小旅行初日は移動時間も含まれているので、時間が過ぎるのは早かった。カイトとリィンが温泉から上がった頃には夕暮れも夜に変わろうとしていた。
夕食は鳳翼館で、リィンも含めて全員でいただいた。やはりリィンは「Ⅶ組として小旅行に来たのでⅦ組として行動する」と言っていたが、それにはアリサもカイトも呆れるしかなかった。
食材は、リィンの義父テオが仕留めた鴨や、義母ルシアが育てた野菜やハーブなど。他にもユミルの地のものが使われて一同は文句なく舌鼓を打った。
夕食の後、今度は男女に分かれて大浴場へ。カイトとリィンは二回目だ。男子からは若干呆れ笑いもあったが、特にリィンが「湯舟は何度浸かっても飽きない」なんてことを力説していた。
風呂上がりにはビリヤードや枕投げなどに興じ、普段しないような四方山話もあちこちで花を咲かせ、ユミルの夜はゆっくりと更けていく。
そうして、Ⅶ組のほとんどが寝静まった時。
「……眠れないのか?」
カイトは、隣のベッドで人が動く気配を感じた。
「すまない、カイト。起こしてしまったか?」
声の主はリィンだ。暗がりの中、カイトは月明りを頼りに目を凝らした。リィンは荷物をもって立ち上がったところだ。
カイトも上体を起こす。
「別に? 昔から弟たちと雑魚寝も当たり前だったし、快眠だよ」
「はは、ならよかった」
「リィンは……やっぱり、昼間の件か」
「ああ。ちょっと、湯に浸かろうと思ってさ」
「リィンも好きだなぁ」
リィンは笑った。
「よかったら、カイトも付き合うか? 深夜の露天風呂も、なかなかいいものだぞ」
カイトもその良さは知っているつもりだ。まだ少し寝ぼけ眼で、カイトは考えた。
「うーん、そうだな。もう少ししても眠れなかったら、オレも行くよ」
「わかった」
リィンは部屋を出ていく。カイトは仰向けになった。
部屋は静かだ。Ⅶ組男子六人部屋。初めての土地だったり。あるいは実習ではない純粋な旅行であったりするからか、全員ぐっすりと眠っているらしい。
ちなみにクロウはジョルジュと同室だ。
(リィン……そうはいっても、簡単には癖は抜けないか)
リィンのような自分で抱えがちな悪癖を持つ人間。思い出すのはヨシュアやケビンだ。あとは、ランディも同じだろう。
抱えるものが多いせいか、どうにも人に頼るという選択を取らない。だがそういった大きな壁ほど、仲間たちと一緒に立ち向かうべきだと思うが。
ヨシュアにはエステルがいて、ケビンにはリースがいた。いや、自分を含めた仲間たちもいた。ランディには特務支援課がいた。
リィンにとっては、きっとⅦ組がそうなんだろう。そう在りたい。
今できることは、信じて待つことくらいか。
「……オレも行くかな。露天風呂自体は楽しいし」
結局、カイトはすぐにまた上体を起こすことになった。
────
それは本当に偶然だった。
鳳翼館の浴場に行くには、カイトたちの部屋からはロビーを介す必要はない。けれど、カイトは本当になんとなく、気になってロビーを見に来た。
そして、そこにはクロウがいた。
「あれ、なんでいるの?」
「よお、カイト」
たった一人、廊下も暗くなった旅館の中で、クロウはソファに座っていた。
「って、なんでお酒飲んでるのさ」
カイトが口を尖らせた。テーブルには氷の入ったグラスがある。それなりにここにいたのだろう、グラスには結露ができていた。
「お前も飲むか? サラの鞄からくすねてきたんだ」
「後で教官に締め上げられろ……」
呆れながらカイトはソファに座った。クロウとは人二人分離れている。
「言ってろ。もう飲み切っちまうからな。お前だって飲めないわけじゃないだろうに」
「おい、帝国法。そもそも、サラ教官の飲んでるのって安酒も多いじゃん。味がちょっと……」
なんとなく愚痴を漏らした。クロウが首を傾げた。
「? いやお前、なんで酒の味を知ったような事言ってんだよ。まさか隠れて飲んでるな?」
