オルディス実習、二日目の朝。
Ⅶ組B班とアリスの七人がホテルのフロントに集まっていた。
朝食後、それまでの特別実習と同じように今日の課題を受け取る。今回は領邦軍からの封筒がホテルの受付に届けられていた。
今日も今日とて、それなりに多い課題の数だ。アリスを半ば匿いながら調査をする以上、いつものように全員で行動していてはすべての課題もこなせない。
「というわけで今日も二グループに分けようと思うんだけど。どうする?」
「異存はない」
「僕も同じくだ」
ユーシス、マキアスが言った。
「だが、アリス嬢を都市の外に連れまわすわけにもいかない。私などは外で手配魔獣を担当しようと思うが、どうだ?」
ラウラが提案した。頼もしいことこの上なかった。
となれば、手配魔獣など都市外での課題をする組、アリスを含め都市内で課題にあたる組に分かれるのが妥当か。魔獣と戦うことを考えれば、外組は最低でも四人は欲しいところだが。
そして──こういう時に率先してものを言うカイトを遮り、ガイウスが。
「ならばカイトとアリスが都市内を当たるのがいいだろう」
「うん──はい?」
ガイウス? とカイトが呆けた顔で見る。
「ボクたちは五人で手配魔獣なりなんなりに当たるからさ」
「いやいやいや」
急に五人全員どうした。
「カイトとアリスさんが一番面識があるわけだしな。妥当な判断だろう」
「え、いや、あの、ユーシス……は?」
「まあ、四大名門に属する俺自体が衆目を集めるかもしれんからな」
少し憮然とした表情だ。
カイトはアリスを見た。彼女も少し戸惑っている。
ラウラが笑った。
「カイト。リィンと同じく、そなたはずっと私たちを引っ張ってくれた。たまにはその庇護なしに課題も、戦闘もこなしたいと思う時があるのだ」
「え、ええ……」
「四月、僕とユーシスは君におんぶに抱っこだった。たまには見返さないと、示しもつかないだろう?」
「フン……」
「俺とラウラも、五月は世話になった。だからこその提案だ」
「私の場合この場にフィーはいないが……まあ、同じ気持ちなのだ」
「ま、いいからボクたちを送ってよ! カイトは課題は少しでいいからさ! 情報収集をお願い!」
仲間たちもアレスレード伯爵に関する情報収集を怠りはしないと言う。遊撃士の経験を持つカイトを、いい意味で排して課題をこなす。
カイトとアリス。そして、ラウラ、ユーシス、マキアス、ガイウス、ミリアムというグループ編成だ。
仲間たちにそこまでお膳立てをされれば、カイトも頷かないわけにはいかなかった。
「わかった。でも、オレがいないからって、腑抜けた結果にはしないでくれよ?」
ニヤリと笑う。『当然だ!』と、五人全員から同じ言葉が返ってきた。
────
商業区画からラマール街道へ出る五人を見送る。カイトは大きく、アリスは控えめに手を振る。
そうして五人が見えなくなるまで
「あの……カイトさん、ごめんなさい」
「え?」
「私、少し皆さんの動きを乱してしまったみたいで」
少し、アリスが申し訳なさそうにしていた。
それだけ自分を含めたⅦ組の結束が強く見えたのだろうか。だとすれば、それはむしろ嬉しい。
「別に気にしなくていいよ。一人でも、アリスやアレスレード伯爵のことを調べようと思ってたし」
「そうなの?」
「プレゼントを渡そうと女学院に行ったら休学したなんて聞かされたんだぞ。なんかあったのかって勘繰ったんだから」
「あ、そっか」
「思えば特別実習じゃ変に指導者面しちゃってたし、四月と五月は。そう考えるとむしろ嬉しく思った。オレとⅦ組のみんなは、確かに仲間なんだって」
不本意な形で割かれたわけではない。目的を持って分かれたのだ。
「だから、オレたちは課題もこなしつつ調査を進めよう」
「わかった。私たちの仮説は、的を射ていると思う。だから必要なのはそれを裏づける情報だけど……」
セントアークの事件に関しては首謀者がテロリストだし、情報は出ないだろう。だが、ここ最近の貴族派の動向であれば、TMPの動きと合わせて聞くことができるかもしれない。
「ところで……プレゼント、用意してくれたんだ?」
アリスが、カイトの顔を伺いながらクスクスと笑った。
「あー……うん。ちゃんと用意してきたよ」
「通商会議……大変だったって聞いたよ」
「聞いた? 実はめちゃくちゃ大変だったんだよ」
「入院したって聞いた時はすごく心配した」
