心の軌跡Ⅱ~重なる標~   作:迷えるウリボー

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80話 青空の解放感①

 

 

 ユミル小旅行を終え、Ⅶ組はこれまで以上に忙しい三週間を過ごす。

 話し合いや各々の思惑の末決定した学院祭ステージ。音楽未経験者もいる以上、とにかく楽器に慣れて、楽譜を覚えて、ステージ上の演奏を形にしなければならない。日々の授業に部活の合間、Ⅶ組は音楽室に集まってひたすら練習を重ねた。それこそ自由活動日も返上してずっとだ。

 特に珍しかったのは、エリオットの人の変わりようだった。彼の音楽にかける熱意は本物で、誰に対しても容赦がない。Ⅶ組男子の良心であるはずのエリオットが鬼教官になるなんて、きっとだれも予想できなかっただろう。

 カイトを除くⅦ組はガレリア要塞でエリオットの父親、オーレフ・クレイグ中将と対面したらしいが、その時の訓練中の父親にそっくりだったと、フィーやミリアムがぼやいていた。

 時間はあっという間に過ぎていく。

 そして十月二十一日。二十三日・二十四日に本番となる学院祭のわずか二日前。

 Ⅶ組の教室で、壇上に登っているのはエリオットとクロウ。

「みんな、本当にお疲れ様!」

「まあ何とか形になって何よりだぜ」

 今日と明日の二日間は授業もなく、終日学院祭の準備に当てられている。その期間までに、Ⅶ組の演奏はクロウの言葉の通り何とか形になった。

「ええ、まさかここまで大変だとは思わなかったけど」

「右に同じ……エリオット、ちょっと厳しすぎるよ……」

 机に突っ伏したアリサとカイトが唸った。楽器班なのでエリオットにかなり揉まれている二人だ。リィンやガイウスにラウラもそれは同様なのだけど、武術の嗜みがあるせいかエリオットの叱咤にそんなに心を折られない面々だった。結果、カイトとアリサがどんどん萎れていく。

「あはは……ゴメン。いいものにしなきゃって思って」

 とはいえ、エリオットを非難する声は一切ない。学院祭ステージを良いものにしたい。それはⅦ組の総意だ。

 クロウが、教室の隅に控えるサラに尋ねた。

「それで、サラ。旧校舎の使用許可は取れたのかよ?」

「ええ、学院長から許可が出たわ。今日と明日の二日間、自由に使っていいそうよ」

「ふう……助かりました」

「いいってことよ。講堂の舞台はⅠ組が使っているし、君たちは旧校舎とも馴染みがあるしね」

 今までの練習は音楽室、あるいはリィンやアリサ。ガイウスのような持ち運びできる楽器担当でも第三学生寮のみ。本番と同じような感覚は掴めない。

「ま、旧校舎の一階だったら本番と似た環境だ。リハーサルにはもってこいだろ」

 今日の夕方には、クロウが茶々を入れリィンが女子たちの殺意を受けながら苦心したステージ衣装が届く手はずとなっている。その夕方から明日にかけて、旧校舎でひたすら本番に向けた練習をする。それまで、今日の日中は各自で学院祭の飾りつけや他のクラスの準備に協力する。これが今日のⅦ組のスケジュールだった。

 衣装の発注を担当したクロウが言う。

「そんじゃ、衣装が届いたらARCUSで連絡するからな。全員遅れんなよ」

 そうして、その日カイトはリィンと共に行動することになった。リィンは例によって生徒会の依頼だ。学院祭前ということで、依頼もほとんどが準備や設営に関わるものも多く、忙殺されることは眼に見えていた。

