九月の特別実習──ルーレ・オルディスにおける帝国解放戦線の暴走から一週間が経過した。
ザクセン鉄鉱山とジュノー海上要塞の事件を受けて、帝国解放戦線の組織は半壊滅状態となった──帝国政府は国内外に対しそのような声明を発表した。
結局、幹部CとV、そしてその他のテロリストを乗せたまま墜落した飛行艇の損傷は激しく、ルーレにいた帝国解放戦線のメンバーはほとんどが死亡したと判断された。
オルディス側のメンバーは存命だが、計画を主導していたとされるGとCが倒れた以上、少なくとも帝都、クロスベル、ルーレ・オルディス……毎月のように行われていたテロ工作は不可能──そう結論付けられての半壊滅という表現だった。
九月三十日、この一連の事件の功績を認められ、カイトたちⅦ組のメンバーは帝都のバルフレイム宮に招かれた。エレボニア皇帝ユーゲントⅢ世、そしてアルフィン・セドリックの実母であるプリシラ后妃、両名に拝謁し労われることになった。
カイトからすれば、友人であるオリビエの父と邂逅したわけだ。
そしてテロリストが壊滅とはいかずとも活発な行動がしにくくなったことで、彼らを支援していたとみられる貴族派は表立って動きにくくなった。同時に革新派もクロスベルの独立問題によって外交面に意識を割かれることとなり、帝国内部における対立は小康状態へ向かっていった。
────
十月一日。ユーゲントⅢ世の計らいにより、Ⅶ組は湯治場への小旅行に招待されることになった。正確にはⅦ組だけではない。引率を務めるサラに加え、アンゼリカ・トワ・ジョルジュも一緒だ。
行先はリィンの故郷である帝国北部の温泉郷ユミル。入学以降のカイトにとって、ガイウス、エリオット、マキアスに続く四人目の故郷への訪問となる。
トリスタからルーレまでは、六月のノルド実習でも辿った鉄路を行く。そこから先はユミル支線に乗り換え、アイゼンガルド連峰の中腹を目指す。
その列車内。
「……くしゅん! ちょっと寒くなってきた~!」
ボックス席の一つで、ミリアムは体を震わせた。先日まで西のオルディスにいた感覚のままだからだろう。隣でくつろぐガイウスは、いつものように落ち着いてミリアムにⅦ組の紅い制服を着せた。
兄妹のような様子の二人を見ているのは、向かいの席のフィーだ。
「ルーレでも十分寒かったし。ミリアム、大丈夫?」
「む~! でもユミルでオンセンに入るんでしょ? 温まるのが楽しみだよ!」
「ふふ。体調管理だけは忘れずにな」
ちびっ子とお兄さんのボックス席から通路を挟んだ向かいでは、クロウを除く先輩三人、そしてサラがいる。
「っぷはーっ! 今日は実習でもないし、お昼から飲むビールはサイッコーねぇ!」
「もう、サラ教官! 士官学院としての旅行なんですから、お酒はやめてください!」
「トワはお堅いわね~」
生徒会長は必死でビール缶を取り上げようとするが、反射神経でサラには叶わない。努力虚しく、最初の一本目は飲み干されてしまった。それならと、サラが持っている別の缶を先に取り上げようとして──それはトワの向かいの席の人物がひょいっとかすめてしまう。
「付き合いますよ、教官殿」
アンゼリカだ。彼女の飲酒が問題であることなんて、事情を知らない人は気づかないだろう。実際アンゼリカはライダースーツを着ているので、学生だと本当にわからない。
けれど、この場にはトワ以外にもお目付け役はいる。
「こら。調子に乗らないの。サラ教官も、ちょっとは自重してください」
ジョルジュ・ノームは、カイトたちⅦ組からみれば珍しくツナギでなく緑の学生服だった。さすがにアンゼリカよりはこういう場面で真面目だったりする。
幾分自由な先輩・教官席。サラの背面でマキアスが叫んだ。
「ぐっ……この土壇場でボルトを使うのか……!?」
「ふっ。相変わらずチェス《以外》は涙ぐましい努力が伝わる」
「な、なんだと~!?」