「はぁ? 別に飲んでなんて──」
飲んでた。クロスベルの《ノイエ=ブラン》で。カイトは、初酒が超高級クラブのカクテルだったせいで舌が肥えてしまってた。そもそも他の酒も飲んだこともないのに。
「カイト、トリスタのどこで飲めるんだよ。それとも実習先か?」
「だから飲んでないっての……!」
深夜の旅館なので小声ですごむ。悲しいかなクロウにはまったく響かない。
クロウは構わずグラスを仰いだ。
「ククッ、お前はこれから風呂か? リィンじゃねえだろうに、好きだねぇ」
「そのリィンが、さっき露天風呂に行ったからね。付き合おうかなって」
「仲の良いこって」
「Ⅶ組はみんな仲がいいんだよ」
「はは、その意気だ。それなら学院祭ライブも成功するだろうよ」
「その
「俺は裏方だって言ってんだろ」
「絶対かき乱すでしょ」
「ははっ」
そういえば、クロウは酒に強いのだろうか。なんだかんだ、大量に飲んでいるところを見たことがないのでわからない。
そんなことを疑問に思ったのは、クロウの様子がいつもと違ったように感じたから。
「リィン、悩んでるみたいでさ。八葉の師匠の事とか、例の《力》のこととか」
「なるほどな。それで相談に乗ってやろうってか」
「昼にも話したし、あくまで解決するのはリィンだし。深夜の露天風呂を楽しみたいだけだよ」
「へぇ。さすが《重心の鏡写し》さんは考えることが違うねぇ」
「茶化さないでよ。サラ教官から聞いたの?」
「まあな」
《重心の鏡写し》。Ⅶ組の重心であるリィンと同じような行動をとる──けれど、その行動原理はまるで違う。Ⅶ組の定義を外側から支え、けれど外側であるゆえに如何様にも変わることができる存在。それがサラから見たカイト。
カイトは、特別そういったことを意識したことはない。ただ、自分の根底にある遊撃士や、そして遊撃士として掲げた目標のために動いている。そして今、確かに自分はⅦ組の一員だともいえる。
なら、とカイトは考えた。Ⅶ組でありながらⅦ組ともいえないことをしてみようか、と。
「……オレが気になるのは、むしろクロウのほうなんだけど?」
「──は?」
クロウはグラスを口に当てたまま止まった。そしてカイトに顔を向けた。
カイトもクロウを見た。カイトはいたって真面目な顔をしている。
「クロウこそ……ここ最近、ちょっと変だっただろ」
最初の違和感は通商会議参加の要請を打ち明けた時。その後、カイトが通商会議のためトリスタを出る前日。
次に、カレイジャスで実習のA班・B班が集まる前。
どこか、クロウが普段と異なる雰囲気があった。
「通商会議の時はさ、実際始まる前から何があってもおかしくなかったし、トワ会長もいたから心配するのもわかる」
けれど、カイトとトワは五体満足で帰ってきた。正確にはカイトはしばらくの養生が必要だったが。
クロウもそれきりだったが、カレイジャスの時のことを考えると違和感が残る。
「思えばオレ、クロウのことたいして知らないし」
Ⅶ組の間にも隠し事はある。けれどカイトが先陣を切って伝えたように、話してくれたらそれを受け入れる準備がある。ユーシスのこと、フィーのこと、マキアスのこと、エリオットのこと、アリサのこと……自分たちの軌跡を打ち明けて、そして受け入れてきた。
「クロウも仲間だ。仲間が悩んでたら話を聞きたいし、それが一緒に解決できることなら手伝いたい」
そんな、語るでもなく当たり前なこと。
クロウの言動には、どこか違和感が残り続けている。それがカイトの正直な考えだ。トワとカイトを心配する、そんな予感であそこまで人が変わったように忠告するなら、帝都とか、それこそ実習の度に心配してほしいとも思った。
それにカレイジャスの中での、クロウのあの寂しそうな、悲しそうな眼はなんだったんだ。
カイトにとって、クロウは八月からのクラスメイトというだけではない。旧校舎でリィンと共にオル・ガディアと戦ったし、縁を考えれば準遊撃士時代から繋がっている絆でもある。
