心の軌跡Ⅱ~重なる標~   作:迷えるウリボー

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75話 海都の憧憬③

 

 

 オルディス実習における最初の課題は、手配魔獣討伐から始まった。

 ラマール街道の手配魔獣。三つ首の蛇が巨大化したような魔獣の群れ。今までと比べれば明らかに手強い敵ではあったけれど、仮にもたくさんの修羅場を潜ってきたⅦ組だ。しかも、ラウラ、ガイウス、ミリアム、ユーシスにカイトという戦闘慣れしている人間がほとんどの面子。マキアスにしても十分に慣れたものだし、それぞれ軽傷を負う程度で討伐することができた。

 都市と街道を隔てる外壁を見つけ、早々とオルディスに二度目の到着を果たす。

 まず、目にしたのは陸側の玄関口。駅に面した商業区画。富裕層向けのホテルや、《リヴィエラコート》という貴族御用達のマーケットが存在する。

 そこでは、支配人から平民の客への配達を頼まれ、早々にオルディス各区を手分けして回ることになる。実習責任者のオーレリア将軍の采配か、課題の数が多いための強行軍になった。

「ってことで、《北通り》に《オルディス港》を回って戻ってきたわけだけど……忙しすぎるだろっ」

 カイトは商業区画に戻るなり両膝に手をついた。そんな様子を、隣にいるマキアスも疲労したことには同情して眼鏡を整える。

「……人前でその態度は止めてくれ、カイト。ようやく配達を終えたところだろう?」

「でも、この後また港に行って交通整備の課題があって、大聖堂から薬草調達のお決まりの依頼があって」

「お決まりってなんだ。遊撃士なら珍しくないのか?」

「で、北通りで新興商店開店調査の協力があって……まだあるぞ」

「さあ、まだユーシスたちもいない! 僕たちは休憩だ!」

 マキアスは現実逃避してカイトを置いていった。

 数分後、カイトは商業区画中心の小広場の長椅子に座っていた。太陽は、徐々に天高く昇ろうとしている。

「……ガイウスたちも、まだ来ないか」

 最初に取り掛かった配達依頼。カイトとマキアスが組んで港の周辺の配達に回った。ラウラとガイウスは貴族街の中の侍女などの下へ。ユーシスとミリアムは貴族街近くの区画へ。それぞれ分担し、終わったら商業区画へ戻るという計画を立てたのだ。