「どこから……ああ、オリビエさんから聞いたのか」
「……」
少し頬を膨らませてしまった。
「ごめん、心配かけた」
「でもこうして無事な姿を見れたから。プレゼントを手渡しで貰えなかったことが、少し後悔してるかな」
クロスベルで買ってアリサやエマに詰問された件のプレゼントは、今は第三学生寮のカイトの部屋にある。帝都でエリゼにアリスの休学の話を聞いた時、カイトはエリゼにプレゼントを預けようとした。だが当のエリゼにそれを却下されてしまったのだ。『是非、直接渡してあげてください』と。
下手に学生寮で使うわけにもいかない。
「プレゼント、どうしようか?」
「どうしようか……何とかまた女学院に戻れればいいんだけど」
「それか、アリスがまたトールズに来てくれるとかね」
二人して歩きながらうんうん悩んでいると、不意にアリスが手を合わせた。
「そういえば、エリゼやアルフィン殿下が学院祭のことを話してたな」
「それってトールズ士官学院祭のことか?」
「うん。アルフィン殿下はオリヴァルト殿下の関係で興味を持ってたし、エリゼはお兄さんとの関係で」
「あー、なるほど」
「カイトさんたちⅦ組は何をするの?」
「それは秘密だ。まだ企画を練ってる最中だし。それにサプライズはギリギリまで隠さなきゃな」
「そっかぁ、残念」
「だから、どうにかしてまたトールズに来てくれよ。二か月越しにはなっちゃうけど、ちゃんと直接渡すからさ」
「うん……」
少し、アリスの表情が見えなくなる。恥ずかし気にしているようでもあった。
それで自分も恥ずかしくなったので、カイトは話を戻すことにした。
「ま、まあ……そんな素敵な未来をつかむために」
「そうだね。今日を頑張ろう」
行動開始だ。
一人でもこなせる簡単な課題をこなす傍ら、カイトとアリスは調査を進める。
とはいえ、TMPのような明確な理由があるわけでもない。あくまでオルディスのことを調査するという学生らしい体で、世間話を深堀するのに紛れて貴族派の動向を伺う。
北通りの平民の主婦に話を聞けば、昨日のⅦ組B班の予想と同じ感覚の話が返ってくる。
「最近は平民の旅行客は減ってるし、北通りの物価も上がってるし……大きな声では言えないけれど、少し怖さはあるわね」
商業区画を悠々と歩く老貴族を捕まえたら、幾分は身分による偏見のない話を聞くことができた。
「アレスレード伯爵か。確かにカイエン公爵の城館に入る姿を良くみたな。よからぬ無謀を画策してなければよいが」
貴族街で買い物に奔走する侍女に協力を求めたら、わざわざ脚を止めて答えてくれた。
「うーん……特定の個人というよりは、貴族諸侯の方々の鬼気迫る様子が気になりますわ」
そして、思い切ってちょうど活動的な頃合いの、四十代半頃の貴族にも。
「四大名門を除けば、他の侯爵を押しのけて向上心にあふれた御仁だ。貴族の将来は明るい」
と、できる限り色々な人間に話を聞いてみた。
課題も終えて一息ついてから、アリスを見る。
「……状況証拠だけならどんどん怪しくなってるよな」
「うん、そうだね」
「正直さ、親父さんのことをアリスの目の前で悪く言うのも少し気が引けるんだけど」
「気にしてないよ」
「それなりに情報とコネがある遊撃士としては、怪しさしか感じない」
アスベル・A・アレスレード。ラマール州で精力的に活動する伯爵家。ラマール州には、それこそトールズに籍を置くフェリスとヴィンセントの家であるフロラルド伯爵家をはじめとして伯爵・子爵・男爵の家は多い。中でも穏健派をはねのけ、彼らの先頭に立つのがアレスレード伯爵家である。
頼もしさ、恐ろしさ。貴族の中でもそういった感情が見て見て取れた。
カイトは時計を見る。
「もうそろそろ正午か……ユーシスたちも戻って来るかな」
前日と比べれば穏やかに時間が過ぎていく。もっとも心情的には穏やかではいられないが。
手配魔獣とユーシスたちⅦ組B班との戦闘。今のⅦ組ならカイトがいなくても問題はないだろう。とはいえ、直接見ないでただ待つというのは初めてだから、別の班の動向を気にするのとは別の落ち着かなさがあった。
商業区画で仲間たちを待つ傍ら、カイトはアリスに聞いてみた。
「実際さ。アリスは親父さんをどうしたいんだ?」
それは以前も問いかけたことだ。それに対してアリスは『何かをせずにはいられない』と言っていた。
