カイト周囲に黄金の輝きが迸る。ユーシスと共に、迎えるのは帝国解放戦線幹部L──いや、元遊撃士レイラ・リゼアート。
大音響が第二演習室に響く。マキアスの散弾銃の音が霞むほどに。
ユーシスの手が痺れる。それでも意地がある。剣を手放さない。
「あの頃とは違うっ……成長したね、Ⅶ組!」
「あの頃……!?」
ユーシスの脳裏に映像が閃く。四月の特別実習。最初の手配魔獣。マキアスとの戦術リンクは失敗し、カイトとフィーさえも後手に回った。
窮地を救ってくれたのが、目の前のテロリストだった。
カイトが銃弾を放った。それを避けるためレイラが後退する。すぐさま短縮駆動によって放たれたカイトの《ルミナスレイ》、銀の波動がレイラの膝を揺らす。それでも、レイラはひるまない。
ユーシスは疾駆した。レイラの喉元を貫くため。
「落ちた貴様に……褒められる筋合いはないっ!」
騎士剣を何度も突き立てる。レイラは大剣で弾き、いなし、反撃してくる。
レイラの一撃は強力だった。ラウラの膂力に匹敵する。それでいて自分に勝る、リィンに迫る速度で刃を向けてくる。カイトの支援がなければ、ユーシスは早々にレイラに下されていた。
レイラの剣がユーシスの騎士剣を叩き折ろうとして。
突如、横合いから迫ったカイトの蹴りを腕で受ける。
「レイラさんっ!」
「少年!」
カイトの体術は軽い。的確に一撃を当てた、それでもレイラはまだ動ける。
カイトもそのすばしっこさで、蹴りを入れた直後に体を半回転させる。もう一つの脚で踵落とし。その足を掴まれ、ユーシスに向けて投げてくる。
「うわっ」
「くっ」
転倒する紅い制服の二人。カイトが転がりながらすぐに復帰し、ユーシスの腕を掴んで引き起こした。
レイラが迫っている。
「ふっ!」
右手で大剣を横一閃。ユーシスが騎士剣での全霊の防御姿勢。
左手の拳がカイトの顔面へ。双銃はホルスターへ、カイトが全身で受け止める。
二対一の拮抗。三人とも全力で保たせる。同時、カイトは銀の波を纏う。
「っ、なんで!?」
カイトは叫んだ。
「どうして、戦わなきゃいけないんですかっ! どうして、貴女がテロリストなんかに!?」
カイトはサラからレイラの過去を聞いた。
騎士階級身分の父親。遊撃士となったレイラ自身。そして、ジェスター猟兵団のテロで命を落とした弟。
失意はあるだろう。底知れない怒りも。でも、そこになんの関りがある。
「鉄血宰相に、何の恨みがあるんだ!?」
鍔迫り合いの中で、カイトの銀の波が迸る。シルバーソーンの茨が静止している三人を散開させた。大胆な攻撃だが、ユーシスもさすがに文句は言わない。
「……秘密だ。と、言いたいところだが」
レイラは続けた。
「自暴自棄……とでも言えば、君は納得してくれるかい?」
「そんなっ……」
レイラのそれは理解できないが、自分自身に当てはめることはできる。
クローゼへの失恋。オリビエの怒り。自分を殺したくなるような怒りは、これまでもあった。
それでも、自分は最後まで愚を犯さなかった。
「支える篭手は……そんなことじゃ、自分の正義は揺らがないでしょう!?」
そう、思いたい。
カイトの中で、支える篭手という根幹が揺らいでいる。
レイラは、怒りを見せない。戸惑いも、理解をしようとしないカイトへの侮蔑もない。ただ、悲しく笑うだけだ。
そんなレイラに、今日のカイトは強く出れない。ただ、なぜ、なぜ、と叫ぶだけ。
「これ以上、俺の仲間を惑わせるのは止めてもらおうか」
ユーシスはカイトを手で制した。下がらせ、騎士剣を突きつける。あくまで冷静に。
「レイラ・リゼアート。貴様のことは、サラ教官から聞いた」
「そうか」
それはカイトがクロスベルにいる時のことだった。ガレリア要塞から戻った後、ユーシスや他のⅦ組はレイラの身の上を聞いた。カイトから遅れた形ではあるが、帝国解放戦線との因縁ができすぎた以上、サラも話さないわけにはいかなくなったのだ。