 そんなわけで、カイトは久しぶりに遊撃士の心を思い出してリィンを補佐することに決めたのだ。最初の頃はカイトを生徒会から遠ざけていたサラも何も言わなかった。

 ベアトリクス教官からの『許可証の依頼』に、物品その他の荷運び。それにラジオ局《トリスタ放送》からの依頼など。

 そして太陽が赤色に変わり始めたころ。

 カイトはリィンが運転する導力バイクのサイドカーに乗っていた。

「助かったよ、カイト。一緒に生徒会の依頼をやってくれて」

「今回ばかりは手伝った方がいいと思ったしさ。学院祭前なんて、普段の仕事から雑務から、忙しすぎでしょ」

「まあ、カイトは慣れっこか」

「そういうこと。にしても……風が気持ちいな」

 風が額に当たって前髪をかき分ける。それを抑えて、カイトは一息ついた。

 場所は西トリスタ街道。帝都へ続く一本道だ。言うまでもなくリィンとカイトは帝都ヘイムダルへ向かっている。

 その理由は単純で、クロウの指示があったからだ。発注したステージ衣装の到着が遅れそうとのことで、直接帝都に受け取りに行ったほうが早いという判断になった。そこで導力バイクを運転できるリィンに白羽の矢が立った形だ。Ⅶ組全員十二人分の衣装なので数も多い。カイトは昼間と同じくリィンの手伝いである。

 リィンはカイトの言葉に頷いた。

「本当にな。他のみんなには悪いけど、これを運転できるのはちょっとした優越感がある」

「ちぇ、オレも馬術とかできたらよかったのかな」

「カイトだって、別に運転できないわけじゃないだろう。練習あるのみさ」

 学院を休学することになったアンゼリカ。彼女の愛機であるこの導力バイクは、今はリィンが所有している。実家に持っていったら父親に処分されてしまうからと、アンゼリカはリィンに頼んだ。

 リィンはそれを快諾した。とはいえ、あくまで預かる形で。

「アンゼリカ先輩……学院祭、来れるのかな」

「わからない。正直、望みは薄いだろうけど」

 トワから「アンゼリカが学院祭には来てくれるかもしれない」という話を聞いた。けれどそう話すトワ自身空元気での物言いだった。説得しなければならないのは四大名門当主の一角だ。現実的ではない。

 カイトはぼやいた。

「貴族みんなが……いや、平民と貴族に関わりなく、みんなが理解し合えればいいんだけど」

「そうだな。少なくとも、俺たちはそう在れることを知ってる。ここから始めるしかない」

 カイトは場の空気を明るくしたくなった。今日の話題を話す。

「それこそ、ハインリッヒ教頭みたいに?」

 リィンは反応に困っていた。

「そ、それは言わないのが優しさだと思うぞ……」

 ハインリッヒ教頭は伯爵であり、「貴族はかくあるべき」という信念を持っている。けれど生徒に対しては平等に厳しく、平民であっても真摯に評価をしてくれる。少なくとも貴族派が持つような思想は持っていない。サラはことあるごとに、そしてカイトはたまに厳しく注意されるが。

 そのハインリッヒ教頭は今日、普段持っている手帳を紛失したらしく慌てふためいていた。本人は必死で「探さなくてもいい!」とは言っていたものの、カイトとリィンがそれを放っておくはずもない。二人は他の依頼の合間に情報を集め、最終的には旧校舎でたむろしていた生徒たちから黒革の手帳を預かった。

 無事に手帳をハインリッヒ教頭の元へ届けたのだが、その時にカイトとリィンは見てしまった。手帳の中に、劇団アルカンシェルの月の姫、リーシャ・マオのブロマイドが挟まれていたのを。

 ハインリッヒ教頭は彼女の素晴らしさを二人に熱弁した。五分ほど。

「……実は言おうか悩んだんだ」

「なにをだ?」

「オレ、クロスベルにいたじゃん」

「ああ……え!? 確かカイト、アルカンシェルを観たことがあるって……!?」

 正確には『市長暗殺未遂事件の時に劇が視界に入ってきた』だ。目の前で市長が秘書に人質にとられているのに、のんびり舞台を観れるわけがない。

「下宿先がアパートだったんだけど。お隣さんがリーシャだったんだよね」

 導力バイクがガタガタと揺れた。リィンが動揺したらしい。

「カイト……それ、ほんっとうに言わないでくれよ。教頭にも、クロウにも」

「大丈夫。クロウには絶対言わないって心に決めてる」

 話したらハインリッヒ教頭は発狂する気がする。クロウに対する取り決めはもはや語るまでもない。

「カイト。真面目な話をしてもいいか?」

「いや、別に真面目に話してるつもりなんだけど」

「パトリックとも話しただろう」

 無視された。ちょっと悲しい。

 それはともかく。

「パトリックか。七月の旧校舎の件以降、合同授業でもちょくちょく話すようになったけど」

 パトリック・T・ハイアームズ。南のサザーラント州を治めるハイアームズ家の三男。入学当初は典型的な貴族派思想でリィンにも突っかかっていた。六月には実技テストの件で問答もあったが、あの時のガイウスの純粋な質問はパトリックにとっての転機だったと思う。

