われているせいか、満足に姿を見せられへんって感じやな」

「ええ……彼女のほうも歯がゆいのかもしれません」

 それでも、彼女はこの星層を探索するための重要な手掛かりをくれた。ケビンが手にした紙は、このル・ロックル訓練場周辺の地図だった。

 五人の目の前にある宿舎を起点に、地図には《バスタール水道》と書かれる施設が示されている。《彼女》が示した三つの修練場には数がそろわないが、これもまた影の国特有の現象が働いているということだろう。一同は覚悟を決め、示された水道へ向かうことを決める。

 道中、魔物の襲撃は幾度かあった。通常の魔獣よりも知能が高い、武器も使用して徒党を成す半獣人たち。五人はそれぞれの役割を果たし、体力を温存させつつ踏破を試みる。

 だが、体力を温存させるなんて計画はバスタール水道を歩いて五分で頓挫すこととなった。

「バスタール水道……? 溶岩道でしょ、これ」

 水路を流れるのは心を揺蕩う静水ではない。その逆、全てを踏み荒らす赤白いマグマ。地下道はわずかな導力灯だけで薄暗いとは誰が言った。溶岩が轟轟と通路を照らしている。

 汗を滴らせて文句を垂れるカイトの気持ちは、きっと他の四人も同じだろう。バスタールの地下道の突破は速度としては順調だが、体力はその逆で大魔法を連発する時の残存導力のようにみるみる減っている。

「ああー! 暑い! 熱い! 暑苦しい!」

 カイトは白のワイシャツを脱ぎ、鬱陶しそうに腰に巻いた。もう導力銃は常に手に持つしかない。

 時々魔物を警戒する傍ら、五人の後方を歩くジンはカイトを見て笑う。

「はは、さすがの最年少もこの暑さには参るか」

「当たり前ですよ。これはもう年とかどうとかの問題じゃない」

 カイトは前を見た。先頭のケビンは、神妙な面持ちで進んでいる。オリビエはヨシュアに多少疎まれながらも真面目な会話と続けていた。

 ジンはなおも滴る汗をぬぐいながらカイトに語り掛けた。

「他の奴からも言われているだろうが……お前さんもまた腕をあげたようだな」

「ありがとうございます、ジンさん。今は謙遜せずに受け取りますから」

 リベールの異変からすでに半年以上の時間が立った。復興が落ち着いたのを機に、ジンはカルバード共和国に戻り、カイトはクロスベルへ向けて旅立った。カイトは既に三か月もの時をクロスベルへ過ごしている。

 多くの苦難と心の前進を強制した異変とは違うが、それでもクロスベルの忙しさはまた遊撃士としての実力を伸ばしている。現在のカイトは正遊撃士E級……クーデター事件が起こった頃のアネラスと同様のそれだ。

 カイトは今の自分に、それなりの自信を持っていた。

「ジンさんは、今は?」

「共和国内を端から端まで飛び回っているぞ。長く国を空けていたもんだから、中々同僚たちが休ませてくれなくてな」

 ジンは笑う。彼自身は謙遜しているが、紛れもなく大陸有数のA級遊撃士だ。期待も大きいのだろう。

 百年前より王国から民主革命がおこり、共和国となって力をつけてきたカルバード。領土はエレボニア帝国を凌駕するともいわれる。

 そういった中では、平時であっても遊撃士の存在意義は大きい。というより、そもそも平時でないことも多いのかもしれない。

「……その、結社の気配は共和国にはありますか?」

「ふむ……そういった予感めいたものは感じない。今はまだ」

 ともにリベールの異変を駆け抜けてきた仲間。二人の会話で気にするのといえば、それは結社のことだ。

 だが実際に共和国にいるジンにとっては、結社なんかよりたくさんの懸念事項もある。

「今は、むしろテロリストの活動が活発化していてな。そうした事件の対処にあたることのほうが多い」

「テロリスト……あのCとかGとか、ですか」

 カイトが思い出すのは──実際に彼ら自身がテロリストだと名乗ってはいなかったが──帝国ヴェスティア大森林での戦いだ。

 カルバード共和国におけるテロリストとは、その多くは《反移民政策主義》の一派のことを指す。カルバード共和国は諸外国と比べて、特に多人種が集まる民主主義国家。移民も多く、それによる弊害も当然起きている。所謂保守と呼ばれる勢力が、流入の止まらない移民を排他しており、リベールとは比較にならない過激な事件が起きているのだ。

