『叩いて爽快《みっしぃパニック》~っ! 今話題のマスコット《みっしぃ》がトールズ士官学院にやってきます! 悪みっしぃを叩いてみっしぃとみーしぇを助けよう!』
士官学院の奥、
『みっしぃぴょこぴょこみーしぇぴょこ、あわせてぴょこぴょこカワイイゾ~!』
一年Ⅴ組のアトラクション、《みっしぃパニック》は、トリスタの子供たちを中心に大盛況だ。保護者達も楽しげに見ている。
まだ学院生は他のクラスの出し物に顔を出しているらしく、同世代は多くない。
「で、なんでオレたちここにいるの?」
カイトはとにかくされるがまま、フィーに連れられた。自分も一通りを見て回ろうかとは思ったけれど、最初からこんなアトラクションとは。
隣に立つフィーは言った。既に二人は子供たちに交じって列に並んでいる。少し恥ずかしい。
「一回やってみたかった」
「だろうね……ミリアムとかもやりたそうじゃない?」
「そうだけど。絶対アガートラムで暴れまわるし」
「最近はミリアムも常識を──いややりかねないな」
それで子供たちが喜び、アトラクション運営と保護者たちが戦慄する姿が眼に浮かぶ。
「でしょ?」
「そうだなぁ……それでオレに御鉢が回ってきたと」
「嫌だった?」
「驚いたけど、別に嫌じゃないさ」
「そ」
そろそろ順番が回ってきた。カイトは隣のフィーの両肩に手を乗せて、フィーを先に促した。
「カイト?」
「いいよ。見ててあげるから、やってきな」
そしてカイトは列から外れた。自分が楽しむのもいいが、フィーがいるなら、見ていたいとも思ったからだ。それにクロスベルのことも気になって、みっしぃを叩くのも気が引ける。
「カイト、別に私の保護者じゃないでしょ」
「いや、委員長と一緒に何回オレが面倒を見たと思ってる?」
「……みっしぃは今のカイトにはダメだったか」
「あはは。気にしないでやってきな」
フィーの順番だ。巨大なハンマー──けれど柔らかい素材で中が空洞になっているから軽い──を受け取った。
「わかった、やってくる」
「楽しんでな」
開始位置、ステージの真ん中でスタンバイ。カイトはそれを観戦できる位置に立つ。
そして。
「カイト」
「ん?」
「見てて」
フィーは、笑っていた。
「うん、見てるよ」
《みっしぃパニック》。スペース一杯に置かれたステージ。その中には、ジョルジュ渾身の力作である導力装置、そして関係者が作り上げたみっしぃ人形、みーしぇ人形、そして悪みっしぃ人形が設置されている。壇上にあるいくつかの穴から、ランダムに人形たちが出現する。それをできる限り多く叩く、というのがルールだ。
スタート。瞬発力はⅦ組随一、さすがにどんどん悪みっしぃを叩いていく。時々現れるみっしぃとみーしぇはブラフだ。
十歳くらいの子供たちからすればフィーもお姉さんなので、所々で「ねーちゃんすげー!」とか「頑張れー!」とか可愛い声が聞こえてくる。
「フィーも大人げな……いや子供か」
とんとん拍子で悪みっしぃが成敗されていく。時々フィーが暇を持て余すくらいだ。
導力装置の完成度も高い。かなり複雑な動きをちゃんとこなしている。
「ジョルジュ先輩もすごいな……ルーレ工科大学とも関係があるんだっけ?」
そんな風に考える。
でも、やっぱり印象的なのはフィーだった。
「……楽しそうで、なによりだな」
スタート前とは違って集中しているからか、無表情。けれど半年間も一緒に過ごしてきたのだ。楽しそうに、嬉しそうにしているのはよくわかる。
解散した猟兵団から取り残された少女。何にも興味がなくて、Ⅶ組への参加だって受動的。そんなフィーが、よくここまで変わったと思う。
数分間の盛り上がりはやがて終わる。学院祭開始から早い頃合いに来たのもあって、フィーが圧倒的に上位の記録をたたき出した。しばらくは子供たちの憧れと目標の看板を持ち続けるだろう。
Ⅴ組の運営にハンマーを返して、フィーが身軽にステージから降りてくる。カイトの眼の前。
「どうだった? 楽しめたか?」
「カイト、ありがとう」
「え?」
出し抜けに言われて、思わず聞き返す。
「ラウラと仲直りできたの。カイトのおかげ」
「……別に大したことはしてないよ。フィー自身の頑張りもあるし。それに、他のみんなのおかげだと思うよ」
