「ご、ごめんなさいっ! まさかこの時間が混浴だったなんて………!」
アリサの目一杯の謝罪が、ユミルの空に溶けていく。
リィンは蘇生した。ARCUSもないし湯浴み着以外は全員生まれたままの格好。というか、領主の息子を本人が大好きな故郷の露天風呂で女神の下へ送るという前代未聞の大惨事。迂闊に領民と領主に知られる前に内々で処理しなければならなかった。
カイトは、そりゃもう頑張った。アリサもラウラもこの混乱した状況じゃ役立たずで、中間試験で勉強したサバイバル技術も扱えない。リィンを湯船から持ち上げるところから心臓マッサージから人工呼吸から、なにからなにまでカイトが尽力することになった。
「カイト……本当に助かったよ……」
半分水死体みたいな顔をして、リィンは乾いた笑いを浮かべる。いや、まだ少し咳き込んでいるので乾いてはいない。
「いや、オレも旅行で仲間を死なせたくなかったし。本当によかった……」
心底カイトは安堵していた。実習でもⅦ組全員死なずに乗り越えて来たのに、こんなところでリィンが倒れたらオリビエに合わせる顔がない。
カイトとリィン、アリサとラウラは離れて湯に浸かっていた。景色としての大きな岩があったので、お互いの体を隠している。岩越しに背中合わせだ。
「あんな渾身の一撃を脳天に振り下ろしてしまうとは……」
ラウラがそこはかとなく申し訳なさそうに言った。トラウマを植え付けられたリィンとしては怯えるしかない。
「し、死ぬかと思った……」
「リィン、一歩間違えたら死んでたぞあれは」
いつか、リィンは後ろから刺されて死ぬかもしれないと考えたことがあるが、溺死の可能性もあったとは。
「まぁ……俺もよく確認せず悪かったよ」
リィンが言う。それに関しては男子として当然の落ち度だった。実際カイトは室内浴場から出る時に一応外を確認したし、カイトは知らないがリィンは「この時間に人はいないだろう」と露天風呂の真ん中まで威風堂々と進んでいたのだ。
とはいえ、露天風呂がこの時間混浴であることを調べなかったアリサたちのほうが、対外的な非は強いわけで。
「いや、こちらの落ち度だ。詫びといっては変だが、このまま入っていくといい」
「え?」
とリィンは気の抜けた声を返した。
「よーし」
とカイトはやっと安心して温泉に浸かれる、と喜んだ。
「ちょ、ちょっとラウラ!」
「誤解した上に湯冷めさせてしまうなど、申し訳ないと思ったのだが」
「そ、それは確かにそうだけど……!」
当然、アリサは困った様子だ。
「えーっと……俺たちはどうすればいいんだ……」
カイトは恥ずかしげもなく答えた。
「いいじゃない? アリサが許せば」
「カイト……貴方ぁ……!」
「いや、オレ仲間内で一緒に入ったこともあるし。多少恥ずかしいけど、オレたち仲間じゃん」
「そこまで言われると逆に傷つくんだけど?」
「えーっと、俺はどうすればいいんだ……?」
そんな問答を繰り返す間にも、湯舟は四人の身体を温めている。
リィンは死にかけたが、これもある意味青春と言えるかもしれない。落ち着いたラウラはちょっと申し訳なさそうに、けど穏やかに。カイトは楽し気に。アリサとリィンは恥ずかし気に、やいのやいのと会話が続いた。
そして数分がたった頃、カイトがくしゃみをした。
「──くしゅっ!」
「カイト、大丈夫か?」
「大丈夫だよ。けど、ちょっと冷えた……?」
「ふむ、やはり湯冷めしてしまったか?」
「別にリィンみたいにずぶぬれで気絶してないし」
「でも、貴方も結構派手に転んでたじゃない──くしゅんっ!」
今度はアリサだ。やがて全員が、体ではなくて外気温そのものが低下していると気づいた。
思わず全員が上を見る。そして気づいた。暗い夜空。星が見えない。代わりに微かな光源をひろって煌めくのは──
「これは、雪か……!?」