今回は顕在化している二大派閥の安定を図るという目的がある。とはいえ、アリスは父親を前にしてなんと言うのだろう。アリスと父アスベルが話しているのを見たのはウルスラ病院での一幕。あの時、アリスは父親の行動に振り回されるだけだったように見えた。
アリスは、少し躊躇いがちに口を開く。
「それは──」
けれど、アリスが次の言葉を最後まで明かすことはなかった。それよりも先に周囲のざわめきが勝ったからだ。
存在感のある貴族たち、観光客や商人たち。決して少なくない往来の中に、にわかに増える領邦軍の兵士たち。
「アリス、オレから離れないで」
「……うん」
ただでさえ貴族派閥である領邦軍だ。おいそれと何があったのかを聞きにはいけない。独自に動いているらしいミハイル少佐たちTMPならまだやりやすいが、彼らがどこにいるかもわからない。
秋口、晴天の海都に似合わない嫌な喧噪。
そんな騒がしさを切り裂いたのは、カイトもよく知るラウラの声だ。
「……カイト!」
鬼気迫る声だった。けれど大切な仲間だから、カイトにとっては何よりほっとする。
B班の仲間たちが帰ってきた。
「みんな! 手配魔獣、お疲れ様」
「ああ。無事、討ち倒すことができた」
「ニシシ、カイトがいなくても余裕だったよー!」
ラウラ、ミリアム。女子二人が頼もしく報告してくれる。最前衛のラウラから最後衛のマキアスまで、誰も大きな負傷はしていない。
だが素直に喜べる状況ではないのは、カイトたちよりも外に出ていた仲間たちの方だった。
カイトが問いかける。
「……領邦軍も、ラマール街道方面に向かってるよな? 何があったんだ……?」
一同を代表して、ユーシスが答えた。
「ラマール街道の南──イゼリア河沿いの兵器工場で爆発事故があったらしい」
ユーシスたちは手配魔獣に行くため、ラクウェル方面に行く途中でTMPに、帰りに領邦軍兵士とすれ違った。そして、それは特別実習が始まって半年──この半年の中で、ガレリア要塞占領や夏至祭のテロに匹敵する緊張をもたらすことになる。
「その爆発事故は……帝国解放戦線によるものだ」
────
ラマール州は帝国北西部に多くの支配地域を持っているが、実際はそれに加えて帝国南西部も含まれ、帝国における沿海州の名手としてふさわしい影響力を持っている。
帝国南西部を統治するサザーラント州との地理的な境目はヴェスティア大森林-ラマール州のエイボン丘陵だ。
エイボン丘陵は大陸横断鉄道においてミルサンテ-ラクウェル間の南に鎮座し、そしてさらにその西には山岳地帯がある。といっても、例えば帝国-共和国間や帝国-リベール王国間の山岳地帯と比べれば緩やかなものだ。その山を源泉とするイゼリア河は緩やかに下降しながら、やがて海都オルディス、そしてバレアレス海に繋がっている。
テロリスト集団、帝国解放戦線。彼らが姿を現したのは、イゼリア河沿い、山岳地帯の中腹に存在する兵器工場だという。
夏至祭で皇族を狙い、クロスベルで各国首脳陣の首をとらんとし、そして一部の情報を知る人間にとってはガレリア要塞すら占拠してみせた狂気の集団の三度目の蜂起。その一報は瞬く間にオルディス中に広まり、街中には不穏な空気が漂い始めた。
「まさか帝国解放戦線が兵器工場を攻撃する、とはな」
マキアスがコーヒーカップで唇を湿らせながら言った。実習が始まって以来、何度目かになる船員酒場《ミランダ》。Ⅶ組B班は、今度はアリスも加えて七人で向かい合っていた。
手配魔獣を討伐したユーシスたちは、情報を聞いた時点で現場に向かおうと山岳地帯に続く街道を進んだ。だが当然と言うべきか、領邦軍が街道を封鎖していて現場はおろかその周辺にさえ近づくことはできなかった。情報を領邦軍から聞いたユーシスたちでさえ、カイトと同じレベルの情報の密度だ。海都は緊張に包まれているが、爆発事故の実態は杳として知れない。
不可解なことはいくつかある。カイトは、一番にそれを口にした。
「でもおかしいだろ。帝国解放戦線が……どうして
誰しも、その疑問に回答を出すことはできなかった。
帝国解放戦線は革新派、その中の鉄血宰相に憎悪を抱いている。それはもう疑いようがないし、Ⅶ組は実習で何度も彼らの憎しみを感じてきた。
そしてテロリストは明らかに貴族派と協力体制を敷いている。オリビエが通商会議前、特務支援課に話した「貴族派がテロリストに資金を与えている」という事実もある。
