心の軌跡Ⅱ~重なる標~   作:迷えるウリボー

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81話 巨イナルチカラ③

 

 

 天より降り注ぐ砲撃が、()()へ降り注いだ。

 寸分の狂いなく放たれた悪夢の雷は、瞬く間に黒煙を生む。

 半径数アージュ。人など簡単に飲み込んでしまうそれが、その砲撃を見ていたカイトすら襲い掛かり、視界を暗黒に染める。

 思わず咳き込み、眼をふさぎ腕で守る。腰を落とし、膝を砂浜に付ける。

 そして。

「──え?」

 静寂に包まれ、再び目を開けた頃。カイトは間の抜けた声を出してしまった。

 視界の先にあったものは。

「父さん……母さん……」

 黒い煙の中、片腕をなくした父親が呻いている。もはや声もない、白い腕だけの母親だったものもある。

 そして男の子もまた、息絶えていた。

「え──」

 受け入れられない現実が、目の前にある。

 フラッシュバック。一瞬の後に繰り返される、たくさんの映像。

 両親と一緒に巻き込まれた世界。父親だけが命を落とした世界。母親だけが喪われた世界。

 あらゆる可能性がフラッシュバックしていく。

「在りえた可能性の世界……?」

 

 ──否。確かに可能世界は幾重にも広がるが、それは本質ではない──

 

 声が聞こえる。

 

 ──これは、汝が最も──

 

 最も──

 

 

────

 

 

 いつかの景色。まだ自分が、準遊撃士ですらないころ。

 ルーアンの倉庫に入る姉がいる。

「姉さん……?」

 姉が、自分を見ない。それは自分がただ幻を視ているからだが、それでも恐ろしくて悪寒が走った。

「……え」

 どういうことだ。

『剣は人を守るために振るうものだと、お師匠様から教わりました』

 覚えている。孤児院放火の犯人をレイヴンだと勘違いして暴走したクラムを助けた時だ。

 クローゼは凛とした声を張り上げた。その後ろで、エステルとヨシュアがそれぞれの得物を構えた。

『その子を離してください。さもなくば……実力行使させて頂きます!』

 ()()が、戦いを始める。そして、さほど苦労せずレイヴンたちを叩きのめした。

「……」

 どういうことだ。

 

 

────

 

 

 グランセル城の封印区画。リシャールと、そして機械人形《トロイメライ》との戦い。

 三つ巴の戦いは熾烈を極めた。仲間たちは……エステルを中心とした()()は、剣技、武術、魔法……己の持てるすべての力を重ねて戦いに勝利した。

 今、目の前で、エステルとヨシュアがリシャールを抑え込み。アガットとジンがトロイメライの注意を引き、オリビエ、シェラザード、ティータ、クローゼが魔法連携で留めを指す。

「……どういう、ことだ」

 その場にいたはずの──オレがいない。

 

 

────

 

 

『残念だが、それはそちらの都合でしかない!』

 背後から響いた、獅子の目覚めの如き咆哮。思わず振り返る。

 封印区画で生まれた戦闘の余波……風や水蒸気、煙で視界がそがれ、再び目を開ける頃には、そこはハーケン門北の国境線になっていた。

 カイトの視界に広がる、夕暮れの平原。背後にハーケン門。眼前の遥か遠くに、帝国軍の蒸気戦車の師団。

『お初にお目にかかる、クローディア姫殿下!』

 やや色がありながらしかし精悍な声。オリヴァルト・ライゼ・アルノールが、帝国皇子としての黒い軍服をまとい、()()()()()()と対峙する。

 帝国軍との交渉のため前に出たクローゼ。彼女を守護するために立ち上がった、それぞれ異なる武器を持ち、異なる服装で、異なる覇気を持つ、ただ一つ同じ目的を共有した者たちがいる。

『エレボニア皇帝ユーゲントが一子、オリヴァルト・ライゼ・アルノールという!!』

 獅子の轟々たる叫びが、平原に穿たれる。

「そこには、オレがいたはずだろう……?」

 茶髪の少年の姿は、ない。クローゼは、オリヴァルトの登場に戸惑い。彼の手練れ手管に追いつめられる。そこに、エステルが怒りとともに交渉に加わり、やがては白き翼が登場した……。

「違う、だろ? みんなで、オレも……みんなで、オリビエさんに立ち向かっただろ?」

 白き翼の影が、カイトを飲み込んで──

 

 

────

 

 