 それに今日、パトリックの独り言を聞くことになったのだ。講堂の舞台袖。きっと誰もいないと油断していたのだろう。

 

『いくら平民が気に入らないからと言って、あんな連中を雇うなんて……!』

 

 パトリックの中の貴族としての誇りと矜持。それはまだ死んでないのだ。

 盗み聞きをするなとパトリックは憤慨していたが、リィンもカイトも悪気がなかったのだから謝ることしかできない。

 ただ、彼と話す中でカイトもリィンも感じたことがある。

 喧嘩をしたって、対立したって、自分たちはまだ学生で。士官候補生とは言ったって、まだ軍属そのものではない。

 モラトリアムの中で、良いも悪いも含めて自分たちはぶつかり合った。

 そして今。パトリックとは、どこかぎこちなさがあっても、文句を言いあったりしている。罵倒するでもなく、互いを蔑むことでもなく。学院の同級生として。

 それが、この学院で共に過ごすということなのかもしれない。

「上手く言葉にできないけど」

「ああ。学院祭、みんなで成功させたいな」

 

 

────

 

 

 夕方。帝都ヘイムダル、ヴァンクール大通り。

 カイトたちはようやく目的地にやって来て、バイクを歩道まで移動させて停めた。

 向かう先はブティック《ル・サージュ》本店。

 とはいえまだ試運転段階の導力バイクを放っておくのも気が引けるので、店での受け取りはリィンに任せてカイトはバイクを見ておく。

「それじゃ、待っててくれ」

「リィンも、衣装を頼むよ」

 リィンが店の中へ入っていく。カイトは一人、帝都の街並みを眺めた。

「……大体一カ月ぶりか」

 実習は七月末だったが、カイトはその後二回帝都に赴いている。どちらも数時間の滞在だったから実習程の密度ではない。久しぶりに街並みを眺める時間だ。

 大陸の覇権国、エレボニア帝国の帝都。世界で最も人が多い、と言っても過言ではない。人口密度はクロスベルも高いし、共和国首都イーディスも負けていないらしいが、広大さとレンガ調の建物の雰囲気、そして人が集まり、導力車が常に視界にある。そのアンバランスさは帝都ならではかもしれない。