だからこそ、あり得るはずがないのだ。このラマール州は帝国貴族筆頭であるカイエン公爵の支配する地域。革新派の力は零ではないが、遠く及ばない。本来、前日に出会ったミハイルのようなTMPがいることが異常なのだ。
兵器工場のことについて、関わりのある港の運送業者とも話すことができた。貴族派の息がかかった施設である、ということだ。ますます持って、テロリストたちの動向がわからなくなってきた。
ガイウスが、そこはかとなく呑気にケーキを食べるミリアムに尋ねる。
「ミリアム。情報局からは、何か関わりそうな情報は聞いていないか?」
「んーっとね。通商会議でGとか、結構な数のテロリストが死んじゃったでしょ?」
物騒な発言。カイトからすればGとはかなり密に話した。とても無感情で聞いてはいられなかった。
「だから、『行動が過激になるかもしれない』ねーってハナシは、情報局員の間でも共通認識だったんだ」
「過激な行動か……」
ラウラが訝しんだ。実直な彼女からすれば、そもそもテロリストという概念自体が信じられるものではないだろうが。
過激になるテロリストの行動。それまでの行動理念とは異なる傾向。
だが、両者を繋げるものがないわけではなかった。
「あの」
アリスがおずおずと手を上げる。マキアスが答えた。
「どうしたんだ? アリスさん」
「レーグニッツ。アリス嬢を怖がらせるな」
「僕は喋ることすら許されないのか……!?」
「えっと……」
「アリス、馬鹿二人は放っといていいから」
『うるさいぞカイト!』
相変わらず、その次の舌打ちまで二重に聞こえてくる。
緊迫した海都の空気。けれど、Ⅶ組の人間は緊張感を持ちながらもいつもと変わらない空気だ。
そこに、アリスはかすかな安心感を覚えた。
「……テロリストの、ある種の味方への攻撃。それを
ラウラとガイウスが疑問符を浮かべる。
『自作自演?』
つまり、鉄血宰相を憎み貴族派に与する行動理念に矛盾することなく、それでいて自分に協力する貴族派へ攻撃することが通用する作戦とでも言うべきもの。
沈黙がB班メンバーの間に走った。今まで五回も特別実習をしてきた。その度に、実習の最中では不可解に感じる黒幕の行動があった。その謎を明らかにしてきたのは、いつだって自分たちので集めてきた現場の情報だった。
誰からともなく、この一日と少しの間で知ることとなった事実を呟いていく。
「……総じて僕たちが受けてきたものは、平民たちからの依頼だったな」
「だねー。今は静かだけど、昨日なんてこのお店、繁盛なんてレベルじゃなかったよね」
「俺やラウラ、カイトが受けた港の課題。これもこの海都の流通が爆発的に回っている証左とも言えるだろうな」
そして、カイトがうつむく。
「それに、課題とは関係ないけど、オレたちが気づいたこともあった。TMPの、オルディスとルーレへの二正面作戦だ」
貴族派の息がかかったRF社の第一開発部による兵器群。それらがラマール州のどこかにあり、その証拠を集めるためにTMPが集まったという仮説。
仮説と二正面作戦は、怖いくらいに繋げることができる。
「だとすれば、テロリストの行動は、証拠を消すということか……?」
「その可能性は確かに高いが……」
仮にそうだとして、今のⅦ組には一つ欠けているものがあった。行動を正当化するための理由だ。
四月、ラウラが行ったケルディックでは商品の盗難事件があった。市場の元締めの依頼を取り付け、盗賊を抑えることができた。
五月、バリアハートではマキアス自身が不当な扱いを受けて拘束された。救出するための理由は明らかで、ルーファスが理事として味方になってくれた。
六月、ノルド。危険極まりないことは確かだったが、最終的には実習責任者のゼクス中将の理解を得た。
七月の帝都。テロ対策の哨戒はTMPから受け頼るものだ。
セントアークの魔獣騒動などの例外もあったが、基本的にはいつも大人たちに助けられている。今、Ⅶ組は貴族派最大の拠点にいる。実習責任者はラマール領邦軍総司令オーレリア・ルグィン。
生じている兵器工場の占拠という事態に対して、とても学生が生身のまま行動できるとは思えない。真正面からの突入というのはあまりに無謀で、例えば裏からの潜入という手にしても工場周辺の地理的情報がなければ行動のしようがない。
「単なる正面突破の制圧なんていうのは不可能だ。軍人でも、あるいは遊撃士でもない。けれどオレたちだからこそできる、そんな行動指針を──」
