九月二十五日、紺碧の海都オルディス。
ミハイル・アーヴィング少佐が率いるTMPとの接触の後、Ⅶ組B班は再び行動を開始した。残る課題である大聖堂からの薬草の調達依頼の内容を聞きに大聖堂へ。その後、薬草の調達と手配魔獣の討伐を兼ねてアウロス海岸道へ。
午前中をそれなりにハードに動いたので、それと比べれば体力的にも楽な課題に感じた。Ⅶ組B班は順調にアウロス海岸道で課題を達成する。
すべての課題を達成し、そしてオルディスの全容を把握したころには、もう夕方になっていた。カイトたちはオーレリア将軍から渡された封筒に記されたホテルに到着する。北通りの一角にある旅行客向けの富裕層向けホテルだ。
そこでチェックインを済ませたら、夕食をとるために再びオルディスへ繰り出す予定だ。
昼間、7組B班はミハイル少佐と接触した。それは、この特別実習もまた一波乱があるということをB班メンバーに意識させることになった。
そして今、カイトたちはまた分岐点へと進む。
「……皆さん!」
街中でかけられた声。聞いたことのある少女の声だ。そして、それはカイトとユーシスにとって顕著なものだった。
Ⅶ組B班が振り返った先。そこには、アリス・A・アレスレードが立っていた。少し息を切らしながら。
「……アリス!?」
「どうして、ここに……」
「はぁ……はぁ……お久しぶりです、皆さん」
今のアリスは、カイトがヘイムダルで会った時のような、町娘風の恰好だった。女学院の時の学生服でも、ウルスラ病院で出会った時の貴族子女としての雰囲気でもない。
アリスはカイトとユーシスの前にやってくるなり、耐えきれずに膝に手をついた。
ラウラも、ガイウスも、マキアスもそれぞれ声をかける。カイトとユーシスの後ろからではあったけれど。
唯一、彼女と初めて会ったミリアムが状況を飲み込めてはいなかったが。
「だれー?」
マキアスが答えた。
「ああ、アリスさんだ。ユーシスの婚約者」
「ふーん……え!? ユーシスってお嫁さんいたの!?」
「親の勝手な取り決めだ、何度も言わせるな。それに縁談相手だ」
「それより、アリス嬢。ずいぶんと疲れているようだが」
ラウラが尋ねた。
「今日っ……列車で来て……『赤い制服の学生がいる』って噂を聞いて……」
「もしかしてそれでオルディスを走り回ってたの? 相変わらず行動力がすごい……」
息を整え、アリスはようやくⅦ組B班を見据えた。
「アリス……?」
「ごめんなさい、カイトさん。八月の後、会えなくて。いろいろとあって」
「……いや、いいよ。心配したけど、こうして再会できてなによりだ」
女学院での会話、アリサとの誕生日プレゼントの話、そして通商会議後のこと。いろいろなことが思い出されて、いつも通りの調子とはいかない。それでも、カイトはまずは笑うことにした。
「力になる。その約束は変わらない。それにみんなもいる。まずは、遠慮せずに話してみてくれ」
どんっと胸を叩く。少しでも頼もしく在れるように。
それを聞いて、アリスはようやく相貌を崩した。
「実は……私の父、アレスレード伯爵の謀略について、皆さんにご相談があるんです」
その言葉に、Ⅶ組B班はわずかに空気を張り詰めた。
アリスの正面にいたカイトは、自分を捉えるような強い意志を持った瞳に、目が離せなかった。
────
Ⅶ組B班は、外で夕食をとるという予定を切り上げた。北通りの露店から軽食を注文して、ホテルの中へ。
もともと、男子四人、女子二人の部屋分けとなっていたらしい。そこで女子が三人に増えたと適当な嘘をでっちあげて、アリスをラウラとミリアムの部屋へ招待した。
