心の軌跡Ⅱ~重なる標~   作:迷えるウリボー

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81話 巨イナルチカラ①

 

 

 サラ、そしてⅦ組たちは、鐘が鳴る夜のトリスタを、そして学院を走る。

 聴こえるはずのない音が聴こえる。そんな不思議な現象が起こる場所。それはたった一つしか思いつかなかった。そしてリィンを筆頭に、ずっとⅦ組が関わっていた場所だ。

 その場所は──旧校舎は、青白い光に包まれていた。

 そして学院に残っていたのだろう、トワ、ジョルジュ、ヴァンダイク学院長、そしてトマス。四人の教官と先輩がその場にいた。

 Ⅶ組の前を走るサラが学院長に状況を聞いた。

 鐘の音が鳴り始めてからまだ二十分程度だが、その時には既にこの状況になっていたらしい。

 すなわち、透明な壁に包まれ、そして青白く外壁が光っているという状況に。

「工具のハンマーで叩いても、衝撃が吸収される感じですね」

 ジョルジュが補足する。それはカイトが聞き、レグラム組が体験したローエングリン城の異変と同じだった。あの時、幽霊でも出そうな異常事態にミリアムが恐怖しアガートラムを出現させた。そして、今と同じような半透明の膜に向かって殴りかかり──そして今のジョルジュの言った通りになった。

 旧校舎の異変。それはⅦ組がこれまで関わってきたもの。構造が変わる地下迷宮、そして第四層のオル・ガディア。それも十分常識外れだった。

 しかし、今回はその影響が旧校舎の地下にとどまらず、トリスタの街にまで及んでしまった。

 だから、学院長の判断は極めて当然のことだった。

「トマス教官、全教官を召集じゃ。これより緊急会議を開く。最悪の事態を想定して備える必要がある」

 そして、トワを見た。

「トワ君。明日の学院祭だが、中止の方向で進めておきなさい」

「……はい」

 重苦しく、悲しげな少女の返答。けれど生徒会長として、頷くほかない。

 そしてそれは──この学院祭のためにたくさんの時間をかけてきた生徒たちには。若く、未熟で、そして夢見がちな生徒たちには、受け入れられないことで。

「まさか……学院祭を中止にするつもりですか」

 ガイウスの声には、いつになく優しさ以外の感情が強く込められていた。

 カイトは、悲しく、抑えた声で。

「……当然の判断になっちゃうよな」

 カイトは、こういう異変に覚えがある。封印区画、四輪の塔の裏の姿、そして影の国。

 周辺にどんな影響が生じるかもわからないのだ。学院のみならず、トリスタの街にも避難指示を出す必要があるかもしれない。危機管理の観点からすれば当然の判断だ。

 けれど、納得は行かない。それがⅦ組の総意で、きっと学院生の総意でもある。

 学院長の言葉を理解したカイトも、従ったトワも、気持ちは同じだ。経験上危機を理解して、立場上納得するしかない生徒たちだって、同じ学院生。

 そしてそんな生徒たちの頑張りは、教官たちも知っている。

 だから、もがくのは、抵抗するのは、どこまでも、向こう見ずな若者たちの役目。

「……この一ヶ月。俺たちも他のクラスも、学院祭に全てをかけてきました」

 リィンだ。

「俺たちがここにいて、みんなと頑張ってきた証──それが、この学院祭なんです……!」

 リィンは仲間たちを見た。Ⅶ組の重心の言葉。こういう時に、リィンがクラスを代表して外側の人間に向けて放つ言葉。それは文字通りにⅦ組の言葉なのだ。

「勝っても負けても……大成功でも大失敗でもいい。俺たちが……学院生全員が切磋琢磨してきた全ての証を残すために──」

 

 ──どうか俺たちに、明日を掴ませてもらえませんか……!?