マキアス・ユーシスはクロウがトリスタで流行らせたカードゲーム《ブレード》で戦っていた。ちょうどユーシスがマキアスを下したところだ。
「もう一度対戦するか? なんなら、貴様の得意なものでもいいぞ。もっとも、この場にそんなものがあるならな」
「くっ……もう一度だ!」
ちなみに二人が
とはいえ、湯治場へ赴く旅路の途中だ。独特の旅愁を感じたいメンバーもいるわけで。
「ちょっと! 貴方たちうるさいわよ!」
男子二人の隣のボックス席。窓際のアリサが顔を覗かせて怒鳴った。運よくⅦ組がいる車両は他の乗客がいない。とはいえお嬢様らしく控え目に口を尖らせた。
「まあまあ、アリサさん」
「エマもちょっとは怒らないと。まったく、仲が良かろうが悪かろうが迷惑かけるんだからあの二人は……!」
「ええ。喧嘩するほど何とやら、ですね」
エマは笑った。耳ざとくその言葉を聞いた男子二人が『良くない!』とまた口をそろえたが、Ⅶ組委員長は無視した。アリサに言われなくともエマはⅦ組で上位の権力を持っていたりする。
ルーレ班だった女子二人。オルディスでの喧嘩組二人を知るラウラもいた。
「安心するがよい。ユーシスもマキアスも、問題なく戦術リンクを繋げていたぞ。『四月の意趣返しだ』と言いながらな」
「ああ、たしか手配魔獣はカイトを頼らなかったのよね?」
「四月は、私もフィーちゃんも含めて、カイトさんに助けられましたから。悔しさもあったんでしょう」
「そうか。ルーレでのフィーの様子はどうだったのだ?」
ラウラとフィー、仲良し二人。気になることだ。アリサは質問に答えた。
「ええ。頑張ってくれたわ。特に、リィンとクレア大尉の密会を防いだのはね……!」
「なに?」
拳をわなわなと震わせるRF社ご令嬢。そのままだと話が進まないのでエマが補足した。
「リィンさん、アリサさんを慰めたその足でクレア大尉に誘われたんです。夜のバーに」
「それは……」
ラウラは顔をひきつらせた。同年代女子の中ではその手の話に疎い自覚があるラウラだが、アリサの心境もなんとなく理解している。
件の密会は、もちろんルーレでのことだ。B班がオルディスでミハイル少佐から情報を伝えられたように、A班──正確にはリィンはクレア大尉からそれを伝えられていた。当然それはⅦ組にばれて、特にアリサはご立腹だった。
ため息を吐くアリサ。
「まったくあの朴念仁は。人の気も知らないで」
「本当に、リィンさんはどうすればいいんでしょう……」
Ⅶ組の委員長が匙を投げた。
心配事や呆れ事はそれだけじゃない。
「その朴念仁が、クロウと一緒にいるのよ?」
「それは……まあ」
「それに、カイトも一緒なのよ?」
エマは思い出した。八月から九月にかけて。カイトとアリスの件で色々と話したことを。
朴念仁のリィン。変態のクロウ。恋愛初心者カイト。
女子たちは知っていた。このボックス席の振り分けの中で、男子三人ともう一人を加えて、同じ車両の少し離れたボックス席で他メンバー盗み聞き厳禁の話し合いをしていることを。
ラウラが朗らかに言った。
「良心はエリオットだけ、というわけか」
「そー……なのよねぇ。はぁ」
「リィンさんたち……どんな結論を出すんでしょう。はぁ」
アリサとエマのため息が重なった。
そして、他の小旅行メンバーから離れた、やはりボックス席。一角を陣取る
「へそと脇の露出は
ダメだった。クロウは全くブレていなかった。リィンは頭に手を当てて、エリオットは乾いた笑いを浮かべて、そしてカイトは引いた。
「あのさ、クロウ」
「あんだよ」
「一応ルーレでも相談してたんでしょ? なんでまた女子の衣装の話に逆戻りしてんの!?」
リィン、クロウ、エリオットは全員ルーレに行ったA班だ。そこでも話し合いは続けていたはずなのに。
リィンは言った。
「実際、この数日間でステージの方向性とそれぞれの役割は決まったんだけど」