男子たちは四人分の部屋だが、そこに女子三人を招いた。彼女たちをテーブルに座らせ、自分たちはベッドに腰かけ、まずは夕食に舌鼓を打つ。その間に、アリスとミリアムの自己紹介も済ませた。
そして本題だ。
「それで……アリス嬢。改めて教えてもらえないか? どうしてこのオルディスにいるのか」
ユーシスが尋ねた。それはアリスを知るⅦ組からすれば当たり前の疑問でもある。なぜ女学院にいるはずの彼女がここにいるのか。
実際のところ、事情を知るのはカイトのみ。そのカイトでさえ、今日オリビエから詳しい事情を聞かされたのだ。
そしてその情報を言うタイミングはこの一日の間では訪れなかった。
「えっと……カイトさん?」
「え?」
「……私が休学したこと、知らなかったんですか?」
「いや、知ってたけど」
ユーシスに頭を殴られた。
「さっさと話さんか、この馬鹿者」
「馬鹿っていうな!」
「そういう独りよがりなところあるからリィンと合わせて朴念仁と呼ばれるんだろうが!」
「オレは朴念仁じゃねえよ! というか婚約者ならユーシスこそ知っとけよ!」
「だから縁談であって俺にそこまでの権限はないと言っただろうが!」
アリスが、馴染み深い二人の馴染みのない様子に固まっている。
ホテル内、隣でワーギャー喚く男子二人。喧嘩するほどという様子だが、Ⅶ組であればそれほど驚かないことだ。
マキアスが呆れた。
「ユーシスって僕相手だと皮肉しか言わないけど、カイト相手だと手が出るよな」
「身長差的にちょうど叩きやすいからじゃない? あと、マキアスみたいに皮肉だけじゃ簡単に怒らないから」
「うぐっ」
「仲良しな友達の怒り顔がみたいってこと。ユーシスってばドSだよねー」
ミリアムの流れ弾がマキアスにヒットした。
ラウラが笑った。
「驚いたか? アリス嬢」
「は、はい……お二人とも、とても理智的に接してくださっていたので」
まだ喧嘩を続けているカイトとユーシス以外の全員が吹き出した。
「アハハ、ユーシスなんていつもボクのこと叩くし、カイトは一緒になって昼寝したり遊ぶけど」
「むしろ今の方が、緊張がとれた彼ららしい姿かもしれないな」
庇っているのかいないのか、ガイウスが朗らかに言った。
「はぁ……はぁ……この貴族のお坊ちゃんが」
「ぐっ……ふぅ……この脳筋遊撃士め」
カイトとユーシスの喧嘩が収まるのには三分ほどかかった。その間、特に誰も止めなかった。
「ふふっ。改めて、私がここにいる理由を説明しますね」
結局、アリスが自分で説明することになった。
「私は九月から……父の命によって休学し……イステットに閉じ込められていたんです」
また、空気が張り詰める。
カイトが聞いた。
「……アリスはもちろん、オレもアレスレード伯爵とは会ったことがある。ユーシスもだよな?」
「当然だ。ラウラはどうだ?」
「私はないな。だが噂なら人伝に聞いたことがある」
マキアス、ミリアム、ガイウスは当然知らない。
「もともと、アリス嬢と俺の縁談の話を俺の父──アルバレア公爵に持ち掛けたのは、アレスレード伯爵だった」
「ユーシス様。遠慮はなさらないでください」
「そうか……まあ、俺の父ともずいぶん
その言い方だけで、本人と会ったことのないマキアスたちにもアレスレード伯爵を理解させることはできたようだった。バリアハートでの特別実習の顛末は、あの時B班だったカイトたちも知るところだ。
カイトが言う。
「五月のセントアークの魔獣騒動。あの時Cがいて、あれは明らかに帝国解放戦線が実行した事件だった。……たぶん、魔獣を操っていたのはGだと思う」
「そうか……そうだったな」
カイトと同じく、セントアークにいたラウラとガイウス。そしてラウラは、Gの《降魔の笛》も直接見ている。