『お兄ちゃん、だれー?』

 また、景色と密度が変わった。

「……忘れるわけ、ないだろっ」

 黒の競売会(シュバルツオークション)、ハルトマン議長邸。その最上階最奥の部屋に隠されていた、ローゼンベルク人形が入ったトランク。

 それを開いたロイドは、数秒の空白の後に大声を上げて叫んだ。

 ロイドの叫びを聞いて、エリィとワジ()()が駆け寄って来る。

 カイトと、そしてアリスの姿がない。

『もしかして偶然紛れ込んだのか? お父さんとお母さんはどこにいるかわかるかい!?』

 ロイドの、少女──キーアへの問いかけは、なんの問題もなく続いていく。

「なあ……ロイド。そこには、オレがいただろ」

 ロイドは応えない。ただ必死に、キーアのために動き続ける。

 

 

────

 

 

『この場をもって、特科クラスⅦ組の発足を宣言する。この一年ビシバシしごいてあげるから、楽しみにしていなさい!』

 教官サラ・バレスタインの言葉が響く。それでも、まだマキアスとユーシスはいがみ合っている。

 トールズ士官学院入学式の日。特別オリエンテーリング。

 リィン・シュバルツァー。

 アリサ・ラインフォルト。

 ラウラ・S・アルゼイド。

 エリオット・クレイグ。

 ユーシス・アルバレア。

 マキアス・レーグニッツ。

 フィー・クラウゼル。

 エマ・ミルスティン。

 ガイウス・ウォーゼル。

 この九名が、暗黒立ちこむ帝国に生まれる、第三の風となる。

 

 

────

 

 

 カイトは、拳に力が入る、この感情を抑えることができない。

 怒りと、戸惑いがある。

 何度も、過去の風景を見させられた。その度に、自分のいない、自分のいたはずの風景を見てきた。

 軍事クーデターで、シェラザード、エステル、クローゼの三人がロランスと戦っていた。

 白い影の調査で、エステル、シェラザード、クローゼ、オリビエの四人が人馬甲冑と戦っていた。

 束の間の休息で、クローゼは一人で、エステルの《星の在り処》を聞いていた。

 レーヴェの最期を見届けるエステルとヨシュア、そして仲間たち。自分の姿など、欠片もない。

 特務支援課をジオフロントで助けるアリオス・マクレイン。彼が来るまで、特務支援課はたった四人で魔獣相手に奮闘していた。

 ルバーチェ、黒月への情報収集。異端なはずの自分の姿など、なくて当たり前。

 学園生活。Ⅶ組の教室の机の数は九つ。

 パルム実習。マキアスとユーシスの暴力一歩手前の言い争いを、フィーは我関せず、ガイウスとエマが何とかいさめていた。

 ノルド実習。リィンとアリサの、星降る夜の青春を聞いていたのは、ガイウス、エマ、ユーシスだった。

 ヘイムダル実習。多くの出会いと再会の末に始まったテロ。暗黒竜の骸に立ち向かったのは五人だった。

「なんだよ……」

 ここまで自分が立ち向かい、立ち上がり、仲間とともにつかみ取ってきた未来を打ち砕かれた。その度に、カイトの心の炎が消されていく。

 目の前は再び荒野に戻っていた。灰色の世界。たくさんの知り合いの得物が朽ちた丘陵に。

 いきり立ち、カイトは咆哮を上げた。

「うわあああぁぁぁぁあああああっっ!!!!」

 虚空に向けて、かな切り声で。天まで届け、喉が嗄れることなんて厭わない。

「なんなんだよ! ロア・エレボニウス!! ふざけるなぁ!!」

 ありったけを込めて、カイトは叫んだ。

 数秒後。声が聞こえた。

 

 ──此れなるは最後の試し。汝が何よりも恐れるもの──

 

 恐れるもの。恐れた景色。現実かもしれない。在りえた可能性かもしれない。あるいは、絶対に在りえない可能性かもしれない。

 空恐ろしい感覚だった。自分がいない、けれど変わらずに戦う仲間たち。変わらない歴史や世界。己の存在が歴史から疎外され、世界から否定されている感覚があった。

 両親の死。それは悲しいものだが、何よりも恐れるものではなかった。本当に恐れたものは。

 それを考えて、カイトは胃の奥がせり上がってくるような感覚を覚える。

 いやだ。考えたくない。だから、カイトは否定する。

「違う……! きっとオレがいなくたって、みんなは強いから、オレは平気だ!」

 繰り言だ。なんの意味もない現実逃避。声は容赦なく真実を語る。

 

 ──なれば、目の前に広がる景色はそのようではない──

 

 ──お前の存在そのものが、お前のいない世界を忌避しているのだ──

 

「……だから、なんだよ! 誰だって同じだろう!?」

 