だから。
「クロウに悩みとか悲しさとかがあって……少しでも空元気を作ってるなら。少しでも一緒に悩めたら、変な言い方だけどオレは嬉しい」
優しく言う。年上の、本来なら先輩である仲間に。
不真面目な空気にさせたくないからこそ、努めて落ち着いて、静かに、言った。
クロウは黙っていた。そしてグラスに口をつける。少しだけ眼が細くなったように見える。
数秒間の沈黙。クロウはグラスを置いた。
「……もう、隠せねぇか」
「え?」
「カイト。お前、すげぇよ。他の誰にも気づかれたことないんだけどな」
それはクロウの態度の中にある違和感のことだろうか。カイトはやれやれと肩をすくめた。
「先輩たちも気づいてるよ? トワ会長ともこの話、したし。アンゼリカ先輩のこともあるし、話題にしにくいんだろうけど」
「だろうな。……聴いてくれるかよ?」
「……!」
カイトは眼を見開いた。
正直、話してくれない可能性の方を高く見積もっていた。だから驚いた。そして嬉しかった。
「ちっ、美人の姉ちゃんだったら遠慮なく打ち明けられたんだが」
「悪かったね、女の子じゃなくて。そんなこと言ってるとトワ会長を呼ぶよ」
「あいつじゃ幼女趣味になっちまうだろ」
「そんなこと言って、先輩たち全員、信頼してる癖に」
「はは、違いねぇ」
こんな素直な返しが来るのも、少しばかりクロウらしくない。
やがて、クロウが言った。
「一つ頼みがある。他の面子には、秘密にしといてくれねぇか?」
「それって、Ⅶ組はもちろん、トワ会長たちにも?」
「ああ」
これには、カイトは少し悩んだ。Ⅶ組は全員でⅦ組だという意識があったから。
けれど、打ち明けようとしてくれるクロウに対して、その勇気や感情を無下にはしたくない。
「……わかった。でも、オレたちⅦ組は、全員がクロウの味方だからね」
「わかったわかった」
クロウは静かに笑った。今までソファにもたれかかっていたのが、上体を起こす。膝に手をついた。何かを抱えるように視線を落とした。
そして言った。
「俺の出身はジュライ特区だ」
唐突に、短く、はっきりと言った。
驚くわけでもなく、カイトは自然にその言葉を受け止める。
「ジュライ特区? それって──」
馴染みのない地名。けれど、聞いた覚えがある。
八月の特別実習。B班の実習地となった帝国の属州だ。帝国北西、大陸の沿海都市との海運で栄え、現在は帝国の領土となった辺境の市国。
それ自体は驚きはない。だが数秒かけて理解して、別のことで驚くこととなった。クロウはB班として実習を経験していたからだ。
「クロウ、里帰りしてたのか……!?」
深夜なので声量を抑えつつ、それでもカイトは白状された内容が予想外過ぎて動揺した。クロウは、そんなカイトを見て笑っていた。
「図らずもな」
「そっか、そうなのか……ジュライ特区が」
クロウは途中編入だが、つくづくⅦ組は帝国の縮図としてできすぎているように感じた。カイトやガイウスと違う留学生でもない、けれど属領の人間という微妙な立ち位置。
「ある意味、それってリィンとも似たような立場ってことだよな」
「アイツの場合は『貴族か平民か』ってことだろ? でもまあ……確かにお前の言ってることも正しいかもな」
カイトは考えた。カイトが悩みを打ち明けて欲しいといって、そうして返答した内容。それも他言無用としたことが、自分の出身の話。
どういうことだと思ったが……カイトは一つ当たりをつける。
「もしかして、八月の実習前、ちょっと感傷的になってた?」
「ああ」
クロウがカイトに缶ジュースを奢ったのは、Ⅶ組全員がそれぞれの実習地へ向かう日の前日。
「クロウ、そんな素振り見せなかったじゃんか。もちろん出身のことは隠してたんだろうけど、何も嘘つくようなことをしなくても──」
「嘘はついてねぇよ。言ったろ?