ただ、あの事件はⅦ組にとって不可解な点が多すぎた。カイトがCたちの鉄血宰相への怨念を予想できていたからこそ、『なぜ貴族派であるハイアームズ侯爵へCが攻勢を向けるのか』という点が謎ではあった。例えハイアームズ侯爵が穏健派だったとしても。
そして、カイトの中で記憶の奥底に眠っていたこの謎は、七月に浮かび上がった。
「アリスが言ったんだよな。自分の親父さん……つまりアレスレード伯爵が、あの事件の首謀者かもしれないって仮説を」
「……はい」
カイトにとっても忘れることのできない、旧校舎でのリィンの暴走があった日。あの時はエリゼと共にアリスも来ていて、その仮説をカイトだけに伝えた。
それは、カイトとアリスにとって口裏合わせのような形だった。調べようにも、大っぴらに誰かに話すことなんてできない。カイトは交流ができた貴族生徒にそれとなく、本当にそれとなくアスベル・A・アレスレードの話を聞くことしかできなかった。
アレスレード伯爵がセントアークの事件の首謀者だという話自体、仮説でしかない。とはいえ、全くそれらしい痕跡を匂わせることもなく、あの謀略の緻密さを思い知らされた。
アリスは続ける。
「今回、私が休学させられたのは……恐らく、貴族派のある計画のため」
「計画……?」
ガイウスが問う。ミリアムが、ユーシスが、目を細める。
「けれど、私がその計画に関わるわけではないんです。その計画は恐らく……遠くない未来に発動する、革新派を巻き込んだ大規模なもの。だから父はたぶん、私を手元に置いて掌握したかった」
マキアスが手を所在なく動かした。
「いや……でも、待ってくれアリスさん。それはあまりに──」
遮ったのはユーシスだ。
「早計だと思うか? お前にしては珍しく貴族の肩を持ったな。レーグニッツ」
「ユーシス……」
少し、二人の間に険悪な空気が流れる。
「アリスさんやラウラには悪いが……僕はまだ貴族を好きにはなれない。だからって、そんな暴挙をするとは思えるわけがないだろう……!」
「さてな。だがお前こそよくわかっているだろう。四大名門の一角たる俺の父が、果たしてお前に何をしたのか」
「っ……」
「二人とも」
ラウラが強い語気で制した。だが、ラウラだって安穏を感じているわけではない。
「もちろん……この話は私の推論に過ぎません。父は休学の理由を明かしてはくれませんでした。『ただ黙って私に従え』と」
カイトはウルスラ病院でのアスベルとの会話を思い出す。
カイトに向けられた『他人が無駄口をほざくな。邪魔をするな』という言葉。
姉弟に向けられた『子は親の言う通りにすればいい。私の指示に従えばいいのだ』という言葉。
どちらも、胸の奥がきしみ、そしていらつきを覚える。
アリスは続ける。
「けれど少なくとも私個人を見ないで、気まぐれに女学院への入学を許可した私の父が……明確な理由で私をイステットに押し留めた……私にとっては、それが確信となりました」
アスベルは、自分の子供たちを道具として見ていた。それはカイトの目から見ても明らかだった。
ユーシスとアリスの縁談は、少なくとも当人たちは「乗り気ではない」という。そしてアレスレード伯爵が発起人であるのなら、四大名門であるアルバレア公爵とのパイプを繋ぐため、というのは予想がつく。穏健派であるハイアームズ侯爵を蹴落とそうとした行動。それはアレスレード伯爵の出世欲によるもの……符合する点はますます大きくなる。いや、公然の秘密といってもいいくらいだ。
そして、そんな重要な《道具》であるアリスを、アレスレード伯爵は今月になって急に自分の手元に押しとどめた。それは女学院で生活させるには不都合があるから。すなわち帝都で生活させるには不都合があるから。