「そんな……まだ十月初めだ。いくらなんでも早すぎる!」
季節外れの大雪が、ユミルを凍てつかせていく──
────
一夜明けた。Ⅶ組、サラ教官、先輩たち。そしてエリゼ。一同が鳳翼館のロビーに集まっている。
「窓の向こうが、一面の雪景色になってるな」
クロウが言った。カイトからすれば前日の様子が嘘のようにいつもの飄々とした態度でいる。頼もしいが、それだけ今の状況に警戒しているとも言えた。
「けど、いくらなんでも早すぎるでしょ」
カイトがぼやいた。昨日せっかく深夜に体を温めたのにも関わらず、結局空気の冷えのせいで極楽を堪能しきれなかった。
ユミルは帝国どころか大陸でも北方に近い。連峰を一つまたぐだけでノーザンブリア自治州とも近いので、冬場に雪がたまることは当たり前だ。とはいえ、今は秋である。
昨日の深夜から降り始め、今もなお溶けることなく積もり続けている。間違いなく異常事態だ。
「この勢いだと午後には相当積もるはずです。兄様、たしか皆様はケーブルカーで……」
「ああ、でもその運行にだって支障がでるだろうな」
ロビーにテオ・シュバルツァーが現れた。
「いや、もう遅い」
「父さん」
昨日、Ⅶ組の面々も夕食の時に会った、リィンの義父。彫りの深い顔立ちはリィンと異なる。けれどこの父にして息子あり、という思慮深さが垣間見えた。
「一通り里を見て回ったが、山の斜面にも雪だまりができてしまっている。ケーブルカーはしばらく運航できないだろう」
テオは言った。領主自らが率先して動く。そのことにも驚いたが、やはり里の運営に支障が出るほどの豪雪。その話題が続いた。
今日は昼には帰るつもりだった。だが、しばらく身動きが取れなくなりそうだ。
帰れないからといって怠惰に過ごすようなⅦ組でもない。カイトやラウラなどは雪かきを手伝おうか、なんて案もでて、クロウ以外の全員が賛成していた。ただ、こういった場面で普段音頭をとるリィンの口数が少ない。それだけでなくエリゼも俯いている。
エリオットが尋ねた。
「リィン、エリゼちゃんもどうしたの? 浮かない顔をして」
「いや……実は、八年くらい前にも似たようなことがあったんだ」
「それは、今みたいに秋口に大雪が降るということか?」
マキアスが問いかけた。リィンは無言で頷く。さらにテオが付け加えた。
「そうだったな。ちょうど同じ状況だ。あの時は確か、三日ほど雪が降り続いたはずだ。その後唐突に止んでしまったが」
何か事情があると、メンバーは察する。
「ともかく、ケーブルカーが復旧したら、すぐに連絡が行くよう手配しよう」
「わかりました。それまで私たちも、少しですが里の雪かきを手伝わせてください」
エマが言った。
「ありがとう。ああ、そうだ」
「父さん?」
「従業員からこれを預かってきた」
テオが懐から出したそれをリィンに渡す。封筒らしい。
受け取るリィンの隣で、ミリアムが物珍し気に顔を覗かせる。
「んー……『鳳翼館 トールズ士官学院Ⅶ組一同』って書いてあるよ! それにこれ、実習で使ったのと同じ封筒だ!」
リィンが、いや全員が眼を剥く。ジョルジュが訝し気にサラを見た。
「……サラ教官?」
「ちょっとジョルジュ。そこで私を疑うのは酷いんじゃない?」
「いや、でもサラ教官なら……」
「ふふ、旧校舎の落とし穴を使うくらいだ。サラ教官なら不思議じゃない。人徳でしょうね」
「アンゼリカ、あんたもよく言うじゃない……」
サラの周囲に紫電が見えた。ともかく、いつも通りなのは頼もしい。
とにかく、リィンは封筒の中身を取り出した。驚いたことに、意匠も紙質も何から何まで特別実習で用いられるものと同じだった。
書かれていた内容は──
『Ⅶ組諸君に特別実習の課題を手配する。ユミル渓谷に赴き、季節外れの積雪を阻止せよ』
『追伸──身に潜む闇を持つ剣士の同行を必須とする』
それぞれが沈黙した。