そこについては、カイトも聞いている。メンバーそれぞれの役割も、カイト自身の役割も。カイトはそれができるかというのも心配はしたものの、例によって音楽が絡んだ修羅のエリオットの迫力に負けて頷くしかなかった。
というか、ステージ衣装も決まっている。ごねているのはクロウだけ。
真面目なリィンはあらゆることを生徒手帳に記録している。その中の一ページをカイトに見せてきた。
カイトの脳に衝撃が走った。
「……エリオット、本気?」
「本気だよ。これが一番いいと思うんだ」
「いや、まあこのボーカルとかは意外性もあるけど……ていうか、オレに《これ》できるかな……?」
「できるよ」
ちなみにいつものような朗らかなエリオットじゃなかった。笑顔だけど、背後に修羅が見えた。
「……まあ、頑張る」
音楽が絡むとエリオットはすごく怖い。
それはそれとして、揉めているのは衣装らしい。といっても素案は十分に決まっているのだけど。
「だから、クロウッ」
「なんだ、リィン」
「今のままでもクロウの言った案は通っているだろ……!?」
つまり、女子のへそ出しとノースリーブ。それを口にするのは恥ずかしいリィン。
「あと、リィン。バックのデザインはこうして、これをこうしてだな……」
「っ!? それじゃフィーとミリアムが動いたら……!」
「あー、ちびっ子二人じゃいくら動いても問題ねーよ。委員長ちゃんにこれを着せれば……」
駄目だこの二人。カイトとエリオットは思った。
そうして時間は流れ、ユミル支線の終点で降り、リィンの案内でケーブルカーを利用する。ユミルまでの山道は徒歩でも行けるが、大変極まりない。
飛行船、列車、導力車、導力トラム、水上バス。カイトも色々な乗物に乗ってきたが、ケーブルカーは初めてだ。高度が上がるにつれて山の斜面と車両が離れ、ちょっとした観光としても楽しめた。十月、秋。まだ冬には遠いが、山の頂上付近にはうっすらと白い雪が見える。
そうして、一同は温泉郷ユミルへやって来た。
シュバルツァー男爵が治める帝国北方の領土。言ってしまえばレグラムよりも田舎に感じてしまう。街の一方を見れば聳え立つアイゼンガルド連峰の険しい山々。もう一方、ケーブルカー係留所も兼ねた展望台から顔を出せば、青空と遠く見える山の麓。
街並みは静かだ。Ⅶ組がユーゲントⅢ世から直々に招待されたからなのか、観光客の姿は見えない。雪が降るからか、屋根の傾斜はついている。木の建物は暖かさを感じる。そして温泉郷らしく、広場の中心地にはカイトも馴染みのある足湯が湯気を出していた。
けれどしっかりと観察する前に、リィンたちの前には一人の少女がいた。
「皆さん、お待ちしておりました」
エリゼ・シュバルツァーは、七月に初めてⅦ組と対面したときのように、淑女然とした上品な所作で頭を下げた。
「ようこそ、温泉郷ユミルへ」
────
エリゼの案内で、一同は鳳翼館までやって来た。ここが今回の宿泊先だ。
皇族から恩賜された逗留施設。けれど、帝国貴族、四大名門の城館のような華美な装飾はない。シュバルツァー男爵家──リィンとエリゼを育てた親の土地だけあって、そうした空気は好まないのかもしれない。
とはいえ豪華さがないわけじゃない。広いロビー、宿泊者を飽きさせない多様な施設、極めつけは洗練された所作で出迎えてくれたスタッフたち──当たり前だがリィンと既知のようだ。
エリゼの案内は続く。令嬢だけあって顔パスだし、それに鳳翼館の中も熟知しているようだ。
「皆さんのお部屋は、この二階に用意してあります。今いる共用のロビーを挟んで、左側が男性、右側が女性のお部屋になります。上級生の皆さんやサラ教官にも別室を用意させました」
一通りの説明を受け、一時解散となる。あくまで今回は小旅行。特別実習のような忙しさはない。けれどここでも自然と口を開くのがリーダーなわけで。
