心の軌跡Ⅱ~重なる標~   作:迷えるウリボー

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35話 影の国③

 

 

 リベール、エレボニア、クロスベル。カイトが今まで訪れたそのどこでも見たことのない魔物たち。魔獣よりも高い知性を持つ彼らは、人間ほどではないにしろ周到な動きをもってカイトたちを攪乱してくる。

 グリモアと呼ばれる水銀様の魔物が擬態したという偽物のアネラス。それもまた、本物の彼女の身体能力をいかんなく発揮して、男たちに襲い掛かる。

「我が右手にありし星の杯よ。天より授かりし輝きをもって、我らが盾となれ」

 ケビンは七耀教会ゆかりの法術を放つ。グラールスフィア──女神の慈悲の如き障壁が、五人を守る。

 その盾に守られ、オリビエは戦術オーブメントを駆動させた。陽の光のような金の輝きを纏い、オリビエは無言のままそれを収束させた。

「よくやった、皇子」

 放たれた魔法、ダークマターは重力を発生させる。広範囲に対し、その中心点に向け引き寄せそして押しつぶすのだ。寄せられた魔物たちは呻く。集められた魔獣はジンにとって格好の的だった。

「雷、神、掌っ!」

 覇気と共に放たれる青白い波動拳。泰斗流の奥義はジンの実力故、ただ純粋な破滅を魔物たちにもたらした。

 乱戦の中、アネラスグリモアが疾駆する。雷神掌を放ち、普段よりも隙を見せたジンの背後へ。

 八葉滅殺、一見して振り回しに見えるが、その実綿密な体裁きによる連撃だ。

 アネラスグリモアの攻撃が、無防備なジンの背中に襲い掛かろうとして、それは圧倒的な速度で追随してきた双剣によって弾かれる。

「偽物とはいえ、さすがはアネラスさんだ」

 ヨシュアは元執行者、それも暗殺や隠形、対戦闘戦のスペシャリスト。だが、彼よりも戦闘力が劣るはずのアネラスグリモアは、すぐには下されない。それは本物の彼女の実力が相当に高まっていることを意味している。

 ヨシュアは判断した。負けはしないが、さりとてすぐに勝てるわけでもない。

 だから、ヨシュアは一人でアネラスグリモアと対峙はしていない。

「出番だよ、カイト」

「おう!」

 ヨシュアが双剣を振りアネラスグリモアを大きく後退させると同時、戦場を縦横無尽に駆け抜けていたカイトが透明な赤い煌めきを収束させた。

 フレアアロー、制御された白い炎が巨大な矢となってアネラスグリモアの脇腹を穿った。そして直後、体勢が崩れ宙に浮いたアネラスにカイトは銃を連射させた。

 アネラスグリモアは表情を崩さない。焼け焦げた腹部を見て少年は表情を曇らせるも、それでも服の下は柔肌ではなく、渦巻く銀色。彼女が偽物だということを実感した。

 ヨシュアが追撃、体勢を崩されたアネラスグリモアは絶影の前に剣を弾かれた。

「おやすみ、子猫ちゃん」

 オリビエが不敵に笑う。両腕でしっかりと構えられた銃口が火を噴く。狩猟の弾丸(ハウリングバレット)の爆炎がアネラスを包み込んだ。

 ヨシュアの魔眼が、カイトの続けざまのエアリアルが、ケビンのデスパニッシャーが、それぞれ複数の魔物を薙ぎ払う。

 最後、一匹をジンの掌底が穿った。

 溶岩がのたうち回る大広間、五人はあたりを見回す。魔物はもう、残されていない。そしてアネラスグリモアは、もはやその原型すら残さず溶け消える。

「ケビンさん」

「なんや、カイト君?」

「あんまり見たくない光景ですね……」

「そうやね……」

 丁度爆炎に呑まれて見えなかったが、人間だったものが溶け消えていく光景は、心の健康によろしくない。

 カイト、ジン、オリビエを除く仲間たちは全員、ケビンとリースの姿をしたグリモアと戦っている。その時もあまり精神衛生がよくないことになったのだとか。それを受けて、戦いの中で相談した倒し方だ。