 残る二組はまだ戻って来ない。なるべく均等になるように分担したが、ミリアムなどは暴走しそうだし、時間がかかるのも無理はない。

 ふと、カイトは自分の正面にあるものを見た。そこには商業区画の中心にある、女性の石像がある。

「《碧のオンディーヌ像》か」

 呟いたところで、マキアスが戻ってきた。カイトに紙コップに入ったフルーツジュースをくれる。

「ほら、カイト。近くの露店で売ってたぞ」

「ありがとう。マキアスもずいぶんと柔軟になったね」

「まったく、皮肉じゃなければもう少し素直に喜べるんだが」

 マキアスはカイトの隣に座った。

「像を見てたのか?」

「うん、《碧のオンディーヌ像》。マキアスならわかる?」

「一応はな。帝国各地には中世の頃から精霊信仰があった。その頃崇拝されていた海の精霊だ」

「さすが博識。そっか、確かレグラムとか、ルナリア自然公園とかにもそういうのあったもんな」

「レグラムと……ケルディック? 君、確か実習ではいかなかった場所じゃないか?」

「入学する一年くらい前に行ったことがある」

「例の協会がらみの事件か」

 数秒の沈黙。

「マキアスのは珈琲?」

「ああ、いつものことだ」

「変わらないなぁ」

「こればかりは変わらないさ」

「変わったこともあるよ。オレもマキアスも成長したと思う」

「君から僕に対してそんな言葉を聞くとはね」

「あはは、これでもオレは貴族嫌いだったマキアスに共感してたんだよ?」

「今でも嫌い、と言えば嫌いさ。特に、ユーシスなんかな」

「はいはい」

 マキアスからもらったジュースを飲み干した。手頃なゴミ箱に捨ててから、カイトは再び長椅子に戻る。

 マキアスがカイトに問いかけてきた。

「それで? 遊撃士のカイトは、この課題に違和感を覚えているんだろう」

「わかる? そこに気づくなんて、マキアスも課題に慣れたもんだね」

「……僕だって、もう六回目の実習だ。同じような配達や調達の課題もそれなりにしてきた。だから思うよ、『少し配達量が多すぎじゃないか?』てね」

「うん、オレも同じ意見だ」

 Ⅶ組は、帝国の多くの都市で二日間あるいは三日間の実習を重ねてきた。帝国五大都市も含めてだ。

 カイトも遊撃士になってからの数年間で、この手の依頼は何度もこなしてきた。

 それでも、日常のちょっとした依頼なのに、3グループに分かれてそれなりの数をこなすというのは明らかに多い。リベールの異変の時の依頼に迫る。

「ならどうしてこんなに課題が多いのかってことになるんだけど。この際、あのオーレリア将軍の遊び心っていう可能性はなくして」

「僕たちは、他の実習地でも課題を通してその街の風土や情勢を知って来た。それを逆算するなら……」

「テロリストが跋扈(ばっこ)して、二大派閥が水面下で火花を散らして、しかもここは一勢力最大の都市。そういった影響が、今の課題にも現れているのかもしれない」

 つまりは、課題である配達の需要がありすぎる、ということ。

 今はまだそれが何に繋がるのかはわからないが、研ぎ澄ませておくべき感覚だ。

「カイト、マキアス」

 声が聞こえたほうを振り向くと、ラウラとガイウスが近づいてきたところだ。

「二人とも、お疲れ様」

「首尾はどうだ? 貴族相手じゃないとはいえ、貴族街は疲れただろう」

 マキアスが、彼らしい問いかけをした。ラウラとガイウスは体力も度胸もあるので、マキアスが心配するほどには疲れていないようだ。

「私としては慣れたものだが。知り合いにもあったしな」

「人の多さは帝都で慣れた。あえて言うなら、俺は潮風に慣れないかもしれないな」

 長椅子に座るカイトとマキアスに相対するように、ラウラとガイウスは立って休む。

「ユーシスとミリアムはまだ来てないのか?」

 ラウラが聞いてきた。マキアスが答えた。

「大方、ミリアムに振り回されているんだろう」

 オルディスにいること自体が危険であるミリアム。そして、彼女の自由奔放で明朗快活な言動はTPOを弁えない。だからこそ、ユーシスは「このガキは俺が監視する」と彼女の首根っこを掴みながらペアを申し出ていた。ミリアムも喜んでいたし、他のクラスメイトも特に否定はしなかった。ミリアムを制御するならユーシスが──若干負けそうで怖いが──適任だとも思った。

 結果、遅れているのであれば負けているのかもしれない、とカイトたち四人は嘆息した。

 ユーシスとミリアムが集合場所の商業区画に戻ってきたのは十分後だった。ミリアムは15段アイスというわけのわからないものを頬張りながらやって来た。ユーシスはその後ろで疲労困憊な様子だった。

