心の軌跡Ⅱ~重なる標~   作:迷えるウリボー

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35話 影の国④

 

 

 夜の景観となったル・ロックル修練場。これはこれで感傷に浸れるが、突如として変化した影の国の異空間だ。油断せずにあたりを見回すと、修練場の芝、崖の際に転移のための魔方陣があるのを見つける。

 とはいえ、幸か不幸かケビンの予想が当たってしまう形となった。

 びりびりと、寒空のはずなのに焼けつくような違和感を五人は感じる。

 ケビン、ヨシュア、カイト、アガット、ミュラー。それぞれが得物を構える。最初は各人それぞれの方向を睨んでいたが、数秒でその視線がある一点に集まる。五人と魔方陣の間、アネラス曰くエステルとの修行で模擬戦を繰り返したという芝の訓練場だ。

 地から光が──瘴気のような紫色の光が溢れ出す。

「みんな気をつけや……来るで!」

 空間より出現する……ではない。地から這い出るそれは、過去にカイトが戦ってきたアンヘル・ワイスマン。その異形と見紛うほど大きかった。

 体逆三角のような造形にまだら模様の金色が混じる黒銀の体、胴より下は尾となって蠢き、中心部には均整こそとれているものの不快感しか与えない異形の顔。両腕それぞれに丸い盾を携え、その両手で銃アージュはあろうかという巨大な両刃斧を握りしめている。

「これが……悪魔!? 聞いてないですよケビンさん!」

 カイトは困惑した。強敵ばかりというのは覚悟していた。ところが、探索を開始して早々にこんな存在を相手取るなど、発した通り聞いていない。

「封印区画に現れたのと同じ……ケビン殿、これはどういう!?」

 ミュラーは似た悪魔と異界化王都で対峙していた。だからこそカイトより少し冷静でいられたというだけで、ともにアルセイユに乗り込んだ時以上の緊張を顔に出している。

 ケビンもまた、飄々とした態度などどこにもない。ボウガンをその手に構え、告げる

「聖典に記された七十七の悪魔の一匹……煉獄を守る門番のもう一柱にして、恐るべき禁呪を操る魔導の使い手」

 その悪魔が、轟々と咆哮を上げた。風圧に耐えながら、仲間たちは巨大な存在を見上げるのみ。

「《深淵》のアスタルテか! まずいぞ、皆避け──」

 避けや、と言い切ることもできなかった。五人の目の前に、感情も見えず血管が蠢くような金の瞳が見えたから。

 五人の動きが縛られる。金と紫の混じる半球に捉えられ、四肢を動かすことすらできなくなる。

 ヨシュアとカイトには覚えがあった。

「これは教授の!?」

「魔眼……!?」

 対象の動きを縛る術。それはヨシュアも用い、ワイスマンもかつて仲間たちを苦しめた。

 ケビンが苦々しく言う。

「その術の原型となった、空間そのものを縛る禁呪や!」

 あの時は、ワイスマンが動揺したことにより窮地を脱出できた。ケビンだけは法術を使うことでその窮地を脱することもだ来たのだが、既に行動を封じられた今は、それも役に立たない。

 死の直前。仲間たちはどうしようもない。異形の悪魔アスタルテが、悠々とその斧を振りかざした。

 どうする、どうする。仲間たちが逡巡する中、

「下がりなさい。女神に背く災いなる獣よ」

 背後から声が聞こえた。ケビンたちの頭上からアスタルテに向かって、いくつもの刃が流れ星のように閃く。金色の螺旋を描いてアスタルテに傷を作り、悪魔の意識をそこに向けさえる。