「騎士階級の身の上。アルバレア家としては思うところがないわけではないが」
騎士剣を改めて構える。
「弟を亡くした。そこに鉄血宰相の関りが直接はないとはいえ、思うところがあるのは理解できる」
「……」
「だがテロに加担し、人を傷つけていい理由などない。まずはその剣を折らせてもらう」
「そうだ。それが正しい」
レイラとユーシス。二人は敵同士だ。それでも共通している意志がある。躊躇せず、戦う必要があるとわかっている。
「カイト、目を覚ませ」
「ユーシス」
「迷いもあるだろうだが、お前が俺たちに見せてきたのだろう。国境を越え、友人と自分のために壮大な旅を続ける。それがお前の芯だろう」
カイトは顔を上げた。戦場で、愚かにもユーシスの顔を見た。
表情は変わらない。けれどユーシスの眼には光がある。Ⅶ組として過ごす日々の中で、ぶっきらぼうで、孤立気味な御曹司の心は氷解していった。
その影響はリィンが及ぼしたものであり、マキアスと喧嘩して生まれたものであり……間違いなく、カイトの軌跡も関わっている。
そうして変わったユーシスが今、揺れるカイトを支える。
「たった一人、信念を脅かす者がいる。その程度ですべてが揺らぐほど、お前は弱くはないはずだ……!」
鼓舞される。ずっと鼓舞していた仲間から。こんなに嬉しいことはない。
「勝て! 目の前の障害を乗り越えろ! そうしてお前らしく……能天気に敵さえも救ってみせろ!」
「……ああ!」
吹き荒れる黄金の波。同時、拳銃を構える。
ユーシスも騎士剣を。レイラも大剣を。油断なく構える。
カイトは思った。このクラスは最高だ。
そして後悔もしない。どんな結果になったって、Ⅶ組の一員になったことを。
揺れた自分を引き戻してくれた、何よりも大事な仲間たちに出会ったことを。
────
アガートラムが生み出した鉄槌を、Sの法剣が絡めとる。
「うわっ!?」
軽い体重のミリアムは、鞭のようにしなる法剣によって、鉄槌もろとも遠くへ放られた。
「せぇい!」
同時、ラウラの大剣がSに迫る。眼帯の女、Sの視界はやや悪いが──それでも、ガレリア要塞で部下と共にⅦ組の半分を相手取った。その実力を持って、ラウラの大剣の一撃を躱し、懐に入って胸に掌底を食らわせる。
「ぐぅっ」
「Lに比べれば……遅いわね、子猫ちゃん!」
追撃。今度は直剣となった法剣が迫る。
けれどⅦ組はラウラとミリアムだけではない。テロリストの部下と戦っているガイウス、マキアス。マキアスは冷静に戦場全体を俯瞰していた。
実直な少年は、散弾銃をレーザーモードに切り替えた。そうしてラウラに誤射しないよう、慎重にSのみを狙う。Sの挙動が一歩遅れる。
「ふっかーつ!」
そうした一瞬で、ミリアムが変形して傀儡に戻ったアガートラムをよこす。大ぶりな拳。今度はSもたまらず避けた。
ラウラの追撃。大剣で地面を穿ち、地裂斬を放つ。衝撃が縦一直線にSへ向かう。
さらに疾駆。地裂斬を避けるために跳躍した、その着地地点に狙いを定め、近づき。
「──せぃあぁ!」
鉄砕刃。跳躍からの叩きつけ。
まだ、この程度で帝国解放戦線幹部は慄かない。
法剣に熱がこもる。法剣のそれぞれの刃、一つ一つに大きな爆炎。鞭を振るうようにミリアムとラウラへ。爆発しながら二人を遠ざける。
「くぅ……」
「むー!」
「あらあら、ゴメンなさい。子猫ちゃんたちには熱いわね?」
Sはさすがに強者だ。簡単に勝たせてはくれない。帝国解放戦線の幹部二人と同時に戦うという初めての状況も相まって、いつもより少ないメンバーで戦うことを強いられている。ラウラもミリアムもガレリア要塞でSと戦ってる。その経験がなければ危なかった。
Sは笑った。