「あっみんなー! もう終わったのー!?」

「ミリアム、そのアイスは……?」

「戻る途中に売ってたよ! カイトも食べるー!?」

「まあ、うん。溶けそうだしもらうけど」

「ガイウスもー!」

「ふふ、いただこうか」

 ラウラとマキアスに近くにたどり着くやいなや、ユーシスは膝に手を当てた。

「……誰かこのガキを何とかしてくれ」

「心なしか、レグラム出発の朝にもそなたのそんな姿を見た覚えがあるな」

「初めて君に同情したよ、ユーシス」

「……減らず口を、レーグニッツ」

 九月、秋口。晴天で穏やかな空の下のオルディス。

 Ⅶ組は特別実習であっても変わらないでいる。

「さて、次の課題だ。ユーシスは少し休む?」

「俺を見くびるな。この程度、問題ない」

「了解」

 頼もしいクラスメイトたちを眺めわらって、カイトは封筒からまた課題の紙を眺めた。

「次は……『港での交通整備の手伝い』と『港湾区の宿酒場の依頼』あたりかな」

「ふむ、『大聖堂からの薬草の調達依頼』はどうだ?」

「ガイウス。それ、まず間違いなく街道に出る。手配魔獣と一緒にカタをつけよう」

「ふむ、そうか。遊撃士の言葉なら納得だ」

「アイスおいしー!」

 カイトとガイウスが話し合う隣で、ミリアムはまだアイスを頬張っていた。やっと10段目に突入した。

「さすがに課題の数も多いからな……また3・3でもいい、メンバーを分けるか?」

 ユーシスが言った。ミリアムを一人では制御できないというユーシスらしからぬ弱音が明々だった。

「……じゃあ、三人ずつで分かれて二つの課題をこなそう」

 話し合いの結果『港での交通整備の手伝い』をカイト、ガイウス、ラウラが、『港湾区の宿酒場の依頼』をユーシス、マキアス、ミリアムが担当することになった。

 おおむねカイトが流れで決めたのだが、ユーシスとマキアスが怒髪冠(どはつかんむり)()く相貌でカイトを捉えていた。

 ミリアムを屋内へ閉じ込め、B班の中では体力面の劣るマキアスに屋内での作業を促し、同時にミリアムの監視を任し、ユーシス自身も二人を監視できる采配にしたつもりだったのだが。そして港側は交通整備であれば体力が必須だろうから、カイト自身が踏ん張り、そしてラウラとガイウスを頼っている。

「……これ以上ない采配だと思うけど?」

「ふざけるなレグメント」

「やっぱり君は知識をつけて頭の回転を──」

「ユーシスとマキアスにも、アイスアターック!!」

 ミリアムが男子二人の口に残ったアイスを全部突っ込んだ。

『ウグッ!?』

 カイトはもう諦めて、真面目に聞いてくれるラウラとガイウスに向き直った。

「それぞれこの課題を片付けた頃には昼が過ぎると思う。オレたちが宿酒場に戻って、そのままみんなで昼食を食べよう」

「ああ」

「心得た」

 そうして、再びB班は分かれて課題を始めた。

 帝国では珍しい港を持つ都市だ。入港する船から次々と荷物が搬入される。それだけでなく、観光客も同様に入ってくる。そうやって、平民もそれなりに入り乱れる姿は貴族の街としては珍しい風景かもしれない。

 そんな港での交通整備の手伝い。課題に回されるということはやはり人手が足りていないということで、カイト、ラウラ、ガイウスの三人は課題元の警備員の指示の基、三位一体で人や物の流れを見極める。

「さすがは……帝国第二の都市かっ。人が多くて少し参るぞ」

 カイトの後ろでラウラがそう呟いた。生真面目な彼女にしては珍しい弱音のように思う。

 貴族とはいっても、実際は公爵から騎士階級まであり、大貴族の領主から土地を持たない者までいる。自分を『田舎者』と揶揄するラウラからすればこの風景は珍しいものか。

 カイトの隣に立つガイウスも高原の遊牧民だ。帝都の時もそうだったが、そもそも大地に生きた民としては商業区画で言ったように潮風に慣れていないらしい。

 ガイウスはカイトに尋ねた。

「カイトは、ある意味でユーシスより落ち着いているな。帝国の情勢はともかくとして」

「ガイウスはルーアンを見ただろ? 規模は全然違うけど、この雰囲気は日常茶飯事だったんだ」

 ルーアンはリベール王国の中では一地方都市に過ぎない。けれど、それなりに観光客も多かった。人の多さそのものは新鮮ではない。

 往来の流れを制御して、搬入業者に道の案内をして、忙しく動き回る。この三人の人選で正解だと思った。

 そうして課題に邁進して、数時間。少し体が汗ばんだ頃、ようやく課題を終えることができた。

 疲労し始めた体を癒すため、カイトたちはユーシスたちが課題をしているはずの船員酒場《ミランダ》へ向かう。昼過ぎ、港の船員たちが馬鹿騒ぎをして休みを謳歌した後の時間帯。船員たちがわらわらと酒場を後にした頃、カイトたちは逆に酒場に入る。

「あ、カイトたち! そっちの課題は終わったの!?」

 変わらず元気一杯なミリアムが看板娘のように出迎え、そしてマキアスとユーシスは酒場の隅のテーブルに突っ伏していた。

 『港湾区の宿酒場の依頼』も仕事そのものは単調で、忙しい昼時の雑用を給仕も含めて手伝うというもの。だが豪快な船員たちと、ミリアムの暴走によってマキアスとユーシスはいつも以上の疲労を溜め込むことになった。手伝いを願ったのは女将である女傑ミランダ。普段から店を切り盛りしている女将ではあるものの、ここ最近は夏至祭の時期というわけでもないのに忙しさが尋常ではなかったらしい。船員たちと入れ違いでやって来たカイトのことをミリアムたちのクラスメイトと認識して、課題を終えたお礼としてB班全員の昼食を賄ってくれることになった。