Ⅶ組の面々は沈黙した。あまりにも、アリスの予想は腑に落ちる点が多かった。
オリビエと、仲間との関係で話すカイトだけではない。他のⅦ組だって、その予感は感じている。
《内戦》。高まりつつある二大派閥の衝突を否定できなかった。
でも、座して待っていたわけではないからこそ、アリスは今この場所にいた。
「でも、だからこそ……
先ほどまでの消沈していた空気を変えようとする声色。ラウラが、ガイウスが、顔を上げた。
そしてユーシスははっとする。元々聞こうとしていたことではあったのだろう、言い回しによどみはなかった。
「今更だが、アリス嬢。企てを止める……そのために、イステットからオルディスまで単身で来たのか?」
「はい。昔から一人での行動には慣れていました。街の人たちとも、それなりに交流はしていました。それで匿ってもらいながら、父の目を盗んで、何とか鉄道に乗り込んだんです」
一貴族の娘が、大した行動力だった。彼女のことをそれほど知らないクラスメイトは目を見開いて、カイトはいつものことだと笑う。
ユーシスも笑った。
「ずいぶん無茶をする、と言いたいところだが……まあ、俺たちが言えたことでもないな」
アリスに向けられたものとはいえ、ユーシスの声はずいぶんと柔らかかった。
アリスはカイトに向き直った。本題の続きだ。
「カイトさんたちは、鉄道憲兵隊の一中隊がこのラマールに来ていることをご存じですか?」
「ああ。というか、昼間思いっきり顔を合わせたんだけど」
「確かミハイル、ルーレにもTMPが集まってるって言ってたよね」
ミリアムによってわずかではあっても聞き出せた情報。ミハイル少佐の口ぶりから、TMPがそれぞれの州に何か疑いをかけていることは明白だった。
ルーレとオルディスというそれぞれの点を繋ぐ線。それが何なのかは、ルーレ側の状況がわからなければ何とも言いようがないが──
カイトの目線が、足元に落ちた。思案顔となる。
「いや、待てよ」
「どうした、カイト?」
ガイウスの言葉にも返答しない。どこか……頭の片隅に引っ掛かるものがある。
解決のためのピースは確かに自分の中にある。
「ガイウス。ノルドの実習の時、アリサとRF社の話をしたよな?」
「ああ。アリサの母親と会った後だったか。確かに、彼女も鬱憤が溜まって色々明かしてくれたが」
「あの時、オレも知らないことを、アリサは教えてくれて──」
列車の中での記憶。
──RFグループ自体、調べたことあるけど相当な規模のものだろ?──
──《独立採算性》、ね。母様があえて各開発部に自由にさせて、競合させることで──
「ああ……!?」
カイトが思わず立ち上がった。
「ラインフォルト社。貴族派が占める《第一開発部》……!?」
どうして、ルーレにいないのにルーレのことを考えているのか。そんな心の中の突っ込みも、どこかへ飛んで行ってしまった。
あまり考えたくはないけど……あったじゃないか。革新派が貴族派を叩く理由が。
ミリアムも言った。カイトが言った少ない言葉だけで、ミリアムはカイトの思考を理解していた。
「それだけじゃないね。思ったけど、革新派だって貴族派だって、傘下の開発部には兵器開発を急いでると思うよ。ガレリア要塞のアハツェン、みんなも見たでしょ?」
「それだけじゃない。僕とユーシスは、リィンたちと一緒にこの目でみた。オーロックス砦なんて内地で、大量の戦車が運ばれてることを」
高まりつつある動乱の兆し。カイトが来る前からずっとあった二大派閥の闘争。四大名門の愚行。跳ね返すような鉄血宰相の煽り。帝国解放戦線の存在。
少しずつ姿を見せてきた、アスベル・A・アレスレードの行動。
すべてが集約しつつある。
兵器開発が盛んなルーレ市のRF社。ルーレに集結しつつある革新派の先兵、鉄道憲兵隊。