 だがまだ、魔眼の空間封じは消えていない。

「……よかった、間に合いましたね」

 心から安堵したような涼やかな女性の声。仲間たちは彼女に顔を向けることはできなかったが、誰であるかははっきりわかった。

「リース! お前、どうして!?」

 リースはケビンとアスタルテの間に躍り出た。礼服の頭巾のために、彼女の桃色の髪はわずかしか見えない。

「言ったはず。守護騎士たる貴方を守るのが私の使命」

「んな杓子定規な答えがあるか! 一人で調伏できる相手やないことくらい判っているやろ!?」

 魔眼の効力から外れているとはいえ、リースは一人だけ。そのシスターに対し、アスタルテは強大だ。ここにいるのは数々の修羅場をくぐってきた仲間たち。力量が判らない者はいない。

 また、ケビンの問いかけは別の意味も含まれていた。一人で相手をするなと言うだけでなく、なぜ一人できたのかということも。

「確かに、皆さんを頼らなかったのは私の至らないところ……でも」

 アスタルテが両刃斧を振り回した。紙一重でそれを避け、リースはその得物を振るう。

 法剣(テンプルソード)、それが彼女の得物だ。剣とは言うがワイヤーによって連結され、分離可能なため鞭のようにしならせることもできる。近~中距離において無類の強さを発揮できる教会特有の武器。

 彼女の戦いを初めてみたカイトとアガットは、その実力に驚嘆する。

 アスタルテの腕を斬りつける。迷いながらも声だけは大きく、リースは叫んだ。

「私は貴方の……従騎士だから!」

 剣戟がアスタルテを打ち据え、しかし一部は盾に防がれる。アスタルテは咆哮とともに、琥珀色の導力の波を纏った。

 巨大な悪魔の脇を疾駆して、リースはなおも叫ぶ。

「言いたいことは山ほどあるけど! それでも私は、ケビンのことを守る!」

 決意の宣言がかき消されるように、芝の大地から邪悪な土の槍が何本も競り立つ。リースは礼服をわずかに散らして、アスタルテに肉薄した。

「私を守ってくれた、ケビンと姉様のように!」

 その渾身の一振りは、しかし虚しく空を切る。

「悪魔が消えた!?」

 カイトの困惑の声が終わる前に、アスタルテはリースの真横から彼女をもろに斧で打ち据える。

 鞭としてしなった法剣が辛うじて斧とリースの間に割った。それでも悪魔にとっては関係ない。巨大な質量は容赦なく、女神遣わす乙女の脇を穿った。

「あうっ!」

「リ、リース!」

 衝撃で背中から地面にたたきつけられ、リースは肺腑から空気を締め出される。

 未だ、禁呪は五人を縛り続けていた。嫌な予感はことごとく当たってしまい、リースの前には誰もいない。

 アスタルテが、再び空間を移動し、リースの前へ躍り出た。

「まずい……」

「リースさん!」

 ヨシュアとカイトが叫ぶ。

「この、野郎……!」

「……」

 アガットとミュラーは何も言えず、悔しげだった。

 ただ一人だけが、違っていた。

「……やめろ」

 男たちは聞いた。彼らの先頭に立つ神父の、腹の底から這い出るような暗い声。

 そして、その神父の()()()()()()。背中に紅い光が漏れ出るとともに。

『やめろおおおおおおおお!!』

 慟哭と共に、ケビンが力を振り絞り、反動で彼の体が仰け反る。そして五人の視界を金色に曇らせていた、それが砕け散った。

 理の境界線を打ち破る。かつて中枢塔でレーヴェがワイスマンの絶対障壁を破った状況を想起させる。ただ、実態は違った。薄氷を突き破る儚げな音ではない。獣が獲物の骨肉を咀嚼するような、不気味な鳴動。