「学園祭でやるステージの打ち合わせをしたいから、Ⅶ組のみんなは荷物を置いたらロビーに集まってほしいんだ」
リィンの号令に、まばらに声が返ってくる。先輩組とサラは既に部屋に向かっていて、Ⅶ組も三々五々に散っていった。とはいっても男女別室なだけだが。カイトも仲間たちに続いた。
そして、十分後。
「みんな、集まったみたいだな」
リィンは首を回す。ロビーにある長テーブルとソファ。Ⅶ組は十二人。全員が座るだけであっという間に埋まってしまう。
「そんじゃ、発表するぜ。お前ら、心して聞けよ?」
クロウが口角を吊り上げる。
学園祭による出し物の発表。学院のカリキュラム、特別実習での帝国情勢への関与。それらとは別に、Ⅶ組が先月から意識を向けていたそれも、リィン、エリオット、クロウ、カイトの尽力でようやく形になって来た。
「意外と時間がかかりましたね。エリオットさん、そんなに悩んだんですか?」
「ううん、本当は実習の後に伝えるつもりだったんだけど。バルフレイム宮に行ったり、今日の小旅行があったり、いろいろとズレちゃって」
エリオットがため息を吐いた。ユーゲントⅢ世に拝謁した時、一番緊張していたエリオット。その心労を察して方々から労いの声が上がった。
一方で、アリサはエリオットではなくリィンを見た。列車の中で心配していたように、一部の邪な案が通らないかというせめてもの抵抗だ。
「本当はクロウ辺りがごねたんじゃないかしら」
「……」
「何か言いなさいよ、リィン」
「俺は何も言っていない」
「むしろ何か言いなさいよ!」
リィンは項垂れた。今回、リィンはとことん苦労役を買ってしまっている。
「ご愁傷様、リィン」
「カイト……そう思うなら助けてくれ」
「うん、無理」
早速発表する。
「色々と案を練ったんだけど……《アイドル》風のロックをやる。これが方針だよ」
今回一番乗り気なエリオットの発表。案の定、計画者四人以外は頭に疑問符だ。カイトの発案によってクロウが推した共和国文化の一つ。説明を受けて、マキアスが唸った。
「Ⅴ組のみっしぃじゃないが、また微妙な時期に微妙なものを出してきたな……」
共和国は帝国にとって長年の宿敵。そういう意図だが、クロウは頭の後ろで腕を組んでどこ吹く風だった。
「まぁ今更だろ。今世間で騒がしいクロスベルじゃあるまいし。何しろ《アイドル》なんて、帝国のお堅いお偉いさんも気づかねぇだろ」
参考記事は、例によってクロウ所有のゴシップ誌《メルド》だ。それなりに露出の多いうら若き女子たちの写真。アリサは難色を示していたが、ラウラやエマは以外にも受け入れている。
男子たちからは特に反論はない。
エリオットが続けた。
「演奏する曲は二曲! 必要なのは導力楽器を演奏する演奏班と、男女のボーカルとバックダンサーだね」
ステージ企画は他のクラスとの兼ね合いもあるのでⅦ組だけで占有はできない。二曲だと、本来のコンサートやライブの時間を考えると少ない。その中でライブを観に来る客に満足してもらうなら、バックダンサーが付くくらいの本気度があったほうがいい。もちろんエリオットの方針だ。加えて、数々の修羅場をくぐってきたⅦ組だからこそできるハードワークでもある。
「まあ、エリオットがそう言うなら」
「ボクたちもイギなーし!」
ちびっ子二人も了承した。
そしていよいよ、ステージ構成と当日の衣装案だ。
「それじゃ、これを見て」
クロウが準備した人数分の紙を回す。エリオットとカイトは自然に、クロウは嬉々として、リィンは疲れた様子での所作。他メンバーは、そんなことは絶対にないはずなのに特別実習の行く先を告げられるときのような嫌な感覚を覚えた。
全員がそれを読み込む。役割は──
・演奏班(楽器隊)
リィン :リードギター
アリサ :リズムギター&コーラス
ガイウス :ベース
ラウラ :ドラム
エリオット:バイオリン&キーボード