 

 目の前で置きている現象がどのようなものなのか、わからない。

 それでも、可能性がゼロでない限り、最後まで諦めたくはない。

 マキアスが、ユーシスが、ラウラが、順々にリィンの言葉を引き継いで、自分たちの意志を示す。

 カイトは、懐かしい景色を感じた。

 リベールで、クロスベルで、そしてこの帝国でも。

 何度も見てきた、理不尽な状況を越えるための最初の一歩。

 諦めず、前に進もうともがき、怖さと共に動くこと。

「ふーむ……意気込みはともかくこの障壁をどうするかが第一ですが…」

 トマス教官も、あくまで教官としての立場を貫く。

 思案する歴史学者。ふと丸眼鏡の奥からリィンを除き──そして気づいた。

「おや──リィン君? 君、体が……」

「え……」

 他の人がそれに気づく前にトマスが一歩先んじたのは、彼の目敏い観察眼故なのだろうか。

 カイトや、サラや、そして学院長すら差し置いて気づいたリィンの異変。

 Ⅶ組の重心が──旧校舎と同じように、青白い光を纏っている。

「……」

 自分の身体を確かめるリィン。不安の表情はなく、むしろ納得したように、自分の脚や腕を確かめていた。

 それだけではない。

「ぼ、僕たちも……!?」

「結界の光と同じ……」

 エリオット、フィーも。

 Ⅶ組の全員が、結界と同じ光を纏っている。

「共鳴……ってことか」

 カイトは自分の身体をまじまじと見た。視界の色合いが変化しているわけじゃない。ただ、自分たちが仄かに光るという事実だけが見えている。

 そして。

 

 ──時ハ来タ──

 

 強く、心臓が暴れるような鼓動。

 

 ──サア、示スガヨイ──

 