「ならばその指針、我々が作ってみせようか」
B班とアリスの誰でもない男性の声。全員が振り向くと、意外な人物が酒場に入っていたところだ。
ミハイル・アーヴィングTMP少佐だ。
「貴方は……」
「あ、ミハイルだー!」
とびかかろうとするミリアムを、ユーシスとマキアスが阿吽の呼吸で拘束した。暴れ出すミリアム。
「むー! むー!?」
若干の気まずさはありつつ、けれどこの状況だ。残るメンバーの中で、カイトが代表してが対応する。
「……一日ぶりですね、ミハイル少佐。貴方の方からコンタクトをとってくるなんて、意外でした」
「こちらとしても、学生や遊撃士の顔など、この状況で見たいとは思わなかった」
昨日の時点でミハイル少佐はクレア大尉とも違う、明らかに学生を遠ざける態度をとっていた。それもおかしなものではない、この場合はクレア大尉が優しすぎると言うべきなのかもしれないが。
小競り合い、問答など必要ない。カイトは早々に本題に入る。
「……オレたちに何を要求するつもりですか?」
「……兵器工場を潰したテロリストの目的は、お前たちの予想の通りだろう。TMP、そして情報局でも同じ結論を出している」
ミハイル少佐も芸のない性格というか、もったいぶらない。同僚として対面するのは嫌だなぁと、カイトは考える。
「ルーレでは、RF社の第一開発部による鉄鋼横流しの疑惑があった。横流し先を明らかにすることで、貴族派の謀略を明らかにする。その思惑がTMPにあったことも否定しない」
これもカイトたちが予想通りだ。TMP側にとってもまだ予想の域を出ないのだろうが。
ここで、ミハイル少佐の口が苦々しく動く。
カイトだけじゃない。ラウラにガイウス、アリス。拘束し拘束されていたユーシス、マキアス、ミリアム。全員の鼓動が強まることになる。
「事態は急変した。調査を続けることはできない……TMP隊員の数名が、テロリスト共の手に落ちたからだ」
マキアスが生唾を飲み込む。
「それは……本当なのですか?」
「残念ながらな。オルキスタワー爆破による大量殺人未遂……まさしく狂気の計画を実行しかけた連中だ。それを予想しなかったのはこちらの失態と言えるが」
「……」
少し、カイトの中でちらつくものがある。
ミハイル少佐の言葉は真実だ。鉄血宰相のみを標的にしたとして、一つ間違えればクロスベル市そのものが地獄絵図となる出来事だった。
だが、その主犯と言葉を交わした。悪魔の錠剤を飲み干しその身を魔人に変えて、女神の下へ旅立てるかもわからない最期を迎えた男の真意を知っている。
ただの狂気だと、片付けたくはない。
そんなカイトの胸中も知らず、ミハイル少佐は続ける。
「当然、屈するつもりはない。軍人である以上その時が来る覚悟はある。だがいずれにしても、情報を集めなければならない」
ラウラが問うた。
「情報とは? 仮説にせよ、兵器工場の情報は集まっていた。だからこそTMPも動いた。そうではないのか?」
「貴族派とテロリストの蜜月。それだけでは不十分なのだ。今回の行動に至った理由を探るには」
証拠潰しだけならともかく、どうしてTMP隊員をさらうのか、ということか。
「その理由を明らかにする。オレたちなら、それができるっていうんですか?」
「……お前たちに、拉致や、拉致に至るテロリストの計画。そういった機密情報まで漏れるのは、不本意極まりないが」
ミハイル少佐は言外に肯定する。
だが、自分たちに何を知ろと言うのか。はっきり言って情報収集力は情報局に、集団での戦闘力はTMPに、それぞれ明らかに劣る。Ⅶ組が自分たちの実力を発揮できたのは、単純な物量や力ではなく、学生という立場でしかなしえないイレギュラーに対応する時のためだ。
果たして、このラマール州におけるそのイレギュラーとは。
ミハイル少佐は、この場の中で、カイトにとってもっとも意外な人物に体を向けた。
「今回の行動に出た意図を把握するための交渉。貴女には、その交渉に御同席願いたい。アリス・A・アレスレード嬢」
頭を下げる。表情が見えなくなるほどに。
カイトたちの表情が驚きに歪む。
ただ一人。アリスだけが、薄紫の瞳に、静かなる静謐を宿していた。
「テロリストと貴族派の蜜月。その繋ぎ目を担う、アスベル・A・アレスレード伯爵。彼から真意を引き出すための、協力者として」
お待たせ……いたしやした!!