カイト :キーボード(2曲目)
・パフォーマンス隊
マキアス :メインボーカル(1曲目デュオ)
ユーシス :メインボーカル(1曲目デュオ)
エマ :メインボーカル(2曲目ソロ)
カイト :バックダンサー(1曲目)
フィー :バックダンサー(2曲目)
ミリアム :バックダンサー(2曲目)
『ちょっと待ったぁ!!』
すぐさまⅦ組の喧嘩ペアが机を叩いて身を乗り出す。もはや阿吽の呼吸ではないかと、Ⅶ組全員が思った。
「こいつと僕が二人組のボーカルだとぉ……!?」
「しかも、同じ衣装をまとってなど……!!」
それぞれ文句を言ってるが、つくづく気が合っている。マキアスはその衣装案をしつこいくらいに指さして、震え声を出した。
「ヒッ、ヒラヒラしてるぞぉ!?」
男子メンバーの衣装は、帝国の古い時代の宮廷衣装を参考にしたものだ。白いタキシード。白馬が似合う格好ではある。一部の女子からは人気も集めるだろう。Ⅰ組がオペレッタなので意識しているとも言えるが、《キザでカッコいい男子》というコンセプトは合っている。
ちなみに女子五人からは全員好印象だ。
「割と似合うんじゃないかしら、貴方たち」
「ふむ、少し楽しみではあるな」
「ラ、ラウラ……」
「おいレーグニッツ、何を乗せられている」
エリオットの意見が入った。
「少なくとも、二人の雰囲気には合ってるし……そもそもユーシスはそのまんまだしね」
「おい、クレイグ」
Ⅶ組メンバーは、ユーシスがエリオットを苗字で呼んでいるのをを初めて聞いた。
「それにマキアス、Ⅰ組に負けたくないんでしょ?」
「うぅ……」
貴族に対してのわだかまりが薄くなったとはいえ、生来の気真面目さと対抗心は残っているマキアス。そこを突かれると弱い。
一方、女子でメインボーカルを務めるエマも乾いた笑いを浮かべている。
「えっと、二曲目は冗談ですよね……?」
「冗談なわけあるかよ」
クロウが突っぱねた。
「男子ボーカルで女子のハートをかっさらう。そして男子の鼻の下を委員長ちゃんのド迫力で伸ばす。これがベストだ」
「クロウ、貴方……」
「トリスタに戻ったら、覚悟するがよい」
「おお、こわ」
アリサとラウラが殺気を隠さない。女子たちはここがトリスタの外であることに泣いた。アーツは使えないし、ミリアムもアガートラムを出してくれない。クロウに制裁ができない。
例によって中立のエリオットが補足。
「えっと、委員長は眼鏡をはずしてギャップを出して、脇をフィーとミリアムで固める。実際、インパクトはあると思うんだ」
クロウの失言はともかく、意外にも女子の衣装に関して文句は飛んでこない。クロウの邪な案はリィンが鋼の意志で遮ったからだ。雑誌に載っていたアイドルの少女たちと露出は大きく変わらない。ノースリーブにへそ出し。スカートは短いが学院の制服と大差ない。細かな装飾もあって、魅力的なのは間違いない。
アリサはエマを見ていた。いろいろと質問をして現実逃避をしているⅦ組の委員長。丸眼鏡に三つ編みおさげ、いかにも優等生といった雰囲気。
アリサ・ラインフォルト。過去には人には言えない衣装も好きだった過去がある。Ⅶ組の中では一番乙女で、女子を魅力的に見せる工夫も欠かさない。
そんなアリサが、閃いた。隣にいたので、おもむろにエマの眼鏡を取り上げる。
「なるほどね……?」
「ちょ、アリサさん!? か、返してください……!」
「じっとしてて」
「あ、あ……」
眼鏡だけじゃない。髪も解いていく。そしてエマをソファから立たせる。
「はい、できた」
──それはⅦ組内でもお調子者のクロウとカイトが数日後に言ったことである。
──そして数年後、Ⅶ組男子全員が無礼講の席で全員そろって言ったことである。
──あの時、確かに地上に
男子が全員見惚れるほどに、エマから後光が差している。自然な形で、けれど薄紫の長髪は軽くウェーブがかかっている。気真面目さではない、どこか妖艶さが漂うような。