 なんだかんだで、お礼を言われるくらいには真面目に課題をこなしたユーシス、マキアス、ミリアムの三人である。

「疲れた……本当に疲れたぞ」

「……もうこのガキのお守りは御免だ」

「あはは! ユーシスもマキアスも面白ーい!」

 両端の男子を放っておいて変わらない様子の幼女だった。

「クラス一堅苦しいこの二人を沈黙させるとは、さすがミリアムだ」

「というか、このエネルギーはどこから来るんだろうな……?」

「ミリアム、課題の方はどうだったんだ?」

「えっとね、ガイウス」

 昼食をとりつつお互いの情報を共有する。

 カイトたち港の方は、感じた違和感をそのまま伝える。一方酒場の課題も給仕と雑用を手伝うという単調なものではあったが、やはり数の暴力とでもいうような殺人的な忙しさがあった。

「ユーシスもマキアスもいーとこのお坊ちゃんだもんね。早々にバテちゃってさぁ」

「お前のような能天気な子兎と比べるな……」

「僕なんて、親父さんたちに捕まって胴上げされたんだぞ……」

 なぜ? と思うカイトたちだった。

「まあ、ともかくミリアム。ここまでの午前中の課題で感じたことがあるだろ?」

「あれ? カイトたちもわかるの?」

「バテてるけど、きっとユーシスとマキアスも同じだよ。情報畑じゃなくたって、この違和感は気づくさ」

「ニシシ、よかった。オジサンに言われて入ったクラスだけど、やっぱりみんなオモシロイね」

 ミリアムは笑う。そして言う。

「配達の課題も、カイトたちの港の課題も、ボクたちの酒場の課題も、ゼンブ平民側からの依頼だもんね」

 さすがにここまであからさまだから、Ⅶ組B班全員が、今のミリアムが語った違和感に気づいている。

 ようやく顔を上げたマキアスとユーシスが語った。

「バリアハートの課題の時、ピンクソルトを調達するっていう課題があったんだ。もちろん、僕たちはその課題を達成した」

「課題の詳細は伏せるがな。ともかく、その課題には公都の伯爵が一人関わっていた」

 一方、同時期にセントアークに赴いていたガイウスとラウラ。

「セントアークでは、そもそも実習地責任者がハイアームズ侯爵だったからな」

「そして領邦軍から受けた課題もあった。軍人然とした態度だったが、俺たちを頼りにしていたのは確かだった」

 あの頃、バリアハートでもセントアークでも、貴族が関わる課題があったということだ。

 このオルディスではそれがない。

 この時期に平民側の需要が異常に増えている。そもそも貴族からの課題は少ないとはいえ、それがピタリと止まった。

 昼食を食べ終えたカイトが言った。

「単純にこの街が活気づいているならいいけど、そうと決めるのは時期尚早だと思う。情勢を考えれば貴族が内にこもっているとも思える」

 考えすぎじゃないか? とは誰も言えなかった。半年間の特別実習はそれほどに濃厚だった。

 いずれにしても、判断するためにはこの紺碧の海都を知らなければならない。

「さて、みんなお昼食べ終えた? そろそろ行こう。午後の活動開始だ」

 ミランダに礼を言いつつ、カイトたちは外へ出る。忙殺的な午前の活動ではあったが、昼食休みでユーシスとマキアスも含めて回復した。

 残る課題は『アウロス海岸道の手配魔獣』と『大聖堂からの薬草の調達依頼』の二つ。大聖堂の近くに海岸道へ続く出口があるので都合がよかった。港から北通りへ進み、大聖堂が建つ貴族街へ。

 そこで騒ぎに気付いた。

 空気が、張り詰めている。

「妙だな……午前中に来たときは穏やかな貴族街だったのだが」

 ラウラが言う。

 気温も、湿度も、潮風もなにも変わらない。けれど張り詰めた空気というものは、肌でわかる。そして野次馬のように立ち止まる貴族や平民、たくさんの人々の視線でその元凶もわかる。

「あっちだ」

 カイトが進む。半歩遅れて、仲間たちが一緒に着いてきてくれる。

 貴族街の表通りとも言うべき場所。目の前にはオルディス大聖堂があり、カイトたちがオルディスへ降りた空港に続く道もあり、そしてカイエン公爵家の城館に続く道もあるその場所に。