「もちろん、委員長とか、リィンとか、みんな気にしてくれた。でも、カイトもそうだから」
フィーはカイトを見上げる。
「カイトがいたから、私も、みんなも、自分のことを打ち明けられたと思う」
「……フィー」
「だから、ありがとう」
もう一度、今度は正面から。
急にそんなことを言われては、カイトも戸惑ってしまう。けれどフィーが冗談やからかいで感謝の言葉を送っているわけじゃないのはわかる。
カイト自身は、仲間たちのためにしたことは当たり前のことで、すごいことをしたとは思っていない。
「……わかった。どういたしまして」
それでも、この気持ちを受け取って、また返して、そうして絆はより強くなっている。リベールの旅を経験したカイトは、それがよくわかっている。
それに少し恥ずかしそうにしているフィーを見るのは楽しかった。
「オレからも、ありがとうな。フィーにはいつも助けられてる」
「……ん」
ただ、フィーの可愛げな態度はここまでだった。
「じゃあカイト、次はⅢ組のクラスに行って」
「……は?」
────
一年Ⅲ組の出し物は教室でやっている。二つの机を合わせてテーブルクロスを敷く。他にはカーテンを閉めて装飾をつける。これだけでちょっとした非日常感がある。
そんな全容は知っていたけど、Ⅲ組の教室の前に立っていたのはマキアスだった。
「やあ、来たなカイト」
「えっと……?」
自分が来ることをわかっていた物言い。フィーと口裏合わせをしていたことがわかる。
「どういう風の吹きまわし? フィーと何を話したの?」
「四の五の言わずに付き合いたまえ。《ブレード》なら君も対戦できるだろう」
Ⅲ組の出し物はカードゲーム《ブレード》のコーナーだ。こちらは子供以外にも学院生たち、他に同世代の来場客もいた。そのうちの一つのテーブルに向かい合わせで座る。
「帝都じゃ、僕が勝ったからな」
「それってチェスでしょ」
「そうだ。あれは僕が得意な領分。この《ブレード》はお互い同じくらいの経験だろう?」
元々このゲームを広めたのはクロウらしいが、Ⅶ組でよくやっているのはリィンだった。彼と同じ実習の班になると、だいたい道中の列車の中でこれをやるのだ。
「なるほど。つまり──白黒をつけようってこと?」
「ああ、勝負だ……!」
《ブレード》は出す数字の大きさで競う。ルールは単純で、数字以外の特殊カードの種類も少ない。運の要素もあるが、なかなか盛り上がる。
カイトから数字カードを出した。
「この前、ユミルに行く道中でユーシスとやってたよね。あれはどうだったの?」
「……五勝五敗一分けだった」
「とことん仲がいいな」
「ぐっ……」
お互い、考えながら数字を出していく。一回一回のゲームは、例えばチェスよりも短い。
一戦目はカイトが勝った。
二戦目。
「えっと、ちょっと思ったんだけどさ」
「ああ」
「なんか気を使われてる?」
「さすが、わかってるじゃないか」
カイトがミラーを使った。相手と自分のカードを入れ替える効果だ。
「クロスベルのことはもちろん気になる。けど、それ以上に君が君らしくない」
「だって……さすがに独立宣言を本当にやってのけたんだぞ? 気にならないわけがないって」
「もちろん、この学院でも一番クロスベルに縁がある……そんな君だからというのはわかるが」
「おかげでさっきのみっしぃパニックも集中できなかったし」
「それは……まあフィーに言ってくれ」
「でもフィーが楽しそうにしてるのを見れたからよかったけど」
二戦目はマキアスが勝った。
三戦目。
「それで、慰めてくれてると。それか『集中しろ!』って感じ?」
「別にそんな甘いことは考えていない。ユーシスも言っていただろう。君が腑抜けていては、Ⅶ組じゃないからな」
「うーん……」
「あとは、そうだな」
マキアスがボルトを使った。相手のカード一枚を破壊する効果だ。
「君がくれた言葉を、君に返しに来た。こう言えばいいか」
「ん?」
「君の動揺も少しはわかっているつもりだ。それを消せとは言わない。ただ一緒に背負いたいだけさ」
「……マキアス」
三戦目はマキアスが勝った。一勝二敗だ。
「一人で抱えるのは大変なんだろう?」
「まあ、そうだね」