「でも、貴女たちもやるわね。この一ヶ月でもきっちり強くなってる……あの坊やじゃなくても油断できないわ」
「……帝国解放戦線は」
「うん?」
「帝国解放戦線は、アレスレード伯爵と繋がっているのか?」
大剣を構えたまま、油断せず。それでもラウラは、Sに問うた。
無言になるSを余所に、ミリアムは続けた。
「ま、いくら貴族派が否定してもさ? もう行動が物語ってるよね~。某派閥と、某テロリストの協力関係さ」
「ふふっ……そうだったらどうするのかしら?」
Sの嘲笑にラウラが返した。
「どうもしない。我らはあくまで主体的に行動するのみだ」
「いい信念ね」
「だが、このオルディスでの事件は不可解極まる」
そう、誰もが共通に持っている疑念。テロリストが貴族派の施設を攻撃し、そしてあまつさえTMPを人質に取った。これは貴族派と革新派の対立に拍車をかける行動だ。あまりにも愚行過ぎる。例え、それがTMPの暴こうとしている貴族派の証拠を消すものだとしても。
あまりにも感情的な行動が見える。
そして、アリスの言では、同じように感情が見え隠れした、帝国解放戦線のセントアークへの強襲。それもアレスレード伯爵が関わっているかもしれないという。
「アレスレード伯爵は……いったい何を考えている?」
「私に聞かれても。あの伯爵と会ったことないもの」
あくまでSは明言しない。だがSは頭を振って、そして戦闘中にもかかわらず、遠くを見た。
「いや、会ったことはあるわね」
まるで過去を懐かしむような。
それは、帝国解放戦線としてのアレスレード伯爵との接触を否定しつつ、個人としてのSと伯爵が会ったことがある……そんな背景を物語っている。
「でも、そんな簡単に貴女たちに私の過去を教えるわけがない」
視線を戻す。もう、瞳には今しか写さない。討つべき仇を、そして障害であるラウラとミリアムを。
「私にわかるのは一つだけ。恨みは、怒りは、闘争は、人を変える。それだけよ」
ラウラの頬から汗が滴る。ミリアムの顔から笑顔が消える。
Sが、再びⅦ組に迫る。
────
ガイウスとマキアスは、あくまで冷静にテロリストたちと戦っていた。
ナイフやショートソード、また
幹部クラスでないとはいえ、テロリストの恐ろしさはよくわかっている。ガレリア要塞での悲劇は忘れることはない。
単騎としての実力はⅦ組が勝る。二人は戦術リンクを繋ぎ、ガイウスが前衛、マキアスが後衛となって確実に戦力を削っていく。
「ガイウス!」
「ああっ!」
その一言だけで、高度な意思が光のラインを通して繋がる。
一人がナイフを振りかざしてきた。マキアスが視認したその敵には、ガイウスが振り向きもせず後方に石突きを見舞う。すぐさま返して槍を回旋、大きな烈風を生み出す。そこから逃れた一人にマキアスが散弾を放つ。それだけでない。マキアスは幹部と戦う仲間も見据える。
立った二人で、多くのテロリストを相手取る。そして、決して決定的に倒しはしない。そうしてしまったら、いつ自害するかわからないから。だから生かさず殺さず、拮抗させる。
それでも。故郷をGに侵されたガイウスは、対話をせずにはいられなかった。
「お前たちは……どうして奪うことができる!?」
その『奪う』はたくさんの意味を含んでいる。殺すことも、故郷を蹂躙することも。立場に関係なく、誰かを悲しませることも。
テロリストの一人が返す。
「誰かが動かなくては、世界中の人間が奪われるからだ! あの怪物に!」
「その結果、誰かの大切なものが奪われる……! それを──わかっているのか!!」
ガイウスが壁を蹴り、天井付近まで飛んだ。そして覇気と共に、捨て身の一突き。小規模なカラミティホーク、ガイウスの渾身の一撃。衝撃でテロリストたちがたたらを踏む。
そんな時、戦況が動いた。ガイウスたちだけじゃない、カイトたちも、ラウラたちも。