 各々残心を解き得物をしまう。沈黙の後、グリモアが溶け消えたその場所から光が迸り──そして、宙に揺蕩う八面体の立方体が、なおも淡い光を保って現れた。

 ケビンがそれを、慣れた様子で手にした。

「封印石や。カイト君も、これから解放されてきたんやで」

 カイトの時は悪魔を倒した報酬だったという。そして、アネラスグリモアを倒して現れた封印石から誰が出るか、それはもう明らかだろう。

 ジンが言った。

「まずは戻るとしよう。綺麗どころが少しは機嫌を直してくれることを期待してな」

 五人はケビンの下に集まる。こんなに熱い場所はごめんだった。今の戦闘で喉も渇ききっている。

 方石は本当に便利なもので、ケビンの意志に沿ってすぐに薄青の淡い光が迸る。転移は一瞬で開始された。

 隠者の庭園へ戻ると、隠者の石碑の前で待機していたのはミュラーとユリアだった。二人に促し、待機している仲間たちを集める。五分も経たないうちに集まったが、やはりリースだけは現れなかった。

 総勢十名、代表のケビンが封印石を掲げる。いかなる原理か、再度浮かんだ封印石は輝きを増して、その中から一人の少女が現れた。

 ただ、カイトと違い現れたアネラス・エルフィードは横向きで舟をこいでいたが。

 呆れる、というより困ったように笑う一同。オリビエがカイトにしたような淫行に走ろうとしたが、そこはカイトとミュラーが阿吽の呼吸で鉄拳制裁をしておいた。

「あはは……なぁんだ、ティータちゃんぬいぐるみとかお姫様ぬいぐるみだったらよかったのになぁ」

 寝ぼけ気味のアネラスを覚醒させ、一通りの説明をした後の第一声がこれである。何人かはずっこけんばかりの突っ込みを浴びせたものの、逆に帝国の旅路で彼女の性格を熟知しているカイトとジンは笑う。

「でも、色々と大変な状況だっていうのは判りました。遊撃士として、私も協力します!」

 他の者たちと同じように、この状況で協力をしないような人間ではない。さっそく、アネラスは探索に参加することになった。

 謎の女性から受け取った地図を見ると、バスタール水道の他に、アネラスを解放したことで新たな場所が示されていた。《サンクロトワの森》、二つ目の修練場である。ここには、ケビン、ヨシュア、アネラス、クローゼ、ユリアというメンバーだ。少しは女性陣も気を許してくれたのか、庭園における無言の圧力は消えていた。

 一同は解散する。探索班が方石で転移するのを見届けてから、カイトは大きく体を伸ばした。

「さて、と。それじゃ、休憩がてら、庭園散策でもしようかな」

 一応の庭園の構成は教えてもらったが、直接探索に出たため庭園内はどこにも行っていない。

 なんとなしに、カイトは書架へ行く。

 各場所へ行くための通路は横幅五アージュで柵もない。だが不思議と、宙へ落ちていく恐怖心は生まれない。

 カーブを描く階段を降りると、円形の空間、その壁全てが書架となっていた。明らかに人間が手に取れなさそうな場所もだが、本当にいたるところに様々な類の本が見える。

 書架の一所、カイトから離れた場所にミュラーがいた。彼もまた一冊を手に取って思索に耽っていた。邪魔するのは申し訳なく思えて、声をかけることは止めた。

 カイトは深く考えず一冊を取る。《カーネリア》と表紙に刻まれている。

「こっちは《人形の騎士》か、懐かしいな。……これは、《陽溜まりのアニエス》。シズクちゃんが読んでたやつか」

 他にも《赤い月のロゼ》、《賭博師ジャック》などの小説が並んでいる。棚を変えれば、最近のリベール通信やクロスベルタイムズ、大陸諸国の報道誌がある。日曜教室で使われた数学書や歴史書、道徳書もある。古今東西のありとあらゆる書物。カイトでなくても垂涎ものだ。

