鞭のように法剣がしなり、ガイウスの十字槍の先端を打ち据える。地を虚しく突いた穂先。
ガイウスはとっさに槍を縦に回転させ、石突き部分を当てようとする。今度はSが直々に脚でそれを抑える。
ユーシスが魔法を駆動させた。短い集中と共に
即座にユーシスは騎士剣を振りかぶった。突進。
Sはガイウスから離れ、ユーシスと斬り結んだ。数合の弾き合い。
「さすがはアルバレア家の子息ね……華麗なだけじゃない、強さを伴う宮廷剣術っ!」
「貴様こそ、カイトの言葉で納得した……教会の法剣術とはな!」
ガイウスの連続突き、さらに薙ぎ払い。完璧なタイミングでユーシスが引き継ぐ。体をひねり、細剣のように突く。さらに突く、突く。Sが直剣でいなす。さらにいなす、いなす。
姿勢が崩れたユーシスの脚を斬りにかかる。ガイウスの十字槍で受け止める。今度はガイウスが法剣を折ろうと踵を振り落とす。
「──甘い!」
法剣が蛇腹状になる。Sが腕を引き絞ると、刃がガイウスの脚に巻き付き、斬りつける。
「ぐぅっ!」
苦悶。それでもガイウスは脚に力を込める。腰を落とし、サラ仕込みのCQCで肘打ち。さらにユーシスが柄頭をSの脇腹に叩きつける。今度はSがたまらず離れた。
攻防は続く。けれど決定打にはならない。
攻撃の嵐が止んだ時、問うたのはユーシスだ。
「返答がないだろうことをあえて聞くが」
「ご随意に」
「ザクセン鉄鉱山で採掘した大量の鉄鉱。その利用目的は
「……どうしてそう思うの?」
ルーレとオルディスで生じている事件。TMPの二正面作戦。公言されないだけで、もはや誰もその事実を否定はしない。
昨日のカイトの言葉。
『兵器や開発された何かがラマール州にあるから、オルディスにTMPが集まった……?』
では、その
六月のブリオニア島での実習。ラウラやマキアスと共にオルディスの夜景を見たユーシスには覚えがある。
このジュノー海上要塞が、夜にも関わらず光を放っていた。
もう三カ月も前のこと。いや、恐らくそれより前に。
「この要塞にも戦車を運ぶことはできるが、逆だ。通常兵器であればわざわざジュノーに運ぶ意味はない。この堅牢な要塞で見聞しなければいけない何か……だろうな」
それは陸戦兵器かはわからない。この時世であれば飛行艇の類もあり得るだろう。
貴族派の行動はユーシスから見ても目に余るが、
ユーシスの予想。それを聞き、Sは呟いた。
「どうやら、間違っていたのは私の方のようね」
「なに?」
「厄介なのは茶髪の坊やだけ。もちろん貴方たちも脅威ではあるけど、それはⅦ組という枠組みとしての力……そう思っていたわ」
「……」
「全員が、脅威よ。遊撃士も、貴族の子息も、何もかもが」
殺気が増える。Sが、先程よりも高く、脇を上げるように剣を構える。
「ここで断たなければ、貴方たちはいつか私たちを飲み込んでいく」
「それは俺たちの台詞だ」
返したのはガイウスだった。
カイトがそうであるように。ガイウスにとっても、帝国は大切な場所になった。
深く語る必要はない。ただ、目の前の敵が、大切な人たちを、大切な場所を、大切な人の大切な何かを傷つけてしまう。
絶対に、止めて見せる。
「ユーシス」
「ガイウス」
『合わせるぞ』