 共和国軍のみならず、柔軟に事態に対応できる遊撃士の存在は欠かせないだろう。

 それに付随して、ジンはこうも続けた。

「大陸東部の不毛化も……東方移民に拍車をかけてるって聞いたが」

「それは……また結社がどうとか関係なく不安ですね」

 聞けば、ここ数年でゼムリア大陸は東端から崩壊しており、人が住めない環境になっているとか。

 カイトが大陸西部のリベール王国にいたからというのもあるが、初めて聞いたにしては恐ろしく不穏な話題だ。色々と理由はあるのかもしれないが、着実に崩壊が進んでいるということに戦慄を覚える。それはカルバード共和国に移民が流れ込むのも仕方ないといえるかもしれない。彼らにも命がかかっているのだとすれば、行動そのものを否定することはできない。

 かつて、クローゼは言った。このリベールで起こった事件の数々が、ゼムリア大陸に張り巡らされた導火線に対する着火剤のように感じたと。

 カシウスも言っていた。リベールを混乱に陥れ、帝国軍侵攻による併合一歩手前まで動くことになった異変が、彼をしてこれから起こるという激動の時代の前震にすぎないということ。

 共和国で勃発するテロリズム。クロスベルに巣くう闇。大陸東方で生じている崩壊。帝国で高まる革新派と貴族派の台頭。

 カイトは身震いした。決して、リベールの異変が終結したからと言って楽観視していい状況ではない。

「そういや、共和国方面でカイトに伝えておくことなら《黒月(ヘイユエ) 》のクロスベル進出かもしれんな」

「ヘイユエ?」

「ああ、黒月ってのは──」

「ジンさん、カイト君。そろそろ終点になりますよ」

 会話に熱の入り始めた二人をケビンが制した。地下道内の広い空間。外に通路はなく、おあつらえ向きに一人の人間らしき存在が背を向けて立っている。

 その人物には見覚えがあった。

「アネラスさん」

 振り向く少女は、遊撃士として動きやすい恰好で、太刀を携えている。もうすぐ立派な大人になるはずなのだが、きっといつもの調子であれば彼女は子供のようにはつらつとしているのだろう。

 見開かれた目の奥の瞳が、どこまでも生気のない、という状態でなければだが。

 五人が各々の得物を構える。

 ケビンが言った。

「事前に説明したとおり。あれはアネラスちゃんやありません。彼女に擬態した魔物(グリモア)です」

 その魔物は、擬態した人物の能力を完全にトレースするのだという。油断はできない。

「男五人で袋叩きとは気の毒だが……まあ観念してもらおうか」

「ふふ……僕はたとえ偽物でも、愛をもって狩らせてもらうがね」

 ジンとオリビエが調子を出してくる。同時にアネラスグリモアが太刀を掲げ、それによって大広間のいたるところから大小さまざまな魔物が出現した。

「一筋縄じゃ行かないね。でも……」

「ああ、負ける気はしない」

 ヨシュアとカイトは言う。

 アネラスグリモアは、所詮は人の動きをまねただけ。そこに意図はあるかもしれないが、意志はないだろう。

 手ごわいことに変わりはない。だが、自分たちは絶対に負けない。

「彼女を倒せば、きっと本物を助けられます。さあ、気張りましょうや!」

 ケビンが大音声で号令するとともに、魔物たちが突っ込んでくる。

 不敵な笑みを携えて、カイトはその身に琥珀の波を纏わせた。

 

 

 







VS偽アネラス戦

最近心理学の本を読んでいるんですけど、その中で自我、意識の階層、自己、影、アニマ、ペルソナ、などの用語が出てきます。
自己啓発の一環ですが面白く感じるのと同時に、その知識を持って3rdの物語を振り返ると、「本当にこれはケビンのこころを問う物語なんだなあ」というものを感じました。
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