貴族派の何某かの謀略を防ぐためにルーレに集結した? だとすれば──
「そうした、兵器や開発された
カイトの推理。鉄道憲兵隊の二正面作戦とも言うべき攻勢。
「空想が過ぎるのではないか、とは言えなくなってきたな……」
ラウラも同調した。いや、全員がその可能性に頭を抱えている。
一笑に付すことなんてできない。意図してか偶然にか、自分たちは貴族派と革新派の対立を何度も見てきたのだ。
「事の真相もわかりません。次に何をすべきかという、計画だってありません。でも……これが、私がすべきことだと思ったんです」
「それは……」
「最悪の結末は、平行線が決壊したときに始まる。なら、せめてその決壊を防ぐことができるなら……そうして皆さんの、特別実習の噂を聞いて。運命だと思いました」
アリスが立ち上がった。
「沿海州の盟主たるカイエン公爵その人は、今城館にはいません。その足取りは他の貴族派の中核と同じく、どこにいるかがわからない」
オーレリア将軍の言葉とも符合する内容だった。
「そして私の父は伯爵家でありながら、少なからず盟主不在の沿海州の運営に関わっています。私なら……何かが変わるかもしれない。変わらないかもしれない」
アリスは、カイトに、いやⅦ組全員に頭を下げた。
「だからどうか、力のない私に……この問題を解決するための手を貸してはくださいませんか……?」
その礼節は、カイトの中では珍しい姿だった。
帝都の依頼。黒の競売会。トールズ訪問。そして今。
遊撃士のカイトだったらきっと一も二もなく協力していた。けれど今、カイトはⅦ組としてオルディスにいる。だからアリスはカイトを含めて頭を下げた。特別実習なんていう珍しい課題の最中、果たしてどこまで差し出した手を握ってくれるのか、わからなかったから。
無力な自分が、頼ることしかできない自分が、少しだけ嫌だったから。
「大丈夫だよ、アリス」
「え?」
「この予想が本当だとしても、間違いだとしても。二大派閥の緊張をよしとする奴は、Ⅶ組にはいないよ」
カイトは笑った。
カイトとユーシスを除けば、アリスとⅦ組との縁は薄い。だから、少し他人行儀なお願いになる。
けれど少女の願いを聞いて仲間たちがどう答えるかなんて、わかりきっている。
ラウラは「無論だ」と微笑んだ。
ガイウスも「同じくだ。俺の故郷とも関わる」胸をたたいた。
ミリアムは「ボクはまあ、情報局だから貴族派がなんかするのも困るし?」とあっけらかんと。
それにマキアスが「おいミリアム。とはいえ僕も同じか。ま、平和なことに越したことはないしな」と少し呆れた、それでも頼もしく。
ユーシスは。
「身内に恥があるなら、それを正すのは身内の役目……俺もアリス嬢と変わらない」
「もちろんオレもね」
黒の競売会に一緒に参加することを決めたときのように。
「特別実習に決まり事なんてない。帝国において必ず現れる壁を前に、主体的に行動する。それがオレたちの存在意義だ」
「カイトさん……皆さん」
「行動しよう、アリス。一緒に」
手を取り合う。
紺碧の海都オルディス。明日の方針が決まった。
────
方針が決まったⅦ組B班の行動は速かった。
明日も恐らく忙しくなる。課題はそれなりの数になるだろう。けれど特別実習に実技テスト、加えて通常の士官学院のカリキュラム……半年間も忙殺されてきた。忙しい中での調査なら慣れている。
故郷の街からやって来たアリス。今のところオルディスで失踪だとかなんだとの騒ぎにはなっていないが、それでも一応の心配はあったのでラウラとミリアムに任せた。ホテルの従業員に見られているので一抹の不安はあるが。