 聞こえた。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()が。

 カイトはリィンを見た。リィンはカイトを見た。そして二人はⅦ組の仲間たちを見た。

 その表情が物語っている。

 Ⅶ組の全員が、今の声を聞いたのだ。

 そして、仲間たちは。誰が言うでもなく、誰からともなく、動き出して。

「ちょ、ちょっとアンタたち……」

 戸惑うサラの言葉も聞かず、全員が結界まで近づいて、手を伸ばす。

 全員の手が、その結界をすり抜けた。

「間違いない。俺たちⅦ組なら旧校舎の中に入ることができる」

 リィンが、端的に事実を告げる。

 旧校舎の調査。四月から半年間、リィンを中心に地下の階層を探索し、調べ、踏破してきた。時にメンバーを入れ替えたり、途中から編入してきたメンバーもいる。

 それでも、全員がこの旧校舎の異変に関わってきた。

 だから、この旧校舎の異変を調査するのは自分たちの役目だと。

 自分たちなら、この謎を解き明かすことができるのだと。

 もう一度、リィンが言った。

「サラ教官。ヴァンダイク学院長。どうか……お願いします」

 頭を下げて。ただ、真摯に。

 自分勝手な願いを、叶えるために。

「もう、まいったわね。すみません学院長、どうやら育て方を間違えてしまったみたいです」

「ふふ、そなたはこの上なく良くやってくれたと思うぞ。どのように育つか選ぶのもまた、若者たちじゃろう」

 リィンが顔を上げる。二人の指導者は、諦めたように笑っていた。

「君たち」

 それでも、サラは士官学院の教官だ。教え子たちに向かって、一つ促す。それは整列だ。学院長を前に、トールズ士官学院Ⅶ組は向き合う。

 そして、学院長は胸を張り、後ろ手に組んだ。声を張り上げる。責任者として。

「現在、20:40。24:00までの探索を許可しよう」

 そしていつもの好々爺のように。茶目っ気たっぷりにウィンクをして、Ⅶ組を送り出す。

「それ以上は、さすがに()()に障りがあろうからな」

 他にも。サラが、トマス教官が、トワが、ジョルジュが。励ましの言葉を送ってくれる。

 その全てに感謝して。無茶をする自分たちを許してくれる。そんな学院の在り方そのものを噛みしめて。

 Ⅶ組は結界を越え──そして、旧校舎の扉を開ける。

「これは……」

 それが誰の声だったのか、わからなかった。思考が割かれる余裕もないくらい、旧校舎の中も異変に満ちていた。

 構造は普段と変わらない。それでも、地面が白く、内壁も外壁と同じように青白く光っている。導力灯の光が必要ないくらいに。

「……オレたちの光は、もう収まってるんだな」

「ええ。恐らくは、この旧校舎の中に入ったから」

 カイトの言葉にはエマがはっきりと答えた。

 感じる。影の国、クロスベルの星見の塔と同じような上位属性の存在を。

 それだけじゃない。その霊的な質そのものが、巨大な質量を持って膨れ上がるような感覚──霊力の高まり。

「……ローエングリン城と同じだな」

 ラウラが言った。

 単なる雰囲気だけではない。地下の階層へ潜るための自動昇降機もまた、変わっていた。

 昇降機の壇上には、もはや霊力が可視化できるほどの奔流となっている。

 そして昇降機には、今までなかった《第七階層》が。

「やはり六層で終わりではなかったのか」

 九月の旧校舎探索に参加したユーシスが言った。そうでなく、第四層の攻略にのみ関わったカイトも、他の全員が感じていた。

 あの地下の迷宮だけで終わりではない。

 そして、自分たちは今日ここまで、導かれるべくして導かれたのだと。

 誰からともなく昇降機に乗り、全員が乗ると昇降機はひとりでに動いた。第一層から第六層を飛び越え、そして目的地へ。

 降りた先は、第四層のオル・ガディアと戦った空間と酷似していた。

 昇降機と正面に正対するように、王城の正面扉のような大扉がある。その中心には、白く光る宝珠(オーブ)が埋め込まれている。四つの光が螺旋を描く模様。

 ただ、異なる現状もある。今扉は白く明滅し、扉の縁にはいくつもの大きな歯車がある。歯車は光っている。導力でもない、得体のしれないエネルギーによって動いている。

 第四層の緋色の扉を見て、カイトは考えていた。

 扉は『何かを守護しているのか』それとも『誰かを区別しているのか』。

 第四層は前者に近かった。そしてこの第七層は、紛れもなく後者だった。

 

 ──《第六拘束》マデノ解除を確認──

 ──《起動者候補》ノ来訪ヲ感知──

 

 突然の『声』に驚いた。

 けれど戸惑いはなかった。聴こえるのだと、わかり切っていたから。

 

 ──(トキ)ハ至レリ──

 

 扉が開く。宝珠が光り、歯車が回転する。石造りの大扉にしては、あまりにもスムーズだった。

 

 ──コレヨリ《第二ノ試シ》ヲ執行スル──

 