 ラマール州の領邦軍兵士たちと、そして鉄道憲兵隊が睨み合っていた。

「なっ」

 驚いたのは、ミリアムを除く全員だ。

 どうして正規軍の精鋭であるTMP(鉄道憲兵隊)がここにいる。それだけではない、どうしてオルディス駅から離れたこの場所まで革新派が出張っている。そしてなぜ剣呑な雰囲気となっている。

 ただでさえいがみ合っている二大勢力。この往来で間違いなど犯さないだろうが、それでもどうなるか分かったものではない。

「みんな、できる限り近くにいこう。何かがあれば、迅速に対応できるように」

 カイトの言葉に反対する仲間はいなかった。

 

 

────

 

 

「──説明してもらおうか? なぜ《ラマール領邦軍》が我々鉄道憲兵隊の行動を邪魔するのか」

 十名の鉄道憲兵隊がいる。その戦闘に立つ男は、目の前で睨み合うラマール領邦軍の隊長に向けて尋ねた。

「──オルディスの治安維持は我々ラマール領邦軍の役割だ。貴公らよそ者がこれ以上我が物顔をしないでもらおうか?」

 ラマール領邦軍の兵士の数もまた十名。先頭に立つ隊長が、TMPの隊長である男に向けて負けじと弁論を述べる。

「お言葉だが、我々は正規の手続きを踏んで任務を遂行しているだけだ」

「正規の手続き、か。それが我らラマール領邦軍に睨みを利かせるというのなら、憤慨するのも当たり前だと思うが」

「それは、我々の調査に心当たりがある、と解釈していいのかな」

「……」

 双方の隊長は変わらず睨み合い続けている。一触即発と言っても言い過ぎではない雰囲気だった。周囲にも貴族、平民を問わず群衆が様子を伺っている。当事者だけではない、誰であろうとテロリストが跋扈する今の帝国でのこの状況は理解している。

 TMPの隊長は口を開いた。

「再三、領邦軍には伝えている。我々の訪問事由も、調査地域も」

「……」

「妨害をするというのであれば、それは帝国法に違反することとなる。調査の対象がラマール領邦軍、果てはラマール州そのものにも及ぶことを、忘れないでもらおう」

「……鉄血の狗が」

「違うな。我々は帝国の守護者だ」

 だが、この隊長たちは冷静ではあった。少なくとも、カイトがオーロックス砦で遭遇したような、出会い頭に武器を構えて囲んでくるような者たちではなかった。

 最後に互いの勢力は盛大に睨み合い、けれど何事もなく、領邦軍の兵士たちは踵を返して遠ざかっていった。

 冷戦は、冷戦のままで終わるのがいい。群衆もまた、火花が途切れたのを見てまた往来の何でもない人たちへと戻っていく。

「ふぅ……」

 TMPの隊長である男は、緊張が切れて一息ついた。そんな彼を、後ろの憲兵隊員もまた疲れた様子で見る。

「少佐」

「問題ない。あちらの態度は気にするな。重要なのは我々のここでの任務に従事すること。そして、()()()との連携を図ることだ」

 当然、TMPも無計画で貴族派の中心地に足を踏み入れたわけではない。それ相応の目的があり、危険を冒してでも正規軍としての活動をすべきと判断する根拠があった。

 男は、息を吸う。重要なのはこれからの調査。隊員たちを冷静に指揮しまとめ上げること。

 だが、吸った息は思い通りに吐くことはできなかった。

「ミハイル~!」

 TMP隊員ではない少女の声。全員が、その朗らかな声に振り向く。近づいてきたのは声の印象と違わない、十代の幼い少女。赤い制服を着た碧髪の少女だった。

 一瞬隊員たちが警戒するが、先頭の隊長が彼らを手で制した。

「お前は……ミリアム・オライオンか」

 少女──ミリアム・オライオンは、TMPのクレア・リーヴェルトと同じ鉄血の子供たち(アイアンブリード)。密な交流ではないが、クレア大尉と関わりのあるミリアムを知っているTMP隊員はいる。隊長もその一人だった。