「あら? その紅い制服は……」

 そんな風に考えて数分待っているうちに、声をかけられた。自分のことだとすぐにわかる。

 振り返ると、眼鏡にベレー帽の美人がいた。艶のある灰色の長髪、白色のパンツルックはスマートな印象。

 けれどカイトは、その妙齢の女性に既視感を覚えた。

「えっと、貴女は」

「あら、私のこと忘れちゃった?」

 と言われ、記憶を探る。数秒たって脳裏に閃くものがあった。

「あ! もしかして……ガルニエ地区の──!?」

「うふふ、正解っ。ありがとうね、()()()()くれて」

 帝都実習でカイトたちA班が出会った、《蒼の歌姫》ヴィータ・クロチルダだ。帝都どころか大陸レベルの有名人がどうしてここに。

「うふふ、実はここ(ブティック)に用があってね」

「なるほど。その格好はお忍びってわけですね」

「まあ、ね。でも別に嘘の格好ってわけでもないんだけど……」

「え?」

 リィンが戻ってきた。問題なく受け取れたらしい。トランクが二つ。中々の大荷物だ。

「カイト、お待たせ」

「ありがとう、リィン」

「あら、君もいたのね」

「クロチ──()()()()さん!?」

 いきなりの邂逅に驚いたリィン。最近は彼も学生らしい表情を見せるようになったけど、ここ最近はユミルの件やガレリア要塞の件と忙しすぎたので久しぶりに感じる。

「うふふ、お願いだから本名は勘弁ね。帝都の人たちにバレたらもみくちゃにされそうだから」

「はは、判りました」

「えっと、ミスティさんって……?」

「あら、君は知らないの?」

 反応からしてリィンは彼女と何度か会ったことがあるようだ。

 事情を聞くと、クロチルダは素性を隠してお忍びでラジオパーソナリティーを勤めているのだという。しかもトリスタ放送局でだ。

「えっ……てことはクロチ──ミスティさん、よくトリスタにも来てるってこと?」

「ええ、そうよ。それでリィン君とは縁があるのか時々顔を合わせてね。ふふ、お姉さんと士官候補生のイケナイ関係ってわけ」

「その、ミスティさん。からかうのは止めてください」

「リィン、ほんっとにやめておけよ……そういう所だよ本当にさぁ」

「なんで俺を非難するんだ!?」

 クレア大尉ともルーレで密会したのはⅦ組全員の知るところだ。カイトは、もうリィンは将来後ろから刺されて命を落とすのだなと確信した。今までは予想だったが、もう今回は確信だ。

 ミスティは面白がって、けれどふとリィンが持つトランクを見た。

「それにしても、そんなに大きなトランク抱えてどうしたの? もしかして、友達同士で旅に出るとか? いいわねぇ」

「オレたち士官候補生ですから、そんな余裕ないですよ」

「その、実は──」

 リィンは学院祭のステージと、その衣装を受け取りに来たことを話した。

 元々の性格だったり、あるいは自身が歌姫であることも関係しているのだろう。クロチルダ──ミスティは少し興奮気味に反応した。

「へぇ! 学院祭でコンサート! 面白そうじゃない!」

「俺たちのクラスに、音楽に通じてる仲間がいるんです。エリオット、覚えてないですか?」

「もしかしてあの赤毛の子? もちろんよ。応援してくれる人のことを知ってこそ、私は歌姫でいられるんだから」

「へー、プロだ」

「彼のおかげで形にはなったと思います。とはいっても、プロの人に聴かせられるレベルじゃないですけど」

 リィンの予防線にミスティは胸を叩いて笑った。

「音楽はハートよ、ハート。きっといいステージになるわ」

「はい、オレたち、きっといいステージにします」

「ミスティさん、よかったら学院祭に来てください」

「うん。スケジュールが空いたら、きっとね」

 そして、ミスティはうんうんと頷いた。

「それにしても君たち……」

「どうしたんですか?」

「ううん、大したことじゃないけど」

 ミスティは眼を細める。

「ふふ、不思議、見た目も雰囲気も違うのに、まるで鏡写しみたい」

『え……』

 と、ユーシスとマキアスではないが言葉が重なった。

 鏡写し。カイトがサラに言われた言葉。

「──いっけない、あまり時間がないんだった」

 リィンとカイトが反応する前に。ミスティは腕時計を見てはっと驚く。

「それじゃあ、またね。明日の放送もよろしくね?」

 そして二人の反応を待たずにブティックの中に入っていく。

 どことなく微妙な空気と違和感を覚える二人。

「……なあ、カイト」

「うん」

「まさか、ここで《鏡写し》なんて聞くとは思わなかったな」

「……」

 サラからクロウにその話が来ていたりしているし、リィンもそのことは承知している。Ⅶ組の他の仲間たちもそうだ。

 けれど、まさかミスティから聞くことになるとは思わなかった。

 リィンもカイトもなんだかんだで学院の他クラスやトリスタの住人と交流はあるとはいえだ。表現がまるで同じだったから驚いた。

「ていうか、ラジオってたしか《アーベントタイム》だっけ?」

「知ってたのか?」

「マキアスに聴かせてもらったことがあってさ。そうでなくても、トリスタ放送って結構有名だし」

 ただ、ミスティの名前については失念していた。しかもクロチルダと繋がるとは、遊撃士としては少し悔しい。

「毎週日曜放送だ。よかったら一緒に聴くか?」

「うん、そうしようかな──って、()()?」

 カイトはまたも違和感を覚える。

「ああ。自由行動日の夜によく流しているんだけど──」

 リィンも気づいたようだ。

 今日は木曜日。明日は金曜日だ。

 