 カイトたちは、己の体が動くのに気づいた。緊張と共に得物を構え直し、アスタルテを睥睨する。

 そのアスタルテは、間違いなくケビンと正対していた。

「ケビンさん、それ……」

 ケビンの背に異様がある。背中を覆うほどの大きさの二重の円。中心円から均等角に三つ、二又槍が突き出たような紋様。

 紅く脈打つ紋様を背に携えて、ケビンは今までとは全く違う、凄みを見せた声を発した。

 先頭にいるため顔は見えないが、それでも彼が恐ろしい笑みを浮かべているのが判った。

「まさかオレにこいつを使わせることになるとはなぁ」

 ボウガンを構える。その目はもう、カイトたちを見てはいなかった。

「悪魔相手に今更やけど、改めて貴様を外法と認定する」

 その背を見て、カイトは悟った。まずいと。

「ヨシュア、アガットさん、ミュラーさん! ケビンさんの援護を!」

「承知!」

「カイト、君は!?」

 即座に返答した。

「リースさんを!」

 走り、一目散にリースの下へ。なおも、ケビンの声ははっきりと聞こえる。

「祈りも悔悟も果たせぬまま! 千の棘をもってその身に絶望を刻み!」

 瞬間、突如としてケビンの周りに数え切れぬほどの巨大な黒槍が顕現した。その槍の総てが、容赦なく、アスタルテに向けられている。

「塵となって無明の闇に消えるがいい!」

 空砲の余韻のような不快感を響かせて、いくつもの槍が放たれる。

 戦場の中をかけるような轟音と共に、戦闘の合図をきることとなった。

 槍の総てがアスタルテへ食い込み、瞬時に無音の爆発を生んでは消えていく。

 アスタルテは咆哮を上げた。怒りと苦悶と、戸惑い。

 ケビンの攻撃は確かに効いている。

「さあ、処刑の始まりや」

 ケビンが一瞬にしてアスタルテの下へ。かつて使っていた地からの大槍デスパニッシャーは、今の雰囲気を考えれば違和感はない。腹部から、アスタルテを蹂躙する。

 傷だらけのアスタルテが腕を震わせ、未だ紅い紋様脈打つケビンの背を狙う。

 それはアガットの重剣が轟音を響かせながら阻止した。アスタルテは僅かに後退する。痺れを覚えながらも、アガットは闘争の勢いを崩さなかった。

 巨大な体を纏う、翡翠の波。戦術オーブメントではないからか、その収束は魔法の威力に反してずっと早かった。

 グランストリームの暴虐の嵐は、ケビンもアガットもアスタルテ自身も巻き込む。その風の前に、誰もが動きを止めざるを得ない。

「皆さん、摑まって!」

 ヨシュアの起点は素晴らしかった。瞬時に収束させた琥珀の波は、各人から風を遮るようにアースランスを出現させる。アガットとケビン、そしてヨシュア自身も生み出した槍に体を預け、嵐の一過を待つ。

 風の範囲から免れたミュラー・ヴァンダールは、片手でしっかりと剛剣を横に構え、戦場を睥睨した。

「油断していた、としか言いようがないな」

 ミュラーは帝国の武人だ。エレボニア帝国は大陸最大規模の軍事国家、存在する武人も相応に粒ぞろい。彼自身も帝国の双璧とされる武の一門の若獅子。実力はそれなりにあると自負している。

 そして、外国の者たちなど、どれほどの牙があるのかと思っていた。たとえ剣聖をはじめとした強者がいるとしても、それ以外の者は果たして、と。

 オリビエのお守りのためにリベールを訪れて、異変を解決した時点でそうではないとは肌で感じた。帝国人に根付いている、質実剛健を重んじる心の強さ。それとは違う心強さを持つ人がいて、理屈で判らなくても無類の力強さを発揮すると。例え実力が伴わなくても、自身が仕える皇子の琴線に触れた少年や、太陽の少女のように。