「だから、今は学院祭を楽しんで……その後に、少しは背負わせてくれ。Ⅶ組みんなで」
そんなことを言うマキアスは、半年前とはまるで違う落ち着きがあった。
この半年間で一番変わったのはマキアスかもしれない。
「マキアスも強くなったよね」
「どうだろうな。君たちが強かったから、僕も変わらざるを得なかっただけさ」
「はは、ありがとう」
「君だってⅦ組の、この学院の生徒の一人だ。楽しんでくれよ」
「ありがとう、マキアス。本当に」
二人は立ち上がった。そろそろ並んでいる人と交代する時間だ。
「さて……それじゃあ、次はガイウスが待ってるぞ」
「あはは。次はどこを案内してくれるんだろう」
────
「ガイウス、お待たせ」
「大丈夫だ。俺も来たばかりだからな」
マキアスに促されたのは一年Ⅳ組だった。ここは東方風の喫茶店を開いている。
「ありがとうね。ちょっと心配かけちゃった」
「気にしなくていい。カイトが俺たちを助けてくれたように、俺たちもカイトを支えたい。恩返しをしているだけだ」
そんなことを、ガイウスは恥ずかしげもなく言う。このあたり、ガイウスのおおらかな性格は半年前から全く変わっていない。これこそが彼の芯だからだろう。
「それ、マキアスにも言われたよ」
笑い合いながら教室の中に入る。
「ガイウスはどうしてここを選んでくれたの?」
「同じ美術部のリンデがⅣ組でな。良かったら来てくれと誘われたんだ」
「その誘いは……うーん、オレがいていいのか?」
中は既に何人かの来場客がいた。年配の方もいる。小さな木小屋の販売所、教室の真ん中には岩と笹の景観、周りには竹の柵。
東方風と言ってカイトが思い出すのは、クロスベルの東通り。あそこは通りがそのまま東方風になっている。遊撃士協会の建物も同様なので慣れたものだった。だが、あそこはどちらかといえば人々の賑わいで騒がしいくらいだった。
逆にここは静かで落ち着いている。店頭の学院生に「東方は東方でも極東の雰囲気に寄せているのだ」という話を聞いた。
茶菓子と抹茶を注文して、広く座れる椅子で休む。
「いやー、やっぱり休める場所があるといいよね」
「そうだな。カイトもⅤ組とⅢ組のところで楽しんできたんだろう」
「みっしぃの奴はフィーに任せたからオレは何もしてないけどね」
茶菓子──串に連なった団子と抹茶を食べる。
「うわっ……このタレ、甘いんだ。美味しいっ」
「抹茶も、菓子の後に食べると一層味わい深いな」
「ガイウス、好き嫌いってあまりないの?」
「強いていうなら魚料理は慣れなかったが。けれど苦手なわけじゃない」
「そっか」
「学院祭というものは初めてだが……いいものだな」
「だよね。オレは二回目だけど、何度あってもいいくらいだよ」
カイトはリラックスして辺りを見回す。
「……ガイウスも、ありがとうね」
「少しでも役に立てたならよかった。カイトにはノルドを救ってくれた恩もある」
「あれはⅦ組の成果だよ」
「もちろん。それでも、感謝せずにはいられない」
ガイウスは肘を膝につけた。彼にしては珍しい、年相応の若者のような態度。いつもより低い位置からカイトを覗き込む。
「同じ留学生という立場。そうでなくてもⅦ組のみんなは頼もしかったが、カイトと一緒に成長できたことは、俺の宝だ」
「……同じ立場の人がいて嬉しいのは、オレも一緒だった」
特別オリエンテーリングの時、睨み合うユーシスとマキアスを止めたのは帝国の情勢に疎い二人だった。この時から、互いに親近感を覚えていた。
リベールとノルド。環境も政治もまるで異なる二つの場所。それでも、帝国の周辺にあって、帝国を知るために来た、という点は共通している。
「俺はノルドから来て、今は帝国も第二の故郷となったと思う。かけがえのない場所だ」
「オレもだよ。昔は嫌いだったのに、今じゃ大切な人がたくさんいる」
「帝国のことを考えるのは、大陸のことを考えるのと同じだった。俺もいつかカイトと同じように大陸のことを思って動けるようになりたいと、そう思うんだ」
いつか帝国から別の場所へ旅立つカイトと同じように。
「だから、クロスベルのことも一緒に考えよう」
「……わかった、降参だよ」
カイトは肩をすくめて笑った。