「おいミリアム!」

 そして一人で突っ込むミリアムを放っておく仲間たちではない。カイトが、ユーシスが、B班全員が雪崩のようにTMPの眼前へ。

 ミリアムの頭をガシガシ叩きつつ、カイトは隊長に頭を下げた。

「すみません! こいついつも自分勝手で! オレたちで厳しくしかっておきますから!」

 カイトがペコペコ頭を下げる。ミリアムは若干不機嫌になる。

 そんな少年少女たちをみて、隊長は気づいた。

 赤い制服の少年少女。ケルディック、セントアーク、ヘイムダル。そこでの活躍は、否応なく少年少女たちの噂は方々に巡っている。

「なるほど……お前たちが、トールズ士官学院の《特科クラスⅦ組》か」

 そして、カイトたちもまた状況を理解する。

 ミリアムへのカイトの制裁が納まった。

 クレア大尉を介してミリアムとも繋がりがある、彼女と同レベルのTMPの尉官、いや佐官。

 隊長は口を開いた。

「ミハイル・アーヴィング。鉄道憲兵隊所属、少佐を勤めている」

 特科クラスⅦ組と、《不撓》のアーヴィングは接触した。

 ミハイル少佐は、並び立つⅦ組B班を観察した。

「特科クラスⅦ組か。遊撃士、公爵家子息、情報局諜報員……なるほど確かに突飛な集団のようだ」

 Ⅶ組の面々もTMPの一般隊員も、ミハイル少佐を見守っている。

 ただ、やはりミリアムだけは相変わらずの言動していた。

「ねえねえミハイル~、なんでここにいるのー?」

 ミリアムは普段ユーシスやリィンにするように、少佐の腕に巻き付いた。が、ミハイル少佐は冷徹にミリアムを振りほどいた。

「弁えてもらおうか、オライオン。今のお前の立場は一学生に過ぎん。リーヴェルトと交流があるとはいえ、守秘義務をおいそれと明かすわけにはいかない」

「ム~……」

 当然の判断だ。

「でも……気になるのは当然ではないですか?」

 カイトがミリアムとミハイル少佐の間に割って入った。

「……お前は、確かカイト・レグメントだったか」

「はい。ご存じなんですね」

「当然だ。二年前の鉄道のボヤ騒ぎでの反抗的な態度。リーヴェルトは許したかもしれんが、忘れたとは言わせんぞ」

「んぐ……」

 カイトの後ろでマキアスとユーシスが呆れた。

(そんな昔から首を突っ込んでいたのか……)

 ミハイル少佐は続ける。

「お前たちの活動が夏至祭で皇女殿下の御身を救ったことは称賛に値する。だが、本来はあくまで我ら正規軍の命だ。一学生が首を突っ込むことではない」

「そんなことはしません。けど、気になるのは当たり前じゃありませんか?」

「なに?」

「革新派が貴族派の中枢へ飛び込む。事情を知らなきゃ、明らかに貴方たちの挑発行為だ」

 この情勢下だ。カイト自身の目的もある。ミリアムが繋いでくれたミハイル少佐との会話の機会。活かしたいと思っていた。

 どうしてTMPがこのオルディスにいるのか。

(もちろん、相応の理由があるからこその行動なんだろうけど)

 カイトは考える。いや、きっと仲間たちも同じことを考えている。

 カイトは鉄血宰相が従える革新派を警戒してはいるが、少なくとも正規軍は帝国やそこに住む人たちを護ろうとしているのは理解できる。反面、貴族派の特に一部は明らかに既得権益を守るために他を害することを厭わない。そして帝国解放戦線との関係性。

 今までの行動からしても、貴族派の行動は明らかに過激だ。それを諫める鉄道憲兵隊なのだとすれば同調するが、下手に刺激するのは悪手だ。

「だから、平民とか貴族とか関係なく、気になりますよ。どうしてここにいるのかを」

 TMP隊員も無言を貫いていた。けれど、そこに迷いや後ろめたさといった様子は感じ取れなかった。

 ミハイル少佐はため息を吐いた。

「……話すことはできん。とはいえ、しつこく纏わりつかれても叶わん」

「それじゃあ」

「現在、TMPはオルディスとルーレに隊員を集中させている。今頃ルーレにも到着していることだろう」

「……!」

 Ⅶ組全員の顔がこわばった。

「ルーレの仲間たちに伝える(すべ)があるかは知らないが。精々危機の輪郭を見極め、無謀に手は出さないことだ」

 ミハイル少佐は手で隊員たちを促し、そうして去っていく。

 カイトはいたたまれずに頭をかいた。

「まいったな……予想はしてたけど、やっぱり今回の実習も波乱含みみたいだ」

 

 

 

 

 

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