信じられないことだが、この異常事態に人為的な背景が関わっていることが想像できる。
そしてリィンを必ずその場所へ向かわせることを指示する文面。
どこか、覚えがある。カイトの眉間が鋭角になる。
「リィン……」
「大丈夫だ、カイト」
リィンは封筒を握り潰した。彼にしては少し乱雑な所作だが、気持ちはカイトも、他のⅦ組も同じだ。
「俺を呼び出している。不本意だが確かめないわけにはいかない。里に迷惑をかけるなら容赦したくはないしな」
「……そうだな。ったく、あの野郎」
カイトが同意した。とても納得できないが、相手の土俵に乗らなければならないのであれば仕方ない。個人的な怒りはひとまず抑えることにした。
二人の考えることは、他のⅦ組メンバーもわかっている。なんといっても、共に面倒極まりない謎かけを解いた仲だ。
「当然、俺たちも行くぞ。ここまで侮辱されたのなら、意趣返しの一つでもしなければ収まらん」
「私も乗るわ。バリアハートでもずいぶん舐めた態度をとられたから。まあ、あの時はそうだってわからなかったけど」
「アリサさん……そうですね。気持ちは私も一緒です」
ユーシスが、アリサが、エマが立ち上がる。他のⅦ組も。
「となれば、さっそく班分けを考える必要があるな」
「私は弾丸も準備したいな。カイトとクロウも?」
「おうよ。ま、まずは班分けからだろ」
「うむ。先輩たちもいるが、Ⅶ組も待機班を組むべきだろう」
と、まるで次に誰が何を言うかわかっているような会話の応酬。サラも先輩たちも頼もしそうに見ている。
ただ一人、エリゼは違った。
「兄様」
「エリゼ」
仲のいい兄妹だ。心配するのはわかる。けれど、エリゼの態度はどこか違っていた。
「兄様、私は──」
「大丈夫だ、エリゼ」
リィンがエリゼの肩に手を置いた。
「確かにあの時と似た状況だ。でも、今はⅦ組のみんながいる。だから、俺はきっとあの日を乗り越えられる」
エリゼの肩がわずかに震えた。
「だから、ユミルで待っててくれ。な?」
「……はい」
旧校舎地下でオル・ガディアと戦った後も、兄妹は二人にしかわからないことを話していた。
カイトは、なんとなく何があったのかを察する。エリゼからすれば、恐怖そのものなのかもしれない。
でもエリゼもまた、リィンの妹だった。
「絶対に、戻ってきてください。兄様の故郷は、ここにありますから」
信じて待つ。そんな恐怖と共に生きる強さを持っていた。
────
渓谷を調査するメンバーは、リィン、カイト、アリサ、ユーシス、フィー、ガイウスの六人となった。何が起こるかわからない状況。人員は必要だが待機メンバーも里の中や、また渓谷以外の街道を見て回る必要があったからだ。
それにユミル渓谷は、交通のための整備は最低限の導力灯程度で、本質は険しい山道だ。大勢で押し進めばただでさえ突然の積雪に驚いているであろう魔獣をさらに刺激することになる。だから普段の実習程度の人数が良いと判断された。
雪道を慣れている人間はリィンとアリサ程度。二人を先頭に慎重に歩く。体力がある面々の多い人選だが、それでも慎重に進んだ。里の人々から借り受けた防寒具を着て、それでも襲い掛かる寒さに震えながら。
そして。
「……このあたりはさらに吹雪いてきたな」
カイトが額にかかる雪を払って言った。吐く息が白い。登ってきたから体は熱いが、顔や手はかじかんでいる。
「ここが上流、渓谷の泉に当たる場所だ」
リィンが言った。口ぶりからしてきたことがあるようだ。
まだ連峰の中腹の域を出ないが、それでも上流だけあって、一つの山のある程度高いところまで来たようだ。リィンが言う泉は、この気温変化のせいか完全に凍りついている。普段なら獣も立ち寄るのだろう、踏みしめられているからか木々はなく、開けている。それも今は雪に覆われているが。