「これは見違えたな」
ガイウスは、一応雰囲気は普段と変わらず穏やかだった。
「うんうん。前からもったいないって思ってたのよ」
「私とミリアムがその委員長の脇を固める……結構よさそうだね」
「アリサさん……フィーちゃん……」
エマはひたすら身を縮こませて恥ずかしがるだけだ。
メインボーカル三人、他のメンバーの誰もが納得している。折れるしかなかった。
「わかりました……何とかやってみます」
エマの、もう全部投げ出してしまいそうな声。悲しいかな同情の声は少なかった。
話題は楽器隊に移る。
「今回は導力楽器を使うんだけど、ガイウスはシタールが弾けるから導力ベースもこなせると思うんだ」
導力楽器とは、楽器が作る振動を導力の信号に変換し、音として出力する楽器だ。従来の楽器と異なり機材も多いが、音色の幅や大きさを操作できる。
「ラウラのリズム感とパワーは絶対ドラム向きだし」
と、Ⅶ組音楽番長の評は続く。リィンはリュート、アリサはバイオリンとそれぞれ経験がある。ガイウスと同じく、似た楽器だから演奏のコツを掴むのが早いだろうという判断だ。
フィーが手を挙げる。
「カイトの名前が二つあるよ?」
分身するの? とでも言いそうなフィーの真っすぐな問いかけだった。
オレは剣帝じゃないし、どこぞの変態紳士でもないぞ。と心の中で叫んだ。
「ん、まずバックダンサーっていうのはフィーとミリアムと同じ方向性だよ。オレが後ろで動いてユーシスとマキアスの動きを引き立てる」
「我流で無秩序なお前が俺とコイツを引き立てられるのか」
「ユーシスとマキアスが、ちゃあんと息を合わせてくれればね?」
「……」
例によってエリオットから出た案だ。Ⅶ組男子でトップの身のこなしを持つカイト。
ただ、2曲目のバックダンサーは女子で固まっている。
「それで、2曲目は僕がバイオリンを使うから、カイトにキーボードをしてもらおうと思って」
「こればっかりは初めてだし、正直心配だけど……エリオットを信じることにしたってことだよ」
事前に聞いていたが、クロウからも反対意見はなかった。むしろ同じ双銃を扱う経験からか「両手を別々に動かすのは得意だろ?」とまで言われてしまった。
少なくとも、エリオット以外の楽器隊は全員初心者も同然だ。カイトも腹をくくったのだ。
泣いても笑っても、一年Ⅶ組としての学院祭はこの一回が最後。恥ずかしさも未熟さもかなぐり捨てて、一緒に頑張りたいと、そう思った。
(それに、姉さんやエステルたちだって……男女逆転劇なんてやって頑張ったしさ)
今なら、少しは同じ気持ちになれる気がする。
仲間たちも覚悟を決めた。
ボーカルのエマ、マキアス、ユーシス。楽器を練習することになるリィン、アリサ、ガイウス、ラウラ、カイト。
ノリノリのバックダンサーのフィーとミリアム、全てを画策したエリオットとクロウ。
全員の意志が重なったのだ。
「学院祭まで三週間。トリスタに戻ったらすぐに練習を始めないとならないだろうけど」
リィンが拳に力を込める。学院祭に向けて、ここから走り出す。まずは、この小旅行で意識の切り替えだ。
「その分、今日と明日の二日間はゆっくり休んで、英気を養おう」
ユミル小旅行。心の軌跡Ⅰ、エルモ村以来の温泉だ……
果たしてリィンのラッキースケベはどこへ向く。
・演奏班(楽器隊)
リィン :リードギター
アリサ :リズムギター&コーラス
ガイウス :ベース
ラウラ :ドラム
エリオット:バイオリン&キーボード
カイト :キーボード(2曲目)
・パフォーマンス隊
マキアス :メインボーカル(1曲目デュオ)
ユーシス :メインボーカル(1曲目デュオ)
エマ :メインボーカル(2曲目ソロ)
カイト :バックダンサー(1曲目)
フィー :バックダンサー(2曲目)
ミリアム :バックダンサー(2曲目)