カイトの援護とユーシス剣戟の果て、レイラは多少なりとも追いつめられていた。そのレイラが後退していた。
逆に、ラウラとミリアムはSに追いつめられていた。その両者、レイラ、ラウラ、ミリアムが偶然にも接近する。
反射的に振り向き、大剣同士がぶつかる
「くっ!」
「ぐぅ!」
速度はレイラに分がある。力はほぼ拮抗。ラウラが押される。しかし。
「ガーちゃん!」
『ΠЁΘΠ!§Ё∃!』
ミリアムが命令、アガートラムから光線──ブリューナクがレイラの足元に放たれる。レイラのみならず、ラウラも爆風に飲まれた。
「あっラウラごめん!」
「構わぬ!」
勇ましい声と共に、ラウラは踏み込みを止めない。力を弱めない。
ラウラの武器は大剣。Ⅶ組一の破壊力。
「
「よそ見していていいのかしら? 子猫ちゃん」
上からSの声。法剣を天井に突き立て、振り子の要領で飛んできたのだ。ラウラの上からその首を狙う。
「させるかぁ!」
ユーシスが吠えた。飛び、Sに肩からぶつかる。両者がもつれ合って転ぶ。回転の末、運悪くSがユーシスに馬乗りになる。
「もらった──」
「ユーシスーッ!」
Sが横を向く。音速を超えて、ガイウスが投げた槍がSの脳天に迫る。
Sは躱しきれなかった。とはいえ致命傷でなく、脇腹をかすめて血の線が走る。
ガイウスを狙うテロリストたちは、マキアスが牽制していた。
そして。実力者二人との混戦はまずいと、カイトが怒気を隠さずに手を振り切る。
「ラウラ、ユーシスッ、離れろ!」
カイトとラウラ、そしてレイラが隕石の一方に。
ユーシスとガイウス、そしてSがもう一方に分かれた。
他のテロリストたちが、マキアスに迫る。けれど。
「助けるよマキアス!」
ミリアムの行動は速かった。アガートラムに槍を回収させ、ガイウスに投げる。そのまま大きな鉄の腕を振り回す。マキアスの援護に入る。
戦場が、一度膠着した。
Sが笑った。
「ほんと……小賢しいくらいに、貴方たちとは縁がある!」
ユーシスが。ガイウスがそれぞれの得物を構えてリンクを繋ぐ。繋がれる光軸。
「今こそ……引導を渡してやる!」
「貴族派も革新派も、テロリストも関係ない。愚か者を止める。それが、俺の貴族としての務めだ!!」
レイラが、落ち着いて戦況を見る。
「さあ、続きを始めよう。ラウラ嬢……帝国における由緒正しき大剣術。その髄を見せてくれ」
「──お望みとあらば、全力で!」
ラウラが大剣を中段、正面に構える。さらに深呼吸。
洸翼陣。アルゼイド流を父から直接学ぶラウラが持つ気功術。まるで羽が舞うように、薄青の輝きがラウラを纏う。
それだけではない。ほぼノータイムで、カイトとラウラからそれぞれ光軸が生まれ──中間点でぶつかり絡まる。
そして光軸は太く、強く輝く。リィンとカイト、ラウラとフィーのような完璧なリンクではない。それでも、共に半年間を過ごしてきた仲間との、迷いのない、意思すら重なった繋がり。
レイラの前で無様に見せた、繋がらないリンクではない。半年間の証明。
「レイラさん。言いたいことはたくさんあるけど……もう、迷うのは止めます」
双銃を構える。そして纏う黄金の輝き。気功とも戦術リンクとも異なる。武術家ではないカイトが持つ。才能と努力の果てに見出した、自分の纏う七色の覇気。
「ユーシスが喝を入れてくれた。みんなが、こんなにも必死で戦ってる。隣には、ラウラがいる」
「少年」
「その気持ちに報いなきゃいけない。貴女の立場を考える暇なんて、今はないんだ」
だから。今だけは、カイトは遊撃士の肩書を捨てる。
「オレは──トールズ士官学院Ⅶ組、カイト・レグメント! 士官候補生として、テロリストである貴女を止める!」
レイラが笑った。
「ああ──行くぞ!」
レイラが走る。ラウラが構える。
カイトの視界が黄金に輝いて。
戦いの二局目が訪れる。