心が、重なる。
元々繋がれていたリンクの光軸が、さらに強く。
何回も、危機を乗り越えてきた。例え同じ場所で戦うことがなくても、Ⅶ組の心は常に一緒にあった。
泰然としたガイウス。ぶっきらぼうなユーシス。元々悪い関係ではなかった。
危機を前にして、何かを想い、守りたいという同じ気持ちが強くなる。もう、戦術リンクなんて必要がないほどに。
素養はあったのだ。Ⅶ組の誰も、いつそれが現れても不思議ではなかった。
皮肉なことに、テロリストの揺らがない信念が引き金になった。
「……!」
Sの瞳孔が広がる。殺気、気配をつかみ取るために。
弾かれたように動く二人。制服が紅い軌跡を描く。
左右から同時にSへ突撃。Sが法剣をしならせなければならない完璧なタイミング。
Sの反撃、ガイウスが受け止め、同時にユーシスが法剣の、刃と刃の間に騎士剣を割り込ませた。と同時、勢いそのままに大きく伏せる。
ガイウスが横薙ぎに一閃。Sの長い髪が割かれる。
「っ、世間知らずの子供なんかに──」
「それは違う」
騎士剣がSの眼前をかすめる。わずかに遅れて落ちる眼帯。
貴族の息子がいる。革新派の関係者がいる。外国人すら。
たかだか学生。それでも帝国の縮図である自分たちは、一見して解決できない問題と向き合ってきた。
そんな自分たちが。
「目を背ける貴様たちに、勝てない道理はない!」
再度、ガイウスとユーシスが同時に動く。それぞれの得物の袈裟懸けの軌跡が十字を描く。
Sの手から、法剣が弾かれた。
────
カイトとラウラ、そしてレイラの戦いは苛烈を極めていた。
ラウラとレイラの大剣が斬り結ぶ度に衝撃が走る。つど、すぐさまレイラが立ち位置を変えてラウラの死角を突こうとし、そしてラウラは死角にも反応して辛うじて押し返す。大剣同士の戦いにしては、あまりにも目まぐるしい動きがあった。
速度はレイラに分がある。まるで大男がショートソードでも振り回すような身のこなしで、軽いステップを交えながらあらゆる場所から斬撃を放つ。
対し、ラウラは遅い。そもそもレイラの素早さが異常なのであって、アルゼイド流の剛剣術としては模範的な型を扱っている。
それでも、ラウラにはカイトとの強固な繋がりがあった。戦術リンクは二人の思考を共有させ、ラウラにカイトの回避の眼を与えている。その上で、カイトがレイラに対して魔法と銃撃を絶えず放っている。
カイトが追撃。双銃の連射からの接近。体術を放つ。それ自体はとても軽い一撃だ。だが、戦闘の序盤と違ってもうカイトの眼に迷いはない。そして少年が纏う黄金の波は、レイラに緊張を与える。
攻防の最中、レイラが隙をついて回し蹴り。カイトを吹き飛ばす。間髪入れずにラウラが迫り、また剣戟によって火花が散る。
大剣使いは共に後退した。次に早く動けたのはレイラだった。
一瞬のため。半身となり、肩口に大剣を掲げる。新緑の刀身が微かに煌めく。それは覇気だ。
振り切る。
立ち上がったカイト。大剣を構え直したラウラ。二人の間を、何物をも両断する
ラウラの頬を冷たいものが伝う。
ここは少なからず戦場だ。命を賭ける必要があるのは当然だ。
それでも、これまでとは明らかに違う一撃。
(強いっ……!)