クロスベルのことが気になるという気持ちは変わらないけれど。
フィーに、マキアスに、ガイウスに向き合われて、励まされて、あるいは大事なものを思い出させてもらって。
「今、オレはここにいる。だからここに集中するよ」
自分は、トールズ士官学院、特科クラスⅦ組。
カイト・レグメントなのだ。
────
その後もカイトはⅦ組の面々と一緒に出し物を回った。リィンやユーシスと一緒に馬術部のレースに参加したり、ミリアムやラウラと屋台の軽食を食べて回ったり。
一度回った出し物にも参加する。楽しいものは何度回っても楽しいのだ。
カイトは、いつかのジェニス王立学園祭のように童心に帰って楽しむことができた。
一日目は滞りなく終了した。
その後夕方、Ⅶ組は講堂に運び込まれた楽器や衣装のチェックを行い、全員で寮に戻ることになった。
「はー、楽しかったー!」
二十時。第三学生寮の食堂で、ミリアムは夕食を終えて両手を上げて伸ばした。彼女らしい奔放な態度を、そこにいる全員が呆れた。
ここ数日は練習などで全員が同じ生活リズムだったので、食事も朝から晩まで全員で食べている。
「なんか二日と言わず、毎日やってもいいかもね!」
「騒がしそうだけど授業よりはマシかも」
そんな風に言うちびっ子二人。とはいえ他のメンバーも全力で一日を楽しんだのは事実だ。
夕食前にライブに関するミーティングも終えていた。元々構想していた二曲に、クロウによってねじ込まれた三曲目。エリオットさえ予想していなかったことなのだから、全員での確認は必要だった。
カイトが呑気に言う。
「ミリアム、昼間あれだけ屋台で食べてたのによく完食できるよな……」
「んー? マルガリータと一緒に調理部でたくさん食べてるし」
「それで胃袋が強化されたって?」
ユーシスは頬杖をついた。
「俺としては屋台にいてくれて助かったがな。いつ傀儡でレースに乱入してくるか肝を冷やしていた」
「えー、来てほしかったの?」
「黙れ」
「あはは……」
エマが笑った。どことなく疲れている表情だ。
「あれ、いいんちょー、なんか元気ないね?」
「どうしたの? 体調が悪いとか?」
「アリサさん、ありがとうございます。大丈夫ですよ」
エマもエマでここ最近は緊張続きだから、余裕がないのも事実だろう。笑顔を作ったけれど、心配されているのを慮ってか、話題をそらした。
「そういえば、クロスベル方面でまた動きがあったみたいですね……」
それもまた、今日一番疲れた表情をしていたカイトに関わることではあるけれど。
「……」
「あっ、カイトさん、すみません……」
「いいよ。今日一日、みんなのおかげで吹っ切れた。気にはするよ? でも落ち着いてる」
カイトは軽く笑って見せた。その表情は明るく、軽く、いつものお調子者のカイトそのものだ。
だから、無理に話題を避けることをせず、Ⅶ組は気になったことをそのまま話し合うことにした。
クロスベル方面の動き。すなわちIBC──クロスベル国際銀行が、各国から預かる国外資産を凍結するという話だ。
「……あくまで噂なんだよね?」
エリオットがおずおずと聞いてきた。マキアスが答えた。
「ああ……いきなりすぎる。つまり、独立を承認しないと資産を凍結するという脅しなんだろう」
それが脅しとして機能するか、というのは未知数ではあるが。
主導したのは、言うまでもなく。
「IBC総裁にして自治州共同代表の一人、ディータ・クロイス。実は一度お会いしたことがあるわ」
「アリサ。そうなのか?」
ラウラが驚いていた。
「ええ、母のついでだけどね」
ラインフォルトグループは大企業だし、IBCとは提携関係にもある。関係があるのはむしろ当然のことだろう。
「ここまで乱暴なことをする人には見えなかったんだけど」
フィーがカイトを見る。
「通商会議で会わなかったの?」
「会ったよ。なんなら知り合い伝手で一緒に話もした」
カイトもアリサと同じ意見だ。豪胆で快活で、それでいて人当たりもいい。通商会議の時、微妙な立場であるカイトの状況を理解して、特務支援課と同じように接してくれた。
とはいえ、クロスベルの国家独立を提唱した張本人がディーター市長なのだ。無策で動いたとも考えにくい。
(そうだ。無策なわけ……無策?)