「ん……」
「はは、これはある意味お前と同じかもな」
「……別にリベールは併合されてないし。両親が亡くなっただけで、生まれも育ちも同じ街だったけど」
と言ったところで、カイトは気づいた。
「クロウ、両親は?」
「早くに亡くしてる。お前の両親は、たしか五歳の時だったか?」
「う、うん……」
「俺も似たようなもんだ」
共通点があったのか。自分とクロウに。
ある意味、クロウが里帰りをしていたこと以上の衝撃だった。
「……『育ちは帝国』ってことは、その後は帝国に?」
「爺さんがいてな。俺にとっては唯一の肉親だった」
「帝国のどこに越してきたんだ?」
「オルディスだ」
「そっか。……あ! だったら実習の時に教えてくれてもよかったのに」
「だから言わねぇって」
クロウはカイトの拳骨を躱した。
「アリサとかラウラとかからすりゃ、確かにルーレやレグラムは里帰りだ。俺はとっくの昔にジュライから離れてたからな。知り合いもいねぇに等しいし、別に話すようなことでもなかった」
そう言われると、カイトも打ち明けられなかったことを理解しなくもない。
そもそも、リィンも最初は貴族であること隠していた。マキアスやフィーも、簡単に自分の過去を語らなかった。
自分の過去を隠すことは、別におかしいことでもない。
けれど。感傷があるなら、ジュライという故郷に少なからず何かを感じているということだと思う。
「……感傷に浸ってた。それ以外に、クロウが悩んでいることはないのか?」
そんな何かがあるのではないか。
クロウは返す。
「お前に明かしたのはよ。賭けみたいなもんだ」
「……賭け?」
「確かに、お前が言うようにジュライにはちょっと引っ掛かってる部分もある。むしろ、だからお前らには言えなかった」
「というと?」
「俺は、自分が何者なのか確かめたかったんだよ。自分のルーツがどこにあるのか」
それこそ、リィンと似たようなことを言う。
自分の故郷を知ることで、自分が何者であるかを知る。
「他人に知られたら、俺はそういう目で見られる。だから知られずにいる必要があった」
「じゃあ……本当は実習がなかったら、卒業した後に行くつもりだったのか?」
「ああ。だからやっぱり、今行くべきじゃなかった──とも思った」
「じゃあ、確かめられなかったのか? 特別実習の時は」
「ああ……」
クロウは天井を仰いだ。
「そうだな。まだ卒業もしてないし。なんなら卒業できるかも怪しいからなぁ」
「それは自業自得でしょ」
「お前こそ茶化そうとしてんじゃねぇか」
軽く笑い合った。
だんだんと、クロウの心根がわかってきた気がする。
「ケジメをつけてから故郷に戻る。そうすりゃたぶん、俺が何者なのかがわかる」
リィンと同じように……クロウは、自分のアイデンティティに揺らぎのようなものがあったのかもしれない。
出自がわからず、異形の力の正体も不明。だから自分が何者であるかがわからず、『自分の道を見つける』ために来たリィン。
出自は明らか。でも育ってきた環境が違う。だからどこか自分とズレを感じて、その正体を見破ろうとするクロウ。
「トワたちと卒業後の進路を話したけど、正直今はわからねぇ」
だから卒業後、クロウは生まれ故郷に戻ろうとしていた。
「そうしたら、俺も見つけられるかもな。自分を」
「そっか」
これ以上クロウから何かを聞き出そうとしても、のらりくらりとかわされる気がした。
けれどカイトはある程度の手応えを感じた。ここ最近のクロウの違和感、そしてその違和感の原因を聞けた。
ジュライ特区という故郷への感情。それにトワや自分への心配の感情。あの時のクロウの言動を考えれば、どちらも本当だと理解できる。
クロウのジュライへの感情を考えるに、それに向き合うのはあくまでクロウだ。けれどトワや自分を心配してくれたように、自分たちが仲間であることに疑いはなかった。
少し、ほっとした。そして、カイトは笑った。
「でも納得はいかないなぁ。そんな大事なこと、入り始めたⅦ組はともかく、先輩たちにも秘密ってのは」
真面目な雰囲気を崩したカイト。
クロウも相貌を崩して、カイトの頭をガシガシと掴む。
「ま……助かったよ。周りがいなけりゃ、抱え込んじまうのも事実だからな」
────
クロウとの話を終えて、カイトは大浴場までやって来た。
「……なんだか頭が冴えちゃったな」
まさか。ユミルでクロウとしっぽり話し込むことになるとは思わなかった。
アンゼリカの今後も、クロウの過去も。気軽に聞くことはできなかった。
「仲間としてはいいけど……後輩としては、ちょっと悲しいよ」
当然男湯の脱衣所へ進む。リィンの寝間着が籠に入れられていた。他に人はいないらしい。
「風呂に入って頭を切り替えよう」
自分も衣服を脱いだ。湯浴み着に身を包む。とはいっても男性用のそれは下着に近い簡素なものだが。
男性浴場に入って軽く汗を流す。頭を振って水気を切って。目指すは深夜の露天風呂。
「確か、この時間は混浴だってリィンが言ってたよな」
なら、露天風呂は念のため確かめてから入らないといけない。問題はないのだが、今日泊まっている女子の多くは、エステルやシェラザードのように奔放ではないだろうから。
というわけで、慎重に外への扉を開いた。
カイトの眼に飛び込んできたのは──
「──成敗っ!」
「エッチ! 変態!!」
甲高い声。女性用の湯浴み着を着ている。
アリサが、ラクロス部で鍛えられた技術をあらん限り発揮して桶を横一閃にスイングしていた。
ラウラが、なぜそこにあるのかわからない長い木の枝を大剣のように縦一閃で振り切った。
「──え?」
引き延ばされる、カイトの体感時間。
いやアリサとラウラがいるのはわかるよ? 混浴だからね?