ラウラは表情に出さずとも敬意を示し、そして驚いた。
さすがは元遊撃士。恐らく我流とはいえ、アルゼイド流やヴァンダール流、帝国のあらゆる流派を取り込んでいる。
いや、それでも現役時代のレイラ・リゼアートは、武術の実力ではサラに及ばなかったと、サラ本人から聞いている。
それでも、大きな実力差が自分とレイラの間にはある、とラウラは実感している。
「ラウラ」
名前を呼ばれた。名前だけだ。
思わずカイトの顔を見る。あくまで冷静な表情だった。クロウとミリアムが編入するまでⅦ組のお調子者を代表していたカイトは、けれど今どこまでも真面目に、真摯に、ラウラを見ている。
戦術リンクを介さなくても、きっと思考は伝わっていた。
──大丈夫。
「オレたちは、仲間だから」
「……ああ」
カイトは、今までたくさんの戦いを乗り越えてきた。
トロイメライ。剣帝。アンヘル=ワイスマン。剣聖。アニマ=ムンディ。
どれも、人一人では倒せなかった、下せなかった、乗り越えられなかった。
乗り越えてきた理由は、もう今更語るまでもない。カイトはもちろん、この半年間を一緒に戦ってきたラウラたちもわかっている。
だから怖いこともない。自分たちを阻むものは、なにもない。
カイトはレイラに語り掛けた。
「帝都でレイラさんに言われたこと。ずっと考えてました」
『隣にいる人が、いなくなってしまうかもしれない。目の前にいる人間が、裏切り刃を向けるかも知れない』
カイトにとっては、この状況こそが裏切りだ。レイラも自分の正体がこの後明らかになる、と理解した上で伝えただろう。
「どうするか、なんてそんなの、わからない。オレは今まで裏切られたことなんてなかった」
ヨシュアは戻ってきた。オリビエとは喧嘩をした。その程度だ。
「本当の意味で裏切られたなんて、レイラさんが初めてだったんだ……」
カイトが翡翠の波を纏った。言うまでもなく戦いを再開する合図。ラウラもレイラも、剣を持つ腕に、動かすべき脚に、敵を見る目に、意識が広がる。
『裏切られた時、大事な者が殺された時。君はどうする?』
そして、自分が誰かを裏切るなんてことも。
「そんなこと、思うわけない。遊撃士も、Ⅶ組も、帝国だって……もうオレの守りたいものの一部なんだ……!」
カイトは走った。レイラに近づく。戦術リンクで繋がれたラウラも弾かれたように動く。
双銃のトリガーを何度も引き絞る。放たれた弾丸。レイラは全て避け、カイトに近づいた。
袈裟懸けに一閃。カイトは避け、回し蹴り。避けられた。
ラウラの剛剣がレイラの肩を狙う。群青の大剣が深緑の大剣の平を滑る。
それも避けられた。けれど雷光の余波は間違いなくテロリストに鞭打ちのような苦痛を与えた。
続けざまにカイトは動いた。飛びあがって踵落とし。さらにラウラの横薙ぎの斬撃に繋げる。レイラは防御姿勢を取らざるをえなくなった。大剣に押され両脇が開く。
追撃。先の魔法を放ってすぐにカイトは駆動していた。ルミナスレイがレイラを正面から揺さぶった。《並戦駆動》と短縮駆動が合わさり──たった一人の魔法が何倍もの密度で重なり襲い掛かる。
「どうするかなんて、裏切った人を視てから決めてやるっ。まずはこっちに連れ戻して、ぶん殴って、本心を聞いてからだ!」
「だから──貴女のことも教えてくださいよ、レイラさん!」
さらに、的確にラウラが剛の一撃で繋げていく。
そしてカイト自身もよどみなく動き、この戦場で誰よりも速く動く。
連撃の中。ラウラは思い出した。
(そうだ)
レイラが並みの遊撃士を超えて、元A級遊撃士のサラに迫る実力だとしても。
カイトもまた、単なる学生の枠を超えている……!