一同が辺りを見渡す。白い世界。その中に、一際目立つ大きな石碑があった。
「なんだあれは? 石碑が光ってるぞ」
ユーシスが言った。視線の先に、明らかに自然のものでも、導力によるものでもない、茫洋とした青白い光がある。
「……まるで、ローエングリン城のオーブみたいだ」
ローエングリン城。レグラム実習でリィンたちA班が探索したエベル湖上にそびえる古代の城跡。カイトも聞いている。槍の聖女リアンヌの家、サンドロット家がかつて所有していた城だったか。今はラウラの家が管理しているとのことだが。
A班は迷子になった子供を助けるためにその城に赴き、そして亡霊の魔獣──いや魔物と対峙したと聞いた。その時に備えられていたオーブが輝いたとも。
今の状況はそれと同じだと言うのか。だとしたら。
「まずはあの石碑を何とかすべきってことだよな」
カイトが言った。経験豊富なだけに、カイトも決心が早い、
けれどすぐさま足が止まった。そして六人全員、同時に得物を構えることになった。
それは──紛れもない殺気。
──グオオォオオアァァ──
地の底から響く鳴動。大地が震え、まっさらな雪が舞う。石碑の前の光が強まり、収斂し、そして顕現した氷の魔人。
全長五アージュを超えるかという人型。オル・ガディアを思い出すが、《甲冑》ではなく《生身》という印象が強い。しかし陶器とまではいわないが滑らかな質感は、とても人間のものではない。まるで、兵器とも言えるような無機質さ。
虚空の頭部。四本の腕。うち右手の一つにのみ両刃の剣。
「石碑に封印されていたのか……!」
ガイウスが叫んだ。
Ⅶ組も少なからず巨大な存在と対峙したことがある。ノルドのギノシャ・ザナクや帝都のゾロ・アグルーガがそうだ。それらと同じ、いやそれ以上の圧力を感じる。
魔人が三本の腕を構えつつ、一本の剣を振りかぶる。それはまだⅦ組の六人と遠く、振り下ろしても辺りはしない。
けれど、衝撃は。大地から天を貫く逆向きの氷柱を生み出していく。
「避けろ!」
リィンの叫びとほぼ同時に六人は跳躍していた。慣れない白雪の大地。手間取りつつも動く。
着地と同時、ARCUSのリンクを繋げる。カイトとリィン、ガイウスとユーシス、アリサとフィー。
意志が閃き、それぞれが動く。即座にカイトは赤、フィーは黄土色の波を纏った。リィンが炎の斬撃を飛ばし、さらにアリサが開幕のジャッジメントアロー。動きにくい雪の大地を溶かし、さらに少なからず魔人を穿つ。
その程度の攻撃では圧気は衰えず、魔人が動いた。
左右からガイウスとユーシスが駆けた。魔人の地を這う横薙ぎの一撃を飛びあがって避ける。
それでも魔人の腕は四つ。残る三本の腕が小さな人間を潰そうとする。
残ったユーシスが彼らしからぬ力の溜め具合を見せる。腰を落とし、大きく体をひねる。ガイウスを吹き飛ばした一本の腕に狙いを定める。
輝く水晶膜が腕を包み、その水晶を粉々に打ち砕く。アクアマリンの清冽な輝きが、別の攻撃で広がる水蒸気を吹き飛ばし腕に幾重の裂傷を刻んだ。
次いで、突如として天から生じる雷。人間たちを容赦なく慄かせる。
辛うじて動いたリィンとカイト。リィンは先と同じく、常に太刀に炎を纏って振り切る。オル・ガディア戦の経験があるからだ。この雪の中、絶えず炎で敵をあぶることでダメージを与えていく。カイトも同様に、火のアーツを生み出していく。
吹き飛ばされたガイウスは、しかし絶対防御かつ雪の大地のために軽い衝撃で済んだ。復帰も早く、その槍で竜巻を生み出して景色を晴らす。その景色の中、アリサが炎の矢を何本も放っていく。
小柄なフィーは、今回ばかりは後衛に徹していた。適度に注意を引き、持ち前の身のこなしで躱す。時には補助アーツで仲間たちを支援していた。
ダメージを受けながらも、カイトは落ち着いていた。
(本当に、みんな強くなった……!)