『それじゃあ、またね。明日の放送もよろしくね?』

 

 ミスティはそう言っていた。

「勘違い、か?」

「うーん……」

 そうとしか言えなかった。

 夕暮れの帝都。

 どこかで、鳥の鳴く声が聞こえた。

 

 

────

 

 

 受け取ったトランクをサイドカーに載せ、カイトはリィンの後ろに乗って、二人はトリスタに戻ってきた。

 その頃にはもう夜になっていて、けれど学院の賑わいは変わらない。飾りつけに出し物の準備と、生徒会を中心に生徒全員が一丸になっている。

 リィンが操作する導力バイクは、堂々トリスタや学院の敷地内を走って、そのまま旧校舎までやってきた。旧校舎には既にⅦ組と、そしてメイクや衣装に協力してくれるシャロンも集まっている。楽器も音楽室から移動してくれたらしい。

 トランクの中、それぞれの体型に合わせた衣装を渡す。まずはそれを着ての雰囲気掴みだ。

 三十分後。

「へえ、悪くないじゃない?」

 アリサはまずまず、といった声色だった。

 こういった着替えに関しては女子の方が時間がかかりそうだが、シャロンがいた。男子たちよりも早く、誰かの試着を手伝いながら、スピーディに着こなしていく。

 女子は全体的に黒が映える服装だ。胸元にある大きな赤いリボン。肩を露出しているが、首元まで白い襟で隠されているので明らかに過激な衣装ではない。ビスチェタイプのトップスでへそ出しなので場合によっては煽情的とも言えなくはないのだが、どことなく上品さもある。スカートは赤と黒のチェック柄のスカート。さらに言えば()()()ことが前提の下着を履いている。これをアリサたち女子が知った時、クロウとリィンはミリアムに召喚されたアガートラムの餌食となった。

 アリサは普段からツーサイドアップで時折髪留めの色を変えているが、今日のそれは黒色。金髪と好対照だ。膝丈どころか太腿の大部分を覆うロングブーツ。ギターを扱って前面に立つ彼女はきっと勇ましさと可憐さが同居する。

「ふむ、露出は多めだがいいセンスをしているな」

 そこはかとなく楽しげなのはラウラだ。ポニーテールの彼女も普段の黒色ではなく白色のリボン。普段の彼女を知っていれば尚更、女剣士ではなく少女の雰囲気が際立つ。ブーツは膝丈とは言えアリサよりは短い。後ろでしっかりとドラムを構え、叩く。そういった()()()()アンバランスさには確実に黄色い声援が飛ぶだろう。

「ん、悪くないかも」

「黒でお揃いなのもカッコイイ感じだよね!」

 フィーとミリアムはバックダンサーだ。元々小柄だし、動き回るのでブーツはさらに短く、子どもらしい活動的な印象を与える。さらには二人してお揃いのミニハットをかぶっている。実用的ではなく、あくまで髪飾りとしてのデザイン。これで二人が()()()踊れば、会場は沸き立つだろう。

 最初、特にアリサが、そして女子全員が持っていたクロウ考案衣装への懸念。今日もクロウとリィンが犠牲になったとはいえ、ここまでくると楽しさが全面に出てくる。四人ともいつになくワクワクしていた。

 一方、まだそんな楽しさよりも緊張しているのがただ一人。

「ううっ……なんだか落ち着かないです……」

 シャロンの導きによって天へと至らんとする、Ⅶ組の最終兵器が姿を現わした。

 全身を見るまでもなく後光を感じる女子四人。衣装の基本デザインは自分たちと変わらないのに、この差はなんだ。なんなんだこのダイナマイトは。

「いいんちょ、色っぽいね!」

「ぶっちゃけエロいね」

「フィーちゃん……やめてください……」

 エマは恥ずかしさのあまり手で顔を覆った。けれど主張の激しい一点は隠しようがない。

 エマはユミルでアリサが画策したように、普段の三つ編みを解いて眼鏡を取っていた。そしてシャロンの手によって施された髪のウェーブに、彼女の整った顔立ちをさらに活かすナチュラルメイク。頭にはフィーたちと同じ、黒い羽根飾りの髪留め。それに足元は他の女子と違ってニーハイソックス、さらにガーターベルト。もうだめだこれ。