服は裂かれ、出血が生まれ、けれどレイラは立っていた。生命力は衰えない。
『忘れないでくれ。消しさらない限り、膨らみ続ける烽火があることを』
帝都でのレイラの、カイトが気を失う前の最後の言葉。
「忘れませんよ。オレだって、帝国を恨んでた」
ラウラが疾駆した。生命力は衰えない、けれどこの場はカイトたちが勝った。
レイラの大剣を、ラウラが弾き飛ばす。
静寂。レイラの首筋に剣先が触れる。王手だ。
膝を曲げ、地に屈したレイラ。その口から零れ落ちた言葉は。
「殺された怒りは──」
『決して、負けはせん! 例えこの身が朽ち果てようともっ!』
カイトとラウラはわかる。ゾロ・アグルーガを倒す直前、ギデオンが叫んだもの。
それを、今、カイトが返す。
「消し去り方は……燃やし尽くすだけじゃないんだ!」
叫び返した時、カイトやレイラ、ラウラとは違う場所から金属音が聞こえた。それはSの法剣がユーシスとガイウスによって弾かれた音だ。
幹部二人の決定的な敗北。部下たちの動きも止まった。
訪れた静寂。Ⅶ組の勝利には違いない。
それでも。
「……オレたちの勝ちだ。拘束されたTMPを全員解放してもらうぞ!!」
怒気を込めてカイトが叫ぶ。
レイラはラウラに、Sはユーシスに。それぞれ剣を構えられたまま動けない。
テロリストの部下たちは、幹部の反応を待っている。Ⅶ組は油断をしない。
「同志S、同志L……!」
ミリアムとマキアスから遠く離れたテロリスト。後方でTMPが拘束されている部屋の扉付近で守っていた一人が、通信機に耳を当てたまま叫んだ。
「ルーレ班より報告! 同志Cと同志Vがザクセン鉄鉱山にて特科クラスⅦ組と交戦!」
その事実にカイトたちは意識を向けたが、驚きはしない。TMPや帝国解放戦線のように、こっちだってジョルジュやトワを介して作戦を共有していた。
「その後、同志たちはガンシップ二隻で撤退! しかし同志Cと同志Vが搭乗したガンシップが──」
連絡役は報告を続ける。
カイトたちが聞いたのは、予想外の結末だった。
「何者かの対戦車ライフルによって、爆破されたと──!!」
幹部たちを抑える、王手の状況は変わらない。けれど、Ⅶ組は少なからず驚いていた。
対戦車ライフル。当然Ⅶ組の誰も持ってはいない。TMPなら可能性はあるか。しかし、ガンシップの破壊──テロリストを生かすこともなく葬るという手を使うか……?
疑念は膨らむ。その中で、ユーシスはSの顔を見た。
「貴様……」
ユーシスが吐き捨てるような態度をとったのは、むしろSの表情に何の変化もなかったから。
ラウラもレイラを見た。マキアスとミリアムも部下たちを見た。
全員、まったく驚いていない。いや、反応はしている。ただ、悲観の空気が全くない。
カイトが伝えたギデオンの言葉だけで、帝国解放戦線にも少なからず絆があることがわかる。
その仲間たちが爆散した。帝国解放戦線のリーダーが死亡したかもしれない。
なのに。ガイウスは叫んだ。
「どうして……どうして、そんな平気な顔をしていられる!?」
そしてマキアスも。
「アンタたちを突き動かす者は、なんなんだ!?」
返したのはSだ。Sは、ユーシスが突きつけている剣を握った。
「言ったでしょう。恨みは、怒りは人を変えるって」
赤い髪以上の鮮血が手から流れても、言動も表情も何もかもが変わらない。ユーシスが息をのみ、動いても首を跳ねることはできず、Sが立ち上がるのを見るだけ。
「鉄血宰相が、息絶えるまでよ」
まるでそれを肯定するように、一旦は止まった戦場で、テロリストたちが武器を構えていく。Sもレイラも武器は手にない。それでも、その憎悪そのものが己の武器であるというように。
カイトは、努めて静かに言い切った。
「帝国解放戦線は……仲間が死んだ程度じゃ揺るがない」
Sと同じく、レイラも立ち上がる。顔を上げ、カイトを見た。
「……TMP隊員を解放しよう。ただし」
そして、指で外を指し示す。
衝撃と甲高い残響。第二演習場の窓
ガンシップが砲撃を放ち、第二演習場の窓を破壊したのだ。粉々に砕け散ったガラス片が、敵味方を関係なく血の線を作る。
「ただし、私たちの撤退の猶予と引き換えにだ」