 アルセイユでオリビエと共にリベールを離れる前日。いささか不本意ながらも、リベールの気風に当てられたものだと、ミュラーは笑ったものだ。

 それでも自分は修行不足なようだった。まだ、世の中には知らない存在がいる。目の前には、自分の常識を簡単に覆した悪魔──怪物がいる。

「姿形が全く違う。だが()()なら、それを払うのが剣たる俺の役目だ」

 オリビエと共に帝国へ帰る。そして真の意味で時代が生んだ怪物に立ち向かうため、こんな所では膝を折っていられない。

 だからこそ。剣となるために。

「──我が全霊をもって無双の一撃を成す……!」

 ケビンでなくとも、覚悟と覇気は十分にある。悪魔などに負けはしない。

 丹田に力を入れ、腰を下げた姿勢。彼の周囲から黄土色の覇気が溢れ出る。

 グランストリームの風が収まった。それにより自らも傷つけたアスタルテは、今度はやや離れた場所にいたリースと、彼女に近づきつつあるカイトに標準を定めている。

「させん!」

 ミュラーは跳んだ。迷うことなく、アスタルテの左腕へ。

 覇気を乗せた剛剣を、突撃と共に振るう。皇族の守護職たるヴァンダール流。守護からの反撃、乾坤一擲の一撃をものにするための奥義。

「破邪顕正!」

 アスタルテの左腕が千切れ飛ぶ。カイトとリースへの殺気は解かれ、鼓膜が破けるかと思うほどの金切り声が溢れ出した。

 その声に酩酊感を覚えつつも、少年カイト・レグメントは、やっと起き上がったリースの下へ辿り着く。

「リースさん!」

「カイトさん……?」

 傷だらけの彼女は、先の攻防で気力も使い果たしたようで息も絶え絶えな様子だ。

 なんだか既視感があると思いながらも、その思考を瞬時に押し込めて、カイトは傷を癒すために紺碧の波を纏う。

「すみません、役に立てませんでした……」

「そんなこと言わないでください」

 カイトはリースを守るように背を向けて、戦場を見据える。魔導銃で炎の弾丸を放ちながら、駆動を続けた。

「どうして、駆動が止まらない……?」

 リースは弱々しいだけでなく、困惑している。その理由を察して、カイトは戦場に似合わず笑った。

「並戦駆動です。あはは、意外ですよね。見た目はただの子供だし」

 カイト・レグメント。最近十七歳となった。元々中性的な容姿で、子供っぽいとよく言われる。それでも最近はだんだんと顔立ちも様になってきたと思う。ちなみに一つ年上で同じく中性的な容姿を持つヨシュアは、()()()()少年とは言えない顔立ちになっている。

「貴方たちは……本当に、ケビンの隣に立っているのですね」

「え?」

 そんなカイトだから、リースの今の言葉が重みをもつ。

 その意味をカイトは深くまで理解できなかった。だが、カイトの心に少しだけ安心が生まれる。それがリースの感情と鏡写しであることには、気づかなかったが。

 カイトは駆動を完了させ、ティアラルの水膜がリースの傷を癒していく。

「お願いです。どうか、ケビンを助けてください……!」

「任されました!」

 カイトは戦場へ躍り出る。

 アスタルテは片手を失い、叫び声と共にその場で暴れまわっていた。カイトと同じ並戦駆動ではないが、斧を振り回すとともに常に大規模魔法を発動している。

 ミュラーとアガットは、前線で大剣を駆使してアスタルテの斧の攻撃を反らしている。ヨシュアは、絶えず魔法を放って、アスタルテの魔法をできる限り相殺していた。

 ケビンは、ボウガンを得物とする彼としては信じられないほどの体裁きで前線にいる。デスパニッシャーをはじめとした法術を使って、アスタルテに苦痛を与え続けていた。

 だが、その一撃一撃は決定打にはなっていない。ミュラーの一撃も布石となったが、それ以上にケビンが最初に放ったあの槍が強力過ぎたのだ。最初にアスタルテを印象付けた恐ろしくも整った造形は、すでにいくつもの穴が穿たれている。