 ──否。人はそう考えることはない。いや、そう考えることもできない──

 

「……なんだよ、それは」

 

 ──それは本質ではない。此れなるは相克、その器となり得るかを図るもの。故にこそ、汝にみせよう。汝の存在そのものを揺るがす景色を──

 

「……」

 

 ──相容れぬ現実と虚実が結合する。その時、果たして残るものはなんだ──

 

 ──さあ、力を示せ。その魂に、大いなる一を宿す資質があるならば──

 

 

────

 

 

 

 

───

 

 

 

 

──

 

 

 

 

 

 

 何度もそれを見せられた。

 自分が存在しない、けれど変わらずに廻り続けるこの世界の軌跡を

 孤児院の放火事件。銀髪の剣士が現れるまで、子ども四人とテレサを助ける者はいなかった。

 エルベ離宮奪還作戦。エステル・ヨシュア・ジンの三人は大した障害もなく最後の大扉を解放した。

 情報部残党がけしかけた王都の再クーデター。エステルやケビンは、後方を気にせずオルグイユを止めに言った。

 空の軌跡。浮遊都市の崩壊を見届けるアルセイユと山猫号。飛びあがるレグナート、エステルたちに手を振る。船首に茶髪の少年はいない。

 神狼たちの午後。ウルスラ病院でロイドたちに狼と古代竜を結びつける存在はいなかった。

 西ゼムリア通商会議。ロイドとランディは、他の特務支援課と一緒に、地下で紅の戦鬼と相対した。

 景色が切り替わる度、自分の中の理性が削れていく感覚があった。それが自分の軌跡とは相容れない可能性はわかっているのに。自分が自分として成り立っていること、それそのものが移り行く景色を否定する根拠になるはずなのに。

 自分のいない世界は、自分の存在を堂々と否定しにかかる。

 六月の実技テスト。パトリックたちと戦ったのは、リィン、エリオット、マキアス、ガイウス。

 第一の試し。異形の力を発揮させたリィンを助けたのは、クロウだけ。

 ラウラとフィーの不仲は、ヘイムダルで生じていた。それを仲立ちしたのは、リィンだった。

 自分の姿はどこにもない。

 たくさんの映像。やがて自分の記憶が、どれが本物でどれが偽物なのかがわからなくなる。

 今、いつなんだろう。

 たくさんいる仲間たちの映像。仲間たちとは、誰なんだろう。

 オレは、いったい、何者なんだろう。

 

『俺の本分は《C》。──は、ただのフェイクさ』

 

 声が聞こえた。懐かしい声に衝撃を覚えた。消えかかっていた理性が目を覚ました。

 顔を上げる。また、景色が変わっていた。

 知っている場所だった。風を感じた場所だった。晴天の下。脚に襲い掛かる重い振動。感じる人の温かさ。大きな背中だった。

 同じ人の声だった。

「……お、まえは」

 巨大な蒼い騎士人形。全長七アージュを超える存在。その中にいる人物の声だ。

 知っている声だった。知っている人だった。

「お前は……お前が、《C》なのか」

 自らを《C》と名乗る男の正体。その素顔を視て、カイトはまた頭が冷えていく。

 動揺を隠せなかった。悲しみが生まれた。怒りに拳を握り締めた。

 自分を否定される恐怖や絶望ではない。何故、何故、と激情に揺さぶられる。

 カイトの後ろには、灰色の騎士人形が構えていた。そのさらに後ろには、Ⅶ組が武器を手に戦っていた。

 自分のいない世界の映像。確かに、その景色に自分はいない。けれどこれまで見てきた景色とは、たった一つ違いがあった。

「……未来の、映像」

 自分がいないはずの景色。それは過去だけではない。この試しにおいて、自分は未来永劫否定され続ける。

 

 ──然り。過去も未来も関係ない。汝が忌避し恐れる全てをもって、汝を測る。そのための試しだ──

 

 ならば、これは。

「オレがいなくても……オレがいないから、この景色は起こるのか」

 Ⅶ組の顔にも絶望があった。《C》の正体を知ったから。

「……ふざけるなよ。なんで《C》なんてやってるんだよ。たくさんの人を傷つけてるんだよ」

 何よりも。

「どうして、今までそれを隠してたんだよ。オレたちに」

 怒り。戸惑い。悲しみ。

 削られるばかりだった理性や感情が、たった一つの決意で塗り固められていく。

 カイトは告げた。

「オレをこの世界から出せ」

 今までのカイトが出したことのなかった、怒気を通り過ぎた、怨念のようなものが込められた声色だった。

 

 ──まだ《最後の試し》は続いている──

 