マキアスの声が震えた。
「ふざけるなっ、ここまでのことをしておいて……」
「なら、君たちのこの場における目的は達せられない。それでもいいかい?」
「っ……」
数か月前、帝都地下で幹部たちとの一幕を思い出す。あの時もエリゼとアルフィン、二人の人質のために交渉することになった。その後幹部たちを拘束できなかったのは、テロリストの策によるものだが。
あの時と同じ。紛れもない、テロリストの所業。
レイラの眼に、マキアスに返す言葉に、迷いや葛藤は微塵も感じられなかった。
カイトは思った。
(レイラさんは……テロリストなんだ)
当たり前すぎた事実。けれど、カイトは今、ようやく腑に落ちた。
「……わかった」
カイトがレイラに返す。Ⅶ組のメンバーは、驚く者もいたが、それでもカイトの答えには否定しない。
TMP隊員の救出。それが何よりの目的だ。
Ⅶ組たちが構えを解いて後ろに下がった。テロリストの部下たちが第二演習場から続く救護室の扉を開けた。
「そこに……?」
「ああ。全員拘束している」
窓から離れるⅦ組。対して、テロリストたちは窓から脱出していく。最初は部下たち。レイラとSが、まだ武器を構えている。Ⅶ組の追撃を防ぐためだ。
カイトは言った。
「……CとVは死んだかもしれない」
はっきり、テロリストたちに聞こえるように。
テロリストたちは挙動が止まる。けれどそれは一瞬だけだ。
「アンタたちは、これからどうするんだ」
CとVに関する報告は恐らく間違いないだろう。少なくともオルディス方面に報告をした一人以上の残党がいるのは間違いないが。
Sは返した。
「まずはルーレ班の安否を確認しなきゃね。でも、坊やたちもわかってるでしょう?」
「ああ」
「たとえ最後の一人になっても、私たちは目的を果たす」
それがテロリストの行動指針だから。Gが息絶えた。それに続いてCとV。少なくともすぐに帝都やクロスベルで起こしたような暴挙には出れなくなる。けれど時間がかかっても、テロの火種は必ずどこかで燃え広がるだろう。
油断はできない。ここでテロリストを逃してしまうのも悔しくてたまらない。
「せめて、いい休日を過ごしなさい」
Sがまるで挑発するように吐き捨てて、そしてガンシップにその姿を消す。
殿は、レイラ・リゼアート。
「……また会おう、特科クラスⅦ組」
あまりにもあっけなく、レイラもまたSに続いた。
ガンシップが遠のいていく。
元凶は去っていった。
「終わったか」
ユーシスが納刀した。マキアスも膝に手を当てた。
「戦いには慣れたけど……だからってしたくはないんだ」
戦闘の激しさ自体は、これまでの実習と大差はなかった。けれど貴族派と革新派の対立をこれまで以上に実感する事件だった。そしてテロリストの底知れない脅威も。
だから、間違いなくこれまでで最も辛い戦いだった。
レイラが去った窓を見ながら、カイトは言った。
「ごめん、みんな」
何事かと、仲間たちがカイトの下へ集う。
言葉に反して、カイトの表情に影はない。先の戦いの終盤と同じく、落ち着いている。
「テロリスト、取り逃がしちゃった」
「別に、カイトだけの責任じゃないじゃん。ボクたちみんながんばったしで戦ったんだし」
「でもさ、レイラさんを前にして……やっぱり迷っちゃった」
この謝罪はあくまで決意のようなものだ。
帝都でレイラに関する一連の出来事があって、カイトは強い衝撃を覚えた。自分で語ったように、誰かに裏切られた、ということが初めてだったから。
理由はまだわからないが、レイラの覚悟は揺るがなかった。だから自分ももう、揺らぐわけにはいかない。ユーシスに喝を入れられて、ラウラや仲間たちに鼓舞されて、カイトはそう思えるようになった。いや……思わなければならないと、そう感じた。
続けて口を開こうとして、カイトは背中を大きく叩かれた。
「うげっ!? ユーシスッ……?」
勢いが強すぎて、戦闘直後であることが霞むくらいの痛みが走った。カイトを動かした貴族の御曹司は呆れてため息を吐いている。
「何を寝ぼけたことを言っている」
「そうだぞ、今回ばかりはユーシスの肩を持たせてもらうからな」