ARCUSによる意思疎通。これまでの半年間の成長。共に壁を乗り越えてきた故の絆。Ⅶ組は間違いなく成長している。様々な要因が立ちはだかったとはいえ、ルーレでもオルディスでも、自分たちは帝国解放戦線の幹部たちをたった六人で退けた。たくさんの強敵や巨大な怪物との戦いもあった。もはやⅦ組は未熟な学生の集まりではない。
それでも、敵は超常の存在だった。
──グオオォオオアァァ──
再びの咆哮。顔のない巨人は、いったいどこの喉を揺らしているのか。
一瞬の間。時間が止まる。
カイトとリィンが同時に口を開いて。
『まずい、下だ──』
遅かった。
それはまるで時の波動。一瞬、世界が
次に世界が動き出した時。全てが凍てついていた。
「一瞬で氷漬けに──!?」
アリサが呻いた。いや、驚きと混乱と、絶望の感情。それは誰もが一緒だった。
身動きが取れない。カイトは思い出す、剣帝レオンハルトの絶技・冥王剣。あるいは、クローゼと同時に放ったグランシュトロームとコキュートス、それによって生まれた大氷山を。
寒さ、痛さ、苦しさ。肺がきしむ。
(動けない──!)
絶体絶命の状況。悠然と魔人が近づいてくる。
「くそっ……」
「このままじゃ……!」
カイトの思考が閃く。
この状況でも導力魔法は使える。炎の魔法で氷を溶かすことは不可能ではない。
けれど間に合わない。魔人の剣の一振りに、体ごと氷を砕かれることになる。
どうする、どうする、どうする──
刹那。
加速する思考の中、カイトの中に、汚泥のように膨れ上がる闇。
自分の前にいる黒髪の青年を見た。
(リィン……)
リンクを繋いだ青年の身体から。
蒸気とも導力の波とも異なる、黒い波動と紅い圧気。
カイトの脳裏に、旧校舎のリィンの姿が映る──
────
胸中には、常に迷いがあった。
あるはずなのにない記憶。本来あり得ない異形の力。そして、自分という存在。
浮浪児。正体不明。隠し子。そう揶揄されてきた。
だから「自分とは何者か」を考えていた。「自分が進むべき道」を探していた。
入学したトールズ。たくさんの出会いがあった。衝突もした。それでも絆が生まれた。かけがえのないものになった。
心が重なった。自分は、たった一人ではないと知った。
暗い場所にいた。そこには、俺がいるのかすらもわからなかった。
──暗くない。そう思いこんでいただけだ。
ただ、こうであった時の感情だけがある。
──違う。俺はここにいる。腕が、脚が、心がある。
そして、今と同じように大事な何かを壊してしまった。
──何も壊れてはいない。エリゼは無事だった。
俺は、いったい何者だ。
──俺は、リィン・シュバルツァーだ。シュバルツァー男爵家の長男だ。エリゼの兄だ。トールズ士官学院の生徒だ。
──特科クラスⅦ組の、重心なんだ。
──だから。
『お前に授けた漆ななの型は《無》。あることとないことはそもそも同じ。その意味をもう一度考えてみよ』
『オレたちは、Ⅶ組だから。Ⅶ組はみんなでⅦ組だから』
すべてが重なっている。繋がっている。
おぞましいものも、かけがえのないものも、異体同心の仲間たちも。
だから、身の内に巣くうものを恐れずに。けれど、それが怖いと感じるありのままを認めて。
俺は俺のままで、戦っていく。
「──オオオォォオオ」
自分の力を引き出していく。今まで、恐れのあまり出せなかった全力──覇気と呼ばれるものを。
視界は赤黒く染まらない。眼に映る髪は黒色のまま。
膨れ上がる昂りの中、脳裏に閃く、純粋で真っすぐな光。
繋がっている、茶髪の少年の存在を意識した。
(カイト……)
絆を繋げた少年の、自分を信じる恐れのない感情が伝わる。
──大丈夫だ。
──リィンがその《力》を使いこなせるからじゃない。
──例え力に飲み込まれたって、オレたちがいるから。
(ありがとう、カイト。みんなも)
リンクを繋げなくても、みんなの気持ちがわかる。カイトの想いと同じなんだと。
みんなが信じてくれるから、俺は俺のままでいられるんだ。