 男子を封殺するダイナマイト、男子を虜にする顔立ち、男子を惑わせる漆黒の烏の羽とガーターベルト。なにがもうなんだか。

 これに言葉を失わない学院生はいない。

「ふふ、まさかここまで華やかになるとは」

 わかっているのかいないのか、ラウラはほがらかに褒めた。褒めたのだが、エマにとっては責め苦以外の何物でもない。

「うう、信じた私が馬鹿でした……」

 その信じた対象はリィンであったりエリオットであったり、一応クロウやカイトであったりするのだが、エマの晴れ舞台を後押ししたアリサも含まれている。そのアリサはまったく気にせずご満悦の表情。

「うんうん、睨んだ通り、髪を解いたのは正解だったわね」

 そしてサムズアップ。

「さすがシャロン。セットも完璧、グッジョブだわ!」

「ふふ、恐れ入ります。エマ様もそうですが。お嬢様も皆様も素敵ですわっ」

 もうエマに味方はいない。

「へぇ、みんなすごく似合ってるな」

 リィンの声がした。男子も準備完了だ。クロウだけは調整役としてまだ着替えていないが。

 全七人が入ってくる。

「あら、そっちもいいじゃない」

 基本は同じでもワンポイントや細かい部分が異なる女子とは違って、男子たちのデザインは完全に統一されている。白をメインカラーとした宮廷風の儀礼服を参考にしたタキシードだ。金色のラインが入り、肩章や赤いネクタイ、右胸の飾緒(しょくちょ)がある。

「エセ皇子っぽいけど、悪くはなさそう」

 フィーが言った。

「期間も期間だから違うデザインにはできなくてさ」

「そうね、リィン。誰かさんが、女子のデザインを、それはそれは一生懸命作ってくれたからねぇ?」

「アリサ……本当に許してくれ……」

「野郎のステージ衣装なんざ凝っても仕方ねぇだろ」

 クロウが笑いながら吐き捨てた。

「華は女子共に持たせて、男子はあえてお揃いにする。これぞメリハリってヤツだぜ」

 リィンは黒、カイトは茶。エリオット、赤。ユーシス、金。マキアス、緑。クロウ、銀。ガイウスはカイトと同じく茶髪だが、背丈も違う。全員身長も異なるからワンポイントを施す必要もない、というのは本当だ。実際、女子から見ても男子たちは映えている。

「この手の衣装なら俺は着慣れているが。お前が着ると冗談にしか見えんな」

「くっ、誰が好き好んで……言っておくが、同じこの格好で僕と一緒に歌うのを忘れてるんじゃないだろうな!?」

「……思い出させるな」

 後ろで喧しくしている二人組もいるが、無視だ。

 クロウとエリオットが手を叩いた。

「よーし、そんじゃあ今夜中にできる限りのリハーサルをやっちまうぞ!」

 クロウが示した先には、旧校舎の壇上。既に楽器が用意されている。準備万端だ。

 そしてエリオットが()()()

 

「今日を入れて一日半。もう本当に時間がないから」

 

 ──殺気。

 

「みんな、ノーミスで行かない限り今夜は帰れないと思ってね?」

 

 有無を言わせない迫力。この三週間で毎日見てきた恐怖の笑顔。

 ああ、今日は帰れないなと、全員が諦めた。

「ふふ、後で全員分のお夜食をお持ちいたしますね」

 シャロンが優しく言うが、そんなものは慰めにもならない。

 やいのやいのと言いながら、Ⅶ組は持ち場に着く。

 そんな姿を後ろから見て、カイトはいつかの景色を思い出した。

 男女逆転劇。ジェニス王立学園で、クローゼや、エステルや、ヨシュアがクラスメイトと一緒に作り上げた物語。それを見届けた感動。

(姉さんたちも、こんな気持ちだったのかな)

 きっと、このステージも──

 

 

 









閃の軌跡、いよいよ終章開始──!

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