「うるさいぞ、レーグニッツ」
ユーシスの小言は気にせず、マキアスはカイトの顔を指でピッと詰めた。
「カイト、君が遊撃士であることを僕たちは否定しない。だが……」
ガイウスも同じ意見なんだろう、マキアスの言葉を引き継いだ。
「お前がトールズの、Ⅶ組の一員として戦ってくれたこと。それが本当に嬉しかったんだ」
「みんな」
この半年間、一緒にたくさんのことを乗り越えてきた。単なる仲違いから、帝国にはびこる問題にまで。
カイトがⅦ組を仲間として信頼しているのと同じように、Ⅶ組も全員、カイトのことをかけがえのない仲間として想っている。
ラウラが笑った。頼もしい笑顔だった。
「L……彼女を正すのは、我ら全員でだ。そなただけに背負わせるつもりはない」
「……うん」
カイトは思う。
『このリベールだけじゃない。全ての国の全ての人々を守りたい』
いつか、大切な人の前で誓った言葉。
途方もなく果てしなくて不可能に近くて、でも絶対に曲げたくない。そんな想い。
「頑張ろう。一緒に」
みんなと一緒に、この想いを叶えてみたい。
────
その後──事態は順調に収束していった。
オルディスで生じた兵器工場のテロリストへの襲撃、そしてTMP隊員の拉致拘束。全てはテロリストが起こしたことだ。Ⅶ組が彼らの撤退を見届けた時点で、オルディスの緊張は瞬く間に落ち着いていった。
兵器工場はそもそも領邦軍のお抱えであり、本来はTMPが関与するところではない。ジュノー海上要塞も領邦軍が施設内を取り戻した。カイトたちⅦ組も一時はラマール領邦軍に拘束されたが、そこはオーレリア将軍の鶴の一声で、TMP共々解放されることになった。
テロリストがなぜ、協力関係──もはや公然の秘密のようなものだが──にある領邦軍の施設を襲ったか。それは謎ではあるが、思いつく理由はいくらでもある。
ルーレでもTMPが調査をする理由となった、貴族派が主導権を取るRF社第一製作所における鉄鉱石の横流し。TMPの調査を妨害し、そしてその鉄鋼石を受け取るラマール州側の証拠を消すため、という動機だ。実際、兵器工場も海上要塞もその証拠がある場所としては妥当な線と言える。
そしてラマール州の盟主たるカイエン公爵が不在という状況、アレスレード伯爵がこれを主導した意味。盟主の代理という明らかな理由ではなく、アスベル個人が主導する感情的な動機。カイトたちⅦ組の前で、アリスがアスベルを問いただした言葉の中に、真実は隠されている。
加えてオルディスの事件の発端と言えるルーレでの事件も、Ⅶ組A班の尽力もあり収束へ向かっていった。帝国解放戦線によるザクセン鉄鉱山の占拠。テロリストたちの報告の通り、リィンたちⅦ組がテロリストを撤退させ、そしてガンシップは何者かによって爆破された。
それでもノルティア領邦軍は調査を進めるTMPを頑なに妨害していたらしいが、ザクセン鉄鉱山がノルティア領邦軍、領邦軍を指揮するログナー侯爵、さらには帝国正規軍のいずれの所有物でもないことが功を奏した。ザクセン鉄鉱山の正式な所有者である皇族アルノール家。その一人、オリヴァルト・ライゼ・アルノールその人がTMPを指揮することになったのだ。これには領邦軍も黙る他なかったらしい。
オリヴァルトの指揮下、TMPは職務を果たしてザクセン鉄鉱山は完全に解放された。しかし第一製作所による鉄鉱石の横流しの証拠はテロリストによって破棄されていたのだという。状況証拠は限りなく黒に近いので、オリヴァルトがRF社会長であるイリーナ・ラインフォルトの全面協力を受ける形で、TMP以上の厳正な調査を宣言することとなった。
結果として生じた、帝国解放戦線の戦力の
少しの安息と、その後に訪れるだろう帝国解放戦線による烽火。そんな、歪な空気感を帝国に残して。特科クラスⅦ組の九月特別実習は終わったのだ。
帝国の北と西で連動した二正面作戦。
原作ではB班の実習は描かれませんでしたが、ルーレ事件の経緯を考えるとこういうこともあるか……と思ってのオルディス編でした。
全てが解決はしなかった、けれど色々なものが着実に進行している……良い意味でも悪い意味でも。
次回「小旅行~温泉郷へ~」始まります。