 もう一度、あの超連撃を放つのなら、勝てる。

 途中の魔物もアネラスグリモアも、油断できなかった。だがそれ以上に、《深淵》のアスタルテは底知れない。アンヘル・ワイスマンほどではないし、あの時と違い仲間は五人。それでも一歩間違えばあっけなく命を散らすことになる。そう確信できるほど強大な存在だった。

 短期決戦。それしかない。

「皆!」

 カイトは叫んだ。ヨシュアが、アガットが、ミュラーがこちらを注目する。

 ケビンもまた動きは止めずとも、カイトに意識を向ける。

「オレが魔法でアスタルテの気をそらす。その間にミュラーさんとアガットさんは右腕を、ヨシュアはその手助けを!」

 カイトは金色の波を纏って駆けだした。

「それでケビンさんは──」

「大丈夫や、カイト君。裁くのは俺の役目や」

 皆まで言わずとも、ケビンは判っていたようだ。だからカイトは号令をかけた。それ以上の説明はいらなかった。

「行くぞ!」

 アスタルテは未だ暴れまわる。ヨシュアが高速でそのすれすれをかけ、双剣を振るってアスタルテの意識を向ける。アガットとミュラーが、同時に両刃斧に大剣を振るった。

 カイトが翠耀の弾丸を放つと同時、金の波を収束させる。ダークマターがアスタルテの足元へ敷かれ、悪魔の動きが鈍くなった。続けて纏う、琥珀の波。

 ケビンが大きく後退し、およそ激戦の最中とは思えないほど悠然と、天にボウガンを向ける。

 その時、二人の男が鈍くなったアスタルテの右腕に狙いを定めた。

「行くぜヴァンダールさんよ! 皇子を吹き飛ばすくらい踏ん張りな!」

「ふふ……いい発想だ!」

 膂力を持て余した男たち。アガットとミュラーが、それぞれ苛烈な衝動をもって大上段から剣を振り切る。

 ヨシュアが纏っていた黒の波動が収束した。ダメ押しとばかりのクロックダウン、逆回りの時計の針が、重力によって奪われたアスタルテの速度をさらに愚鈍にさせる。

 再び引きちぎれる、アスタルテの腕。両の腕をもがれた煉獄の門番。

 一秒の沈黙の後、アスタルテは今度こそ高揚し、暴れまわった。

 咆哮と共に地が割れる。激震とそして明滅する雷が四方八方に暴れまわり、それはたった今千と見紛うほどの数の槍を顕現させたケビンにも向かう。

「させるかよ!」

 カイトが叫び、そして再び導力の波を収束させた。アトラスハンマー、天より堕ちる一つの超巨大な岩柱がケビンの前に落ちて、衝撃と共に放たれる雷の盾となった。

 暴れまわる雷に穿たれて、地震で根源も崩されて、大岩は脆くも崩れ去る。砂塵の向こうのケビンは、ずっとアスタルテを見据えていた。

 カイトの魔法でも防ぎきれない放電の余波が、ケビンの全身に辿り着き暴れまわった。それでも未だ揺らめく紅き紋様は、笑う彼を跪かせることはしなかった。

 星杯騎士、ケビン・グラハムが唱える。

「砕け──時の魔槍!!」

 斧もなく、盾もなく。総ての槍がアスタルテの心の臓へ向かう。悪魔の体を砕き、食い破り、引きちぎり、そして穿った。

 爆音と共に、無限の処刑の如き槍の数々。もはやアスタルテの原型が判らなくなるまで、その断頭は続けられた。

 咆哮を上げる器官すらなくなれば、その場には沈黙が残るのみ。放電を受けて全員が体を強かに震わせたため、得物をしまうには時間がかかった。

 かける声を見つけられずにいると、アスタルテが()()その空間から、アネラスの時と同じように一つの封印石が現れる。

「フン、今の奴が持ってたんか」

 背の紋様が消え、それでもケビンの声は揺るぎなかった。

 リースが近づいてくる。六人が集まった、その時。

 声が響く。

『フフ……上出来だ、ケビン・グラハム』

 それを聞いたことがあるのは、ケビン、リース、ヨシュア、ミュラー。四人は緊張の表情を浮かばせて、声の下方向を睨んだ。