 そして、扉の中に目に見える空間はない。様々な色彩が渦巻き吸い込まれていく──この世のものではないことだけはわかる景色。

 カイトには覚えがある。四輪の塔の裏と同じ、亜空間の出入り口だ。

「……ぅっ」

 リィンの呻きが聞こえた。

 異変に気付いた。一瞬だけだったが、はっきりと苦悶した。

「リィンさん──胸の痣がうずくんですね?」

「委員長……? 確かにそうだけど、でもどうして……?」

「ちょっとしたお(まじな)いです」

 エマが笑った。亜空間の出入り口に近づく。生じる七色の光が逆光となり、エマもまたこの世の者ならざる雰囲気を醸し出す。

 その姿は、今日の朝までライブ練習に疲れ果てていた委員長ではなかった。

 その姿を、Ⅶ組の面々は何度か見たことがある。

 ある時は、怪我を治すおばあちゃんの薬。

 ある時は、第四階層で話した博識さ。

 ある時は、ローエングリン城でA班を導いた。

 Ⅶ組の委員長エマ・ミルスティンであるのは間違いない。けれど、それと同時にまた別の一面を覗かせてきた彼女の空気。

 カイトは尋ねた。

「委員長……心当たりがあったんだね」

 緋色の大扉を前にした時の会話を思い出す。エマは自分の過去の経験について尋ねていた。

「……すみません、カイトさん」

「別に、謝るようなことじゃないよ」

 カイトの中に確信が生まれた。エマはこの旧校舎について知っていた。詳細か概要か、その深度はわからないけれど。

 そして聞く。リィンに。カイトに。そして全員に。

「どうやら、この先は尋常でない場所のようです。みなさん……覚悟はできていますか」

「エマ……」

 覚悟を問う。確かに亜空間の出入り口なんて、少なくともカイト以外誰も経験したことのない場所だろう。

 その先に待つものが平穏なわけがない。

 だから、カイトは聞いた。

「委員長は、大丈夫?」

「え……」

「そんな尋常でない場所に向かう……委員長は、覚悟はできている?」

 別に詰めているわけじゃない。知っていることを話せと言うわけでもない。

 エマも自分たちと同じⅦ組だから、エマの()()()()への問いかけはエマ自身への問いかけでもある。

 それを聞いたエマは、眼を見開いて、それでも諦めたように笑った。

「ふふ……そんなことを聞かれるなんて、思ってもみませんでした」

 丸眼鏡を外す。

「私は、それを問う側だと思っていました。でも、私もみなさんと一緒だったんですね」

 リィンが前へ。

「そうだ。俺たちは同じⅦ組だった。Ⅶ組があるから、みんなここまで来られた」

 最初はいがみ合っていた。何もかも違う自分たちはそうなることを運命づけられた。

 でも、Ⅶの枠組みは自分たちを一緒くたに押し込めて……それでも自分を残しながら、共存していった。

 互いが互いを認めて、成長した。違うものを抱えながら、けれど同じものを標にして生きていく。

「委員長も、これだけは自信をもって言えるんじゃないか? 俺たちⅦ組が最高のクラスだって」

 

 ──このクラスは、最高だ──

 

 カイトがいつか感じたこと。

 そして、この場の全員が、いつか感じたことのある事実。

「ふふ、確かにそれは、私も自信を持って言えると思います」

「だったら行こう、この先に。俺たちのクラスが最高だと、俺たち自身に証明するために」

 そうだ。この異変を食い止める理由なんて、そんな子供らしい動機だけでいい。

 エマは、リィンは、カイトは。そしてⅦ組は。

 誰からともなく、その亜空間へ、脚を踏み入れる。

 

 

────

 

 

 一瞬、世界が()()たような気がして。

 そしてたどり着いた世界は、この世ではなかった。

 遥かなる空間が広がっている。星の見えない広大な天蓋。果てには靄がかかって、その向こう側にあるものは見えない。

 自分たちは、石畳の上に立っていた。けれど高硬度とも言える素材でできた地面。ひんやりとして埃っぽい空気でなく、生暖かく何の臭いも感じない空気。

 露出した巨大迷宮。今もなお稼動している歯車が、今もこの迷宮が誰かのために動き続けていたことを告げている。

 

 《巨イナル影ノ領域》という名の、異空間があった。

 Ⅶ組はその迷宮を進んでいく。襲い掛かる魔獣は、立ちふさがる魔物は、それまでの地下迷宮のどの敵よりも手ごわかった。それぞれの階層の最奥にいた守護者クラスの敵が当たり前のように跋扈していた。

 Ⅶ組は一丸となって立ち向かった。そうしなければ道中で倒れることが眼に見えていたから。

 剣を振るい、引き金を引き、杖を掲げ、穂先で突き、弓を射、拳を叩きつける。魔法を駆使し、光の軸を繋げる。

 戦い、守り、走り、進む。一歩たりとも迷いなく。自分たちの証を残すために。

 自分たちが、ここにいた軌跡を紡いでいくために。

 そして、この領域に入ってからどれだけの時間がたったのかを正確に思い出せなくなったころ。

 再び亜空間の入り口にたどり着き、その先には小さな部屋が──旧校舎の最下層・終点があった。実際、そこは異空間の迷宮のような材質ではなく、これまで見てきた旧校舎と同じ雰囲気だった。

 そしてやはり、最奥には大扉。扉の中央には紅い宝珠(オーブ)が。

 確信した。

 これが最後だと。

 

 ──《起動者候補》ニ告ゲル──

 

 声が聴こえる。

 

 ──コレ成ルは(オオ)イナルチカラノ欠片──

 

 それぞれが、敵もいないのに得物を構えた。それほどに腹の底を震わせるような気配。

 

 ──手ニスル資格ガ()()ニ在リシカ──

 

 隣にいるかけがえのない仲間を見て、一緒なら戦えると心を震わせて。

 

 ──最後ノ試シヲ()()スル──

 

 空間が歪む。眼に見えるもの全てが、宝珠に吸い込まれていく。

「皆さん、気を確かに──」

 そんなエマの言葉が途切れて。

 やがて、全てが無に帰した。

 

 

────

 

 

 カイトは目を覚ました。

 気を失っていたのだと思う。Ⅶ組全員で、最奥の扉の前へと至り、そしてたった今意識を自覚するまでの記憶がなかった。

 けれど不思議だった。今、自分は()()()()()