「そんなの、お前が勝手にしたものだろう。オレの知ったことじゃない」

 

 ──この心象は、汝の資格を測る《最後の試し》。試練を終えれば、この問いかけも、汝の記憶もまた消えうせるが──

 

 一瞬の沈黙があった気がした。無機質な声だったのに。

 

 ──よかろう。示すがよい。汝の答えを──

 

「ああ」

 

 ──汝の軌跡に意味はない──

 

 感情なく、ただロア・エレボニウスは告げた。これまでの景色を通して、何度もカイトに刻まれた恐怖の源泉。

 カイトのいない世界。それでも世界は廻っていた。

 

 ──それでも汝は戦っている。今、《起動者》の一人にならんとしている。汝は、何故戦う?──

 

「……そんなことに、理由なんてない」

 相克。その真意はわからない。

 軍事クーデターを戦った理由。結社と戦った理由。クロスベルや帝国で過ごす理由。それなら答えられる。けれど拷問のような可能性を見せられて、それでも戦う理由を問われてしまったら、具体的な理由なんてない。

 今わかった。自分の軌跡は偶然の産物に過ぎなかった。カイトの可能性は微々たるもので、ともすればたった一つのボタンの掛け違いでカイトの存在は吹き飛んでしまうようなものだったのかもしれない。

「でも、そんなことは関係ないだろ。そんなこと、今ここにいるオレが考えることじゃないんだ」

 きっと、自分が仲間たちと一緒にいない未来があっても、自分はルーアンで、どこかで精一杯生きるのだろう。例えリベールの英雄の一人にならなくても、クロスベルの闇を見なくても、Ⅶ組に入らなくても。

 その時、自分はエステルやロイドやリィンが知らない誰かになって、その人たちにとって自分は大切なあるいは嫌悪されるような誰かになる。

 自分は遊撃士でも士官候補生でもないかもしれない。でもこの世界の一人として、誰かを想って生きていく。

 例え最初の幻想のように、五歳の時に死んでしまったとしても。その最期の瞬間まで精一杯生き抜く。

「オレの心の軌跡は偶然だ。偶然だからこそ、この一瞬が大切なんだ」

 想いが通じなかった義姉がいる。嫌った帝国を大事に思える。それもきっと、偶然かもしれない。偶然だからこそ、途方もない奇跡なんだ。

「オレは生き続ける。戦い続ける。理由なんて、オレがこの世界に生まれたからだ」

 

 ──よかろう──

 

 削られる理性の中、たった一つ、怒りにも似た衝撃で生まれたカイトの意志を証明する。

 それはカイトが言った通りだ。偶然に過ぎない。偶然に過ぎないが、確かにカイトがこの軌跡で得たものだった。

 

 ──その残りし魂の在り様。最後に一となる強さの証明を果たすモノ──

 

 証明は果たされたらしい。ロア・エレボニウスの声が朗々と響く。

 

 ──これにて《最後の試し》を終了する──

 

 灰色の丘陵が歪む。カイトがこの試しにおいて何度も経験した自分が無くなるような感覚。

 今度は、カイトは動揺しない。自分の存在を削った果てに、それでも自分はここに在ったから。

 そして、思う。例えこの世界での記憶が無くなっても。

(必ず……《C》を問いただす)

 

 ──起動者()()よ、心せよ。これなるは、巨イナルチカラの欠片──

 

 意識が霞んでいく。

 見えるもの。聞こえる音。感じるもの。全てが白になる世界で。

 ただ、ロア・エレボニウスの言葉だけに色があった。

 

 ──世界を呑み込む(ほのお)にして、(あぎと)なり──

 

 

────

 

 