 魔方陣が出現する。豪奢な黒の外套に、人を嘲笑うかのような仮面をつけた人物。

「あいつは……?」

 カイトの問いかけには、ヨシュアが答えた。

「あれが……《影の王》だ」

 カイトやケビンのみならず、この場の全員を巻き込んだと思われる張本人。誰もその仮面の下の素顔を知らない。

「……貴様」

「くく……ケビン・グラハム。伝えた通りであっただろう?」

 それはカイトが開放される前の言葉。

『──次なるは獣の道。新たなる供物を喰らい、汝が印を発現させるがいい。さすれば煉獄の焔はさらに猛り、我が王国は真の完成に近づく』

 問われるケビンは、怒りを持って影の王を睨む。それは先ほどの悪魔を相手にした恐ろしい顔ではない。正真正銘、一人の人間としての怒りの感情だ。

「お前……何者や。その悪趣味な仮面、いい加減外したらどうなんや!?」

「お望みとあらば。しかしケビン・グラハム、本当にそなたは、それを望んでいるのかな?」

 試すような目線だった。カイトやヨシュアや、他の仲間たちには判らない。判るのは、影の王のこれまでの策略によって今まで飄々としていたケビンの()()がはがされているということ。

「影の王! 戯言はそれくらいにして! ケビンを惑わすのは許さない!」

「私が惑わせているのではない。彼自身が惑うことを選び続けているだけのことさ」

 影の王が、仲間たちにその仮面を向けた。

「まあ、他の者たちには、よい戦いだったと言っておこう。これにより解き放たれるのは、《太陽の娘》」

「あ……」

「……ヨシュア」

「そちらの駒も一通りそろい、ようやく本格的な遊戯盤が用意できるというものだ」

 影の王が、出現したときと同じように陣を生み出した。その体が透けていく。

「おい、貴様」

 影の王の体が消える。くぐもった声があたりに反響し、

『フフ、次なるは夢魔(むま)の道。光と影の狭間を渡りながら、白と黒の駒をそろえるがいい。さすればすべての駒がそろい、新たな盤上へと進めるであろう』

 それっきり、影の王の言葉は聞こえなくなった。後には最初にここに来たのと同じように、夜の冷たい風が吹き抜けるのみ。

 カイトと、そしてアガットにとっては初めての影の王との接触。仲間たちが伝えていたように、確かに断片的な情報しか与えてはくれなかった。

 怒りや戸惑い、そういった感情が夜風によって冷えていく。それは、尋常ならざる雰囲気を醸し出していたケビンも同じのようで。

「ま、色々あると思うけど、とりあえず話は後にしよう」

 そう言って、ケビンは封印石を取り出す。一番反応したのはヨシュアだった。

「……やっと」

「太陽の娘……みんなお待ちかねの大本命や」

「へへ……そうですね」

 大本命。カイトもその言葉には同意しかしない。きっと、他の仲間たちも同じように想っているだろう。

 彼女がいるだけできっと、自分たちは何倍もの力を発揮できる。

 状況は今だ変わっていない。影の王の言葉は不透明だった。彼が因縁をつけているケビン以外は、今回の事件の本質すら突き止めてはいない。

 でも、ただ強いだけじゃない。皆を繋ぐ英雄がいれば、それだけで心の趨勢はひっくり返る。

 暴れまわった反動なのか、ケビンの覇気が萎れているように見えたのが気がかりだったが。

 ケビンは言った。努めて穏やかに。

「まずは彼女を解放しよう。細かい話はそれからしようや」

 

 

 








初めて空の軌跡をプレイしたのは高校生の時ですが、
魔槍ロアには憧れたものです


次回、36話「標を求めて」
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