 まったく、ここはいったいどういう場所なのかと改めて考えたくなる。

「この分厚い本は……」

「それは《イストミア異聞》、教会指定の禁書です。世俗の人が読むのは、あまりお勧めしません」

 後ろから聴き馴染みのない声が聞こえた。

「リースさん?」

 ケビンの部下、七耀教会星杯騎士団、従騎士リース・アルジェント。

「え、と。これがですか?」

「はい。どうしても、というのであれば止めはしませんが」

 カイトが手にした書物のことを言っている。少し迷ったが、カイトは大人しく《イストミア異聞》というらしい書物を棚に戻した。

「いえ……信頼できる人の言葉です。読むのは止めておきます」

「信頼ですか? 初対面なのに」

「まあ、ケビンさんの幼馴染、ですし」

 特に考えもなしに言葉にしたのだが、返ってきたのは沈黙だ。リースはカイトをじっと見つめるのみ。

 気まずくなって、カイトは言葉を繕う。

「……あの、体調のほうは大丈夫ですか?」

「ええ……」

「…………」

 沈黙その二。なんとも居たたまれないが、カイトはめげずに会話を試みた。

「あの」

「はい」

「ケビンさんって、どんな子供だったんですか?」

「はい?」

「あ、いえ」

 仲間たちはケビンの過去を知らない。

 影の国の王に執着されるケビン。ケビン自身は星杯騎士団全体を目の(かたき)にしているのではないかとのことだが。それでも、ヨシュアとの会話を聞いたカイトとしては、ケビンの過去のことは気になる。

「だめですか? 聞くの」

 少し考えこんだリースだったが、限定的であれ了承はしてくれた。

「……私も、彼とは福音施設でのことしか知りません。それでもよろしければ」

「はい、是非」

 リースは語っていく。七耀教会の福音施設……つまりは孤児院にいたころの事だ。

 ケビンと出会ったのは、本当にたまたまのこと。リースの姉であるルフィナが半ば強引にケビンを拾ったのだということ。

 孤児院に来た当初は周りを警戒していたが、徐々に年頃の腕白少年ぶりを発揮していったということ。

 アルジェント姉妹との関りが深く、リースとケビンにとってルフィナが姉のような存在であったということ。

 ルフィナが星杯騎士となり、その後を追うようにケビンが星杯騎士になったということ。

「そのルフィナさんは今はどうしているんですか?」

「……姉は、五年前に殉職しています」

 このことは逆に、カイト以外の全員が知っていることだった。

 カイトはリースの態度に合点がいった。

「リースさんは、ケビンさんのことが心配なんですね」

「……」

 リースがルフィナとケビンの後を追って星杯騎士になったのも、そういうことなのだろう。

 心の奥底や、彼らの根底の出来事は判らないが、だが、カイト自身も孤児院出身だ。血が繋がっていなかろうが何だろうが、大事な家族であることに変わりはない。

 孤独や失うこととはまた違うが、姉が遠くへ行ってしまった、という点ではカイトはリースに親近感を感じる。クローゼが姫であったことを知った時の衝撃や、またリシャールのクーデター事件の時に感じた不安。

 リースの冷めたような態度はカイトとはまるで違うが、ケビンに対する家族としての態度の表れだ。

 そしてそれは、どこかエステルとヨシュアを見ているようだ。ヨシュアがエステルの下から離れた時、エステルは一時呆然我失とした状態だったと聞いた。結社の影を追い始めた時、カイトと再会した時にはエステルは持ち前の明るさを取り戻していたが、それでもエステルの内心にどんな葛藤があったかは計り知れない。

 ワイスマンのこともある。ケビンが全てを明かしていないのは明白だ。

「オレも……オレたちもケビンさんのことは心配です」

 それでも、仲間たちがヨシュアに対してそうしたように、ケビンの本心を探すだけだ。

 その中心をなしたのがエステルだったように、ケビンに対してはリースが、ケビンの心をこじ開ける鍵となるのかもしれない。ならきっと、自分たちはその手伝いをするのだろう。

「だから一緒に……リースさん?」

 カイトは呆けたように自分をみるリースに気づいた。

 そのリースは、ぽつりといった。

「少々、お人好しな方が多いと思いまして」

 正直な物言いだ。笑ってしまう。

「エステルが来たら、きっともっと驚くと思いますよ」

「それは楽しみです」

 リースも笑った。やっと、彼女と触れ合えた気がした。

「また、一緒に戦いましょう」

 

 

────

 

 