ガイウスとマキアス、ユーシスは男子に割り当てられた部屋で明日の調査の予定を立てている。
そしてカイトは、一人オルディス駅にいた。
鉄道の各駅には導力通信機が備え付けられている。用途は基本的に駅員の連絡だが、利用客にも開かれていることは多い。
カイトはそれを利用しに来た。
『──そっか。ルーレとオルディスの、二正面作戦が』
「はい、トワ会長。TMPも領邦軍もすごい剣幕でしたから、
ルーレに関する予想はある意味で確信がある。とはいえ結局のところ現地の情報は現地の人間に聞くのが手っ取り早い。
ARCUS同士の通信は基本的に都市内での通信に限られる。都市をまたいだ連絡は今のように、それ用の施設がなければ利用できない。
そこでトリスタに連絡を入れてみた。ルーレ駅に連絡してリィンたちを尋ねる手もあったが、いっそトワを頼った方がいいとも考えたからだ。申し訳ないが。
カイトは動力通信機越しのトワに対して弱音を吐いてしまう。
「……まだ全容は見えません。それに本当にオレたちB班の予想が事実だとしたら……学生には荷が重いことです」
けれど。
『わかってるよ。たとえそうだとしても、動かずにはいられない。それがⅦ組だもんね』
通信機越しにトワの笑顔が見える。西ゼムリア通商会議で色々あった。トワとも信頼関係を築けていると思った。
『でも無茶だけはだめだよ? これは絶対。通商会議の時みたいなことにはなってほしくないし』
「わかってます。でもこんな夜まで学生会館にいるトワ会長に言われたくはないなぁ」
『あはは、参ったなぁ……』
二人して苦笑いをするしかなかった。
『事情は分かったよ。実は、アンちゃんとジョルジュ君が明日ルーレに行くんだ』
「え、そうなんですか?」
『うん。アンちゃんの実家のことでね』
「それって」
アンゼリカ・ログナー。ログナー侯爵家は、ルーレを含めたノルティア州を治める四大名門の一角だ。仮にカイトやアリスの予想が正しいのなら、確かにルーレや第一製作所の話と無関係ではない。
『アンちゃんは直接の行動を。私は学院に残って各方面との連絡を。ジョルジュ君はその連絡のための中継器を、ルーレに用意するために行くんだ』
「……じゃあ」
『うん。明日の昼ぐらいにはなっちゃうけど、その中継器で私と連絡が取れるようになると思う。そこでカイト君たちのARCUSにも通信ができるようにしてもらうね』
「っ、はい! ありがとうございます……!」
やはり、情報は必要だ。ただ、状況に流されるだけで終わらないためにも。
「改めて……ちゃんと、六人全員で帰ってきます。だからフォロー、お願いします」
『うん。そうそう、アリスちゃんのこともね』
「え?」
通信機では迂闊なことも話せないからぼかした。けど、さすがにトワはわかったらしい。さすがの生徒会長か。
『ちゃんと、守ってあげてね』
「……はいっ」
通信を終える。今日のやるべきことは終えた。
駅員に通信機について礼を伝え、外へ出る。
夜のオルディス。九月、秋口。しかも海風がそよぐ。肌寒かった。
気が向いて少しゆっくりと歩いてみる。
「特別実習じゃ、夜に外で散歩するなんてなかなかないもんな……」
というより、正確に言えばゆったりして外へ出たことほとんどない。
セントアークでは夜中に魔獣に起こされた。ノルドはそんな危機はなかったが、リィンとアリサの二人きりの会話を盗み聞きした。
夜に街に繰り出したのは、四月のパルム実習。フィーやレイラと歩いた時ぐらいか。
夜のオルディスは静かで、波の音が聞こえて、静謐を感じさせる。
明日からは、きっと感じることのできない空気を目いっぱい吸い込んで。
「……大切なものを、守る。そのための闘いだ」
特別実習一日目の夜が更けていく。