「……しっかりしなさい!」

「……ん」

 聴こえる女性の声。ゆっくりと目が開く。

 カイトは倒れていた。旧校舎の固い地面。石の冷たさが、どうしてか火照った体を心地よく冷やしていた。

 やっと、カイトは声の主がサラであることに気づいた。

 体を起こす。

「ここは……」

 上体だけ起こして辺りを見渡す。ここは《巨イナル影ノ領域》を突破した先、旧校舎の最下層・終点だ。

 サラの他にトワにジョルジュがいる。そしてたった今起きたカイトと同じように、Ⅶ組の面々が目を覚まし、体を起こしたところだった。

「……元の場所?」

 アリサの、まだ夢見心地な声だった。ジョルジュが返す。

「驚いたよ。少し前に旧校舎に入れるようになったと思ったら、こうして君たち全員が倒れていたんだから」

 誰もすぐに言葉を返せなかった。この場所でこうして起きるまでの出来事が、どこか現実感がなかったから。

 こういう時に全体を代表するリィンや、前に出やすいカイトも無言を貫いている。だから不安に思ったのだろう、トワは俯いている全員を覗き込んで、そして驚いた。

「み、みんな!? どうして泣いてるの……!?」

 言われて気づいた。眼から流れるものがあった。

 カイトは眼元をぬぐった。はっきりする視界。目に映ったマキアスや、ラウラや……クロウまでもが涙を流していた。呆然とした様子で。

「どこか怪我でもしたの!? すぐにベアトリクス教官を呼ばないと……!」

「トワ、落ち着きなさい」

 サラが制した。半覚醒の体で上体を起こした、その様子だけで怪我をしていないのは明らかだったからだ。

 だから、涙を流すのは別の理由のはず。けれど、何故。

「さあ、報告してちょうだい。何があったのか」

 十秒ほどの沈黙の末、リィンは答えた。

「俺たちは……()()()()()()()()()()()()

 影の領域を抜けた先、宝珠が光り輝いた後。灰色の丘陵に立っていたことは覚えている。

 そこから先の記憶は朧気だ。戦いの記憶も夢のよう。けれど、覚えていることが一つだけある。

 カイトは答えた。

「今までの、どんな戦いよりも……辛かった」

 その言葉を否定する仲間たちはいなかった。

 Ⅶ組にとって、これまでの学院生活や実習で遭遇したどんな戦いより。

 カイトにとって、影の国や、リベールの異変や、軍事クーデターで立ちはだかったどんな戦いより。

 手強くて、自分の心の臓を掴まれ、引き裂かれ、魂すら粉々に砕かれたような恐ろしさがあった。

 だから、記憶は不確かだけど、ただひたすらに辛かった。それだけは確かだった。

 沈黙するⅦ組を見て、サラもそれが冗談ではないことを理解する。一瞬、旧校舎の調査に送り出したことを公開するくらいには。

 けれど、五体満足で戻ってきた。そしてジョルジュが言ったように旧校舎の異変が収まったのも事実だ。

 リィンたちもわかっている。《最後の試し》は乗り越えることができたらしい。サラやトワ、ジョルジュがこの場所にいるのが何よりの証拠だった。

「とにかく、現在の時刻は24:20よ。明日に備えて、今夜はとっとと寝なさい。君たちにとっての本番は、あくまで学院祭でしょう?」

 サラは、まだ呆然としている生徒たちを励ました。

 それで、ようやくⅦ組は覚醒する。

 それこそ夢のように、目を覚ましたばかりに感じた恐怖や涙、悲しさは過ぎ去っていく。

「ふふっ、それじゃあシャワーでも浴びて早めに──」

 やっと全員が立ち上がり、いつもの調子を取り戻したアリサが手を合わせた時だった。

 重い地響き。慌てる、あるいは状況を見定める全員。やがてそれが、異変中は宝珠があった大扉が開いたことによるものだと理解した。

 扉の中を見る。暗闇だった。けれど、どこか薄い翡翠色の光が匣を片付くるように走っていた。その光の線によって、暗闇の中になにかがあることがわかった。

 そして、一息に光が灯される。

「あ──」

 リィンが微かに喉を震わせた。それ以外は、全員が息をのむことしかできなかった。

 かつて、第四層の同じ扉の奥には、オル・ガディアが構えていた。

 今、目の前には。片膝をついて構える灰色の騎士人形があった。

 全長はわからない。けれどあまりにも巨きい。甲冑でも、トロイ=メライのような風変わりな怪物の機械でもない。

 パテル=マテルのような人型。そしてそれよりもずっと優雅で関節部は滑らかに感じる。美麗な装飾のある鎧のような体だが、それはまさに人の身体のようで──荘厳で、畏怖をもたらすような。

 それでいて、洗練された工芸品のようで。

 あまりにも、この世の人形とは異質な存在が、待ち構えていた。

 

 

 








数日前、空の軌跡the1stをクリアしました。
ネタバレなので多くは言いませんが、いちファンとして本当に大満足でした。
そしてこの二次小説はカイトが主人公で、リベールの旅路は特に心Ⅰで描かれています。ルーアンの景色、王都で描かれた事件、それらを3Dで見れたのは本当に素晴らしかった。

手前勝手ではありますが、作ってくださったファルコムと、それを支えてくださったファンの方々には、本当に感謝をささげたいと思います。

さて、ところ変わって拙作はついに旧校舎の異変を終えました。原作とはやや異なる展開でしたが……
閃Ⅰも佳境。残るは終章のタイトルの通り、士官学院祭、そして……。
ゆるり、走っていければと思います。
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