自分の中で、引っ掛かったものを感じた。カイトは黙り込む。
カイトでなくても今回の件は無関心ではいられない。下を向いてしまう少年を放っておいて、仲間たちは話し続ける。
「もしIBCが各国の国外資産を本当に凍結したら……帝国のみならず、大陸全土でも混乱は避けられないでしょうね」
そう心配を漏らすエマの言葉は最もだ。
IBCはクロスベルはおろか大陸でも最大規模の銀行で、クロイス家の資産も大陸随一。
ガイウスなどはそういった経済事情に疎かったが、それでもこのトールズでさまざまな学問を学んでいる。
フィーは言った。
「恐慌が起きるかも。それも結構大きいヤツが」
国だけではない。大貴族や大企業だって資産の一部を預けている。
ただ、わからないことは多い。『国外資産を凍結する』という判断はIBC総裁としての言葉で、『クロスベルの国家独立』はクロスベル市長としての言葉だ。両者の共存は本来あり得ない。市長に国外の資産を凍結するなどという権限はない。ディーター市長は今、自らの権力を濫用しているに等しい。
そして、ディーター市長の現在の行動は二大国のみならず、大陸全土を敵に回している。小国のリベールや権威あるアルテリア法国から見てもこの手は明らかに過激だ。誰もクロスベルを守ってくれなくなる。
何より。このままでは帝国と共和国を
その動機が不明なのだ。
クロウがぼやいた。やや、Ⅶ組の気を探るような態度だった。
「しっかし、この状況でお前らの家族は来れんのか? お偉いさんがそろい踏みだろう?」
しかしその問いに答えたのは生徒ではなく、ちょうど食堂の扉を開いたサラだった。
「さっき連絡があったけど、全員いらっしゃるそうよ」
「それ、本当なんですか?」
思索していたカイトも含め、サラは全員の注目を集めた。アリサの問いに答える。
「ええ。恐らく、国内の不安を抑えたいんでしょう」
仲間たちが考えたように、ディーター市長の脅迫は非現実的だ。国内外の情勢や各国の力関係を理解している人なら誰もがそう考える。すぐに帝国内に影響が出るものではない、だからこそ声明発表における短期的な国内不安を落ち着けたいということだろう。
トールズ士官学院関係者は、帝国のあらゆる分野の有名人が集まっている。彼らが各種行事に参加すれば……というわけだ。
「だから、君たちは明日のステージに──あら?」
サラの言葉が途切れた。不思議がるⅦ組の面々。
一体何なのか。それを尋ねる間もなく、何がサラの意識を引き付けたのか。それはすぐに分かった。
鐘の音が聴こえた。
「こんな時間に鐘が……?」
「いや、待て。こんな鐘の音。今まで聴いたことあったか?」
と、クロウとエリオット。その通りで、トリスタ礼拝堂を除けばこの街にあるのは士官学院の鐘くらいだ。今聴こえている音は、聞き馴染みのあるどちらの音とも違う。
「確かに、いつも学院で鳴っているのと違うような」
「……あ」
委員長コンビが不審がる。
そして、レグラムに実習に向かったリィンとラウラが気づいた。
「あの時、ローエングリン城で鳴っていた──!」
「ああ……同じだ」
その話は全員が聞いている。
夜、不思議な光に包まれたローエングリン城。鐘の音と障壁。そしていかなる理由か、魔物とも呼べる存在が現れた一幕のことは。
「どうやら妙なことになってきたみたいね」
サラが、開けたままの食堂の扉を潜って外へ。
「どこで鳴っているかなんとなくわかってきたわ」
Ⅶ組も同じだ。
このトリスタの街で、不思議な現象が起きるとすれば。
そんなことがあり得る場所は、ただ一つしかない。
「気になるでしょうから、君たちもついてきなさい」
武器を持て、とは言われなかった。
それでも、武器を持っていくべきだと、誰もが理解していた。
次回、81話
「巨イナルチカラ」