 瞼を開く。

「──ここはっ」

 見えた景色は、不可思議に構造が変わる旧校舎地下でもなく、先ほどまでの異空間でもない。

 視界に広がるのは灰色の景色。どこまでも続く丘陵のような。

 けれど、ここは()()()丘陵などではない。

 匂いがしない。音もしない。塵が舞っているように見えて轟々と風が吹いている気もしたけれど、それは自分が()()()()思い込んでいただけらしい。自分の髪は風に舞ってはいない。

 暑くもなく、寒くもない。

 あたりには、無数の()()が打ち捨てられていた。

 リィンの太刀が。ユーシスの騎士剣が。フィーの双銃剣が。ガイウスの十字槍が──

「っ、みんなは……!?」

 視覚情報に圧倒されて気づくのが遅れた。あたりに散らばるのは、仲間たちの得物だ。

 ここにいるのは自分だけ。

 みんなは、どこだ。

「おい、みんな!! どこだー!?」

 いてもたってもいられず、カイトは走り出した。エリオットの、エマの、マキアスの──たくさんの仲間たちの武器が朽ちた残骸となっているのを理解する。

 エステルの棒術具が。ジンの手甲が。ケビンのボウガンが。ロイドのトンファーが。《銀》の斬魔刀が。レーヴェの大剣が。

 怪盗紳士のステッキが。血染めの(ブラッディ)シャーリィのテスタ=ロッサが。

 仲間も敵も関係ない。ありとあらゆる、()()()()()()()の武器がそこにあった。

「なんだよ、なんだよ……ここは」

 なんで、錆び付いて数百年たったようなそれが姉さん(クローゼ)の細剣だってわかるんだ。なんで、遥か遠くにある小さな鉄屑がオリビエさんの導力銃だって思うんだ。

 そして、どうしてある場所を境に景色が明確にぼやけているんだ。

 まるで、夢のような──

 

 ──然り。此処は現実ではない──

 

 直接脳を揺らすような、重々しい声が。思わず立ち止まる。

 見上げる先。丘陵の遥か彼方。人型のような、影。

 ほとんど無意識に、口が開いた。

「──()()()()()

 影が、僅かに蠢いた。それでも、(おお)きな影は微動だにしていなかった。

 

 ──我は(イチ)。遥かなる相克の果、七を御する(オオ)イナルチカラ成──

 

 その理解不能な言葉の数々に、カイトはただただ慄いていた。

「これは……幻なのか?」

 

 ──否。確かに此処は存在する。汝の心の内に──

 

「心に……? ふざけるなよ! オレはこんな妄想なんてしねえよ!」

 

 ──心象であれど汝のものではない。これは《相克》、その試練に他ならない──

 

「そう……こく?」

 

 ──夢にして(うつつ)(きょ)にして(じつ)。記憶など必要ない。唯、汝が相克に生きる資格が在りしか測るのみ──

 

 わけがわからなかった。仲間たちとともに《第二の試し》を乗り越えた先。明日を掴むために突き進んだ果て。そこに待っていた異形の存在が語る全てが、カイトには理解できなかった。

 それでも、景色は歪む。立ち続けているはずの大地が、歪んでいく。

「待て……まて……!」

 立てなくなる。けれど転ばない。景色が歪む。けれど見えている。やがて、自分の体の感覚すらなくなって……意識と《視えるもの》だけがそこに残った。()()()()()()()()()()()()()が。

 理解も、恐怖も、疑問も、感情すら削ぎ落とされて。ただ重苦しい言葉だけが響く。耳でも脳ですらない、魂そのものに刻まれた。

 

 ──心せよ。力を示せ。光も闇も、慈しみも憎悪も無に帰す。唯、汝の(つよ)さを、(つよ)さを──

 

 やがて、《視えるもの》が移ろっていく。移ろっていく。移ろっていく……。

 

 ──我は《ロア・エレボニウス》。これより《最後の試し》を()()する──

 

 

────

 

 

 

 

───

 

 

 

 

──

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 遥かなる先に。死んでしまった()()()()が立っていた。

 

 その隣で、()()()()()が手をふっていた。

 

 なつかしい景色があった。

 

 しおかぜの匂い。あたたかい太陽。鳥のなきごえ。砂をけるかんしょく。

 

 あの日。せんそうのひ。うんめいのひ。

 

 ──わたしはクローディア。あなたは?──

 ──ぼくは……カイト──

 

 そのばしょに ぼくはいた

 

 

 

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