 庭園の全ての場所を確認し、泉の近くで涼んだ。時間は経ったが、カイトにとっては残業の後の探索である。数時間ほど舟をこぐことになった。

 その後、ジョゼットに忙しく起こされて、庭園の石碑の前まで戻る。またケビンたちが、修練場を一つ突破して仲間を解放するのだという。

 解放され現れたのは、《銀閃》の異名を持つ正遊撃士シェラザード・ハーヴェイだった。カイトには彼女がシェラザードであることに少し時間がかかった。なぜなら異変の時と違い長かった髪を切り、そして服装も一新されていたからだった。

 彼女はアネラスと違い、カイトと同じように警戒を怠らなかった。おかげで妙な空気となることもなく、純粋に説明から開始することになる。

 一連の説明はカイトが受けたものと全く変わらなかった。今のところは同じ星層の試練、状況はさほど変わっていないのだろう。

 それよりもケビンたちがサンクロトワの森でギルバート・スタイン──何故か彼も影の国に巻き込まれたらしい──が魔物たちに襲われていた場面に遭遇したということが驚きだったが。

 シェラザードは一通りの説明の後、疑うまでもなく探索班に加わる。

「ま、みんな元気そうで安心したわ。ル・ロックル訓練場に囚われてるのは私と同じように遊撃士でしょう。だったら同僚や()()を助けるのは私の役目よ」

 次に探索を始めたのはケビン、ヨシュア、シェラザード、アネラス、ジョゼットというチーム。だが最初にバスタール水道を探索したときと比べ、アネラスとシェラザードという現実世界の訓練場を知っている者がいる。その人選が功を奏し、最後の修練場であるグリムゼル小要塞の踏破は早かった。また一同は、忙しく庭園の石碑前へ。

 新たに解放されたのはアガットだった。アガットも一匹狼の癖が抜けていないのか、解放早々に重剣を構える。そして、自分の前の人々に呆然する。

 ただし、アガットの場合は真っ先に目についたのが金髪少女だという違いがあったが。

「おい、ティータ……なんでこんなとこに」

「よかった……! アガットさんが無事で……グス……」

 一目散にアガットに抱き着くティータ。アガットは驚くばかりだが、ものの三秒で目を細めて優しい顔つきとなる。

「まったく、泣き虫は変わらねえな……ってお前らなに微妙な目をしてやがる!」

 アガットが突然変わった景色も忘れて、無言のままの一同に突っ込みを入れた。その通り、一同は微笑ましいものを見る眼だった。

「いいなぁ、アガット先輩、ティータちゃんとラブラブで……」

「いいんじゃない? 年の差カップルっていうのも」

「えっと……仲がいいのは、とってもいいことだと思いますよ?」

 アネラスがにこやかに、ジョゼットがにやりと、クローゼが困ったようにと、三少女が特徴的に発言したので、場はさらに生暖かくなる。

「あれぇ? カイト君」

「なんですかオリビエさん」

「君も最初に叫んだのがクローゼ君に対してだったような」

「あーあー聞こえない」

 後ろのほうでオリビエに突っ込まれたが、カイトは逃げることに決めた。

 仲間たちが揃う度に、一同はかつての頼もしさと柔軟さを取り戻していく。未だリースが顔を見せないことに一抹の寂しさを覚えるものの、変わらず進むことに迷いはない。

 アネラス、シェラザード、アガットも解放した。これで三つの修練場を踏破したことになるが、ケビン曰く、今までの傾向からするとそろそろ強敵との遭遇もあり得るとのこと。

 各々の希望もあって、探索メンバーとなったのはケビン、ヨシュア、カイト、アガット、ミュラーの五人。

 ケビンとヨシュアは言わずもがな。アガットが初回探索として、ミュラーが「そろそろ体が鈍る」とオリビエを睨みつつ希望した。

 そうした戦力の中で、カイトが魔法を積極的に放つ役目としての参加を希望した。

 ケビンとヨシュアの疲労もたまってきている。長時間の休憩を一度挟みつつ、カイト、アガット、ミュラーは装備と戦術オーブメントを整えた。

 ざわざわとした予感と共に、五人はル・ロックル修練場へ転移する。

 転移の光が収まった。視界に広がったのは先ほどまでの昼の風景とは異なっていた。

 隠者の庭園とも違う、夜空と満点の星々。少しの肌寒さが風となって襲う、夜の峡谷だった。

 

 

 

 









さくさく進んでいきます。
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