でも、なんでリィンが脇腹と脳天に攻撃を受けてるんだ。きりもみ回転しながら受け身もとれずに湯舟にダイブしてんだ。
あ、またやらかしたな、この朴念仁。
「ちょーと待ったぁ! 二人ともストーップ!」
カイトは濡れる地面を駆け、スライディングで飛沫を飛ばした。どうにかアリサとラウラの前で止まり──きれずに勢いあまって自分も湯船にダイブすることになった。
とはいえ受け身は取れたのですぐさま起き上がる。男子としては長髪なので、絡まった水分が勢いよく空中へ舞い、カイトの体をドバドバと流れる。
その姿は混乱した女子から見れば──半裸の男子が高揚した魔獣さながらの勢いで立ちふさがったようなもので。
「きゃあっ!?」
「新手……!?」
「ごぶっ……まて二人とも! 落ち着け!」
思わず湯を飲んでしまった。カイトは手を上げて待ったをかける。
それがカイトだとわかると……
「カ、カイトォ!?」
「そ、そなたまで、堕ちたか……!」
「どこにも堕ちてねぇよ!」
さすがはⅦ組女子。片手で胸元を隠しながらも容赦なく得物を構えている。伊達にこの半年、修羅場をくぐり抜けてはいない。すごい成長だ。オレも嬉しいよ。
いや、アリサ。顔を真っ赤にしてるけど、同じ遠距離の武器使いだからわかるぞ。その目つき、オレの顔面に桶を投げようとしてるな? 弓使いは銃使いより一射必中の意識が高い。この状況で正確無比な狙い、頭が下がる思いだよ。可愛いし綺麗だしさ、リィンも「あるほうがいい」って言ってたし、今ならリィンを落とせるんじゃないか? あ、もう湯舟に墜ちてるか。
ラウラもさ、ちょっと覇気が漏れ出てるぞ。見たことないけどお父さんにも劣らないんじゃないか? 鍛えられた肉体美に剛たるアルゼイド流の構え。女子の湯浴み着に興奮することなんて忘れてしまうくらい、惚れ惚れするくらいに美しいじゃないか。え、その光ってもしかして洸刃乱舞を放とうとしてる?
というか、なんでこんなに考えられるんだ。
(え? これ走馬灯?)
とにかく、待て。このままじゃ女神行きだ。
オレは《重心の鏡写し》。リィンと同じように行動する、けどその本質は違うんだ。だから言葉もきっと乗り越えられる。
出せ、すごく単純に二人の覇気を落ち着かせる、朴念仁じゃないからこそ効果を発揮する一言を。
「今は混浴だ! ちょっとは落ち着け二人とも!」
アリサとラウラが腕を大きく振りかぶった瞬間だった。
『……え?』
二人が止まった。カイトは静寂に安堵して、腰が抜けて湯船にへたり込む。顔に張り付いた髪を払う余裕もなかった。
リィンが倒れたところから、ブクブクと気泡が浮き出で弾けて、そして止まった。
次回、79話
「あの雪の日を」